IS 深海の探索者   作:雨夜 亜由

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第八話 意識の差、同郷の友

「それではこの時間は実践で使用する各種装備の特性について説明する」

 

 先程の授業とは違い千冬が教壇に立っている。

 大事なことなのか、真耶ですらノートを手に授業を真剣に聞いている。

 しかし、沙良はその授業をきちんと聞いていなかった。

 使用する装備の特性なんて、言ってしまえばキリがない。

 それこそ装備一つ一つに違った特性があるのに、まとまったジャンルで特性を教えても、それはただ『使える』というだけであって、『使いこなす』レベルじゃないのだ。

 それを、武装を開発する立場に居る沙良は、身に沁みるほど理解している。

 

――まぁ、ここにいるみんなはまだ経験が圧倒的に足りないから、使えるようにはしておかないとって判断なのかも。

 

「ああ、その前に再来週に行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 

 千冬の発言に、沙良は頭を捻る。

 

「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……まあ、クラス長だな。ちなみに、クラス対抗戦は入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点でたいした差はないが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更はないからそのつもりで」

 

 つまりは、成長の基準にされるわけだから、無駄に戦闘回数も多い。

 データを取る目的ならいいが、雑用も押し付けられることを考慮すると、さほどやりたいという気にはならないだろう。

 沙良は開発のほうに気を回したいという気持ちもあるため、その態度が顕著である。

 

――どうか僕にその役目が回ってきませんように!

 

「はいっ。織斑くんを推薦します!」

 

――Bien hecho!!(でかした!!) 誰かわかんないけどよく言った!!

 

 一夏の「織斑ってこのクラスにもう一人いるのかー」という間抜けな面を横目に、沙良は胸を撫で下ろす。

 

「私もそれがいいと思いますー」 

 

 またしても一夏の名前が挙がり、沙良は安堵を深くする。

 

「では、候補者は織斑一夏……他にはいないか? 自薦他薦は問わないぞ」

 

「お、俺!?」

 

「ぷっ、気付くの遅いよ一夏」

 

 立ち上がった形になる一夏は視線に晒される形となる。

 正直、とても目立っている。

 それに、面倒くさそうな視線を向けたのは、教壇に立つ千冬であった。

 

「織斑。席に着け、邪魔だ。さて、他にはいないのか? いないなら無投票当選だぞ」

 

「ちょっ、ちょっと待った! 俺はそんなのやらな――」

 

「自薦他薦は問わないと言った。他薦されたものに拒否権などない。選ばれた以上は覚悟をしろ」

 

 一夏が、一瞬だけ沙良のほうを見た。

 嫌な予感がする。

 背中に伝う嫌な汗は、これから起こることを敏感に察知したようだ。

 

「な、なら俺は、沙良を推薦する! 沙良なら俺よりしっかりしてるし、ISについても詳しいしな」

 

「拒否権を発動します」

 

 一夏は手を合わせて謝っているが、ここでそんなことしても状況が変わるわけでもないのは誰の眼にも明らかだ。

 

「他薦されたものに拒否権などないと言っただろう。織斑に、深水か。他にはいないか?」

 

 もちろん、沙良としては乗り気ではない。

 どうにかして、誰かに押し付けなければならない。

 それには、候補者が少なすぎる。

 そこで、沙良は一人の人物を思い出す。

 

「待ってください! 納得がいきませんわ!」

 

 まさにベストタイミング。名を挙げようと思い立った瞬間に、その生徒が机を荒々しく叩き異議の声を上げた。揺れる金髪に意志を秘めた青い瞳、どこぞのイギリスの生徒だった。

 

「そのような選出は認められません! 大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ! わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

 嫌なら、初めから立候補すればいいのに。

 周りの視線がそう語っている。

 

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります! わたしくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」 

 

 極東の猿。

 沙良自身は、エスパーニャを祖国だと思っているため、そこまで何も思わない。

 しかし、一夏は目に見えてイライラしている。

 

「いいですか!? クラス代表は実力トップがなるべき、そして、それはわたくしですわ!」

 

――入試の結果だけで、よくもここまで大きなことが言えるもんだよなぁ。

 

 沙良を含めたスペイン勢は入試を受けてない者が多数混ざっている。入試自体は、そこまで実力を測る指針になってるとは思われない。

 それに実力と言えど、その各々に得意な分野があり、それに適した戦場がある。

 何が優れているとは一概に言えないはずだ。

 

「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で――」 

 

「イギリ――」

 

「じゃあ帰ればいいのに」

 

「……沙良?」

 

 一夏が勢いよく立ち上がったところに言葉を被せる。

 ただ立ち上がっただけとなった一夏は軽く注目を集めている。

 しかし、セシリアが注視しているのは、言葉を紡いだ沙良の方である。

 

「なんですって……!?」

 

「嫌なら帰ればいいじゃん」

 

「あ、あなた、わたくしを侮辱しますの!?」

 

「何処をどう捉えたらそう思えるのかが不思議で仕方ないよ。それに、君が侮辱だと言い張るのなら、さっき君が言ったことは侮辱に入らないの?」

 

「う、それは……」

 

「それに、君は日本人を極東の猿と表現したけど、君が使うISも元はその極東の猿が作ったものだよ?」

 

 千冬に視線を向ける。

 

「そして、そこに立つ、人類最強のIS操縦者も君の言う極東の猿だよ? 君はその極東の猿に勝てるの?」

 

「そ、それとこれとは話が別ですわ!!」

 

 沙良はため息をつく。

 

「イギリスの代表候補生だよね、オルコットさんって。君はイギリスの名を背負っているんだよね?」

 

「あ、当たり前ですわ!」

 

「じゃあさ、その国の代表の君が、日本を一方的に貶したと理解できる? 君の発言はイギリスが日本を貶めてるのとなんら変わりないんだよ?」

 

 オルコットがその事実に気付き、顔を青くする。

 

「君の言い分はよくわかんないけど、一回落ち着こう? 話を整理して、それから話そうよ」

 

 千冬の視線を感じてそちらを向くと、頷きが返って来た。

 沙良は大人しく席に座りなおし、応対の終わりの合図とする。

 教室の空気が一瞬で重たくなった。

 

「とりあえず、話を進めましょう。候補者は三人。それでいいですか?」

 

 真耶が、その空気を何とかしようと、場を仕切り始める。

 

「さて、どうやって決めよう」

 

「実力が認められたらいいんだろう? 戦ってみたらどうだ?」

 

 一夏の何も考えてなさそうな声に、千冬が提案をする。

 しかし、その表情は明らかに楽しそうに笑っており、まともな発想とは思えない。

 

「いいでしょう、言われっぱなしっていうのも気に食いません。決闘ですわ!」

 

「おう。いいぜ。四の五の言うよりわかりやすい」

 

 しかし、乗せられやすい二人は簡単にその意見に乗っかってしまう。

 

「言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い――いえ、奴隷にしますわよ」

 

「イギリスって未だに奴隷制度があるの?」

 

「侮るなよ。真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいない」

 

「そう? なんにせよちょうどいい機会ですわ。イギリス代表候補生のこのわたくし、セシリア・オルコットの実力を示すまたとない機会ですわね!」

 

 沙良の疑問は華麗にスルーされる。

 沙良などまるで眼中に無いと言わんばかりに、勝手に話が進んでいく。

 しかし、沙良としてはやらなくていいなら、やらないに越したことは無いため、この流れを好ましく見守ることにした。

 

「ハンデはどのくらいつける?」

 

「あら、早速お願いかしら?」

 

「いやー、俺がどのくらいハンデをつけたらいいのかなーと」

 

 起動時間が数十分の一夏が、百時間を越えるであろう代表候補生相手にまともに太刀打ちできるとは思わない。

 沙良は苦笑いを浮かべる。

 

「お、織斑くん、それ本気で言ってるの?」

 

 周りの生徒も苦笑いを浮かべている。

 

「男が女より強かったのって、大昔の話だよ?」

 

「しかも、467個しかないコアの1個を専用機として持ってるのに」

 

 しかし、その理由が沙良とは全く違った。 

 沙良は、あくまでも代表候補生と、素人と言う観念の元無茶だと言う結論を出したが、周りの女子たちは違う。

 男が女に勝てるわけが無い。

 そんな思考に染まっているのだ。

 

 それがIS業界にどっぷり浸かっている沙良には気に食わなかった。

 

「確かに、女性のほうが強いって言われてるけど、今は違くないかな?」

 

「え?」

 

 沙良のつぶやきは、隣の席の女子に拾われたようだ。ちらりとそちらを向くと目があった。

 

「だって一夏、IS使えるじゃん。条件は一緒じゃないの?」

 

 そう、一夏も沙良もISを操縦することが出来る。女性が強いと言われる所以は、ISを動かせることにある。ならばISが動かせる男ならばその差は全くと言っていいほどないだろう。

 

「確かに……」

 

 隣の席の女子も沙良の言葉である程度理解したようだ。

 その高い理解力に、IS学園のレベルの高さがわかる。だからこそ、このような思考の偏りがもったいなく思う。

 沙良と隣の席の女子の話はほかの子にも聞こえていたようで、少し空気が引き締まっているような気がした。

 

「まぁ、一夏がオルコットさんに勝てるとは思わないけどね」

 

 そうおどけると、女子もくすくすと笑ってくれる。険悪な空気になることは防げたようで、沙良もホッと胸を撫で下ろす。

 

「それに、今、出ている情報だけを真に受けちゃだめだよ。コアが467個しかないとか、そんなわけないからね(・・・・・・・・・・)

 

「沙良」

 

「あら?」

 

 千冬の声に、沙良は肩を竦める。

 どうやら、これは話してはいけない部類の話らしい。

 業界では有名な話なのだが、どうやら上層部がそういう意向らしい。

 千冬は教室の状況を一回整理しようと、場の進行の手綱を握ることにした

 

「……さて、話はまとまったな。それでは勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。織斑と深水、オルコットはそれぞれ用意をしておくように。それでは授業を始める」

 

 ぱんっと手を打って千冬が場を纏める。

 

「織斑先生、僕の名前が入ってますけど、間違いじゃないのですか?」

 

 呼ばれた名前が意味することは、巻き込まれたと言うこと。

 

「何も知らない小娘らに教えてやれ」

 

 そういってニヤリと笑う千冬。

 周りの生徒たちは、その意味が全くわかっていないが、沙良はきちんと気付いていた。

 

――あぁ、押し付けるつもりか。

 

 めんどくさいことになった。

 知識はある。ISにも慣れている。

 それはそうだ、ずっと開発側だったのだ。

 ここにいる誰よりもISの身近に居たのだ。ISの雛形をずっと見てき、触れてきたのだ。その起動時間も代表候補生など比ではない。

 

――あまり目立ちたくないんだけど。

 

 その沙良の思いは誰にも届くことはなかった。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「うぅ……」

 

 放課後、一夏は机にぐったりともたれかかっていた。

 

「い、意味がわからん……。なんでこんなにややこしいんだ……?」

 

「大丈夫、一夏?」

 

「沙良はよく理解できるな。俺には全くだ」

 

 沙良は苦笑いしながら、一夏の机に腰掛ける。

 

「僕は研究職だからね。IS作ってるのに理解してなかったらそれはそれで問題じゃないかな?」

 

「確かにそうだな」

 

「そんなに分からないなら、要点纏めた資料作ろうか?」

 

 一夏はがばっと身体を起こし、沙良をまじまじと見つめた。

 

「いいのか?」

 

「もちろん。そんなに手間じゃないしね」

 

 その言葉は嘘じゃない。

 開発の指揮を執る側の人間として、新人研究者の教育を手伝ったことも多々ある沙良にとっては、基礎を纏めるだけなら一時間もあればできる。

 

「じゃあ、よろしく頼む」

 

「任せて」

 

 とりあえず、職員室に行かなければならないから、その後で用意するとしよう。

 今日の決闘騒ぎで、いろいろしなければいけないことが出来たのだ。

 

「ああ、織斑くん、ルイスくん。まだ教室にいたんですね。よかったです」

 

「ルイスって久しぶりに聞いたな」

 

 日本に来てから初めて呼ばれたかもしれない。

 確かにルイスが父親の姓だから名乗るのはルイスだ。しかし、日本の姓もあるから普通は日本姓で呼ぶだろう。実際に千冬は深水と呼んでいる。

 真耶の真面目な部分が垣間見れる会話だ。

 

「自己紹介で深水って言ってますから、別にルイスじゃなくていいですよ。むしろ日本にいる間は深水でお願いします」

 

「はい、分かりました。深水君ですね」

 

「それで、何かあったんですか?」

 

 一夏が話を促して、真耶は思い出したように言う。

 

「えっとですね、寮の部屋が決まりました」

 

 そう言って部屋番号の書かれた紙とキーを、一夏に渡す真耶。

 IS学園は全寮制だ。その表立っての理由は生徒の安全確保とか言うものだ。何処の国も優秀な操縦者の確保に必死になっている現状、妥当な制度と言える。一夏や沙良が自宅から通学すると確実に学園にたどり着かないだろう。

 

 ちなみに、沙良は授業に行く前に、先に部屋に荷物を置きに行ったから自分の部屋は把握している。

 

「あれ? 俺の部屋、決まってないんじゃなかったんですか? 前に聞いた話だと、一週間は自宅から通うって話でしたけど」

 

「そうなんですけど、事情が事情なので一時的な処置として部屋割りを無理やり変更したらしいです」

 

「部屋は沙良と一緒なんですか? 鍵は一個だけしか渡されてないですけど?」

 

「僕は個室だよ? 荷物置きに先に寮に行ったから鍵ももう持ってるし」

 

「てことは俺も個室ですか?」

 

「いえ、それが……用意できた個室は一個だけで、織斑くんは相部屋となります」

 

 羨ましそうに沙良を見つめる一夏。

 

「それでですね、織斑くんの荷物のことなんですけど――」

 

「私が手配しておいてやった。ありがたく思え」

 

――千冬姉の手配って絶対生活必需品だけだよ。そんなに気が利くようには見えないし。

 

「ど、どうもありがとうございます……」

 

「まぁ生活必需品だけだがな。着替えと、携帯電話の充電器があればいいだろう」

 

 一夏が潤んだ目で千冬姉を見つめてるが、千冬は持ってきただけでも感謝しろと言わんばかりの態度だ。可哀相だが、千冬が相手なら仕方ない。

 

「じゃあ、時間を見て部屋に行ってくださいね。夕食は六時から七時、寮の一年生用食堂で取ってください。ちなみに各部屋にはシャワーがありますけど、大浴場もあります。学年ごとに使える時間が違いますけど……えっと、お二人は今のところ使えません」

 

 それもそうだろう。

 

「女子と一緒に入るわけにはいかないですしね」

 

 エスパーニャには、ゆっくり湯船につかる習慣があまり浸透していない。それゆえ、シャワーでも気にはならなかったが、やはり日本に来たらゆっくり浸かりたくなるのが日本の血の性といったものだろう。

 一夏が「そっかぁ」とでも言わんばかりの間抜け面をしているため、沙良は少し心配になってしまう。

 

「ははは、沙良、ジト目で見るのやめてくれ」

 

「他に何か聞きたいことはあるか?」

 

「なんで沙良と俺が一緒の部屋じゃないんだ? 相部屋の子にお願いして、その個室に移ってもらえばいいだけじゃないか?」

 

「何かあったときに一緒にいられると対応しにくいからだ」

 

「どういうことだ?」

 

「つまりはね、一夏。業界では名の知れ渡っている僕を囮として切り捨てて、一夏だけでも助けようということだよ。今、エスパーニャは同盟国のほうが少ないしね。IS委員会は一夏さえ無事ならいいって考えを示してるんだ。僕は替わりのいる一介の技術者に過ぎないからね」

 

「でも、沙良だってあの束さんの弟のようなものじゃないか!」

 

「……織斑先生、私は仕事がありますので」

 

 一夏の叫びに、真耶が空気を読んだのだろうか、席を外す。

 三人で話しやすいようにとの配慮だろう。

 千冬もそれに気づかないような人間ではない。

 

「ああ、すまない」

 

 千冬の言葉に、苦笑しながら真耶は元来た道を戻っていった。

 

「お偉いさんはね、不確定な状況よりも、確実性のある事実を好むんだよ」

 

「俺が、千冬姉と姉弟だからか」

 

「うん。一夏はあの戦乙女の血の繋がった弟だ。期待度は一夏のほうが高いんだよ。女尊男卑の傾向が強まった世界にとって、一夏は起爆剤になりえるんだ。僕とは違ってね」

 

「そのとおりだ。IS委員会は、沙良をよく思ってない。一人は実験に回せなどというイカレたことを言う人間もいるのだ。もちろん、私が何としてでも止めるがな」

 

 千冬の口調はいつも通りのように見える。しかし、動揺してるのが沙良にはよく分かる。なにせ、学内に関わらず沙良のことを名前で呼ぶのだから。

 

「千冬姉、そんな辛そうな顔しないで。一夏も、そんな顔してないで、ね?」

 

「なんだよ、それじゃあ」

 

「一夏、僕は大丈夫だから」

 

「……くそったれ」

 

 一夏はその怒りを隠そうとしない。

 

「他に聞きたいことはあるか?」

 

「……特に」

 

「織斑先生、放課後のアリーナの使用許可と、本国からの機体が到着するまでの訓練機の貸し出し許可をもらえませんか?」

 

「……いいだろう。しかし、私はこれから会議がある。それが終わってからになるが待てるか?」

 

「どのぐらいですか?」

 

「おおよそ一時間半ぐらいだろう」

 

「では、書類だけ書いて待ってます」

 

「わかった。では後で職員室まで提出しに来い」

 

「de acuerdo(了解しました)」

 

「そう、かしこまるな」

 

 千冬は意味を分かってくれたようだ。笑ってくれたようでホッとする。

 一夏も少しは気を抜いてくれたようだ。

 敬礼を解くと、沙良は緩い笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

「ふう、疲れた」

 

 沙良は、職員室に書類を提出し、寮までの道を歩いていた。

 

「それにしても、シークエスト以外に乗るのは初めてだなぁ。ちょっとだけ楽しみだ」

 

 今回、貸し出しの許可を貰ったのはラファール・リヴァイブ。そして、打鉄。

 そう、二台借りたのだ。目的はもちろん、一夏にも訓練させるため。

 正直、一夏が国家代表候補に勝てるとは思わないが、何もせずに負けるってのも気に食わない。ならば、出来るだけのことを一夏につぎ込もうということだ。

 

「セラ?」

 

 そう考え事をしていると、声をかけられた。

 

「セラだよね? やっぱりセラだ! !Cuanto tiempo!(久しぶり!)?Como estas ?(元気にしてた?)」

 

「Lina?」

 

 そこには、スペイン代表候補生リナ・フェルナンデス・コロンがいた。ダークブラウンの長髪が元気に跳ね、その表情を輝かせる。

 リナは沙良に抱きつき、挨拶として頬にキスをした。

 

「Estoy bien Cuanto tiempo sin vernos.(もちろん、元気だよ。本当に久しぶりだね)」

 

 沙良もリナと同じように頬にキスを返す。

 育った環境からか、頬にキスをするのが挨拶みたいになっていたため、お互いに躊躇いなくキスをする。

 

「入学してたのは知ってたけど、まさかこんなに早く会えるとは思ってなかった」

 

「僕もビックリ。いずれ、機体の整備で会うとは思ってたけど、初日で会えるなんて運がいいね」

 

 リナは、S・Q社から専用機を与えられている。

 それも、ただの専用機ではない。将来有望な候補生のみが与えられるカスタム機。いわばエリートの一人だ。その割に人当たりがよく、沙良も仲良くしている。

 

「!Que suerte!(本当に運がいいわ!)ねえ、夕食は食べた?」

 

「まだだよ」

 

「Vamos a comer juntos!(それなら、一緒にご飯を食べようよ!)」

 

「Si, !que buena idea!(うん、それはいい考えだね)」

 

 沙良は、リナと共に食堂に向かう。

 その足取りは、祖国の人間に会ったからか、いつもよりは軽いように思われる。

 

「リナはなに食べるの?」

 

「せっかく日本にいるんだから和食定食Aにするわ。セラは?」

 

「そうだなぁ。じゃあ、和食定食Bにするよ」

 

 食券を注文口で出すと、そのまま受け取り口まで移動する。待つのはほんの少し。

 運ばれてきたのは、美味しそうな魚の煮つけだった。

 それに、小鉢、おひたし、味噌汁、漬物、白米といった日本によくなじんだセットとなっている。

 

「先、席取っておくね」

 

 沙良は、そう言い二人分空いている場所を探す。

 

「結構空いてるなぁ。なんでだろう?」

 

 難なく端の席を確保する。

 よく見ると一箇所に、人が固まってるのが見える。

 そこには、見覚えのある生徒がいた。

 

「一夏……犠牲になってくれたんだね」

 

「それは何か違うと思うわ」

 

「あ、リナ」

 

 リナが沙良の目の前に座る。

 

「もしタイミングが悪ければ、セラもああなってたってことね」

 

「puede ser(ありえるね)」

 

「もう、他人事じゃないんだよ?」

 

 リナは、けらけらと笑う。

 沙良もその顔には笑顔が浮かんでいる。

 

「なんか一日も経ってないのに、セラって呼ばれると懐かしく感じちゃうよ」

 

「今はなんて呼ばれてるの?」

 

「深水とか沙良とかだね」

 

「深水……向こうでは全く聞かないね」

 

 リナは喋りながらも、綺麗に焼き魚を口に運ぶ。

 どうやら和食定食Aは鯖の塩焼きのようだ。

 

「リナ、箸の使い方上手だね」

 

「えへへ、実はソフィア先輩に教えてもらったんだ」

 

「ソフィに?」

 

「うん。セラより大分早くにIS学園に来てたから、そのときにお世話になったの。私たちは、みんなお世話になったんじゃないかな?」

 

「ソフィも頼られてるんだなぁ」

 

「セラの最高傑作を扱える人だからね」

 

 最高傑作。それは、オルカ、ドルフィンと同じ第三世代シークエストシリーズ、ケートゥスシリーズの機体。ケートゥスとはラテン語でCetusと書き、海獣を意味する。

 

「リナも実力が認められたら、そのカスタムをケートゥスにしてあげるよ」

 

「本当!?」

 

「もちろん、ソフィに勝てるぐらいまでにならないとだけどね」

 

「えーケチ」

 

 食事の時間は他愛無い会話で楽しく過ぎていく。

 気付けば、食器の上も綺麗に片付いている。

 今はお茶だけ残っている状態だ。

 

「それにしてもソフィが頼られてるねぇ……」

 

 その呟きには、様々な思いが込められている。

 

「人のベッドに潜り込んできて鼻血出して運ばれていくようなソフィがねぇ」

 

 未だに納得していない沙良であった。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆ 

 

 

 

 

「じゃあ、僕の部屋はここだから」

 

「1030ね、覚えたわ。私は1034だからいつでも遊びに来てね」

 

「気が向いたら行くよ」

 

「嘘、そういうときのセラは絶対来ないって知ってるもん」

 

 そんなことないと沙良は反論しようと思ったが、否定しきれない部分もあるため、何も言わずに、愛想笑いに留めた。

 

「Buenas noches Sara.(おやすみ、セラ)」

 

「Buenas noches Hasta manaNa.(おやすみ、また明日)」

 

 挨拶を交わし、自分の部屋に入ると自分のトランクがベッドに鎮座していた。

 

「片付けないと……」

 

 沙良は、トランクの中身を取り出し、綺麗に収納していく。

 しかし、その量は問題ではないのだが、如何せん機器の配線がややこしい。

 

「明日にするか」

 

『No dejas para man~ana lo que puedes hacer hoy.(今日できることは、明日に先延ばしをするな)』

 

 有名なことわざだが、そんなもの、疲れきった沙良には関係ないことだった。

 

「あ、一夏の資料も作んなきゃ」

 

 あの時の自分を殴りたい気分だが、そこは約束してしまった自分が悪い。

 

「……シャワー、浴びるか」

 

 こうして沙良の学園生活初日は終わった。


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