IS 深海の探索者   作:雨夜 亜由

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第四話 酒場

「では皆様、この度は態々ご足労頂きとてもありがとうございます!!」

 

 三人のたまり場、『トルメンタ』。

 そのテーブルやカウンターは、白衣やスーツを着た女性に埋め尽くされていた。

 その中で、普段フラメンコなどに使われるステージから、大きな声を挙げる女性が一人。

 態々持ち込んだのであろうマイクを手に、注目を集めている。

 

「堅苦しいのはいいから早くしろよ!」

 

「そうだそうだ!」

 

「うるさい! 今日は大切な日でしょ、言わせなさい!!」

 

「どれだけ私たちがこの日を待ったと思ってるんだ」

 

 野次が飛び、スーツと白衣が喧嘩を始める。

 しかし、司会はそれを無視し、演説を進める。

 

「今日は素晴らしい日です。何せ、私たちの魂の結晶がついに世界に飛び立つのですから!!」

 

 その声に、集まった者共が手を高く掲げる。

 

「「「「うおぉぉーーーー!!!!」」」」

 

「では、モニターを注目!!」

 

 皆がモニターを注視し、騒がしかった空気が、一瞬で深々となる

 店の大型モニターに映し出されているのは、欧州会議の生中継。

 そこにエスパーニャ代表として大統領が座るその横に、所長であるロサの姿があった。

 そのロサが、スッと席を立った。

 店内が息を飲む。

 そして、ロサが壇上に立ち、呼吸を整え、キッと前を向く。

 

『今回発表するのはスペインが開発した量産型第二世代機【SeaQuest】です』

 

 そして、ロサの後ろの特大モニターに、シークエストの詳細データが映し出される。

 

「おお」

 

「「「「「おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」」」

 

 ついに、世界にスペイン国産ISが発表された瞬間だった。

 激しく盛り上がる会場。

 それに油を注ぐように、司会が催し物を進める。

 

「そして、ここにこんなものを用意しました」

 

 そう言って連れてこられたのは、沙良に手を引かれたソフィア。

 皆がなんだなんだとざわめく中、この催しを予め聞いていたのか、ニヤニヤする白衣たち。

 対照的に緊張にガチガチと固まってしまったソフィアに、頑張れとの声が掛かる。

 

「ここに居るのは皆さんご存知、我々の天使サラ・ルイス!!」

 

 とりあえず手を挙げて観客に応える沙良。

 抱いて、押し倒したい、など黄色い歓声というよりは頭ピンクなんじゃないかと思われる歓声が飛んで、つい顔を引き攣らせてしまう。

 

「そして、皆さんご存知、天使に恋するわが社のマスコット件下僕のソフィア・アルファーロ」

 

 頑張ってー、など暖かい歓声にホッとした笑みを見せるソフィア。

 

「それでは、二人とも、あとは任せた」

 

 二人でこくりと頷くと、司会はステージを降りる。

 二人は小声で何か会話をすると、沙良が後ろに下がって、コンピュータを用意した。

 ソフィアが沙良に目で合図を送ると、深呼吸し、自然体の状態で目を閉じる。

 瞬間、ソフィアの首に掛けられた青いペンダントが光を放ち、光の粒子がソフィアの身体を包み込んだ。

 その工程は、皆の記憶を揺さぶる。

 この会社で働いていて、あの光を知らない者はいないだろう。

 ISの展開。

 光の粒子が形作ったのは先ほど、モニターで見たものと全く同じ。

 まるで深海をそのまま表したような青。

 違う点はそれを人が装着しているという点だけだろう。

 

 スペイン製水域特化型IS【シークエスト】を纏ったソフィアがそこに立っていた。

 

 ここにいる者たちは、シークエスト自体は見たことがあっても、実際に稼動しているところを見る機会は殆どない。それこそ、開発部の、実際に計測や実験に携わる一部の者たちだけだ。

 そのISが自分の目の前で実際に動いている。その感動は臆断に難しい。

 

 そして、一番感動しているのは、誰でもないソフィアだろう。

 初めてISを装着したソフィアは、つい涙腺が緩くなってしまう。

 このISを纏うため、そのために辛く厳しい訓練に耐えてきたのだ。

 それを知っている社員はもらい泣きをしてしまう。

 

「どう、気分は?」

 

 沙良がソフィアに話しかける。

 ソフィアは涙を流し頷く。感極まって喋ることが出来ないのだ。

 それを汲み取った沙良は、ソフィアに抱きつく。機体を身につけ背が高くなったソフィアの首に両手を回し、その身をソフィアに任せる。

 

「ほら、ここがゴールじゃないでしょ?」

 

 ただそれだけの言葉で充分だった。ソフィアはボロボロと涙を流すと、沙良をぎゅっと抱きしめた。

 社員が口笛を吹き、拍手喝采の会場に冷やかしの声が上がるも、暖かい雰囲気に包まれた。

 

「ほら、ソフィ、乾杯するよ?」

 

 沙良は、ポンポンとソフィアの頭を撫でると、離してくれるようにお願いする。

 地面に足をつけた沙良は、用意されていたグラスを手に取ると、それを高く掲げた。

 

「みんなグラス持って!!……シークエストと我が社の栄光の未来に対して、乾杯!!」

 

「「「「乾杯!!!!」」」」

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 熱狂する空気の中、この喧騒をカウンターから眺める二人の少年がいた。

 一人は席に腰掛け、もう一人はカウンターの中で、シェーカーを振っている。

 

「おい、主役はあそこに居なくていいのか?」

 

「冗談。あんなところに入っちゃうと汚されちゃうよ」

 

 アントーニョの視線の先には服を脱ぎ始めた女たちを必死に止めようとするソフィアの姿があった。

 しかし、ミイラ取りがミイラとなるとはこのことか、止めようとしているソフィアを脱がそうと数人の酔っ払いがソフィアの服を引っ張る。

 

「ああ、目の前に良い例があったな」

 

「うちの馬鹿達が迷惑かけちゃうね」

 

「貸切料金は貰ってるから大丈夫さ」

 

 アントーニョは次から次へと消費されていく生ビールに、嫌そうな顔をする。サーバーには多くの人が群がっている。

 

「生、足りそう?」

 

「この日のために生樽を十数樽発注してある。大丈夫だ、と信じたい」

 

 足元に積まれた大量の空樽を見てやや冷や汗をかく。

 沙良に視線を戻すと、その後ろからよたよたと下着姿のソフィアが喧騒の中から戻ってきた。

 上半身裸の酔っ払いたちや、全裸の猛者たちを見るに、必死に下着を死守したらしい。

 

「……トニー、シャツを貸して」

 

 チラチラと、沙良を気にしながら恥ずかしそうに下着を手で隠そうとするソフィア。

 アントーニョとしては、幼馴染の下着姿を見ても何も嬉しくない。むしろこの空間の中、下着以上のものがそこかしこで露出している状況で冷静を保っている自分が恐ろしいぐらいだ。

 

「あぁ、プライベートルームにあるのを好きに使え」

 

「ありがと」

 

 ソフィアは許可を得るや否や、疾風のように駆け出してった。

 沙良に下着を見られたことがそんなに恥ずかしかったのだろうか。

 話を聞く限り、一緒に風呂に入ったこともあると聞いたが。

 いや、一緒に入ったというのは少し違う。筋肉痛で動けないソフィアを風呂に入れたという話だったか。

 

「こんな馬鹿騒ぎの席で何を照れる事があるんだろうね」

 

「そりゃ、見られたくない人が居たんじゃねえの?」

 

「皆、気心知れた仲だと思うけどなぁ」

 

「はぁ、これだから鈍感は」

 

「むー」

 

「はいはい、悪かった悪かった。ほら、あそこの席で、手招きされてるぞ?」

 

「やだ。碌な目に遭わないし」

 

「それはそれは、賢明な判断で」

 

「ああいう、日頃仕事しかしてないような女性は、飲むと見境ないからねぇ……」

 

「何だその、哀愁漂う言い方は」

 

「察してくれよ」

 

「あー、なるほどな」

 

 似たようなことがあった訳か、と一人納得するアントーニョに、沙良は苦笑を返す。

 

「お二人さんは楽しんでるかい?」

 

 そこに、カメラを持った女性が近寄る。

 良く店にきてくれる常連で、アントーニョも良く覚えている。

 

「お疲れ。そこそこ楽しんでるよ」

 

「俺は店側の人間なんで」

 

 そう言って作っておいたカクテルの中から、スクリュードライバーを出す。

 確か、この女性はウォッカベースを好んでいた筈だ。そんな記憶を引っ張り出したが、笑顔で受け取る女性を見る限り、正解だったようだ。

 

「まぁとりあえず、笑顔向けてー……『uno dos tres』」

 

 パシャリとフラッシュが焚かれ、ピースサインを出した手を下ろす。

 

「相変わらず、トニー君は年にそぐわず大人っぽいねぇ。どう? お姉さんと付き合ってみない?」

 

 科を作って胸を寄せる常連客。それを冷たい目で流す。

 

「恋人が出来ないからって十四歳をナンパするような二十二歳はお断りです」

 

「ナンパじゃなくて本気なら良いの?」

 

「ははは、切羽詰りすぎでしょう」

 

「ですよねー。あー彼氏欲しいわ~。仕事ばかりで休みもないと、男も漁れんわ」

 

「だからってトニーに絡むのは止めてよね」

 

 見るに見かねたのか、沙良が横から口を出す。

 流石に会社の人間が、自分の友達に絡んでいる所を見て見ぬフリは出来なかったらしい。

 だが、沙良は知らないのだ。

 

「この人、飲みに来るとこんな感じだぞ?」

 

 他にもこんな絡み方をする人間がそこそこ居ると教えると、沙良は聞きたくなかったと呟く。

 

「……本当にうちの会社の連中は」

 

 沙良が額に片手を当て、深く息を吐く。その沙良の肩に、凭れ掛かるように手を掛けグラスを傾ける元凶。

 

「さぁ、サラも飲みな、ここは私の奢りだよー」

 

「未成年にお酒を勧めない。それにここの代金は全部会社持ちですー」

 

「ケチケチしないのー」

 

「アルコールは駄目なんだってば」

 

 沙良はお酒が弱い。そして、酔い方も絡み酒という性質の悪いものだった。それも、酔うと幼くなるというおまけ付だ。

 良く常連に絡まれてはアルコールを飲んで潰れて、その世話をアントーニョがする。

 そんなことが一時期は日常的に行なわれていたのだ。

 沙良のアルコールの弱さはアントーニョが一番良く分かっている。

 

「じゃあ、はいオレンジジュース。これなら飲めるでしょ?」

 

「まぁ、ジュースなら」

 

 そう言って渡されるは、先ほどアントーニョが渡したスクリュードライバー。

 簡単に言うとお酒入りのオレンジジュースだ。

 

――おいおい、ちょっと待て、それは拙いだろ。

 

 女性の顔を見ると、計画通りとニヤニヤしている。

 

「ちょっ」

 

「ゴクッゴクッ……ぷはぁ。んー、なんか変な味する」

 

「待った……って遅かったか」

 

 止めようと、手を伸ばしたが、一息遅く既にグラスの中の液体は沙良の胃に納まってしまった。

 

「ふっふっふ、さぁ、皆のところに行こうか」

 

 あくどい顔をしながら沙良の手を引いていこうとする女性に一言掛ける。

 

「あんま飲ませないでくださいよ? 明日も会う約束してるんですから」

 

「そこで飲んじゃ駄目って言わない辺りが、トニー君の良いとこだよ」

 

 振り向き様に投げキッスをプレゼントされたアントーニョは悟った。

 

――あの様子じゃ、明日の予定は変えたほうが良さそうだな。

 

 沙良が明日無事に約束の時間に起きれる可能性を考え、はぁとため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「え、何この状況」

 

 プライベートルームに吊ってあった予備の制服に着替えたソフィアは、目の前に広がる光景に呆然とする。

 

 何故、沙良がうさ耳をつけてポーカーに勤しんでいるのだろう。というより、ポーカーに参加している者全員が可笑しな格好をしている。誰だあのアフロにサングラスを掛けたマスクの女性は。

 

 ソフィアの頭の上には疑問符が浮かび続けている。

 

「あぁ、お帰り。サイズは大丈夫だったか?」

 

 困惑を隠せない中、掛けられた声にそちらを向くと、幼馴染がどうした、と首をかしげている。

 

「え、ああ、その、サイズは大丈夫だけど、状況判断が大丈夫じゃないかも」

 

「あぁ、あの着衣ポーカーか」

 

「え、着衣ポーカー? 脱衣じゃなくて?」

 

「そこで脱衣って発想がおっさんだな、お前。何でも、負けるたびに、指定のアイテムを身に着けていかないといけないんだと」

 

「へ、へー」

 

「軽くドン引きだな」

 

「そりゃあ、あんな不審者たちを見たら……ねぇ」

 

 視線の先にはアフロの他に、ナース服にトンガリ帽子をかぶった丸渕眼鏡や、猫耳と犬耳と狐耳をつけて何が何だかよくわかんなくなった眼帯に、強盗でもするのかといいたくなるマスクをつけた者など、その変態度合いは多種多様に及ぶ。

 

「でも、セラのうさ耳は眼福眼福」

 

「お前……最近一段と気持ち悪いな」

 

「何よ、溢れんばかりの愛が漏れ出しただけじゃない」

 

「ああ、うん。そうだな。なんていうか……すまん、やっぱキモイわ」

 

「殴るわよ?」

 

「既に足を踏んづけてるだろ。地味に痛え。てか、お前は今日は客側なんだから向こうに混じって来いよ。今日のセラは軽くアルコール入ってっからノリがいいぞ? 着衣ポーカーをノリノリでやる位には」

 

「行ってくる」

 

 即座に返事を返すと、迷いもなくカウンターから離れることにした。

 

「………………本当に残念なやつだな」

 

 背後から馬鹿にされたような声が聞こえてきた気もするが、既に意識はポーカーに向いている。

 いや、ポーカーというよりも、アルコールが入った沙良に、といった方が正しいだろう。

 

「セラ、どう? 良い感じ?」

 

 後ろから覗き込むようにカードを見る。

 場に二枚のポケットカードが出ていることからテキサス・ホールデムと推測できる。

 その数字は7と9。

 沙良の手札は、沙良の体に隠れていまいち見えないが、強気にレイズしていることからそこまで悪い手札ではないと思われる。

 

「あー、そふぃだ」

 

 ソフィアの存在に気付いた沙良が、にへらと笑い席を一つ空ける。

 何だ、これは。参加しろということなのだろうか。

 ソフィアが、流れについていけず、どうしようかと戸惑っていると、現在配られている枚数と同じ枚数だけ、席に配られた。

 

――ああ、参加しろってことね……

 

 見てるだけでよかったのに、と肩を落とすソフィアの耳には、カウンターからの笑い声がしっかりと届いていた。

 

――他人事だと思って、あんにゃろう。

 

 とりあえず、負けなかったらいいのだ。そして、沙良を負かせばいいのだろう。簡単なことだ。酔っ払いに負けるほど、落ちぶれては居ない。

 

「よし、レイズ!!」

 

 ソフィアは強気に掛け金を吊り上げる。

 

――とりあえずは一勝かな。

 

 しかし、酔っ払いは酔っ払った方が賭け事が強く、このあと一回も勝つことが出来ずプライドも羞恥心もずたぼろになるとは、このときのソフィアはまだ知らなかったのである。

 


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