IS 深海の探索者   作:雨夜 亜由

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第三十二話 英雄投影

 一夏は疾走。

 ラウラのAICによる拘束攻撃を急停止・転身・急加速で何とか交わすと、ブレードを構える。

 

「ちょこまかと目障りな……!」

 

 ラウラはワイヤーブレードを活用し、一夏を追い詰める。

 

「前方二時!」

 

「了解!」

 

 一夏はシャルロットの指示通りにワイヤーブレードをくぐり抜ける。

 シャルロットは射撃による牽制と、一夏の防御を同時に行っていた。

 一夏はすばやくラウラに回り込む。

 

「ちっ……小癪な!」

 

 一夏はブレードを振りかぶった。

 その刃にはエネルギーが纏われている。

 

「無駄だ。お前の攻撃は読めている」

 

 一夏はニヒルに笑う。

 

「なら避けてみろよ」

 

 一夏は肩まで雪片弐型を引く。その際、その刀身に光が纏う。

 突きの形。

 

「無駄なことを!」

 

 ラウラは予想通り、一夏の体をAICで固定した。

 

「剣にこだわる必要はない。ようはお前の――」

 

 ラウラの機体に雪片が突き刺さった。

 

「なっ!?」

 

 AICが解ける。

 一夏はその雪片弐型の柄を持ち直すと、全力で押す。

 その一撃は装甲に食い込んだ刃を更に押し込むことになる。

 その食い込んだ状態で大きく横に薙ぎ払い、その装甲を砕く。

 

「貴様!? 武器を投げたのか!?」

 

「おいおい、誰が刃は斬りつけるものだって決め付けたんだよ」

 

 そう、投げたのだ。

 AICが一夏の機体を止めに来ると予想していたため、一夏は雪片弐型を投擲した。

 その読みは見事当たり、雪片弐型は装甲を削り、一夏の機体は自由を得る。

 零落白夜は手を離した瞬間に解除した。

 もともと、零落白夜は意識をそちらに集めるための囮に過ぎない。

 その零落白夜を恐れたからこそ、ラウラは一夏の機体を止めて、確実に零落白夜を防ぐ方法を取ったのだろう。

 だからこそ、一夏はもう一度零落白夜を発動させる。

 

「今度はさせるものか」

 

 ラウラは、一夏が行動に移る前にその機体を封じ込める。

 

「これで、私の勝ちだ」

 

 ラウラは大型レールカノンを一夏に向ける。

 その砲口を向けられても、一夏は余裕の笑みを崩さない。

 このことを予測していたかのように。

 

「おいおい、忘れてるのか? 今は二対一だぞ?」

 

「――!?」

 

 慌ててラウラが視線を動かすが、ゼロ距離まで接近していたシャルロットがショットガンの引き金を引く方が速かった。

 ラウラの大型レールカノンは弾丸を受け、爆散する。

 

「一夏!」

 

「おう!」

 

 一夏はすぐさまラウラにとび蹴りを放つ。

 それはラウラの胸部に命中し、その機体を大きく吹き飛ばす。

 その隙にシャルロットは大型機構槍を持って突撃する。

 その機構はもう使えないが、それでも武器としては充分だ。

 ランスがラウラの胸部を捉えた。

 

「くっ!?」

 

 収納する時間も惜しむようにシャルロットはそのランスを投げ捨てる。

 すぐさまシャルロットはショットガンを展開、引き金を引く。

 ラウラは、一度、距離を取ろうとする。

 それを一夏は回り込んで阻止する。

 

「目障りな!」

 

 ラウラはワイヤーブレードで一夏の動きを牽制する。

 そして、一瞬の隙をつき、瞬時加速により、一夏とシャルロットから距離を取る。

 

「一夏」

 

「任せろ」

 

 一夏は再度雪片弐型にエネルギーを纏う。

 しかし、

 

「シャルル、エネルギー残量が少ない。これがラストチャンスだ」

 

 そのシールドエネルギーが底をつきかけていた。

 

「それならば一撃入れれば私の勝ちのようだな」

 

 ラウラの声が近い。視線を戻すと、懐に飛び込んできているのが見えた。

 その両手にはプラズマ手刀が展開されている。

 ラウラの言うとおり、一撃でも入れられたら、その瞬間に雪片弐型はその能力を失い、シールドエネルギーもゼロになるだろう。

 つまり、一夏は、零落白夜を発動できている間にラウラに一太刀入れなければならないのだ。

 だから、ラウラは接近戦を挑んできている。

 その縦横無尽の攻撃でシールドを削れれば良し。

 そうでなくても一夏に攻撃させる隙を作らせずに、その効力が切れるのを待つ作戦だろう。

 

「やらせないよ!」

 

 シャルロットは援護射撃を行う。

 

「邪魔だ!」

 

 ラウラは一夏への攻撃の手を休めることなく、援護に入ったシャルロットをワイヤーブレードで牽制する。

 そのどちらもが高い精度とスピードを伴っていた。

 

「くっ!」

 

「シャルル!」

 

 被弾したシャルロットに気を取られたほんの一瞬の隙。

 ラウラはその隙を逃すことなく、一夏の機体を蹴り飛ばした。

 

「――ちっ!」

 

 その一撃に、一夏はすぐさま体勢を立て直そうとする。しかし、そこで雪片弐型がその輝きを失った。

 

「くそ!! ここまできてエネルギー切れか!」

 

「は……ははっ! 私の勝ちだ!」

 

 高らかに勝利宣言をするラウラ。

 それもそうだろう。

 一対一になった時点で、後はAICの網にかけてしまえばそれで試合が終わるのだから。

 しかし、一夏は諦めていなかった。

 ラウラに超高速で接近する影が見えているから。

 

「まだ終わってないよ」

 

 シャルロットは瞬時加速により、一瞬で超高速状態へと移った。

 

「な……! 瞬時加速だと!?」

 

 ラウラが始めて狼狽の表情を見せる。

 事前のデータにはシャルロットが瞬時加速を扱えるなどは書かれていなかったのだろう。

 

「手札を簡単に見せるのは素人のやり方だよ。まあ始めて使ったんだけどね」

 

「な、なに……? まさか、この戦いで覚えたというのか!?」

 

 シャルロットのその器用さに、ラウラは驚きを隠せないようだ。

 

「だが、私の停止結界の前では無力!」

 

 ラウラは右手を突き出す。

 そのAICの網はシャルロットの機体を捕らえた。

 しかし、そのラウラの機体が衝撃を受ける。

 ラウラがその衝撃の原因を探る。

 それはすぐに発見されてしまう。

 ラウラは足元に落ちている雪片弐型を見つけると、一夏に鋭い視線を向けた。

 一夏は投擲の残心を取っていた。

 一夏はまたしても、武器を投擲したのだ。

 

「貴様ぁ!」

 

 ラウラは吼える。

 しかし、その冷静さは失っていない。

 雪片弐型を手放し、対抗する術を持たない一夏は一旦無視し、シャルロットに集中する。

 一夏が笑みを浮かべたことにも気付かずに。

 

「これで間合いに入ることが出来た」

 

「それがどうした! 第二世代型の攻撃力ではこのシュバルツェア・レーゲンを墜とすことなど――」

 

 ラウラは気付いた。

 あるではないか。単純な攻撃力だけなら第二世代型最強と謳われた武装が。

 

「この距離なら外さない」

 

 シャルロットの盾の装甲が弾け飛び、中からリボルバーと杭が融合した装備が露出する。

 六十九口径パイルバンカー『灰色の鱗殻(グレー・スケール)

 通称――『盾殺し(シールド・ピアース)

 ラウラの表情が焦りを見せる。

 まさに必死の形相。

 

「おおおおっ!」

 

「やあぁぁっ!」

 

 シャルロットは左拳を強く握りしめ、叩き込むように突き出す。

 その一撃は瞬時加速によって接近しているため、全身をAICで止めても間に合わない。

 ピンポイントでパイルバンカーを止めなれれば直撃だ。

 ラウラはその集中。

 その一点に狙いを澄ます。

 その網がパイルバンカーを捉えた。

 

「しまった!」

 

 シャルロットは、その加速を止められてしまう。

 そのパイルバンカーを突き出した形のシャルロットは悔しそうな顔を見せた。

 

「これで、これで私の勝ちだ!」

 

 ラウラはプラズマ手刀を展開し、シャルロットに襲い掛かろうとする。

 

「なーんてね」

 

 シャルロットが、その表情を変える。

 それは、いたずらが成功した子供のような表情。

 ラウラは、その背部に衝撃を感じた。

 

「なんだと!?」

 

 ラウラはすぐさまハイパーセンサーでその方向に注意を向ける。

 そこには、何かを投擲したような一夏の姿。

 そして、自分に突き刺さる形で停止しているのは大型機構槍。

 シャルロットが投げ捨てた『祓』だ。

 

「死に損ないがぁ!!」

 

「おいおい、俺なんかに注目してていいのか?」

 

 その言葉に、ラウラはすぐさま、背後に跳ぶ。

 しかし、

 

「逃がさないよ」

 

 その回避行動は遅かった。

 ラウラの腹部に大型の杭が叩き込まれる。

 シールドエネルギーが集中、絶対防御が作動。

 そのエネルギー残量を示したゲージは数字を減らしていく。

 相殺し切れなかった衝撃が、深く体を貫いたのだろう。ラウラの表情は少し苦悶に歪んだ。

 しかし、これだけで終わりではなかった。

 

 六十九口径パイルバンカー『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』は連射が可能なのだ。

 合計で四発の杭を打たれ、ラウラの機体が大きく傾く。

 その機体にIS強制解除の兆候が見えたときだった。

 ラウラの機体に異変が起こった。

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 私は負けるのか?

 全身に走る衝撃はシールドエネルギーを削り取るだろう。

 相手の力量を見誤ったのは間違えようもないミスだ。

 

 しかし、それでも負けることは出来ない。

 私は、自分の力で乗り越えなければならない。

 あの人を守れなかった私は、弱さを嘆く。

 欲しい。

 力が。

 約束を果たせる力が。

 守ると、そう言ったにもかかわらず、守れなかった自分を払拭したい。

 私を闇から光に引きずり上げた教官のような力が。

 教官は私にとって憧れであって目標なのだ。

 

 あの事件以来、力を求めた私は、『越界の瞳』と呼ばれる疑似ハイパーセンサーの移植手術を受けた。

 危険性のなかったはずの処置は失敗し、後遺症を残した。

 その後遺症のせいで、訓練に遅れを取り、あの人と約束した自己をも失いかけた。

 今でもあの人の姿が目に焼きついている。自分が守れなかった姿。

 それ以来、私は最後の引き金を引くことが出来なくなった。誰かを失ってしまう恐怖が頭に過ぎる。

 

 その時に教官に指導を受けた。自己を繋ぎとめたのが教官だ。

 あの人たちは私にとって、とても大切な人達。

 教官が、治療しているあの人を眺めて、いつも辛そうな顔を作った。

 あの人も、笑いながらも、その体に涙を流していたのを知っている。

 それでもあの人達は言うのだ。

 あいつがいるから強くなれると。

 これは、あいつのせいではないと。

 

 だから――許せない。

 

 あの人達にそんな表情をさせる存在が。

 こんな思いをさせておいて、のうのうと守られ続けるその弱い存在が。

 事件の原因となったあいつが。

 

 そして、弱さを人のせいにする自分が。許せない自分(・・・・・・)が何よりも許せない。

 

 だから敗北させると決めたのだ。

 あれを、あの男を、私の力で、完膚なきまでに叩き伏せると。そして、私は許そうと思った。それによって、私はあの事件を払拭すると誓った。

 

『――願うか……? 汝、自らの変革を望むか……? より強い力を欲するか……?』

 

 言うまでもない。変革を望んでどうするというのだ。私は私でないといけないのだ。

 

(ラウラはラウラ。それは、識別上の記号なんかじゃない。ラウラという一人の人間を確立するものだよ)

 

 ふと、あの時のことが思い出される。

 私が、自分と言うものを手に入れたときのことだ。

 

(ねえ、ラウラ。君は何になろうとしてるの? 千冬姉? それとももっと別の人?)

 

 あの時、私はなんと答えた?

 そうだ、答えられなかったのだ。

 

(なら、良かった。ラウラは誰でもないラウラ・ボーデヴィッヒにならないと。それとも何? 千冬姉になりたい?)

 

 違う。

 私は、憧れはしても、教官の『よう』になりたいとは思ったことはあるが、教官になりたいなどとは思ったことはない。

 私は自分を手に入れた。

 ただの戦闘人形などではない。

 私は、私だ。一人のラウラ・ボーデヴィッヒという女だ。

 それが私の強さだ。

 自己の確立こそ私の強さ。

 その『私』に入ってくるな!!

 

――Damage Level…… D.

――Mind Condition……Uplift.

 

 おい、止めろ!

 私は認証などはしない!

 

――Certification……Not Clear.

――《Valkyrie Trace System》……boot.

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 沙良は、ラウラの機体に起こった事態に誰よりも早く気付いた。

 

――VTシステム!?

 

 ありえない。

 発動条件から言って、ラウラが借り物の力を求めるとは思わない。

 

――ならば、なぜ?

 

 沙良は、頭によぎった答えにまさかと呟く。

 流石にそれは無い。

 そう言い切りたいが、それを、モニターのラウラが否定する。

 ラウラはこう叫んだのだ。

 

『止めろ、こんな力など望んでいない』

 

 それは、一つの事態を示していた。

 

「搭乗者の認証というストッパーを外してあるのか?」

 

 VTシステムとは、過去のモンド・グロッソの部門受賞者の動きをトレースするシステム。

 その性質上、搭乗者に大きな負荷と負担を与えるため、その発動には搭乗者の許可が必要なはずだ。

 しかし、ラウラにその許可を出した素振りが見えない。

 沙良は、怒りに拳を握る。

 ドイツ軍はここまでするのか。

 モニターには、ラウラが支配から逃れようともがいている姿が映し出されている。

 しかし、それもすぐにVTシステムに抑えられてしまうだろう。

 

『や、めろ。私を……消さないでくれ。私は、私なのだ……』

 

「――」

 

 沙良はその言葉を聞くと、駆け出した。

 

「沙良!?」

 

「ソフィ! 付いてきて!」

 

 今、会場は緊急事態レベルDとしている。

 この来賓が多くいる中で、ラウラがVTシステムを積んでいると知れたら、ラウラの立場が危うい。

 あらかじめ千冬に情報を流しておいて良かった。

 アリーナは緊急シャッターが降りている。

 おかげで、中の様子は管制室からしかわからなくなっているだろう。

 先ほど見ていたモニターも通信が切断されたのか、何も表示されていない。

 

「どこに行くつもり!?」

 

「アリーナに乗り込む!」

 

「何で!?」

 

「あれの情報は前々から掴んでいた。姉さんもその存在を許してない。ISに無様なシステムを組み込むなんて僕だって許さない。それが、千冬姉のデータならなおさらだよ」

 

 それは表立っての理由。

 沙良はピットに向けて足を動かす。

 

「正直に言いなさい」

 

「ラウラは知り合いだ。黙ってみているなんて出来ないよ」

 

「はぁ……ホント身内には甘甘ね。でも、セラ。あなた機体の損傷レベルが――」

 

「オルカで出る」

 

「許可を出すと思って――」

 

「出すよ。だって、ソフィが守ってくれるんだもん。でしょ?」

 

 沙良は、ソフィアの言葉に言葉を重ねる。

 自分が駄々を捏ねているとわかってる。

 しかし、ここは譲れないのだ。

 

「……セラ」

 

「無茶はしないから……ね?」

 

 二人の足は止まっている。

 既にピットの前まで来ているのだ。

 沙良は、必死に懇願する。

 

「はぁ……いいわ。いってらっしゃい。後始末はやっておくわ」

 

「ソフィ!」

 

 沙良は顔を輝かせる。

 

「駅前のパフェで勘弁してあげる」

 

「ソフィ大好き!」

 

「ええ、私もセラが大好きよ」

 

 ソフィアはその身に青を纏う。

 

「行くわよ。責任はセラが取りなさいね」

 

「わかってる。後で千冬姉にしぼられるよ」

 

 沙良はすぐさまアリーナに走り行くのだった。


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