IS 深海の探索者   作:雨夜 亜由

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第四十一話 慌しき日々の再開

「ただいまー」

 

「ただいま」

 

 沙良は部屋につくなり、ベッドにその身を投げ出す。

 やはり疲れは溜まっていたようで、横になったとたんに眠気が襲ってくる。

 

「沙良? 寝るなら着替えてから寝ないと皺になっちゃうよ?」

 

 流石に恥ずかしいのか、シャルロットはIS学園では沙良と呼ぶことにしたようだ。

 シャルロットが優しく沙良の体を起こす。

 シャルロットは少しだが仮眠を取っていたため、幾分か疲れが取れているようだ。

 その首には、図らずも沙良とお揃いという形になったチョーカーがその存在を主張している。

 

「寝る前に、千冬姉にシャルの帰化によるデータ変更の手続きの紙を出さないと……」

 

 そう言うものの、体は動くことを良しとはしない。

 いつまでたっても動こうとしない沙良は、何を思ったのかもう一度ベッドに横になってしまう。

 その姿を見て、シャルロットはため息をつく。

 

「わかったよ。僕が出してくるから沙良はそれまでに寝巻きに着替えておくこと。いいね?」

 

 沙良はコクコクと頷く。

 

「じゃあ、ちょっと行ってくるね」

 

 シャルロットが部屋を出る。

 その足音が聞こえなくなるのを確認すると、沙良はむくりと起き出した。

 周りを警戒するように気を尖らせる。

 その視線は部屋を一通り通り過ぎていく。

 視線がベッドに止まる。

 

「ここかな」

 

 そして、ベッドの下に手を突っ込むと、小さな物体を引っ張り出した。

 出てきたものはペンだった。

 それは一見するとただのボールペンに見える。

 しかし、持ってみるとわかる。

 ペンにしては重心が前に偏っている。

 ボールペン型会話用盗聴器だ。

 留守にしていた三日間のうちに付けられたのだろう。

 その盗聴器に口を近づける。

 

「とっくに気付いてるから、早く機嫌取りに来た方がいいよ」

 

 言い終わるとすぐさまペンを圧し折る。

 もちろん、沙良にそんな力はなく、ISのサポートを借りての行動だが。

 沙良が盗聴器に気付いたのは部屋に入る前のことである。

 普段から機密を扱う仕事をしているため、もし誰かが部屋に入ってもわかるようにと、エスパーニャに発つ前に簡単な仕掛けを用意しておいた。

 それは蝶番の合わせに突起を付けるというもの。

 扉を開くと、傷が残るようになっている。

 ピッキング対策は万全だったため、犯人は鍵を開けて入ることが出来る人間。

 そう考えると、出てくる人物は絞られてくる。

 

「早く入ってきなよ」

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

「あら、やっぱりバレてた?」

 

 かけられた声に反応を返して、ドアを開ける。

 部屋に入った瞬間に沙良は、圧し折った盗聴器を投げつけてきた。

 しかし、それは扇によって防ぐことに成功する。

 沙良は舌打ちする。

 その機嫌の悪さを隠そうともしない。

 不躾な視線を生徒会長である楯無にぶつける。

 

「契約は破棄と、そう捉えていいのかな?」

 

 沙良の声色は恐ろしく冷たい。しかし、その表情は何処か笑いを堪えるかのように見える。

 

「あら、ただ盗聴器しかけただけでその言いようは酷いとお姉さん思うわよ? うちの内部の情報を片っ端からハッキングするよりかは大分マシだと思うわよ?」

 

 しかし、その対応する楯無の態度はどこ吹く風と言わんばかりに飄々としている。いや、少し笑みを携えているか。

 

「先に仕掛けてきたのは貴女じゃないですか、十七代目?」

 

「あら、契約には反していないわよ。ちゃんと、『深水沙良に対するアプローチの禁止』。それは守っているつもりよ。それをあんな大々的にやられたらこっちだって黙ってられないのよ」

 

「確かに、僕に関しては何もしてこなかったね。流石とでも言ったほうがいいですか? まさか僕から姉さんを辿ろうとするなんてね」

 

 沙良はその瞳に怒りを表す。

 自分のことは気にしないが、その手が親しいものにまで伸びることは絶対に許せない。

 それが言動に表れていた。

 沙良の手が楯無の首へと伸び、

 

「次はないですよ?」

 

 楯無を通り過ぎた。

 そのまま机にもたれ掛かり、ペン立てに入っているボールペンを楯無に投げ渡した。

 それを楯無は片手で受け取ると、そのまま圧し折った。

 部屋に仕掛けた盗聴器は二つ。

 これで、この部屋は監視から開放されたことになる。

 

「ふっ」

 

「ふふっ、あはは」

 

「いい演技ね。役者に転向したら? 笑いを堪えることが出来たらだけどね」

 

「変なことに巻き込まないで下さいよ。どうせ今回のことは上に言われたんでしょ? そっちのことはそっちで処理してくれないと困るんですけど」

 

 沙良は、先ほどの空気がまるでなかったかのように振舞う。けらけらと笑いながら、ジッと楯無を見つめてくる。

 楯無も張っていた気を緩める。

 それはこのことが予定調和のように。

 

「私は反対したんだけどね。どうも上は兎の影を追いすぎてるところがあるわ」

 

 楯無はずうずうしくも沙良のベッドに腰掛ける。

 そんな楯無に沙良は冷蔵庫から缶コーヒーを取り出し手渡す。

 

「まだ上の方を掌握していないんですか?」

 

 手伝ってあげたのに、とジト目で見られると、楯無も苦笑しか出ない。

 

「長期計画ってことよ」

 

「上の言いなりになるようでしたら当主失格ですよ?」

 

「わかってるわよ」

 

 楯無は、迷いなくプルタブを開けると、コーヒーに口を付ける。

 それは自分は信頼関係を築きたいと行動で示したもの。

 沙良は嬉しそうに微笑む。

 

「上の方に伝えておいたほうがいいですよ。貴方達が相手をしているのは個人ではなく国なのだとね」

 

 それは、沙良からの忠告。

 国を動かせるといってしまえるほどの力を、確かに沙良は持っている。

 それを充分に理解している楯無は困ったような顔を作る。

 

「上が使えないと大変ですね」

 

 その表情に感じるものがあったのか、沙良は労わりの声をかける。

 かけられた言葉によって、内情が表情に出てたことに気付いた楯無は苦笑いを浮かべる。

 元々、今回のことは上が勝手に沙良を利用して束の足跡を辿ろうとしたのを、沙良に報復されたことに始まる。

 楯無としては、沙良と問題を起こすことは避けたい。しかし、上からの圧力に答えなければならない。

 そこで、今回のような、楯無にしてはわかりやすいように盗聴器を仕掛けたのだ。

 それは沙良なら合わせてくれるだろうという打算があったため。

 事実、それは正しかった。

 こうして、盗聴器を通して、上には先ほどの会話が流れるだろう。

 任務自体は終了したわけだ。

 ならばすることは一つ。

 

「お茶菓子は出ないのかしら?」

 

 楯無は居座る気満々だった。

 

 

「それにそろそろ、外の子を入れてあげたら?」

 

 その言葉に反応して、ドアが開かれる。

 入ってきた金髪の生徒は敵意を隠すことなく楯無にぶつけてくる。

 その生徒に前振りもなく声をかける。

 

「シャルル・デュノア、フランスの代表候補生だったっけ?」

 

 その言葉に、シャルロットはピクリと眉を動かす。

 

「知ってて聞くのは止めてくれませんか?」

 

「あら、心外ね。私は貴女がスペインに帰化して、新たな専用機を手に入れたことしか知らないわよ?」

 

「充分ですよ」

 

 シャルロットはあからさまに敵意を剥き出しにしている。

 

「いつから気付いてたの?」

 

「シャルも部屋に入る前には気付いてたよ」

 

 楯無の問いに答えたのは沙良だった。

 

「シャル、大丈夫。生徒会長はこっち側だから」

 

 その沙良の一言でシャルロットの敵意が一瞬で薄れる。

 

「あ、そうなんだ。てっきり政府に繋がっているんだと思って」

 

 楯無はその切り替えの早さに心の中だけで感嘆の声をあげる。

 それだけ沙良を信用しているということだろう。

 

「いいのよ。シャルロット・ルイスちゃん」

 

 それはちょっとしたからかいのつもりだったのだが、帰って来た答えは予想だにしないものだった。

 

「日本の暗部の方は情報が早いんですね」

 

 楯無は、パッと沙良のほうに視線を向ける。

 沙良は軽く首を横に振った。

 それは、沙良が教えたわけではないということ。

 シャルロット・デュノア。

 沙良に言われ、調べたことは本当なんだろう。

 デュノア社でのテストパイロットのほかに、暗部のような仕事も請け負っていたと聞く。

 その時、楯無はその娘を道具のように扱う父親に虫唾が走ったものだ。

 

 気配の消し方や、足音を消す歩法が見に染み付いていることが、その歩んできた道を想像させる。

 楯無は沙良から話を聞いた時に、この子は守ってあげようと、そう思ったのだ。

 

「安心しなさい。ここがIS学園で、私が生徒会長である以上、貴女のことも私が守ってあげるわ」

 

 それが、望まずに世界の裏に足を踏み入れた子に、唯一してあげられることだから。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

「一夏、おはよ……う?」

 

 三日ぶりに見る一夏の顔を見て、沙良は、言葉を失う。

 その頬にシップが張られ、よく見ると、腕にもあざが出来ている。

 

「おはよう、沙良」

 

「どうしたの、それ?」

 

「ああ、この三日間、出稽古に出てたんだ」

 

 その言葉に、沙良は納得する。

 一夏の中学時代の部活動を知っていればその傷にも理解が出来る。

 空手。それを自分の武器に選んだ一夏は、中学時代は空手部に所属していた。

 恐らくだが、その空手部に顔を出しに行ったのだろう。

 それを知らないのか、箒とセシリアが心配そうな顔をしていた。

 

「ほどほどにしときなよ」

 

 みんな心配そうな顔してるよ。そう付け加える。

 

「ああ、わかってるんだけどな。特別師範が来てたから、つい興奮しちゃってずっと稽古を付けてもらってたよ」

 

「一夏らしいよ」

 

 もう苦笑しか出ない。

 

「そういえばシャルルは?」

 

「職員室に寄ってから来るって言ってたんだけど、そろそろ来ないと間に合わないよね」

 

 教室を見渡すと、ラウラもその姿が見えない。

 この三日で事情聴取も終わっているだろうから、休む理由などないだろう。

 

「み、みなさん、おはようございます……」

 

 ラウラとシャルロットが姿を現す前に真耶が教室に到着してしまう。

 しかし、その姿は見るからに疲れており、一夏の顔を見ても大したリアクションを取らない。

 

「今日は、ですね……みなさんに転校生を紹介します。転校生といいますか、既に紹介は済んでいるといいますか、ええと……」

 

 その言葉に、沙良は思い当たる節があるため、大きなリアクションを取らなかったが、他の生徒はそういう訳にも行かないようだ。教室は一斉に騒音に包まれる。

 

「じゃあ、入ってください」

 

「失礼します」

 

 ここ最近ずっと聞いている声に、沙良は顔を上げる。

 

「シャルロット・ルイスです。色々ありまして、今はSeaQuestCompany所属のパイロットです。皆さん、改めてよろしくお願いします」

 

 朝に見せてもらった女子制服に身を包んだシャルロットが淑やかに頭を下げる。

 なるほど、教員に捕まっていたから遅くなったのか。

 沙良はそんなことを考えていた。

 

「ええと、デュノア君は色々ありましてルイスさんになりました。ということです。ルイスさんはスペインに帰化し、今はスペインの代表候補生になっています。はぁぁ……また寮の部屋割りを組み立て直す作業が始まります……」

 

 直接的な原因ではないが真耶の疲労の原因になってしまったことに申し訳なさを感じてしまう。

 

「え? デュノア君って女……?」

 

「おかしいと思った! 美少年じゃなくて美少女だったわけね」

 

「って織斑君、ペアを組んでたんだから知らないってことは――」

 

「ちょっと待って! 確かこの前男子が大浴場を使ったわよね!?」

 

「待て!! 俺はその時は怪我で入って――」

 

 しかし、一夏の声は教室が喧騒に包まれたことで言い終わることがなかった。

 喧騒は段々と大きくなっていき、クラスの垣根を越える。

 

「一夏ぁっ!!」

 

 前の扉から鈴音が、顔を怒りに染めて乗り込んでくる。

 

「アンタねえ!!一体、どういうこ……と?」

 

 しかし鈴音の言葉は尻すぼみになっていく。

 その原因は一夏の顔にあった。

 流石に、ボロボロの一夏を攻撃するのは良心が痛むのか、振り上げた拳を止める。

 ことはなかった。

 鈴音は、一人こくんと頷くと、もう一度怒りを瞳に宿す。

 

「死ね!!」

 

 体重を乗せた右ストレートがその狙いを一夏の顎に向ける。

 

――顎を狙うなんてえげつない……。

 

 それは、確かに空振りすることなく当たった。

 

「あれ? 俺……生きてる……?」

 

 一夏を庇う形で間に割って入ったのは、ラウラだった。

 片手で鈴音の拳を受け止めている。流石は軍人と言ったところか。

 

「助かったぜ、ありが――」

 

 一夏の礼の言葉は最後まで紡がれることはなかった。

 それは、口を塞ぐという、原始的な方法。

 しかし、その塞ぎ方が問題だった。

 

 接吻。

 

 KISS。

 

 その言い方は数多くあるが、示す内容は唯一つ。唇で唇を塞いでいるのだ。

 

「こんな真昼間からお熱いことで」

 

「沙良、その発言は何かが違う気がするよ」

 

 沙良とシャルロットを除き、その場の全員があんぐりとしている。

 

「お、お前は私の嫁にする! 決定事項だ! 異論は認めん!」

 

 その宣言は、何人がすぐに理解できただろうか。

 

「嫁? この場合は婿じゃないの?」

 

 沙良の冷静な突っ込みにも反応を示すことが出来ない。

 

「お前と沙良は血の繋がりはないが家族と言っていたな。私は、お前らの関係のようなものに憧れたのだ。私もお前たちと家族になりたい」

 

 一夏は、未だに混乱が解けていないようだ。固まったまま動かなくなっている。

 

「そこで、日本では気に入った相手を『嫁にする』というのが一般的な慣わしだと聞いた。故に、お前を私の嫁にする!」 

 

「あっあっ、あ……!」

 

 鈴音が声にならない声を上げていることに気付いた沙良は、こそっと教室の端に移動する。

 

「アンタねえええええっ!!」

 

「待て! 俺は悪くない! どちらかと言うと被害者サイドだ!」

 

「アンタが悪いに決まってんでしょうが! 全部! 絶対! アンタが悪い!!」

 

 鈴音が光の粒子を身体に纏った。

 一夏は迷いもなく窓から飛び出した。

 その姿を鈴音が追いかける。

 

「全く、嫁も落ち着きがないな」

 

 沙良は近くまで来ていたラウラにそれは違うだろうと言いたくなる。

 

「沙良、私は、あなた達のように絆を紡げるだろうか」

 

 その真剣な様子に沙良は頷く。

 

「私は、今日から家族になろうと思う」

 

「うん。よろしく」

 

「そ、それだったら……」

 

 ラウラは、俯いてしまう。

 ラウラより沙良の方が背が高いため、その表情を窺うことはできない。

 

「何?」

 

「兄と、そう思っていいだろうか」

 

 沙良は一瞬思考を放棄してしまう。

 確かに、独逸にいたころは妹のようにラウラを可愛がっていた。

 そのころの印象も大いに残っているのだろう。

 しかし、ここは独逸ではない。

 クラスメート達はそんなことは知らないのだ。

 

「だ、ダメだろうか……?」

 

 しかし、まるで捨てられた子犬のような瞳で見つめてくるこの少女を厳しく突き放せるかといわれたら微妙なラインだろう。

 自分が行った行動でこうなっているのならば、自分の行動には責任を持たなければならない。

 

「……わかった。許可するよ」

 

「ほ、本当か!?」

 

「うん。本当」

 

 ラウラはその頬を緩ませる。

 その表情は本当に嬉しそうに破顔している。

 

「沙良がお兄ちゃんってことは、僕はお姉ちゃんだよね。ねえ、ボーデヴィッヒさん、一回お姉ちゃんって言ってみて」

 

 シャルロットの発言に、沙良は「こいつ何言ってるんだ」という顔をする。

 

「お、お姉ちゃん……」

 

「か、可愛いー!!」

 

 なんなのだろうかこの状況は。

 今はHRの時間ではなかったのか。

 沙良は、シャルロットとラウラをひとまず放置しておいて、自分の席に着いた。

 最初の授業は千冬の授業のはずだ。

 ならばそろそろ、

 

「席に着け馬鹿共!!」

 

 教室には出席簿の音が響くのであった。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

「で、話って?」

 

 沙良は箒に呼び出されて、屋上まで来ていた。

 風に髪をされるがままにし、手摺りにも凭れ掛かっていた少女は、佇まいを正す。

 

「うむ、その……」

 

「ん?」

 

「私に……私に専用機を作ってくれないか!?」

 

「……え?」

 

「沙良は知っているとは思うが、私はあの人の妹と言うことだけでこのIS学園に居る」

 

 それは知っている。

 箒がISにいい印象を抱いていないことを。

 

「最初はISに関わることが嫌だった。だからISから逃げていたんだ。私から家族を奪った、姉さんから夢を奪ったISから」

 

 だが、どうしてもISから離れることは出来なかったのだろう。

 篠ノ之。

 その姓を名乗り続けるということはそういうことだ。

 それが、保護になると知っても、別名を名乗ることを拒む。

 例えISに関わろうとも、『篠ノ之箒』であったということは曲げたくなかったのだろう。

 芯の強さ。それが箒の強さ。

 

「しかし、今は違う。私にも目的が出来たのだ。横に立ちたい。しかし、今までの私じゃダメなのだ。ISを憎む私じゃダメなのだ。私は変わりたい。頼む、そのための手段を私に作って欲しい」

 

 だが、目的のためにはその芯は強さと同時に壁となる。変わらなければならない。だから箒は折ったのだ。他でもない、一夏の横に立つために。

 

 沙良は、箒の気持ちは良く分かる。

 数年だが一緒に暮らしていた時期もあるのだ。誰よりも近い友人と言っても過言ではない。

 

「私は今まで、専用機の授与を断ってきた。自分が政治の道具になるなんて真っ平だと思っていた」

 

 篠ノ之束の肉親。そんな人間が専用機を持っていないほうがおかしいのだ。しかし、箒はそれをずっと受け取らずに来た。

 

「だが、今の私には見ているだけなんて出来ない」

 

 事件が起こるたびに、自分だけが何も出来ないという状況になる。

 皆が傷ついていくのを、安全圏でただ見ていることしか出来ない。

 それを気に病んでいることぐらい簡単にわかる。

 しかし、専用機を持つと言うことは、開発国を贔屓するという事だ。

 それは、国際的な場での政治に関係することになる。

 

「私のせいで世界が動くなら、私は沙良に頼りたい」

 

 だから沙良に助けを求めてきた。

 沙良になら迷惑を掛けられる。

 それは一種の信頼。それに沙良は応えようと決めた。

 

「……わかった。引き受――」

 

『私に任せなさい!!!!』

 

 沙良の言葉を遮る形で、空中投影ディスプレイが現れる。

 そこに映っているのは、

 

「「姉さん……?」」

 

『箒ちゃんの話は聞かせてもらったよ! この束さんに掛かれば――』

 

 沙良は勝手に出現したディスプレイを消し去る。

 

「……わかった。引き受けるよ」

 

 そして、先ほどの流れを無かったことにした。

 

「ああ、ありがとう」

 

 箒も無かったように会話を続ける。

 しかし、二人とも理解していた。

 ここに束が関わってくることがどういう意味を持つか。

 

「確かに、国に属していない姉さんの機体ならそういう問題はないだろうけど……いや、問題だらけか」

 

 おそらく、いや、確実に高スペックな専用機を作り上げてくるだろう。ならばその機体の所有権を巡って、様々な国で対立が起こるだろう。

 ならば、今必要なのは、

 

「……こうなっては仕方あるまい。あの人はおそらくやりすぎた物を送ってくるだろう。ならば、私を鍛えてくれ」

 

 強大な力を手段と出来るほどの力を身に付けることだろう。

 沙良は箒に手を差し出す。

 それは了承の合図。

 

 風の止まった屋上で、二人は契約の握手を交わすのであった。


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