「トウヤ…」
トウヤが私の肩に頭を乗せて眠ってしまっている。最近は忙しそうだった。あの小娘達の相手に忍者女(楯無)の無茶な仕事(生徒会の仕事)に忙殺されていた。今日は私がトウヤを癒してあげよう。
今、私達はモノレールに乗っている。昨日の夕方にトウヤから誘われてデートに来ている。モノレールはもうすぐ横浜に着く。そこからは電車の東海道線に乗って湘南への入口の藤沢に行かなくてはならない。モノレールは横浜で終点なので乗り過ごす心配はない…だが…起こしたくない!!なんだこの幸福感は!!だが…この後のデートも楽しみだ…どうしたら良いのだ…動けん…
『間もなく終点、横浜に到着です降り口は左側です。どなた様も…』
車内にアナウンスが流れるとトウヤの頭が私の肩から離れてしまった。
「あ…すまない。寝てしまったみたいだね」
トウヤ…貴様と言う奴は…
嬉しさと残念さが心の中でグルグルと混ざった変な感情になってしまっている。
「いや…大丈夫だ。ゆっくり休めたか?最近は忙しそうだったからな」
「ああ。問題ないよ。確かに先週一週間はなかなか忙しかったな。さて…乗り換えだね。行こうか」
そう言い席を立つとトウヤは手を差し伸べてくれた。これは…!!
まず私達が降り立ったのは鎌倉。鶴岡八幡宮に行きお参りをして銭洗い弁天、鎌倉の大仏と回りそれから江ノ電に乗った。その間はずっと手を繋いだまま…手汗が!!
途中、腰越で降り名物のしらす丼を食べた。味?そんなの覚えているか!!
江ノ島に着くと江ノ島灯台の展望室で景色を見て回った。途中で私が織斑千冬とばれうるさい女共に囲まれそうになったりもしたが上手く逃げた。本気で消滅させてやろうと殺気を出そうと思ったがトウヤに手を引かれて上手く逃げれた。
「そうだよな…千冬は有名なんだよな…忘れていたよ」
トウヤの私の扱いが普通なのが嬉しい…他の人ならば壁を感じてしまう。一夏とトウヤはいつでも私を『千冬』として接してくれる。回りの人達は『ブリュンヒルデの織斑千冬』として接してくる。それはとても疲れる…
「気にしないで良い。少しその…私も浮かれていた…」
「そうか…ではおやつを食べに行こうか?美味しいワッフルを出すお店が有るんだよ…って聞いた」
「う〜ん!美味しい!」
片瀬川沿いに建っているウッド調の建物のテラス席でワッフルを食べている。
「気持ちがいいなぁ。この季節は本当に気持ちが良い。…いつまでこの時間が続くんだろうなぁ…」
トウヤがのびをしながら背中を大きく反らせた。
「なぁ…千冬。この平和な時間はいつまで続くのだろうな。俺さ、ここに来るまでは向こうの世界での戦争を生き残れると思ってなかったんだ。でも…どういう巡り合わせかこの世界に来てしまった。この世界は危ういバランスとは言えとても平和だ。まさか生き残れるなんてね…正直、あの戦争の後の事は考えていなかった。なぁ…知ってるか?どうやら俺の居た世界とこの世界の2000年辺りまでの歴史はほとんど一緒なんだよ?って事は俺の世界もこの世界も戦争の歴史って事になるんだよ」
トウヤ?いったいどうしたのだろう?
「いや…すまない。なんだか少し参っているのかもしれない…学園に入学してからは落ち着かないからね」
「トウヤ…そうだな…トウヤにばかり負担をかけてしまっている。本当にすまない」
「いや…千冬が悪い訳じゃない。きっとそう言う体質…星の巡りなのかもしれない」
そんなことは…無いとは言えないな…なぜだろう…トウヤはどっちかと言えば…ついていない気もする。
「本当に最近はついてない…なにをやっても裏目に出る…」
笑えない…まぁ…多少トウヤにも原因がある(鈍感)が…
「あまり思い詰めるな…」
「いや…特に思い詰めているつもりは無いんだけどね」
「そう言うのは大抵気付かないものだ。気付いたときには大変な事になっているんだよ」
私とトウヤはコーヒーを飲み片瀬川を見ている。格別、綺麗な川ではないが時々漁船みたいな船が通る。
「そうだな…気を付けよう」
「ああ。周りを傷付け無いように気を付けるんだぞ?」
トウヤは私の表情を見て薄く笑った。
『♪♪♪〜♪♪〜』
突然、トウヤの携帯が鳴り始めた。
「千冬、ごめんね」
そう言うとトウヤは店を出ていった。私はトウヤの背中を視線で追いかけてしまう。その事に気付いた時、少し笑ってしまった。
しばらくするとトウヤが戻ってきた。
「ごめんね。富士見技研からだったよ。月曜日から数日間、技研の方でテストをしてくる。なので学園はお休みにさせてもらうね。それにしても突然どうしたのだろう…」
トウヤは顎を摩りながら考えている。確かに今回の富士見技研の要請はあまりにも急過ぎる。通常ならば一月前には要請が来る話なのだが…
またか…
「分かった。私も少し電話を掛けてくる」
嫌な予感しかしない…トウヤの会社に接触、そして影響を与えられる人間など一人しかいない。あの忍者女だ!
『トゥルルルル…トゥルルルル…はい…』
「楯無か?聞きたい事がある。貴様…トウヤを富士見技研に呼ばせたな?」
「はい、そうさせましたが?」
「どういうつもりだ?」
「…織斑先生…いえ織斑千冬さん。貴方はそれだけトウヤさんに着いていながらトウヤさんの状態に気付いていないのですか?」
「…疲れてるな」
「それだけですか?トウヤさんはかなりの度合いで参っています。ですから富士見技研に送って休んで貰うつもりなのです。良いですか?貴方はトウヤに頼るだけが目的なのですか?だったらトウヤが潰れます。だから離れてください。私が面倒見ます」
この女…だが…私は気付いていなかった…
「何ですか?何も言えないでしょう?貴方は気付いていなかったのですよね?ならば貴方はトウヤの隣に立つ資格は無いわね?」
「……………」
「織斑千冬さん?どうなのですか?」
何も言えないない…私はトウヤの状態に気付いていなかった。私は"ただ"トウヤを見ているだけだった…しかも"受かれて"だ。
「そうですよね…何も答えられないですよね。どうせ今もトウヤさんとデートして貴方は受かれているだけだったのでしょう?良いですか?今回の富士見技研の件は貴方は関わらないで下さい。私も関わりません。そしてシャルロットさんとセシリアさんも関わらせないで下さい。トウヤにはなるべく気を休めて欲しいのです。そして戻ってくるのは学年別トーナメントの前日です。宜しいですね?」
楯無の声には有無を言わさない圧力を感じる。やましい部分があるせいか私が押されてしまった。
「…分かった…」
「有り難うございます。では私からの用件は以上ですが他に何か有りますか?織斑先生?」
「…いや、特に無い」
「分かりました。では失礼します」
私はしばらくその場を動けなかった…いや…動きたくなかった…トウヤに逢わせる顔が無い…このまま帰ってしまいたい。そんな衝動に駆られてしまったが、何とか押さえて…席に戻った。
「どうしたんだい?なんか深刻そうな顔をして?」
トウヤが私を心配している…駄目だな私はここは何事もなく戻るところだろう…
「何でもないさ。コーヒー冷めちゃったな…頼み直そう」
コーヒーをもう一杯頼み飲み終わると店を出た。
気分はもう最悪だ…早く帰りたい…
帰りの電車は他愛もない話をして横浜で食事をしたが味も碌に覚えていない。楽しい筈の時間なのだが…
「それじゃあ千冬、おやすみ」
寮に着くと私を寮長室まで送ってくれた。トウヤは相変わらずだった。
「おやすみトウヤ。明日から富士見で頑張ってこい…それと…いや…何でもない」
謝りたい気持ちだったが今の私が謝っても訳が分からないだろう…
「有り難う…頑張ってくるよ」
そう言ってトウヤは背中を向けて部屋から離れて行った。
なぜか…物凄く寂しかった…そして涙が出てしまった…