IS 深海の探索者   作:雨夜 亜由

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第四十話 疲労困憊の帰り道

「もう無理ぃ……」

 

「あ、良い所に。お疲れ、はいコーヒー」

 

 モニタールームに入ってきたシャルロットに、用意していたコーヒーを渡した沙良は、そのままモニタールームのソファに腰を下ろした。

 横をポンポンと叩くと、意図を察したシャルロットがそこに腰を落とす。

 疲れが溜まっているのか、シャルロットは自然に沙良にもたれ掛かった。

 その体は動くことを拒否しているように見える。

 

「疲れたぁ……本当に、本当に疲れた……」

 

 まさしく疲労困憊といった具合でうめき声を上げる少女を、研究員はみな良くやったと言わんばかりに微笑を向けている。

 時刻は既に二十四時を回っている。

 あれから休憩を挟むことなく機体のテストや実験、調節を繰り返した少女は、弱音を吐くことも無く、それを乗り切った。

 シャルロットが乗ることになった『ドルフィン』は未だに完成してはいない。

 今までまともに乗れる者が一人もいなかったのである。

 装甲や、スラスター系は沙良がテスターをしていたため、形にすることは出来ていたが、肝心の特殊兵装だけはその限りではなかったため、案だけが溜まっていく一方だった。

 その装甲や、スラスター系も沙良がIS学園に入学したことで触ることが出来なくなり、出来ることはプログラムや、武装などの限られた部門だけだったのだ。

 そこに、ようやく機体に選ばれた搭乗者が現れたのだ。

 試したかったことを我慢できる研究者など存在しないだろう。

 時間はいくらあっても足りない。しかし、明日にはIS学園に帰らなければならない沙良とシャルロットは、遅くても朝の九時までにスペインを出なければならない。

 つまりは、寝ずのデスマーチである。

 

「次は二時半から武器のテストと特殊兵装のデータ取り、特殊兵装用のセンサー・リンクのテストね」

 

「つまりは二時間は寝れるんだね……」

 

 シャルロットはふらふらとモニタールームから出て行こうとする。

 

「どこで寝るの?」

 

「コンソールで横になるよ」

 

 いくら人体への負担を最小限に抑えたコンソールとはいえど、寝るように設計されているわけではない。寝ないよりはマシだが、それでも体の疲れが取れるかと聞かれると頷き難い所がある。

 

「腰、痛めちゃうよ?」

 

「……でも、他に寝る場所ないし」

 

「ほら、ここにおいで」

 

 沙良はポンポンと自分の膝を叩いた。

 しかし、いくら待ってもシャルロットが寄ってくる気配は無い。

 嫌なのかと思い、肩を落とすと、慌てたように声が掛かった。

 

「あ、嫌とかじゃないんだよ? その……いいの?」

 

 その言葉に答えたのは周りの研究員たちだった。

 

「ほら、行った行った。ここでは当たり前のことなんだから遠慮すんな」

 

「誰かしらが誰かしらの膝に顔を埋めることになるんだから、早く慣れなさい」

 

「セラがしてくれるのは珍しいんだからチャンス逃すと勿体無いわよ?」

 

 その周りの声に負けて、シャルロットはおずおずと沙良に近づく。

 沙良は笑顔で膝をポンポンと叩いた。

 その笑顔に負けたのか、沙良の膝にシャルロットの頭が乗せられた。

 最初は緊張していたようだが、その疲れのせいか、時間を待たずに眠りに落ちていった。

 

「相当疲れてたんだね」

 

 シャルロットの頭を優しく撫でる。

 

「そりゃあ、あれだけ酷使されてたらそうなるわね。ただでさえあの装備(・・・・)は集中力を使うのに」

 

「……なんで当たり前のようにここにいるの?」

 

 顔を上げると、見慣れた顔がそこにあった。

 

「いちゃダメかしら?」

 

「良いわけないでしょ。早く本社に戻りなよ。そっちもデスマーチなんでしょ?」

 

 いつの間に来たのか、珍しく髪を下ろしているカルラがのんびりと腰をかける。

 

「あ、それ僕のコーヒーだよ!」

 

「ケチケチしないの」

 

「それも僕のお菓子!!」

 

「けひけひしはひの」

 

「食べながら喋らないで! ああ、もうほら口に欠片つけてる。ほらじっとして」

 

 沙良はポケットからハンカチを取り出すとカルラの口を拭う。

 

「ふふふ、役得ね」

 

「何、意味のわかんないこといってんのさ。まったく、何しに来たの? 今、忙しいんだから」

 

「仕事から逃げてきただけよ? 向こうには癒しというものが足りないわ」

 

「あ、もしもし総務課ですか? 脱走者を確保しましたので引き取りに来てもらえますか?」

 

 沙良はすぐに内線で引き取りを要求する。

 

「あ、ちょっと!」

 

「ああ、はいわかりました。捕獲しておきます」

 

 その捕獲と言う単語が聞こえた瞬間、カルラは駆け出した。少しでも早くこの場を離れなければならないと言わんばかりの疾走。

 いい年をした大人のするような行動では決して無い。

 しかし、その足はすぐに止められることになった。

 扉が開かないのだ。

 

「逃がさないよ」

 

 逃がしてはならないものがいた場合はどうしたらいいか。

 簡単な話だ。

 閉じ込めてしまえば良い。

 都合のいいことに、モニタールームに残っている研究員は全て『ドルフィン』にかかりっきりの為、この部屋を出ることは無いだろう。

 数分後、引取りに来た本社の社員に引き摺られていくカルラの姿は憐れみの感情を引き起こすほど哀れだった。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 それは処女雪のような白さだった。

 誰も足を踏み入れたことの無い雪原。

 穢れなき雪は純白ではなく、青の影を落とす。

 その影は、昼でも夜でも変わることなくその輪郭を強調し続ける。

 一夏の『白式』を「純白」と呼ぶなら、シャルロットの『ドルフィン』は「月白」や「藍白」と呼ぶべきだろう。

 その姿は神秘的に見える。

 それは、こんなアリーナという空間においても。

 それは、こんな状況においてでも。

 

「待って!! セラ、ちょっと待って!! 無理無理無理無理むーりー!!!!」

 

 目の前では藍白に身を包んだ少女が悲鳴を上げている。

 その両腕は前に突き出され、必死に何かを堪えているように見える。

 その手に対応するように、空間が歪んでいるのが確認されている。

 鉄紺のような深青を纏っている沙良は、その歪みに躊躇無く弾丸を叩き込んでいく。

 

「本当に無理だって!! 限界!! 限界だから!! 僕が限界なら止めるって実験前に言ってたじゃない!? だから引き受けたのに!!」

 

 悲鳴を上げつつも弾丸を空間に押し留め続ける姿を見て、沙良はにっこりと微笑んだ。

 

「シャル、人間はね、限界が来てるときには、喋ることなんて出来ないんだよ」

 

 当たり前のように吐かれた台詞は、少女の顔を引きつらせた。

 沙良は何食わぬ顔で引き金を引き続けていく。

 

「……騙したね?」 

 

「人聞きの悪い。ちゃんと限界が来たら止めてあげるよ」

 

 その言葉と同時に、壁からガトリングが突き出てくる。

 笑顔を浮かべている沙良の顔を見て、シャルロットは察したようだ。

 

「ね、ねぇ嘘だよね? 冗談……だよね?」

 

 シャルロットの顔から血の色が無くなっていく。

 沙良はその笑みを濃くした。

 その口が声を出すことなく、一つの形に動いた。

 

『撃て』

 

 無言の命令にガトリングが火を噴いた。

 まるで銃弾が豪雨のように藍白に迫る。

 その銃弾は立ちふさがるものを蹂躙するかのように勢いを増していく。

 しかし、その全てがある一定のラインを以って動かなくなる。

 

「お見事」

 

 沙良がその手を止めると、周囲のガトリングもその空薬莢の排出を中断する。

 

「沙良……絶対に許さないから」

 

 空間の歪みが消失し、空に浮いていた銃弾が地面へと行き場を変える。

 藍白の機体は高度を下げると、そのまま地面にへたり込んだ。

 限界が来たのだろう。

 それはエネルギーが尽きたというわけではない。

 純粋に、体力の限界が来たのだ。

 まるで生まれたばかりの小鹿のように足を震わせている。

 自力で立つことは難しそうだ。

 その恨みがましい視線は沙良に突き刺さる。

 『沙良』と呼ぶことにもその意が読み取れる。

 

「せっかく運んであげようと思ったのに、そういう態度取るなら仕方ないね」

 

 沙良の言葉にシャルロットの顔が青ざめる。

 沙良は片手を上げると、モニタールームの研究員に合図を送る。

 それを見たシャルロットはそれが何の合図かを一瞬で把握し、慌てた声を出した。

 

「ま、待って、あれだけは許しあああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 地面からいきなり出現した手のような機械に足を摑まれると、そのままピットまで連れ去られていく。

 それは運ぶ相手のことを全くもって考慮していないため、終点のピットには毎回のようにゴミのように扱われた姿が確認されている。

 これは、エネルギーが残っている場合なら、ただ運んでくれる便利な機能なのだが、こうもグロッキーになっている場合はバランスを取ることもできず、ただ引き摺りまわされるだけの悪魔の機能と化すのだ。

 その腕に引き摺られていくシャルロットの叫び声はアリーナに反響するのであった。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

「沙良、僕はこんなにも君の事を憎く思ったのは初めてだよ」

 

 熱いシャワーを頭から浴びながら、横で同じように熱いお湯をかぶっている少年に声をかける。

 

「ISの研究は楽しいことばかりじゃないって学べたってことにしておいてよ」

 

 横のシャワーを使う少年は、その体の線の細さを充分に見せ付け、のうのうと答えた。

 その体はISスーツを纏ったままである。

 

「はぁ、何を言っても無駄なんだろうなぁ」

 

 思わずため息が出てしまう。

 頭を洗いながら、身に付けているISスーツに湯をしみこませていく。

 

「それにしても便利だね。このISスーツ」

 

「でしょ? うちの部署の自信作だよ」

 

 沙良は胸を張って答える。

 その姿に笑みがこぼれてしまう。

 

「まさか、これ着た状態でシャワーが浴びれるなんてね」

 

「もともと海水に濡れることを前提に開発をしたからね。今ではデザイン性の良さもあって、ウェットスーツの代わりにこのS・QモデルのISスーツを着るダイバーが増えているんだよ。保温も、体の保護もISスーツの方が優れているしね」

 

 沙良がISスーツを摘まんで示す。

 その体を纏う深縹のスーツの胸にはシャチの絵がプリントされている。

 同じようにシャルロットの薄縹のスーツの胸にはイルカの絵がプリントされている。

 

「確か、スクーバの製品も扱ってるんだよね?」

 

「うちの売り上げの上位を占める大事な部署だよ。スクーバも僕らの研究室が関わっているから、いずれ担当者に会えると思うよ」

 

「スクーバかぁ。したことないなぁ」

 

「スクーバ()すっごい楽しいよ。毎年夏になったらみんなで潜ることになるから、そのときに一緒に潜ろっか」

 

「うん!!」

 

 夏にみんなで潜るということは、社員旅行か何かだろうか。

 楽しいといっているのだから楽しいのだろう。

 今から楽しみが増えたシャルロットは機嫌を直し、シャワーを止める。

 

「先に行ってるね」

 

「はーい」

 

 シャルロットは、まだ知らない。

 その夏の出来事が、楽しいことでは決して無いと。

 それは、全社員による地獄の製品テストのデスマーチだと。

 一日の半分以上を海の中で過ごす地獄の一週間だと。

 このときのシャルロットは知る由も無かった。

 

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 時刻は八時を過ぎていた。

 既に荷物をジェット機に詰め込み、後は沙良を待つだけとなっている。

 沙良は『ドルフィン』の最終チェックのため、ギリギリまで研究室で粘っている。

 シャルロットと違い、こちらにも家がある沙良は最初から荷物を持ってこなかったらしい。

 結局、一睡もすることがなかった沙良の背中を、シャルロットちらっと盗み見る。

 手伝おうとはしたのだが、何をしているのかがさっぱり理解できなかったため、ソファーにトボトボと引き返したのだ。

 今は、専用機である『ソラ』のスペックを眺めている。

 『ドルフィン』に選ばれたとはいえ、その『ドルフィン』がまだ完成に至っていない。

 故に、シャルロットは『ソラ』を専用機として持つことを許されている。

 

「そういえば、ケートゥスが搭乗者を選ぶ原因に各説があるって言ってたよね。それってどんな説なの?」

 

 シャルロットの問いかけに、沙良は作業を止めることなく、口だけを動かして答える。

 

「あれ? 『ドルフィン』から聞いてない?」

 

 その言葉に、シャルロットは首をかしげる。

 『ドルフィン』から聞く。

 その言葉の意味に気付くのに少しの時間が掛かった。

 

「ケートゥスシリーズの機体には意志があるの!?」

 

「普通のISよりちょっと自己が強いって程度だよ」

 

 確かに、自分はドルフィンと会話をした。

 それは最初の選択の時もそうだが、実験中もちょくちょくと声がかけられていた。

 その時のことを思い出してみる。

 確か、『ドルフィン』はこういったのだ。

 

――僕らは『リストアップ』だからね。

 

「リストアップ、そう言ってた」

 

 その時は、言葉の意味がわからなかったが、それが答えなのだろうか。 

 

「僕は、そのリストアップを用いて作ったからだと思ってる」

 

「ちょ、ちょっと待って。そのリストアップってなんなの?」

 

 当たり前のようにリストアップという単語を使う沙良に、シャルロットは待ったをかける。

 

「シャルはこの世の中に、コアが何個あるかは知ってるよね?」

 

「えっと、確か467個だよね」

 

「教科書どおりならそれで正解なんだけどね」

 

「……あの噂って本当なの?」 

 

 それは、一時期広まった『コアの数は500を超えている』というもの。

 しかし、それは出任せと言われ、人々の記憶から薄れていった。

 

「コアナンバー468から512までの四十五個のコア。それを元々の目録から外れた物ということで『目録外(リストアップ)』と呼ぶんだ」

 

「512……。で、でもよくそれが表に出てこなかったね。普通なら出てきてもおかしくない情報なのに」

 

「僕らの間では有名な話だけどね。まぁ姉さんが何かしたんじゃないかな? なぜかエスパーニャに十個も送られてきたし」

 

「姉さん?」

 

「ああ、かの有名な篠ノ乃博士のこと」

 

 言われてセラコレクションの中に一緒に写っていた姿を思い出す。

 何が一番驚いたかというと、そこに篠ノ乃博士がいることに、誰も何も思ってなかったことだろう。

 

(篠ノ乃博士って、世界各国から狙われてるんじゃなかったっけ?)

 

 自分の中の常識がことごとく否定されていく。

 

「もともと、僕が第三世代を作りたいんだけど、コアが少ないから厳しいってぼやいてたら送られてきたものだしね」

 

 シャルロットは口をぽかんと開けたまま、固まってしまう。

 あんなに各国がコアを手に入れようと躍起になって篠ノ乃博士を追っているのに、あんなにも他国にコアが渡らないようにアラスカ条約を制定したのに、こんな簡単なことでコアが作られていたのか。

 

「送られてきたコアは、従来よりISの意識が強く現れているのが分析によってわかったからね。僕らはその意識を尊重して機体を作ったんだ。その意識が機体に影響を与えているのが原因じゃないかって僕らは考えている」

 

 その説よりもシャルロットは気になる発言を耳にした。

 

「分析……?」

 

 それは未だに出来ていないはずじゃないのか。

 シャルロットの疑問に答えるように沙良は何でもないように答える。

 

「流石に作り出すのは無理だけどね。ある程度なら分析できるよ」

 

 姉さんがコアを作っている時に傍にいたし。

 そう締めくくった沙良に、シャルロットは言葉が出なくなるのだった。

 

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 ジェット機の中で、シャルロットはソファーに腰を下ろして、のんびりとコーヒーを飲む。

 仮眠を取ろうかと思ったが、沙良が起きているため寝難いということもあり、今はゆったりとした時間を過ごしている。

 沙良は寝てもいいよと言ったのだが、時差の関係もあるしと言って誤魔化しておいた。

 

「なんか色々あった三日間だったね」

 

 観光に始まり、仕事に追われ、デスマーチを乗り越えた。

 疲れが溜まっているのだろう。シャルロットの目の下には隈が出来ている。

 しかし、その対面に座る沙良にはその疲れの色が見えない。

 今も空中投影型のディスプレイを三つ浮かべ、仮想キーボードを叩いている。

 

「セラは疲れてないの?」

 

 声に力が篭っていないのが自分でもわかる。

 シャルロットは、未だかつてないほど疲れているんだと、自分の体に苦笑する。

 

「疲れてるけど、僕の仕事はデスクワークが殆どだからね。肉体労働のシャルとは疲労が比ではないよ」

 

 そういう沙良だが、シャルロットは一睡もせず働き続ける沙良を見ているため、その言葉を謙遜と受け取る。

 実際に、シャルが見ていないところでテスターをしていることはザイダに聞いている。

 その机に積まれた栄養ドリンクは、沙良の疲れを表しているに違いない。

 しかし、沙良は働いたことでの疲労を指摘されるのを嫌う節があると聞いているため、深く掘り下げないように気をつける。

 

「今は何しているの?」

 

 選んだのは話を逸らすことだった。

 作業中に声をかけるのは躊躇われる所だが、沙良が同時思考をなんとも思っていないのはこの三日間で学習済みである。

 一度、作業中のため、話しかけるかどうかでうろうろしていたら、「何? 用があるなら早くしてくれない? うろうろされると気になるんだよ」と機嫌が悪そうに言われてしまったことがある。

 あの時はあまりのショックに仕事に支障をきたしそうになったが、新人が通る道と言われ、実際に他の人が同じように叱られているのを見て、どうにか持ちこたえた。

 あれ以降、沙良が作業中でも話しかけることにしている。

 沙良も誰かと話ながら作業している方が気楽らしい。

 

「ん、今は『ドルフィン』のスペックをまとめてるんだ。今のうちにやっておかないと、時間が足りないからね」

 

「そっか。次は夏休みになるのかぁ。またあのデスマーチが続くと思うと背筋が凍りそうだよ」

 

 シャルロットは辛かった実験を思い出し、苦笑を浮かべる。

 

「なに言ってんの?」

 

 沙良が首をかしげる。

 その言葉にシャルロットが首をかしげる。

 お互い顔を見合って首をかしげるという不思議な光景が出来上がった。

 

「え、どういうこと?」

 

 先に言葉を発したのはシャルロットだった。

 

「だって、夏休みまで待つなんて、そんなもったいないこと僕がするわけないじゃん」

 

 シャルロットはその言葉に嫌な予感がした。

 その予感は当たることになる。

 沙良は、ハードケースからとあるものを取り出した。

 それは、見覚えのあるもの。

 藍白のボディに黒と青のラインが入ったチョーカー。

 

「ドルフィン……」

 

 その姿を見ただけで理解できる。

 ここに『ドルフィン』があるということ。

 そもそも、沙良がいれば研究は出来るのだ。

 IS学園にはフィオナもいる。

 ISを作った前例があるのだ。

 容易に想像できる。

 あのデスマーチがIS学園で繰り返される光景が。

 

「じょ、冗談だよね……?」

 

 ここ数日で口癖のようになってしまった言葉を呟く。

 その返事はいつもシャルロットの望む言葉を返してはくれない。

 

「休日なんてあるとは思わないでね」

 

 天使のような満面の笑みで振り下ろされる死神の鎌。

 それはシャルロットの顔から表情を消し去る。

 

「せっかく搭乗者が現れたんだから、利用しない手はないでしょ。言ってたよね、僕の役に立ちたいって。だから、役に立ってもらうよ?」

 

 本当にあの似顔絵の人物と同じ人物なのか。

 あの天使のような少年と同じ人物とは思えない。

 沙良の天使のような笑みの裏に、確かに悪魔の顔を見たのであった。

 

 


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