IS 深海の探索者   作:雨夜 亜由

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やや如何わしい表現があります。


第四十二話 開発最前線

 漏れる吐息。

 儚げに濡れる瞳。

 その主を屈服させるかのように強引に押し倒す。

 

「あ……」

 

 その声は何を紡ごうとしたものか。

 濡れた視線にも構わずにその体に触れる。

 それは焦らすかのように肌を撫でていく。

 まれで壊れてしまうかのように、ゆっくりと優しく。

 

「や、め……」

 

 翠の瞳が潤む。その唇が、拒否の言葉を紡ごうと小さく動いた。しかしその言葉は紡がれることは無い。

 その言葉が言い終わる前に、口を塞いだ。

 唇が重なる。

 翠の瞳は驚いたように目を見開いたが、すぐにトロンとその表情を変える。

 

「ん、あ……んぅ」

 

 艶かしくあがる声に、体がうずくのがわかる。

 そっと、唇を離す。

 

「……シャル」

 

 名前を呼ばれる。

 その愛しい人から呼ばれる名に、胸の高まりは強まっていく。

 少女はもう一度顔を近づける。

 そのゆっくりとした動作に、愛しい人は顔を逸らす。しかし、金の髪の主は、そのまま首筋に顔を埋め、焦らすかのように反応を楽しむ。

 

「んぅ……」

 

 その声を抑える姿を堪能すると、少女は今度こそ少年と正面から向かい合う。

 瞳を逸らそうと逃げる顔は両手で押さえ、ゆっくりと顔を近づけていくと、観念したのか彼は瞳を閉じ、そっと唇を突き出した。

 艶美な表情に、自分の理性が外れていくのがわかる。

 少女は自分の欲望に身を委ねるのだった。

 

       ◇

 

「うわああああああああああぁぁぁぁ!!!!」

 

 シャルロットは飛び起きる。

 その行動にベッドが軽く軋みを上げる。

 その慌てふためいたシャルロットは、時計を見る余裕も、同居人を気にする余裕も無い。

 

「な、な、なななんて夢を……!!」

 

 夢にしては生々しく、未だにその感覚を思い出せる。

 その淫靡に迫る自分の姿に、頭を振る。

 

「違う違う違う、あれは夢だあれは夢だあれは夢だ」

 

 しかし、その唇には確かに夢の名残が残る。

 

「……」

 

 ふと唇に触れてしまう。

 その感触に、夢を強く意識してしまう。

 

「違う……僕はそんなにエッチなんかじゃ」

 

 そう否定しようとすると、また思い出してしまう。

 艶かしく嫌がる沙良に口付ける自分。最後に突き出されたあの唇。

 シャルロットは知らずのうちに顔を真っ赤にする。

 

「……シャワー浴びよう」

 

 このままでは沙良の顔を見ることすら出来ない。

 シャルロットは時計を見ることもなく、脱衣所に消えていった。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 シャルロットは必死だった。

 おそらく、人生で最も真剣に手を動かすことだけを考えている。

 時刻はもうすぐで六時になるといったところ。

 授業に間に合うためだけなら、あと一時間二時間は寝ていられただろう。

 しかし、今はそれよりも大事な用がある。

 

「あ、シャルロットさん。沙良さんがご立腹でしたよー」

 

「馬鹿ねえ、シャルロット。今日に限って遅刻なんて」

 

 第三アリーナ更衣室で必死に着替えをしていると、フィオナとリナが更衣室に入ってきた。

 二人とも、スペイン企業所属という立場になったシャルロットと仲良くしてくれる。

 

「……やっぱり怒ってた?」

 

 会話をしつつも、着替えの手は止めない。

 すぐにISスーツを装着すると、急いでアリーナに向かう。

 

「すっごい機嫌が悪かったわよ。今日は何回リバースするのかしらね」

 

 思いっきり顔をしかめるシャルロットの背中をリナとフィオナがポンと叩く 

 それに片手を上げて答えにすると、シャルロットは急いでアリーナに向かう。

 ピットが開くその僅かな時間すらも惜しい。

 早くしろと言わんばかりに体を揺らし、そのアリーナとピットの境界が無くなった瞬間に、足を踏み出す。

 その土を踏みしめた瞬間、銃弾がシャルロットに襲い掛かった。

 

「――っ!?」

 

 その銃弾がシャルロットに当たる前には、既に空の様に淡い青色に体が包まれている。

 しかし、無情にもその機体に押し寄せる銃弾の雨は強さを増すばかりである。

 いくら避けようとも、その銃弾を引き離すことは出来ない。

 シールドエネルギーがガリガリと削られていく。

 その銀色の雨の中でも、シャルロットのハイパーセンサーはガトリングを展開しだした沙良の姿を捉える。

 

「DIVE!!」

 

 これ以上は拙いと判断したのか、シャルロットは強くなるであろう弾幕に備えて、装甲を閉じた。

 しかし、それが仇となった。

 強くなった弾幕に足を止められてしまう結果になったシャルロットは確かに見た。そこにミサイルが混ざっていることを。

 

――そうきたか。

 

 思考だけが冷静のまま、シャルロットは爆発に巻き込まれるのであった。

 

「くっ……」

 

 その衝撃は、いくら耐久性に秀でていると言っても、そう簡単に耐えられるものではない。

 シールドエネルギーを抜け、装甲に破損が生じる。

 しかし、これで気を抜くわけにもいかない。

 周りは爆発による煙で、視界がまともに利かなくなっている。

 どこから何が飛んでくるかはわからない。

 ましてや、今日の沙良は不機嫌だという。

 手加減など、思考の端にも無いだろう。

 

「――っ!」

 

 ハイパーセンサーが、煙の揺らぎを感じる。

 反射的にアサルトライフル『CETME』を展開し、即座に引き金を絞る。

 その弾幕が煙を引き裂いた。そこに居たのは――

 

「なっ!?」

 

 普段、衝撃や人体への影響などを調べるため、人間の代わりに実験に扱われるダミー人形だった。

 ここにダミーが居るということ。

 それが示す答えは、

 

「後ろ!!」

 

 背後から襲い掛かる物体に、『CETME』を向ける。

 しかし、その正体に、引き金を引くことができなかった。

 

「ダミー!?」

 

 フェイントにフェイントを重ねられたシャルロットは、気付くことが出来なかった。

 真上からの沙良の接近に。

 シャルロットが気づいた時にはもう手遅れだった。

 その懐に潜り込んだ、沙良の機体が握るのは見覚えのある大型機構槍。

 

「ばか」

 

 その一言と同時に、容赦の無い突きがシャルロットの腹部を貫いた。

 

「っ……!」

 

 それは衝撃を響かせる武装のはずだった。

 だからシャルロットはそれに備え、全身に力を入れたのだ。

 しかし、その衝撃は、響くことなく、シャルロットの腹部を貫いた。

 普段ならそのまま受け流したであろう衝撃を、真っ向から受け止めてしまったのだ。

 その備えていなかった衝撃に、胃液が上ってくるのがわかる。

 しかし、それを必死に押しとどめる。その隙がシャルロットの努力を踏みにじった。

 

「あんなに言ったのに」

 

 沙良は持っていた槍を投げ捨てる。

 

「なんで遅刻するかなぁ」

 

 そして全く同じものを両手に展開する。

 

「反省してきて」

 

 沙良は再び、シャルロットの腹部に突きを放った。

 その衝撃に、シャルロットは、後退を余儀なくされる。

 後ろに下がったことにより、なんとか衝撃を軽減するが、重ねての衝撃に、息が詰まる。

 その開いた距離を最大限に活用し最大の加速を乗せて、沙良は最後の一撃を、寸分違わぬ部位に打ち込んだ。

 

「……ぁ」

 

 声にならぬ声が漏れる。

 シャルロットは、地面を跳ねるように転がり、やがてうつ伏せにその動きを止めた。

 

「うぅ……」

 

 手で上半身を支え、起き上がろうとするが、それより先に堪えていた堰が決壊した。

 

「ちょっと、シャル。出す時はちゃんと袋に出してよ」

 

 苛立ちを隠さない沙良。しかし、シャルロットは反応する余裕すらない。

 ただ、胃液の流出に堪えることに専念するのであった。

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

「はぁ!!」

 

 シャルロットは大きく腕を振るう。

 その腕に呼応して、アリーナの地面が壁のように盛り上がった。

 その壁は銃弾を受け止めると、形を土に戻していく。

 そして、壁が全てなくなると、再び腕を振る。

 今度は壁ではなく、土が凝縮し、宙に浮いた。

 圧縮された土がシャルロットを囲み、銃弾から身を守る。

 もう一度その腕を振ると、背面の土がその形を剣に変える。

 それはただの剣ではない。

 巨人が持つに相応しいほどの大きさを誇る。

 その大きさは、シャルロットの機体よりも三倍ほど大きい。

 それを、腕を振ることで自在に操る。

 その動きはまるで踊りを踊るかのよう。

 見てるものを魅了するその動きは、脅威を運ぶ。

 しかし、その剣が相手に届くことは無かった。

 

「マーメイド!!」

 

 水により構築された銃弾がその剣を半分に圧し折った。

 それに、シャルロットは渋い顔をする。

 

「あれを圧し折るとか、どんな威力ですか!?」

 

「むしろ、あんなものを振り回すあなたにビックリよ」

 

 シャルロットはすぐさま両手を前に突き出す。

 それに呼応して、シャルロットの目の前の空間が歪む。

 そのまま、手を回し、歪んだ空間を渦巻かせる。

 片手を引き、もう片手を押し出すように放つと、呼応して、その空間から圧縮された空気が押し出される。

 それは風と言う形でアリーナを蹂躙する。

 まるでジェット機の後ろに立つような風圧に、ソフィアはその機体の制御にかかりっきりとなる。

 

「なんて圧力なの!?」

 

 その風に、シャルロットは、土の塊を混ぜた。

 それがソフィアに直撃する。

 時速八十キロは出ていたであろう土塊に、ソフィアは地面を転がることになる。

 ここをチャンスとばかりにシャルロットはソフィアの真上の空間を歪ませる。

 

「墜ちろ!!」

 

 その叫びと共に手を下に振り下ろす。

 その歪みから、空間が落ちた。

 圧縮された空気が重石のようにソフィアの機体を押しつぶす。

 

「勝っ」

 

 勝った。

 その言葉は途中で止まった。

 なぜなら、

 

「水!?」

 

 ソフィアだと思っていたものが割れ、そこには水だけが残っていた。

 

「Exactamente(その通り)」

 

 背後からソフィアの声が聞こえる。

 そして、自分の周りには既にソフィアの特殊兵装『マーメイド』が囲んでいる。

 これは勝負が決まっているも同然だ。

 

「参りました」

 

 シャルロットは大人しく両手を上に上げるのだった。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

「結構扱いにも慣れてきたね」

 

 沙良は蹲っているシャルロットに話しかける。

 

「……この姿でも?」

 

 シャルロットは元気なく、袋を口に当てている。

 それでも沙良は頷く。

 

「始めのころは数分に一回は吐いてたのに、今では戦闘までは耐えられるようになったじゃん」

 

 最初は全然データも集まらず、試行錯誤が続いていたが、ここ最近は安定してデータが取れている。

 吐かない日は無いのだけれども。

 

「今日のデータで、また調節してみるよ。少しはマシになると思う」

 

「うん……お願い」

 

 シャルロットはふらふらと歩くと計測機器にもたれ掛かる。

 ドルフィンの特殊兵装を使うと、毎回こうなる。

 それは搭乗者への負担が大きく、シャルロットは毎回胃の中を空にしている。

 少しずつ改良が加えられ、その負担も小さくなってはいるが、完成には程遠い。

 搭乗者に影響が出ないようになるまでは完成とはいえないだろう。

 ISの開発はそんなに簡単なものじゃないのだ。

 そんな一週間や一ヶ月でISが作れたら苦労はしない。

 このドルフィンは構想を含めると二年以上が経過している。

 それがシャルロットという搭乗者が現れてから、段違いのスピードで研究が進んでいる。

 シャルロットが関わり始めてから既に一ヶ月近くが経過している。

 完成も見えてきている。

 臨海学校まで残り一週間と少し。

 それまでには完成させたい。

 

「まさか、学校でもデスマーチすることになるとはね」

 

 シャルロットはボソッと呟いた。

 残り一週間。

 確かにそこには地獄が待っているであろう。

 

「せめて、日曜日だけは休みにしてあげるよ」

 

「本当!?」

 

 シャルロットは急に元気を取り戻す。

 実際はへろへろのままなのだが、瞳に力が戻っている。

 

「本当だよ」

 

「やったー!」

 

 そこまで嬉しかったのか、シャルロットは沙良の手を掴むとぶんぶんと降り始めた。

 沙良は微笑を浮かべる。喜んでもらえたならよかったと。

 シャルロットは沙良に笑顔を向け、そのまま沙良の唇に視線を止めると、いきなり顔を赤く染めた。

 

「ん? どうしたのシャル? なんかついてる?」

 

 不思議に思った沙良はシャルロットに顔を近づけるが、余計にシャルロットは慌ててしまう。

 

「ち、ちかっ、近い……!」

 

 沙良の顔を離そうとしたのか、シャルロットは手を伸ばす。

 しかし、シャルロットは顔を背けているため、その手は、きちん顔を捉えることはなかった。

 シャルロットの指先が、沙良の唇に触れる。

 

「へ? この感触……」

 

 その自分が触れた場所に気付いたのか、シャルはそのまま固まってしまう。

 沙良としては何をそんなに慌ててるのかわからないため、反応も出来ずただ、唇に指を添えられたままでシャルロットの反応を待ち続けている。

 

「やわら……」

 

「え?」

 

 その言葉を聞き取ることは出来なかったが、シャルロットは聞かれたと思ったのだろう、目を泳がせて、慌てだした。

 

「え、あ、その、あの、えっと」

 

「シャル?」

 

 沙良は、とりあえず、この体制をどうにかしようと試みる。そしてシャルロットの手を掴もうと手を伸ばすと、

 

「わ、わあああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 シャルロットは悲鳴をあげ、アリーナから走り去った。

 

「え? なに?」

 

「さぁ?」

 

 残された沙良は、近くに居たソフィアと視線を合わせると、お互い首をかしげるのであった。


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