IS 深海の探索者   作:雨夜 亜由

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第四十四話 追い込み作業

 夜遅く、整備室には未だに光が灯っていた。

 その漏れ出す光の中、五つの影が存在を主張する。

 一つはコンソールから動かず、もう一つはコンソールにもたれ掛かり、横から覗き込むようにそのモニターを注視している。

 残りの三つは、ソファに寝転ぶか、コーヒーを入れるなどの整備に関係ないことをしている。

 

「もう遅いし、帰って良いよ?」

 

 その三人を見て、コンソールの主が声をかけた。

 しかし、その三人ともが首を横に振る。

 

「セラが帰らないのに、私たちだけで帰れるわけが無いじゃない」

 

「そうですよー。わたしだって残りますよ」

 

「僕もそうだよ。沙良が残るのに、搭乗者の僕が先に帰れないよ」

 

 その三人の答えに、コンソールにもたれ掛かっているソフィアが苦笑をもらす。

 

「そんな事言って、明日も遅刻したら目も当てられないわよ? ねえ、シャルロット」

 

「う……それを言われると」

 

 今朝も遅刻したシャルロットは、強く出ることができない。

 俯いて、すごすごと引き下がってしまう。

 

「ちょっとシャルロット!? そんなことで負けちゃダメよ! ここは果敢に攻めないと、いつの間にか言いくるめられちゃうよ!?」

 

「そうですよ。ここは攻めの一手です」

 

 シャルロットの背中を押す二人。

 そんな二人に、沙良がふと声を出す。

 

「リナとフィーナは外泊の許可は取ったの?」

 

「「それはシャルロットだ――」」

 

「シャルは外泊を取ってるよ」

 

「「……」」

 

 言葉に被せるように沙良は言い放った。

 二人の視線がシャルロットに突き刺さる。

 その視線を受けたシャルロットはうろたえてしまう。

 

「だ、だって沙良が外泊を取ってるのに、搭乗者の僕が取ってないと色々都合が悪いし……」

 

 その視線に耐えれなくなったのか、言葉が小さくなっていく。

 

「それに、織斑先生に整備室の使用許可を貰ったから、そろそろ見回りに来てもおかしくないよ?」

 

「そんな事言って、私は織斑先生ごときでは逃げないわ!」

 

 リナは強気に胸を張る。

 扉にもたれ掛かっている人影にも気付かずに。

 

「ほう、私をごときと言うか」

 

「へ?」

 

 恐る恐る、後ろを振り返るリナ。

 ふるふると恐怖で涙が滲んでしまう。

 その瞳に映るは、世界最強を欲しい侭にするカリスマの塊。

 

「三組のリナ・フェルナンデス・コロンだな。覚えておこう」

 

 そういって、千冬は口角を吊り上げる。

 まるで、蛇に睨まれた蛙のように竦み上がってしまう。

 

「今なら反省文三枚で許してやろう。早く部屋に戻るんだな」

 

 リナはコクコクと頷き、沙良とソフィアに一言声をかけると、フィオナとシャルロットの手をつかんだ。

 

「ま、待って、僕は外泊とってる――」

 

「し、失礼しましたぁぁ!!!!」

 

 何か言おうとしていたシャルロットとフィーナを引き摺り、整備棟をかけていくリナ。

 その後姿は、とても小さく見えるのだった。

 千冬は、笑みを浮かべながらコンソールに近寄る。

 その表示されているデータは、機密事項なのだが、沙良は気にした様子も無い。

 それを信頼されていると判断し、気分を良くした千冬は軽口を叩く。

 

「スペインでの教育が足りてないんではないか?」

 

「それをするのが教師の仕事でしょ?」

 

「生憎、担任ではないのでな」

 

 千冬は肩を竦めると沙良の頭をガシガシと撫でる。

 

「子供は早く寝ることだ。外泊は出したが、誰もこんなところで夜を明かす許可を出したわけではない。ほら、そこの保護者も早くこいつを持ち帰れ」

 

 沙良は口を尖がらせて不満を主張しているが、千冬が教育機関に居るうちは教師に従えと説得すると、しぶしぶ頷いた。

 ソフィアが沙良の手を引いて、帰宅を促すのを見ると、千冬は右手に持っていた小包を沙良に差し出す。

 

「おっと、忘れていたな。これは先ほど届いた荷物だ。沙良宛だったぞ」

 

「誰から?」

 

「見ればわかる」

 

 差出人は書いていないが、沙良はそれが誰からなのか一発で理解した。

 

「この兎の印は姉さんだね……」

 

 小包の止め具に使われている兎のクリップを見て、沙良は差出人を推測する。

 

「何が届いたんだ?」

 

 千冬はその中身に興味があるようだ。

 

「僕は何も頼んだ覚えは無いけどなぁ」

 

 沙良はその小包をその場で開いていく。

 そこに入っていたのは、

 

「……うさ耳?」

 

 普段、束が付けているものに酷似したうさ耳だった。

 あの人はまたこんな下らないものを送ってきて。

 そう思い、そのうさ耳を箱にしまおうとすると、そのうさ耳に付属されていた手紙を見つける。

 その手紙を開き中の文章を確認すると、沙良はうさ耳を小包にしまい、小脇に抱えた。

 

「なんだったの?」

 

 ソフィアが不思議そうに聞いてくるが、沙良は笑みを返すことだけを答えとした。

 その様子に、ソフィアは追及の手を伸ばすことを止める。

 

「ひとまず、学生は寝る時間だ。早く部屋に戻るんだな」

 

 千冬は腕を組み、言葉を紡ぐ。

 

「外泊取ったのに……」

 

「外泊は許しても、深夜の作業を許したわけではない」

 

「ケチ」

 

「ケチでいいさ」

 

「……千冬姉のばか」

 

 千冬は指を丸め、沙良のおでこに近づける。

 

「織斑先生だ」

 

「あいたっ」

 

 そのままでこピンを食らった沙良は不満そうに頬を膨らます。

 あくまでも諦めないつもりだ。

 臨海学校までに完成させなければならないのだから。

 しかし、実際はそこまで追い詰められているわけでもない。

 普通にやっていても、土曜日までには形になっている予定だ。

 切り詰めて作業しているのは、ただの研究職の性分と言うものだろう。

 それがわかっているのか、千冬は深夜の作業を認めるわけにはいかない。

 それ以前に、スペイン側から散々沙良について、注意点を教えられている。

 深夜まで作業することが多いから、力ずくでも止めさせてくれ言われているのだ。

 

「おい、ソフィア。今日は、お前の部屋に泊めることを黙認してやるから、さっさと沙良を連れて帰れ」

 

 千冬は沙良の相手をソフィアに押し付けることにした。

 ソフィアは戦乙女に逆らうような浅はかな考えを持っていないため、素直に頷く。

 千冬と沙良が話している間に片付けは済んでいる。

 後は沙良を連れて帰るだけだ。

 沙良の腕を取ると、引き摺るように歩き出した。

 自分で歩こうとしない沙良を引き摺りながら、千冬に頭を下げると、そのまま部屋を出て行った。

 

「全く、世話を焼かせるやつだ」

 

 明かりの消えた整備室には、千冬の呟きが寂しく響くのだった。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

「結局、そのうさ耳はなんだったの?」

 

「簡易ハイパーセンサーだって」

 

 それは独逸が、人体にナノマシンを移植してまで欲しがった技術。

 脳への信号伝達の爆発的な速度向上を可能としている。

 

「それに、通信とか色んな機能を付けているみたい」

 

「…………なんてもの開発してるのよ」

 

「……僕も全く同じ気持ちだよ」

 

 二人のため息が部屋に響く。

 寝巻きに着替えた沙良は、ソフィアの机でのんびりと足を揺らしていた。

 ソフィアはそれをベッドの上から眺めている。

 

「その話私の前でしてもいいのかしら?」

 

 寝巻きを身に纏っている楯無がベッドに寝転びながら声をかける。

 

「大丈夫」

 

「信頼しすぎも身を滅ぼすわよ?」

 

「何かしたら潰すから」

 

「前言撤回、もう少し信頼してくれてもいいのよ?」

 

 楯無が可愛くない子とぼやくと、すぐさまソフィアが可愛いでしょと突っかかる。

 それを、沙良は鬱陶しそうに眺める。

 

「千冬姉も頭が固いし、姉さんは要らないものを送ってくるし、ついてないなぁ」

 

「まぁ生徒会から見ても徹夜作業は認められないわよ」

 

「たっちゃんのケチ。簪に有る事無い事言いふらしてやる」

 

「申し訳ございませんでした」

 

 ベッドの上で土下座の体勢を取る楯無。

 それを見て、うむと頷く沙良。

 

「面を上げい」

 

「ははあ」

 

「そのノリに私はどうしたらいいの?」

 

 ソフィアが相手にしてもらえず、拗ねたように話に入ってくる。

 

「ソフィは…………んー」

 

「んー」

 

 沙良の真似をする楯無。それが尚更ソフィアを苛立たせる。

 

「冗談よ、ソフィア。そんな怖い顔しないでくれる?」

 

 いつ手元に用意したのだろうか、扇子を片手にけらけらと笑うルームメイトにソフィアはため息を吐く。

 

「もう良い。私は寝るわ」

 

 そう言うとソフィアはもそもそとベッドに潜り込んで行く。

 すると、背中越しに温もりを感じる。

 

「ソフィ?」

 

 沙良がベッドに潜り込んできたようだ。

 つい、胸が高鳴るのが分かる。そして、あることに気づいた。

 

――そういえば、まだセラの布団を準備していない。

 

 それを思い出すと、身を起こそうとする。すると、沙良が裾を引っ張ってくるではないか。

 

「……怒ってる?」

 

 無言で起き上がろうとしたソフィアに、怒っているのではないだろうかと勘違いしたのだろう。

 

――ああ、もう。可愛いな全く。

 

 そんなことでソフィアが怒るわけもない。

 しかし、愛に悶えているソフィアを見て、怒ってると確信してしまったのだろう。沙良が唇を尖らせた。

 

「ごめんなさい」

 

 不満そうにしながらも、一応謝罪の言葉を発することにしたようだ。

 眉尻を下げてしまった沙良に保護欲が沸いてくる。

 

「怒ってないわよ」

 

 そう言い、沙良と向かい合うようにベッドに身体を倒す。

 すると、目の前の少年は嬉しそうに微笑を浮かべる。

 

――たまには、こんな御褒美があってもいいよね。

 

「ちょっと、イチャイチャしないでくれる?」

 

 楯無の発言は二人の耳に届くことは無かった。

 

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 太陽も一番高くまで昇り、アリーナも暑さに支配される中、熱気を切り離すかのように三機のISが空を飛びまわる。

 いや、一機だけは跳びまわっていると言ったほうがいいだろうか。

 スラスターによって動いているわけではなく、空間を足場にして(・・・・・・・・)跳躍を繰り返しているように見える。

 何も無い空間を踏みしめるかのように身を屈めると、その足裏の空間が歪む。

 歪みを蹴る様に、その身を宙に躍らせる。

 その跳躍に、スラスターによる飛翔も混ぜることによって、縦横無尽に空を泳ぐことを可能にしていた。

 その姿は、まるでイルカのように優雅であった。

 

 重力に縛られること無く空を泳ぐイルカは、自由な軌道を描いて、二機を引き離す。

 その搭乗者の顔は、晴れやかな笑顔で輝いている。

 まるで、楽しくて仕方ないと言わんばかりだ。

 追いかける二機もその喜びを隠しきれないのか、時折、楽しそうな声が漏れる。

 それを見上げるのは、地面に残る一人。

 計測器の前に居場所を据え、飛び回る三機を見て、ただ満足げに頷いている。

 手元の計測器は、予測値をマークしており、その機体に問題が無いことを示している。

 そのモニターに表示されるは『Delfin』の文字。

 現在、シャルロットの乗っている機体である。

 

『シャル、調子はどう? 気分は悪くない?』

 

 沙良は開放回線(オープンチャネル)でシャルロットに声をかける。

 今までなら、特殊兵装を使った後には必ず気分が悪くなっていた。

 これで、問題ないようならば、特殊兵装の基礎はほぼ完成したようなものだ。

 

『全く問題ないよ! それよりも最高の気分だよ。こんな飛び方があったなんて!』

 

 沙良は思わず、小さくガッツポーズを取る。

 シャルロットは、沙良に応えるかのように、複雑な機動で空高くまで上っていく。

 それは機体を見せ付けるかのように。

 

『これなら、ずっと飛んでいられるよ!!』

 

 興奮を抑えられないのか、その声は段々大きくなっていく。

 

『シャルロット興奮しすぎよ』

 

『本当に楽しそうですね』

 

 追いかける二人も弾んだ声色を隠すことはしない。

 三人は楽しそうに空を泳ぎ続ける。

 

『ずっと飛ぶのは別に構わないけど、データはちゃんと取ってよね』

 

 沙良は微笑を浮かべながらも、目まぐるしく変化していくモニターに注意を向ける。

 その両手は、仮想キーボードを踊るかのように叩いていく。

 沙良の指先が一つのキーに触れるたび、モニターに変化が起き、それに連動して、シャルロットたちのハイパーセンサーに指示とデータが飛ばされる。

 

『名残惜しいけど、このままパターンBに入るわ』

 

 リナが沙良に報告すると、沙良はそれに対応して、仮想キーボードを叩く。

 その訓練内容に対応するデータが全員に行き渡る。

 

『それじゃあ、パターンB開始』

 

 沙良の一言で、三機はその機動を変えるのだった。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 時刻は十八時。

 夏も近くなり、この時間はまだ明るいが、太陽はそろそろ役目を終えようとその身を引っ込めようとしている。

 

「お疲れ」

 

 沙良は、ISを解除し、座り込んでいる三人に近寄る。

 その手には、スポーツドリンクとタオルが抱えられている。

 それを、一人ずつ手渡すと、同じように三人の近くに腰を下ろした。

 

「どんな感じ?」

 

 三人を代表して、シャルロットが、沙良に声をかける。

 

「後は微調節だけしたら一先ずは目標ライン達成かな」

 

 沙良の言葉に、三人がハイタッチを交わした。

 

「長かったわ、この一週間。二十四時に寝て四時半に起きる辛さはもう味わいたくないわね」

 

「リナはまだいいほうですよ、わたしなんか整備も担当してるんですから」

 

「二人とも吐かないだけマシじゃないかな。僕なんて、この一週間吐かなかった日なんて……」

 

 三人が思い思いにこのデスマーチについての愚痴を口にする。

 その全員が、辛い思い出を振り返り、感慨に浸っている。

 

「三人ともお疲れ。明日は完全オフにしてあげるからゆっくり休んでね」

 

 その言葉に、リナはガッツポーズを取った。

 

「やった! ようやくの休日! 一日中寝てられるわ!!」

 

「もう、リナったら。寝るだけじゃもったいないよ」

 

「じゃあフィオナは何するのよ?」

 

「ベッドから降りることなく、映画鑑賞でもしましょうか」

 

「私とあまり変わらないじゃない!」

 

 二人の掛け合いに、笑いが起きる。

 

「もう、笑わせないでよ。あ、そうだ、シャル?」

 

「何?」

 

「もう完成に近いから、『ドルフィン』の名前を決めておいてね」

 

「え? どういうこと? 『ドルフィン』が名前じゃないの?」

 

「機体名は『ドルフィン』だけど、最終的には量産化が目的だから、登録名は別に付けないといけないんだよ」

 

 それは、沙良の『海良』やシャルロットの『空良』のように、個別に付けられている名前。

 

「な、なるほど……」

 

 シャルロットは、少し考えるような素振りを見せる。

 

「別に今じゃなくてもいいよ。ロールアウトまでに書類を出してさえくれたら良いし」

 

「うん、わかった。考えておくね」

 

 シャルロットが、頷きと共に言葉を返す。

 すると、そこで会話が途切れてしまう。

 一回途切れてしまった会話に好機と見たのか、シャルロットは、沙良に声をかける。

 

「ねぇ、沙良?」 

 

「ん?」

 

「沙良って、明日の午後って空いていたりする?」

 

 シャルロットは、せっかくの休日を有効に使おうと、沙良に予定を聞く。

 思い人と休日を過ごしたいというのは至極一般的な理由だろう。

 午前中は機体の微調節をするのはもう決まっているが、それでも午後までは掛からないだろう。

 恐らくは午後なら空いているはず。

 

「ごめん、明日は一夏と出かけるんだ」

 

 しかし、返って来たのは望まぬ返答だった。


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