IS 深海の探索者   作:雨夜 亜由

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やれば、出来るものですね……
座りっぱなしで腰が痛いですけど。
本日3話目。ご注意ください。


第三十一話 決勝戦

「ん……あれ……?」

 

 リナはその身を起こすと、周りを見渡す。

 周りにはカーテンが引かれてある。

 リナはカーテンを開ける。

 そこには、

 

「あー、リナ、おはよー」

 

「おはようリナ」

 

 沙良とフィオナがモニターを見ながら治療を受けていた。

 薬品の臭いが鼻につく。

 ここは保健室だろう。

 

「お、おはよう…………じゃなくて!! 何でセラがここに居るの!? 試合は!? 準決勝は!?」

 

 リナは状況が把握できず、口早に質問を重ねる。

 沙良はあっけらかんとして答えた。

 

「棄権したよ」

 

「……はぁ?」

 

 リナはぽかんと口を開いたまま固まってしまう。

 棄権。

 その言葉が頭に響く。

 

「何でよ!?」

 

「だって出れる状態じゃなかったしね」

 

「ど、どういうことよ!?」

 

 リナは沙良に食って掛かる。

 

「リナさ、僕に何したか覚えてないの? あのハリマーのせいで機体損傷レベルがDを超えたんだよ」

 

 機体損傷レベルD。それは戦闘に支障をきたしてもおかしくないレベルである。

 

「…………ごめんなさい」

 

 リナはその原因に思い当たり、しゅんとしてしまう。

 あの時は勝つことしか考えていなかったため、その後のことなどそっちのけだったのだ。

 

「リナの機体は損傷レベルがCを超えてたから、三日間は使わないでね」

 

「はーい」

 

 リナは軽く返事をする。

 それもそうだ。沙良の機体が損傷レベルDを超えているのなら、リナの機体がそれを超えていないわけがない。

 

「フィーナも一緒だよ?」

 

「わかってますよ」

 

 フィオナも同じように返事をした。

 沙良は満足そうに頷くと、モニターを眺める。

 

「それにしても凄い機体だね」

 

 沙良は、モニターを食い入るように見ていた。

 そこに移っているのは、

 

「独逸の第三世代機ですか」

 

 フィオナの言葉に沙良は頷く。

 

「近接から遠距離射撃までこなす万能型。バランス良い機体だね。搭載されてる特殊兵装も機体のコンセプトにあってるしね」

 

「同じ開発者としてはどう?」

 

 リナはふと思い聞いてみる。

 

「悔しいけど、技術は高いね。アクティブ・イナーシャル・キャンセラー(慣性停止能力)とか良く思いつくよ」

 

「特殊超音波システムを開発するセラもどうかと思うけどね」

 

「でも、コンセプトが違うからね。僕らはあくまでも、深海探索用の機体を筆頭に開発を進めてるんだ。そりゃ、軍事用として開発された機体には勝てないよ。でも、僕らが絶対に負けない領域もある」

 

「水中戦ですね」

 

 フィオナが答える。

 

「そう、僕らの扱うシークエストは水中でこそ、その強さを発揮する。伊達に『Sea Quest(深海の探索者)』なんて名前はついてないよ」

 

 そこは誰も念頭においていない領域。

 今でもISによる戦闘は空中戦が主だ。

 だからこそ、予想もしない領域からの攻撃には弱い。

 

 地中海で勃発した戦争。

 エスパーニャではメディテラーネオの海戦の名で知られている。

 地中海に接する全ての国が地中海の上で戦闘状態になった。

 その際、一番に狙われたのはエスパーニャだった。

 当初エスパーニャはシークエストを発表したばかりで、なおかつそれは今のシークエストのように軍用に開発されたものなど存在せず、全てが深海作業用だった。

 その深海での作業により、大量のレアメタルを保持するエスパーニャは、各国に良い鴨だと思われた。

 

 しかし、蓋を開けてみると、スペインは全戦全勝。

 海中から狙撃され、対処しようと海に入ると、その動きに翻弄される。

 空中から対処しようとすると、海中から岩盤採掘用の重機を携え、奇襲をかける。

 そして、あろうことか、軍艦と連携を取り、ISを沈める。

 その姿は、各国のIS搭乗者に大きなトラウマを残した。

 その海戦での戦績から、エスパーニャの海軍は『Grande y Felicisima Armada』の異名をとることになった。

 それは『最高の祝福を受けた大いなる艦隊』を意味する。

 そう、歴史に名高い、無敵艦隊の名を引き継いだのだ。

 リナは海軍に属する父親を持つため、そのことを誇らしく思っていた。

 いずれ、父さんみたいに国を守る。

 その気持ちがリナを代表候補生まで押し上げた。

 

 スペインには代表候補生が数多くいる。

 その中で、専用機としてシークエスト、それもカスタムを与えられるということは、とても名誉あることなのだ。

 それは沙良にその実力を認められ、「カスタムを施してもいい」と思わせるという事だ。

 リナは初めて、国のため、一人の人間のために戦いたいと思った。

 エスパーニャで専用機を持つものは皆が同じ気持ちだろう。

 

「リナ? どうしたの、考え事?」

 

 沙良がこちらの様子を窺うように見ている。

 そこで、ようやく自分が思考の海に落ちていたことを悟る。

 沙良のことを考えていたリナは頭を振った。

 

「や、なんでもないわ」

 

「それならいいけど」

 

 リナは、思考を一度手放し、モニターを見つめる。

 独逸の機体が、決勝出場を決めたところだった。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 決勝戦を控えて、箒は更衣室で瞑想をしていた。

 更衣室はラウラと箒しかいない。

 まさか、抽選でラウラとペアを組むことになるとは思わなかったが、その結果、決勝まで上がることが出来た。

 優勝したら、一夏と付き合える。

 そのような噂を立てる原因となった箒は、この優勝が見えているのにそれを早々諦めるわけにはいかない。

 しかし。

 

――一夏にはボーデヴィッヒに勝って欲しい。

 

 沙良との約束を果たすために訓練を積んで来た一夏を見てると、強く思う。

 その相反する思いに箒は揺れる。

 しかし、その思いを見透かしたように沙良は箒にこう言っていた。

 

――一夏を倒すつもりでいかないと、一夏の為にならない……か。

 

 確かにその通りだ。

 箒はそう思う。

 情の入った試合に何の意味があるか。

 

――何も考えるな。ただ、勝つことだけを考えろ。

 

 そうしなければ戦えない。

 そうしなければ、一夏とは、戦えない。

 箒は組んだ指に力を込める。

 そして、静かに意識を集中させていった。

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 アリーナには四つの機体が開始のブザーを今か今かと待っていた。

 

「わざわざ決勝まで待たせるとはな」

 

 ラウラは腕を組みそう呟いた。

 

「決勝で戦えるって展開の方が俺は燃えるけどな」

 

 一夏は雪片弐型を構えて、ラウラを見据える。

 

「ふん、博士が棄権していなければ、そこに立っていたのはお前ではなかっただろう」

 

「運も実力の内って言葉をしらねえのか?」

 

『試合開始まで後十秒』

 

 一夏は雪片弐型を腰に添える。

 それは居合いの形。

 残り五秒。

 四。

 三。

 二。

 一。

 

「「叩きのめす」」

 

 試合開始と同時に一夏は瞬時加速を行う。

 その一手目が入れば、戦況は大きく傾く。

 しかし、ラウラが右手を突き出した瞬間、一夏の機体が動かなくなる。

 AICだ。

 

「開幕直後の先制攻撃か。わかりやすいな」

 

「……そりゃどうも」

 

 そういう一夏の顔には笑みが浮かんでいる。

 

「何を笑っている」

 

 ラウラはレールカノンの安全装置を解除した。

 それでも一夏の笑みは崩れることがない。

 

「作戦成功だ」

 

 そのラウラの機体が一夏の前から姿を消した。

 そこに現れたのは、スペイン製のハリマーを携えたシャルロットだった。

 ラウラは、急に現れたシャルロットに吹き飛ばされてしまう。

 

「なっ!?」

 

 追撃をかけるようにシャルロットがアサルトカノンによる爆破弾の射撃を浴びせる。

 

「ちっ……!」

 

 畳み掛けるシャルロットの射撃に、ラウラは急後退をして間合いを取った。

 

「逃がさない!」

 

 シャルロットはアサルトライフルを展開する。

 しかし、その射撃がラウラに向けられることはなかった。

 シャルロットは背後から衝撃を受ける。

 

「えっ!?」

 

「忘れられては困るな」

 

 箒が実体シールドを活用し、銃弾を捌きながらシャルロットに肉薄する。

 

「それじゃあ、俺も忘れられないようにしないとな!」

 

「それは私もだ」

 

 一夏はすぐさま瞬時加速によりシャルロットとスイッチしようとするが、その機体は動くことを良しとしない。

 停止結界。

 そこにはラウラがレールカノンを構えていた。

 

「させないよ!」

 

 シャルロットが箒からラウラへと狙いを変える。

 その射撃に、ラウラは回避行動を取るが、その際に、停止結界が解けてしまう。

 AICから開放された一夏はすぐさま箒に斬りかかる。

 ラウラに標準を向けたシャルロットは、そのまま箒から離れ、一夏と場所を入れ替える。

 

 一夏は箒に雪片弐型を振るう。

 狙うは肩部。

 目的は打ち合いに持ち込むことだ。

 その誘いに箒は乗る。

 連続する金属音。

 一夏はスラスター推力を上げる。

 加速を増した斬撃は徐々に箒を後方に押していく。

 

「くっ! このっ……!」

 

 押され続けながらも、箒は冷静さを保ち、一夏の連撃を防ぐ。

 その崩れない受けに、一夏も焦りを抱く。

 しかし、一夏もこれまで何もしてこなかった訳ではない。

 腰を捻り、箒の脚部に雪片を振るう。

 それは下段に構えられたブレードによって防がれてしまう。

 

「上段が空いてるぜ!」

 

 一夏は箒の頭部に腰を入れた拳を叩き込む。

 それはシールドエネルギーに阻まれてしまうが、それでも箒の気を逸らすことに成功する。

 その隙で、一夏は切り付けることではなく、蹴りを放つことを選択する。

 剣だけなら箒の方が遥か高みにいる。しかし、一夏の得意とするのは無手である。

 

 空手。

 

 それが剣を振るいながらも選んだ道。

 剣術を学ぼうと、普段剣を持たなければ何の意味もない。ならば、無手で戦えばいいではないか。それが一夏の考えだった。

 

 箒の上半身が揺れる。

 そのまま追撃として、一夏は蹴り足を軸に後ろ回し蹴りを放った。

 その連撃に箒の機体は数メートル吹き飛ばされる。

 

「瞬時加速」

 

 一夏は猛加速により箒の機体に膝蹴りを叩き込んだ。

 そのまま箒を壁際まで追い詰める。

 宙に飛ばされている形の箒はその一撃を防ぐことが出来ず、その身を遮断シールドに押し付けられることになった。

 

「くっ」

 

 一夏はすぐさま雪片弐型にエネルギーを纏わせる。

 その輝きに箒が青ざめるのがわかった。

 一夏は雪片弐型を振るう。

 しかし、その刃は箒に当たることはなかった。

 

「なに!?」

 

 突然、箒の姿が目の前から消える。

 一夏の雪片弐型はむなしく空を切る。

 

「邪魔だ」

 

 入れ替わりにラウラが急接近してくる。

 そのワイヤーブレードの一つが箒の脚へと伸び、シャルロットに向けて投げ飛ばしていた。

 ラウラはプラズマ手刀を展開し、連続で斬りかかって来る。

 斬撃と刺突を混ぜた正確無比な攻撃に、一夏は押されだしてしまう。

 しかし、一夏は耐える。

 元々、最初に箒を墜とすと決めていたのだ。

 先ほど剣を交わしてわかったが、一夏よりはシャルロットの方が箒と相性がいい。

 ならば一夏がやらねばいけないことは、ラウラをシャルロットに向かわせないこと。

 時間稼ぎだ。

 

 一夏はラウラの波状攻撃に必死に食らいつく。

 放たれるブレードワイヤーは蹴り飛ばし、余裕があるなら切り落とす。

 雪片弐型でプラズマ手刀を弾き、危ないときには素手で、その腕自体を払う。

 離れることは出来ない。

 射撃武器を持たない一夏は、ラウラには的に等しい。

 離れた瞬間にレールカノンが火を噴くだろう。

 

「うおおおおお!!」

 

 ほぼゼロ距離での高速格闘戦。

 途切れてもおかしくない集中力を、シャルロットを信じ必死に繋ぎとめる。

 

「……そろそろ終わらせるか」

 

 ラウラはプラズマ手刀を解除する。

 一夏はそれの意味に気付き、すぐさまラウラに雪片弐型を振るう。

 しかし、そのブレードは宙に止まったまま動こうとはしない。

 

「AICか!」

 

「では――消えろ」

 

 無事に残っている四つのワイヤーブレードが一斉に射出。

 一夏に襲い掛かる。

 一夏のエネルギーは既に三分の一を削られている。

 しかし、ラウラの追撃は止まらない。

 一夏の腕部をワイヤーブレード二本で押さえ込み、ねじ切るような回転を加えながら、地面へと一夏を叩き付けた。

 一夏は咄嗟に受身を取るが、その腹部をラウラの蹴りが襲う。

 装甲のない喉を狙った攻撃。衝撃を殺しきれなかったのか、一夏は、息を詰まらせる。

 

 拙い。

 

 一夏が咄嗟に感じ取った気配に後方へ飛ぶと、ラウラが大型レールカノンを構えているのが見えた。

 標準は合わせ終わっている。

 

「とどめだ」

 

 ラウラは冷酷に言い放つ。

 その砲口からは対ISアーマー用特殊徹甲弾が発射される。

 それは当たり所が悪ければ一撃で勝負がついてもおかしくはない。

 回避は間に合わない。

 ならば、斬るしかない。

 しかし、一夏の右腕はワイヤーブレードに捕らえられて動かすことが出来ない。

 だが、一夏は、笑みを浮かべた。

 

「遅いぞ、シャルル」

 

「お待たせ!」

 

 質量を持った重い音を響かせて、シャルルの盾が砲弾を防ぐ。

 一夏はワイヤーをあえてその手に結んだまま、後方へ瞬時加速を行う。

 急にワイヤーを引っ張られる形となったラウラは予想もしない形で、シャルロットに接近を許す形となった。

 その隙をシャルロットは見逃さない。

 

 展開するは大型機構槍、『祓』。

 機構は本日既に一回使用しているが、関係ない。

 シャルロットは二本所持しているのだから。

 突く。

 その衝撃はシールドを透過し、装甲に衝撃を響かせる。

 シャルロットはすぐさま六二口径連装ショットガンを両手に構える。

 撃った。

 銃弾は近距離から襲い掛かり、ラウラの装甲を削る。

 

「ちっ」

 

 ラウラは右手を突き出す。

 シャルロットの機体がピタっとその動きを止める。

 

「お返しだ」

 

 ラウラはプラズマ手刀を展開し、シャルロットを斬りつける。

 AICにより、動きを封じ込められたシャルロットには為す術がない。

 その装甲は段々と削られていく。

 

「退け!!」

 

 一夏はそのラウラに斬りかかる。

 しかし、その刃はあっけなく回避されてしまう。

 しかし、ラウラの停止結界は解除される。

 そのままラウラは一夏とシャルロットから距離を取るように後方へと飛んだ。

 

「ごめん一夏、助かったよ」

 

「それはお互い様さ。箒は?」

 

「お休み中」

 

 シャルロットの視線にしたがって視線を送る。

 アリーナの隅ではシールドエネルギーをゼロにし、各部損傷甚大の箒が悔しそうに膝をついていた。

 

「かなり手古摺ったよ。箒も強くなってた」

 

「その箒に余裕で勝ってるとはさすがだな」

 

「その言葉はこの試合に勝ってから、ね」

 

 シャルロットはショットガンとマシンガンをそれぞれ展開する。

 その瞳はラウラを捉えている。

 

「ここからが本番だね」

 

 一夏は頷きを返す。

 

「ああ。見せてやろうぜ、俺たちのコンビネーションをな」


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