IS 深海の探索者   作:雨夜 亜由

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第三十七話 指導戦闘

 シャルロットはただ前を向く。

 そこにいるのは自分と似た機体。

 違うのは、その青色の濃さだけ。

 ハイパーセンサーはその機体の情報をシャルロットに伝える。

 

――マルセラ・バスケス・サント。搭乗IS『シークエスト・カスタム・マルセラ』。特殊兵装無し。

 

 シャルロットは手に汗を感じる。

 模擬戦に用意された相手は、本場の代表候補。

 その使いなれた機体を操るマルセラに、先ほど機体を受け取ったばかりのシャルロットが勝つのは難しいだろう。

 

――それでもっ!

 

 シャルロットは拳を握る。

 それでも、負けたくないと言わんばかりに。

 

『それでは、模擬戦闘を行います。マルセラはシャルが一次移行を済ますまでは、全兵器を使って、そのサポート。一次移行が終わり次第、データ収集に入って。シャルは勝つことだけを考えてて。それが、一次移行に繋がるから』

 

 開放回線(オープンチャネル)で沙良の声が飛んでくる。

 

「!vale!(了解)」

 

「うん、わかった」

 

 シャルロットは、アサルトライフルを手に呼び出しておく。

 それは今までシャルロットが使っていた物とは大きく違う。

 その重さも、その威力も、その使用目的も。

 早く慣れなければという焦りもあるが、新しい武器に心を躍らせている自分も感じる。

 

『それでは、ブザー後に戦闘を開始して』

 

 通信で沙良がそう述べると、アリーナの中央に、カウンターが表示される。

 その数字が、一つずつ減っていくにつれて、シャルロットは、心を引き締める。

 その数字がゼロになったと同時にシャルロットは動いた。

 ブザーの音を後ろに感じ、シャルロットは、マルセラに銃を向ける。

 

「あら、大したご挨拶ね」

 

 それを、マルセラは両手を広げることで応対とする。

 それはまるで、撃ってこいと言わんばかりの動作。

 だからシャルロットは、躊躇い無く撃った。

 その螺旋状溝から発射された弾丸は旋回運動を与えられ、ジャイロ効果により真っ直ぐに敵に向かって飛翔する。

 弾が深い青の機体に突き刺さる。

 それは一発で終わるはずも無く、無慈悲な銃声が鳴り響く。

 その銃弾を全てその身で受けたその機体は、なお悠々とその両手を広げていた。

 シャルロットは戦慄する。

 あれだけの銃弾を受けてなお何事も無かったかのように動く、その機体に。

 弾幕を前に余裕を保ち続けるマルセラに。

 

「ふう、なんて情熱的な挨拶。でも効かないわ。硬さ、それが私の取り柄だから」

 

 マルセラはゆっくりとその機体を動かす。

 その動きは遅い。

 しかし、確実にシャルロットに銃口を向ける。

 それは、先ほどシャルロットが利用したのと同じアサルトライフル。

 シャルロットは、その引き金が引かれるのを確認。

 すぐさま回避行動に出る。

 しかし、

 

「――っ!?」

 

 機体が、ほんの僅かだがシャルロットの反応に追いつかなかった。

 被弾。

 その威力は比較的低いが、その圧倒的な連射力の前にシャルロットの機体は弾幕に飲み込まれてしまう。

 

「これが、シークエストシリーズに基本的に積まれているアサルトライフル、『CETME』。威力を犠牲に、弾幕を張ることに特化した銃よ。あなたも使ったから分かるでしょ?」

 

 シャルロットは弾幕の中で踊るように回避を続けながらその声を聞く。

 確かに、これは厄介な武装だ。

 威力自体は低いが、確実にダメージがこちらに入ってくる。

 牽制用に使うのが一番正しいのだろう。

 そう考えると、一つ疑問が浮かぶ。

 

「なんでシールドが減らなかったの?」

 

 先ほどのシャルロットの射撃に、マルセラの機体はシールドエネルギーを微量しか減らさなかった。

 シールドに当たれば、どんなに威力が低くても、ある程度は削ることが出来るはずだ。

 このライフルも、そういうコンセプトで作られているのだろう。

 その疑問に、マルセラは丁寧に答えてくれる。

 

「簡単な話よ? シールドを弱く設定しているの。システムを起動した私の装甲なら、銃弾を食い止められるから」

 

 その発言に、シャルロットは驚くと共に納得する。

 思い出すは、学年別トーナメントの準々決勝。

 沙良の『逆桜』の斬撃の網に、リナとフィオナは正面突破という手段をとった。

 それは、そのシステムとやらを作動させた結果なのだろう。

 シャルロットは、自らの機体を確認する。

 乗っているのは同じシークエストシリーズ。

 シャルロットの機体にも同じシステムが使用されていてもおかしくはない。

 

「あった」

 

 しかし、そのシステムはロックがかかっていた。

 

「残念だけど、一次移行してからじゃないと使えないわよ?」

 

 そのシステムに気を取られすぎたのか、いつの間にかマルセラがシャルロットに接近していた。

 その振りかぶられているのはシャルロットもよく見覚えがあった。

 青を引き立てるような赤色。

 

「禊!?」

 

「正解」

 

 シャルロットはその身に衝撃透過の一撃を食らう。

 その硬直したシャルロットの機体に、銃口が押し付けられる。

 

「この銃ね、『ガルシア』って言うんだけど、どういう意味かわかる?」

 

 シャルロットは、嫌な予感に冷や汗を流す。

 それを感じてか、マルセラはその口元に笑みを作った。

 

「バスク語起源で、『槍』っていうの」

 

 マルセラは、引き金を引き絞った。

 その威力はまさに突き放たれた槍の如し。

 シャルロットの機体は、衝撃に、その機体を宙に投げ飛ばされる。

 しかし、その間に感じることは負の感情ではない。

 シャルロットは思った。

 

――楽しい。

 

 自分の意志で動くことがこんなにも楽しいのかと。

 今までは、デュノア社の命令に従うだけだった。

 そこに自分の意志などなかった。

 今は違う。

 シャルロットは望んでここにいるのだ。

 それは、自分の意思。

 沙良の傍に居ると決めた、自分の意思。

 

――この色のついた世界で、彼と共にいる為に!

 

 シャルロットはすぐさま体勢を整える。未だ、その進行方向は背に向かっている。

 スラスターで勢いを殺してもいいが、その一瞬の隙が怖い。

 ならば、その勢いを利用するだけ。

 シャルロットは、吹き飛ばされている方向にスラスターを噴かした。

 その勢いで、マルセラから距離を取ると、先ほど狙撃された銃、『ガルシア』を展開する。

 しかし、ただこれだけで撃っても決して当たることはないだろう。

 だから、シャルロットは左手に『CETME』を展開する。

 それを見て、マルセラが笑ったのが見えた。

 

「正解」

 

 そのマルセラの言葉が示すとおり、シャルロットは反撃を開始する。

 牽制用の反動が小さい銃で足止めし、威力の高い銃で仕留める。

 コンセプトとしてはシンプルでとても分かりやすい。

 

「でも、武装はよく確認した方が良いわよ」

 

 マルセラは、片手を前に突き出す。

 その動作はシャルロットには覚えがあった。

 

――まさかAIC!?

 

 シャルロットはすぐさまその思いを頭から払う。

 あれは、独逸が長い年月をかけて完成させたシステム。

 スペインが使えるはずはない。

 だから撃った。

 その行為を消し去るために。

 しかし、その銃弾が届くことは無かった。

 銃弾はマルセラの周りを円で囲むように止まっていた。

 

「なっ!?」

 

 よく見ると、その円には、ぼんやりと影が浮かんでいる。

 

「エネルギーシールド!?」

 

「ご明察」

 

 マルセラはその円の中から、銃を構える。

 それは『ガルシア』。

 シャルロットは撃つことを選択した。

 エネルギーならいずれはゼロになる。

 ゆえに、『CETME』で弾幕を張る。

 すると、そのエネルギーシールドが形を崩した。

 

「対処は正解だけど、詰めが甘いわ」

 

 すぐさま銃弾を浴びせようとしたシャルロットはその身に銃弾を食らうことになる。

 なぜ、あの弾幕の中で銃を撃つことが出来たのか。

 その答えは、簡単だった。

 

「バリアユニットが一つだと思っちゃダメよ?」

 

 その機体の周りには、エネルギーのシールドが張られていた。

 二重展開していただけだが、それは、シャルロットの不意を突くことに成功する。

 

「ほら、ぼさっとしないの」

 

 マルセラは一つの武装を展開していた。

 それは、映像の中で見たことがある。

 全身装甲の機体ですらも真っ二つにする、レーザー兵器。

 

「元々は岩盤掘削用の物を改造したらしいんだけど、その威力は作った人が頭おかしいんじゃないかと思うぐらい強力よ。大丈夫。リミッターはかかっているから死にはしないわ」

 

 マルセラは視線で沙良を示す。

 しかし、シャルロットはその動作に付き合っている場合ではなかった。

 シャルロットは必死に考える。

 そんなもの食らったらひとたまりも無い。

 しかし、いくら飛び回ろうとも照準がシャルロットから外れることは無い。

 その砲口には光が集まっている。

 

「終わりなさい」

 

 無慈悲なレーザーがシャルロットを襲う。

 シャルロットは、一筋の望みをかけてその右手を前に伸ばした。

 瞬間、目の前で、レーザーがその動きを止めた。

 すぐさまシャルロットは上昇。

 その場から離れる。

 爆散する小型ユニットを確認すると、その威力に身の毛がよだつ。

 展開したバリアユニットは一秒という短い時間だが、確かにレーザーを止めることができた。

 シャルロットは、その身を震わせた。

 あんなもの直撃していたらただではすまない。

 しかし、そう思考するシャルロットは、笑っていた。

 

「これが、僕の望んだ道……」

 

 シャルロットは、ただ上空を目指す。

 そして、ある地点で止まると、そのまま地表を見下ろす。

 シャルロットの行動を見守るようにマルセラは構えている。

 まるで、指導するような戦い方。

 それを、本気にさせてみたい。

 そうするためには、この機体が変わらなければならない。

 その準備は、整っている。

 目の前のウィンドウにはただ一文字だけ。

 

『?Estas listo?(Are you ready?)』

 

 その言葉の意味はわからないが、それが何を示しているかはわかった。

 シャルロットはその文字に触れる。

 その言葉に答えるように。

 瞬間、変化が訪れた。

 シャルロットの身を纏う装甲が光の粒子に弾けて、そしてまた形を成す。

 新しく形成される装甲はまだ薄くぼんやりと、光を放っている。

 先ほどまでの実体ダメージが全て消え、その装甲はより洗練された形となる。

 

 一次移行。

 

 より融和性が高まった装甲に、シャルロットの反応速度に追いつく機体。

 この瞬間、『ソラ』はシャルロットの専用機となった。

 

『シャル、ここからが本番だよ』

 

 アリーナに沙良の声が鳴り響く。

 その声を待っていたと言わんばかりに、マルセラがその身をシャルロットに肉薄させる。

 握られているのは見たことが無い銃。

 だから、距離を取らず、シャルロットは接近戦に持ち込むことを選択する。

 得意の高速切替で『禊』を展開し、機体を回転させ、その脚部スラスターを薙ぎ払う。

 しかし、その一振りは空を切った。

 すぐさま連撃を放とうとするが、マルセラのほうが早かった。

 射撃。

 それは、散弾を放つショットガン。

 

「くっ!?」

 

 シャルロットはすぐさま、マルセラの背後に回り込もうとする。

 しかし、その行動は読まれていた。

 シャルロットはその身に散弾を浴びる。

 マルセラはシャルロットを見ていない。

 銃だけをシャルロットに向け、引き金を引いたのだ。

 シャルロットは、その一撃に、一瞬だが、動きを止めてしまう。

 そのシャルロットにスラッグ弾が撃ち込まれた。

 それで、終わりではない。

 散弾が間を置かずに発射されたと思うと再びスラッグ弾が撃ち込まれる。

 

「連射式ショットガン『エステバン』。勝利の冠という意味を持つ銃よ」

 

 その連続した射撃に、シャルロットの機体はその装甲を削られていく。

 

「あなたの機体は万能型。でもね、言ってしまえばこれといって特徴が無いだけ。勝つためには何か一つ、特別を求めなさい」

 

 マルセラは大型のライフルを構える。

 

「最後はこれで沈めてあげるわ」

 

 それはシャルロットの機体にも同じものが積まれている。

 それは対物ライフル。

 

「『マリア』。神の贈り物という意味よ」

 

 シャルロットは必死にその射線から逃れようとするが、その銃口はシャルロットを捉えて離さない。

 嫌だ。負けたくない。

 接近戦を挑んでも、バリアユニットで動きを封じ込まれてしまったらそこで終わりだ。

 シャルロットは必死に機体を操る。

 そのシャルロットの目の前に、とあるウィンドウが現れる。

 

『Diving System――Set up completion. ?Estas listo?』

 

 シャルロットはいきなり現れたそのウィンドウに迷いもせずに触れる。

 

『Shout, "DIVE"』

 

 叫べ。

 その指示通り、シャルロットは叫んだ。

 

「DIVE!!」

 

 その叫びに反応して、『ソラ』はその装甲を閉じる。

 それは潜水服のように隙間を埋めていく。

 そのシステムは機体に使われている装甲の性能を最大限に引き出す。

 深海の水圧にさえ耐えることのできるその装甲はあらゆる攻撃を耐え抜く。

 その変化が終わり、状況を確認すると、シャルロットはあるものを見た。

 マルセラが笑っているのを。

 その笑みは、生徒を褒める、先生のような笑み。

 マルセラは優しい笑みを浮かべたまま撃った。

 シャルロットはすぐさま避けようとするが、機体は、思った通りには動かない。

 システムを作動している『ソラ』は、普段と同じ扱いかたでは思ったように動かない。

 一撃で勝負を決めてもおかしくない銃弾が、『ソラ』の装甲を削る。

 負けた。

 そうシャルロットは思ったが、試合終了のブザーは鳴っていない。

 不思議に思ってシールドを確認してみると、先ほどの四分の一だが、残っていた。

 

「それが『Diving System』。使い方を覚えておきなさい」

 

 その後ろから聞こえる声に、シャルロットは咄嗟に反応する。しかし、そこにあったのはグレネードだけだった。

 爆発。

 衝撃を防ぐため、シャルロットは腕を盾に、その身を真後ろに飛ばす。

 それは、とある結果を生んだ。

 とんだ先には、

 

「いらっしゃい」

 

 マルケスが『祓』を持って待ち構えていた。

 その大型機構槍がシャルロットに突き刺さる。

 

「ぐっ!」

 

 その機構により、衝撃が装甲に通り、シャルロットは息が詰まってしまう。

 そのランスに突き刺さったままのシャルロットを、マルセラは地面に叩き付けた。

 

「――っ!」

 

 すぐさま立ち上がろうとしたシャルロットだが、その機体には、Diving Systemを作動させているマルセラが馬乗りになっていた。

 

「楽しかったわよ? あなたはまだ伸びるわ」

 

 マルセラは至近距離で『ガルシア』をぶっ放した。

 その銃弾はシャルロットのシールドを削る。

 

「あとは、貴女だけの武装を使いこなしなさい。カスタムには一人一つ、必ず専用武装が入っているから」

 

 マルセラが、『ガルシア』を撃ち終った瞬間、試合終了を告げるブザーが鳴り響いた。


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