その変化に最初に気づいたのはラウラだった。
最初は見間違いかと思った。
水中に沈んでいる福音は明らかに戦闘不能に見える。
しかし、その装甲が明らかに変化しているのだ。
水面による揺らぎではないかとも考えた。しかし、中途半端に切り取ったはずの一対の翼が根元から消えているのを視認したとき、嫌な予感がした。
――装甲が修繕された?
しかし、それは専用武装による換装ぐらいしか方法は無いだろう。
そんなものを福音が積んでいたとは考えにくい。
――物理ダメージの消失。自己的最適化。
まるで機体を形態移行させたかのよう。
「――っ! まさかっ!」
ラウラが警告を出そうと口を開いたのと同じタイミングで、海面が光によって吹き飛ばされた。
「――っ!? 何が起こった!?」
箒の戸惑った声が聞こえてくる。
それでも、切っ先を福音に向けているその精神は評価できる。
円形に切り取られた海。
そこはエネルギー力場によって海水が堰き止められているのだろうか、海底であったはずの地面に福音が自らを抱くように蹲っている。
恐れていたことが起きた。
この状態に気づいた鈴音とセシリアも焦った表情を見せた。
「まさか……『第二形態移行』なのか」
箒の呟きに誰も返事を返さない。
だが、沈黙はそのまま答えとなる。
箒もエネルギーが少なく、ダメージも軽度ではない。セシリアと鈴音は大したダメージを負ってはいないが決定力に欠け、無傷のラウラは機動力に欠ける。名も知らぬ沙良の取り巻き二人は、エネルギーも残り少ない。盾役が居ない状態でも第二形態移行。状況だけ並べてみてもその過酷さが分かる。
「……おい、何だあれは」
福音が居場所を空に戻す。その行為は何も可笑しくは無い。
だが、確かに切り取ったはずの両翼がその機体を包んでいた。
まるで守るかのように機体を包んだ両翼はゆっくりと蕾を開くかのように咲く。
神々しさすら感じる光の翼。
エネルギーによって構築された、福音の鐘。
銀の天使がそこに顕在した。
「は、何の冗談だ」
それが冗談ならどれほど良かったか。
「墜ちたはずの機体が強くなって復活って、どこの少年漫画よ」
鈴音のボヤキに、ラウラは全くだと頷いた。
「来ますわよっ!」
セシリアの警告通りにその翼が確かに動いた。
羽ばたく様に動くエネルギーの翼。ラウラが視認出来たのはそれだけだった。
「――ちっ」
速い。
あまりにも速すぎる。
今回、砲戦パッケージをインストールしているラウラは、そのスピードに対応することが出来なかった。
掴まれる肩。
懐に入られてしまえば、パッケージの影響もあり手出し出来なくなる。
――有効打は……
「篠ノ之!!」
光溢れる翼がラウラを抱く。
それはまるで女神の抱擁のよう。そして、ラウラにとっては死神の鎌と同意だった。
だから叫ぶ。
タダで墜ちてやるものかと。
「私ごと撃ち抜け!!」
肩を掴まれている福音に、あえて抱きつく。
迫り来る光弾に赤が混じってることを視認すると、ラウラは微笑を浮かべた。
「後は任せたぞ」
◆ ◇ ◆
「うおおおおおっ!!」
鈴音は咆哮を上げる。
箒の雨月により福音に大量の朱色の矢が刺さっていく。それは福音を確かに吹き飛ばし、ラウラから距離を取らせる。
手放されたラウラは真っ直ぐに海面に墜ちていく。箒の朱弾も確かにラウラを貫いたが、結果として、ダメージは少なくなっただろう。
ラウラが身を徹してまで作ったこの一秒の隙を逃すわけにはいかない。
使うは双天牙月。
手に馴染んだ相棒をそのエネルギー翼に叩きつける。
それは直ぐに再構成されるであろう。
そんなことは鈴音にも分かっている。
だが、あえてその翼を狙ったのだ。
ラウラが稼いだ一秒を二秒にするために。
青竜刀は狙い通り、その両翼を消し飛ばす。
狙い以上の成果。鈴音は、そのまま円回転によって青竜刀を振るい続ける。その一撃一撃の間にセシリアの狙撃が突き刺さり、それを合図に箒とスイッチする。
福音が攻撃に転じても数の利を生かし、攻撃の手を緩めない。攻撃は最大の防御とばかりに、装甲を切り裂き、エネルギー翼が再構築されれば切り飛ばす。
――いける。こっちが押し始めてる。
そう鈴音が思ったときだった。
福音に異変が起こった。
鈴音がエネルギー翼を切り離したと同時に、背部装甲が割れた。それは鈴音の攻撃によるものではない。福音が自分で割ったのだ。
「っ!?」
そこから現れたのは第二の翼。その翼は、鈴音を捉え吹き飛ばした。
鈴音からの攻勢が途絶えたことで、福音が攻勢に転じるのに必要なコンマ数秒を生んでしまう。
「ちぇ、ここまで……か」
その僅かな時間は、鈴音をたやすく噛み砕いた。
◆ ◇ ◆
「この性能……軍用機とはいえ、異常すぎますわ」
狙撃用のバイザーが鈴音が墜落していくのを確かに捕らえた。
その鈴音が抜けた穴は、そのまま箒の危険に繋がる。
それを理解しているセシリアは、箒が距離を取る時間を作ろうと、その照準をエネルギー翼に合わせる。
「――そうきますのね」
しかし、福音は箒のことは見向きもせずに、真っ直ぐとセシリアに飛翔する。
狙撃をメインに運用しているセシリアの機体は、接近されることを苦手としている。
此処は距離を取りなおすのが定石というものだろう。
「でも、」
セシリアは手に持った長大な銃を振りかぶる。
「セオリー通りが、いつも正解とは限りませんわ!!」
接近を試みていた福音に、逆に接近する。そのまま、腰を入れて相棒で福音をぶん殴った。
勢いでレーザーライフルを投げ捨ててしまうが、他に武装を展開しているような時間はない。
ならばと、セシリアはスカート状に配置されている装甲に手を添える。
そこから現れるのは、大型拳銃。
セシリアが自分の弱点である接近戦に対して出した答えだ。
「箒さん!」
「分かっている!」
高速で福音の周りを飛翔する。
セシリアを捕獲しようと、福音が付随するが、その福音の頭部に狙いをつけ、引き金を絞る。
高速接近銃撃戦。
自分の矜持にそぐわなかったナイフを捨て、武装を完全に銃器で揃える。
まだ、完成した戦い方ではないが、戦場において甘えたことを言っている暇などない。
だが、
「っ!」
馬力が違うためか、福音がセシリアの身体を捉える。
「離しなさいっ!」
二丁拳銃から放たれる弾丸は、確かに福音の頭部を弾く。しかし、当の福音が気にした様子もなくその翼を広げた。
――これは、本格的に拙いですわね。
「セシリアっ!」
箒が刀を振りかぶっているが、恐らく福音の方がほんのコンマ数秒速いだろう。
だから、
「喰らいなさい!!」
スラスターとして用いていたブルーティアーズを躊躇いなく切り離した。
離れ行く二機の雫。
それは福音とセシリアの間で、爆発した。
◆ ◇ ◆
『情けないことに、わたくしは戦闘不能ですわ』
「不甲斐ないな、後は私に任せろ」
『ふふふ、強がりですわね。……いいですわ。僅かに余力があるようなので、わたくしは戦闘不能者を回収します。箒さん、無理なさらず』
「ああ、最後まで格好付けさせろ」
水面に墜ちたセシリアが行動を開始したのを、箒は刀を福音に叩き付けながら確認する。
無意識に唇を噛み切る。
自分を信用してくれた仲間たちは既に墜ちていき、残ったのは自分だけだ。
福音も損傷がないとは言わないが、これほどまでに尽くしてくれた仲間がいるのにもかかわらず、箒は未だに福音を墜とせていない。
既にエネルギーも注意領域に食い込んできている。
――このままではジリ貧だな。
出力を最大に上げているからこそ、福音の速度に対応できているが、エネルギーが無くなればそれも適わなくなる。
――くそっ、全力で挑むためにはエネルギーが足りなさ過ぎる。
あの姉が、中途半端な機体を造るはずが無い。
ならば、このエネルギー不足も自分が機体を使いこなせていないというだけの話なのだろう。
あの姉が作った最高機の名を自分が汚して良い筈が無い。
「ああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
外せ。
リミッターを、外せ。
この身を顧みるな。
『展開装甲、制限解除。出力を最大まで引き出します』
◆ ◇ ◆
耳を擽る波の音に誘われ、記憶に無い砂浜を一人歩く。
足元に感じる砂の感触。海風が運ぶ潮の匂い。高く昇った太陽。
夏を連想させる風景。だが、一つ相応しくないものが。
「雪……か」
手を伸ばせば、手の平に落ちる雪の欠片。
「夢、なのか?」
それにしては意識がはっきりとしている。
これが明晰夢というものだろうか。
「不思議なものだな」
この空間は明らかに現実離れしている。
だけど、何故か此処が夢の空間だとは思えないのだ。
「――――」
「……声?」
ふと声が聞こえた。
とても澄み渡ったその声は、リズムを刻み、音ではなく歌として耳に届いた。
その声の持ち主が妙に気になった一夏は、足を其方に向けた。
澄んだ音を奏でる白砂が、歌と混じりあう。
歩むリズムと歌うリズムが綺麗に融和する。
そこには少女がいた。
白をイメージさせる可憐な少女。楽しそうに歌い、そして踊る。
純白の髪が揺れ、色を合わせたワンピースがふわりと舞った。
「君は……」
少女は一夏に気付くと、その踊りを止め、そして空を見上げた。
真夏の景色に降り注ぐ白い欠片。
その風景は、何故か一夏を不安にさせる。
「力を、欲しますか……?」
「――っ!?」
条件反射のように振り向くと、雪を背景に佇む一人の騎士の姿。
白く輝く甲冑は、その潔癖さをイメージさせる。
その両手は、自らの前に付き立てられた大きな剣の上に預けられている。
その剣は、一夏には見覚えがあった。
「……雪片?」
自分が今まで振るっていた物に酷似している。
「力を、欲しますか?」
「……ああ」
一夏は自然に頷いていた。
「何のために」
「強くありたい」
「何故?」
騎士の聞き返しに、強い意志を持って答える。
「守りたいんだ。仲間を。大切な人たちを」
「そう……」
「俺はいつも守られる側だった。それは今でも変わってないさ。でも、守られている人間だって、誰かを守ってはいけないなんてことは無い。あいつらを守れる力が欲しい」
手に乗った雪の欠片を握り締める。
「貴方は、守ることが大事なのですか?」
「いや……ちょっと違うな。傷ついて欲しくないんだ。もう二度と失敗しない。俺の弱さのせいで、もう誰にも傷ついてほしくない。だから強くなりたいんだ。皆と一緒に戦える力が、横に立ち並ぶ力が欲しい。前に出て守る力なんて要らない。横に立って支えあう、そんな守り方がしたいんだ」
頭に思い浮かぶ大切な人たち。
姉も幼馴染も学校で知り合った友人たちも。
「あいつらは、前に立つと怒るだろうしな」
特に、沙良がな。そう笑って締めくくる。
一夏の意志は固まった。
騎士の優しい微笑みに、はっきりと答えを返す。
「借り物の力なら断る。俺は、自分の力が欲しい」
騎士はゆっくりと雪片を抜く。
その切っ先を一夏に向ける。
まるで、選ぶのは貴方だというように。
だから一夏は微笑んだ。
「雪を止ませてくれ。雪が相応しいのは夏じゃねえ、冬だ。雪の欠片は冬にこそ相応しい。だから変えてくれ。夏にはもっと相応しいものがあるだろう?」
騎士は破顔一笑とばかりにその笑みを濃くした。
「だったら行かなきゃ」
「えっ?」
その声は歌声と同じ。
先ほどの少女がいつの間にか騎士の横に並ぶ。
人懐っこい顔で一夏に手を差し伸べる。
その手を、一夏はしっかりと握った。
「――っ!?」
変化は一目で分かった。
「……粋な事してくれるじゃないか」
蛍だ。
天高くから降り注いでいた雪は、その輝きを蛍へと変えていた。
飛び回る淡い光達。
「こっちの方が俺らしいよな」
その淡い光こそが、自分自身だと、一夏はその蛍たちを目に焼き付ける。淡く、だが確かに光を放つその蛍たちを。
少女の手を離し前を向くと、騎士が柄を一夏に向けて差し出していた。
その剣は、雪片ではなく、淡く光を反射する銀の剣。
それは、奉剣の儀式。
その柄を確かに受け取ると、切っ先を騎士の頭に向け、祝福を返す。
「重いな」
だが、確かに手に馴染む。
「ん?」
空が眩いほどの光を放ち始める。
もう役目は果たしたとでも言わんばかりに。
その真っ白な光に包まれ、目の前の二人の姿が霞み始める。
だから、声を出した。
「行ってくる」
最後に見た二人の表情は、確かに笑みだった。
お久しぶりです。
就活も慌しくなってきました。
今日もこの後幕張メッセまで行ってきます。
次の更新は本気でいつになるのかが不明です。
とりあえず時間の隙をみて少しずつ書いていこうとは思います。