IS 深海の探索者   作:雨夜 亜由

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第六十一話 あからさまな会合

「いやはや、全く以ってうちの上司は無茶しか言ってこないんですから」

 

 そうぶつくさ言いながらキーボードを叩く一人の少女。

 旅館から貸し出されている浴衣を身に纏った、焦げ茶色の髪を結い上げたその少女はブツブツと文句を洩らしながらも、適当に広げた機器を操作していた。

 

『聞こえてるわよ』

 

「聞こえるように言っているんです」

 

 耳に届く呆れたような声に、小型のインカムマイクに向かってはっきりと断言する。

 

『減給するわよ?』

 

「沙良さんに泣き付くから何の問題もありません」

 

『問題しかないわね』

 

 耳に入れたイヤホンから聞こえる声は、普段と変わらぬ口調。

 普通なら軽口を叩けるような役職の人間でもないのだが、彼女はその人間性からか社の人間からは慕われている。

 

 自分用に改造されている空間投影型コンピューターにキーボード型インターフェースを接続したまま、投影式のキーボードを映し出す。

 二つのキーボードを片手ずつで操作しながら少女は、ある瞬間を待ち続ける。

 

「本当に接触するんですか、カルラ秘書長?」

 

『馬鹿ね、フィオナ。このタイミングを千冬が逃すわけがないじゃない』

 

「……兎さんと戦乙女の会合かぁ」

 

『ちゃんと盗聴器を付けたんでしょうね』

 

「まぁこちとら一応プロですからそこは抜かりなく」

 

 千冬と束の両者に発信機と盗聴器を付け、更に会合をしそうなポイントには全て盗聴器を仕掛けている。

 千冬と束が例え自分に付けられた盗聴器に気付いたところで、この旅館に張り巡らせた網を掻い潜るのは難しいだろう。

 箒の誕生会に参加せずに地道に活動を続けたのだ。成功しないと報われない。

 

『成功したら今日の失態はなかったことにしてあげるわ』

 

「それはどうも」

 

 あれだけ説教された後に帳消しにすると言われても納得できるものではないのだが、生憎そんな意見が通るような相手ではないのだ。

 

「あぁ、イチカさんの手作りケーキ食べたかったなぁ」

 

 盗聴器仕掛ける途中に見かけたが、あれは店に出しても問題ないレベルだった。

 

『夏になれば、沙良の誕生日でしょ? また作ってくれるわ。イチカ君とトニー君の力作ケーキ』

 

「若い衆には手に入らないんですよ、あれ」

 

 唇を尖らせ、インカムマイクに不満の声を述べる。

 

『あら、ソフィは美味しそうに食べてたじゃない』

 

「あの人はアントーニョさんと仲いいじゃないですか……。それに近くに居ないと沙良さんが凄く悲しそうな顔してソフィアさんを探し出しますからもう諦めてますよ。毎年、秘書課は会場警備についているから恨みを込めた視線を送るしか出来ないんですよ……」

 

『大変ねぇ』

 

「てか、秘書長も秘書官なんですから警備してくださいよ。何暢気にケーキ食って酒飲んで沙良さんにべったりくっ付いてるんですか」

 

『護衛よ護衛』

 

「ソフィアさんが居ればなんの問題もないでしょうに。あの人、一応ケーキ食べたらずっと護衛として近くに居るんですから。秘書長みたいに、お酒飲んで飯食って自由に動き回ってる人は護衛って言わないんですよ。知ってました?」

 

『フィオナ、減給』

 

「社長に報告します」

 

『くっ……何て子なの!? 今まで優しくしてきてあげたらこうやって裏切るのね!?』

 

「あはは、何言ってるのか分からないです」

 

『にしても兎さん来ないわね』

 

 暇つぶしも飽きちゃったわ、と煙草に火をつける音が聞こえてくる。

 

「社内禁煙ですよ?」

 

『うちの部署は私がトップよ?』

 

「性質の悪い上司ですね」

 

『五月蝿いわね』

 

「まぁ、兎さんが現れるのはまだまだ先だと思いますよ?」

 

『へぇ?』

 

「忍び込んだ空き室なんですけど、ここ救護室の真下なんですよね」

 

『それが?』

 

「響くんですよ」

 

 IS学園が貸しきった旅館の空き室に、夜中ひっそりと忍び込んでいるフィオナには良く聞こえるのだ。

 

「シャルさんの叫び声が」

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

「ナノマシン……ですか?」

 

 車椅子に乗せられたシャルロットは言われたことをそのまま口に出した。

 付き添いで車椅子を押してくれた沙良の表情を見ると、少し不安そうな顔をしている

 

「そう、ナノマシン。それも、この世の中に認められていない束さん特性の非合法な非人道的ナノマシンだよ!」

 

 なんでもないように言ってはいるが、明らかに聞き流してはいけない単語がいくつか含まれていた。

 だが、沙良が何も言わないならばシャルロットは特に言うことはない。本当に駄目なら沙良が最初から止めるはずだ。沙良が何も言わずに居るのならば、それは最悪の結果を作る物ではない。

 

「おろ? 意外と冷静だね」

 

「ええ、沙良が何も言わないのであるなら僕が言うことはありません」

 

「なにその信頼関係、束さんちょっとジェラシー。嫉妬でナノマシン暴走するかもよ?」

 

「姉さん」

 

「ごめんごめん、ちょっと巫山戯ただけ……うんごめんね、考えなしだった」

 

 二人の間だけで交わされたやり取りに、シャルロットは首を傾げるが、それよりも今考えないといけないのは自分の身体のことだ。

 

「二度と歩けないかぁ」

 

 両足の怪我を甘く見すぎていた。大方火傷を負ったぐらいで骨が折れてなければ良いなと、そう軽く考えていたのだが、思った以上に火傷の進行が酷いらしい。軽い部位でも浅達性II度熱傷。最悪の部位にいたってはIII度熱傷まで至っている。こんな広範囲の火傷でショック死しなかったのが奇跡に近いと救護教員からも脅されている。

 

「痛くないんだけどなぁ」

 

 沙良の心配そうな視線に、おどけて応えてみせる。

 

「馬鹿! それがIII度の証なんだって!」

 

 頭の上から普段の非じゃないくらいに怒鳴られたシャルロットは、しゅんと身を縮こませる。今更、冗談だよなんて軽いノリで言えるような空気ではない。

 

「見たところ壊死した部分も見受けられるし、普通の病院に言ったら間違いなく両足切断だねー」

 

 両足切断。

 束の発言にシャルロットは身の震えを感じた。今更ながらに恐怖というものが浮かんでくる。

 両足がなければ、このIS学園に残ることも、彼の横に立つことも出来ない。足がなくても出来ることはあるだろう。しかし、それはISという存在からはどうしても離れてしまう。それは彼の横に居続けるためには明らかに不利だ。

 シャルロットは鳥肌が立った体を両手で押さえる。

 そのシャルロットを見て、ご愁傷様とどうでも良さそうにのほほんとした口調で説明する束に、沙良が本気で睨みを利かせる。

 

「姉さん」

 

「わかってるって、だからこれを持ってきたんでしょ。これを使えばどんな大怪我も三日以内で元に戻すことが出来るからね。うん、束さんってば優しい!」

 

 束が見せた注射器、その中には真っ赤な液体が蠢いていた。

 

「――――っ!?」

 

 本能であれが危険なものだと感じ取ったシャルロットは、無意識に後ろに下がろうと車椅子の車輪に手を掛けようとする。

 

「その代わり、治療中はこの世のものとは思えない痛みをずっと感じることになるけどね。意識のあるままに身体を作り変えられていく痛み。治療の代償が地獄を見るだけで良いなんてラッキーだね! わーい簡単。ショック死だけはしないでね?」

 

 そのシャルロットの本能は当たっていたようだ。車輪に触れた手が震える。

 そんなシャルロットの姿を見て、束が表情を変えた。先ほどまでの飄々とした表情を、真剣なものに変える。

 

「止めてもいいよ? その代わり、金髪はもうセラの横に立つことはなくなって、同情されながらくだらない世の中に生きることになる。そういう人生が送りたいならばそのまま車輪を回しなよ」

 

「――っ」

 

「セラを助けてくれたのは感謝してる。だから治療してあげるって言ったの。でも、束さんと金髪の繋がりなんてそれだけ。私は治療する他に何もお前にする気はないから。早く選んで」

 

 束は面倒くさそうに注射器を掲げる。

 まるで、どうでもいいように、興味も関心も向けられていないような冷たい目。

 

「この子の横に立つために地獄を見るか、脚を捨てて逃げるか」

 

 だが、それでも束は助けてくれるというのだ。それはシャルロットが沙良の横に立つことを許してくれるということ。その資格があると認めてくれたということ。

 

「…………ずるいよ」

 

 そんなのズルイじゃないか。

 そんなの選ぶまでもないじゃないか。

 沙良の隣に立つことにどれだけ自分が意味を見出しているかをわかっていてこの発言だ。

 こちらの思考を読みきって、手っ取り早く意志を固めさせる。

 確かに成功だ。

 選択肢などないようなものだったが。

 

「……痕、残らないようにしてください」

 

 ギュッと拳を握りこんで顔を上げた。

 

「沙良の横で、ちゃんとドレスを着れる様に綺麗に治してください」

 

 笑えているだろうか。きっと不細工な笑みを浮かべているだろう。頬が引き攣る感触が残る。

 シャルロットの答えを聞くと、束は面白そうに笑った。

 

「流石、セラが見込んだ娘だね。そういう意地っ張り、束さんは嫌いじゃないよ」

 

 

 

   □

 

 

 

「――――っああああああああぁぁぁぁっ――――――ああああああああぁぁぁぁ!!」

 

 それはまさに絶叫。獣が訴えるような叫び。この世のものとは思えない程に張り上げられた声に、沙良は泣きそうな顔をみせる。

 金糸の髪を振り乱し発狂したかのように叫ぶシャルロット。

 有らん限りの声を張り上げ、身体を暴れさせようとするそのシャルロットの手足には暴れないように拘束具がついている。

 

「うるさいなぁ」

 

 束はそこら辺に転がっていた白いタオルをダルそうに掴むと、シャルロットの口に躊躇なく突っ込んだ。

 

「――――っ…………――――っ!!」

 

 絶叫がくぐもり、微かな呻きに変わる。それでも痛みに暴れていることに変わりはない。

 その痛々しい姿から、沙良は目を逸らすことはない。

 

「セラ、見ないほうが良いよ」

 

「……ううん、ここに居る」

 

「そう」

 

 沙良はシャルロットの右手をそっと握る。

 すると、その手が、まるで沙良の手を砕くように握り締めてくる。

 

「っつ」

 

 しかし、それでシャルロットが楽になるならとされるがまま、ただ優しく手を包んで、祈るように額に付けた。

 

「ごめんね」

 

 シャルロットが怪我をしたのは、沙良達を守ったからだ。そんなシャルロットに謝罪の言葉を伝えることは出来ない。本人に伝えることが出来るのは感謝の思いだけ。

 でも、聞こえてない時ぐらいはいいじゃないか。

 

「ごめんね」

 

「セラ」

 

「大丈夫だよ姉さん。僕は大丈夫だから」

 

「……少しでも駄目だと思ったらちーちゃん呼ぶから」

 

「わかってる」

 

 シャルロットが体験している痛みは、沙良にも痛いほどわかる。

 二年前自分も体験した痛みだ。

 その際に、自分も叫び続けた記憶がある。

 だから、束は言っているのだ。思い出してしまう前にここから離れろと。あの凄惨な記憶を引きずり出して、沙良に悪影響を与えるのではないかと心配しているのだ。

 だが、それは沙良だけに限ったことではない。

 

「姉さん、ありがとう」

 

 二年前、沙良を治す為に非人道的なナノマシンを開発した束。それは束の意志を、開発者としての矜持を曲げさせた。もう二度と使わないと、そう言っていたはずなのだ。だが、沙良が頼んだのだ。シャルロットを助けて欲しいと縋りついたのだ。自らが一番信頼できる人間に。だから束は応えてくれた。

 沙良が一番大切に思っているのは束だ。それは今でも変わっていない。だが、その束に辛い思いをさせても、シャルロットを失いたくなかったのだ。

 この気持ちが何なのかはわからない。

 だから、この手を離さない。この手を繋いでいたら、何か分かる気がしたから。

 

「頑張って、シャル」

 

 沙良は繋いだ手を額に添えた。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 空中投影のディスプレイに浮かび上がる各種パラメーターを眺めながら、ブラブラと足を揺する一人の女性。

 岬の柵に腰を掛けた状態でぼんやりと海と向かい合う。

 全身で気楽さを表現しながらも、その表情は寂しそうに見える。

 

「あいつらはどうした?」

 

 音もなく女性の後ろに現れた千冬は、何でもないようにその後ろ姿に声を掛けた。

 それに最初から気付いていたのか、驚くようなこともせず、視線を変えぬまま女性が問いかけに答える。

 

「ちーちゃん」

 

「おう」

 

「治療は一通りやったよ。今は救護室で寝てると思う。ちーちゃんは心配?」

 

「いや、お前が治療したんだ。大丈夫なのは分かっている」

 

「おぉぅ。なにこのちーちゃんのデレ。束さん録音し損ねたよ?」

 

「気持ち悪い。黙れ」

 

 二人はお互いの方を向くことはない。束は先ほどと体勢を変えず、ただぼんやりと視線を海に向ける。

 千冬はその束の直ぐ横に立つと、柵に肘を置いた。

 ディスプレイには、今日の戦闘に参加した全てのISのパラメーターと、戦闘映像が流れている。その中でも、二人の視線は紅い機体の戦闘記録に向いていた。

 

「紅椿の稼働率は六十二パーセントかぁ。予想よりも力を引き出したんだね。流石は箒ちゃん」

 

「本人もあの機体に相応しくあろうと藻掻いていたからな。良かったな妹弟がお前のことを慕っていて」

 

「うん。それだけで私は世界の敵に回ってよかったと思うよ。それに白式にも驚いたけどなぁ。まさか――」

 

唯一仕様の特殊能力(ワンオフ・アビリティー)が発現するとは思わなかったか?」

 

「……なんのことかな?」

 

 会話の流れをぶった切るようにして挟まれた千冬の一言に、束の動きが止まる。

 

「白式の『零落白夜』は唯一仕様の特殊能力(ワンオフ・アビリティー)ではなかったんだな」

 

「……バレてた?」 

 

「当たり前だ。何年間同じ能力を使っていたと思っているんだ」

 

「流石はちーちゃんだね。恐れ入るよ」

 

「白騎士なんだろ? あの白式とやらは」

 

「……本当、恐れ入るよ」

 

 白騎士と呼ばれた機体は、そのコアを残して解体された。そして現在はその行方が分からなくなっている。それが世間の定説だ。

 しかし、千冬はその答えに気付いていたようだ。

 

「あれは正しい意味で第三世代機の完成形なんだろうな」

 

 そう千冬は言う。

 

「持てる全ての能力を使って『零落白夜』を再現したわけだ。それゆえのあの拡張領域(バススロット)か。表示されていないだけで色んな武装を積んでいたんだろう? それら全ては、雪片弐型、つまり『零落白夜』を使うための剣として構築するための材料なのだろうな」

 

 唯一仕様の特殊能力(ワンオフ・アビリティー)を模した特殊兵装。それが第三世代機の存在意義だ。そういう意味では白式は、最も完成している第三世代機だろう。

 

「ぴんぽーん。本当にお手上げだよ、ちーちゃん。研究者でもやっていけるんじゃない?」

 

「馬鹿を言うな。私には行き過ぎた世界さ。まぁ白騎士のコアだからこそ出来たんだろうな。零落白夜の表現の仕方はあのコアが一番分かっていたからな」

 

 千冬は映し出されている一夏の戦闘映像を盗み見る。

 その淡い光に包まれた新しい戦い方は、自分の戦闘スタイルに似せていたこの数ヶ月とは完全に離れている。

 

「自分のスタイルを見つけたんだな」

 

「ちーちゃんみたいな剣主体じゃなくて、どちらかというと拳を使うようだね」

 

 その動きは日本の伝統的な武術、空手のものだ。

 一夏が大切なものを守るために身に付けた、千冬とは違う技術。

 

「『白蛍』か……。夏にぴったりの名前じゃないか」

 

「雪片は冬の名前だったしね……寂しい?」

 

「馬鹿なことを。嬉しいに決まっているさ。成長を間近で見れるというのはな」

 

 二人の間に静寂が訪れる。

 どちらも一言も喋らない。

 ただ何かを待つように。

 

「……どっちだと思う?」

 

 束がそう問いかけた。

 

「難しい質問だな」

 

 大して考えていないように千冬は答える。

 

「簡単だよ。どっちでも潰せばいいだけだもん」

 

「そうか」

 

 本当にどちらでも構わないといったように声を出す。

 

「セラにちょっかい掛けた報いって言うものを教えてあげないとね」

 

「程々にな」

 

「ちーちゃんの程々は一般で言う『やっちまえ!』と一緒だからねー」

 

「何だそれは」

 

 二人の間に微かな微笑が浮かぶ。

 

「…………お前はどう思う、女狐?」

 

『……あら兎さん、気付いていたならもっと早くに言って欲しかったわ。うちの部下がしょんぼりしちゃったじゃない』

 

 恐らく柵に仕掛けられているであろう通信機から声が漏れる。

 

「通信機器を付けておいてよく言う。連絡など先ほど取ったばかりだろう、なぁカルラ?」

 

『ねぇ千冬、貴女はそう言うけど、そう気軽に話す機会が得られるような人物じゃないでしょ、貴女達は』

 

「夏になれば嫌でも顔を合わすだろうが」

 

『その夏はどうなるのかしらね』

 

「なに本当こいつヤダ、この性悪女狐」

 

 束が機嫌の悪そうな声を出すが、通信の向こうは飄々として答える。

 

『五月蝿いわね、寂しがり屋の兎さん。このタイミングであの子が狙われた以上、次に狙われるのはうちの会社よ。なんせ、何処かの兎さんが第四世代機を発表し、その根源となるシステムに我が社のシステムが採用されてるのだから』

 

「正式発表は七月半ばだから」

 

『そう、あまりうちに迷惑掛けないでよ? 貴女が沙良の姉代わりじゃなかったら今頃ぶち殺してるわ』

 

「私だって、お前が沙良と爺さんのお気に入りじゃなかったらとっくに潰してるって忘れない方が良いよ」

 

『あはは、これは社長に感謝ね。で、どうだったうちの機体は。貴女の興味をそそるような出来事が起きたんでしょ?』

 

「ホント、お前嫌い」

 

『光栄ね。私も貴女は嫌いだわ』

 

「……一次形態移行の際に空良は完全に消滅。コアだけを残して、ドルフィンに全ての情報がコピーされてる」

 

『完全に空良を引き継いだのね』

 

「そういうこと」

 

『そう、面白い情報ありがと。夏も待ってるわよ。もちろん私じゃなくて、社長と沙良が』

 

「本当、神経逆なでするなぁ、こいつ」

 

『あ、それと、機業であれ旅団であれ、潰しちゃ駄目よ? あれが居るおかげでこの世のバランスが成り立っているのだから。潰しても半壊までにしておきなさい。!Hasta luego! (またね)』

 

 柵の一部が小さな爆発音を立て、そこから一センチにも満たない小さな機器が海に落ちていく。

 

「……本当にあの女狐はむかつくなぁ。よくちーちゃんはあいつと仲良く出来るよ」

 

「向こうも同じことを思っているさ」

 

「なにそれちーちゃん? この束さんが面倒くさいとでも言うの?」

 

「そう言ったんだが?」

 

「がーん」

 

 ケラケラと笑う束。

 その姿に、千冬は問いかけを放った。

 

「なぁ、束。今の世界は楽しいか?」

 

「そこそこにね」

 

「そうか」

 

 岬に吹き上げる風が、木々を大きく揺らす。千冬はその風に合わせてそっと目を閉じた。

 風が吹き止み、目を開くとそこには先ほどまで居た親友の姿はない。

 

「全く……」

 

 千冬は深くため息を付く。

 

「で、だ。撤退準備は進んでいるか? 子狐?」

 

『ギクッ』

 

「後で私の部屋まで来るがいい」

 

『でも、それは秘書長に言われて嫌々やったのであって……』

 

「そんなことはわかっている。だがな、それと行動したかどうかは別問題だ」

 

『そんなぁ』

 

 千冬は上着のボタンに仕込まれていた盗聴器を毟り取ると、

 

『あ、待ってください、この発信機自腹なんで――』

 

 それを海に全力で投げた。

 何か言っていたようだが、それも海に落ちてしまった後では聞き返すことも出来ない。

 

「一難去ってまた一難か」

 

 千冬の小さな独り言は、波の音に混ざり消えていった。

 

 




お待たせしました。
一応ギリギリ三月なんでセーフですよね。うん、セーフセーフ。
間が空いて、話も忘れちゃいますよね。すいません。

では就職活動を頑張ってきます。
次も長くなるので、首をながーーーーくしてお待ちいただけたらと思います。

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