ですが、それはあるフラグです!
一夏の目の前でラウラのISがドロドロとした泥の様になり、その泥のような物がラウラを包み込む。そしてあっという間に人型を形作り始めた。
それはまるでISを装着した女性のようなシルエットになり、片手に近接ブレードのような物を持っていた。
通常では有り得ない事態に周りは騒然となっていく。
この非常事態に教員達は警戒態勢レベルDを発令。全試合を中止し観客を避難させ、鎮圧のために教師部隊を送り込んだ。
展開される部隊により、人型が包囲されていく。
「だ、大丈夫、織斑君!?」
一夏を心配して簪が声をかける。
その声には一夏への安否を気遣う意思が込められていた。
一夏はその声を受けるが何も答えない。だが、その雰囲気にはいつもと同じ何の感情もない雰囲気が醸し出されていた。
それを感じて簪は一夏が無事だと判断し、安心する。
「早く…ここから出よう……後は先生達が何とかしてくれるから……」
簪は一夏にそう声をかけ、アリーナから出るよう促す。
最早事態は自分達には手に負えないと判断したのだ。それは当たり前の事であるし、既に鎮圧部隊も出ているのだから自分達が出来ることは何も無い。
そう考えることは、決して間違ってはいない。寧ろこの判断は正しいものだ。
だが………
一夏はその場から動かなかった。
それを見て簪が不安そうに一夏に話しかける。
「……どうしたの…織斑君?」
「……………先に行け……」
一夏は簪にそう言うと、人型の方に向く。
それがあの人型と戦うのだという意思表示なのだと簪は理解し、慌てて一夏を止めようとする。
「お、織斑君!? ど、どうして…戦おうとするの……別に織斑君が戦わなくても……もう事態は収拾するんだよ……」
一夏は必死に止めようとする簪の方に振り向くと、短く答えた。
「………試すだけだ……」
そう答えると、ブラックサレナは足のスラスターの出力を上げて人型に突撃を仕掛けた。
一夏が今回、あの人型と戦う理由。
それは学園の平和のためでも、中に取り込まれたラウラの救出でもない。
アカツキから聞いた話を念の為調べた結果、あのシュヴァルツェア・レーゲンに搭載されているのは違法である『VTシステム』であることが分かった。
『VTシステム』……正式名称、ヴァルキリートレースシステム。
第一回モンドグロッソ。その総合部門優勝者に送られる称号『戦乙女』(ブリュンヒルデ)。そのヴァルキリーの戦闘機動を再現するシステムである。違法になった理由は、それが操縦者に多大な負担を掛けるからなのと、平等性に欠けるからである。誰でも使えば最強の力を簡単に手に入る、そんな物が認められるはずもない。
そして第一回モンドグロッソの優勝者は『織斑 千冬』である。
一夏の実の姉であり、このIS学園で現在は教師をしている。IS業界において、ブリュンヒルデと言えば千冬の事を指し、その強さは未だに崇高の念を抱かれている。
つまり……あの人型は現在、VTシステムによって最強の織斑 千冬を再現している。
一夏が戦おうとした理由はこれである。
紛い物とは言え、IS最強をトレースした物。『その程度』に負けるようでは、北辰達に勝てる訳が無い。つまりは腕試しである。
この学園に来てから、温い戦闘ばかりであった。無人機との戦闘では少しはマシだったが、所詮はその程度。腕が錆び付いていないかと少しは心配になった。
その錆落としの意味合いも含めていた。
「………見せて見ろ……」
ブラックサレナが人型に向かってハンドカノンを連射しながら突撃する。
その砲撃に反応して人型は手に持っていたブレードで砲弾を弾く。
「何をしているの、あなた!?」
鎮圧のために包囲していた教員の一人が一夏にオープンチャネルで話しかける。
だが、一夏はそれにまったく答えずに攻撃を続ける。
人型はブラックサレナを迎え撃とうとブレードを接近しながら斬り付ける。ブラックサレナはその斬撃を紙一重で躱しながらすれ違いざまにハンドカノンを撃ち込む。
人型はそれを後退しながら弾き返していた。
その戦闘は高速で行われ、一人と一体は目にも止まらない激しい戦闘を繰り広げていた。
弾かれた跳弾が地面や壁を砕き弾かせ、人型の斬撃が空気を切り裂いていく。
その破壊の嵐に包囲網は保てなくなっていく。
「総員、退避しろ!!」
千冬が鎮圧部隊にそう通信を入れる。
もはや目の前で繰り広げられている戦いは次元が違っていた。現役の千冬ならば戦えたかもしれないが、今の千冬では勝てるかどうか分からないレベルであった。
その歯がゆい思いを悔しく感じながらも、千冬は自分の判断が間違っていないことを確信していた。
こんな戦闘力を見せる相手に、この鎮圧部隊では歯が立たなかっただろう。そのまま鎮圧しに向かわせていたら、かなりの被害を出していたかもしれない。
そう考えながら、千冬は部隊が撤退するのを見ていた。
鎮圧部隊が撤退した後も戦闘は続いていく。
戦いは拮抗していた。ブラックサレナがハンドカノンを連射し、人型が弾きながら神速の速さを持って斬りかかり、ブラックサレナはそれを躱していく。
それが幾度となく続けられていた。
既に十分が過ぎ、辺りには破壊の跡が刻まれていった。
通常であればスタミナ切れを起こしているだろう。だが、一夏は息切れ一つせず汗もまったく掻いていない。元から汗など掻かないのだが。
一夏の瞳は真っ直ぐに人型を見つめていた。
その瞳には何の感情も浮かんではいない。ただ冷徹に人型を見据えるのみである。
「………この程度か………」
一夏は人型に向かってそう呟く。
あれほどの戦闘をしておきながら、一夏は人型に脅威を感じなかった。
この程度の強さでブリュンヒルデなどと、たかが知れる。これでは北辰を殺す為のウォーミングアップにもならない。
「………もう終わらせる……」
落胆の籠もった声でそう人型に告げると、ブラックサレナはハンドカノンを収納し、代わりに別の武装を展開した。
長い柄の先端に刃がついた武器。それは槍にも、長刀にも見える。
『フィールドランサー』
それがこの武装の名だ。
この武装はエステバリスの専用の近接兵装。その特性は高密度のディストーションフィールドを刃に纏わせ、相手のディストーションフィールドを切り裂くこと。
別に人型がディストーションフィールドを使うわけではないが、高密度のディストーションフィールドはそれだけでも凶悪な攻撃となる。
ブラックサレナはフィールドランサーを構えると人型に向かって斬りかかった。
人型はブラックサレナに応戦する。
そこから何合もの剣戟が繰り広げられ、そのたびに火花が辺りに散っていた。
だが、先程とは違い、戦況は傾いていた。
ブラックサレナがフィールドランサーで斬り、突き、なぎ払う。
その猛攻は凄まじく、人型は段々と押されていった。
そしてついに……手に持っていたブレードをへし折った。
そのまま一夏はコアがあるであろう部分にフィールドランサーを突き刺そうとする。それは人で言うところの心臓に当たる部分。取り込まれたラウラの頭部があるであろう部分でもある。そのまま突き刺そうものなら、ラウラを頭部を貫通することになる。つまりラウラは絶対に死ぬ。
それが分かっていながら一夏は迷わず躊躇無く突き刺そうとする。一夏は人を殺すことに何も感じることはないのだ。
だが………
「織斑君、駄目ぇええええええええええええええええええええええええええええ!!」
簪の悲痛な叫びがアリーナに響き渡った。
簪は一夏がラウラを気にせずに攻撃することを理解し、即座にそう叫んだ。
結局の所、簪は一夏が心配で退避していなかったのだ。
その声を聞いた途端、一夏の手は止まった。
一夏自身、止める気などなかった。なのに手が止まってしまった。そのことに内心で苛立ちと驚愕の二つを感じつつ、一夏は別の攻撃を放った。
この間に掛かった時間は一秒にも満たない。
フィールドランサーを持っている右手を止めたかわりに、左手にディストーションフィールドを集中させて手刀による突きを人型に向かって突き出した。
高速で放たれた手刀は人型に突き刺さり、そのままブラックサレナは手を下に強引に振って人型を切り裂く。すると中からラウラが現れた。意識が無いのか、目を瞑ってぐったりとしている。
一夏はラウラを見つけた途端に左手のディストーションフィールドを解除。そのままラウラの首を掴むと、人型から引き抜き宙に放り出した。
それを見て急いで簪がラウラを回収する。息があることを確認し、簪の顔が安心から和らぐ。
一夏は気にせずに追撃をかける。
既に操縦者がいないのだから動かないはずだが、一夏は相手が『死ぬ』まで攻撃の手を緩めない。
機体を横に急回転させ、テールバインダーで人型を弾き飛ばすと、飛んだ先に倍以上の速度で回り込み、体当たりを嚙ます。
そのまま人型はアリーナの壁まで叩き付けられ、壁にめり込んだ。
「………終われ………」
一夏は人型にそう呟くように告げると、ディストーションフィールドを高出力でフィールドランサーに纏わせ、槍投げのように壁にめり込む人型に投げつけた。
高速で飛ぶ矢のようにフィールドランサーは飛んで行き、人型に突き刺さる。
それは串刺し状態で、見ようによっては貼り付けにされた聖人と、それに突き刺された杭のようにも見えた。あまりの威力もあってか、人型の腕と足は千切れ飛んでいた。そしてすぐに人型は原型を保てなくなった為か、泥のようになって崩れ落ち崩壊した。
その場に残ったのは、壁に深々と刺さるフィールドランサーと、その下に泥のような何かがあるだけであった。
一夏はそれを見届けると、その場で反転しアリーナの出口へと向かった。
それを見て簪もラウラを抱えたまま一夏の後を追うように出口へと向かって行った。
「……この程度では…北辰を殺せない……」
そう一夏は呟くが、その声は誰もいないアリーナに吸い込まれていき、誰にも聞こえなかった。