IS 深海の探索者   作:雨夜 亜由

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第三十八話 記念撮影

 沙良はモニター室から研究室に移動すると、自分専用のコンソールに腰をかける。

 スリープモードになっていたコンピューターは、沙良のことを感知し、自動でシステムが立ち上がる。

 十二個のモニターが順に光を映し出していく。

 モニターに表示されるは先ほどの模擬戦の稼動データ。

 その内の一つを沙良は真剣な目で見つめる。

 そこには稼働率62%と表示されている。

 

「シャルの方は予想値どおり。無事にシステムも作動したみたいだし、問題はないけど、使用武器がマルセラと同じなんだよね。シャルのほうにしか積んでない武装を使って欲しかったんだけどなぁ」

 

 沙良は足をぶらぶらさせる。

 切り替えたモニターには、シークエスト・カスタム・マルセラのデータが表示される。

 

「マルシーは予想以上に良く動けてたなぁ。機体の反応に追いついてきてる。また調節しないとなぁ」

 

「ふふふ、光栄ね。よく動けたなんて良い褒め言葉じゃない?」

 

「ひゃっ!?」

 

 沙良はその声の主の登場に身を強張らせる。

 それは、急に現れたからではない。

 それは、マルセラがとある行動を取っているからである。

 

「ちょっと、マルセラさん!? なにしてるんですか!」

 

 シャルロットが、その行動に気付き沙良へと駆け寄る。

 

「何って……耳にふーって?」

 

「それがおかしいんですよ!?」

 

 何事もないかのように答えるマルセラに、シャルロットは激しく突っ込みを入れる。

 その間にもマルセラは沙良を後ろから抱きしめ、沙良の身体を撫でる。

 

「ちょ、ちょっとマルシー? その手を離してくれないかな?」

 

「あら、私にお願いするの? それならもっと可愛らしく言わないと。さぁ、さぁ、さぁ! おねだりしてみなさい!」

 

「ザイダさーん。ここに変態がいまーす!!」

 

 沙良の呼びかけに、すぐさまザイダが飛んでくる。

 

「はいはーい、変態を受け取りに来ましたー」

 

 ザイダはマルセラの首根っこをしっかりと掴むとその身を沙良から引き離す。

 

「ああぁ、私の癒しが……」

 

「はいはい、大人しく軍に帰りなさい。言いつけるわよ?」

 

 ザイダに本社直結通路まで引きずられていくマルセラを見送り、沙良はほっと一息つくのだった。

 

「海軍は変態ばっかで困るよ」

 

 これが沙良がマルセラを苦手な理由。

 セクハラ癖が強いのだ。

 そのターゲットは沙良のみではなく、様々な部署からセクハラの被害届が出ている。

 普段は面倒見もよく、気が利き、仕事もできる優秀な人間なのだが、たまに出るセクハラ癖だけが欠点である。

 今でも、視界の端でザイダがセクハラを受けている。

 

「に、賑やかだね」

 

 シャルロットのフォローがやけに虚しく響くのだった。

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 沙良は、機体を整備するためにシャルロットからペンダントを受け取る。

 

「やっぱりシャルのもペンダントなんだね」

 

 シークエストシリーズは待機状態がペンダントの形になるものが多い。

 それはカスタム機でも同じだ。

 沙良はそれを待機状態から解除し、重機により所定のハンガーに設置する。

 重機を操る作業員に礼の言葉を告げ、沙良は工具セットを持って機体に近寄る。

 沙良が肩を回し、工具を取り出すと、周囲に光の粒子が集まって形を作る。

 それはぱっと見ISの腕のように見える。

 それが左右一対ずつ展開されている。

 

「これは……IS……?」

 

 驚きを隠しきれないシャルロットに沙良は人差し指を振り、答える。

 

「違うよ。これは移動型ラボ。あの篠ノ乃博士が作成した特別製だよ」

 

 沙良の指の動きに連動して、二対の腕が指を振る。

 それを見てシャルロットは顔を強張らせる。

 沙良もその気持ちは良く分かる。

 最初にこれを渡されたときは同じ顔をしていただろう。

 沙良は苦笑いを浮かべながら、腰に工具セットを巻きつける。そのままIS用の工具を両手に持つと『ソラ』に向かい合った。

 『ソラ』の装甲を右部アームにより切り開く。

 それを左部のアームと一緒に押さえておく。

 その開いたスペースに沙良は身を乗り入れると、すぐさま内部機器を引きずり出した。

 

「な、何をするの?」

 

 シャルロットは恐る恐る声をかける。

 

「スラスター系のエネルギーバイパスを弄ってるんだ。さっきのデータから一次移行によって効率がダウンした箇所があったからね。すぐに弄った方が定着が良いから」

 

 その言葉の通り、沙良は配線図を確認しながら両手を忙しなく動かす。

 作業用ゴーグルをつけ、ISのオイルに塗れながら作業を続ける沙良は、ふと視線を感じ、横を向く。

 そこには、作業ではなく沙良の顔を凝視していたシャルロットの姿があった。

 

「ほえ?」

 

 急に顔を合わせる形となったシャルロットは変な声を上げる。

 

「どうしたの? 僕の顔になんか付いてる?」

 

 沙良の言葉に、初めて自分が沙良の顔を凝視していたことに気付いたのだろう。

 シャルロットはわたわたと慌てだしてしまう。

 

「べ、別になんもないよ?」

 

 その目が泳いでるシャルロットを追求するより、整備の方が優先と考えた沙良は、首を傾げ作業に戻るのだった。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 シャルロットは沙良に言われて、ようやく自分が沙良の顔を凝視していたことに気づいた。

 シャルロットは見惚れていた。

 沙良のオイルに汚れた凛々しい顔は、普段見せる温和な表情とのギャップにより、シャルロットの心を鷲掴みにしていた。

 優しげに微笑む顔も、困ったように笑う顔も、拗ねた様に口をとがらせた顔も、悲しそうに歪ませた顔も、真剣な顔も、感情のままに怒る顔も、色んな表情を見てきた。

 短い間だが、クラスメイトには負けないほどに沙良の表情を見てきた。

 そのどれもがシャルロットの心に響く。

 今まで感じたことのない感情。

 心を殺す日々から開放されただけではなく、誰かを大切に思うこともできるようになった。

 今は幸せと答えても良いだろう。

 しかし、シャルロットは罪を犯した自分がのうのうと幸せに浸って良いとは思えなかった。

 沙良には許しを得た。

 しかし、沙良がシャルロットを許したとしても、シャルロット自身が自分を許せなかった。

 罪を犯したものには厳罰が必要。

 それはいつの時代でも変わらないことだ。

 

 シャルロットは悩んだ。

 自分が本当に沙良の近くに居て良いのかと。

 一緒に居るべき人間なんかじゃない。罰を受け、ひっそりと生きていた方が良いのではないかと、そう考えたこともある。

 それでも、シャルロットは沙良の近くに居続けようと決めたのだ。

 それは、沙良のとある姿を見てしまったため。

 

 真夜中、ふと目を覚ますと隣のベッドに沙良の姿がなかったことがある。

 不思議に思い、ベランダを見ると、誰かと電話している沙良の姿があった。

 寝るように催促すべきかと身を起こそうとしたが、シャルロットは動けなかった。

 それは言葉が聞こえてきたから。

 沙良はこう言ったのだ。

『姉さん、怖いよ』と。

 本当にこれでいいのかと。

 ただ一言そう言ったのだ。

 普段まったく弱さを見せない沙良が、電話越しに誰かに縋っていたのだ。

 

 それを見たときにシャルロットは決めたのだ。

 この背中を支えようと。

 守られるのではない。

 守っていこうと。

 支えられるように、ただ力になれるようになろうと。

 何が、どんなことがあっても、自分だけは沙良の味方でいようと。

 何があっても、沙良のために身を犠牲にする。

 それが例え何を意味するものでも。

 それが自分の贖罪。

 誰でもない、自分が決めた贖罪。

 

「シャル? どうしたの? 怖い顔してるよ?」

 

 ふと顔を上げると、沙良が心配そうにこちらの顔を覗き込んでいた。

 思考の海に嵌っていたようだ。両手はきつく握り締められている。

 肩に入っていた力を抜くと、沙良に笑みを向ける。

 

「大丈夫。考え事してただけだから」

 

「疲れが溜まってるのかもしれないね。時間も遅いしそろそろ切り上げようか」

 

 沙良は『ソラ』の整備を終わらせるように、内部機器を元に戻していく。

 装甲も特殊な溶接機器を以って溶接していく。

 

「そんなに厳重だっけ?」

 

 シャルロットはラファールに乗っていた経験から会話を切り出す。

 

「たぶんここまでやってるのはシークエストだけじゃないかな。僕らは海に入るから、装甲は重大なファクターなんだよ」

 

 深海にまで活動範囲があるシークエストなら、確かに必要なのかもしれない。

 シャルロットは一人頷く。

 

「よし、ここをこうしてっと。出来た!!」

 

 沙良は調節が終わった『ソラ』を一撫でする。

 その触れ方は慈愛に満ちている。

 シャルロットは同じように『ソラ』に触れる。

 そのまま機体を待機状態に戻すと、光の粒子が周囲に集まり手のひらにペンダントが残った。

 ペンダントとなった『ソラ』を首にかけると、壁に掲げられている大時計が視界に入る。

 

「もうこんな時間なんだね」

 

 時刻は二十三時五十分を回ったところだ。

 しかし、周りを見ても作業中の職員も多い。

 

「終業時間ってないの?」

 

「特にはないよ。好きな時間に来て、好きな時間に帰る。結果が出せれば良い、それが研究室のルールだから」

 

「あ、アバウトだね……」

 

「みんな結局は帰ろうとしないからね。ほぼ研究室に寝泊りしてる状態の人も居るし」

 

 それは皆が好きで残ってるということだろう。それだけこの環境が愛されているということでもある。

 

「いい職場だね」

 

「僕的にはもうちょっと体に気を使って欲しいんだけどなぁ」

 

「僕だって沙良にもうちょっと気を使って欲しいよ」

 

「みんなに言われるよ」

 

 沙良は指で頭を掻きながら苦笑いを浮かべる。

 

「とりあえず今日はここまでにして、帰ろっか」

 

 沙良が、そう言い、ハンガーから出ようと出口にむかうが、その動作がピタリと止まってしまう。

 

「沙良?」

 

 シャルロットは不思議に思い、首をかしげると、沙良がどうしようといった顔で振り向いた。

 

「シャルの泊まる所、手配するの忘れてた……」

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

「ごめんね、こんな部屋で」

 

 沙良は申し訳なさそうに頭を下げる。

 それにシャルロットは慌てて手を振る。

 

「い、いや全然そんなことないよ!? むしろ、沙良の家にお邪魔できて良かったって言うか、部屋が綺麗過ぎるって言うか……」

 

 シャルロットはふかふかのベッドに座りながら、沙良に頭を上げるように促す。

 

「そう言って貰えると嬉しいよ。普段、家に人を呼ぶことがないから慣れてないんだ。ごめんね」

 

 そう、シャルロットは沙良の家に泊まりに来たのだ。

 申し訳なさそうにしている沙良には悪いのだが、シャルロットは内心興奮を隠せなかった。

 予想もしていなかった、お家へのお呼ばれに、シャルロットのテンションは上がっていく。 

 

「ゆっくりしてて。飲み物とって来るよ」

 

 沙良は部屋から出て行く。

 沙良が居なくなったこともあり、シャルロットは、つい部屋を見渡してしまう。

 大きなベッドが窓際に鎮座し、机が壁際に設置されている。

 本棚には何ヶ国語かの本が並べられている。

 中央に置かれたテーブルは、その部屋の雰囲気を作り出している。

 その全ての場所に飾られているものがあった。

 写真だ。

 それは様々な場所で、多くの人間と写っていた。

 その中でも最も多いのは、

 

「一夏との写真だ……」

 

 一夏と楽しそうに笑いあう写真。それは幼い頃の写真もあれば、中等部の頃らしき写真もある。

 おそらく毎年撮っているのだろう。

 そこには成長の記録が確かに刻まれていた。

 そしてその次に多いのは、研究室のメンバーらしき人物達と写っている写真。

 その中にすら一夏の姿が確認できる。その一夏を除いて、特に多く写っている人物が居た。

 

「この人……ソフィアさんだよね?」

 

 ミドルスクールの入学式らしき写真には既に一緒に写っている。

 

「幼馴染ってことなのかな」

 

 そのまま、部屋の写真を眺めていると気になる写真があった。

 それは、体中生傷だらけのソフィアが号泣し、沙良が泣きながら慰めているというもの。そのソフィアの手には一枚の紙が広げられている。

 

「これは、何の写真だろう」

 

「それはソフィが代表候補生に選ばれたときの写真だね。懐かしいなぁ」

 

「せ、セラ……」

 

 シャルロットはいつの間にか帰ってきてた沙良に驚きを隠せない。

 勝手に写真を見ていたこともあり、身を小さくしてしまう。

 

「はい、これ。ココアでよかったよね」

 

「う、うん。ありがとう」

 

 チラリと横目で沙良を窺うと、気にしていないようでほっと胸を撫で下ろす。

 シャルロットはココアを一口飲むと、言葉を紡ぐ。

 

「この部屋って、すごく写真が多いんだね」

 

 シャルロットは目線だけで写真を見渡す。

 

「そうだね」

 

 沙良はココアを一口飲むとまた口を開いた。

 

「一夏と一緒に暮らしてたときから定期的に写真を撮ることにしてるんだ。その時に誰が傍に居たか忘れないようにね。そうしたら純粋に写真に残したいことが多くなっちゃって。変かな?」

 

「ううん。僕はとっても素敵なことだと思うよ」

 

 そのシャルロットの言葉に、沙良は嬉しそうに微笑む。

 

「そうだ、シャルも一緒に写真撮ろうよ!」

 

 沙良は急に思い立ったように声を上げる。

 

「僕も?」

 

「そうだよ。シャルの入社記念。みんなで一緒に写真に写ろうよ! そうと決まればみんなに声をかけないと」

 

 沙良はすぐに寝室から飛び出していく。

 部屋の奥から話し声が聞こえるため、おそらく電話をかけているのだろう。

 

「シャル! みんな出てくるって! 僕らも行こうよ」

 

「ま、待ってよセラぁ!」

 

 シャルロットは急いで沙良の背中を追いかけるのだった。


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