箒は、一夏に迫る光の奔流を両手に持った刀で撃ち落としていく。
しかし、撃ち出される量が紅椿と銀の福音では雲泥の差がある。
悔しい。
大切な者を守ることも出来ない力が。
世界最高峰の機体を操りきれない自分が。
こうやって箒が我武者羅に刀を振るっている間にも、一夏や沙良、シャルロットには光弾が降り注いでいる。
接触まで後一秒。
この加速した世界ではこの一秒が長すぎる。
「やめろぉぉぉぉぉぉ!!!!」
箒は光の奔流に突っ込んで行き、光弾を空裂で相殺し一夏の身体を確かに抱きしめた。
「はぁぁぁぁっ!!」
一夏を抱きしめながらも、左の刀を振るう。
そのエネルギーの帯は、一夏と箒を光弾から遮るように撃ち出されるが、射出量が違いすぎる。
被弾。
それも一発では済まない。何発も機体に突き刺さり、装甲を剥離させていく。
一撃を喰らう度に気が狂いそうなほどの痛みが身体に走るが、奥歯を噛締めることで耐える。
その殺傷能力に改めて軍事用の意味が思い知らされる。
痛みでノイズが走る視界でも、シャルロットのシールドがその全てを砕かれ、その装甲の薄いところが剥がれ落ちていくのが確認できる。
数発当たっただけでも気を失いそうになるのだ。何十発とその身に受けた一夏の痛みは想像すら出来ない。
光の奔流から抜け出した箒は一夏の状態を確認する。
「――っ!」
つい息を飲んでしまうほどに酷い。
エネルギーシールドで相殺できなかった熱波が皮膚を焼き、その衝撃が身体に青く痣を残す。肋骨も折れているのだろうか、身体の捩り方に違和感を覚える。
見るに耐えかねないほどの負傷。しかし、視線を逸らすことだけはしない。してはいけない。
「一夏っ、一夏っ、一夏ぁっ!!」
「ああ……箒か……沙良は?」
「ああ、大丈夫だ。シャルロットがしっかりと守った!!」
「そっか……良かった……。はは、何を泣きそうな顔をしてんだよ、らしくねえなぁ」
「泣いてなど、いない!」
そういう、箒の顔は涙で歪んでいる。
「泣くなよ……箒。まだ……終わって、ないんだろ?」
一夏は苦しそうに呻くと、その意識を手放した。
そう、終わっていない。
銀の福音を落とせる一夏が脱落したということは、作戦は失敗したことになる。
ならば、この戦域から撤退しなければならない。
その意味を、箒は正しく理解していた。
(誰かが犠牲にならなければいけない)
そして、それが自分が犠牲になることは出来ないことも。
(私が、一番役に立たないのに! 私が犠牲になるべきなのに!)
沙良が高機動型のパッケージをパージしたということは、あの福音から逃れることの出来る速度を出せる機体は箒の紅椿だけとなる。
例え箒が二人を逃がすために一人福音と立ち向かおうとも、大した時間も稼げないだろう。結局のところ、三人とも墜とされるだけだ。
箒に出来ることは、最大速度で飛ぶことだけだ。
「撤退!!」
沙良の涙混じりの声が届く。
一度、フォーメーションを整えようと、シャルロットと沙良にサインを出す。
箒は既に一夏を抱きかかえており、連れて飛べるのはもう一人が限度であろう。
沙良を逃がすか、シャルロットを逃がすか。
アラーム音が鳴る。
「なんだ?」
それは作戦本部から送られてきた通信。
――五分間耐えながら撤退。
それは増援が送られていることを意味する。
確かに、これなら犠牲を出さなくてもすむかもしれない。
しかし、三人とも墜ちる可能性も高くはなるのだが。
沙良やシャルロットの意見は分からないが、それが決定事項なら箒は従うだけだ。
だが、三人とも薄々とは気付いている。
これでは逃げ切れないと。
沙良は、右手にライフルを展開すると、福音に標準を向けた。
「僕が――」
沙良が喋っている途中にもかかわらず、シャルロットが沙良に丸い球体を押し付けた。
それは一瞬で展開し、沙良の周りにシールドエネルギーを張った。
「箒!!」
箒はシャルロットの叫び声に無意識に反応し、沙良を抱きかかえると真っ直ぐに防衛ラインに向けてスラスターを噴かした。
箒も気付いていた。先ほどの近距離一斉掃射で負傷したのだろうか、沙良が左手に武装を持たなくなったことを。
「殿は、僕が務める」
シャルロットがライフルを構えて悠然と立ち塞がった。
「シャル!! 何考えてるんだ!? 止めろ! お願い、止めて!!」
「No te preocupes.(心配しないで)」
「!Charlotte! !para! (シャルロット! 止めて!!)」
沙良は涙で顔をクシャクシャにしながら、離れていくシャルロットに右手を伸ばす。
何度も何度も縋るように伸ばされる腕。耳に残る、涙声で叫ばれるシャルロットの名前。
無意識に唇を噛む。
箒は沙良の顔も、一夏の顔も見ることが出来ず、ただ全速力で飛ぶことしかできなかった。
◆ ◇ ◆
「僕が――」
沙良がCETMEを構えたのを視認した瞬間から、シャルロットの身体は勝手に動いた。
バリアユニットを展開し、それを沙良の機体に押し付ける。
「箒!!」
シャルロットは右手にCETME、左手にマリアを持ち、福音に真っ直ぐスラスターを噴かす。
しかし、福音はこちらをまるで気にも留めず、ただ沙良を追いかける。
間違いない、そうシャルロットは思う。ここで自分が行かなきゃ沙良が危ない。
千冬に任せたと言われたのだ。
ここで引く訳には行かない。
「あああぁぁぁぁ!!」
喉を潰すかのような絶叫を上げ、自分を通り越して沙良に手を掛けようとする銀の翼を殴りつける。
そのまま抜ける位置は福音の背後三十メートル。
それは福音を逃がさない最大限の距離であり、マリアの最も威力の高い位置。
「……殿は、僕が務める」
シャルロットはトーンを落とした声で宣言した。
「シャル!! 何考えてるんだ!? 止めろ! お願い、止めて!!」
既に沙良の姿は小さくなっているが、ここで福音を放って置くわけにはいかない。
マリアを六連発で打ち込み、そのまま接近し、エステバンに持ち換える。
『No te preocupes.(心配しないで)』
ポロっと零れたのは覚えたばかりの言葉。
通信に言葉を乗せている間にも、身体はまるで別の意志を持っているように照準を福音に合わせ続ける。
思考と身体を切り離しながら、その機体に硝煙を纏っていく。
片手間で空良の公開データに、深水沙良と書き込む。
「!Charlotte! !para! (シャルロット! 止めて!!)」
福音は、空良に乗っている搭乗者と深水沙良の関連性にエラーを起こしたのか、先ほどまで沙良を狙っていた砲口が一部こっちに向いた。
――かかった。
「大丈夫、絶対帰るから。日本料理、食べる約束だからね」
「シャル!!」
砲口が光を溜め始める。
最後に、沙良にだけ伝えたいことを言の葉に込める。
『Je t'aime(愛しています)』
それは、本来の母国語。
一番染み付いている愛情の国の言葉。
シャルロットは一瞬だけ繋いだ個人秘匿回線を切ると同時に、エネルギーグレネードの中に身を躍らせた。
「No tiene sentido rezar(神に祈ったって無駄)」
今、この場で信じれるのは自分だけ。
剥離していく装甲。
目に見えて減っていくエネルギー。
焼けていく皮膚。
軋む骨。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
それでも引き金を引くことは止めない。
生きて帰ると約束したのだから。
「!vivire donde y como sea!(どんな死地でも生き抜いて見せる!!)」
◆ ◇ ◆
速く。
もっと速く。
戦闘圏から抜け出してどれほどの時間が経っただろうか。
抱える一夏の容態は段々悪くなり、沙良も途中から意識を落としている。
高感度ハイパーセンサーが福音の姿を映していないことから安全圏までは逃げ切れたと仮定してもいいだろう。
しかし、箒は強く唇を噛締める。
強く凝視するは、コア反応を示すレーダー反応。
戦闘を行っていれば微細でも動くはずのそれが、シャルロットの空良、福音ともに動いていないのだ。
それは即ち、シャルロットが墜ちたということ。
簡易レーダーでは、そのバイタルサインまでは読み取れない。
生死不明。そのことが箒を責め立てる。
力を込めすぎた歯は唇を噛み切った。
自分がもっと強ければ、こんなことにはならなかった。
自分なら大丈夫と背中を押した皆に申し訳が立たない。
「くそっ! くそっ!」
今の自分の仕事は、速く飛ぶこと。一刻も早く沙良と一夏を安全圏に届けること。
そのためなら、自分がどうなろうと構わない。
既にボロボロとなった機体。軋むスラスター。悲鳴を上げ続ける身体。限界を越えて加速する。
何処か折れているのか、身体を動かすたびに痛みが走る。
その痛みがなければ、意識を落としてしまいそうだ。だから、無理にでも身体を動かす。
「援軍は、まだか……」
最終防衛ラインまであと少しといったところ。そろそろ出会ってもいいだろう。
頼む。急いでくれ。
その箒の願いが届いた。
「箒さん!」
見覚えのある蒼い機体。
彼女の手足となって働く六基のブルー・ティアーズはスカート状のスラスターと化していた。
あれが言っていた強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』だろう。
普段はライバルとして切磋琢磨する仲だが、今だけは心から頼もしい。
「セ、シ……リア」
「――っ!?」
そのボロボロな箒に、セシリアは目を見開く。
絶対防御を貫き、搭乗者に絶大なダメージを与える。それは軍用機という存在を改めて知らしめる。
「頼む……、一夏を、沙良を」
箒は、息絶え絶えながらも、一夏と沙良をセシリアに託す。
「ええ、ええ! 必ず助けますわ!」
「オルコットさん、沙良さんと一夏さんをこちらへ」
箒としては関わりの薄い、沙良と同郷の少女。
その少女に縋り付く。
「シャルロットが……頼む。あいつを、あいつを!」
「……大丈夫です。シャルさんは生きてます。絶対助けますから」
助かる。その言葉を聞くと、身体から力が抜けていく。
「箒さん!?」
意識が閉じていく。最後に、セシリアの慌てた声が聞こえた気がした。
◆ ◇ ◆
「箒は、もう大分離れたかな……?」
シャルロットは簡易レーダーによって箒が戦闘圏から抜け出したことを確認する。
――良かった。これで沙良は助かる。
安堵したことにより、心に余裕が生まれる。
――さて、後は心置きなく戦える。
そう自分を鼓舞するが、実際に勝機などある訳も無い。
未だ自分が墜ちていない事が不思議で仕方ないレベルの損傷。
装甲もほぼ砕け散り、スラスターも無視できないほどガタがきている。
それでも、シャルロットは前を向く。
光弾を放ち続ける福音に、照準を向ける。
「まだ、終わってないっ!!」
シャルロットはスラスターを噴かし、右手のライフルを全て撃ちつくす。
吐き出された被覆鋼弾は、高い貫通力を以って装甲を削るが、大多数が防がれたり、回避される。
それを見越していたシャルロットはすぐさまもう左手のライフルを撃ち出す。それと同時にすぐさま右手のライフルを別のものに持ち替える。
今打ち出している銃弾は徹甲弾。そして、右手に展開するライフルには、エネルギーに反応する特殊な対
シールドエネルギーを減らすことだけに特化した銃弾は装甲を傷つけることは無い。その分、徹甲弾が装甲を非情に破壊する。
徹甲弾により装甲を削り、対SE弾によりエネルギーを削る。それに飽き足らず、成型炸薬弾やライフルグレネードによる擲弾など種類の違う銃弾が飛び交う。この硝煙に支配された空間は、確実に福音のエネルギーを奪っていく。
展開されるはそれだけではない。銃弾を撃ちつくした軽機関銃の代わりに持ち替えるは特殊光学ライフル。内蔵のエネルギーが切れるまでは高威力のエネルギー弾を打ち出せる。
極め付けは、物体を
その銃器群を自由自在に持ち替える。
隙など作るわけも無い。リロードの時間すら惜しみ、ただ攻撃だけに全てを注ぐ。それが出来るほどの武装の多様性。銃弾を変えるのではなく、その銃器ごと替える。ただ速く、効率よく。ただ攻め続ける事を念頭に置いた戦術。
それを可能とするのは、高速切替を得意とするシャルロットのために沙良が用意した銃器群。
銃一つ一つには№だけ振られ、名前などついていない。それは全て揃って武装となる。どの銃がどの特性を持つか、そんなもの全て頭に入っている。大切なのは、それが『群』であるということ。
空良専用武装、特殊銃器群『カルロタ』。
それは、フランス語の『シャルロット』に対応したスペイン語での名前である。
沙良が用意した、シャルロットに一番合った武装。シャルロットが持つ技術を、最大限生かすことの出来る唯一無二の武装。
「あああぁぁぁぁぁ!!」
叫びを上げながら福音に肉薄。
迫り来るエネルギーグレネードは銃弾で撃ち落とし、命中しそうになれば手持ちの銃を投げつけ暴発を狙う。
それは今までに無い銃の使い方。
後のことなど考えない。今さえ、切り抜ければ良い。
撃つ。避ける。撃つ。避ける。撃つ。
感情を切り離し、ただ機械のように同じ動作を続ける。
両腕から放たれていく銃弾は、的確に福音のシールドエネルギーを削ることに成功している。
しかし、それが長く続くわけも無い。
ボロボロの機体。煙を噴くスラスター。
普段なら避け切れるであろう軌道を描くエネルギーグレネード。しかし、今のシャルロットにはその一撃が無慈悲の鉄槌に等しい。
「ぐぅっ!」
被弾。
装甲の欠けた機体は、そのダメージをシャルロットの身体に伝えてくる。
命中箇所は左肩。
エネルギーは残っているが、身体が先に限界を迎えることだろう。
それは自分の身体から流れ出る血液を見れば分かる。
どこまでも蒼く空と一体化しそうな装甲は、赤黒く染まっている。その赤い装甲は手に持つ銃すら朱に染めた。
絶対防御も過信してはならない。
今の被弾により、シャルロットは左肩を上げるのが困難になった。
「折れた……かな?」
なら、右腕だけで撃てば良い。
シャルロットは、飽く迄も諦めることはしない。
悲鳴を上げる身体を叱咤し、限界を越えて付き合ってくれる機体に笑みを浮かべる。
「まだ戦える!!」
だが、現実は無情にも想いを嘲笑う。
両腕でも防ぎきることの出来なかった弾幕が、右腕だけで捌けきれるわけも無い。呆気なくエネルギーグレネードに囲まれてしまったシャルロットは自嘲の笑みを浮かべた。
全てがゆっくりと感じる。
――ああ、ここまでか。
痛覚すら麻痺したのか、衝撃に身を弄ばれても苦の感情が出ない。
考えるのはただ、沙良のことだけ。
――僕が死ぬと、沙良は自分を責めるだろうなぁ。
それで沙良が傷ついてしまったら意味がない。とは、シャルロットは考えない。
守る。結果として沙良が傷ついたとしても構わない。
ただ、守る。その手段として沙良を傷つけることをも躊躇わない。
それで沙良が助かるならば、手段を選ばずやり遂げて見せよう。
犠牲も躊躇わない。
今回はそれが自分の命だったという話だ。
「でも……」
後悔は無い。
それでも、
「もっと傍に居たかったな」
視界が真っ白になる。
意識が少しずつ薄くなるような感覚。
シャルロットの機体が水中に墜ちた。