IS 深海の探索者   作:雨夜 亜由

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第五十八話 横に立つために

 光の入らない世界で、それだけが綺麗に光を放っている。

 

「なんで……」

 

 沙良は、想定外の自体に戸惑いを隠せない。

 焦る瞳が見つめる先には、救助カプセルで規則正しい呼吸をする少女の姿。

 その少女の纏う装甲が、少しずつ粒子となって漏れ出していた。

 その粒子は、暗闇の深海を淡く照らす。

 

「コアにダメージが入ったせいで、フォーマットが始まったのか」

 

 それは、本当の意味での損壊。

 積み重ねたISという存在自体の消滅。

 

「!Mierda!(くそったれが!)」

 

 沙良は必死に脳を働かせる。

 何か方法はないか。自分なら出来るはずだ、と誰でもない自分に言い聞かせる。

 

「海良ならっ!」

 

 その閃きは海良と空良を直接繋ぎ合わせるというもの。

 同じプロトタイプである海良と空良は、基本的なシステムは同じものを使用している。

 シークエストシリーズの中でも唯一互換性を持つのだ。

 そして、システムに潜り込む事に特化した唯一仕様の特殊能力(ワンオフ・アビリティー)を持つ海良は、空良の管理者権限に入り込むことが出来る。

 

「シャルに空良を渡して良かった」

 

 その有り難味を今、確かに噛締める。

 

「頼む、間に合ってくれ」

 

 まだ空良を消すわけにはいかない。シャルの命は空良の致命領域対応によって保たれているのだから。

 消えていく情報を、管理者権限を以って書き換えていく。

 一が消えると、二を書き加える。

 一が消える前に、先に一を書き加える。

 やっていることはただの時間稼ぎだ。

 だが、それでもシャルの状態が安定するまでの時間さえ稼ぐことが出来れば問題ない。

 こうやって書き換えている間は、空良はシャルロットを守ってくれるのだから。

 

「どれだけ」

 

 どれだけこうしていればいいのか。そう言おうとした思考は頭を振って取り消す。

 

「どれだけであっても、止める訳にはいかないんだ」

 

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 体の軋む音が耳に残る。

 驚異的加速力に体付いていかないのだろうか、視界も少しぼやけてきた。ISを纏っているのだから失明はしないだろうが、後々後遺症が残るかもしれない。

 肺が押しつぶされ、呼吸がし辛い。空気の壁に当たるたびに、衝撃に体が千切れそうだ。

 それでも、関係ないと言わんばかりに、箒は加速を重ねた。

 

「――――――」

 

 叫びを上げるように喉を開くが、声は響かない。

 喉に何かが張り付いている感覚が気持ち悪い。

 口から唾を吐き出すと、案の定血が混ざっていた。

 加速による圧力に肺が耐え切れなかったのだろう。

 それでも箒は加速を求める。

 福音よりも早く、速く。

 もっとだ、もっと速さを。

 

 数秒。

 それが箒に残された時間。

 加速された世界においても、それは短い時間だ。

 一発でも攻撃を食らうことは出来ない。

 その瞬間が箒にとっての敗北。

 だが、箒は果敢に光弾の中に身を潜り込ませていく。

 どんなに福音が砲撃を重ねようとも、全ての翼を切り裂き、装甲を弾き飛ばす。

 

――墜ちろ。

 

 振るう刀が福音の搭乗者を紅く染める。

 

――墜ちろ。

 

 残された時間が少ない。

 エネルギーが既にレッドゾーンに入っている。

 

「墜ちろぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 二刀を両肩に叩きつける。全ての力を使いきる。展開装甲を全展開。例え、搭乗者がどうなろうとも。自分がどうなろうとも。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 確かに食い込む二刀。

 流石に腕を切り飛ばせば福音といえども止まるだろう。

 

――悪く思うな。

 

 箒が最後の力を入れようとした瞬間、福音が歌った。

 

「――っ!?」

 

 視界が光に映りこむ。

 考えてみれば分かることだった。

 背部や腕から翼を広げた福音が、今更新しい翼を広げたところで何もおかしくは無いだろう。

 腰から広げられた新たな翼に包まれた箒は悟った。

 

――嵌められたか。

 

 同じことの繰り返しだ。

 あの時と違うのは、もう箒にはエネルギー刀を構築するエネルギーが残っていないこと。

 搭乗者に食い込んだ二刀は、引き抜くことすら出来ない。

 そして、最悪のタイミングでリミットが来た。

 

「……具現維持限界(リミット・ダウン)っ!」

 

 装甲が輝きを失い、手に持つ二刀が粒子となって消えた。

 

――ここまで……か。

 

 全ての翼が箒を包み込んだ。

 逃げ場は無い。

 

――すまない。

 

 信用を預けてくれた仲間たちの顔が、

 

――すまない。

 

 いつも自分を気にかけている姉が、

 

――すまない。

 

 一緒に育った大切な幼馴染が、

 

――すまない。

 

 大切な人たちが浮かんでは消える。

 

「いち、か……」

 

 箒は迫る光に、覚悟を決めた。

 決して、目を逸らさない。

 その光で箒が墜ちようとも、最後まで諦めない。

 

――来い。

 

 淡い光が確かに紅椿を包み、視界が白に染まる。

 そして、

 

「――?」

 

 何かが箒の身体を攫った。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

『……具現維持限界(リミット・ダウン)っ!』

 

 その声は確かに福音の翼の中から聞こえた。

 

「いた」

 

 あそこに箒がいる。

 しかし、未だ距離がある。すぐさま助けに入れるわけでもない。

 危機的状況なのは誰が見ても分かる。

 

――間に合わせろ。

 

 応えるようにスラスターが出力を上げる。

 加速に加速を重ね、愚直に真っ直ぐ飛ぶ。

 

――もう少し。

 

 微かに一夏の方が速い。

 届く。

 

『いち、か……』

 

 呼ばれた名に、ここに居るということを伝えるためにも。

 

「いくぞ」

 

 一夏は刀を握り締めた。

 刀身の溝に、水を流すかのように光の線が走る。

 

天ッ蛍(あまつほたる)

 

 呼ばれた刀はしっかりと答えを返す。

 刀身全体に淡い光が宿り、

 

「行け」

 

 振るわれた刀に従い、その光を飛ばす。

 その光は確かに福音の翼を捥ぎ取り、

 

『――?』

 

 一夏はしっかりと箒を抱き攫った。

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

――…………ん?

 

 箒は身構えを解く。

 

「――?」

 

――確かに光は当たったが……

 

 しかし、身体にダメージは無い。それどころか、福音から弾き飛ばされた上に、その翼が消え去っている。

 

「何だ? 何が起こった?」

 

 海面から見上げる福音も何が起こったか理解できていないようだ。

 そして、直ぐに答えを見つけた。

 箒を攫った何かに、今でも抱きかかえられているのだから。

 

「あ……ぁ、いち……」

 

 じわりと視界が歪む。

 僅かに潤んだ視界は一人の人物を描き出す。

 

「いちか」

 

 会いたかった。

 誰よりも会いたかった人物が、確かに箒の目の前に居た。

 

「悪い、遅くなった」

 

 そう言って、箒の頭に手が落ちてくる。

 

「全く……大遅刻だ」

 

「その分、今から取り返すさ」

 

 優しく撫でられると、より涙腺が脆くなるようだ。

 止め処なく溢れる涙を箒は知らん振りする。

 

「行ってこい」

 

「おう」

 

 その涙を一夏も見なかった事にしてくれたようだ。

 箒の頭から手を退かすと、一夏はこちらへ向かってきた福音に真正面から対峙する。

 今まで見たことのない刀を振るう一夏。

 雪片とは違う、仄かな光を灯し続けるその刀は、翼を容易く切り裂いていく。

 無駄を切り捨てたそのシルエット。だが、福音を躊躇いなく殴りつけるその両腕は重厚な装甲が覆っている。

 箒には分かる。

 あの重厚な装甲は、箒がこの短時間で見慣れたものと酷似している。

 

「展開装甲……」

 

 思うそばから、一夏はその装甲を開いて拳を加速させた。

 エネルギーの噴射による加速を受けた拳が福音を殴り飛ばす。

 だが、一夏は追撃をかけることなくその場に留まる。

 その隙を福音が一斉掃射を以って埋める。

 

「くそっ!」

 

 一夏の苛立った声が聞こえる。

 両腕を前面に構えると、展開装甲から光が飛び出した。

 まるで蛍のような光たちは、光弾に接触すると相殺し合うように消滅していく。

 大きな出力を持ったエネルギーも、多くの蛍に接触してはその姿を消す。

 それはまるで対エネルギーのチャフやフレアのようなものだろうか。

 実際に、チャフやフレアには敵武装を迎撃して破壊する機能はないが、兵器に詳しくない箒にはそのような感想しか抱けない。

 だが、一夏が相手の攻撃に対する対策を持っていることは分かる。

 条件的には一夏のほうが有利に見える。しかし、明らかに優勢な筈の一夏が、攻撃に踏み切ることが出来ていない。

 高速で飛び回る一夏は、度々苦痛に表情を歪ませる。

 それもそうだ。

 負傷して旅館に運び込まれたのだ。

 それが機体が移行を済ましたとはいえ、体の怪我まで治るわけがない。

 箒は強く拳を強く握る。

 ISが嫌いだ。箒から家族を奪い、そして沙良と束から宇宙への夢を奪ったISが。

 そう言って、目を背けてきた結果がこれだ。

 いつも弱い自分のせいで誰かが傷ついていく。

 箒を守るために国を捨てた束も、箒の代わりに注目を集める沙良も、大切な想い人である一夏でさえ。

 力が、もっと力があれば。

 

「頼む」

 

 また、目の前で大切な人が傷ついていく。

 

「お願いだ」

 

 また、守られている。

 

「もう嫌なんだ」

 

 横に立ちたい。

 

「もう見てるだけは嫌なんだ!!」

 

――Are you ready?――

 

―― YES or NO ――

 

 突如現れた項目に、箒は反射的に拳を叩きつけた。もちろん答えはYESだ。

 応えるように紅椿がその輝きを取り戻す。展開装甲から黄金の粒子が溢れ出し、赤い光を取り戻す。

 

――展開装甲完全展開解除――

 

――エネルギーバイパス構築完了――

 

「行ける……のか?」

 

 その問いに答えるように、文字が現れる。

 

――絢爛舞踏、発動――

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 天ッ蛍の切っ先が福音に掠り、そのまま右腕で殴りつけようとする。

 

「くっ!」

 

 しかし、超高速接近戦における急加速、急停止が一夏の身体に強制的なストップをかける。

 軋む身体。理由はわからないが、あのような大怪我を負っていたとは思えない程回復はしている。それでもただ動けるようになったというレベルだ。普通なら安静にしていなければならないレベルだろう。

 身体の痛みにより、攻勢の手を緩めてしまう。

 その僅かな時間に、詰めた距離が再び離されてしまった。

 福音が再び砲門を開く。

 

「くそっ、繰り返しじゃねえかっ!」

 

 一夏は悪態を吐きながらも両手を前に広げる。

 

雨ッ蛍(あまつほたる)

 

 新しい武装のイメージが上手く掴めない為、名前を呼ぶ。

 一夏の呼びかけに呼応するように、小さな光たちが飛び出した。

 光弾が、淡い蛍達にぶつかり消滅していく。

 一つの蛍では完全にエネルギーを消滅させきれないが、二匹目、三匹目の蛍がその光弾を消し去る。

 数はこちらのほうが多いが、それだけで全て捌けるわけでもない。

 蛍を壁にするように回避行動を取る。

 その際、蛍はその場に残るものと、一夏に付随するものに分かれている。

 

――くそっ、攻めきれねえ。

 

 幸い、新しくなった白式はエネルギー効率が上昇しているため、エネルギーには余裕がある。

 だが、それも何時尽きるかは分からない。

 どうにか手を打たねば。

 そう思い、両腕の籠手を思わせる武装を構える。

 

海ッ蛍(あまつほたる)

 

 名に呼応するように、その装甲が開き、拳を厚くする。

 

――タイミングを間違えるな……

 

 相手の動きを予測し、フェイントを見逃さない。

 

――今っ!

 

 一夏が飛翔した。

 しかし、そのタイミングと同時に福音は背後へと距離を取った。

 

「逃がすかぁ!!」

 

 しかし、急加速により身体が悲鳴を上げる。

 その僅かな隙に福音は、全ての翼を自分に巻きつけ始める。

 

――まさかっ!?

 

 その予想通り、福音は全方向へと光弾を放ち始める。

 それは、一夏だけではなく、水面に漂う仲間たちにも牙を剥く。

 

――攻めるか、守るか

 

 一瞬の迷い。

 それを吹き飛ばすのは、一つの声だった。

 

「あたしたちは気にしないで行きなさい!!」

 

 声を返すこともなく、ただ愚直に直進した。

 全方向に飛ばした光弾は、その分一夏への圧力を薄くする。

 だが、だからといって闇雲に突っ込めばいいわけではない。

 

――道を探せ。

 

 その意志を継ぐように、紅弾が走った。

 福音への道が赤く色付いた。

 

「行け、一夏!! 道は私が付ける!!」

 

 聞こえる頼もしい声。

 

「あぁぁぁぁぁ!!」

 

 右腕に蛍を纏い、光弾を潜り抜ける。

 しかし、福音は回避行動を取る。

 

「逃がすかっ!!」

 

 しかし、その行動は回避というよりもどこかに向かうよう。

 福音はそのまま最大速度で海面へと突っ込んだ。

 

「…………は?」

 

 その突発的な行動に、一夏も箒も戸惑いが隠せない。

 その行動の意味に気付いたのは、一人の少女だった。

 少女は福音の意図に気付いたようで、福音に付随し海中に潜っていく。

 エネルギーの残っていないその機体で福音に付随するなんて無謀にも程がある。

 

「どうしたっ!?」

 

 その少女に一夏は声をかける。幸いにもその少女は顔見知りだ。

 

『イチカさん!!』

 

「何だフィオナ!?」

 

『この海域に沙良さんが居るんですっ!』

 

「――っ!? そういうことか!」

 

 一夏はすぐさま海中に潜り込んだ。最大加速で海中を潜っていく。

 箒が一夏に付随する。

 

「一夏! 持って行け!」

 

 そう言って触れられた箇所から、電流のような衝撃が流れ、身体が熱を持つ。

 

「なっ!? エネルギーが!?」

 

 エネルギーゲージが回復していく。

 

「行ってこい!」

 

 箒は強く背を叩く。

 

「おう!!」

 

 最初に千冬に言われた通り、福音は沙良を優先するだろう。

 それは、沙良のデータを囮として書き込んでいるシャルロットも同じだ。

 その二人が、今この真下に居るのか。

 

『沙良さんは非戦闘パッケージをインストールしてます!』

 

「直ぐに行く! あまり刺激するなよ!?」

 

『それは無理な相談です。わたしは沙良さんが最優先です』

 

「それを分かって言ってるんだ! フィオナが傷つくと沙良が悲しむんだぞ!?」

 

『承知の上です』

 

 そう言ってフィオナは通信を切る。

 

「馬鹿野郎が!」

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

『沙良さんっ! 逃げてください!!』

 

 フィオナの悲鳴のような声に、ようやく福音が接近していることに気付く。

 しかし、今シャルロットから離れるわけには行かない。

 だが、今回救護パッケージをインストールしている海良は戦闘に向いていない。

 悩んでいる暇はない。

 

「チャフ展開」

 

 レーダーを錯乱する電波欺瞞紙を海中にばら撒く。

 海中においてはソナーやレーダーに頼ることが多いため、少しは撹乱できるであろう。

 問題は、味方のソナーも撹乱してしまうことだろう。だが大まかな位置は分かるだろう。それは敵も一緒なのだが。

 だが、自らのレーダが、非情にも福音の接近を知らせてくる。

 フィオナや一夏たちは間に合わない。

 

「!Joder!(ちくしょうが!)」

 

 福音の光弾がチャフを弾き飛ばす。

 それは、もう後がないことを示唆する。

 シャルロットの傍を離れることが出来るのは、大目に見繕っても一分が限界だ。

 福音が海良の頭部を掴む。

 無理やりシャルロットから引き離されると、左肩部に光弾が突き刺さり爆発する。

 

「っ!」

 

 その衝撃でシャルロットから大分引き離されてしまった。

 目視でも、その装甲が粒子になっていくのが見える。

 

「そこを退けぇ!!」

 

 海中を動くことに関しては海良に分がある。

 シャルロットにたどり着くことさえ出来たら。

 

「――っ!?」

 

 その思考は、福音に脚部を掴まれる事で霧散した。

 

「離してっ!」

 

 声に出すが、そんなこと福音が聞き入れるわけもない。

 福音の翼が大きく広がる。

 それでも、沙良の視線はシャルロットへ向いていた。

 段々と希薄になる装甲。粒子化が一向に止まらず、空良はただ消滅へと進む。

 

「離して、離せよ!!」

 

 福音が沙良を翼で包み込んだ。

 視界が光で遮られ、シャルロットの姿が完全に見えなくなる。

 

『沙良さん!!』

 

 その声と同時に身体が弾き飛ばされる。

 抱擁から抜け出した沙良が見たのは、庇うように立ち塞がるように構えるフィオナの姿だった。

 だが、フィオナは戦闘用のエネルギーが切れている。

 エネルギー切れのISの脆さは、沙良も良く知っている。

 例え重厚なシークエストといえども耐えられる筈がない。

 砲口が光を溜める。

 その頭脳が、死という答えを弾き出す。

 

「止めろぉ!!」

 

 叫びが、海中に響き渡った。




クリスマスまでに投稿出来て良かったです。
一月に入ると初っ端から企業説明会がありますね。周りを見て、もう少し焦らないとなぁとのんびり思ってます。
小説書いてないでエントリーシート書かなきゃ。

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