鈴音はすぐさま距離を詰める。
その振りかぶられた青竜刀はフェイントを挟み、その漆黒の脚部を切りつける。
それは右足を引かれ避けられてしまうが、鈴音は青竜刀を振りぬいた勢いを利用し、回転により連撃を放つ。
それは円の動きでラウラを追い詰めようとする。
「甘い」
その言葉と同時に、ラウラが近接武器を展開する。
それは両手首に装着されたパーツから展開された超高熱のプラズマ刃。
鈴音はそれを見て、すぐさまラウラから離れる。
武器を振るうスピードからして向こうの方が有利である。
アレを連撃で放たれたら、大きさのある青竜刀では捌きにくくなる。
故に鈴音は後方にその身を飛ばす。
まるで、追って来いと言わんばかりに。
来た。
ラウラはその機体を鈴音に肉薄させる。
それは、追いつかれているのではない。
――来た!
引き付けているのだ。
鈴音はその頬をニヤリと上げる。
何の合図もなく鈴音がバレルロールのような機動を取る。その間を縫うようにセシリアの精密狙撃がラウラを襲った。
「ちっ」
ラウラは、その身を右方面に捻ることによって、その直線的な動きを射線から外す。
「アレを躱しますの!?」
ラウラは大口径レールカノンをセシリアに向ける。
その銃弾は狙撃場所からセシリアを無理やり動かすだろう。それはあまり好ましくない。
隙を見計らって鈴音が青竜刀をラウラに叩きつける。
狙いは右腕、あえて胴体を狙うことはしない。
右腕のプラズマ刃さえどうにかできれば、接近戦に持ち込める。
しかし、その刃がラウラに届くことはなかった。
その右腕を突き出したラウラはその青竜刀を空中で止める。
「なっ!?」
押し込めない。
ならばと、鈴音はすぐさま青竜刀を引くと、回り込むようにその身を滑らせる。
背後を取る。
その判断は代表候補生に相応しい動き。
しかし、その機体すら動きを止められてしまう。
「AIC!?」
ラウラは両腕のプラズマ刃で鈴音を切りつける。
腹部、胸部、脚部、腕部。
装甲が順次破壊されていく。
このままでは拙い。
AICにより、されるがままとなった鈴音は声を上げる。
「セシリア!」
「分かってますわ!」
セシリアは展開したビットで、ラウラに射撃を集める。
その光線はラウラの装甲を削る。
「ふん」
ラウラは光線を体の捻りだけで避ける。そのままラウラはエルロンロールを繰り返し、鈴音の横を抜けるように加速する。
セシリアは鈴音の体が邪魔になり、その狙撃の精度が下がってしまう。しかし、その射撃により、注意力が逸れたのか、鈴音は自由を取り返した。
鈴音はすぐさまその機体を空中に躍らせる。
中距離からの衝撃砲による射撃。セシリアとの連携で、動きを抑えることが目的だ。
しかし、その自由は長くは続かなかった。
ラウラの肩部から刃が射出される。
それはワイヤーで本体と繋がれているため、複雑な軌道を描く。
鈴音の右足が捕らえられた。
「鈴さん!?」
セシリアはすぐさま援護射撃を行う。
しかし、それは鈴音を助けることにはならなかった。
「馬鹿め」
ラウラはワイヤーに捕らえられている鈴音を射線に放り投げる。
セシリアが放った光線は鈴音の無防備な体を貫く。
「きゃあああ!」
装甲を失っている鈴音はその光線に悲鳴を上げる。
シールドエネルギーが物凄い勢いで減っていくのが分かる。
そのまま、鈴音の体はセシリアに向けて放り投げられる。
空中で姿勢を崩す形となった二人へとラウラが突撃を仕掛ける。
ラウラはプラズマ刃で、セシリアに切りかかる。
近接戦闘が苦手なセシリアは、その身を漆黒の機体から離そうとするが、機体性能の差か、その距離は離れることがない。
「くっ! インターセプター!」
セシリアは唯一の接近武器を取り出すが、慣れない近接戦闘だ。
防戦一方。それでいて、ラウラの攻撃だけがセシリアに届いていく。
「そんなっ!?」
そのシールドエネルギーは見る見るうちに残り少なくなっていく。
「離れなさい!」
セシリアに近接格闘をさせる訳にはいかない。それは、自分の仕事だ。
そのラウラを吹き飛ばそうと、鈴音は衝撃砲を展開する。
その見えない砲弾がラウラを襲う。
「ち、衝撃砲か」
一撃を食らったラウラは、続けて放たれる砲弾に片手を挙げることで対処する。
「無駄だ。このシュヴァルツェア・レーゲンの停止結界の前ではな」
その不可視の弾丸がラウラに届くことはなかった。
「くっ! まさかこうまで相性が悪いだなんて……!」
ラウラは腰部からも刃を放出すると計六つのワイヤーブレードを自在に操り、鈴音の四肢を掴む。
「そうそう何度もさせるものですかっ!」
援護射撃を行いつつも、ビットを放出し、ラウラへと向かわせる。
「ふん……。理想値最大稼動のブルー・ティアーズならいざ知らず、この程度の仕上がりで第三世代型兵器とは笑わせる」
セシリアの精密な狙撃も、ビットによる視界外攻撃も、ラウラには届くことはない。
ラウラは両手を突き出す。
その腕の先には見えない手につかまえられたようにビットがその動きを停止させていた。
「動きが止まりましたわね!」
「貴様もな」
セシリアの狙い済ました狙撃はラウラの大型カノンによって相殺されてしまう。
すぐさま連続射撃に移ろうとするセシリアに、射線を塞ぐように鈴音を投擲する。
射線に鈴音が入ることによって、その狙撃を中断する。
その隙を見逃すラウラではなかった。
「瞬時加速――!?」
その速度に、鈴音は体制を整えることが出来なかった。
ラウラはその体に、合わせた拳を腹部に叩き込む。
鈴音は、地面にその身を叩きつけられてしまう。
その鈴音にラウラは大型カノンを向ける。
「くっ!」
咄嗟に、青竜刀を投げることで時間を稼ぐ。それは、たった一瞬でもいい。鈴音は衝撃砲を展開し、そのエネルギーを集中させる。
「甘いな。この状況でウェイトのある空間圧兵器を使うとはな」
ひらりとかわしたラウラは狙いを、機体から衝撃砲に移す。
そのエネルギーが集中している、非固定浮遊部位に銃弾が当たると、その空間圧作用兵器は爆散してしまう。
「終わりだ」
体制を大きく崩している鈴音にラウラはプラズマ手刀を腹部に突き刺そうと加速する。
「させませんわ!」
刃が届く前に、セシリアはその機体を鈴音とラウラの間に割り込ませる。
その刃をスターライトmkⅡで逸らすと、同時にウェイト・アーマーに装着された弾頭型ビットを放出する。
それは半ば自殺行為でもある近距離爆破。
その爆発は鈴音とセシリアすらも巻き込み、地面へと叩きつける。
「無茶するわね。アンタ……」
「苦情は後で。けれど、これなら確実にダメージが――」
セシリアの言葉は途中で止まってしまう。
「…………」
煙が晴れると、そこには右手を前に差し出しているラウラが宙に浮かんでいた。
至近距離での爆発ですら停止結界にダメージを通すことがないのか、その装甲には爆発による傷がついてはいなかった。
「終わりか? ならば――私の番だ」
ラウラは瞬時加速で二人に接近する。
その勢いを利用して、鈴音の体を蹴り上げる。
その蹴り上げた足をセシリアに叩き付け、近距離から砲撃を当てる。
ラウラは、六つのワイヤーブレードを利用して、飛ばされた鈴音の体をワイヤーブレードで捕まえる。
倒れているセシリアにもワイヤーブレードで体を捕縛して鈴音と並べる。
「これで終わりか? どうした? 私をスクラップにするのではないのか?」
「……はっ、なにびびってんのよ。殺す気で来なさい」
鈴音は諦めてはいない。青竜刀はさっき放り投げてしまったし、衝撃砲はもう使えない。
しかし、そんなこと関係ない。スラスターを最大限に噴かすと、間近まで接近していたラウラに体当たりを打ち噛ます。
「まだ、終わってないわ」
しかし、拘束は解かれてはいない。状況は決して好転してはいない。だが、強がりだけは止めない。
ラウラは鈴音の装甲を削ろうと手刀を展開する。
もう装甲を削る必要もないだろう。だが、態々装甲がある所を狙う。まるで、取り返しの付かないことを恐れているかのように。
最悪の状況だけは起こさないように。
「アンタ、傷つけることに躊躇しないくせに、難儀な性質ね」
「……貴様にわかるものか」
この子は、きっと怯えているのだろう。あの日以来強くなろうと躍起になって、力を手にしても、尚、あの姿が頭に残るのだろう。
「大丈夫よ。あたし
「――っ!? 貴様……」
拘束された状況では抵抗すら虚しい。ただ、言葉を交わす。
ラウラは、プラズマ刃を両手に展開する。
「後悔、するなよ」
それは鈴音にとっては敗北の宣告に等しい。
振りかぶる。
しかし、それは、振り下ろされることはなかった。
「その手を、離せぇぇ!!!!」
ラウラに、白い機体が迫る。
その速度は、目を見張るものがあるが、直線的過ぎる。
ラウラは左手を上げる。
「ふん……。感情的で直線的、絵に描いたような愚図だな」
エネルギーの刃が届く寸前で、停止結界がその機体を止める。
その言葉は、一夏を馬鹿にするもの。
しかし、鈴音は確かに見た。すぐに鉄仮面で隠してしまったが、一夏が来て、ホッとするラウラの表情を確かに見た。
「な、なんだ!? くそっ、体がっ……!?」
一夏のエネルギーの刃は次第に小さく消えていく。
「やはり、敵ではないな。この私とシュヴァルツェア・レーゲンの前では、貴様も有象無象の一つでしかない。――消えろ」
肩の大型カノンが接続部から回転し、ぐるんと白い機体に砲口を向ける。
しかし、その引き金が引かれる前に、ラウラに銃弾の雨が降り注ぐ。
それはオレンジの機体。
シャルロットだ。
「ちっ……雑魚が……」
ラウラは回避行動を取り、セシリアと鈴音を開放する。
その隙を突いてか、一夏はすぐにセシリアと鈴音を抱え、瞬時加速により戦闘から離脱した。
「一夏、二人は?」
シャルロットは、アサルトライフルをラウラに向けたまま一夏に呼びかける。
向けられているラウラは、興味なさそうに、無防備な姿勢を取る。
意識を他のところに向けているところから、恐らくは
「……あたしは、大丈夫よ」
「無様な姿を……お見せしましたわね……」
「喋るな。シャルル、大丈夫だ。二人ともなんとか意識はある」
「よかった」
安堵した声で答えるシャルロットだが、その注意はラウラから離さない。
「人が模擬戦を行っている最中に割って入るとは無粋な連中だな」
「ここまでしておいて、言うことはそれか!」
その一夏の言葉をラウラは鼻で笑う。
「その意識を甘いと言っているのだ」
「何っ!?」
「ISは兵器だ。その兵器を扱う戦闘において怪我人が出ない方がおかしいのだ。お前が今まで見てきた戦闘は皆が無傷だったか? お前はただ、身内が傷ついたのを見て激昂しただけだ。失せろ。もはや、貴様に興味などない」
「ここまでやっておいてよく言えるよ。それは同じことをされても、文句は言えないってことだよね」
「はっ、出来もしないことを吼える」
「試してみる?」
シャルロットは、両手にショットガンを構える。
「面白い。その喧嘩、買ってやる」
ラウラは体を低くかがめた。
「行くぞ……!」
「くっ!」
ラウラが、その行動を起こそうとした瞬間。
その一瞬で、影が割り入ってくる。
ラウラはその加速を中断し、ぶつかる寸前で急停止する。
一夏は、振った雪片を止めることが出来なかったが、それはしっかりと乱入者に受け止められていた。
「……やれやれ、これだからガキ共の相手は疲れる」
「……教官」
「織斑先生!?」
「千冬姉!?」
その影はISどころかISスーツすら装着していない。
生身の状態でIS用の近接ブレードを扱うことが出来るのは、世界中探しても千冬一人だけだろう。
その上で、今の横槍を入れてくる技術。
常人離れと言う言葉が一番しっくり来るだろう。
「模擬戦をやるのは構わん。――が、アリーナのバリアーまで破壊する事態になられては教師として黙認しかねる。この戦いの決着は学年別トーナメントでつけてもらおうか」
「教官がそう仰るなら」
ラウラは素直に頷くと、ISの装着状態を解除。地面に足をつける。
「織斑、デュノア、お前たちもそれでいいな?」
「あ、ああ……」
一夏は未だに惚けているのか素で返事をしている。
「教師には『はい』と答えろ。馬鹿者」
「は、はい!」
「僕もそれで構いません」
返事をし直す一夏にシャルロットも追従する、
その言葉を受けて、千冬は改めて声を上げる。
「では、学年別トーナメントまで私闘の一切を禁じる。解散!」
千冬は一度強く手を叩く。
それはまるで銃声のように鋭く響いた。
◆ ◇ ◆
「…………」
「…………」
一夏は保健室に足を運んでいた。
先ほどの戦いから一時間が経過している。
ベッドの上には治療を受けて包帯を巻いている鈴音とセシリアが不貞腐れていた。
「別に、助けてくれなくてもよかったのに」
「あのまま続けていても負けていたかはまだわかりませんわ」
そう言いつつも二人の顔には悔しさが滲んでいる。
「はぁ、でもまあ、怪我がたいしたことなくて安心したぜ」
「……あいつ、怪我をさせることを避けてた気がするから」
「装甲のないところは攻撃しない。それを行いつつもここまで差を付けるだなんて……」
二人は相手の実力に恐れをなしていた。
連携を取り入れた二対一で圧倒されたのだ。
それほどに、相手の実力は高い。
一夏は、その先ほどの戦闘を思い出す。
「どうして、そこまで怪我をさせないように拘ったんだろうな」
鈴音は小さく呟くが、それは誰の耳にも入らなかった。
「……――……あいつは、自分から喧嘩を売るような感じじゃなくて、こっちから喧嘩を売らせるように仕向けてた」
「怒られてしまうと言っていましたわ」
「つまりはお前らから喧嘩を仕掛けたわけか」
一夏の言葉に、二人は言葉を詰まらせる。
「なんでラウラとバトルすることになったんだ?」
「え、いや、それは……」
「ま、まあ、なんと言いますか……女のプライドを侮辱されたから、ですわね」
「ふうん?」
一夏はいまいち理解できなかった。
「好きな人を悪く言われたから、頭にきたんだよきっと」
「ん?」
シャルロットが飲み物を買って戻ってきた。
一夏はその言葉を聞き逃してしまうが、怪我人二人はしっかりと聞いていたようだ。
その顔は真っ赤に染まっている。
「なななな何を言っているのか、全っ然っわかんないわね! ここここれだから欧州人って困るのよねえっ!」
「そ、そういう邪推は気分を害しますわ!」
「あれ? 冗談のつもりだったんだけどなぁ」
シャルロットはニヤニヤしている。
鈴音とセシリアはさらに顔を真っ赤にしてしまう。
「はい、ウーロン茶と紅茶。とりあえず飲んで落ち着いて、ね?」
「ふ、ふんっ!」
「不本意ですがいただきましょうっ!」
鈴音とセシリアは渡された飲み物をひったくるように受けとると一気に体に流し込む。
「ま、先生も落ち着いたら帰っていいって言ってるし、しばらく休んだら――」
その言葉は最後まで紡がれることはなかった。
それは地鳴りのような音を立てる。
「な、なんだ? 何の音だ?」
廊下から響く音の正体は、保健室のドアを
「織斑君!」
「デュノア君!」
保健室は雪崩れ込んできた数十名の女子生徒に埋め尽くされてしまった。
それも一夏とシャルロットの姿を見るや、一斉に取り囲み、手を伸ばしてくる。
「な、な、なんだなんだ?」
「ど、どうしたの、みんな……ちょ、ちょっと落ち着いて」
「「「これ!」」」
差し出されたのは、学内の緊急告知が書かれた申込書だった。
「な、なになに……?」
「『今月開催する学年別トーナメントでは、より実践的な模擬戦闘を行うため、ふたり組みでの参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする。締め切りは』――」
「ああ、そこまででいいから! とにかくっ!」
そしてまた一斉に手が伸ばされる。
「私と組もう、織斑君!」
「私と組んで、デュノア君!」
一夏は、チラリとシャルロットを見る。
シャルロットは女子だ。
ここで、事情を知らない誰かと組むというのは非常に拙い。
今後ペアで行動することが増えるであろうし、いつどこで正体がバレてしまうか分からない。
(それなら、沙良と組ませてやりたいな)
しかし、沙良は本戦には出れるか分からないと言っていた。
シャルロットは困った顔でこちらを見てくる。
しかし、一夏と視線が合うとすぐに逸らしてしまう。
助けて欲しいけど言い出せない、といったところか。
それならば。
「悪いな。俺はシャルルと組むから諦めてくれ」
沈黙が場を支配する。
「まあ、そういうことなら……」
「他の女子と組まれるよりはいいし……」
「男同士ってのも絵になるし……ごほんごほん」
女子たちは納得したようだ。
一人また一人と保健室を去っていく。
それからは改めてペア探しが始まったのか廊下が騒がしくなる。
「ふぅ……」
安堵のため息をついた一夏に、鈴音が食って掛かる。
「一夏。あたしと組みなさい。シャルルには沙良と組めるように頼んでおくから」
「鈴……?」
普段と違う鈴音の様子に、戸惑いを隠せない一夏。
「あの子はあたしが――」
「駄目だよ」
「――っ!?」
その肩をいきなり掴まれて、鈴音はベッドに戻される。
その人物のいきなりの登場に、一夏は目をパチクリしてしまう。
「二人のISを見たけど、ダメージレベルがCを超えてたよ。当分は修復に専念しないと、後々重大な欠陥が生じるかもしれない。ISを休ませる意味でも、僕はトーナメント参加は推奨しないね」
沙良の説明に、怪我人二人は悔しそうな顔をする。
「くっ…………沙良が言うならそうするわ」
「不本意ですが……非常に、非常にっ! 不本意ですが! トーナメントの参加は辞退しますわ……」
ISは負傷状況で稼動すると、その不完全な状態での特殊エネルギーバイパスを構築してしまうため、平常時に悪影響を及ぼす可能性が出てくるのだ。
怪我した際に無茶をすると、変な癖がついて治ってしまうのと同じだ。
「うん。先生からは僕が伝えておくよ」
「沙良」
「何?」
鈴音が沙良を呼び止める。
「……いや、なんでもない」
「そう……『よろしく』ね」
沙良は忙しそうに保健室から出て行ってしまう。
実際忙しいのだろう。
先ほどのアリーナでの報告書もなぜか沙良が書いていたし、今回の鈴音とセシリアの辞退の話も、機体を見た整備士としての立場から、書類を作らなければならないのだろう。
「僕、沙良を手伝ってくるね」
シャルロットもその後姿を追って出て行ってしまう。
一夏としても手伝いたい気持ちはあるのだが、自分が行っても足を引っ張ることはわかっているので、大人しく怪我人を看ていることにした。
◆ ◇ ◆
書類を出し終わった沙良は、シャルロットと一緒に夕飯を取っていた。
そこは、二年生食堂。
一年生食堂に行くと、ペアを求めてくる生徒で騒がしくなるだろうとの判断だった。
時間も遅いため、食堂には沙良とシャルロットしかいない。
「へー。一夏と組むんだ」
「そう、一夏に助けられちゃった」
「シャルルなら一夏のこともフォローできるし、いい組み合わせだと思うよ。バランスは取れてると思う」
沙良はうどんを啜りながら、シャルルと会話する。
しかし、そのシャルルの手が動いていないことに気づく。
「どうしたの?」
「え、いや、その、食べるよ!?」
そう言って、すぐに箸を手に取るシャルロットだが、その箸は上手く物をつかめてはいない。
「箸、苦手なの?」
「う、うん。練習はしてるんだけどね。あっ……」
シャルルの箸は魚をつかむことがない。
「ごめん、焼き魚定食を選んだのは僕だね。フォークでも貰ってくるよ」
「ええっ!? い、いいよ、そんな。これでなんとか食べてみるから」
「そうは言っても、冷めちゃうよ?」
「で、でも……」
「シャルルはもうちょっと他人に甘えることを覚えた方がいいよ。遠慮してばっかじゃ疲れちゃうよ?」
「うう……」
「まあ、いきなりは難しいかもしれないけど、僕や一夏なら全然頼っていいんだから」
「沙良……」
シャルロットは迷っていたが、食事が進まないことに気をもんだのか、観念したように口を開いた。
「じゃ、じゃあ、あの……」
「ん、フォークでいい?」
「え、えっと、ね。その……食べさせてくれると嬉しいなぁって」
顔を紅潮させながらシャルロットは言葉を捻り出す。
「あ、甘えてもいいって言ったから」
「まぁ、言ったのは僕だけど、それは、んー。却下。どうせなら箸を使う練習をしようか」
「そ、そうだよね……」
シャルロットのテンションがわかりやすいぐらいに地に落ちる。
しかし、不意に、箸を持つ手に手を重ねられて、シャルロットは顔を上げる。
「え?」
自分が何をされているか理解したシャルロットはその頬を真っ赤に染める。
「じゃあ、いくよ。まずはお魚ね」
沙良は動きを教えるようにシャルロットの手を動かす。
そう、後ろから腕を回され、箸の使い方を教えられているのだ。
正直、食べさせられるより恥ずかしい。
その温もりに、シャルロットは何も考えられなくなる。
「美味しい?」
「う、うん……」
もちろん、味などわからない。
頭の中はお花畑が咲き乱れており、思考を放棄している。
「じゃあ、次はご飯だね。はい、あーん」
「あ、あーん」
シャルロットは自分の手にあーんされると言う滅多にない経験をするのだった。