IS 深海の探索者   作:雨夜 亜由

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第四十七話 夏の晴れた日にて

 とある更衣室、一人の女生徒が着替えを行なうためにその扉を開けた。

 豊かな女性の象徴を揺らし、艶やかな長い黒髪を後ろで結んだ女生徒、篠ノ乃箒はその持ってきた鞄を開けると、中身を引っ張り出した。

 

「…………」

 

 そこに入っていたものは、勿論水着である。

 それは、何も問題ではない。問題なのはその形状だ。

 

「ビ、ビキニだと……?」

 

 その水着を用意したのは箒ではない。

 専用機に向けての訓練に明け暮れて、水着を買いそびれた箒に、沙良が用意してくれたものだ。

 その胸元には、きっちりと『SQC』のロゴが入っている。

 

「これは、流石に……」

 

 古風な考え方を持つ箒は、露出の多いものを好まない。

 ただでさえビキニという露出が多い形状の水着だが、沙良が渡してきた水着は箒の許容を超える露出を誇っていた。

 胸元を深くカットしたVネックライン。

 ストラップを首に吊るしたホルターネック。

 その構造が、胸を、女性らしさを強調するような作りとなっている。

 白色を基準に、赤色のラインがその目を惹く。

 飾り気も全くない。

 ただシンプルな構造。

 それゆえの色気というものが確かに存在している。

 

「どうするべきか……」

 

 箒は、水着を持ったまま思考に浸る。

 確か、沙良は多数の水着を持ってきているはずだ。

 ならば、代えてもらうことも出来るのではないだろうか。

 箒は、頷く。

 

「そうだな、そうと決まれば沙良のところに行くか」

 

 手に持っていた水着を鞄にしまうと、更衣室の扉を開ける。

 そしてそのまま視線を左に向けるとそこには、仕事のミーティングを行なっている沙良がいた。

 沙良は箒に背中を向けているが、こちらを向いているシャルロットが箒に気付いたようで、沙良に手で後ろを示していた。

 振り返った沙良に手を上げて軽い挨拶とすると、水着についての不満を述べる。

 

「先ほど受け取った水着だが、少し露出が多くないだろうか?」

 

「そう?」

 

 そういって、沙良はシャルロットに視線を向ける。

 

「確かにちょっと際どかったかも」

 

「そんなことないわよ。あんぐらい普通よ、普通」

 

「そうですよ。あれぐらいなら其処彼処に居ますって」

 

 シャルロットの発言に意義を重ねるように、スペインの生徒二人が発言する。

 箒の味方はシャルロット一人のようだ。

 

「僕は、箒に似合うと思ったんだけどなぁ」

 

「うっ」

 

 上目遣いで見つめてくる沙良に、箒はどうしても「代えて欲しい」と言葉に出来なかった。

 

「せっかく選んだのに……」

 

 沙良が見るからにしょぼんとそのテンションを落としてしまう。

 

「箒、勿論着るよね?」

 

 その落ち込んだ沙良の姿を見たシャルロットが、まさかの裏切り行為に走った。

 その瞳は有無を言わさぬ圧力を放っている。

 ふと、視線を名前も知らぬスペインの生徒二名に向けると、苦笑いを浮かべていた。

 箒は悟る。

 

(味方は居ないのか……)

 

「僕、頑張って選んだのに……」

 

 その発言に、箒の良心がズキズキ痛み出した。

 シャルロットの視線も心なしか圧力を増している。

 

「箒のために頑張ったのに……」

 

 箒には、頷くしか選択肢が残されていなかった。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

「はい、これ。新作の日焼け止め。ちょっとぐらい海で泳いでも落ちないから、安心して泳いでいいよ」

 

「あ、ああ。ありがとう」

 

 箒はシャルロットから日焼け止めを押し付けられる。

 もう既に水着に対して抗議が出来る空気ではなくなってしまった。

 諦めて、着るしかないのだろう。

 既に、シャルロットたちは水着に着替えている。

 オレンジを多用したセパレートタイプの水着で、ボトムはボーイレッグと、露出は多いほうではない。

 しかし、箒はその水着を見て、羨ましいとは思わなかった。

 その後ろに何枚も用意された水着が目に入っているからである。

 センターストラップやワンショルダーのビキニに始まり、タンキニ、モノキニ、キュロパン、ローライズなど、様々な水着が番号を振ってテーブルの上に積まれている。

 その中には、箒よりも露出の多いマイクロビキニも含まれている。

 シャルロットの担当だけでも八種類以上の水着を今日だけで着ないといけないようだ。

 その話を聞いていると、さっきまで恥ずかしがっていた自分が馬鹿のように思えてくる。

 

「じゃあ、僕は時間があまりないから先に行くね」

 

 シャルロットは箒の返事を待つこともなく、更衣室を小走りで出て行った。

 

「……大変そうだな」

 

 箒はそれを複雑な気持ちで見送ることしか出来なかった。

 

「……まずは着替えるか」

 

 箒は意を決したように服に手をかける。

 枝もたわわに実った双丘がその存在を主張するかのように揺れた。

 

「はぁ……」

 

 箒は、自分の胸を良くは思っていない。

 正直、邪魔なだけだと思ってすら居る。

 その悩みを鈴音には決して聞かせることは出来ないだろう。

 しかし、箒にとっては大きな問題なのだ。

 良い事など、まったく無い。

 しかし、それで想い人が少しでも意識してくれるならばと、箒は水着を着ける。

 その水着は、箒の胸をどうしても強調する。

 しかし、沙良が選んだだけあって、確かに箒に似合っている。

 

「似合ってはいるのだが、如何せん、恥ずかしさの方が勝っていると言えばいいのだろうか……」

 

 自分の水着姿に意識を奪われていた箒は、更衣室の扉が開いたことに気付かなかった。

 そこからうさ耳をつけた人物がすり足で近寄ってくるなど誰が予想できるだろうか。

 

「ふっふっふ、とりゃー!!」

 

 箒はいきなり背後から胸を鷲づかみにされる。

 自分しか居ないと思っていたため、その驚きは普段よりも大きいものだった。

 それは、胸を揉まれていても、なんら行動を起こせないほどに。

 

「こんなけしからん水着なんて着ちゃって、箒ちゃん大人だぁ。束さんは箒ちゃんが成長してくれて嬉しいよー」

 

 その手の動きはうねうねと胸の形を変えていく。

 

「…………」

 

 箒の額には青筋が浮き出ている。

 そのことに気付かない侵入者は、その行動を止めることはしない。

 

「おろ? もしかして大きくなった?」

 

 箒は、揉まれるがままに、後ろ手に拳を放つ。

 その拳は、綺麗に顔面に突き刺さるのだった。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 時は三十分逆戻る。

 更衣室に向かう途中で、一夏は珍奇な光景にその足を止めていた。

 

「…………」

 

 それは地面から生えているうさ耳。

 ご丁寧に『引っ張ってください』との張り紙つきだ。

 それには一夏も見覚えがあった。

 故に、

 

「見なかったことにしよう」

 

 その光景をなかったことにした。

 

「関わったらダメ。関わったらダメだ」

 

 一夏はそそくさとその場から離れようとする。

 すると、胸ポケットに入れていた携帯が震えだす。

 それは、一夏が足を止めると鳴り止み、

 

「……」

 

 その場から離れようとするとけたたましく鳴り響く。

 

「はぁ……」

 

 一夏は、ため息をつくと、うさ耳の近くにしゃがみ込んだ。

 地面から生えたウサギ目の耳の根っこを鷲掴みにする。

 そのまま後ろに体重をかけると、予想に反してうさ耳はすんなりと一夏の手に居場所を移した。

 

「のわっ!?」

 

 もう少し手ごたえがあると思っていたため、一夏は仰け反る形で盛大にすっころんだ。

 

「いてて……」

 

 抜いてみたが、何も反応はない。

 ただの悪戯だろうか。

 いやそれともなにかこれから起こるのか。

 その思考に一夏が入った瞬間、物体が空を裂く音が近づいてきた。

 それは一夏の方向に行き先を向けている。

 

「マジか……」

 

 そのまま一夏の前方2メートルの位置に突き刺さったのは、イラストチックなデザインで作られたニンジン型の飛行物体だった。

 一夏はそのまま見なかった事にするため、何事もなかったかのように立ち上がった。

 両膝をはたいて砂を落とすと、ニンジンに背中を向ける。

 大きく息を吸い、激しく動く心臓を落ち着かせると、意を決して一歩を踏み出す。

 携帯がけたたましく鳴り響くが一夏は気にしない。

 一刻も早く離れなければと、頭が警告を受けている。

 一夏が疾走の体勢に入る。

 姿勢を低くし、その次の足を踏み出そうとした瞬間、一夏に影が差した。

 

「え?」

 

 咄嗟に見上げると、そこには網のようなものが飛んできていた。

 

「えぇぇぇぇ!?」

 

 一夏はあっけなく捕獲される。

 手足を使って何とか抜け出そうとするが、予想以上に絡みついた網は一夏を離そうとはしない。

 そのもがく一夏に足音が近づいてきた。

 

「逃げるだなんて酷いよ、いっくん!」

 

 まるで不思議の国から出てきたような青と白のワンピースに、特徴的なうさ耳。

 世界的有名人、篠ノ乃束である。

 

「お、お久しぶりです、束さん」

 

「うんうん。おひさだね。本当に久しいねー」

 

 束は周りをキョロキョロ見渡す。

 

「ところでいっくん。セラはどこかな? 一緒じゃないんだ?」

 

「えーと……」

 

 一夏は沙良が何処で何をしているかは知っている。

 しかし、その内容的に、束に邪魔をされたくはないだろうと、その場所を教えることを躊躇ってしまう。

 

 それを、知らないと判断したのか、束は興味を別に移した。

 

「まぁ、今日のところは別に用事があるしね。また明日会うことにするよ」

 

 そう言ってスタスタと歩き去ってしまう。

 その際に、「セラ探索機も作っておけばよかった」と言葉を残して。

 一夏は、沙良が額に手を当てて困った顔をするのを簡単に想像できる。

 

「せめて開放して行ってくれよ……」

 

 そこには捕らえられた一夏だけが取り残されるのであった。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

「さっきは酷い目に遭った」

 

 セシリアが通りすがらなかったら、悲惨なことになっていただろう。

 炎天下の中、直射日光をただひたすら浴び続けるというのは男である一夏にも辛いものがある。

 無事に自由を取り戻せた一夏は別館の一番奥の更衣室を目指し歩いていた。

 男子である一夏は別館の更衣室でも一番奥を使用するように言われているのだ。

 その別館からは直接浜辺に出られるようになっているとのことで、そのまま海に一直線に出て行くには都合がいいらしい。

 

(うーん、それにしても……)

 

 一番奥の更衣室ゆえに、女子の更衣室の前を通らなければならず、当然、中は見えないが、女子生徒特有の黄色い声が一夏の鼓膜に響く。

 

「わ、ミカってば胸おっきー。また育ったんじゃないの~?」

 

「きゃあっ! も、揉まないでよぉっ!」

 

「ティナって水着だいたーん。すっごいね~」

 

「そう? ステイツでは普通だと思うけど」

 

 そう。こういう話題が平然と飛び交っているのだ。

 一夏はそれを苦手としている。

 気恥ずかしいのだ。

 その場から逃げるように早足で男子用更衣室に逃げ込む。

 男の身支度など早いもので、五分も掛からないうちに着替えを終わらせる。

 一番奥に設置された更衣室からは、扉を開けると、すぐに海に出ることが出来る。

 一夏は更衣室の扉を開け、海が広がる風景を瞳に焼き付ける。

 

 世界では環境問題がよく議論になっているが、この海はそんなことを感じさせないぐらいに澄み渡っている。

 そういえば、SQCも環境事業に力を入れていると沙良が言っていたなと、そんなことを思い出しながら、一夏は浜辺を歩く。

 

「あ、織斑君だ!」

 

「う、うそっ! 私の水着変じゃないよね!? 大丈夫だよね!?」

 

「わ、わ~。体かっこい~。鍛えてるね~」

 

 更衣室から出てきた女子に発見されると、次々と声をかけられていく。

 各人、可愛い水着を身に着けているため、その露出度に少しの照れが生じてしまい、視線を逸らしてしまう。

 一夏は、この気恥ずかしさも海の醍醐味のうちか、と自分を納得させ、波打ち際に足を進める。

 

 ビーチには既に多くの女子生徒が溢れていて、肌を焼いている子も居れば、ビーチバレーしている子、さっそく泳いでいる子など様々だ。

 着ている水着も色とりどりで、目に眩しい。

 

「ある意味太陽よりも眩しいよな……」

 

「何恥ずかしいこと口走ってんのさ」

 

「っ!?」

 

 一夏はサッと後ろを向く。

 

「なんだ、沙良か……。ビックリさせるなよ」

 

 沙良は準備運動をしている一夏の横に座り込む。

 ちょうど一夏の体が影になるように座るあたり、相当暑いらしい。

 

「仕事は終わったのか?」

 

 沙良は首を横に振ると、海を指差す。

 最初はそれを見つけることが出来なかったが、じっと見ていると、その意味がわかった。

 

「遠泳実験中」

 

 沙良の言葉の通り、三人の女生徒が鮫型のロボットに追いかけられながら必死の形相で海を泳いでいた。

 その足にはフィンが履かれているが、時折鮫型ロボットが急加速するなど、精神的にも相当辛いだろう。

 むしろ、何処から持ってきたんだあのロボットは。

 

「テストは水着だけじゃなかったんだな」

 

「うん、この夏発売予定の新作モデルだよ。一夏も欲しい?」

 

「いや、この前貰ったフィンが結構しっくりきてるからな」

 

「そっか」

 

「ああ」

 

「暇」

 

「そうか」

 

「帰って来るまですることない」

 

 片言になっている沙良は服をパタパタと仰いでいる。

 下は、流石に水着を穿いているが、上はしっかりとパーカーを着込んでいる。

 

「上を脱いだらいいじゃないか?」

 

「シャルが泳がないなら肌を出しちゃダメって」

 

「せっかくの海なのに勿体無い」

 

「海なんて毎年嫌になるほど行ってるしね」

 

 沙良は足をだらーんと前に伸ばし、砂浜の上に寝転がった。

 

「あつーい」

 

「そりゃ、夏だからな」

 

「そんな言葉が聞きたいんじゃないやい」

 

「どうしろって言うんだ」

 

 一夏は苦笑いで答える。

 

 海から「助けてー!」「サラー!」「いやー!」など叫び声が聞こえてくるが、一夏は無視を決め込む。

 聞いてはいけない。

 見てはいけない。

 何て酷い職務内容なんだろうか。

 一夏は心の中で、沙良に熱を向けるシャルロットに憐れみの涙を零す。

 

「あ、シャルが沈んだ」

 

 その言葉に海を見ると、鮫型ロボットに助けられているシャルロットの姿が見える。

 そのまま咥えられた状態で陸に運ばれているようだ。

 海で泳いでいた生徒が、旧約聖書でモーゼが海を割ったようにシャルロットから離れる。

 全員があからさまな引き笑いを浮かべているのが印象的だ。

 

「じゃあ、僕はそろそろ行くよ。一夏も海を楽しんでね」

 

 沙良が、岸辺に打ち上げられて、弱弱しく息をしているシャルロットに近寄っていくのを、ただ見送るのであった。

 

「何かありましたの?」

 

 そこにビーチパラソルとシート、それにサンオイルを持ったセシリアが声をかけてきた。

 

「沙良の持ってきたロボットにみんな驚いてるだけさ」

 

 一夏は海に背びれを突き出している鮫型ロボットを指差す。

 

「こ、個性的なロボットですわね」

 

「無理して褒める必要もないぜ?」

 

 一夏は肩を竦めてみせる。

 その動作に、セシリアも笑みを浮かべる。

 

「そうですわね」

 

 セシリアは鮮やかな青色のビキニタイプの水着を着用していた。腰に巻かれたパレオが優雅に揺れている。

 明らかに泳ぐ用途ではない水着のため、これから泳ごうと思っていた一夏は、セシリアを泳ぎに誘うことを諦める。

 

「一夏さんは泳ぎに行きませんの?」

 

「今は準備運動中。ちゃんとやっておかないと、足を攣ったりするからな」

 

「真面目ですのね」

 

 セシリアがくすくすと笑う。

 水着を着てても優雅さは変わらないことに一夏は素直に感心する。

 

(やっぱお嬢様なんだなぁ)

 

 一夏はセシリアが持っているサンオイルになんとなく目をやった。

 それをどう受け取ったのか、セシリアが一夏にちょっとしたお願いする。

 

「一夏さん、良かったら背中にサンオイルを塗ってくれません? 自分では流石に届きませんの」

 

「それは別に良いけど、肌を焼いちゃうのか?」

 

 一夏は勿体無さそうに言う。

 

「セシリアは肌が白くて綺麗だからさ、まぁ俺が口を出すことじゃないんだろうけど」

 

 その一夏の言葉に、頬を少し赤く染めたセシリアは「そ、そういうことでしたら」と前置きして、俯き気味に問いかけた。

 

「日焼け止めを塗っていただけませんか?」

 

 その珍しく、年頃の女の子らしい雰囲気を出しているセシリアに、一夏は微笑みかけながら頷くのであった。




評価が大きく下がったと思ったら、評価基準が変わったんですね。
10の評価が少なくなっていたため、何がいけないんだろうと考えてました。
ただ、一回リセットされただけなのですね。
この状態でも、限りある10の評価を付けていただいて、とても嬉しく思っています。
どのような評価も糧にしていきますので是非お声を届けてくれたらと思います。
今後とも、応援お願いいたします。

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