IS 深海の探索者   作:雨夜 亜由

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第四十五話 買い物日和

 シャルロットは、用事の無い休日を持て余していた。

 朝食を食べて部屋に帰って来たのが、おおよそ三十分前なので、恐らく九時前後といったところだろう。

 暇つぶしに持ってきた新聞も読み終わってしまい、本格的にすることが無い。

 元々は沙良を誘ってどこかに行こうと考えていたため、他に何も考えていなかったのだ。

 現在は、暇を持て余し、自らのベッドで横になっていた。

 同居者のラウラは、テレビのアニメ番組に夢中になっている。

 時折、興奮しながら話しかけてくるのを、シャルロットは微笑ましく眺めている。

 それにしても、とシャルロットは口にした。

 

「一夏とお出掛けかぁ」

 

 まさか一夏に先を越されているとは思いもしなかった。

 しかし、そこで簪やソフィアなど他の女子の名前が出なかったことには胸を撫で下ろしている。

 このまま部屋でじっとしてもすることは無い。

 明日からは臨海学校なのだ。

 必要なものの買出しに街に出るのも悪くは無いだろう。

 必要なものといっても、水着はSeaQuestCompanyの新作水着をテストすることになっているため、自分で用意することは無い。

 IS関係も、フィオナと沙良が纏めて用意していくらしい。

 正直、持って行くのは衣類だけだろうが、向こうで宿泊するところは旅館と聞いている。

 着た事は無いが、浴衣らしきものを着ると沙良から聞いているため、たいした衣類も必要はない。

 そうなると、下着類のみになるだろう。

 ちなみに、下着もSQC製である。

 

「買うものが何も無い……」

 

 せいぜい、日焼け止めぐらいだろうが、水着や下着まで販売しているSQCが日焼け止めを作っていないということは考えにくい。

 買ったところで、沙良のカバンからポンと出てきそうだ。

 シャルロットは大きくため息を付く。

 リナやフィオナは臨海学校の追加武装の件でSQCの日本支部に行くといって、朝早くに出かけていったので、機体のチェックを行うことすらできない。

 

「誰かが誘ってくれたら動きやすいのだけどなぁ」

 

 その呟きを聞いていたかのタイミングで、ドアがノックされる。

 ラウラはテレビに夢中で動く気配が無い。

 その姿に顔がほころぶ。

 

 ひとまず訪問者に「はーい」と部屋にいることを示し、ドアに近づく。

 シャルロットはドアを開けて、その訪問者の姿を確認した。

 そこには艶やかな黒髪をツインテールにしている鈴音がいた。

 

「ねえ、そっちに一夏来てる?」

 

「来てないよ」

 

 何か急ぎのようだろうか。

 それならば沙良に言って伝言を頼んだ方が良いだろう。

 

「もしかして急ぎの用? それなら沙良に言えば連絡付くと思うけど?」

 

「いや、大したことじゃないのよ。暇なら買い物に付き合ってもらおうと思っただけ」

 

「一夏は今日は沙良とお出掛けって言ってたよ。沙良が言ってたから、間違いないと思う……」

 

 断られた時のことを思い出し、若干口調が暗くなっていく。

 それに気付いた鈴音は慌てて話題をそらす。

 

「そ、そういえばシャルロットは水着を買わないの?」

 

「実は会社から水着をモニターするように言われてるんだ」

 

「本当に仕事馬鹿ね」

 

 そういって笑う鈴音を部屋に招き入れる。

 鈴音はラウラの姿を見つけるとその笑みを苦笑に変える。

 ラウラが戦隊物の特撮を興奮気味に見ているのを見て、呆れたようだ。

 

「あの子って、いつもあんな感じ?」

 

 鈴音は振り向き、そう問いかける。

 シャルロットは笑いながら頷いた。

 

「さっきまではアニメを見てはしゃいでたよ」

 

「同一人物とは思えないわね……」

 

 その意見にはシャルロットとしても同じだ。

 テレビに噛り付いていたラウラが、不意にシャルロットに視線を向けた。

 どうやらCMに入ったようだ。

 今更、鈴音の存在に気付いたのか、一瞬目を丸くしている。

 

「なぜ鈴がここにいる。ここは私の部屋だそ?」

 

「わかってるわよ。シャルロットに用があったのよ」

 

 普段の鈴音なら高圧的なラウラの態度にムッとしたかもしれないが、先ほどのラウラの姿を見て、妙な保護欲が湧いていた。

 

「そういえば、ラウラは臨海学校の水着はどうするの?」

 

 自分のベッドに腰をかけたシャルロットがラウラに問いかける。

 

「ん? 学校指定の水着だが………………ダメなのか?」

 

 学校指定と口にした瞬間に、シャルロットと鈴音の表情が変わったため、つい弱気になってしまう。

 

「ねえ、シャルロット。この学校の指定水着って……」

 

「スクール水着、だよね?」

 

 シャルロットと鈴音は一度顔を見合わせると、二人して大きく頷いた。

 二人は、ガシッとラウラの肩を掴む。

 その行為に、ラウラはビクッとなる。

 

「ラウラ、水着買いに行くよ」

 

 その二人の無言の圧力にラウラは頷くしか選択肢が無いのであった。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 ラウラとシャルロットは、鈴音の案内によって、駅前のショッピングモールに来ていた。

 交通網の中心でもあるため、物資も自然に集まり、そのショッピングモールには『ここで無ければ市内のどこにも無い』と言われるほどの品揃えを誇っている。

 その名は『レゾナンス』

 鈴音は中学のころに、一夏や友人たちと放課後によく来ていたものだ。

 

「水着売り場は二階の筈よ」

 

 鈴音はその迷いの無い歩みを少し緩めると、後ろを付いて歩いているシャルロットとラウラの姿を視界に納める。

 シャルロットはシンプルな薄い青色のブラウスに、黒色のネクタイ。そして黒色のショートパンツという格好をしている。

 西洋人の長い手足が映えるコーディネイトでシャルロットに良く似合っている。

 

 問題はその横のドイツの軍人だ。

 買い物に出かけることになり、いざ出かけようと集合場所に集まってみると、そこには軍服を身に纏ったラウラが立っていた。

 あの時は鈴音も頭を抱えたものだ。

 今はサイズが近かった鈴音の服を着させている。

 本人は頻りに「動きにくい」と文句を言うのだが、鈴音としては、軍服を引き連れて買い物をする趣味は無い。

 

 鈴音の服を着せられたラウラは年相応か、少し幼く見える。

 それは、周りを興味深そうにキョロキョロと見渡すのも一つの原因なのだろう。

 シャルロットがはぐれない様にと手を繋いでいるのが微笑ましい。

 

「それにしてもいっぱい店が入ってるんだね」

 

 シャルロットが周りを一通り見渡すと、先を歩く鈴音に声をかけた。

 鈴音は、肯定の返事を返すと、一つの店を指で示した。

 

「あそこが水着売り場よ」

 

 色とりどりの水着がディスプレイされている売り場は見ているだけでもその気分を高揚させる。

 

「ほら、ひとまずは自分で水着を選んできなさい。後であたし達も見てあげるから」

 

 鈴音はラウラの背中を押すと、水着売り場にラウラを送り出した。

 その好奇心に胸を弾ませているラウラの姿を見ると、急に心配になる。

 

「変なの選ばないかしら」

 

「大丈夫……じゃないかな?」

 

「せめて断定して欲しかったわ」

 

 鈴音はひとまず、自分の水着を探すことにした。

 探すはタンキニタイプの水着。

 胸が小さいことを気にしている鈴音は、それでも体を出すことによって、そのスタイルのよさをアピールポイントにするつもりだ。

 できるだけ暖色系の明るい色を使っているものを物色していく。

 膨張色によって少しでも見た目を誤魔化せないかという、鈴音の足掻きである。

 

「ねえ、シャルロット。これどうかしら?」

 

 そういって橙と白のストライプの水着を体の前に持ってくる。

 

「すっごくいいと思う。活動的な鈴のイメージにぴったりだよ」

 

 そのシャルロットの似合うという発言に、鈴音は即決する。

 

「じゃあ買ってくるわね」

 

 鈴音は迷う素振りも無く、レジに商品を置くと、財布を開く。

 思考よりも感覚。

 鈴音を見ているとそれが良く分かる。

 袋を右手に提げて、シャルロットの元に戻ると、シャルロットの視線が女性水着売り場の端に注目している事に気付く。

 

「どうしたの?」

 

「いや、あの人沙良に似ているなぁっていうか、どう見ても沙良だよね?」

 

 そう言われて、鈴音もその指で示された方向に視線を向けると、確かにそこには沙良が居た。

 しかも、盛大に変な女性に絡まれていた。

 明らかに険悪な雰囲気に、鈴音はどうしようかと考える。

 その考えていたほんの数秒の間に、シャルロットは行動を起こしていた。

 

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 シャルロットは沙良に絡んでいる女性の肩を強く掴む。

 明らかに沙良は嫌がっており、沙良が何かしたわけではないのは一目瞭然だ。

 ISが普及し、女尊男卑の風潮が浸透したことにより、こういった勘違いした人間が目立つようになってきた。

 女性が優遇される国において、女性に口答えすることはあまり得策ではない。

 身に覚えの無い冤罪を擦り付けられるなんてよくある話だ。

 だからこそ、シャルロットが口を挟む。

 女同士なら話も拗れる事は無い。

 

「どうなされました?」

 

 口調だけは丁寧に、しかし内心の苛立ちを隠すことなく女性に話しかける。

 

「この男に水着を片付けなさいといっているのに聞かないのよ。これだから男は嫌なのよね」

 

 女性はシャルロットの苛立ちに気付いていないのか、あろうことかシャルロットの前で沙良を非難するような言葉を発する。

 いくら女尊男卑とはいえど、ここまで横柄な女は少数だろう。

 多くの女性は男の社会的立場というものをある程度は理解している。

 沙良も今、シャルロットに気付いたのだろう。

 ほっとしたような表情を浮かべ、シャルロットの名前を呼ぶ。

 

「シャルー」

 

「あら、あなたの知り合いかしら?」

 

 沙良がシャルロットの名前を呼んだ事で、女性がまた要らぬことを口走った。

 

「あなたの男なら、しっかりと躾くらいしなさいよね」

 

 その「躾」との言葉にシャルロットの額に青筋が一つ浮き上がる。

 遠目に鈴音が慌てだしたのが目に入った。

 

「そんな使えない男なんて早く捨てたほうがいいわよ」

 

 まるで捨て台詞のように言葉を吐き捨て、女性は立ち去っていく。

 その捨て吐かれた言葉に、流石のシャルロットも堪忍袋の緒が切れ掛かる。

 その無防備な背中をまるで親の敵のように睨み付ける。

 沙良に対しての暴言には耐性が低いことが良く分かる。今にも殴りかかりそうだ。

 しかし、シャルロットの肩を押さえる者が居た。

 鈴音だ。

 鈴音は、シャルロットの肩を押さえながら、小声で"落ち着きなさい"と連呼している。

 

「大丈夫だよ、鈴。安心して、僕は冷静だよ? ちょっとだけ後悔してもらうだけだから」

 

「その思考から離れなさいって言ってんのよ!」

 

 鈴音がシャルロットをどうにか落ち着かせると、沙良がタイミングを待っていたように声をかけた。

 

「ごめんねシャル。やな思いさせちゃって」

 

「全然沙良が気にすることじゃないよ。僕が勝手にやったことだし、ね?」

 

「うん、ありがとう」

 

 謝罪が通らない。だから沙良は素直に礼の言葉を口にした。

 その礼の言葉に、シャルロットは満足そうに頷くと、近くに一夏がいないことに疑問を覚えた。

 

「そういえば、一夏と出かけていたんじゃなかったの?」

 

「一夏なら千冬姉と水着を見てたはずだよ。そろそろ戻ってくるんじゃないかなぁ?」

 

 その言葉に、千冬も傍に居る事に気付いたシャルロットは、「それじゃあ邪魔しちゃダメかな?」と声をかけ、その場を離れる意志を見せる。

 勿論、シャルロットとしては少しでも沙良と一緒に居たいし、鈴音も一夏と一緒に行動したいだろう。ラウラもきっとそうだろう。

 しかし、千冬が居るとなれば話は別だ。

 恐らく、姉弟水入らずで買い物に来たのだろう。

 それを邪魔するほど、野暮ではない。

 鈴音に視線を向けると、その考えを読み取ってくれたのか、頷いてくれる。

 そのシャルロット達を引き止めたのは、その当事者である沙良だった。

 

「気を使わなくて良いよ」

 

 そう言って沙良は微笑む。

 

「千冬姉ともさっき偶然会っただけだし、山田先生も一緒にいたから、買出しついでに水着を買いに着たんじゃないかな」

 

 それは、シャルロット達が遠慮した理由に対する言葉。

 その意味はシャルロットだってわかる。

 シャルロットは鈴音と顔を合わせる。

 鈴音はコクコクと頷いている。

 

「じゃ、じゃあ一緒してもいいかな?」

 

 シャルロットはモジモジしながら沙良に尋ねる。

 

「もちろんだよ」

 

 沙良は、誰にでも見せるほんわかとした笑みではなく、身内だけに向けるふにゃーとした笑顔をシャルロットに向けた。

 

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

「一夏、どっちの水着がいいと思う?」

 

 そう言って千冬が見せたのは二種類の水着。

 片方はスポーティでありながらメッシュ状にクロスした部分がセクシーさを演出している黒。

 もう片方は対極に、一切の無駄を省いたかのような機能性重視の白。

 どちらもビキニのため、肌の露出は多そうだ。

 一夏は、顎に手をやり、考える素振りを見せる。

 自分の好み的には黒だ。

 しかし、それではおかしな男が寄り付いてくるのではないか。

 ストイックな白のほうが声をかけづらいだろう。

 

「黒い方」

 

 一夏はそれでも黒を選択した。

 よくよく考えると、千冬がそこらへんの男に靡く様な人間ではないことは良く分かっている。

 無駄な心配だ。

 

「ほう、お前のことだから余計な心配をして白と言うかと思ったぞ」

 

「最初はそう思ったけど、臨海学校に来ている教員に声をかけるような男に千冬姉が靡くわけがないしな」

 

「良く分かってるじゃないか」

 

「でも千冬姉、彼氏とか作らないのか? そういう話を一回も聞いたことが無いしさ」

 

「手の掛かる弟が自立したら考えるさ」

 

 それを言われたら立つ瀬が無い。

 

「でもそしたら千冬姉、婚期逃しちゃう――痛っ!!」

 

 言葉を言い終わる前に、千冬の拳骨が頭に落とされる。

 

「お前にだけは言われたくないな」

 

「そうは言っても」

 

「で、お前はどうなんだ?」

 

「え?」

 

 急に話を自分に向けられた一夏は戸惑いの声をあげる。

 

「お前は彼女を作らないのか? 幸い学園には腐るほど女はいるし、選り取り見取りだろう?」

 

 千冬の選り取り見取りの発言に、もっと言い方があるだろうにと苦笑いを浮かべる一夏。

 

「そうだな……。ラウラなんかはどうだ? 色々と問題はあるだろうが、あれで一途なやつだぞ。容姿だって悪くはあるまい」

 

「まぁ、好意を向けてくれるのは嬉しいけど」

 

「それに、キスをした仲だろう?」

 

 キスという言葉に狼狽する一夏を、千冬は微笑をたたえて見守っていた。

 

「まんざらでもないか?」

 

「うーん、まぁ容姿は良いとは思う」

 

「ほう? どういうことだ?」

 

 千冬はニヤニヤしながら発言を促す。

 

「ラウラは可愛い――って何を言わせるんだよ!」

 

「発言したのはお前だろう」

 

 誘導尋問のような気がしないでもないが、こういったものは引っかかってしまった一夏に非がある。

 

「まあ、何にしても私の心配をする前に自分の方をどうにかするんだな。私はまだ、弟に気を遣われるような歳ではないさ」

 

「……わかったよ。変な心配はしない。これで良いだろ?」

 

「ああ、それでいい」

 

 最後にニヤリとした笑みを残して、千冬はレジへと歩いていく。

 その場に残された一夏としては、千冬についていけばのか、沙良と合流すれば良いのか、判断に困るところだった。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 ラウラは水着を物色していた。

 鈴音に言われたとおり、まずは自分で選んでいるのだが、如何せん自分は他の人間とはズレているらしい。

 水着など、なんでも一緒だろうにと思うラウラは、どれを選んでいいのかがさっぱりわからない。

 ここは一度、鈴音とシャルロットに意見を求めるべきではないか。

 そう判断したラウラは、手に持っていた沢山の水着を店員に預けると、鈴音とシャルロットの姿を探す。

 そのラウラの耳に、聞き覚えのある声が聞こえたきた。

 

『で、お前はどうなんだ?』

 

 その敬愛すべき千冬の声を聞き間違えるはずが無い。

 こんなところで出会うのも少し気恥ずかしいため、ラウラはサッと身を隠してしまう。

 すると千冬は驚くべきことを口走った。

 

『そうだな……。ラウラなんかはどうだ? 色々と問題はあるだろうが、あれで一途なやつだぞ。容姿だって悪くはあるまい』

 

 自分を評価する千冬の言葉に一瞬頭が真っ白になるが、千冬の気が一瞬こちらを向いたことにラウラは気付いた。

 隠れていることはバレている。

 元々盗み聞きをするつもりは無い。

 千冬が誰と話しているかは知らないが、あまりこの場に留まるのは得策ではないだろう。

 ならばとその場から出ようと体を動かした瞬間、その白い肌が赤く染まった。

 

『ラウラは可愛い』

 

 いきなり、自分が愛する男の声が耳を揺さぶった。

 まさか一夏と会話していると思っていなかったため、不意打ちに身を打たれる形となってしまった。

 

「………………」

 

 突然の言葉に、心臓は早鐘を打ち、収まる気配を見せない。

 胸の高まりに呼応して、顔の熱も高くなってくる。

 あれほど、わかりやすく好意を向け、褒めるがいいと何度も一夏に言ってきたが、実際に褒めてもらったことなど一度も無かった。

 勿論、『可愛い』なんて言ってもらえる訳が無い。

 沙良は何かと可愛がってくれるが、一夏がこういうことを言うのは本当に珍しいのだ。

 そんなこともあり、冷静沈着と評価を受けてきたラウラが取り乱してしまうのは、何もおかしくは無い。

 

(か、か、可愛い……? 私が、可愛い……可愛い……)

 

 意味も無く周りをキョロキョロと見やってから、ラウラは瞼を閉じて、胸に手を当てて意識を集中させる。

 先ほどまで鈴音とシャルロットを探していたことなど忘れ、ラウラは個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)を開いた。

 その番号は、ラウラが隊長を務めるシュヴァルツェ・ハーゼの副隊長クラリッサ・ハルフォーフの専用機である。

 ラウラは、自らが一番信頼を置くものに助けを求めた。

 

『――受諾。クラリッサ・ハルフォーフ大尉です』

 

「わ、私だ……」

 

 本来ならば名前と階級を言わねばならないのだが、取り乱しているラウラにはそこまで気が回らなかった。

 

『なにか問題が起きたのですか?』

 

「あ、ああ……。とても重大な問題が発生している」

 

『――部隊を向かわせますか?』

 

「い、いや、部隊は必要ない。個人的な、案件だ……」

 

『私に、用事があるのですか?』

 

「ああ。クラリッサ。その、だな。わ、わ、私は、可愛い……らしい、ぞ?」

 

『……はい?』

 

 規律整然としていたクラリッサの声が半オクターブほど高くなる。ついでに、きりりっとした口調は突然の意味不明な事態に対して若干間の抜けたものへと変わっていた。

 

「い、い、一夏が、そう、言っていて、だな……」

 

『ああ、織斑教官の弟で、ルイス博士のご友人の彼ですか。隊長が好意を寄せているという』

 

「う、うむ……ど、どうしたらいい、クラリッサ? こういう場合は、どうするべきなのだ?」

 

 頼れる部下は、そうですねと前置きして状況把握を促してきた。

 

『それは直接言われたのですか?』

 

「い、いや、向こうはここに私がいるとは思っていないだろう」

 

『――最高ですね』

 

「そ、そうなのか?」

 

『はい。本人のいない場所でされる褒め言葉にウソはありません』

 

「そ、そうか……!」

 

 クラリッサの言葉に、ラウラは花が開いたように表情を輝かせる。

 自らの腹心の言葉だ。

 まず間違いは無いだろう。

 

「そ、それで、だな、今、その、水着売り場なのだが……」

 

『ほう、水着! そういえば来週は臨海学校でしたね。隊長はどのような水着を?』

 

「そ、それが、何を着たら良いのかがわからなくて、困っているのだ」

 

『それで、私に助けを?』

 

「あ、ああ。ど、どうしたらいい?」

 

『フッ。私に秘策があります』

 

 言葉に熱が入り始めたクラリッサの迫力に負けながらも、ラウラは言われたとおりの水着を探し始める。

 ようやく、言われたとおりの水着を探し当てると、それを鈴音とシャルロットに見せることにした。

 二人は、見せられた水着に一瞬ぽかんとした顔でラウラを見たが、モジモジとしているラウラにすぐさま可愛いと賛辞を送ってくれたのだった。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 一夏が沙良合流した時、その場にはいつの間にか人数が増えていた。

 

「あれ? みんなどうしたんだ?」

 

「たまたまそこで会ったんだ。もう僕たちの用事も終わったし、一緒しても良いよね?」

 

「勿論だ。せっかく会ったんだし、ご飯ぐらい食べていこうぜ」

 

 一夏は時計を示す。

 その時刻は午後5時を回っている。

 これから食事所を探していると、ちょうどいい時間になるだろう。

 その一夏の提案に反対するものなど誰もいない。

 純粋にお腹を空かしている沙良は最初から乗気である。

 沙良と一緒に行動できることに喜びを隠しきれていないシャルロットは嬉しそうに頷く。

 一夏と思いがけなく行動できることになった鈴音は断るなんて選択肢は最初から無い。

 先ほどのことが尾を引いているのか、ラウラは何も考えることなくただ頷いている。

 一夏は全員が賛成なことを確認すると、レストラン街に向けて足を進めるのであった。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

「あら、皆さんお揃いでどうされましたの?」

 

 私服に身を包んだセシリアは、廊下で級友とバッタリと出会った。

 恐らくは皆で出かけていたのだろう。それぞれが私服を身に纏っている。

 鈴音が一夏の近くを歩き、シャルロットが沙良の近くを歩く。それに挟まれる位置にラウラが陣取り、シャルロットや鈴音とお揃いの袋を持っている。

 

――あらあら、分かりやすいこと。

 

 誰が誰に好意を向けているかが丸分かりだ。

 

「たまたま外で出会ったから一緒にご飯食べてきたんだ。セシリアは?」

 

 集団を代表して、沙良が言葉を紡いだ。

 それに微笑を携えて答える。

 

「それは楽しそうですわね。わたくしは注文していた商品を取りに街まで出ていましたの」

 

 そう言って見せるのは小さな紙袋。

 わざわざ店まで足を運ぶほどに高価なもの。

 

「そのブランドって……あれよね?」

 

「うん、確か高級な香水取り扱っているところだよね」

 

「なんて書いてるんだ? レリ……エル? 聞いたこと無いな」

 

「え、一夏レリエル知らないの? 有名な香水会社だよ?」

 

 それぞれがリアクションを取ると、セシリアはその紙袋を皆の視線から外した。

 それを合図に、歩きながら話そうかと沙良が言うと、セシリアも頷きを返す。

 鈴音が先頭を歩き出して、セシリアが続く。

 

「セシリアって普段から香水付けているけど、上品につけるわよね」

 

「それはもちろん。身嗜みも手を抜くわけにはいきませんから」

 

「流石、お嬢様ね」

 

「あら、鈴さん。女性としては大切なポイントですわよ?」

 

「でも、あたしは香水ってあんまり好きじゃないし」

 

「今度一緒に選びに行きません? きっと気に入るのが見つかるはずですわ」

 

「そうね、それも良いかも。楽しみにしてるわ。あ、あたし部屋こっちだから」

 

 鈴の部屋の付近に来ると、鈴音は手を振り部屋に入っていった。手を振り返したセシリアたちは、ゆっくりと歩を歩める。

 

「そういえば、最近セシリア大人しいね」

 

 シャルロットが、先を歩く一夏を視線で示しながら言う。

 それは鈴音や箒と違って、一夏に焼き餅を焼いたり、嫉妬することも少なくなったという事だろう。

 今までの行動を思い返してみると、高貴とは程遠い態度を取っていたものだと苦笑するしかない。

 

「ええ、わたくしも学習しましたの。わたくしは貴族として、貴族らしく振舞うのみです。今までの自分が恥ずかしいですわ」

 

「セシリアはもう諦めたの?」

 

 一夏を諦めるのか。そういう意図での発言だろう。

 

「それは想像に任せますわ」

 

 そう言いつつも、その目はまるで狩人のように一夏を捉えている。

 

「……鈴も箒も大変そうだね」

 

 正しく意味を理解したであろうシャルロットは此処に居らぬ友人に同情した。

 

「あら、シャルロットさんは余裕ですわね」

 

 セシリアは沙良を視界に収める。

 

「冗談。強敵だらけだよ」

 

「沙良さんも鈍いですからね」

 

「ただの鈍感ならまだ救いがあったんだけどね…………」

 

「よく分かりませんが、そちらも大変なようで」

 

「てか、気づいてたの?」

 

「ええ。沙良さんと居る時だけあんな幸せそうな顔をしているのですもの、簡単に気付きますわ」

 

「うわぁ、恥ずかしいっ!」

 

 紅潮した頬に手を当てるシャルロットを、微笑ましく見つめる。

 近くに自分の部屋も近づいてきている。ちょうど良い所で話が途切れたものだ。

 

「では、わたくしはこれで」

 

 そう、セシリアが声に出すと、前を歩いていた三人がこちらを振り向いた。

 

「またね」

 

「またね」

 

「そうかセシリアの部屋は此処なのか。覚えておこう」

 

 シャルロットと沙良の発言が被ったことに、少し笑みを浮かべる。

 ラウラの発言だけが少しずれているがそれは気にしないことにしておこう。

 

「ああ、また明日な」

 

「ええ、また明日」

 

 一夏からの挨拶に、つい嬉しくなるのは仕方ないだろう。

 貴族とは言えどまだ年頃の女の子なのだから。

 今日も良い夢が見れそうだと、セシリアは気分良く部屋に入るのであった。

 


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