IS 深海の探索者   作:雨夜 亜由

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第五十一話 覚悟の紅

「セラーーーーーー!!!!」

 

 沙良の声に反応したうさ耳は無理やり軌道を変えると、両手を広げて海岸から歩いてきた沙良に飛び掛った。

 

「うわっ!」

 

「セラだぁ、久しぶりのセラのにおいだぁ。くんくん、くんくん」

 

「ね、姉さん重たいよ! てか何でここに居るの!?」

 

 束が沙良の首筋に鼻を押し付ける。

 それは匂いを嗅ぐというよりは、自分の匂いを付ける動作。

 

「ちょ、くすぐったいよう」

 

「ふっふっふ、良いではないか、良いではないかー」

 

 そう言いつつも、久しぶりの束とのスキンシップに、沙良は嫌そうな顔をしない。

 それどころか、少し嬉しそうな顔を見せる。

 それに調子に乗ってか、束は回した腕に力を込める。

 次の瞬間、そのまま地面に押し倒された。

 

「ちょっ!?」

 

 束は沙良に覆いかぶさる形で沙良の頬に頬をこすり付ける。

 そしてISスーツを着ている沙良の体を撫で回していく。

 

「ね、姉さん!?」

 

「さあ、イチャイチャしよう! むしろこのまま子作――」

 

「止めろ」

 

 千冬は沙良に抱きついている束の首根っこを掴み上げると、沙良から引き剥がした。

 

「ああぁ……ちょっと、ちーちゃん! 今大事なところなんだよ!? 束さんのヒーリングタイムなんだよ!?」

 

「うちの生徒たちが困っている、スキンシップは後にしろ」

 

 千冬が束を引き剥がしているうちに、いつの間にかフィオナとシャルロットが沙良の前に出る。

 リナは沙良に手を伸ばし、その身体を引っ張ってくれる。

 しっかりと立って周りの様子を窺うと、シャルロットもフィオナもリナも目に見えて不機嫌である。

 

「む、なんだい、そこの小娘達は。束さんと沙良との間に立たないでくれるかな?」

 

 シャルロットはプイっと横を向く。

 

「……金髪は知らないけど、そっちの茶髪は何回かエスパーニャで見たことあるなぁ。……ああ、思い出したよ。狐の部下――」

 

「束、いい加減にしろ。沙良が困っているぞ?」

 

 今度こそアイアンクローを決めることが出来た千冬は、握力を以ってして、束の発言を食い止める。

 

「ぐぬぬぬ……相変わらず容赦の無いアイアンクローだねっ」

 

 束はその容赦の無いアイアンクローから簡単に抜け出すと、目的を思い出したかのように、手を打った。

 

「いやいや、あまりのサプライズに束さん混乱しちゃったよ」

 

 何人の生徒が「こっちの台詞だ!」と心の中で思っただろう。

 

「それはこっちの台詞です」

 

 その思念を読み取ったのか、代表して箒が答えた。

 その箒にテクテクと近づくと片手を挙げる。

 

「やあ!」

 

「……どうも」

 

「えへへ、昨日ぶりだね。ちゃんと会うのは久しぶりかなぁ。綺麗になったね、箒ちゃん。特に……」

 

 そうして妙な間を作った束の視線は、箒の双丘に注がれている。

 その束の視線に気付いた多くの生徒が箒の胸に視線を集めていく。

 

「ど、どこを見てっ」

 

 その視線に気付いた箒は胸を隠すように腕を抱いたが、その結果として胸が潰され、余計に注目を浴びてしまう。

 どこかしらか恨み言が聞こえてきたような気もするが、全ての生徒が触らぬ神に祟り無しとそれをスルーしている。

 

「えっと、この合宿では関係者以外――」

 

「んん? 珍妙奇天烈なことを言うね。ISの関係者というなら、一番はこの束さんをおいて他には居ないよ」

 

「えっ、あっ、はいっ。そ、そうですね……」

 

 空気に呑まれかかっていた一同を代表して、束に声を掛けた真耶だったが、それも束の一言であっさりと切り捨てられてしまう。

 そこで、千冬が助け舟を出した。

 

「おい束。自己紹介くらいしろ」

 

「えー、めんどくさいなぁ」

 

 千冬のこめかみに青筋が浮いているのを見てしまった沙良は、咄嗟に束の手を取って嘆願する。

 

「ぼ、僕、姉さんをみんなに知って欲しいなぁ」

 

 本心では千冬の怒りを爆発させないためだが、形振り構っている場合ではない。

 束は沙良にはとても甘いため、これで言うことを聞いてくれるはずだ。

 

「はい、私が天才の束さんだよ、はろー」

 

 狙い通り、束は沙良の言うことを聞いてくれたようだ。

 くるりんと回ってポーズを取って、沙良に褒めて欲しそうに頭を差し出している。

 それを良い子良い子と撫でていると、ようやくぽかんとしていた生徒たちも現実に戻ってきたようだ。

 目の前に居るのがISの開発者にして天才科学者・篠ノ之束だと気付いたらしく、生徒がにわかに騒がしくなる。

 

「おっと、国と連絡を取ろうとしても無駄だよ? この近辺には通信妨害をしておいたからね!」

 

 その言葉に端末を操作した少数の生徒の手が止まる。

 

「セラ」

 

 小声で囁かれた沙良は、ただ頷きを返した。

 今、端末に手を伸ばしたのはアメリカとイタリア、中国、オーストラリア、メキシコ、そして日本の生徒。

 

「人気者だね、姉さん」

 

「ふふふ、束さんが人気者で沙良は嬉しいかな?」

 

「うーん、ちょっと心配かな」

 

 そのまま危険になる部類の人気だし。

 そう締めくくると、束はへにゃっと笑った。

 大方、沙良に心配されて嬉しかったという所だろう。

 

「はぁ……。もう少しまともに出来んのか、お前は。そら、そこの一年、手が止まっているぞ。こいつのことは無視してテストを続けろ」

 

 端末を操作していた生徒は、慌てて作業に戻った。暗に束に関わるなとも受け取れる発言を個人を特定して伝えたわけだ、内心では真っ青だろう。

 

「こいつはひどいなぁ、らぶりぃ束さんと呼んでもいいよ?」

 

「うるさい、黙れ」

 

「うぅ、セラぁ、ちーちゃんがいじめるよぅ」

 

「よしよし」

 

「沙良……あまり甘やかすな。後が面倒くさい」

 

 千冬は深いため息をつくと、教師の顔に戻った。

 

「さっきも言ったが、こいつは無視して構わない。山田先生は各班のサポートをお願いします」

 

「わ、わかりました」

 

「むむ、ちーちゃんが優しい……。束さんは激しくじぇらしぃ。このオッパイ魔神め、たぶらかしたな~!」

 

 言うなり、真耶に飛び掛ろうとする束。

 その手が真耶の豊満な膨らみを鷲づかみにする寸前に、沙良が束を引き止める。

 

「ダメだよ、姉さん。先生の邪魔しないの!」

 

「だって、あのオッパイ魔神がちーちゃんを!」

 

「やめろバカ。大体、胸ならお前も充分にあるだろうが」

 

「てへへ、ちーちゃんのえっち」

 

「死ね」

 

 千冬の蹴りを食らって砂浜に顔から突っ込む束。これが一人で基礎理論と実証機を開発した稀代の天才とは思えないだろう。

 顔の砂を手で払いぶーぶー言う姿は研究者というには程遠い。

 

「で、では私はこれで……」

 

 ためらいがちにこの場から逃げ出そうとする箒。しかし、それを束は許さなかった。

 

「ちょーっと待ったー! 今回は箒ちゃんのために来たんだから!」

 

 その言葉に、箒は本気で嫌な顔を作った。

 

「さあ、大空をご覧あれ!」

 

 びしっと青空を指差した束に従って、箒もそして他の生徒も空を見上げる。

 

「「「…………?」」」

 

 しかし、いくら待っても何も起きない。

 

「……何もありませんが?」

 

 そう言って視線を束に戻すと、そこにあったのは海に浮かぶ箱であった。

 

「空を見させた意味は……」

 

 箒の言葉を盛大にスルーして束は指を鳴らす。

 それを合図に、箱らしき物体が分解されて海に沈んでいった。そこに残されたのは一つの紅。

 

「じゃじゃーん! これが箒ちゃん専用機こと『紅椿』! 束さんお手製の最新鋭機にして最高性能機だよ!」

 

 真紅の装甲で構成されたそのスタイリッシュな機体は、逆光のなか圧倒的な存在感を持って顕在した。

 

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

「これが……」

 

 箒は思わず身震いする。

 見るからにハイスペック。

 自分では力不足とは分かっているが、それでも手を伸ばすしかない。

 

「さあ! 箒ちゃん、今からフィッティングとパーソナライズを始めようか! 私が補佐するからすぐに終わるよん♪」

 

「……それでは、お願いします」

 

「はいはい、任せちゃってー。あ、そうだ、セラも手伝ってよ。あれ(・・)がどうなってるか見たいでしょ?」

 

「あーそうだね、分かった。じゃあ、僕があれ(・・)を担当するね」

 

 二人の言う「あれ」が何なのかは箒には分からない。

 ただ分かるのは、

 

――それが、身に余る力だということ。

 

 箒は切歯扼腕、悔しさを押さえ込む。

 

「あの専用機って篠ノ之さんがもらえるの……? 身内ってだけで」

 

「だよねぇ。なんかずるいよねぇ」

 

「ただの七光りじゃない」

 

 ISによって強化された聴覚が群集から聞きたくなかった言葉を拾い上げる。

 

 身内ってだけ。

 ただ、身内というだけで故郷を追われ、各地を転々とし、大切な人と引き離され、一生監視されながら生きていく運命を背負わされる。

 

 だが、身内というだけで、世界に抗う力を手に入れることも出来る。

 

 しかしそれは、別に欲しくもなかった力。関わりたくもなかった力。それと同時に、手に入れないといけない力。

 

――お前たちに、私の何が分かるというのだ。

 

 抑えてた感情が、堰を切ったように零れていく。

 

――お前たちに私の苦しみの少しでも分かるというのか。

 

「お前たちにっ――」

 

「そこ、うるさい」

 

「……沙良?」

 

 箒が異を吼える前に、大切な幼馴染がその怒りを顕にした。

 

「七光りだって? あまりふざけた事言わないでよ。まともに箒に相対したこともないようなやつが、偉そうに語らないで」

 

 箒は自分のために声を上げる沙良の背中をジッと見つめる。

 

「君たちは箒が何もしてこなかったと思ってるの? 何も悩んでこなかったって思っているの? 専用機を受けるに値する対価を払ったとは考えられないの?」

 

 それは箒の胸にすっと入ってきた。

 ちゃんと見てくれている。それだけで先ほどのもやもやとした想いが軽くなる。

 

「さ、沙良、私は大丈夫だ。そんな戯言など気にしてはいない」

 

 いや、気にならなくなった、という方が正しいか。

 

――篠ノ之束の妹ではなく、篠ノ之箒を見てくれる者がいるなら、私は大丈夫だ。

 

 沙良の頭をそっと撫でる。

 

「でも、不平等じゃない……」

 

 沙良の怒りを受けた生徒は、背に冷たい視線を受けながらもぼそりと呟いた。

「おやおや、歴史の勉強をしたことがないのかな? 有史以来、世界が平等であったことなど一度もないよ」

 

 ピンポイントで指摘を受けた女子は気まずそうに作業に戻っていく。それを束は興味なさそうに流して調節を続ける。

 

「箒」

 

 呼ばれた名前に気を向けると、一夏がこちらを心配そうに窺っていた。

 大切な幼馴染たちの視線を確かに感じる。

 

「ああ、大丈夫だ」

 

「そっか」

 

 短いやり取りだが、これで充分だ。

 理解者が二人もいれば自分は立てる。

 

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

「んじゃ、試運転も兼ねて飛んでみてよ。箒ちゃんのイメージ通りに動くはずだよ」

 

「ええ。それでは試してみます」

 

 箒は瞳を閉じて、意識を集中させる。

 連結されているケーブル類が外れていくのを身体で感じ、最後のケーブルが外れた時、その身を空に躍らせた。

 

「っ!?」

 

 自分でも予想外のスピード。

 そして何よりも、

 

――タイムラグが無い。

 

 今まで訓練機を使っていたときは、機体が箒の反応について来れないことが多々あった。

 しかし、この機体は違う。

 この機体は箒の反応を置いていく(・・・・・・・・・・)

 

「どうどう? 箒ちゃんが思った以上に(・・・・・・)動くでしょう?」

 

「えぇ、まぁ……」

 

 機械としては破格の性能。それは、機体に振り回されることを意味する。

 

「これを使いこなすのが私の仕事か」

 

 箒は自虐の笑みを浮かべる。

 何を弱気になっているのだと、自分を叱咤する。

 

「じゃあ、武装を使ってみてよー。右が『雨月』、左が『空裂』ね。武装特性のデータを送るよん」

 

 目の前にメッセージが開き、データが表示される。

 

「『雨月』が打突に合わせ、刃部分からエネルギー刃を放出する特殊機構武装。その有効射程は百~二百。光学銃のトリガーが打突になったものと思ってくれたらいいよ。そして『空裂』が斬撃に合わせて帯状の攻性エネルギーを展開する集団向けの特殊機構武装だよ」

 

 沙良の説明を頭に留めつつ、右の刀を軽く振るう。

 その刀は周囲に赤いエネルギーを展開し、突きと同時に一斉に光の弾丸で雲を消し飛ばした。

 

「雲を蒸発させるのか……!?」

 

 一夏の驚きも無理もない。

 その武装を放った本人ですらその威力に口をポカンと開けているのだから。

 

「いっくよー」

 

 束が十六連装ミサイルポッドを展開、箒にロックを掛けると、躊躇いも無くスイッチを押し込んだ。

 

「箒!」

 

 一夏の叫びを掻き消すように殺到するミサイル。

 それを左の刀を振るうことで撃墜する。

 その『空裂』から展開したエネルギーの帯は、見事全てのミサイルを捉えた。

 

「すげえ……」

 

 一夏の呟きも耳に届かないかのように箒は爆煙を見つめ、そして自分の両手を見る。

 

――これが、私の専用機……私が背負わなければならない力。

 

 箒は震える拳を強く握り締める。

 

「これは、武者震いだ……。力を恐れるな、力に溺れるな……」

 

――決めたのは他の誰でもない自分だ。私は、自分で選択したのだ。

 

 煙が晴れた後にそこに佇むその威風堂々とした姿は、覚悟に満ち溢れていた。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 地上に降り立った箒に、専用機持ちが集まってくる。

 その中でももっとも早く箒に駆け寄ったのは沙良である。

 

「どうだった、箒?」

 

 それはただ機体について聞いたわけではない。

 今までの箒を見てきた沙良だから出来る問いかけ。

 それに箒は気づいたようだ。

 

「ああ、私には重たいが、きちんと背負いきって見せるよ」

 

 そう微笑む箒は、芯を打ち直したように見える。

 

「ふふ、箒はそうでなくちゃ」

 

 芯の強さ。箒の強さはそこにある。だからか、覚悟を決めた箒の姿は眩しく見える。

 箒は紅椿を立たした状態で、機体から飛び降りた。

 

「この後はどうすれば良いのだ?」

 

「もうパーソナライズ終わってるから、待機状態に戻してもいいと思うよ? 僕らと違って追加武装があるわけじゃないし、この合宿中は特に試験も無いしね」

 

「なるほど」

 

 箒は紅椿の装甲に触れる。

 その箒の触れたところから光の粒子に変わっていき、箒の手の上に金と銀の鈴二つがついた赤い紐だけが残された。

 

「たっ、た、大変です! お、おお、織斑先生っ!」

 

 その声に惹かれて、視線を其方に向けると真耶が慌てて千冬に駆け寄る姿が確認できる。

 その尋常ではない様子に、箒たちの視線もそちらを向いた。

 

「どうした?」

 

「こ、こっ、これをっ!」

 

「特命任務レベルA、現時刻より対策を始められたし……」

 

「それが……」

 

 真耶は箒たちの視線に気付いたようで、咄嗟に手話でのやり取りに切り替えた。

 

「なんだ?」

 

「何かあったのかしら」

 

「あの様子は、尋常ではありませんわよ」

 

「…………ハワイ沖、至急対策だと?」

 

「ラウラ、あの手話がわかるのか?」

 

 その手話が解読できたのはラウラだけではない。

 その意味を理解できた沙良は、顔色を変える。

 

「そんな……ISの暴走だって!?」

 

 沙良の言葉に、専用機持ち一同が息を呑む。

 

「それでは、私は他の先生たちにも連絡してきますのでっ!」

 

「了解した。――全員、注目!」

 

 千冬は手を鳴らし、生徒の注目を集める。

 

「現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る。今日のテスト稼動は中止。各班、ISを片付けて旅館に戻れ。連絡があるまで各自室内待機すること。代表候補生、専用機持ちは全員集合しろ!!」

 

 専用機持ちは全員が気を引き締めた顔をして、千冬の前に集まる。

 

「お前らは付いて来い!」

 

 そう言って急ぎ足で旅館に戻っていく。

 

「このタイミングでISの暴走事件……個人を狙った作為的なものじゃないと良いけど」

 

 沙良は言いがたい不安に駆られ、胸をざわつかせるのだった。


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