IS 深海の探索者   作:雨夜 亜由

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第四十八話 海辺にひと夏の

 太陽がじりじりと砂浜を焼き、多くの生徒が暑さに負けて海に入るのを横目に、一人の男子生徒は砂浜をゆっくりと歩いていた。

 陽気に鼻歌でも歌い出しそうな機嫌の良さで、風を感じるかのように砂を踏みしめる。

 一夏は足裏にじりじりとした熱さを感じながら砂浜を散歩していた。

 照りつける太陽に目を細めながらも、開放的な空気に、心は癒されていく。

 そう、今、一夏はこの一人の時間を堪能しているのだ。

 学園のような一種の監獄とは違い、ここにはある種の自由と開放感がある。

 日ごろ溜め込んだ疲れを癒すのにはもってこいなのだ。

 

「あ、こんな所に居たのね」

 

 故に、そのかけられた声が自分とは思わず、振り返ることなく歩みを進めるが、その足は急に止まることになる。

 いや、止まるとは少し違うだろう。

 なぜなら一夏の両足は地面についていないのだから。

 それが意味することはもちろん、

 

「う、うわああ!!」

 

 顔面からの転倒である。

 普段から回りに気を張っている一夏だが、今回は完全にリラックスモードに入っていたために、もろに襲撃を食らってしまう。

 腕で顔面を庇った一夏は、今だ足をつかんでいる襲撃犯をキッと睨みつける。

 

「あ、あはは」

 

 そこには苦笑いを浮かべるツインテールの姿があった。

 

「鈴、てめえ……」

 

「な、何よ」

 

「……この状況を見て言いたいのはそれだけか!?」

 

「だって、無視するあんたがいけないんじゃない!」

 

「無視って、あんなの誰に言ってるかわかんないだ…………何だ、そのバスタオルお化け」

 

 体を起こした一夏は、鈴の横に居た奇天烈な物体にようやく気付いた。

 その見た目のインパクトは、つい鈴音への怒りの言葉を忘れるほどだ。

 バスタオルを数枚利用し、全身を覆い隠している。

 膝下からは足が出ているため、誰かがバスタオルに巻かれているのは分かるが、足だけでは誰かが分からない。

 

「ほら、大丈夫だから出てきなさいよ」

 

 まるで先ほどの流れはなかった様に、鈴音はニヤニヤしながらバスタオルお化けに近づく。

 

「だ、だ、大丈夫かどうかは私が決める……」

 

 そこから聞こえてくるのは、冷静沈着で通っているラウラの声。

 しかし、普段の自信に満ち溢れたラウラと、今目の前にいるモジモジバスタオルお化けが一緒の人物とは到底思えない。

 状況がつかめない一夏は、鈴音の説得が終わるのをただ待つだけである。

 

「せっかく着替えたのに、一夏に見てもらわなくていいの?」

 

「ま、待て。私にも心の準備があってだな……」

 

「もぅ、さっきからそう言って出てこないじゃないの」

 

 鈴音とラウラが仲良くしているのを見て、一夏は少しの嬉しさを覚える。

 あんないざこざがあったのだから、もっと険悪な仲でもおかしくはない。

 それが、今は姉妹のようにじゃれ合っている。

 一夏は気付かぬ内に微笑を湛えていたようだ。

 ふと目が合った鈴音が不思議そうな顔をしている。

 

「なにニヤニヤしてんのよ、あんた」

 

「別に何もないさ」

 

「ふーん」

 

 鈴音は興味なさそうに答えると、何かを思いついたようでニヤッと笑う。

 

「あんたが、でてこないなら、あたしは、いちかと、およぎにでもいこうかなー」

 

 なんて棒読み。

 清清しいとまで思えるほどだ。

 引っかかる人間はそういないだろう。

 

「な、なに!?」

 

 前言撤回。

 希少種は目の前に居たようだ。

 

「ほら、一夏行くわよ」

 

 そう言って鈴音は一夏の背中を両手で押してトコトコと海に向かう。

 その顔はニンマリと悪戯に笑みを浮かべている。

 一夏は「仕方ないなぁ」と鈴音に押されるがまま海辺へと歩みを進める。

 

「ま、待てっ。わ、私も行こう」

 

「その格好で?」

 

「ええい、脱げばいいのだろう、脱げば!」

 

 そう言ってバスタオルをかなぐり捨てて、陽光に水着姿が照らし出される。

 

「わ、笑いたければ笑うがいい……!」

 

 ラウラが身に纏っているのは、黒のレースがあしらわれたまるでセクシー・ランジェリーのような水着。

 鈴音と合わせているのだろうか、その髪は一対のアップテールで飾られている。

 モジモジと恥らうラウラ、その姿は一夏には新鮮すぎた。

 

「どう、一夏? 似合ってると思うわよね?」

 

「あ、ああ。少し驚いたけど似合ってると思うぞ」

 

 その一夏の褒め言葉にラウラは顔を赤くする。

 

「しゃ、社交辞令などいらん……」

 

「いや、世辞じゃないって。すっげえ可愛いよ」

 

「か、かわいっ……!?」

 

 一夏の言葉に狼狽したように両手の指をもてあそぶラウラ。

 

「髪は鈴がやったのか?」

 

「そうよ。あたしとお揃いにしてみたの。せっかくなんだからお洒落しないと勿体無いじゃない」

 

「その髪型といったら鈴のイメージだもんな」

 

「ふふん。可愛いでしょう」

 

 先ほどから言葉にならない呟きを漏らすラウラに、一夏と鈴音は温かい視線を向けるのだった。

 

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

「そろそろお昼の時間ね。一夏は午後はどうするわけ?」

 

「少し泳ぎたいんだが、食べた直後は辛いし、ちょっと休んでから海に出るさ」

 

「ならば私も嫁に付き合おう」

 

 三人は横並びでビーチを歩く。太陽も既に高く上っており、避暑も兼ねて昼食に戻る生徒もちらほらと見かけるようになってきた。

 

「そういえば、あんたの部屋って何処になったの?」

 

「うむ、それは私も聞かねばな」

 

「あぁ、千冬姉と一緒の部屋だった」

 

 微妙に顔を曇らせている一夏に疑問を覚えつつも、鈴音はそれを口にすることはしない。

 

「それじゃあ、遊びに行くのは難しそうね」

 

「嫁とは食事の時間にも会えるから問題もないだろう」

 

「そうね。わざわざ鬼の寝床に足を踏み入れなくても――」

 

「ほう、鬼とは言ってくれるな」

 

「――っ!?」

 

 鈴音がギギギと壊れたおもちゃのように首を動かす。

 

「お、お、織斑先生……」

 

「いい度胸だな凰」

 

 そこには、サマースーツに身を包んだ鬼が居た。

 千冬は腰に手を当て、鈴音を睨みつける。

 その視線だけで鈴音は竦みあがってしまう。

 蛇に睨まれた蛙とはこのことか。

 千冬は一度視線を外すと、ふっと肩の力を抜いた。

 

「まぁ今回だけは見逃してやろう。私もわずかばかりの自由時間をくだらないことで潰すつもりはない」

 

 その言葉の通り、教師陣には休憩時間など殆どないのだろう。

 生徒は一日中自由時間といえど、教師には翌日の準備や手配が多く残っていることだろう。

 

「そら、お前たちは食堂でも行って昼食でも食べてこい」

 

「先生は?」

 

「少しばかり羽を伸ばしてくるさ」

 

 千冬は一夏たちから視線を外すと別館に向かって歩みを進める。

 別館に向かうということは水着に着替えるということだろう。

 ならば、少ない自由時間を自分が削るわけにはいかない。

 一夏は鈴音とラウラを引き連れて旅館へと向かうことにした。

 

「昼飯、なんだろうな? 海だし刺身とか出てきたりしてな」

 

「刺身も良いけど、やっぱ海に来たら焼きそばやカレーが定番よね」

 

「違いない」

 

 海といえばやはり海の家で食べる食事だろう。

 鈴音と一夏は記憶からその味を思い出そうとする。

 思春期を日本で過ごした二人にとっては海といえば焼きそばなのだ。

 その横で、ラウラは不思議そうな顔をしていた。

 

「……なぜカレーや焼きそばが海の定番なのだ?」

 

 そう問いかけられても、一夏や鈴音は説明することが出来ない。

 何故と言われても、海の家で食べれるものがそれぐらいと言うしかないだろう。

 そのような説明がラウラに通じるわけもない。

 

「日本とは聞いていた以上に不思議な国なのだな」

 

 一人で勝手に納得しているラウラを見て、一夏は苦笑いを浮かべるしかないのであった。

 

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 昼食に出た刺身を見てセシリアが文化の違いに驚愕したり、千冬の水着姿に一夏が見惚れていたり、口から魂を放出しているかのように波打ち際に打ち上げられているシャルロットをリナとフィオナが必死に救助していたりと時間は瞬く間に過ぎていき、時計の針は十九時半を示していた。

 

 大広間を三つ繋げて用意された大宴会場で、IS学園生は一斉に夕食を取っていた。

 

「うん、うまい! 昼も夜も刺身が出るなんて豪勢だなぁ」

 

「本当に羽振りがいいよね」

 

 一夏の言葉に頷いたのは右隣に座っている沙良だ。

 旅館の決まりで食事中は浴衣着用を義務付けられているため、沙良も一夏も浴衣を着ている。

 座敷で食事を取る生徒は正座が決まりとなっているのだが、国際的な学園であるIS学園には文化や宗教的理由により正座が出来ない生徒も多く在学しているため、特別にテーブル席が用意されている。

 正座が苦ではない沙良や一夏は座敷に座っているが、正座が出来ないセシリアやラウラはテーブル席で食事を取っている。

 

「ねえ、一夏。これってなんの刺身?」

 

「これは……カワハギだな」

 

「カワハギ?」

 

「皮が簡単に剥がせることが名前の由来となっている魚だとさ」

 

「……あぁ、『Thread-sail filefish』のこと」

 

「まぁその何とかフィッシュって言うのはわからんが、そういうことだ。歯ごたえがある白身で美味いんだぜ」

 

「ふーん」

 

 沙良は刺身にわさびを少量乗っけて口に運ぶ。

 

「あ、美味しい!」

 

「だろ? 高級魚っていうのも納得の味だよな。それにわさびも本わさだし、文句の付け所がねえよ」

 

「本わさ?」

 

 一夏が料理に舌鼓を打っていると、一夏の隣の隣。つまり沙良の隣に座っていたシャルロットが首を捻っていた。

 

「ああ、シャルロットは知らないのか。本物のわさびを摩り下ろした物を本わさって言うんだ」

 

「えっ? じゃあ学園の刺身定食でついてるのって……」

 

「あれは練りわさ。ホースラディッシュを原料としていて、色や形を似せているものだね」

 

「ホースラディッシュ?」

 

 沙良の説明に、今度は一夏が首を捻る。

 

「ああ、和名でセイヨウワサビのことだよ」

 

「ふぅん。じゃあこれが本当のわさびなんだ」

 

「そういうことになるな。でも、最近は練りわさでも美味しいものが多いぞ。店によっては本わさと練りわさを混ぜて出したりもするからな」

 

「そうなんだ」

 

 一夏の話を聞いたシャルロットは早速本わさを味わおうと、そのわさびの山を箸で掴んだ。

 

「はい、ストップー」

 

「沙良?」

 

「わさびはそのまま食べるものじゃないの。いい? こうやって、刺身に少しだけ乗っけて…………はむ」

 

 シャルロットは沙良がしたように刺身にわさびを乗せる。

 

「……はむ」

 

「どう?」

 

「うん、美味し……ツンってきたぁ!」

 

 鼻から抜けていく感覚に、自然と顔が持ち上がる。

 その目は堅く閉じられ、しかめっ面をしている。

 沙良は、微笑を携えながら、湯飲みをシャルに差し出す。

 

「はい、お茶だよ」

 

「あ、ありがとう」

 

 シャルロットはお茶に口をつけようとするが、

 

「あ、消えた」

 

 鼻から抜ける辛味はすぐに揮発したようで、シャルロットの表情は驚きに満ちている。

 

「本わさは辛味がさっと抜けていくだろ? それがうまいんだよな」

 

 一夏は、刺身を口に運ぶ。

 

「んー、やっぱりうまいなぁ」

 

 一夏が、その風味を堪能していると、横の席から袖が引っ張られる。

 

「ん?」

 

 一夏は端の席に座っているため、隣に座っているのは沙良しかいない。

 故に、そちらを向くことなく、一夏は応える。

 

「どうした沙良?」

 

「この鍋、なんかピリッてするけど、なんか入ってる?」

 

 一夏は茶碗を手に取ると、小鍋の出汁を啜った。

 

「んー、山椒のことか?」

 

「山椒? salamander?」

 

「それはサンショウウオだな。山椒は何て言えばわかりやすいかな……ほら、あれだ。千冬姉が鰻を買ってきてくれたことがあっただろ? あの時に鰻にかけてた粉っぽいやつのことだよ」

 

 沙良は少し考えたように手を顎に当てるが、思い当たるものがあったのか、両手を打った。

 

「へー、あれが山椒かぁ」

 

「まぁ、俺も普段料理に使うことはなかったし、沙良がわかんなくても仕方ないよな」

 

 台所を任されていた一夏が山椒を使わないとなると、それ以降スペインで暮らしていた沙良にとっては馴染みのない物となってしまうのも仕方がないと言えるだろう。

 

「凄い良い香りがするね。こういう香りを芳香を放つって言うのかな?」

 

 シャルロットも日本の伝統的な香辛料に興味示したようだ。

 そのことが嬉しかったのか、一夏は沙良とシャルロットにとある提案をする。

 

「じゃあ、夏休みに入ったら、二人を日本料理のうまい店に連れてってやるよ」

 

「「本当!?」」

 

「ああ、本当だ」

 

 二人の重なった声につい笑みをこぼしてしまう。

 

「じゃあ、そのお礼というわけじゃないけど、長い休みに二人にフランスを案内してあげるよ」

 

「「本当!?」」

 

 今度は、一夏と沙良の声が重なった。

 

「本当だよ」

 

 シャルロットが頷きながら答える。

 

「二人とも約束だからね!? 絶対だからね!?」

 

「わかってる、わかってる」

 

「嘘ついたら許さないからね!?」

 

「わかった、わかった。ほら、指きり」

 

「指きり?」

 

 シャルロットは首を傾げる。

 一夏は沙良の小指に自分の小指を絡めると、シャルロットの手を取る。

 

「ほら、シャルロットも小指を、そう、こうやって絡めて……そう、それで大丈夫。じゃあいくぞ、こう言うんだ『指切拳万、嘘ついたら針千本呑ます』」

 

 

 

『指切った』

 

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 部屋はまるで戦場のようだった。

 其処彼処に散らばる書類。足元を埋めるコード類。熱を排出する七機のコンピューター。

 そして、それを操る者達の怒声と悲鳴。

 その悲鳴の主は金の髪を揺らしながらモニターと睨めっこを続ける。

 

「シャルロット!? 書類は出来たの!?」

 

「ご、ごめん、もうちょっとっ!」

 

「シャルさん、データ」

 

「待って、すぐ転送するから!」

 

 シャルロットは自分に割り当てられたコンピューターと必死に相対しながら、声を張り上げた。

 このままだと夜も眠れないだろう。

 実際には学校行事で訪れて居るわけなのだから、徹夜など許されるわけがないのだが、頭がこんがらがったシャルロットにはそのことには気付いていないようだ。

 必死に投影キーボードに指を這わせる。

 夕食の後に沙良の部屋に呼び出されたと思えば、既にコンピューターが繋がれており、シャルロットは自分の逃げ場が無いことを把握した。

 沙良の部屋は教員室に挟まれており、こっそり遊びに来るのも難しい。だから仕事とはいえ、一緒に居られるこの時間をシャルロットは悪くは思っていない。

 思ってはいないのだが、

 

「これが終わらない限りはねぇ……」

 

 今、部屋に流れるのはスパニッシュ系のゆったりとしたロック。

 先ほどまではフラメンコのダンスポップが流れていた。

 投影キーボードの叩く音はその音楽に掻き消され、響くは音色のみ。

 部屋の音を支配するはその音楽だけ。

 お喋りなどしている者は居ない。

 シャルロットはそう思っていた。

 

「シャル」

 

「何?」

 

 沙良からの呼びかけに喜色に弾んだ声色で返事をする。

 荒み切ったシャルの心に沙良の声は癒しをもたらしてくれる。

 

「お茶」

 

「それぐらい自分で入れてよ!!」

 

 しかし、内容は看過することが出来なかった。

 画面から目を離すことなくシャルロットが吼える。

 

「シャルロット」

 

「何、リナ」

 

「お茶」

 

「リナのほうが手が空いてるでしょ!?」

 

「シャルさん」

 

「何さ!?」

 

「お茶」

 

「フィーナまで!?」

 

 シャルロットはガバッと顔を上げて不満を訴えようとする。

 しかし、目に入る光景につい手が止まってしまった。

 

「な、な、何でお菓子食べてまったりしてるのさ!?」

 

 そのシャルロットの言葉に三人は顔を見合わせて声を合わせて言った。

 

「「「だって、自分の分はもう終わったし」」」

 

 それはおかしい。

 沙良やフィオナならまだわかるが、リナがそんなに早く仕事を終わらせることが出来るわけがない。

 

「シャルはさ、もうちょっと人を使うことを学んだ方がいいね」

 

「リナはそこが上手ですからねー」

 

「えへへ」

 

 その会話に、シャルロットは気付いた。

 確かに先ほどから自分にだけ指示が飛んできていた。

 それも沙良からではなく、フィオナやリナから。

 それが意味すること。

 

「……僕に仕事を押し付けたね」

 

 シャルロットは凄みを利かせて、二人を睨みつける。

 しかし、二人は何処吹く風と言わんばかりに、肩を竦めて見せる。

 

「馬鹿ねぇ、シャルロット。これも社会勉強の一つよ。これで次からは気をつけれるようになるでしょう? 良かったわね。また一つ学べて」

 

 切れた。

 堪忍袋の緒が切れた。

 ゆらりと立ち上がるとそのままリナを視界に入れることなく、歩みをそちらに向ける。

 リナは、そのシャルロットを見ると、口元を歪める。

 

「面白い!! かかって来なさい!!」

 

 シャルロットがリナに飛び掛った。

 部屋の中央で喧嘩を始めた二人を措いておいて、沙良は自分の使ったコンピューターを量子変換で収納する。

 

「規則違反ですよ」

 

 そう言いながらも、フィオナは自分の使ったコンピューターを沙良と同じように収納した。

 

「そういうフィーナこそ」

 

「誰かが赤信号を渡ったら、つられて渡ってしまう人たちと同じ心理ですよ」

 

「なにそれ」

 

 沙良はケラケラと笑う。

 既にシャルロットのコンピューター以外は片付いており、喧嘩のステージも大幅に広がっている。

 バックに流れる音楽が、まるでエンターテイメントのように感じさせる。

 流れる音楽がフラメンコ・ロックに変わる。

 まるで計ったかのようなタイミングで、扉がノックされた。

 

「はーい」

 

 沙良はチラリと蹴りの応酬を繰り広げている二人を見る。

 

「まぁいいか」

 

 沙良は、扉を開けると、訪問者の顔を確認する。

 そこに居たのは、

 

「あれ、どうしたの一夏?」

 

 間抜け面をした幼馴染だった。

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 一夏は扉を開けて、目の前に飛び込んできた映像に言葉を失った。

 まさか扉を開けると、女の子が醜く喧嘩しているとは誰も思わないだろう。

 いや、醜くというのはおかしいだろう。繰り広げられる技の数々は、むしろ美しいとすら思う。

 ただ、そういうことではない。

 しかし、一夏はそれを形容できる言葉が浮かばなかった。

 

「あれ、どうしたの一夏?」

 

 扉を開けてくれた沙良が、固まってしまった一夏を不思議に思い、声をかける。

 一夏はハッと意識を沙良に戻すと、笑顔を取り繕った。

 

「い、いや、なんでもない」

 

「そう。何か用事?」

 

「あぁ、今から風呂に行こうと思ってさ。一緒に行かないか?」

 

 誘っている形ではあるが、男子の入浴の時間は決まっているため、これはお誘いというよりは確認の意が強い。

 

「行く行く!」

 

 案の定、沙良は一夏の意見に乗ってくる。

 

「着替えとって来るからちょっと待っててー」

 

 沙良は部屋にパタパタと戻っていく。

 扉が閉まりきる前に見えてしまった、金髪の少女が拳を相手の顔面に叩きつける瞬間に、一夏はなんとも言えない気分になるのだった。

 




すみませんが、火曜日は予定がありますので更新できません。

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