「それで…マツナガ少尉はテツジン型の自爆に巻き込まれた可能性があると…」
私の目の前にいるのは地球連合宇宙軍極東方面軍指令司令部のミスマル・コウイチロウ…つまりは私の御父様である。
「その通りです。しかし私達はマツナガ少尉が戦死したとは思っていません。ですので捜索隊の派遣をお願いします」
ここはミスマル司令の執務室で今は私と司令しかいません。ですが出来る女は公私の区別がしっかり出来るのです。
「しかしなぁ〜戦闘詳報を見る限りでは望みが低いように思えるんだがなぁ…」
御父様の言っている事は百も承知だ。しかし…例え戦死していたとしてもナデシコを救ってくれた彼を探すのは人として当然の事だと私は思う。
「私もそう思います。ですが彼の…彼がいなければ今、私もここにはいませんでした…だから…だからこそ彼を見つけたいのです。それが悲しい現実をナデシコクルー達に突き付ける事になってもです…」
目が…視界が霞み目尻から涙が零れた。
今回のマツナガさんの件は私のミスでもあった…防御に撤していれば…相転移砲を使っていれば…色々と後から考えると彼の戦死は塞げたのでは!!って夜も眠れなくなる時がある。
「ユリカァ〜泣かないでおくれ…確かにマツナガ少尉がいなければナデシコはかなり危うかったであろう。だが…あの宙域に部隊を派遣するにはあまりにも理由が軽すぎるのだよ。他に何かしらの理由があればな…」
その時、司令のデスクの電話が鳴った。司令が受話器を取り短い時間だけ話をして受話器を置いた。
「ユリカ、捜索隊の派遣が決まった。そしてその捜索隊にナデシコも加わる事になった」
話が急展開した…
「ううむ…どうやら何処かの重工業から横槍が入ったようだな。…そうか、ナデシコには…」
「恐らくはお考えの通りですわ。マツナガ少尉は彼の部下です。そして彼の秘書の護衛で恋仲であったと思われます。彼も思うところがあるのかと思います」
「そうか…では命令書は今日中に送ろう。編成もあるので出港は早くて一週間以内だ。辛い航海になると思われるがしっかりと船を纏めて欲しい。以上だ」
「了解しました。ご高配感謝いたします。では!」
敬礼をして司令執務室を出ると中から『うおーーー!ユリカァ〜立派になったなぁ!!』と言う叫び声が聞こえてきたが私は溜め息を一つついてそのまま司令部を後にした。
彼の部屋は軍人らしく綺麗に纏められていた。副長の要請で彼の部屋を掃除している。中に入って気付いたのだけれど掃除の必要はあったのだろうか?むしろ入らない方が良かったのかも知れない。誰だって自分が居ない間に部屋に入られていい気はしないだろう。
机の上に写真立があったのでボタンを押して写真を見てみた。ナデシコエステバリス隊の皆で撮ったもの、知らない軍人達と撮ったもの、スーツ姿の彼と同年代の人と一緒に撮ったもの、私と並んで撮ったものがある。次は決定的だった。私と彼が肩を組んで私が彼の肩に頭をのせていた。私は顔が赤くなってしまった。
「これで分かっただろう?君とマツナガ君は本当に恋人の様だったのだよ」
入口にはアカツキ会長が立っていた。
「本当に…信じられないわ。私が彼を?私は仕事に生きていると思っていたのにね。ねぇ?彼との話を聞かせてくれない?」
「良いよ。少し長くなるけど良いのか?」
「構わないわ。私は特に仕事がある訳じゃないしね」
「そうかい。彼の経歴は読んだかい?」
「ええ。ネルガル重工に入社、警備部警護課に配属、警護の教育を受けた後に地球連合宇宙軍に出向、パイロット課程を受けて修了後エステバリスの操縦を学びナデシコに配属される。そして現在、こんなところよね?」
「そうだね。ではその前は?」
「え?そんなの知らないわ」
「だろうね。彼の経歴は隠しているんだ」
隠している?
「なぜ?」
「彼は僕の弟なんだよ。僕の父親が妾に生ませた子なんだよ」
はぁ…また彼は大変な人生を送ってきたのね…
「後継者争いに巻き込まないように隠しているの?」
「そうだ。それに彼の母親は彼が生まれて直ぐに死んでしまった。そして父親とは会ったことがない。そして生まれて直ぐにネルガルのとある施設に入れられた」
「とある施設?」
「ネルガルの為になる人間を育てる施設だね。身寄りのない子供を集めて英才教育を施して大人になっても決してネルガルを裏切らないように刷り込む。そうすればそこいらの社員よりも使えるだろう?」
…微妙な感情が私の心の中に生まれてきた。
「そう…彼には家族が居ないのね…」
「そうだな…だが彼は人との接し方がとても上手い。そのせいか彼には仲間がとても多い。パイロット課程での同期、警護課での同僚、彼には友人が多い」
「そうなの…」
「彼はとても子供に対する保護欲が強い。それは彼が施設にいた時に虐待が酷かったらしい…これはネルガルの闇だよ」
元々ネルガルが非人道的な研究や実験を行っていたのは私も知っている…私も指示を出した事もある。このアカツキと言う男は変なところで優しさがある。非人道的な実験や研究を嫌うのだ。
「彼が言うには『僕たちがこんな仕打ちを受けるのは大人の事情。子供達に押し付けるのは間違っている』だそうだ。言っている事は甘ちゃんだけど彼は受ける側だった。そんな彼に言われるのは堪えたね。その後は彼を僕の側に置いておく為に警護課に配属して僕専属にするつもりだったんだよ」
やっぱりこの男は甘ちゃんだ。そんな事でマツナガに同情するなんて…
「そう…でも彼は行方不明になってしまったわね。この後はどうするの?」
「探しに行くさ。例え死んでいたとしてもね。それが彼にできるもしかしたら最後の報いになるかも知れないだろう?」
探しに行く?どう言う事なの?
「連合にさ、捜索隊を出せって言っておいた。ナデシコも行くことになるだろうね。ナデシコの機関部の修理も意外と早く終わるみたいだからね」
この男は…
「甘ちゃんって思われても良いさ。でも俺にだって守りたい物があるんだよ」
そう言うとアカツキは部屋を出て行った。私はもう一度写真立を持ちマツナガの顔を見た。あのアカツキに行動をさせるほどの人物…1%以下の可能性だけで艦内の雰囲気を変えてしまう男、私を惚れさせた男、胸が苦しくなる…『会いたい』と思う私がいる。彼の使っていたベッドに寝っ転がって見るけど懐かしさは感じない。その事に少しだけ苛つきを覚えてしまった。