IS 深海の探索者   作:雨夜 亜由

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第五十話 西会話

「随分楽しそうに話してたよね」

 

 沙良が手元の書類を捲りながらシャルロットに話しかける。

 恐らくは明日届くであろう新しいパッケージの確認であろう。シャルロットの元にも同じものがあるが、未だに目を通していない。

 

「まぁ、織斑先生は楽しそうだったね」

 

 自分は話したくない自分の恥部を晒す事になったため、精神的なダメージを負っただけに等しい。

 いや、あの場で沙良が好きと宣言したことによって、少しは前進したのかもしれないが。

 

「みんなは何を話してたの?」

 

「それは女の子の秘密だよ」

 

 流石に、その内容を沙良の耳に入れるわけにはいかない。

 もし知られてしまったら、恥ずかしさのあまりシャルロットの脳髄は沸騰してしまうだろう。

 

「ふーん」

 

 沙良もそこまで興味があったわけではないようで、軽く流してくれる。

 すぐに書面に目を通す作業に戻ってしまった。

 お互いの会話が止まる。

 ただ、紙を捲る音が夜の静寂に漂うだけ。

 それでも居辛さ等は感じない。

 すぐ近くにお互いの存在を感じられる穏やかな時間に、シャルロットは少しの優越感を感じる。

「ねえ、セラ」

 

「ん、なに?」

 

「なにかスペイン語を教えてよ」

 

 SQCでスペイン語の教育を受け始めているため、この話題振りは会話の種以外の目的はないのだが、沙良は愛想よく頷いてくれる。

 

「そうだなぁ、『No te preocupes.』」

 

「ノ テ プレオクペス?」

 

「そ、心配しないでって意味だよ。良く使う表現だから、文法よりも『No te preocupes.』=『心配しないで!』と覚えちゃったほうがいいかも」

 

「ノ テ プレオクペス」

 

「No te preocupes.」

 

「No te preocupes.」

 

「!Eso es!」

 

「それはどういう意味?」

 

「僕は『その通り』とか『正解』とかそんな意味で使ってるかな。フランス語でのC'est ca !に近いニュアンスだと思ってくれたらいいよ」

 

「No lo sabia.(知らなかった)」

 

「ふふ、それ、カルラから教えてもらったフレーズでしょ」

 

「!Eso es! ……だっけ? そうだけど何で分かったの?」

 

「カルラが仕事をすっとぼけたりする時によく言ってるフレーズだから、だよ」

 

「カルラさん……」

 

 二人はふと視線を合わせると、自然に笑い合った。

 

「はは、全くもってカルラさんたら」

 

「それでも仕事自体はできる人だから性質が悪いんだよね」

 

「あんなにキャリアウーマンって感じの人なのにね」

 

「みんな、見た目に騙されてるんだよ。毎回総務課から『カルラ秘書が逃走しましたので発見しだい連絡を』って連絡網が回ってくるんだから。大体研究所に足を運ぶ人だから捕まえるのは僕らの仕事になってるし」

 

 確かに何回かその光景を見た覚えのあるシャルロットはついつい苦笑いを浮かべてしまう。

 

「他になんかないの? 普段使わなさそうなやつでもいいよ」

 

「A ver......」

 

「え?」

 

「ん?」

 

「今なんて?」

 

「まだ何も言ってないけど? ああ、A ver...で『えっと……』みたいな使い方なんだ。言語として学ぶんじゃなくて会話するにはこういう潤滑の言葉も大切だから覚えてね」

 

「へー」

 

 シャルロットはコクコクと頷く。

 

「そうだなぁ『No tiene sentido rezar』」

 

「それはなんていう意味?」

 

「直訳で「神に祈るなんて無意味だ」って意味」

 

「神にだったら『a Dios』は付けなくていいの?」

 

「お、いい所に気がついたね」

 

 褒められたシャルロットは得意げに胸を張った。

 

「祈るときって神以外に祈る対象がないし、わざわざ「神に」と言わなくても通じるから付けなくても大丈夫だよ」

 

「他には他には?」

 

「Necesito mas explicacion」

 

「ごめん、聞き取れなかった」

 

「そういう時は『No me entero』で聞き取れませんって意味になるから」

 

「No me entero」

 

「Si.『Necesito mas explicacion』」

 

「Necesito mas explicacion」

 

「!Eso es!」

 

「えへへ」

 

「意味は『もうちょっと教えてください』って感じかな」

 

「!Necesito mas explicacion!」

 

「だーめ、そろそろ時間だよ」

 

「え、本当だぁ」

 

 言われ時計を見ると時計の針は指定の時間に近づいていた。

 

「もうちょっと誰か遊びに来るかなって思ってたんだけど来なかったね。やっぱり千冬姉が怖かったのかな」

 

「あはは。そうかもしれないね」

 

 言えない。

 他の女子には釘を挿しておいたなんて決して言えない。

 シャルロットはそのポーカーフェイスの下に冷や汗を感じる。

 

――独占欲、よくない傾向かなぁ。

 

 それでも沙良の顔を見てると、そんなことどうでもよく感じてくる。

 

「シャルもちゃんと書類に目を通しておいてね。今回のパッケージは扱いが大変だから」

 

「りょーかいです」

 

 ピシッと敬礼を返すと、沙良はへにゃっと笑ってくれる。

 それだけで明日も頑張ろうと思ってしまうあたり、自分も簡単なものだとシャルロットは自嘲するのであった。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

「搬入された装備はこれですべてか?」

 

 千冬が目の前に並べられた大量の兵器に目を向ける。

 そこには新型のライフルを始めとする、汎用機用の装備がずらりと並んでいる。

 既に専用機用の換装装備は真耶が目録にチェックを入れている。

 残るはこの汎用機用の装備だけである。

 

「はい、スペイン、ドイツ、イギリス、中国、イタリア、アメリカ、ロシア、オーストラリア、メキシコその他七ヶ国、合計十六ヶ国から送られてきた装備は全て目録どおりですね。数が多いので細かいところまではチェックしていませんが、数に誤りは無いと思います」

 

 真耶は片手に持ったタブレット端末を操作し視線を往復させる。

 その端末と装備のデータに食い違いが無いか良く確認する。

 一クラスごとに武装を分け、そこからまた班ごとに細かく武装を分けているため、チェックに時間が掛かってしまうのだ。

 

「大丈夫そうですね。これで集合までのお仕事はお仕舞です」

 

「この時間で終わらせるとは、流石優秀だな」

 

「やめてくださいよ。こんなこと誰だって出来ますから」

 

 そう言いつつも、真耶は千冬の言葉に照れたように手を振る。

 

「実際もう少し掛かると思っていたからな。生徒が集まってくる二時間前に終わるとは実に重畳な話だろう」

 

「どうしますか? 一回戻って生徒の誘導に混ざった方がいいでしょうか」

 

 搬入の手伝いに多くの教員が出てきているため、生徒を誘導をする教員が少なくなっている。

 しかし、既に搬入の手引きをしていた教員たちは宿に引き上げているので心配はないのかもしれない。

 

「それは他の先生方に任せよう。ここに早く来る生徒も居ないとも限らないしな」

 

「それは流石にないと思いますけど」

 

 この千冬と真耶が搬入の確認をしているIS試験用のビーチは四方を切り立った崖に囲まれており、ここに来るためには一度水中のトンネルをくぐってくる必要がある。そのため、生徒が誘導もなしにここにたどり着くとは考えにくいのだ。

 

「私もそう思いたいのだがな。昨夜に技術バカ率いる四人組みがここへの訪れ方を聞いてきたのでな。念のためにな」

 

「あぁ、スペイン勢ですね」

 

 くすりと笑みが零れる。

 

「そういうことだな……おっと、噂をすればなんとやらだ」

 

 千冬は真耶の微笑を苦笑いを持って返した。

 

「はい?」

 

「その四人組の御出座しのようだ」

 

 真耶は千冬の視線を辿って、自らが背を向けているビーチの入り口にあたる岩の切れ目に視線を向けた。

 すると岩の隙間から金色の髪と茶色の混じった黒髪が見えているではないか。

 良く耳を澄ませると、四人分の声色が聞こえてくる。

 

「凄い探知力ですね」

 

「これぐらい出来ないと代表なんて出来ないさ」

 

「……耳が痛い話です」

 

「そ、そういうつもりで言ったわけでは」

 

「分かってますよ、冗談です」

 

「まったく……」

 

 真耶が微笑むと、ばつの悪そうに顔を歪めた千冬も、その顔に軽い笑みを貼り付けるのだった。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

「おはようございます、織斑先生、山田先生」

 

 集団から沙良が一人離れて声をかけてくる。

 残りの集団は既に搬入された武装の元で、目録のチェックをしている。

 

「おはようございます、深水君」

 

「ああ、おはよう。どうした、やけに早いじゃないか」

 

「今回のパッケージはインストールに時間が掛かるものがいくつかあるので、先にインストールを済ましてしまおうと」

 

 さも当然のように答える沙良に、千冬は腕を組んだまま応対する。

 

「あまり勝手な行動は控えてもらえると助か――」

 

「許可は榊原先生に貰いました」

 

「――なら良いが……」

 

 ふんっと胸を張る沙良。

 その姿に、昔の子供のころの沙良を思い浮かべてしまい、その頭をつい撫でてしまう。

 

――こういうところだけは変わらんな、こいつも。

 

「千冬姉?」

 

「ほら、小娘どもが待ってるぞ? 行かなくていいのか?」

 

「あ、そうだった」

 

「あと、織斑先生だ」

 

「あいたっ」

 

 軽く出席簿で小突くと、沙良は頭をさすりながら唇を尖らせた。

 

「セラ! マスターパスは!?」

 

 口元に両手を当てて、沙良を呼ぶショートヘアの女生徒。

 千冬の記憶が正しければ三組のリナ・フェルナンデス・コロンだ。

 

「あ、ごめん、僕が持ってる!!」

 

 沙良が叫び返すと、リナは手を振り回しながら「早く!」と叫んだ。

 

「ほら、早く行ってやれ」

 

 沙良の背中をポンと押す。

 

「じゃあまた後でね、千冬姉」

 

「織斑先生だ」

 

 こちらに振り向いた沙良の額にでこピンをすると沙良の上半身が後ろにぶれる

 

「いったぁ……」

 

「ほら、行った行った」

 

 沙良を見送り、近くにいるはずの真耶の姿を探す。

 

「……何をニヤニヤされているので?」

 

「いえ、織斑先生も弟さんには甘いんですねぇ」

 

「……ほう、言いたいことはそれだけですか」

 

「え、織斑先生? あ、いや、待っ」

 

 千冬の手がしっかりと真耶の頭を掴む。

 

「私は身内ネタは好きではないと昔から知っているだろう?」

 

 千冬の口角が歪む。

 その表情を見て、真耶はがくがくと震えだした。

 大方、昔のことを思い出しているのだろう。

 昔からの付き合いである真耶にはこれから起こるであろう事が安易に想像されることだろう。

 

「い、いやぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 ビーチに一つの悲鳴が響き渡るのだった。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「これで、全員集まったか」

 

 千冬は目の前にずらりと並んだ生徒たちに声をかける。

 クラスごとに並んだ列を見れば、この場に居ない生徒はすぐに分かる。

 千冬は人数を数え、ほぼ(・・)全員がこの場に集まっていることを再確認した。

 

「はい、先生」

 

 一組の生徒が挙手をした。しかし、その応答は既に予想がついている。

 

「深水君とデュノアさんが居ません」

 

「三組もフェルナンデスさんが居ないです」

 

「四組も一人居ません」

 

 案の定、スペイン勢の名前が挙がる。

 

「あいつらは先に武装の準備があるということで既に装備試験に入っている」

 

 遅緩としたインストールを済ませ、武装ごとにテスターを定めているところを先ほど確認した。

 準備が終わり次第、一回戻って来いと伝えてあるのでそろそろ戻ってくるだろう。

 

「さて、それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行なうように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行なえ」

 

 一同の返事を身に浴びた千冬は、既に動き始めている背中を追って声をかける。

 

「篠ノ之」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

 試験用のISに触れようとしていた箒は、呼ばれたことに思い当たる節がないのか、頭を傾げている。

 

「なんだ、聞いていないのか?」

 

「……話が見えませんが?」

 

「昨日、束が――」

 

「ちーちゃ~~~~~~~~ん!!!!」

 

 噂をすれば影がさす、虎を談ずれば虎至りとはこの事か。

 最も、至るのは虎よりも厄介な天災だが。

 

「……束」

 

 砂煙を巻き上げ、高速で移動してくる人影。

 その特徴的なうさ耳が千冬のやる気を失せさせる。

 

「やあやあ! 会いたかったよ、ちーちゃん!」

 

 千冬は手を何回か開閉すると束の頭部を掴みにかかった。

 

「さあ、ハグハグしよう! 愛を確かめ――」

 

「織斑先生、準備終わったので戻って……あれ? 姉さん?」

 

 千冬のアイアンクローは虚しく空を切った。

 


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