一話前のお話からどうぞ。
「……出来た」
目の前には荷物がこれでもかというぐらいに詰まったトランクケース。
そして、篠ノ之家から離れた際に譲り受けた愛刀、『水切』が竹刀袋に入っている。
その横には、長さが目立つ、薙刀が薙刀袋に収まっている。薙刀に「号」をつける場合は女性の名をつけるのが慣しであるため、沙良の薙刀にも女性の名が付いている。『茜』それが沙良の愛刀である。
篠ノ乃道場にて教わった剣術。それをエスパーニャに来ても大切にし続けた。
愛刀に触れることにより、遠く離れている一夏や箒、束に千冬と触れ合えるような気がするから。
そんな理由で太刀を振り続けた沙良を、大人たちは微笑ましく見守っていた。
その教わった剣術は、一夏や箒が学んでいたものとは違う。使用するのは薙刀。そして太刀、それも大太刀である。その長さは三尺をゆうに超える。
それは元々は神社等への奉納の舞として生まれたが、時代の流れにより、今は古武術として伝わったと聞いている。
女性が鍛え上げたその剣術は、体力のない沙良に合っていた。
「よし、忘れ物はないかな」
ちゃんと、忘れ物がないかチェック表で確認する。
最初に、チェック表を渡されたときは、何処まで過保護なんだよ、と思ったが、使ってみると意外と便利だった。
「うん、大丈夫だね」
そろそろ出発しないと間に合わなくなる。
明日は、IS学園の入学式。
しかし、授業にギリギリ間に合うかどうかの強行軍になってしまったので、入学式には間に合わないだろう。
「カルラさん準備できたよー」
所長室でロサと喋っているはずのカルラに声をかける。
「荷物持ってこっちに来なさい」
声だけが返ってくる。
愛刀を肩にかけ、荷物を持ち所長室に入ると、そこには研究員が全員そろっていた。
その一人ひとりが一輪の花を持っている。
「みんな……行って来ます」
一人一人に抱きつき、頬にキスするとみんな泣きそうな顔で花を渡し、行ってらっしゃいと言ってくれた。
「おいおい、最後の別れじゃないんだ。もう少し、晴れやかに送り出してやらないか」
ロサは、沙良の花を纏めて花束にしてくれる。
しかし、所長らしいことを言っているのだが、その目が潤んでいるのは誰の目にも明らかだった。
「行ってらっしゃい。怪我のないようにね」
「頑張ってな」
皆が思い思いに別れの挨拶をしてくれる。
「じゃあ行ってきます」
後ろ髪が引かれる思いで、所長室を出ると、わざわざ席を外してくれていたのか、カルラがタバコを吸っていた。
沙良は苦笑いを浮かべて近づく。
「社内は禁煙ですよ」
「そんな注意も、しばらく聞けなくなると思うと寂しいものよね」
笑いながらカルラはタバコの火を消した。その姿は哀愁が漂っている。
「じゃあ、行こうか」
そういい、向かう場所は、社内に設置されている滑走路。
そこには、あきらかに個人で使う用途ではない、旅客機がたたずんでいた。
「……」
「どうしたのセラ?」
「いえ、今更だったと思って」
本当に、何処まで過保護なんだよ。
そして飛行機に乗り込むと大きなモニターに気がつく。
そのモニターには日本のニュースが流れている。
『スペインで、男性操縦者発見』
「ん? 日本では僕の名前は出ていないの?」
飛行機の中、先程、日本で流れたニュースを見て、沙良は思ったことを口にする。
「ええ、『スペインで公表された少年R』として発表されたわ」
「でもイニシャルってエスパーニャではルイスを名乗ってるからRだけど、日本なら深水と名乗るからHなんだよね」
「エスパーニャ主体でいいじゃないの」
「それもそうだね」
それにしても、
「一夏、驚いてるだろうなぁ」
◆ ◇ ◆
「空港にIS学園の教諭が迎えに来ているそうだから、後はその人に頼りなさい」
長いフライトを終えて、無事に日本に着いた沙良は、カルラと別れを交わしていた。
「うん、ありがとうカルラさん。行ってきます」
沙良は、研究所の職員と同じように、カルラに抱きつき、頬にキスをする。
カルラはキスを頬に返し、沙良の首のチョーカーにふれる。
「完成するまで、オルカは戦闘に使っちゃダメよ? セラの身体に負担が大きすぎる。オルカを使うときは、……死なないように」
「わかってる。僕が作ったんだから。だから安心して? カルラさん、ここ最近寝てないんでしょ? 僕は大丈夫だから。ね?」
「もう……セラは最後まで人のことばかりね。帰ってきたら覚悟しなさい。職員全員からの頬擦りは免れないわ」
「あはは、それは覚悟しときますよ」
沙良は、荷物を台車にのせ、愛刀を右脇に挟む。
これ以上ここに居たら泣いてしまいそうだ。
沙良はカルラに背を向け、顔を上に向けることで涙を堪える。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
沙良の肩が震えているのに気付いたカルラは、それだけ伝えると、沙良の背中を見つめ続ける。
沙良の姿は空港に消えていった。
◆ ◇ ◆
「迎えに来てるといわれても、どんな人とか聞いてないんだけど」
落ち着き、涙を拭った沙良は、エントランスで、辺りをキョロキョロと見渡す。
すると、見覚えのある人が近づいてきた。
女性にしては背が高く、よくスーツが似合っている。
「千冬姉!」
それは、大切な家族である千冬であった。
「遅いぞ、沙良」
沙良は、文句を言う千冬に抱きつき、頬にキスをする。
千冬も呆気に取られたようだが、沙良の挨拶を受け止める。
「久しぶり、千冬姉! ドイツで会った以来だね!」
「お前も変わらないな。特にその抱きつく癖だ。私や一夏には構わないが、ここは日本だ。スペインと同じように抱きつくんじゃないぞ?」
沙良はよく分かってないのか「なんで?」という顔をしているが、もう一度言われると、コクコクと頷いた。
「それでは、行くか。もう授業は始まってしまっている。途中から入るしかないだろう」
「新入生なのに転校生みたいだね」
「そうだな」
千冬は、軽く笑い、ふと思い出したように言った。
「沙良、分かっているとは思うが、私は教諭だ。学校では先生と呼べ」
「分かりました。千冬先生」
「織斑先生だ」
沙良の頭に拳骨が落とされる。
「いったぁ!!」
「学校で同じことをされたくなかったら気をつけるんだな」
「……はーい」
沙良は、重たい荷物を抱えたまま千冬の後に付いていく。
しかし、荷物が多い上に、愛刀を脇に抱えてる状態で早く歩けるわけがない。
「千冬姉」
「却下だ」
「まだ何も言ってないのに」
「言わなくてもわかる」
「じゃあ持ってよ」
「そんぐらい、持てなくてどうする」
沙良は、考える素振りを見せて、笑顔を作り爆弾を落とした。
「IS学園の器材って何パーセントがSQ製だったっけ? 海底作業の際には良く声が掛かった気がするなぁ」
沙良がこれまでにない笑顔で言うと、千冬は怒りを堪えているのか、拳をプルプル震わせている。
「いくらその名が有名だからといって、学園ではただの公務員だもんね。社会人って辛いよねこういうとき。分かるよ、僕も社会人経験あるからね。ちょっと特殊だけど」
千冬は、沙良に向けて片手を差し出す。
沙良はとてもいい笑顔で千冬にトランクを渡した。
「向こうに行ってから、要らないことを覚えてきたな」
そんな皮肉に、沙良は肩をすかして答える。
「純粋すぎると、ぱくんと食べられちゃうからねぇ」
千冬は、沙良の特別な環境についてある程度は知っているため、顔を顰めてしまう。
実験体として身柄を拘束されそうになったことも。
「色々、あったものだ」
「そうだね」
「恨んでないのか? こんな世界に巻き込んだ束と私を」
「感謝することはあれど、恨むことなんかないよ」
「しかし、沙良を平凡から遠ざけたのは紛れもなく、私と束だ。沙良が許しても、私は私を許せない」
千冬は、辛そうに俯いてしまう。
沙良は、その千冬に笑いかける。
「ねえ、千冬姉。僕、笑えてるでしょ?」
言われた意味が分からなかったのか、少し呆けている千冬に、もう一度笑いかける。
「あ、ああ、笑えている」
「うん、僕は今は笑えてるんだ。だから大丈夫だよ?」
千冬は、沙良の言いたいことが伝わったのか、その表情を変える。
それは、沙良の祖父がよく言っていたこと。
『笑え、それが幸福の旗印だ』
それは、千冬も覚えていたようだ。
「そうか、私も、笑っていないとな」
その、千冬を見て、沙良は言葉を紡ぐ。
「それに」
「ん?」
「僕の事、守ってくれるんでしょ?」
それは簡単なことではない。
これから先、沙良には様々な企業から身柄の拘束やデータの提供を求められるだろう。
誘拐などがあっても全くおかしくない。
今では、一夏に注目が向いているが、それも時間が経てば沙良の、その徳逸した技術に注目が集まるだろう。
学園にいる三年間も安全とは言いきれない。その三年が終わればもっと危険が増えるのは目に見えている
それをこれから先、守り続けていくのは困難だろう。
それを分かっているからこそ、千冬の表情は柔らかくなる。
「なるほどな、そういうことか」
「どう受け取ってもらっても結構ですよ?」
千冬は、内心感謝していた。
罪悪感に押しつぶされないように役目を与えてくれたことを。
「お前も、一夏も、私の家族だ。家族ぐらい守ってやるさ」
沙良が横から見えた千冬の顔は、とても晴れやかだった。
◆ ◇ ◆
沙良は一人で歩いていた。
千冬は授業があるため学園に付いた時点で別れている。
沙良も荷物を持ったまま教室に入るわけには行かなかったので、荷物を預けに学生寮まで来たわけである。
千冬には荷物を置いたら一年一組の教室に来るようにといわれているので、今は廊下を歩いている。
その女性しかいない特有の雰囲気は、研究所を思い出す。
「うぅ、早速帰りたくなってきたよ」
そうこう考えているうちに、目的の教室にたどり着く。
一組の文字を確認し、ノックしようと拳を握ると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
『全部分かりません』
それは、男の声。
IS学園には男は二人しかいない。
一夏である。
『……織斑、参考書は読んだのか?』
その威圧感のある声は千冬だろう。
『えっと、古い電話帳と間違えて捨てました』
一夏が言うと同時に何かが硬いもので叩かれた音がする。
『必読だと書いてあっただろうが、馬鹿者が』
『……すみません』
『後で、再発行してやる。一週間以内で覚えろ』
『いや、一週間であの厚さは……』
「えっと……入りにくいんだけど」
沙良は、肩まで持ち上げた手を、ノックする形で止めたまま、入るタイミングを見計らっていた。
『ISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そういった『兵器』を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる。そうしないための基礎知識と訓練だ。理解が出来なくても覚えろ。そして守れ。規則とはそういうものだ』
場が一度落ち着いたみたいなので、ノックする。
すると、ドアに近づく気配を感じる。
開かれたドアの先には千冬が出席簿片手に立っていた。
「よし、来たな。一度場を整えるから、呼んだら入って来い」
「分かりました」
もう一度ドアが閉められ、千冬が声を張り上げるのが聞こえる。
『たった今、そこの空席に座る生徒が到着した。今から紹介するが、騒がないようにな。よし、入って来い』
「失礼します」
合図と共に、ドアを開き、教壇に近づく。
沙良が入るとざわめきがピタリと止まった。
その静寂に居心地が悪くなった沙良は教室をぐるりと見渡し、一夏の姿を見つける。
ポカンとした顔の一夏にひらひらと手を振ると、頭に衝撃が走る。
「早く挨拶をしろ、馬鹿者」
「すみません、織斑先生」
もう一度教室を見渡し、挨拶を始める。
「深水沙良です。スペインより来ました。昔は日本にも住んでいたため、大丈夫だとは思いますが、不慣れなところもあると思います。特殊な立場ですけど、気軽に仲良くしてくれると嬉しいです。皆さんよろしくお願いしますね」
皆が、何か言いたそうにしているが誰かの呟きが耳に届いた。
「お、男?」
その呟きに、沙良は律儀に返事をする。
「ええ、男ですよ。ニュースであった、スペインの少年Rとは僕のことです」
そう胸を張って答える沙良は、生徒の様子がおかしい事に気付いた。
「きゃ……」
「ん?」
「きゃあぁぁぁぁ!!!!」
黄色い悲鳴が沙良を襲う。
その圧力にやられ頭がグラングランしいていると、生徒が堰を切ったかのように喋りだす。
「男子!! 二人目の男子!!」
「それもうちのクラスに!!」
「それも美形!! 織斑君とは違う感じの、可愛い系!!」
「さっき織斑君に手を振っていたよね!? 知り合いかな!?」
似てる。
沙良はそう思った。
あの研究所の空気に。
あそこの人間も大概騒がしかったなぁ、その子供版って感じ。そんなことをぼんやりと考える。
「静かにせんか、馬鹿者が!」
千冬が出席簿を振るうのを見て、沙良は、みんながいい意味で馬鹿であると確信した。
そこで、一人だけ沙良に他と違う視線を送る者に気付いた。
窓際に座る、髪の長い女生徒。
その生徒の姿を見つけると、沙良の顔に満面の笑みが浮かんだ。
小学四年のころから会っていない幼馴染、篠ノ乃箒が、そこに座っていた。
こんなところで会えると思ってもいなかった沙良は、嬉しさのあまりに、箒に向かって手を振る。
箒も最初は戸惑ったようだが、手を振り返してくれた。
そこで、頭に覚えのある衝撃が走った。
「早く席に着け。授業中ということを忘れるな」
千冬の叱責にわたわたと席に向かう沙良。なんとも締まらない自己紹介に笑い声が聞こえてきた。こうして沙良の学園生活が幕を開けた。
◆ ◇ ◆
一夏の後ろの席に座ることになった沙良は、授業が終わると、その前に座る一夏に問い詰められていた。
「どういうことだよ沙良。沙良がIS学園に来るなんて聞いてないぞ!?」
「そりゃ言ってないもん」
そう悪びれる様子もなく答える沙良に、一夏は頭を抱えたくなる。
「あ、でも姉さんと千冬姉にはちゃんと伝えたよ?」
「何で俺に伝わってないんだ?」
「それは、僕が口止めしたからに決まってるじゃん」
もちろん嘘だ。実際には伝わっているものだとばかり思っていた。
「何で口止めしてんだよ!?」
「ビックリさせようと思って」
そう楽しそうに笑う沙良の姿を見て、もう何も言えなくなったのか、一夏は話題を変える事にした。
「それにしてもビックリしたぜ。まさか沙良までISを動かせるようになるとはな」
「そうだね、僕もニュース見てビックリしたよ。まさか国際ニュースで一夏の名前を聞くことになるとは思ってなかったから、懲役何十年ぐらいの罪を犯したんだろうって心配したんだからね?」
沙良はISを動かしたときの話は出来るだけしないようにと心がけているため、軽く冗談を挟み、会話を誘導する。
本当はIS学園に入った時点で特別な立場を話してしまってもいいのだが、面倒くさそうなことは嫌だなぁと沙良自身が感じているため、オフレコにしているのだ。
「酷い心配の仕方だな」
一夏も笑いながら冗談に乗ってくれたようで、ほっと胸を撫で下ろす。
「ちょっとよろしくて?」
「はい?」
「ん?」
声をかけられてた先に女生徒が立っていた。
長い金髪に、欧州によく見られる青い瞳。その白い肌は日本人とは違い、気品さを生み出している。
沙良はその姿を確認し、思い当たる人物がヒットしたため、顔を顰めてしまう。
セシリア・オルコット。記憶が正しければイギリスの代表候補生であり、専用機持ち。
どう見てもエリート風をすかしているお嬢様といった印象を拭えない。
「聞いてますの? お返事は?」
「ああ、聞いてるけど……君は?」
一夏は戸惑いながらもそう答えた。
沙良は久しぶりに上から目線で話しかけられ、正直笑いを抑えるのに大変だった。
高々代表候補生の分際で、沙良に高圧的に話しかけるなど、スペインの人間が見たら卒倒しても可笑しくない。
「わたくしを知らない? このイギリス代表候補生でこの学年の主席たるセシリア・オルコットを!?」
「だって自己紹介すらされてないクラスメイトにいきなり話しかけられても知ってるわけないじゃん」
沙良は顔に出る表情を隠そうともせずに答える。
「まあ! なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも至極光栄な事なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」
そのセシリアの上からの態度に沙良は笑いを耐え切れなくなってくる。
――自分の国しか見てこなかったんだろうなぁ。
少しでも世界に目を向けていれば沙良の名前は自然と入ってくるものである。
ISに関わってなかった一夏ですら、沙良の名前をそういう場で聞いたことがあるといったのだから。
「あ、一ついいか?」
そこで一夏が空気を読まずに挙手をする。
「代表候補生って何?」
その言葉に、セシリアだけではなく沙良も呆れかえってしまう。
「その国の国家代表IS操縦者の候補として選出される人のことを言うんだよ。まぁエリートって思ってれば間違いはないかな」
「へー、そうなのか。流石、沙良は物知りだな」
「えへへ、そうでもないよ」
「ちょっとほったらかしにしないで下さる!?」
沙良は、つい吹きだしてしまい、一夏も、コイツ面倒くせえ見たいな顔をしている。
「で、そのイギリス代表候補生のエリートさんが何のご用で?」
一夏も対応が投げやりになってきているのが分かる。
「そうエリートなのですわ! 本来なら、わたくしのような選ばれた人間とクラスを同じくするだけでも奇跡! 幸運なのですわ! その現実をもう少し理解していただける?」
「へーすごいね」
「そうか、それはラッキーだな」
「……あなた方、わたくしを馬鹿にしてますの?」
「「別に?」」
「大体、あなた方ISについて何も知らないくせに、よくこの学園に入れましたわね。男でISを操縦できると聞いていましたから、少しくらい知的さを感じさせるかと思っていましたけど、期待外れですわね」
期待外れと言われても実力を見せたわけでもないのに、何で判断しているのだろうか。沙良は自分のほうがISについては上だと確信的な自信があるため、セシリアの姿が滑稽に見えてしまう。
「あれ、沙良ってISについては詳しいんじゃなかったのか?」
「まぁ、そこそこね」
日本らしい謙虚さをアピールしてみる。一夏はSQ社に招いたことがあるため、沙良の発言が謙遜だと気付いているが、目の前の女生徒はそうもいかない。
「ISのことでわからないことがあれば、まあ……泣いて頼まれたら、教えて差し上げてもよくってよ? 何せわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから」
分からないところがあれば先生に聞くのが手っ取り早いだろうに。
「いや、いいよ。沙良に聞くから」
「一夏、そこは先生に聞くのが正解だよ」
沙良は、呆れて物も言えなくなっていた。
「てか、入試ってあれか? ISを動かして闘うやつ」
「それ以外入試などありませんわ」
「俺も倒したぞ? 教官」
一夏が爆弾を投下した。
その一夏の言葉を理解していくと同時に、表情が変化していく。
「……わ、わたくしだけと聞きましたが?」
「まぁ一夏は特殊な例だしね」
沙良が会話に介入する。
「そ、そういう、あなたはどうですの!?」
「僕? 僕はまず、入試自体を受けてないよ?」
「「……え?」」
一夏とセシリアが綺麗にハモッたのを、沙良は、なに言ってんのこの人たち、といった目で見ていた。
「だって強制的に入学が決められているのに、何で入学試験するのさ。どうせ入れるつもりなのに。考えたら分かるでしょ」
「あぁ、確かに言われていたら」
「な、な、な」
セシリアは顔を驚愕の色に変え、沙良に何かを言おうとしたが、予鈴に阻まれてしまう。
「また後で来ますわ! 逃げないことね! よくって!?」
捨て台詞をはいて、自らの席に帰っていったセシリアを見て、また笑いが込み上げてきた。
「IS学園は癖が強い子がいっぱいだね」
「……全くだ」
一夏は沙良の方を向きながら答えたが、それがどういう意味かは考えないことにした。
「それにしても、沙良ってIS学園の教科書に乗るぐらい有名なんだろ?」
「そうだよ。もっと崇めて崇めて」
「その割にはあの金髪ロール、沙良の事知らなかったな」
「だって、顔写真公開してないし」
「あ、そっか」
公開してないものを知っておけというのが酷な話だろう。実際、整備士を目指している者なら八割方が沙良のことを認知していると言われているが、パイロット志望の学生は技術者を対して気にも留めていないと聞いている。
「でも名前で気付くと思うけどなぁ」
「それは思ったけど、あまり外国に目を向けないタイプの人なんじゃないかな。代表候補生ってことは自分のことで精一杯で、あまり周りに目を向けてる余裕がないんだと思うよ」
だが、知らずして他国の権力者を罵倒。代表候補生としては失格レベルだ。
沙良がIS委員会にこのことを進言すれば、英国は簡単にセシリアの首を切るだろう。
代表候補生なんて代わりは幾らでもいるのだ。一度痛い目に合わねば取り返しのつかないことになってもおかしくはない。面倒を見るつもりはないが、様子見で現状を見させたほうがいいだろう。
「素質は高そうだけど、性格で損するタイプだよね、あの子」
セシリアに妥当な評価を下し、沙良はつまらない授業に向けて教科書を取り出しておくのだった。