フィオナは福音を視界に納める。
水深は八十メートル。肉眼では真っ暗なこの空間も、ハイパーセンサーによってハッキリと映し出されている。
此処でフィオナを無視し、潜行していくようであればリナに対処に当たってもらう必要がある。
しかし、その考えは時間の空費だったようだ。
砲口がこちらに向く。
「わたしに水中戦を挑むとは良い度胸です」
水中という特殊な環境が相手のエネルギーグレネードにどのような影響を与えるのか。
出来れば不発に終わって欲しいところなのだが、
「甘い考えですよね」
速度は落ちるものの、確かに砲口から光弾が発射される。
水中という特殊な環境では空中と同じような機動は出来ない。速度が落ちるとはいえ、迫り来る光弾を確実に避けきることなどできない。
しかし、その威力が軽減される水中であれば耐えられる。その為の防御パッケージだ。
エネルギーグレネードは全てシールドで捌き、ただ愚直に福音に接近する。
もちろん、無傷とはいかない。シールドで捌ききれない光弾が重厚な装甲を軋ませる。
「それでもっ!」
展開するは『ハリマー』。
普段から多用する武装だが、本当の用途は水中戦の方だ。
「食らえっ!」
重力を感じることが出来ない環境にPICが最適化していないのか、フィオナの追従を振り払うことが出来ない福音は、その一撃を真っ向から受ける。
水中で弾き飛ばされる福音に、水中アサルトライフル『ASM-DT』を向ける。
放たれた銃弾は、確かに福音の上腕部を弾き飛ばす。
データに存在しない水中戦というものに、福音はされるがままとなっている。
それもそうだろう。水中銃を見るのも初めてだろう。
そんなものを標準装備として積んでいる機体など、世界中探してもシークエストだけである。
福音はフィオナと距離を取るように動く。
水中では実弾系銃器は大した威力を持たない。ならば、主戦力となるのは『ハリマー』のような近接武器だ。
だから、福音は距離を取る。自分は銀の鐘によって攻撃を加える事が出来、相手の攻撃は当たる事がない。そういう判断だろう。
その判断が間違えているとも知らずに。
福音の距離がある程度開いた瞬間、銀の鐘が弾き飛んだ。
「お馬鹿さんですね。遠距離から攻撃できるのが自分だけだと思ったんですか?」
フィオナが構えるのは、全長三メートルは超えるであるであろう大型のアサルトライフル。
フィオナの機体だけに積まれた、フィオナだけの専用武装。
水陸両用アサルトライフル『UAR‐F』
その威力は、水中でも大きく減衰することは無い。
「さぁ、来てください。そしたら返り討ちです」
『随分と楽しそうね』
砲口をすべてこちらに向け、砲撃体制に入った福音。
シールドを前面に配置し、弾幕を張るために『ASM-DT』を展開する。
『UAR‐F』を構える隙が欲しい。
「あら、聞いてたんですか」
『そりゃもうバッチリと。何よ、余裕じゃない』
「ふふふ、そう見えます?」
『全然。焦ってるのがもろ分かりよ? 冷静に対処しなさい。死にたくなかったらね』
分かっている。少しのミスが死に繋がる。それを分かっているからこそ、気分が高揚するというもの。
額に汗が滲むような感覚。閉じた装甲によって、海水に触れるはずが無いのに体が濡れる感触。
全身で感じる戦場という空間。
死が隣にある、非日常。
「あのころと比べれば余裕ですよ」
沙良に拾われる前と比べると、こんなこと大したことでもない。
そう思わないと、潰されてしまう。
「っ!」
エネルギーグレネードが物理シールドに突き刺さって爆発していく。
それに対抗するように只管引き金を引くが、全て落としきることは出来ない。
だから、フィオナは『UAR‐F』を撃つために、全てのシールドを正面に集めた。
エネルギーグレネードは全てシールドで対処し、福音を狙い撃つ。
一発、二発、三発と命中させることに成功する。
すると、福音は深度を上げ空中に躍り出た。
「ようやく出てくれましたか」
『嬉しそうね、フィーナ』
少しでも早く、福音を空中に逃がす必要があった。水中で戦うと、沙良とシャルロットが危害に会う可能性が高くなるからだ。
しかし、空中に出てしまうと、その分フィオナが危険になる。軍用機相手に水中機が空中戦で勝てるかといわれると、頷くことはできない。それでも、フィオナは沙良にこの役目を任されたことに喜びを隠し切れない。
「沙良さんの『死令』を受けたんですよ? 喜びで発狂死しちゃいそうです」
『『僕のために死んで来い』って命令で喜べるのはあんたらだけよ。本当に頭沸いてるんじゃないの?』
「褒め言葉ですか?」
『ええ、そう受け取っておきなさい』
死令を受ける。
それがフィオナ達にとっての最大の名誉でもある。
自分の一方通行な忠誠が、主に認めてもらえた。それだけで喜んで死地に向かうのがフィオナたちだ。
「ふふふ、沙良さんの始めて『死令』を受けたんですよ? つまり、沙良さんの処女は私が貰ったような物です」
『例えが最悪ね』
「沙良さんに言わないでくださいね。軽蔑されちゃうんで」
UAR‐Fにリロードされている銃弾を収納。
『どうしよっかなぁ』
「本当に性格が捻じ曲がってますね」
新しく、展開するは大気圏用の銃弾。
『フィオナには言われたくないわ。じゃあ、条件』
「なんですか?」
確かに装填されたのを確認すると、利き腕で相棒を撫でる。
『帰ったら一杯奢りなさい』
「未成年ですよね?」
福音は既に空で待ち構えている。
『軍の人間たるとも飲めないなんて奴は居ないわよ』
「これって告げ口をしたらどうなるんですか?」
海の住人が空に噛み付くのは中々に骨が折れるだろう。
『私がフィーナを殺すわ』
「ふふふ、死にませんよ。私はどんなことがあっても」
そう笑うと、フィオナは覚悟を決めた。
『どんなことがあっても……ね』
「当たり前です。わたしは沙良さんを悲しませるようなことは、あまりしません」
『あまりなのね』
「あまりです」
フィオナは銃器をしまい、『ハリマー』を構える。
「行ってきます」
『ええ、直ぐに私も行くから待ってなさい』
空中戦に持ち込んだのであれば、水中戦における最後の防衛線としてのリナの役目は終わりだ。
リナは、フィオナが墜ちないようにサポートに入るのが第二の仕事となる。
「早くしてくださいね」
フィオナは水中から高速で空中に飛び出た。
その粘性抵抗に機体が悲鳴を上げるが、そんな物は無視しておけば良い。
周りから海水が消えた瞬間、自動で潜水モードが解除される。
空中用に調節されたハイパーセンサーが福音の姿を捉えた。
「はぁぁぁぁぁ!!」
ハリマーを突きつけるが、それはひらりと躱されてしまう。
空中戦になると、一対一じゃ勝ち目が薄い。
だからといって、リナを待つほど落ちぶれているわけでもない。
構えるは『UAR‐F』。
「リナが来るまでに墜ちてくれませんかね」
フィオナは照準を福音に向けた。
『――――』
「あら、これはどうも。ナイスタイミングです」
『――――――』
「それは、嬉しいですね。早く来てくださいよ。私とリナが死なないうちに」
◆ ◇ ◆
「あと三分耐えてください。今そちらに向かっているところですわ」
セシリアが、個人間秘匿通信で、スペインの女子とコンタクトを取る。
この中で現在福音と戦闘中の二人と接点があるのはセシリアだけだ。通信はセシリアに任せ、今は自分に出来ることだけに集中する。
その戦闘行為に気づいたのは十五分ほど前だ。
福音が急に活動を開始し海中に潜ったことから、シャルロットに何かあったのではと皆が顔を見合わせた。コアネットワークに接続してみると案の定、沙良を筆頭にスペインの機体がステルスモードに入っているではないか。
そのことから、海中でスペイン勢と福音が接触していると判断し、急ぎ戦域に向かっている。
「箒、肩の力抜きなさい」
言われ、自分が無意識に拳を固く握っていたことに気づく。
「すまない」
「今回のキーマンはアンタなんだからね」
「ああ、心得ている」
今回のフォーメーションの中には防御に専念するものが居ない。辛うじてラウラの砲戦パッケージが防御型と呼べなくも無いが、これは遠距離からの砲撃戦を想定しているため、今回のような高速の世界で防御専門として動き回る訳にはいかない。
だが、この状態で箒は攻め続ける事を進言した。
それを可能とするために、防御時に使用されるエネルギーを攻撃や機動に回している。
神経をすり減らす、エネルギーグレネードを掻い潜っての高速接近格闘。それが箒が自分に課した仕事。
「安心しなさい。アンタが剣を自由に振るうためにあたし達は居るの」
箒の背中に乗っている鈴音が、言い聞かすように箒の肩を叩く。
「任せなさい。そしてあたし達を存分に使いなさい」
その言葉は箒に染み渡っていく。
信頼。
その二文字に箒は自分の全てを賭ける。
「ああ、私はお前たちを使おう。だからお前たちも私を使え。それが私に出来る信頼の表し方だ」
「あら、カッコいいことを仰いますのね」
「セシリアか、通信は終わったのか?」
「ええ、早く来てくださいと。お二人が死ぬ前に、そう笑ってましたわ」
「全く……この状態でよく笑えるものだな」
「あそこの国は色々と螺子がぶっ飛んでますから、仕方ありませんわ」
「何だ、そういうお前も笑っているではないか」
セシリアの背中に乗るラウラが、ようやく口を挟んだ。
「あら、ラウラさん。これは戦いに赴く者の高揚を表しただけですわ。勝利のためには欠かせぬ物ですわよ?」
「そうか、なら私も笑おうか。それで勝てるならば、なんでも手を尽くすのが指揮官の役目だ」
「そうよ、箒も笑いなさい」
「……こうか?」
その顔は引き攣り、目も据わっている。到底笑顔といえるものではない。
だが、この戦場において、笑えるという精神状態だけでも充分だ。
それを分かっている箒以外の三人は満足そうに頷く。
「ふ、まぁ合格点をくれてやろう」
「焦りが見えたら笑顔を浮かべるのですわ。それが落ち着きを取り戻す方法ですから」
「目標まであと一分よ」
接敵まで残り一分。
各自福音との開戦に向けて準備に入る。
箒とセシリアはただ愚直に福音に向けて飛ぶだけ。
「ほら、笑いなさい」
「分かっている」
「あたしから見えないのが残念で仕方ないわ」
「お二人とも、そろそろですわよ?」
セシリアはラウラを、箒は鈴音を射程距離まで運ぶのが第一の仕事だ。
「残り十秒」
ラウラの射程に入ったようだ。ラウラの砲撃を合図に、箒は今以上の加速をかける算段だ。
「Feuer!」
「――――っ!!」
超音速で放たれる砲弾。それに付随するように高速で飛翔する。
ハイパーセンサーにはボロボロになった青い機体が二機映っている。
その機体にスイッチするように、箒は福音に接近する。
セシリアからサインが出る。
セシリアが出す緑のサインは援護射撃開始だ。
了解のサインを返すと、背中に乗っている鈴音を射程距離ギリギリで降ろし、勢いを落とさぬままに福音に突貫する。
「はあぁぁぁぁ!!」
箒は雨月による打突を多用し、その距離を詰める。
しかし、その距離は詰まることは無い。
ひらりひらりと距離を取る福音に奥歯を噛締める。
「箒!」
「ああ!」
逆サイドから回り込むように鈴音が誘導する。
機能増幅パッケージ『崩山』をインストールしたその機体は、その衝撃砲の威力を増し、その弾幕をも濃くした。
それでも福音は余裕を見せながら回避を続ける。
時折、ラウラの砲撃も混ざるのだが、福音は気にも留めてないかのようにその翼を広げる。
だが、攻撃はそこで終わりではない。
その三人の隙を埋めるかのようにセシリアの精密射撃が福音に突き刺さる。
「墜ちろぉぉぉぉ!!」
動きを止めた福音に箒は両の手の刀を福音に突き入れる。
確かに感じる感触。その刃は確かに肩部装甲を貫いていた。
――っ……!!
そして、見てしまった。その両肩から血が流れ出すのを。
墜とす。そう意気込んで戦ってきたが、その搭乗者の命がこの手にかかっていると考えただけで、刀が重くなる。
――だが、此処でやらねば何の意味も無い!!
「ああぁぁぁぁぁ!!」
刀身にエネルギーを纏わせ、装甲に刃を付きたてたままエネルギーを放出する。
それを、福音は防ごうとしなかった。
「武器を手放せ!! 罠だ!!」
ラウラが叫ぶが、もう遅い。
あの迷いの一秒が仇となった。その砲口がすべてこちらを向き、既に光を帯びている。
――そうでなくとも、引くわけにはいかない!!
箒は右手を離し、時計回りに身体を回す。右足の展開装甲をフルに稼動させ、そこに特大のエネルギー刃を構築する。
後ろ回し蹴りのような形で蹴りが右翼を捉えた。
それは箒の全力の一撃。
その火事場の一撃は福音の片翼を確かに切り落とした。
だが、もう片翼が残って居る。
「箒!」
鈴音の叫びが聞こえるが、箒には手詰まりとしか言えない。
体勢も崩れ、武装も手放してしまった。
「万事休すか」
片翼の砲門は箒を捉えて離さない。
死に体となっている箒には避ける術もない。
――耐えてくれっ!!
光弾が殺到した。
「――――っ、…………?」
いつまで待っても来ない衝撃に瞳を開けた時、そこに待っていたのは、銀の悪魔ではなく青い装甲だった。
「大丈夫ですか?」
それは、沙良とよく行動している女生徒。
箒が訓練に付き合ってもらっている女生徒、簪とも良く行動しているところを見かけている。
「……ああ、助かった」
その少女がシールドを広げ、箒と福音の間に割り込んでいた。
その至近距離から攻撃を受けたせいか、そのシールドも大きなダメージを負っている。
もう一度あの弾幕を受けれるかどうか。そのようなレベルでの損傷だ。
ハイパーセンサーが、鈴音とセシリアが福音を誘導し箒から距離を取ったことを知らせてくる。
「これ、武装です」
「すまない」
いつの間に回収したのだろうか、渡された雨月を強く握り締める。
「わたしもリナも壁となれるのはもう一回が限度です」
リナというのはもう一人のスペインの少女だろう。
「道は作ります。貴女はあれを墜とすことだけを考えててください」
そう言う少女の瞳は真剣で、その思いを汲むためにも箒は頷くことで答えとする。
「ああ、期待に応えて見せよう」
箒は雨月をしっかりと握りなおすと、福音に向けて真っ直ぐにスラスターを噴かす。
高速戦闘なら一度経験している。
次は仕損なわない。
鈴音にサインを出し、攻め入る隙を作ってもらう。
鈴音とセシリアの動きが変わり、ラウラが接近する。
箒が介入する隙を作り、そのフォーメーションに関わるようにスペイン組みが付属する。
慎重に。
ただ慎重に事をこなす。
地味に、しかし、着実にダメージを与えていく。
攻め入る時。そのタイミングは絶対に訪れる。
それを只管に待ち続ける。
鈴音が、衝撃砲を止めた。それはとある合図。だがそうとは知らない福音が鈴音に襲い掛かる。
その福音の高速の突きは、鈴音の前に立ち塞がったラウラのシールドに呆気なく弾かれた。
セシリアの精密連続射撃が福音の翼を確かに捉える。
射撃の衝撃により、コンマ数秒だがあらぬ所を向いた砲口。
その隙を箒が切り裂きにかかる。
「はぁぁぁぁぁ!!」
だが、福音の方が速い。
少し後退し、砲口を全て広げ、一斉に掃射した。
だが、箒は止まらない。
「行ってください!!」
箒の盾となるように蒼い機体が二機割り込んだからだ。
箒の邪魔になりえるエネルギーグレネードは、音だけしか届かない。
――助かる。
一秒。
たった一秒。
だが、この場においては重大な意味を持つ一秒。
全員で稼いだ一秒を、此処で使う。
――決める。
盾となってくれた二人が墜ちていく。
既にエネルギーもレッドゲージに突入しているのだろう。
引き攣った笑みを見せると、二人とも微笑みながら拳を突き出してくれる。
それは、行って来いと背中を押されているようで、とても心強い。
――これで、最後だっ!!
二刀を福音の翼に押し付け、両腕の装甲を最大威力で展開、強大な推力を得る。
全エネルギーを使っても構わない。
ここで墜とす。
それが最優先。
「墜ちろぉ!!」
振りかざした二刀が装甲に食い込む感覚。
それを切り取ろうと力を込める。
「ああぁぁぁ!!」
両手から伝わる抵抗が途切れた。
一瞬の攻防。その結果、確かに翼を切り落とすことに成功したようだ。
「箒!!」
鈴音の声が聞こえる。
――大丈夫だ、分かっている。
勢いが付き過ぎた身体を一回転させ、捻るように体を回すと、頭部目掛けて踵を振り落とした。
メインスラスターを失った福音は、真っ直ぐに海面に墜ちていく。
だが、そのエネルギーはまだ尽きていない。
「はぁぁぁぁ!!」
追撃。
箒は右腕に握られている雨月によるエネルギー放出を選んだ。
それは接近することを嫌ったため。他の者が攻撃しやすいように。
案の定、自由落下に任せる福音に各々が持てる限り最大の攻撃を放つ。
その最後の追撃は距離を詰めることなく、しかし的確にその装甲を焦がし福音を水面へと叩きつけた。
更新が遅れてすみません。
言い訳になってしまうのですが、就活関係で忙しくなってきてしまい、中々執筆に時間を割くことが難しくなってきました。
申し訳ありませんが更新速度を、この一番忙しい時期だけでも遅くさせていただきます。
ご理解していただけると幸いです。
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