IS 深海の探索者   作:雨夜 亜由

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第五十三話 残されし蒼紅

 千冬はモニターを中心に話し合う専用機持ちから離れて、部屋の隅で紅椿を調節している束に小声で話しかける。

 

「束、さっきは何を隠した」

 

「……何のことかな?」

 

 当然のように惚ける束。

 しかし、千冬は関係ないように話を進める。

 別に言葉の通りに聞きだそうとしているわけではない。

 ただ答え合わせをしたいだけだ。

 

「まぁ沙良に見られることを嫌がったんだ。内容は推測できる」

 

「……」

 

「目的は沙良か?」

 

「……」

 

「沈黙はYESだな。沙良を狙うとなると絞られるのは二つだ」

 

「……機業と旅団、だね」

 

 亡国機業と名乗る犯罪組織。

 そして旅団と呼ばれる秘密結社。

 

「ああ、そのとおりだ。で、指揮者の指令にはなんてインプットされてたんだ」

 

「一つはIS学園臨海実験実習場襲撃、そして、もう一つなんだけど『深水沙良を』。そこで指令は止まっている」

 

「命令を書き込んでいる最中にコア・ネットワークから切断されたわけか」

 

「うん、だからどんな行動を起こすかは、束さんでもそのときになるまではわかんない。捕獲かそれとも、」

 

「一つ目と混ざって襲撃か……どちらにせよ下手に待機させて匿うよりは、沙良を出撃させた方が好手か」

 

 千冬は難しそうな顔で考え込む。

 福音襲撃まであと数十分。

 考えている時間すら惜しい。

 

「ちーちゃん」

 

「なんだ?」

 

「セラを、お願い」

 

 幼馴染の真摯としたお願いに、ポカンとしてしまう。

 他人を認識しない束が、自分で何でも出来ると豪語する天才が、完璧にして十全と謳う驕りの塊が、ただ一人のためにプライドを捨てたのだ。

 長く一緒にいた友人としてこれほど嬉しいことがあるか。

 千冬は無言で束の頭に手を置いた。

 

「どんなことがあろうとも成功させるのが私の仕事だ」 

 

 千冬は決意を胸に、私情を奥底に閉じ込め教師としての顔で声を張り上げる。

 

「全員注目!!」

 

 その声に、話し合っていた者たちも手を止め、千冬に意識を向ける。

 千冬は全員の視線が自分に集まっていることを確認し、再び声を張り上げる。

 

「 ただいまの時刻を持って、作戦を開始する。各自、準備にかかれ!!」

 

「「「「はい!!」」」」

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 太陽が高い位置から陽光を降り注ぎ、そこに立つ者のたちの表情と対照的に周囲を明るく照らす。

 

「来い、白式」

 

 その声に呼応するかのように、その身体が光に包まれると、ISアーマーに覆われた機体が姿を現す。

 

「一夏、準備は出来た?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 幼馴染の声に、真っ直ぐと頷きを返す。

 沙良は既に機体を纏っていて、シャルロットとの連結用ユニットの最終確認を行なっている。

 一夏は箒に運ばれることになったが、沙良たちとは違い、専用の連結ユニットは存在しないため、ただ背負われる形となる。

 最終的に強襲部隊は一夏、沙良、箒、シャルロットの四人となった。

 それぞれの高機動を以ってしての移動を沙良と箒が。

 一撃必殺の武装を持つ一夏が強襲を。

 その防御を生かした遊撃をシャルロットが担当する。

 既に、自分らの仕事を終えているシャルロットが箒を指差した。

 

「後は一夏と箒で準備完了だよ。箒も直ぐに動けると思うから」

 

「分かった。ちょっと行ってくる」

 

 軽くシャルロットに手を振って、人が集まっている方へ足を向ける。

 

「ここは……そういうことか。ならばこのような状況下では……いや、それでは」

 

「箒、そろそろだって。よろしく頼む」

 

「では、ここ――あぁ一夏か。もうそんな時間か」

 

 先に機体を纏って、旅館の警護組みの指導を受けていた箒に話しかける。

 

「では、行こうか」

 

 そう言って気丈に振舞う箒。

 しかし、伊達に幼馴染として一緒にいたわけではない。

 その瞳はどこか据わっており、表情は強張っている。

 そして何よりも、その右手は小刻みに動いている。

 それもそうだろう。箒は専用機を受け取ってからまだ一日も経ってはいない。

 あの束が初期化と最適化を行なったとしても操縦するのは一介の素人だ。

 その不安は推し量ることが出来ない。

 

――フォロー、しないとな

 

 一夏は所定の位置に腰を下ろす紅椿に近づき、その脚部スラスターに足を掛けて身体を安定させる。

 

『織斑、篠ノ之、深水、ルイス、聞こえるか?』

 

 開放回線(オープンチャネル)から千冬の声が聞こえる。

 

『今回の作戦の要は『One Shot One kill』だ。短時間の決着を心がけろ』

 

「「了解」」

 

「「de acuerdo (了解しました)」」

 

『――織斑、それにルイス』

 

 個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)による通信に、慌てて回線を切り替えて返事をする。

 

『はい』

 

『はい』

 

 なぜ、箒と沙良は呼ばれていないのだろう。

 

『織斑、篠ノ之を見ていてくれ。初めての実戦で力が入っている。リラックスしろとは言えんが、いざという時はサポートを任せた』

 

『わかりました』

 

『それにこれはまだ確定の情報じゃない。それを頭において聞いてくれ』

 

『沙良には伝えなくていいんですか?』

 

『あぁ、その沙良に関係のあることだ』

 

『どういうことですか?』

 

『……束のハッキングの結果、あることが分かった』

 

『それは?』

 

『敵の目標は、『IS学園臨海実習場の襲撃』とそれにもう一つ』

 

 そのもう一つを聞いて、一夏はその耳を疑っうことになる。

 

『深水沙良が狙われている』

 

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

『深水沙良が狙われている』

 

 その言葉に、シャルロットは頭が真っ白になる。

 

 何故?

 

 どうして?

 

 その想いが頭をずっと埋め尽くすが、すぐさまその考えをはじき出した。

 沙良が狙われるなんて今更じゃないか。

 

 自分だって沙良を殺そうとした(・・・・・・・・・)くせに。

 

 そうだ。何時だって沙良は狙われる立場にいるのだ。

 なら自分がしなければならないことは、ここでああだこうだ考えることではない。

 沙良を守る。

 

『分かりました。沙良は私が守ります』

 

『任せたぞ、ルイス』

 

 個人間秘匿通信から開放回線に切り替わった。

 そっと胸に手を当てる。

 

『では、作戦開始!!』

 

 海良の大型スラスターが爆音を放ち、金属の身体をはるか上空まで飛ばした。

 ものの数秒で目標高度である高度五百メートルに達した機体は、僅かの時間停止をする。

 それはシャルロットの仕事。

 

「暫時衛星リンク確立……照合完了」

 

 その完了の文字と同時に沙良がスラスターを噴かす。

 沙良とシャルロットの間ではわざわざデータのやり取りをする必要はない。

 同じ『シークエストシリーズ』である海良と空良にはコア・ネットワークと同じような簡易ネットワークが存在する。

 その間の情報のやり取りを全開放しておけば、その機体間での情報は共有される。

 しかし、箒と一夏はそういうわけには行かないので、ただ運ばれているシャルロットは箒に同じ情報を転送する。

 

「シャル、見えてきた」

 

「――!vale! (了解!)」

 

 ハイパーセンサーが伝えてくる敵機の外郭はまさにその名に相応しく銀色に輝いている。

 何よりも目を惹くのが頭部から生えるその巨大な翼。

 資料の通りならば大型スラスターと広域射撃武器を融合させた新型システム。

 

「加速するぞ! 目標に接触するのは十秒後だ。一夏、集中しろ!」

 

「ああ!」

 

 一夏と箒が、奇襲を掛ける。

 この一撃が一番成功率が高い。

 手に汗が握るが、ここで失敗した時のために自分も動かなければならない。

 直ぐさまフォローに回れるように指定のフォーメーションを構成しておく。

 白式が敵機に接触するまで五秒を切った。

 四。

 三。

 

『敵機確認。迎撃モードへ移行します』

 

(気付かれた!?)

 

 開放回線から漏れてくる抑揚のない機会音声。

 しかし、このタイミングは避けきれない。

 一夏の一撃必殺の切っ先が銀の装甲に迫る。

 当たった。

 そう思ったが、福音はスラスターを無茶に噴かせ、予想もつかない機動で剣戟を回避してしまう。

 それは奇襲失敗を意味する。

 

「シャル! 一夏の援護!」

 

「!vale!」

 

 奇襲が失敗したからといってそこで任務が終わりということではない。

 むしろ、シャルロットの仕事はここからだ。

 一夏にもう一度雪片を振らせる。

 その時間を稼ぐのが仕事だ。

 両手にCETMEを展開し、弾幕を張りながら福音に突っ込んでいく。

 その隙に一夏が福音から離れ、代わりに箒が福音に高速で突っ込んでいく。

 その箒の邪魔にならないように、射撃によって福音を誘導。その箒の突撃によって移動すると思われるところに持ち替えたガルシアを撃ち込む。

 

「シャル、Levin」

 

「!vale!」

 

 『Levin』、それはスペイン語で『稲妻』を意味している。

 それを沙良は違う意味で使っている。

 要は『突っ込め』ということだ。

 その指令どおりに両手にブレードを構え、勢い良く福音に突っ込む。

 

 もちろん黙ってみている福音でもない。

 銀色の翼。その装甲の一部が翼を広げるように開く。

 それが広域射撃武器、銀の鐘(シルバーベル)

 その砲口を全て自分に集めるため、シャルは分かりやすいように単調なリズムで接近を試みる。

 案の定、その砲口は此方を焼こうと矛先を向けている。

 

「DIVE!!」

 

 その砲弾に焼かれる前に、すぐさま叫びを上げる。

 パッケージにより追加された非固定部位である六枚の物理シールドとエネルギーシールドを自らの前面に配置し、そのまま盾で押しつぶすかのように体当たりを仕掛ける。

 砲口から高密度に圧縮されたエネルギーはまるで羽のような形をし、物理シールドに刺さっていく。

 爆発。

 シャルロットは咄嗟に使い物にならなくなったシールドを福音に投げつける。

 

(エネルギーグレネード……それに何て連射速度……)

 

 シールドは福音に当たることはなかったが、避ける方向を誘導された福音は、沙良のガルシアの一撃を食らうことになる。

 それを見逃すシャルロットではなかった。

 箒が右手に武装を構えたのを確認すると、右から誘うようにCETMEで弾幕を張る。

 

(少しでもこっちを意識してくれたら)

 

 案の定、福音は此方にその砲口を向ける。

 

「はあああっ!」

 

 注意をシャルロットが引きつけている隙に、箒が右手に持った刀で突きを放つ。

 それに呼応して赤いエネルギーの刃が福音向けて飛ばされていく。

 福音は捌き切ることが出来ずに防御という選択肢を取った。

 そのダメージは少なくなろうが、その身に攻撃が当たったという事実がこの場では一番重視される。

 なぜなら、当ててしまえば勝ちを拾ってくるような壊れ性能の武装がそこにあるのだから。

 

「うおおおっ!!」

 

 一夏が福音の真下から雪片を携え猛スピードで福音に突っ込む。

 防御体制を取っている福音には避けきれないだろう。

 

「はあっ!!」

 

 一夏の切っ先は確かに福音を掠める。

 だが、

 

「削りきれない!?」

 

 それにあろうことか、福音に背を向ける形となってしまった一夏に福音がその銃口を向ける。 

 

『La…………♪』

 

 甲高いマシンボイス。その刹那、ウィングスラスターはその砲門全てを一夏に向けた。

 

「一夏!!」

 

 沙良が叫びを上げる。

 それは悲鳴などというものではない。

 それは追撃を促す声。

 一夏はそれにきちんと応えた。

 沙良が、その高速で福音に突っ込み、その体勢を崩す。

 当たれば幸運、当たらなくてもこちらの思うように誘導できれば。

 そのような意図の突進だったのだが、幸運にも女神は微笑んだようだ。

 そのスラスターをも兼用している銀の鐘を、全て一夏に向けていたつけが回ってきたようだ。

 

「沙良!!」

 

 直撃。

 そのまま沙良は一夏の間合いまで福音を押し込む。

 そして高機動型のパッケージをパージした。

 そのパージされた装甲やスラスターは、福音に当たった瞬間に爆発を起こす。

 

――いける!!

 

 シャルロットは作戦の成功を確信した。

 

『――サラ。さら、沙良。深水――沙良』

 

「――っ!?」

 

 シャルロットは得も知らぬ寒気を感じた。

 一夏や沙良は気付いていない。

 

「やって、一夏!!」

 

 沙良が身体を使って無理やり福音の動きを阻害する。

 

「はあぁぁ!!」

 

 一夏が振りぬいた雪片は見事にその右腕部装甲を貫いた。

 弾き飛ぶ装甲。

 目に見えて減っていくエネルギー。

 

「よしっ!!」

 

 その現状を確認しようと一夏が振り向いた。

 

「え……」

 

 一夏がついその腕を垂らしてしまうのも無理はない。

 シャルロットだって、銃を投げ捨てて襲い掛かりたい気分なのだから。

 一夏とシャルロットの視線の先、その福音の腕が沙良の頭部を掴み、鉄紺のような深青の装甲を赤く染めていた。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

「シャルロット! 一夏!」

 

 箒からの声にハッとする。

 自分は何を呆けているのだと。

 すぐさま同期しているシークエストシステムによるステータスチェックを開く。

 そこには異常無しの文字。

 あの血液は沙良から流れ出たものではないことが分かる。

 

「一夏! あれは福音の搭乗者の血液だ! 沙良に異常は無いよ!」

 

「っ、そうか!」

 

 一夏はすぐさま気を取りなおし、雪片を構えようとする。

 

『La…………♪』

 

 しかし、そんな大きな隙を見逃してくれるほど銀の悪魔は優しくはなかった。

 沙良を一夏に放り投げると、その影に隠れるように一夏に手を伸ばす。

 その手が一夏の足首を掴んだ。

 

「一夏ぁ!!」

 

 箒がその様子に気付き、無茶を承知で突っ込んでくる。

 しかし、福音の中に優先順位でも存在するのか、箒のことは見向きもしない。

 一夏を武器のように振り回し沙良にぶつける事によって両者とも水面に向けて叩き落とすと、砲口を一夏と沙良に向けた。

 あの連射攻撃をあの近距離で受けるなんて、ISを装備していたとしてもひとたまりも無い。

 自分なら、耐えられるかもしれない。

 シャルロットはスラスターを最大に噴かす。

 

(お願い! お願い空良! 間に合わせて!! お願い!!)

 

 加速された思考の中で、二人にたどり着くまでの時間は気が狂いそうなほど長く感じる。

 スローモーションの世界で、シャルロットは光弾が放たれるのを確かに捉え、そして、

 

――一夏!?

 

 光の奔流から沙良を守るかのように、沙良を強くこちらに蹴り飛ばす一夏の姿を見た。

 沙良の驚愕の顔とは対照的に穏やかな表情を浮かべる一夏。そして、シャルロットに向けて唇を動かした。

 

 まかせた。

 

 その言葉に応えるように沙良を庇うように抱きしめた瞬間、爆発する光弾がシャルロットに降り注ぐ。

 相殺しきれない衝撃が、シャルロットの骨を軋ませ、装甲が剥がれていく。

 しかし、それでもシャルロットの機体は耐え抜く。

 エネルギーとは関係無しに、あらゆる攻撃を耐え抜く装甲。

 堅さを重視した『シークエスト』だから耐えられる。

 しかし、高機動型の一夏はそうは行かない。シャルロットとは反対に機動力を得るために、装甲を薄くしているのだから。

 

「いちかぁああああ!!!!」

 

 沙良の悲鳴が戦場に響いた。




学校の文化祭が六日までありますので、更新が少し止まります。
文化祭が終わり次第続きを上げますので、次の更新は七日か八日になると思います。
少し期間が開いてしまいますが、学校近くの友人宅に三日間お邪魔させていただくので、パソコン自体が手元に無い状態が続きます。どうかご容赦ください。

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