IS 深海の探索者   作:雨夜 亜由

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第三十四話 戦いの後に

『一年、決勝試合は、デュノア・織斑ペアの勝利とし、トーナメントの全日程は終了します。お疲れ様でした。表彰式などは事故の影響を受け、執り行いません。今日を以って、学園は三日間の休養に入ります。各人、体を休めてください。授業の開始時間などは各自個人端末で確認の上――』

 

「へー一夏たちの優勝だって。おめでとー」

 

「おう」

 

 沙良たちはのんびりと食事を取っていた。

 

「沙良の予想通りになったね」

 

「そうだねぇ。まぁ、僕が進言したところもあるしね。あ、一夏、七味取って」

 

「はいよ」

 

「ありがと」

 

 当事者なのにどこかのんびりしすぎではないかとクラスの女子は言っていたが、先ほどまで教師陣から事情聴取されていたのだ。

 そんなに優勝で騒ぐ気にもなれないし、事件の話を出す気にもなれない。

 開放されたのは全ての試合が終わっており、夕食の時間も過ぎていたのだが、特例として、食事を取らしてもらえることになった。

 

「ふー、食べた食べた。食事取らしてもらえて良かったよー」

 

 沙良はお腹をぽんぽん叩き、ふぅと息をつく。

 

「そういえば、沙良に聞きたいことがあるんだが」

 

「んー?」

 

「あの時のISでの会話みたいなのってなんなんだ? あの、プライベート・チャネルとは違う、なんか特別な空間みたいなところでの会話なんだが」

 

「あぁ、相互意識干渉のこと?」

 

「相互意識干渉?」

 

 一夏が首を傾げる。

 

「僕も聞いたことある気がする。IS間情報交換ネットワークの影響って言われてて、操縦者同士の波長が合うと特殊な相互意識干渉が起こるっていうあれ?」

 

「そう、それのこと」

 

 シャルロットも少しの知識はあるようだ。

 

「波長……波長ねぇ。なんか良く分からんって感じだな」

 

「ISはよくわかんない現象や機能がかなりの数あるよ。姉さんが全機能を公表してない上に現在も失踪中だし、自己進化するように設定してある部分があるから、姉さんにも全部を把握するのは無理なんだって」

 

「うわっ、束さんらしいな、それ……」

 

「あの人は自分に興味のないことはどうでもいいって人だからなぁ」

 

 どうせ調べるのが面倒くさいだけだろう。

 沙良はそう思っている。

 

「あ、三人ともここにいたんですか。さっきはお疲れ様です」

 

「山田先生こそ。ずっと手記で疲れなかったですか?」

 

「いえいえ、私は昔からああいった地味な活動が得意なんです。心配には及びませんよ。なにせ先生ですから」

 

 えへんと真耶が胸を張る。

 その真正面にいた一夏は、大きな膨らみが重たげにゆさっと揺れるのに、さっと顔を背けてしまう。

 

「…………」

 

「一夏のスケベ」

 

「一夏のエッチ」

 

 ぼそっと呟いたのだが、一夏の耳には確かに届いた。

 

「な、なにっ? ちょっと待て二人とも! それは誤解だ!」

 

「「ふーん」」

 

 一夏はあたふたとしている。

 

「? どうかしましたか?」

 

「い、いえいえ。なんでもないです」

 

「そうですか。それよりも、朗報です!」

 

 真耶がグッと両手拳を握り締めてガッツポーズ。

 そのまたしても揺れる胸の膨らみに一夏はまたしても顔を背ける。

 

「なんとですね! ついについに今日から男子の大浴場使用が解禁です!」

 

「おお! そうなんですか!? てっきりもう来月からになるものとばかり」

 

「それがですねー。今日は大浴場のボイラー点検があったので、もともと生徒たちが使えない日なんです。でも点検自体はもう終わったので、それなら男子の三人に使ってもらおうって計らいなんですよー」

 

 それは嬉しいと、沙良も機嫌を良くする。

 トーナメントの疲れを湯船でゆっくり癒せるとは幸運すぎる。

 

「ありがとうございます、山田先生!」

 

 一夏も嬉かったのか、感動の余り、真耶の手を握り締めている。

 両手を両手で包み込み、真耶を見つめるその瞳は凄く輝いている。

 

「あ、あのっ、そんなに近づかれると、先生ちょっと困りますというか、その……」

 

「はいっ?」

 

 一夏は何のことだか分からずに首をかしげる。

 

「い、いえっ! なんでもありません! なんでもありませんよ?」

 

 真耶の視線が泳ぎだす。

 

「先生?」

 

 沙良は話を促すことにした。

 

「と、ともかくですね。三人は早速お風呂にどうぞ。肩まで浸かって、百数えたら疲労もスッキリですよ!」

 

「はい! じゃあ早速、風呂に――あ」

 

 一夏は何かに気付いたかのように言葉を止める。

 

「ん? どうしたの?」

 

 沙良はわかっていないのか、首をかしげる。

 一夏は沙良に分かるように、視線でシャルロットを示す。

 

「ああ」

 

 沙良はようやく言っている意味がわかった。

 シャルロットは未だ男子で通している。

 一緒に入るわけにはいかないといったところか。

 

「え、えーと……」

 

「どうしたんですか? ほらほら、三人とも早く着替えを取りに行ってください。大浴場の鍵は私が持っていますから、脱衣所の前で待ってますね。じゃあ」

 

 真耶はすたすたと歩いていってしまう。

 

「どうしようか」

 

 沙良は二人に問いかける。

 何か案はないの?

 そう目が語っている。

 

「と、とりあえず着替えを取りに部屋まで行こうよ」

 

 シャルロットは問題を先送りにする。

 

「おう……。何かしらの名案が思いつくのを天に委ねよう」

 

 とりあえず、三人は部屋に戻ることにした。

 沙良は部屋に入ると、とりあえず着替えを用意する。

 その間、何かいい考えはないものかと考えるが、何も浮かばない。

 沙良としてはシャルロットにゆっくりお風呂に入らしてあげたいのだ。

 

「むぅ」

 

 しかし、何も思いつかない。

 これがエスパーニャの研究員たちや、ソフィアならまだ、一緒に入るという選択肢が生まれるのだが、今回はそうはいかない。

 沙良としても、抵抗がないわけじゃない。

 

「もう、部屋で浴びちゃえば」

 

「山田先生が脱衣所の前で待ってるんだから、行かなかったら呼びにこられるだけだよ?」

 

 シャルロットの提案は、そう簡単にはいかない。

 時間をかけても、ただ風呂の準備が進むだけだった。

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 脱衣所で、背中を合わせる影が二つ。

 その空間に、一夏はいない。

 

「逃げたね、一夏」

 

 沙良はため息をつく。

 

「怪我を言い訳にするとは一夏も考えたね」

 

 シャルロットもため息をつく。

 そして、そのまま沈黙に包まれてしまう。

 

「…………」

 

「…………」

 

 沙良はどうしようかと考える。

 沙良としては風呂は好きだ。

 スペインでは研究職ゆえにシャワーで済ませることも多く、今は別にシャワーでも良い。

 ならば、シャルロットに入ってもらうべきだろう。

 決勝まで出て、誰よりも試合数は多い。

 それに、事件に関わっているので、事情聴取にも体力を取られているだろう。

 

「ねえ、シャルル」

 

「は、はいっ!? なんでしょうか!?」

 

「何で敬語?」

 

 沙良は背中合わせを止め、シャルロットと向き合う。

 

「シャルルも今日は疲れたでしょ? お風呂に入ってきなよ。僕はここで時間つぶしてるからさ。頃合いを見て部屋に戻るよ」

 

「え? 沙良はどうするの?」

 

「一緒に入るわけにもいかないしね。僕は部屋のシャワーで良いよ。シャルルたちと違って、準決勝後に一回シャワー浴びてるし」

 

 実際、その後にもう一度戦闘行為を行っているため、理由にはなってはいないのだが、そこはなんとでも言える。

 

「い、いいよ。僕が脱衣所で待ってる。沙良お風呂好きなんでしょ?」

 

「うん、大好きだよ」

 

 沙良は満面の笑みで答える。

 なんせ、わざわざバルセロナの研究所に大浴場を作るぐらいだ。

 余裕があるときにはよく大浴場を利用していた。

 

「でも……シャルルも疲れてるだろうし、ゆっくりと湯船に浸かった方が……」

 

 沙良は折れない。

 シャルロットにはゆっくりして欲しいのだ。

 

「い、いいの! 僕のことは気にしないで!」

 

「シャルル、もしかして、お風呂嫌い?」

 

「そ、そう! うん、そうだよ! あんまり好きじゃないかな!」

 

 シャルロットはあからさまな態度なのだが、沙良はシャルロットの言うことを鵜呑みにする。

 

「シャルルがそういうならそうなんだろうね」

 

 沙良の迷いの無い信用に、シャルロットは一瞬胸が痛むが、そんなことはどうでも良い。

 

「まあ、西洋文化はあんまり浸かるってことをしないもんね」

 

 沙良は一人で納得していた。

 沙良はとりあえずはシャルロットの視界に入らないように服を脱ぐ。

 きれいに畳むと、すぐに使えるように、バスタオルを取りやすい位置に置き、タオルを腰に巻く。

 沙良は大浴場などを利用する際は必ずタオルを腰に巻くようにしている。

 バルセロナの研究所では何度か襲われそうになるという自体が発生していたので、沙良は大浴場を利用する際にはタオル着用じゃなければ落ち着かないのだ。

 

「じゃあ、お風呂いただくね」

 

「う、うんっ。ごゆっくり」

 

 なぜかおっかなびっくりの返事が返ってきたが、沙良は気にしないことにした。

 沙良は大浴場の引き戸を開く。

 

「おおぅ。これはこれは」

 

 一言で言うなら『広い』だろう。

 大きな湯船が一つに、ジェットやバブルのついた湯船が二つ。

 それに檜風呂が一つ。

 さらにはサウナや全方位シャワー、打たせ湯までついている。

 

「無駄に多機能だなぁ」

 

 バルセロナの大浴場は、大きな湯船が一つと、大き目の檜風呂が一つだけなので、その広さは比べ物にならない。

 

「まあ、人数の差かな」

 

 沙良はゆったりとした足取りで、桶を拾い、体をお湯で流す。

 

「シャンプーシャンプー」

 

 そして、その髪を丁寧に洗っていく。

 その長すぎず、短すぎない髪型はゆったりと泡に包まれていく。

 

「ふんふふーん」

 

 沙良は機嫌よく、鼻歌を歌う。

 

「ん? 今、流したのってシャンプーだっけ? コンディショナーだっけ?」

 

 沙良は、ピタリと手を止める。

 

「まぁ、もう一回洗えばいいや」

 

 意外と疲れてたんだろうなぁと沙良は呟く。

 沙良は、疲れを取るために、手早く体を洗うと、大きい湯船に体を沈める。

 

「ん、ふぅ……はぁ、気持ち良いや」

 

 沙良は全身に広がる安堵感に息をつく。

 心地良い圧迫感と疲労感に沙良は瞳を閉じる。

 その心地よさに、体を委ねる。

 

 そのまま状態が何分か続いた。

 沙良は、おもむろに瞳を開くと、声を上げる。

 

「湯船に入る前にはかけ湯をしなよ、シャルル」

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

「き、気付いてたの!?」

 

「そりゃ気付くよ」

 

 沙良はそう言い、また瞳を閉じる。

 その沙良に、シャルルは動揺を隠せない。

 

(てか、なんでそんなに冷静なのさ!?)

 

 とりあえず、言われたとおり、かけ湯をし、湯船に足を入れる。

 

「お、お邪魔します」

 

「どうぞ」

 

 沙良は、その体を動かすことなく、返事をする。

 

(なんか、沙良が色っぽい……)

 

 シャルロットはお湯に肩まで浸かると、ゆっくりと沙良に近づく。

 

「シャルルもやっぱお風呂入りたかったんだね。じゃあ、僕はゆっくり出来たし、シャルルもゆっくりと浸かりなよ」

 

「ま、待って。僕が一緒だと、イヤ……?」

 

「別にそういうわけじゃないけど、シャルルが落ち着いて入れないでしょ?」

 

「大丈夫だから、ね? その……話があるんだ。大事な話」

 

 その言葉に沙良はその体をもう一度湯船に沈める。

 その体はこちらに気を使ってか、背中を向けている。その気遣いにまた嬉しくなってしまう。

 シャルロットは、その背中に自分の背中を合わせる。

 

「あの、ね。その……ありがとう」

 

「何が?」

 

「お母さんを助けてくれて」

 

「じゃあ、どういたしまして」

 

「それと、『私』をデュノア社から助けてくれて」

 

「何のことかな?」

 

 沙良は誤魔化す。

 しかし、シャルロットは知っている。

 

(私のために交渉してくれたんだよね)

 

 沙良は、シャルロットのことをスペインが処理する、という条件でシャルロットの身柄をデュノア社から受け取っていた。

 その処理に専用機を返さなければならないらしいが、それでも、無理やり押し付けられた専用機だ。自由と天秤にかけると自由に傾いてしまうのは仕方ない。

 デュノア社としても、国際問題に発展する爆弾を抱えるのと、テストパイロットを失うのならば、確実に後者を選ぶだろう。

 スペインに、メリットなどない。

 それでも、沙良は動かしたのだ。そのメリットのないシャルロットを助けるために。

 

「僕、ここにいようと思う」

 

「そっか」

 

「ううん、ここにじゃない。沙良の……近くにいても良いかな?」

 

「僕の?」

 

「うん。沙良は言ったよね。僕に頼って良いって。だから、頼ってもいい?」

 

「うん」

 

「僕ね、嬉しかったんだ。自分を殺さなくてもいいって、そんなこと言われたのは初めてだったから」

 

 シャルロットは、背中を向けている沙良の肩に手を触れる。

 

「シャルル?」

 

 そのまま沙良に後ろから抱きついた。

 

「沙良がここに居るから、僕もここに居たい。沙良のおかげで自由になったけど、その分居場所もないんだ。だから、沙良の近くに、居場所を……作ってもらえないかな?」

 

「……シャルル」

 

「シャルロット」

 

「呼んで良いの?」

 

「そう呼んで欲しいの」

 

「わかった」

 

 沙良は、シャルロットの手の上に手を重ねた。

 

(――!? ただでさえドキドキしてるのに!?)

 

 シャルロットは言いたいことを全部伝えると、今まで意識していなかった、今の体勢に気付いた。

 

(はわわわわ。ぼ、僕なんて体勢を……)

 

 今のシャルロットは胸を押し当てる形で沙良に抱きついている。

 

(……沙良、胸が当たっていても何も思ってないよね……)

 

 シャルロットは、女としての自信がなくなってゆく。

 

「ねえ、シャルロット」

 

「は、はひぃ!」

 

 急に呼ばれて、声が裏返る。

 

「な、なにかな?」

 

「明日から三日間用事ある?」

 

「えっ? と、特にはないけど」

 

 沙良は、それは良かったと前置きするとこういった。

 

「明日、エスパーニャに行くよ」


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