IS 深海の探索者   作:雨夜 亜由

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第三十六話 それは海と対となる

 薄暗い廊下を三つの影が歩いていた。

 そのうちの一人は白衣を着ており、残りの二人を廊下ですれ違う者達の好奇の視線から守っている。

 その二人のうち金色の髪を持つ少女が、翠の瞳を持つ黒髪の少年に声をかける。

 

「ねえ、沙良。どこに向かってるの?」

 

 黒髪の少年は答える。

 

「僕の研究室のハンガーだよ。そこにシャルロットの機体となるISが整備されているはずだから」

 

 沙良はシャルロットにとあるカードを渡す。

 

「えっと……『SeaQuestCompany開発研究部第一深海作業開発研究室所属研究員 シャルロット・ルイス』……これって」

 

「ここでの社員証。研究室に入るのに使うから無くさないでね」

 

「えっと……そこじゃなくて、この名前の『ルイス』って……」

 

「ああ、お爺ちゃんが後見人だしね。手続きでも『シャルロット・ルイス』で申請しちゃったから、

シャルロットはエスパーニャではシャルロット・ルイスって名乗ってね」

 

「シャルロット・ルイス……」

 

 その名をシャルロットは呟く。

 その顔を少し赤みを帯びている。

 

「おそろいだね」

 

 沙良は自分の名札を指差し、そう笑った。

 沙良の名札は『サラ・ルイス』と書かれている。

 おそろいの意味に気付いたシャルロットは紅潮し、俯いてしまう。

 

「僕のことは『セラ』って呼んでいいよ」

 

「『セラ』?」

 

「そう、僕に親しい人は皆そう呼ぶんだ。『サラ』って、エスパーニャだと女性名だから少し変えて『セラ』」

 

「セラ……うん、分かったよセラ」

 

 シャルロットがセラと呼ぶと、沙良は嬉しそうに笑う。

 

「だったらさ、僕のことも愛称で呼んで欲しいなぁ……」

 

 シャルロットはこれをチャンスと捉え、沙良に上目遣いでお願いする。

 何でも無いように言っているが、心臓は物凄い速さで鼓動を打っている。

 

「愛称かぁ。シャルロット……ロッティ…………シャル。うん、シャルなんてどう? 呼びやすいし」

 

「シャル……うん、それが良い!!」

 

「じゃあ、これからは『シャル』だね」

 

「うん!」

 

 シャルロットと沙良は楽しそうにはしゃいでいる。

 それを和やかに見守っていたロサだったが、研究室が近いため、声をかけることにする。

 

「ほら、お喋りもそこまでにしな。研究室もすぐそこなんだから」

 

 ロサは先ほどまでの外用の口調を崩していた。

 

「はいはい」

 

「わかりました」

 

 沙良は研究室のICスキャンに社員証を入れる。

 すると、特殊なカメラが沙良の網膜を撮影する。

 

「サラ・ルイス」

 

『声紋認証完了』

 

 すると、扉が自動で左右に割れた。

 

「厳重だね」

 

 シャルロットはそう話しかけるが、

 

「ここは本社から直接来るルートだからね。研究員用の通路は違うよ」

 

 沙良は軽く否定を挟む。

 

「あとで渡すけど、研究員用の端末があるから」

 

 そう言って沙良は自分の左腕を見せる。

 そこには確かに時計のようなものがついていた。

 よく見ると、ロサも同じものをつけている。

 

「とりあえず、入って」

 

 沙良は軽い足取りでその研究室へと足を踏み入れた。

 そして、シャルロットに振り返ると、手を大きく広げて、言葉を放った。

 

「ようこそ、シャル。ここが僕の研究室、第一深海作業開発研究室だよ」

 

 その歓迎の言葉にシャルロットは頬が緩む。

 

「うん、よろしく」

 

 シャルロットは回りを見渡す。

 そこには沢山のコンピューターとモニターが並び、職員がキーボードを叩いている。

 奥の全面ガラスの部屋には白い機体がケーブルに繋がれて鎮座していた。

 部屋の一角にはソファーや、机や椅子などが置いてあり、自由にテレビや本を見て休憩できるようになっているらしい。

 今も、四人ほどがコーヒーを飲みながら討論を繰り広げていた。

 聞こえてくる内容は、どこの化粧品が一番良かったかと言うもの。

 

「社員に配慮してあるんだね」

 

 デュノア社は、こんなに自由は無かったよ。

 そう言葉に表すシャルロットの前に、奥の部屋から一人の女性が現れる。

 その女性はタンクトップに、ホットパンツというラフな格好。

 その体はオイルで汚れている。

 

「おお? この子が新入り?」

 

「もうザイダ、作業中はそれでも良いけど、研究室に入るときは白衣ぐらい着なって毎回言ってるでしょ」

 

 沙良が腰に手を当ててザイダを叱り付ける。

 その子供っぽい動作に、つい微笑みを浮かべてしまう。

 

「ごめんごめん、次から気をつけるわ」

 

 そのザイダは意に介さないようで、軽く聞き流している。

 

「その言葉も聞き飽きたよ。行動に移してよ」

 

「ホント、さっきまで、三ヶ月ぶりの再会に泣きそうな顔してた子とは思えないわ」

 

「ちょっと、ザイダ!?」

 

「はいはい、ごめんごめん。で、この子が?」

 

 ザイダはシャルロットに視線を向ける。

 

「そうだよ。ザイダに頼んでた機体の搭乗者」

 

 その言葉に、ザイダはシャルロットを舐め回すかのように見る。

 

「ふーん、この子が」

 

「あ、あの……?」

 

 シャルロットはオロオロとしながらも、何か会話をしようと、言葉を探す。

 

「……うん、気に入った! 私は整備士のザイダね。よろしくね、シャルロット」

 

「は、はい!」

 

 シャルロットはザイダに急に肩に手を置かれ、ビクッとする。

 

「ついて来なさい。見せてあげるわ。あなたの機体」

 

 ザイダは軽い足取りで、研究室を進んでいく。

 シャルロットは沙良に戸惑いの視線を向けるが、沙良が笑いながら頷きを返したのを見て、ザイダの後を追った。

 

 その、大量のコンピューターが置かれた部屋を抜け、動く歩道に乗る。

 その長い道のりの行く先は、

 

「……なんて大きなハンガー」

 

 地下に作られた大型のハンガーだった。

 所狭しと様々な機械が動いており、そこに配置されているのはISだけではない。

 

「……潜水艦?」

 

 その無駄を無くした形態は、見るものを圧倒させる。

 

「深海作業開発研究室だからね。海に関わるものなら何でも作ってるといっても良いんじゃないかな」

 

 沙良がシャルロットの横に並び立つ。

 

「ほら、ザイダを待たせてるよ?」

 

「あ、うん」

 

 シャルロットは少し急ぐように、ザイダの元へと近づく。

 そこにいたのは大空のような蒼だった。

 

「セラの『海良(カイラ)』と対になる機体。シークエスト製作試作機プロトタイプ『空良(ソラ)』。セラの『カイラ』は作業用の製作試作機。この『ソラ』は軍事用の製作試作機。その性能は圧倒的に『ソラ』の方が高いわ」

 

「――っ!? このスペックって!?」

 

 そのスペックに、シャルロットは驚きを隠せない。

 それはそのスペックの高さではない。

 

「うん、シャルのラファール・リヴァイブ・カスタムⅡの稼動データを使って、元の乗り心地に出来るだけ近いように、それでいて、追随を許さないように設計したよ」

 

 沙良は簡単に言っているが、決して簡単なことではない。

 フランスの最高傑作のカスタム機を再現しつつ、そのスペックは元になったカスタム機よりも比べようもなく高い。

 第二世代機の中ではトップクラスを誇る機体だろう。

 その最大の特徴は、拡張領域の多さ。

 それはシャルロットが使っていたラファール・リヴァイブ・カスタムⅡよりも多い。

 

「乗ってみて」

 

 シャルロットは、ハンガーに吊るされている機体のコックピットに飛び乗る。

 その身を機体に預けるように力を抜くと、まるで融和するかのように装甲が閉じる。

 

――Start system, Access――

 

――Fitting Start――

 

――Sea Quest Diving system, Access――

 

――搭乗者を確認、搭乗者を登録――

 

――Secret system, Start Access――

 

――皮膚装甲展開……完了――

 

――推進器稼動確認……完了――

 

――ハイパーセンサー最適化……完了――

 

 次々と浮かんでは消えていくモニター。

 

――『De la bienvenida. Sea Qwest, Charlotte』――

《ようこそ、深海の探索者シャルロット》

 

 最後のモニター。

 それは、『ソラ』がシャルロットを認めた証。

 

「どう? 気に入ってくれた?」

 

 シャルロットは強く頷く。

 

「僕には勿体無いぐらいだよ」

 

 シャルロットは確かめるように軽く体を動かす。

 それは、問題なく反応をシャルロットに返す。

 

「フィッティングには時間が掛かりそう?」

 

 シャルロットは軽く考えてから言葉にする。

 

「十分ぐらいかな」

 

 沙良は時計を見ながら答える。

 

「じゃあ、アリーナまで動こうか。その間にフィッティングは終わるでしょ」

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

『とりあえずは自由に動いていて良いよ』

 

 沙良は、研究室の隣にあるモニター室からマイクを通して、シャルロットに呼びかける。

 モニター室からはアリーナの全貌が見渡せる。

 沙良の言葉に、シャルロットは、その身を空に躍らせた。

 

「急上昇OK。急旋回OK」

 

 沙良の横では、研究員がシャルロットの機動データを取っている。

 

「急加速、急停止共に問題なし」

 

「高レベルの反動制御確認」

 

「機動面、問題なし。射撃体勢をお願い」

 

 研究員の要求を沙良は自分の権限を以って許可する。

 

「了解、射撃体勢を取らせます」

 

 沙良はマイクに口を近づける。

 

『的を出すから適当に射撃して』

 

「空間投影式作動」

 

「作動を了承」

 

 空間投影技術を利用した的が無数に表示されていく。

 それをシャルロットは黙々と撃ち落としていく。

 

「レスポンス良好」

 

「タイムラグも許容範囲」

 

「機体反応の確認のため、不意打ちでの射撃に対するリアクションを」

 

「了解」

 

 すぐさまモニターを操作し、使用できる埋め込み式レーザー砲を確認する。

 沙良はすぐさま各方面に指示を出す。

 

「1-A、3-B及び9-Tからのレーザー狙撃の準備をお願いします」

 

「了解、1-A完了」

 

「了解、3-B残り三秒……完了」

 

「了解、9-T残り十秒」

 

「9-Tと同時に一斉射撃準備」

 

「三、二、一」

 

「発射」

 

 その言葉と共に、シャルロットに三箇所からレーザーが襲い掛かる。

 その奇襲にも、しっかりとシャルロットは反応する。

 

「ハイパーセンサーの反応良好」

 

「警告対応良好」

 

「一瞬の思考判断に対する、機体のレスポンス良好」

 

 沙良は満足そうに頷く。

 

「一次移行はまだかな」

 

「もう少し掛かるわ。なんなら、戦闘でもさせる?」

 

 その言葉は冗談も含んでいただろう。

 決して本気ではなかったはずだ。

 しかし、その案は沙良に「名案だね」と言わせることになってしまった。

 

「現在手の空いているパイロットはいる? 整備に来ている者とか」

 

 沙良の言葉に、研究員は各部署に問い合わせを開始する。

 

「……いました。機体整備に来ていた代表候補生が一人こちらに回せるそうです」

 

「名前は?」

 

「それが……」

 

 その言いにくそうにした研究員に沙良は首を傾げた。

 

「マルセラ・バスケス・サントです」

 

 その名を聞き、その理由を把握した。

 それは、沙良が少し苦手意識を持っている相手。

 しかし、それでも専用機を与えられているということは、それだけの実力があるということだ。

 

「どうします? セラが嫌なら、他の人間の予定を調節しますが」

 

 沙良としては嫌なのだが、それで社員に迷惑をかけるわけにはいかない。

 実力も確かで、模擬戦の相手にするにはもってこいの人間だ。

 そう、沙良さえ我慢すれば、全てが丸く収まる。

 沙良は、嫌そうに、本当に嫌そうに声を出した。

 

「いいよ、マルシーで」

 

 しかし、愛称で呼ぶぐらいには仲は良好である。

 

「そんなに嫌なら別に大丈夫ですよ?」

 

 研究員は苦笑いを浮かべている。

 

「いい、頑張る」

 

 沙良は首を横に振ると、拳を握った。

 

「わかりました」

 

 研究員は人事部に連絡を取り、スケジュールを取る。

 

「大丈夫よ、私たちが守ってあげるから」

 

 ザイダが紅茶を沙良に差し出す。

 

「ザイダ……」

 

 その微笑ましい光景に皆が温かい目で見守っていると、

 

『ちょっと!? いつまでレーザー出るの!?』

 

 いつの間にか狙撃箇所が六箇所に増えたレーザー砲に狙撃をされ続けているシャルロットが、悲鳴を上げていた。


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