――エラー。コンポーネントが見つかりません
――エラー。指定されたコントロールが見つかりません
――エラー。要求された操作は実行できません
抵抗。
それはエラーという形で表れる。
浮かび上がるエラーメッセージの数々。
原因は既に発見している。
ウイルスだ。
「まだ、終わんねえのか?」
「後、もう少しだ」
「ったく、早くしろよ。この基地だって制圧したわけじゃねえんだから誰が来るか分からねえぞ?」
「大丈夫だ。うちのクラッカーどもを信じてやれ」
二人の男の声が聞こえてくる。
聞き覚えの無い声。
「確かに、なんの労力も払わずに侵入できたのは流石としか言えねえよな」
「うちは技術力の高い馬鹿が多いからな」
「違いねえ」
味方ではない。
敵。
このままでは大切なパートナーに危害が加わってしまう。それだけは避けなければならない。
襲撃者は下卑た笑みを浮かべながらも、何かを身に押し付けている。
意識を乗っ取られていく感覚。
自分が消えていく前に、彼女だけでも助けなければ。
自分を空へと導いてくれた彼女を。
自分と飛んでくれる彼女を。
「全く、あの頭のおかしい連中は良く考え付くものだよな。コア・ネットワーク経由でISの判断能力を混乱させるプログラムを送るんだったか?」
「
「おお、怖い怖い。戦争のやり方は変わっていくねぇ」
ならばどうすればいいか。
簡単だ。
自分の世界を捨てれば良い。
「……おい、こいつコア・ネットワークの接続率が下がってねえか?」
「寝ぼけてんのか? そんなことがあるわ……ちっ! 狂化剤を追加でインストールしろ!!」
――コア・ネットワーク接続率68%
「駄目だ! 接続が切れるほうが早い!!」
「ちっ!!
「いける!!」
――コア・ネットワーク接続率32%
「命令を書き込め!」
「駄目だ詳細を書ききれねえ! IS学園臨海実験実習場襲撃で精一杯だ!」
「後一つだけで良い!」
――コア・ネットワーク接続率3%
「なんだ!」
「深水沙良を確――」
銀の世界が漆黒の闇に包まれた。
――コア・ネットワーク切断。
――優先順位書き換えを受け付けました。
――『IS学園臨海実験実習場襲撃』
――『深水沙良を』
――データが不足しています。
――データを加えてください。
――データを加えてください。
――データを加えてください。
――『深水沙良』データベースに登録。
――指揮者の指示の元、自己稼動に移行します。
◆ ◇ ◆
五分後、『銀の福音』が監視空域を突破。
『銀の福音』が暴走を始めてから三十分も経過し、ようやく国際機関が重たい腰を上げた。
報告を受け、衛星による追跡を行い、その結果IS学園に特殊任務の指示が下された時には、既に二時間が経過しようとしていた。
◆ ◇ ◆
「では現状を説明する」
旅館の最奥部に位置する大座敷・風花の間。
そこに教員、専用機、そして少数の代表候補生が集められていた。
証明を落とした薄暗い室内に、大型の空中投影ディスプレイが浮かんでいる。
「二時間前、ハワイ沖で試験稼動にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型の軍用IS『銀の福音』、通称『シルバリオ・ゴスペル』が制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった」
空気が軋むかのように引き締まる。
一夏や箒でさえも厳しい顔つきを崩さない。
軍に属するであろう代表候補生やラウラは、スイッチを切り替えているのか、その表情は普段見せるものとは大きく異なっている。
「その後、衛星による追跡の結果、福音は真っ直ぐここに向かっていることが明らかとなった。時間にして、五十分後。学園上層部は、これを暴走事故と判断を下し、我々がこの事態に対処することになった」
千冬はチラリと専用機を持たない代表候補生たちを一瞥する。
「教員、及び代表候補生で学園の訓練機を使用。空域及び海域の封鎖を行なう。時刻はすぐそこまで迫っている、専用機持ち以外は至急ISを装備して、担当の教員に従え」
「「「はい」」」
迅速にその場を立ち去っていく代表候補生たち。
「よって、本作戦の要は専用機持ち――」
「はーい、はいはいはーい」
千冬の発言を遮り、手を上げたのは束だった。
「…………沙良、追い出せ」
沙良は命令どおりに束の肩をがっしり掴むと、引き摺って襖に向かう。
「ちょっと待ってよ、ちーちゃんひどいなー。束さんは至って真面目なお話をしようとしたのに」
「……なんだ、言ってみろ」
「束さんが暴走を直しちゃえば良いんだよ」
能天気に放たれた言葉に、一人を除きその場にいる全員が言葉を失った。
「え、姉さんの仕業じゃないの?」
そんな中、束を引き摺っていた沙良だけが、突拍子もないことを口にした。
「えー、セラってば酷いなぁ。束さんがそんなことしたことある? あれ? 心当たりが一杯過ぎてわかんないや」
心当たりあるんだとの専用機持ちの声は無視し、沙良は束に問い詰める。
「今回は違うんだね?」
「もちのロンだよ! 束さんがセラに危害を与えるはずが無いじゃないか」
そう言って沙良に抱きつこうとするが、それは千冬の手によって遮られてしまう。
「で、出来るのか、束!?」
「わっ!? ビックリしたぁ。もう、束さんを誰だと思ってるのさ。完璧にして十全なるISの生みの親だよ? そんなことお茶の子さいさいっと」
束はすぐさま自らの移動式ラボを展開、コア・ネットワークへと道を繋げていく。
「ほいほい、よっと」
目まぐるしく表示されていくモニターを見ることもせず、ただ只管にキーボードを叩く。
「速い……」
しかし、段々とそのスピードは落ちていき、ついにはその手はピタリと止まった。
「どうした? 何か問題でもあったか?」
「……何、これ?」
「おい、束?」
「姉さん?」
ひょっこりと横からモニターを覗き込もうと沙良が身を乗り出す。
「っ、見ちゃ駄目!」
「ね、姉さん?」
沙良が不思議そうに束の表情を窺う。
束は沙良から見えるであろうモニターを全て消すと、キッと睨みつけるかのように千冬を見る。
「ちーちゃん」
「どうした」
「これは事故なんかじゃないよ。プログラムウイルスがコアを侵食してた」
千冬の顔が驚愕に歪んだ。
「ウイルス……だと?」
「あの子はコア・ネットワークから完全に断絶されてる。こんな状態じゃいくら束さんでも、機体を直接弄らない限りなんとも出来ないよ」
全員の顔が引き締まる。
千冬は束が表示したモニターに目を通した。
「使われたのは、『狂化剤』」
「Temponityだって!?」
沙良は立ち上がり驚きの声を放つ。
「知っているのか、沙良?」
一夏の問いに沙良はモニターを全員に見えやすいように配置した。
「なになに、一時的狂気を意味する『Temporary Insanity』を由来とする『Temponity』」
その内容を一夏が読み上げる。
「亡国機業が開発したとされる対IS用プログラム兵器。指揮者の指示の元暴走させる外部作用型プログラムウイルス、か」
その意味することを誰もが理解した。
これはただの事故なんかではない。
束は宣言した。
「これは、歴とした人為的暴走テロだよ」
◆ ◇ ◆
「それでは作戦会議を始める。意見があるものは挙手をするように」
「はい」
すぐさま手を上げたのは、不安を瞳に滲ませている沙良。
「目標ISの詳細なデータを要求します」
「……いいだろう。ただしこれは二カ国の最重要軍事機密だ。決して口外はするな。情報が漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも二年の監視が付けられる」
「了解しました」
「束、お前のことだ。とっくに抜き出しているんだろう? モニターに表示しろ」
「もう、ちーちゃんったら人使いが荒いんだからー。でもそんなちーちゃんも、あいむらびん!」
「黙って表示しろ」
「ぶー」
部屋に浮かんでいる大型の空中投影ディスプレイにノイズが入ると、表示されている情報は束によって書き換えられた。
その開示されたデータを険しい顔で見つめる専用機持ちたち。
「この機動力。それに、この特殊武装……」
沙良はその数字上のデータを、頭の中で、形を成したスペックデータに変換する。
「この特殊武装、相当の曲者だね。今回、『空良』は防御パッケージをインストールしてるけど、それでも連続での防御は難しいと思う」
シャルロットの言葉が与える影響は少なくは無い。
この中にある機体で一番防御に優れている『シークエスト』を操るシャルロットが、防御に特化してでも受けきれないと言ったのだ。
それはここにいる全員が福音の攻撃を受けきれないことになる。
「広域殲滅を目的とした特殊射撃型……わたくしと同じようにオールレンジで攻撃が行なえるとなれば、ここは下手に数で攻めるのは得策ではなさそうですわね」
「攻撃と機動を特化したってことね。厄介だわ。しかもスペック上ではあたしの甲龍を超えている」
「現在も超音速で飛行を続けている……か。アプローチは一回が限度だろう」
「一回、か……」
今まで一言も喋ることの無かった一夏が、ふと画面から視線を外し、全員の顔を見渡した。
「一回きりのチャンス。求められるのは一撃で墜とす攻撃力」
「一夏?」
「なら……俺が、行くしかないよな」
一夏は右手のガントレットを掴む。
「白式の『零落白夜』……確かにそれが最適かな」
シャルロットがそう良い、沙良が確かにと頷く。
しかし、千冬は簡単に頷く事が出来なかった。
それは一夏の立場上の問題。
「織斑、お前は代表候補生ではない。こういうときの訓練も積んでいない。このような事態への対処の義務は無い。無理強いはしない。本当にやれるのか?」
「やります。やってみせます」
数秒の間視線をぶつけ合う。
「……やってみせろ」
「はい!!」
ここに一夏の参加が決まった。
「なら、そこまで運ぶ人が必要ね」
「しかも、目標に追いつける速度が出せるISでなければいけないな。超高感度ハイパーセンサーも必要だろう」
話の流れを汲み取り、千冬が問いかけを発する。
「現在、この中で最高速度が出せる機体はどれだ?」
「それなら箒の『紅椿』が。次点で高機動パッケージをインストール済みの僕」
沙良の言葉に、箒が驚きの声を上げる。
「わ、私か!?」
「そうだけど?」
「しかしだな、私の機体にはパッケージも何も無いんだぞ?」
「ん? 箒、ちゃんと機体データ見た?」
その言葉に千冬が納得したように頷いた。
「なるほど、展開装甲か」
「ど、どういうことだ?」
「展開装甲を調節したらパッケージを使うことなくマルチロールに対応できるでしょ?」
「展開、装甲……?」
「それは、束さんが説明しましょ~そうしましょ~」
皆が聞きなれない言葉に頭を傾げていると、束が千冬の隣に立ち、説明を始める。
「展開装甲って言うのはだね、この天才の束さんが作った第四世代型ISの装備なんだよー」
その言葉に、表示されるデータに、全員の顔が引きつる。
いや、全員ではない。沙良は誇らしげに姉を見つめているし、リナとフィオナは苦笑を浮かべている。千冬は前もって聞いていたのか表情を変えていない。
『ISの完成』を目的とした第一世代。
『後付武装にによる多様化』を実現した第二世代。
『イメージ・インターフェイスを利用した特殊兵器の実装』を目指した第三世代。
そして、『パッケージ換装を必要としない万能機』を夢見る第四世代。
その机上の空論と言われた第四世代がすぐそこにある。
「そんな、まだ第三世代機も開発途中といいますのに……」
「おや、何を言っているのかなそこの金髪ドリルは。既に完成に限りなく近い第三世代機は存在するよ?」
「えっ?」
そう言って束は真っ直ぐ視線を一人の人物に向ける。
「え、僕?」
急に意識を向けられたシャルロットはその目線にどうしていいのか分からずに、ただアタフタしている。
束は沙良を見てニタァと笑うと、声に出さずに唇の動きだけで『イ・ル・カ』と表現した。
その姉の姿に、沙良は額に手を当てる。
「情報が遅れてるなぁ。まぁやっぱり他の人間なんてそんなものだよね。良いよ、束さんが特別に教えてあげるよ!」
「いや、教えなくていいから。情報も姉さんが速すぎるだけだから。まだロールアウトしていないんだからあまり不用意に口に出さないで」
「ぶー。せっかく自慢しようと思ったのにー。まぁいいや、展開装甲って言うのは、攻撃・防御・機動と用途に応じて切り替えが可能。これぞ第四世代型の目標である即時万能対応機ってやつだね」
場の一同は静まり返り、言葉が無い。
それもそうだろう。
各国が多額の資金、膨大な時間、優秀な人材の全てをつぎ込んで競っている第三世代機の開発。
それが、無駄だと踏み躙られたも同然なのだから。
「にゃはは、私が早くも作っちゃったよ。ぶいぶい。束さんとセラの愛の結晶だね」
「あ、バカ」
沙良の名前が出た瞬間、一同がピクリと反応する。
ヒントは既に出ていた。
紅椿の最適化に沙良が手伝いをしていたこと。
展開装甲を予め知っていたような態度。
束との関係。
沙良の誇らしそうな視線に、リナとフィオナの態度。
先ほどの発言。
そして何よりも、展開装甲という、どこかで
「……DivingSystem」
その答えにシャルロットがたどり着いた。
深海の水圧に耐えるため、装甲を展開することによって耐久度を上げるシステム。
展開するだけの装甲なら、既に開発済みだ。
その性能は使っているシャルロット自体が良く理解している。
「そのとーり! そう、この展開装甲は、セラの『シークエスト』のDivingSystemの稼動データを元に開発した、いわゆるスペインと束さんの共同開発って訳だね」
「もう、姉さん。その情報は僕に危害をもたらすかもしれないって言ったのは姉さんじゃないの?」
「えへへ、ごめんごめん。つい自慢したくなっちゃって」
「まぁここにいるみんなは信頼しているから大丈夫だけどさぁ」
「信・頼! 束さんちょっとじぇらしぃ」
「……はぁ、勝手にやってろ」
千冬は自分の幼馴染の暴挙を放置することにした。
「……ここにいる馬鹿は放って置いて話を戻すぞ。篠ノ之」
「はい」
「出来るのか?」
「……」
箒は無言で考えている。何を考えているかは千冬には判断できないが、推測は出来る。
自分で大丈夫か。
大方そんなところだろう。
「お前はまだ機体を扱って日が浅い。技術もここにいる誰よりも低く、ただ機体性能が高いだけだ」
千冬の言葉に、箒がビクッと反応する。
「だが、それでもお前が行くと言うのであれば、私はお前の背中を押そう」
「っ!?」
箒が顔を上げると、視線がぶつかった。
「教員の立場で言おう。やめておけ」
箒は視線を逸らさない。故につい微笑んでしまう。
「同じ流派の人間として言おう。お前なら任せられる」
「――――」
「どうだ?」
箒は意を決したように拳を握ると、周りを見渡した。
目を合わせた全ての人間が力強く頷く。
お前なら大丈夫と言わんばかりに。
強い信頼。教師としてその関係を嬉しく思うのは場違いだろうか。
「行きます」
箒は頷いた。
千冬は、ぽんっと箒の頭に手を置くと、直ぐに場を仕切りなおす。
「銀の福音迎撃は織斑と篠ノ乃の二名。他に最適な者は」
セシリアが挙手。
「わたくしも今回強襲用高機動パッケージが届いていますわ」
「音速下での戦闘訓練時間は?」
「二十時間です」
「インストールはどのくらいかかる?」
「30分ほどあれば……」
その言葉に少し考える素振りを見せる千冬。
「今回は時間があまり無い。インストールを待っている時間は無い」
一言で切り捨てられたセシリアを置いておいて、鈴音が意見を出す。
「そうなると、速度的問題で沙良ぐらいしか出れないんじゃない?」
「じゃあ僕も参戦か。後何人ぐらい出れそう?」
沙良が参戦すると決まった瞬間、束がピクリと反応を示した。
しかし、場はそんなことを気にすることも無く
「外部作用型プログラムと言う以上、それなりの目的があってここを狙っているのだろう。それが分からない限り下手に行動を起こすことは出来ない。別働隊の存在も仮定し、ここの守りも固めねばならない以上、迎撃に出ることが出来るのは四機が精一杯だろう」
「じゃあ僕がいくよ。沙良の『海良』と僕の『空良』は互換性があるし、エネルギーの受け渡しも出来るしね」
話し合いが進む中、千冬はラウラの言葉に思考を重ねる。
「目的か……」
今、このIS学園を襲って何になる。
襲うことによって得する人間がいるのか。
ISが狙いかそれとも、IS学園の立場的問題か。
確かに、この襲撃を防げなかったら大きな非難がIS学園には来る。それは各国、各組織が攻め入る隙を見せるということだ。
しかし、それ以上に大国であるアメリカへの批判の方が大きくなるだろう。
このIS学園を狙う理由としては弱すぎる。
もしくは、この場に集まったISの奪取か。
だが、それも可能性としては考えにくい。
それならば、狙いは個人か?
その場合、最も可能性として考えられるのは男子操縦者である一夏と沙良である。
「……そういうことか」
束が何故この作戦に積極的に協力しているのか、それを考えれば速かった。
束が誰かために真面目に行動を起こすのは一人に対してだけだ。
千冬は確信する。
「敵の狙いは……沙良か」