第1話
「チューリップよりバッタの出現を確認!数は増加中です」
そばかすの残る顔のメグミ・レイナードは可愛い声で叫び声をあげている。
「エステバリス隊は0G戦フレームで出撃してください。ナデシコはチューリップを有効射程に捉え次第グラビティーブラストを発射します。それまではグラビティーブラストをチャージを行いながら第一戦速でチューリップ方向へ前進ください」
戦艦ナデシコの艦長のミスマル・ユリカがテキパキと指示をだしている。メグミが各所に指示を伝え、それとほぼ同時に艦が加速を始める。
指示を出し終え、状況が映し出されているモニターを眺めているユリカの前に黒髪のロン毛の男の顔が突然電子音と共に現れた。アカツキ・ナガレだ。いきなり現れたのはこの艦の通信システムのコミュニケである。
「ミスマル艦長!エステバリス隊の全機を迎撃に出すとバックアップが心配だ!マツナガは艦の付近で迎撃に当たらせたいが構わないか?」
「分かりました。マツナガさんは艦付近で迎撃を行いバックアップ要員とします。マツナガさん宜しいですね?」
次は青年のが現れた。
「了解です、艦長。では私はバックアップを行います」
黒髪黒目の少し幼さの残る男が画面に顔を見せていた。
「ではエステバリス隊は出るよ!」
アカツキはそう言い放つとコミュニケが消えた。
今現在ナデシコは地球近辺で哨戒をしていたところチューリップ…木星圏カニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家間反地球共同連合体…略して木連のワープホール兵器と遭遇し戦闘中である。バッタとは、見た目は黄色いカナブンで背中の甲羅部分には小型のミサイルを収納しており4つのカメラアイをもち、小型で単体なら比較的雑魚ではあるが集団で来られるとなかなか厄介な相手なのだ。集団で迫りディストーションフィールドでの体当りをして弾きとばし、また同じ様に複数でディストーションフィールドに取り付きこれを破り撃破する。。だがディストーションフィールドが脆弱でエステバリスのディストーションフィールドによる体当たりのディストーションアタックやエステバリスの主力ライフルのラピッドライフルでも撃破が可能だ。
「エステバリス全機発艦しました!マツナガ機は艦の下方で併走します」
メグミの声がブリッジに響いた。
「了解しました」
ユリカが返事をするとブリッジの前を2機の青と、赤、黄、オレンジ色の機体がナデシコの進路前方へと飛んで行きメタリックシルバーの機体だけ艦の下の方へと飛んでいった。
マツナガside
今はナデシコの下方でバッタの迎撃を行っている。ラピッドライフルを両手に持ちバッタを次々に撃破していく。アカツキ達はバッタの後続からで出てきたカトンボ級をフィールドランスで次々と撃破しているが戦況は均衡している。
スバル機だけはバッタに対しディストーションアタックを行い過ぎ去った後には次々と火球がまるで花火の様に生まれては消えている。
「マツナガ!そっちはどうだ?援護は必要か?」
視界の端の方にアカツキの顔が映った。コミュニケだ。
「いえ、今のところは問題ありません。そちらは順調の様ですね」
「そうだな。ナデシコがさっさとチューリップを落としてくれれば終わるけどね」
「もう少しの辛抱ですね。後7分ぐらいですか…」
突然ナデシコの後方、左舷機関部辺りから爆発が起こった。
「なにっ!」
アカツキの顔が驚きに変わる。
「え!?ナデシコ!何が起こったんですか!」
俺も驚いた顔をしているだろう。急いでナデシコに確認するがグラビティーブラストは見えなかった…恐らくボソン砲だ。
ナデシコの後方に回り状況を確認するがかなり酷い。ディストーションブロックは作動していたはずだが…
「マツナガさん!ボソン砲の様です!左舷相転移エンジンは出力が10%まで低下、核パルスエンジンも停止!グラビティーブラストのチャージはかなり遅れます。ディストーションフィールドの維持を最優先に行っています」
メグミの声からかなり事態が深刻であることが伺える。
(ボソン砲って事はどこかに有人戦艦がいるはず!なんで気付かなかったんだ!クソっ!)
ナデシコは一度、地球での会戦の時にボソン砲での攻撃を受け艦長の機転で撃退に成功している。その時は機関を停止し敵艦からのセンサーでの探知を阻害しエステバリス隊による奇襲を成功させた。恐らく敵は前回のナデシコの戦法を逆手に取ったのだろう。
(敵も機関を停止してこちらの探知を回避しているのか…今回は既に敵に肉薄されているから機関の停止は自殺行為…ならば…)
バッタの迎撃をしながら状況を考える。取れる手は一つしかないはず。恐らく艦長も同じ事を考えるはずだ!
「メグミさん!艦長に補給の為の帰艦を具申!」
「了解しました!」
「アカツキさん!殿をしますので一端戻ります!」
アカツキとは先程からコミュニケは繋がったままだ。
「…しかしっ!」
アカツキの顔が苦い表情になる。
「アカツキさんだってこの状況を分かっているでしょう!ここは逃げるしかない。でも殿は必要!だったら一番艦に近い俺が適任です!時間がないんです!いいですね!?」
この殿はかなり危険な任務だ。万が一の場合は戦死するだろう。
「マツナガさん…ごめんなさい…殿を命じます…」
今にも泣き出しそうな艦長の顔が視界のアカツキとは反対側の隅に映る。
「了解です!死ぬって決まった訳じゃないんですから暗い顔をしないでくださいよ。美人が台無しですよ!」
笑顔で答えるが正直俺もビビってる。
「これよりナデシコは全速力でチューリップに突入しボソンジャンプで脱出します。マツナガ機以外はナデシコ進路上の露払いを。マツナガ機は補給を受けた後に殿を!後部ハッチは開けておきますのでチューリップに突入中に帰艦を!ナデシコ全速前進!」
ミスマル艦長は作戦を説明したのちに指示を出しているが表情はやはり暗い。
指示を聞きながら俺はナデシコの前部の発着路へと機を向けた。
(…まさかこんな展開とは。さすがにこれは生き残れないかな…)
格納庫に戻りハンガーに機体を固定しコックピットを開けると
整備長のウリバタケ・セイヤが顔を見せた。
「すまねぇなマツナガ…辛い役目を負わせちまった。何が何でも帰ってこいよ!」
「ウリバタケさん!当たり前ですよ!俺だってまだ死にたくありませんからね。装備ですがラピッドライフルを両手にと腰に1丁。それと背中にフィールドランスをお願いします!それと腿のホルスターにラピッドライフルのマガジンを!」
「…お前って奴は!任せとけ急がせる!聞いたなぁ!!お前ら!!急げぇ!!」
ウリバタケさんは今まで聞いたことの無いような大きな声を上げてエステバリスの足元へ飛んでいった。格納庫は戦闘時には重力が切られている。補給のスピードを上げるためだと前に聞いたことがある。
機体のチェックをするためにコンソールに視線を戻す。バッテリーはずっとナデシコからの重力波エネルギー圏内だった為満タンだ。被弾も無し、関節部
の磨耗もほぼ無し。問題ない。
「トウヤ…」
突然声を掛けられ顔を上げると目の前には副操舵士のエリナ・キンジョウ・ウォンがこちらを覗き込んでいた。
「どうしたんですかエリナさん?戦闘配置中ですよ?」
「艦長のお使いよ…艦長が『必ず帰ってください』って…」
エリナも暗い顔をしている。今にも泣き出しそうだ。
エリナとは仲良くしていた。俺とシフトが一緒だったのもあるし変わり者揃いのナデシコの中でも俺は連合軍からの出向組である為かエリナから言わせると『まとも』らしい。エリナも真面目な性格だからか、時々愚痴を聞かせれていた。
「勿論帰って来ますよ」
笑って答えた。
「絶対よ!帰ってきたらまた愚痴を聞かせてあげるわ!」
エリナも笑ってそう言った。
「げっ…勘弁してくださいよ…」
愚痴を黙って聞いているのもなかなか大変なんだよなぁ。まぁ…あの時間も嫌いじゃないんだよなぁ。
俺の言葉を聞いたエリナは頬を膨らませる。時々こういう仕草はとても可愛く思う。
「女の愚痴を聞くのも男の仕事よ。これを御守りに渡しておくから帰ってきてちゃんと返すのよ」
エリナは左のイヤリングに手をかけるとはずし俺に差し出した。
(うわ…死亡フラグ?俺、顔ひきつってないよな?)
「…ありがとうございます。必ず帰ってきて返しますから心配しないでくださいよ」
青い宝石の付いたイヤリングを受け取り腰のポーチに入れる。
「マツナガ機補給完了でーす!!」
機の下の方から声がかかった。
「それじゃエリナさん!行ってきます」
俺は右手を振って声を掛けるとエリナも手を振りながら
「行ってらっしゃい。待ってるわ」
と機の下の方へと飛んでいった。
コックピットのハッチを閉めジェネレータの電源を入れると重低音がコックピット内に響き始めた。
機を重力カタパルトへと向かわせているとウリバタケからコミュニケが入った。
「オーダー通りに補給完了している。絶対に帰ってこいよ!」
「ありがとう御座います。行ってきます」
ウリバタケさんに礼を言うと重力カタパルトの始動位置へと機を進ませる。
「マツナガさん…必ず帰ってきてください。マツナガ機、重力カタパルト発進どうぞ」
銀色の髪の毛をツインテールにした少女がコミュニケで映った。ナデシコのオペレーターのホシノ・ルリだ。オペレーターとして調整されたマシン・チャイルドでありこの子一人だけでもナデシコを動かす事が出来る。とても優秀なのである。
「ありがとうルリちゃん、必ず帰ってくるよ。マツナガ機出る!」
掛け声を終えると同時に機体が急加速して通路を進み暗闇の茨の道を進む。