インフィニット・オブ・ダークネス   作:nasigorenn

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感想をじゃんじゃんお願いします。
今回は少し甘め…です。


第二十三話 姉妹の話

 一夏は部屋を出て行ってから一晩、例の如く外のベンチで夜を明かした。

そして翌朝荷物を取りに部屋に戻ったところ、既にシャルロットが起きていた。

 

「お、織斑君! 渡されたの、ちゃんと読んだよ」

 

 シャルロットはずっと起きていたのだろう。

目に深い隈が出来ていたが、その顔は活き活きとしている。

 

「織斑君が言いたかったのって、この『IS学園特記事項第二十一』のことだよね。ありがとう、教えてくれて」

 

 そう感謝を述べるシャルロット。

一夏は当然それを無視していくが、それでもシャルロットは一夏に感謝の視線を送る。

確かに一夏が言いたかったことは伝わったようだが、ここまで感謝されるようなことでもない。

一夏はただ猶予があることを教えただけであり、その後の行動等はシャルロットが決めることである。感謝されるようないわれはない。寧ろ変な感謝をされて付きまとわれては堪らない。

故に一夏はこう答えた。

 

「………何の事かは知らない……俺は好きにしろと言っただけだ………」

 

 そう言うと一夏はさっさと部屋を出て行った。

一夏が部屋を出るまでの間、シャルロットはそんな一夏に感謝し続けていた。

 

 

 

 そして一夏は授業をいつも通りに受け始めた。

進んでいく授業、一夏は毎度の如く情報収集に余念がない。

何かしら変わったこともなく通常通り。ラウラがいつも通り敵意の籠もった視線を向け、一夏はそれをまったく気に掛けない。その事にハラハラとするクラスメイト達といった感じであった。

シャルロットは正体がバレたというのに男子の制服のままであったが、一夏はそんなことは気にしない。邪魔されなければ気にすらしないのだ。だが、シャルロットはどこか険が取れた感じになっていた。

 そのまま放課後となり、一夏はいつものように教室を出ようとしたところで呼び止められた。

 

「お、織斑君…今、大丈夫…かな……」

 

 扉が開いた先には、簪が顔を赤くして立っていた。

もうクラスのみんなも慣れ始めたのか、そこまで注目を集めていない。

一夏は簪を前に無言で立っていた。

取りあえずは用件を聞こうという構えでもある。

 

「……何か用か……」

「う、うん…あのね…昨日も助けて貰ったから……その、お礼……」

 

 簪は赤くなりながらも一生懸命にそう言うと、一夏の前に袋を出した。

中にはカップケーキが入っており、抹茶の香りが出した瞬間から教室に香っていた。

これは簪が唯一得意なお菓子であり、一夏に感謝のお礼として焼いてきたものである。

その香りから、近くにいた生徒達が少し欲しそうな視線を向けてしまう。それぐらい美味しそうなお菓子であった。

だが悲しいことに一夏にはそれが伝わらない。

一夏は味覚と嗅覚を失っている。そのため、いくらそれが美味しかろうと一夏にはそれを感じることが出来ないのだ。

 だが、一夏はそれでもそれに応じることにした。

理由は自分でもよく分からないのだが、簪といるのは一夏にとって気が少し楽になるのだ。

 

「わかった……話を聞く……」

「うん!」

 

 一夏が応じたことを簪は素直に喜ぶ。

そのまま簪に連れられて、一夏は屋上に連れて行かれた。

 そのまま屋上のベンチに簪は座ると、少し横に移動して空間を空ける。

そこに座って、と言うことらしい。一夏は無言でそこに座った。

 

「こ、これ、どうぞ…」

 

 簪は恥じらいながらさっそくカップケーキを一夏に渡す。

その視線には、何処とない期待が込められていた。

一夏はそれを受け取るのを拒否しようとした。理由は言わずとも知れず、味覚がないので食べても何も分からないからだ。だが、そう言おうとした瞬間……

簪と目が合ってしまった。その目には、とても必死な思いが感じられた。そのため、一夏は断れずにカップケーキを受け取る。

そのまま一口囓るが、やはり味も香りも感じられない。まるで無味無臭の粘土を食べているかのような食感がした。

 

「ど、どうかな………」

 

 簪が不安そうに、それでいて何かを期待したような視線を一夏に向ける。

その視線を受けて、素直に感想を言おうかと一夏は内心で悩む。

正直に言えば美味くない。味覚がないのだから、味を感じないのは当たり前のことである。

嘘でも美味いと言えばこの場は丸く収まるだろう。そうすべきである。だが、簪の真剣な視線を受けて一夏はその嘘を言うことが出来なくなっていた。

 仕方なく観念して答える。

 

「……すまない……昔の事故で味覚と嗅覚がない。そのため…味が分からない……」

「そ、そんな!?」

 

 一夏の答えに簪がショックを受ける。

流石に正直に言う訳にはいかなかったので、昔のことを『事故』として言った。こういった嘘はいえるようだ。

簪が受けたショック……それは自分のお菓子の感想をもらえなかったことではなく、一夏の体のことを知ってのショックであった。そしてそんな体の一夏になんてことをしてしまったのだろうと、自責の念に駆られてしまった。

 

「ご、ごめんなさい! 私……」

 

 急いで頭を下げる簪。

その顔は今にも泣きそうになっていた。

一夏は何だか気まずくなってしまい、内心で急いで言葉を紡ぐ。

 

「……別に…お前が謝るようなことじゃない……もう慣れた。それに……きっとこの菓子は美味いのだろう……たぶん……そう思う……」

 

 そう言いながら一夏はさらにカップケーキを囓り始めた。

そのまま無言でカップケーキを食べ続ける一夏を見て、簪は泣き出してしまった。

その涙は悲しみから来る物ではないということは、誰が見てもわかることだろう。

 それを一夏は只、ひたすらに眺めていた。

 

 

 

 その後簪が泣き止むまで一夏はじっとしていた。

簪は泣き止んだ後に、凄く恥ずかしそうに一夏を見ていた。その顔は羞恥で真っ赤になっている。

 

「ご、ごめんなさい…織斑君……」

「………問題ない……」

 

 一夏は謝る簪にそういつも通りに答える。

そこには何の感情も感じられないが、簪にはそれでも嬉しく感じた。

そのまま簪は一夏を下から眺めるように見ながらあることを聞くことにした。それは端から見れば上目使いにしか見えないだろう。

 

「どうして……織斑君は私に優しくしてくれるの……」

 

 簪は顔を赤らめながらそう聞く。

一夏の噂は簪も知っている。だが、実際の一夏は皆が思っているような人ではない。そう簪は感じた。確かに何の感情も浮かべず、敵対する者に容赦が無い。しかし、一夏は優しい人だと、簪は思うのだ。何かを決め込み、それを貫くためにはそういった感情を捨てきらなければならないのかもしれない。それでも、一夏は優しいと簪は感じた。

だからこそ、聞きたかった。何故こんな自分を助けてくれて……優しくしてくれるのかを……

 優秀な姉と比べて何も無い自分。確かに日本の代表候補生と言えば凄いのかもしれないが、それでもあの姉と比べれば霞んでしまう。そんな『駄目』な自分に、何故優しくしてくれるのか

と……

 一夏はそう聞かれ、悩む。

一夏自身にも何故そうなるのか、まったく分からないのだ。

簪に優しくしたところで得があるわけではない。寧ろこれからすることを考えれば、仲良くなどしない方がいい。下手をすれば巻き込みかねないのだから。

この復讐は一夏だけの復讐だ。他者を巻き込んで良い物ではない。

そのためにしがらみを持つようなことをするわけにはいかないのだ。

だが……何故か簪を振り払おうという気にならない。

簪といる時間が嫌いではなかった。別に邪魔になるような感じではないのも理由の一端だろう。

他の人達と違い、過去のしがらみが無いのも気が楽な理由の一つだ。

そして……あの目が気になるのが一番の理由だ。

あの、何かに執着し必死になる目が、一夏の気を惹いていた。

 自分とどこかが似ていると……一夏はそう簪に感じたのだ。だからこそ……簪といることを苦に感じないんだろう。

 

「……お前はどこか……俺と似ている…そう思う……」

 

 一夏はそう簪に答えた。

それを聞いて簪はまた泣きそうになってしまった。

それを見て一夏は初めて感情を表した。

 

「……泣くようなことか」

 

 その口元には、この二年間で久しぶりに浮かべた笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 その後簪は一夏に自分のことを話し始めた。

更識家のことや、自分の目標である姉のことを……

更識家で常に姉と比べられ、姉に追いつこうと必死だったこと。姉を追い越そうと頑張っていたことを。

 今までため込んでいた物を吐き出すかのように簪は話し続けていく。

一夏はただひたすらに、それを静かに聞いていた。

 

 

 

 簪の話を聞き終えると、簪は恥ずかしそうに真っ赤になりながらお礼を言って去って行った。

それを一夏は見送る。その顔はどこか満更でもない顔をしていた。

 そしてその場でしばらく情報を収集した後に、一夏は屋上を後にした。

そのまま自室に戻ろうと廊下を歩いていたところで、一夏は一旦止まった。

 

「………出てこい……」

 

 そう言うと制服の袖から拳銃を出し物陰に向ける。既に撃てるように安全装置も解除済みであった。

すると向けた先から一人の女子が出てきた。水色の髪に服の上からでもわかる抜群のプロポーション。胸元のリボンから二年生であることが窺える。

 

「あまり学園内で物騒な物を出さないで貰いたいわね~」

 

 女子はそうおちゃらけた様に言うと、扇子を顔の前で広げる。そこには、『危険物厳禁』の文字が書かれている。

一夏は即座にその女子の正体を見抜いた。

更識 楯無……更識家の現当主にしてIS学園の生徒会長、ISのロシア代表。そして簪の姉でもある。

 

「……何の用だ……」

 

 一夏は警戒を強めながらそう聞く。

拳銃は変わらずに下げない。その様子に苦笑しながら楯無は一夏に笑いかける。

だが、その笑顔の目はまったく笑っていない。

 

「正直に言うわ……これ以上簪ちゃんに関わらないで」

 

 そう言うなり、楯無は一夏に殺気を向ける。

一般人からしたら結構な殺気だが、一夏からすればそよ風のようなものにしか感じられない。

楯無はさらに押すように言う。

 

「貴方のこと、調べさせて貰ったわ。ネルガル所属のテストパイロットにして、世界初の男性操縦者。でも…貴方の強さは異常過ぎよ。代表候補生ですら余裕であしらうその強さは、普通に訓練して身に付く物じゃ無い。しかも、貴方の経歴には二年間の空白が開いている。それが如何にもうさんくさいのよ。そんな『不気味な人物』を簪ちゃんと一緒にいさせるわけには行かないわ。もし聞かないと言うのなら、そのときは実力をもって排除させてもらうわ」

 

 楯無はそう言うと、扇子を前に向けた。

その扇子がISの待機状態であることは、既に一夏は調べてある。

一夏はそう言う楯無を見ると、拳銃を袖に仕舞う。

 

「………お前とは戦わない……」

 

 そう言うと、楯無に背を向ける。

 

「なっ!? 待ちなさい!」

 

 まさか何もせずに去るとは思わなかったのか、楯無の反応が遅れた。

一夏は楯無に聞こえるように言った。

 

「……お前と戦うのは……あいつのするべきことだ……俺は戦わない……」

 

 そう言い切ると、一夏は楯無を無視して反対方向へと歩き出した。

急いで楯無もその後を追おうとするが……

角を曲がった先に、一夏の姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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