「ええとね、一夏がオルコットさんや凰さんに勝てないのは、単純に射撃武器の特性を把握していないからだよ」
「そ、そうなのか? 一応わかってるつもりだったんだが……」
一夏は、シャルロットと軽く手合わせをしてもらった後に、戦闘に関するレクチャーを受けていた。
場所は第三アリーナ。
土曜日は午後が完全に自由時間となり、アリーナも全開放されるため、多くの生徒が利用している。
「うーん、知識として知っているだけって感じかな。さっき僕と戦ったときもほとんど間合いを詰められなかったよね?」
「ううっ……確かに」
「一夏のISは近接格闘オンリーだから、より深く射撃武器の特性を把握しないと対戦じゃ勝てないよ。特に一夏の瞬時加速って直線的だから反応できなくても軌道予想で攻撃出来ちゃうからね」
「直線的か……うーん」
一夏は考え込むように、あごに手を当てる。
「あ、でも瞬時加速中はあんまり無理に軌道を変えたりしない方がいいよ。空気抵抗とか圧力の関係で機体に付加がかかると、最悪の場合骨折をしたりするからね」
「……なるほど」
一夏はシャルロットの分かりやすい説明に感嘆のため息をつく。
「ふん。私のアドバイスをちゃんと聞かないからだ」
「あんなにわかりやすく教えてやったのに、なによ」
「わたくしの理路整然とした説明の何が不満だというのかしら」
一夏の後ろでは、自称コーチがぶつくさと文句を言っていた。
箒は、擬音で説明し、鈴音は全てを感覚で済ます。
セシリアの説明だけは沙良が居れば何とか理解できるレベルだ。
その頼りの綱の沙良は整備室に篭っている。
何でも、シャルロットに渡す機体のプログラミングをするのだとか言っていた。
スペインに亡命するシャルロットは、確実に代表候補生から降ろされ、専用機を回収されてしまうだろう。
そのシャルロットに、スペインで代表候補生の試験を受けさせるらしい。
沙良の中では、既にシャルロットは受かったも同然とのことで、先走って機体の制作に掛かっているようだ。
もっとも、機体の制作といっても、既存の機体をシャルロット用に調節するだけなのだが。
本人は「シャルルには内緒ね」と楽しそうにしていた。
「一夏の『白式』って後付武装がないんだよね」
「ああ。沙良に何回か見てもらったんだけど、拡張領域が空いてないらしい。だから量子変換は無理だとさ」
「そっか、なら今回は僕のを貸してあげるから射撃武器の練習をしてみようか。はい、これ」
一夏は先ほどまでシャルロットが使っていたアサルトライフルを受け取る。
「ああ、借りるぜ」
「うん、今一夏と白式に使用許諾を発行したから、試しに撃ってみて」
「おう」
初めて持つ銃器は、妙な重さを感じさせる。
それは精神的なものなのだろう。
人の命を奪うための兵器。
その考えが、一夏に重さを感じさせるのだろうか。
「火薬銃だから瞬間的に大きな反動が来るけど、ほとんどはISが自動で相殺してくれるから心配しなくてもいいよ」
「じゃあ、行くぞ」
一夏は一度深呼吸をしてから引き金に指をかける。
そして指先に力を入れる。
それだけで、その銃口からは人の命を簡単に奪う鉄の塊が放出される。
その火薬の炸裂音は一夏の鼓膜に響いた。
「どう?」
「あ、ああ。なんていうか、速い。弾丸の速度も、ワンアクションで放たれる動作の速さも」
「そう、速いんだよ。一夏の瞬時加速も早い。でも、その質量を考えたら、銃弾のほうが断然早いんだ。それは、軌道予測さえ合っていれば、簡単に命中させることが出来るし、外れても牽制にはなる」
「それが、機体となるとどこかしらでブレーキがかかり、動きも読まれてしまうと……だから簡単に間合いが開くし、続けて攻撃を受ける」
「そういうことだね」
一夏は、理解をしたと、深く頷く。
そして、感覚を忘れないようにと、再び、銃口を的に向ける。
これを相手から向けられているときにどういう風に動くか。
それをイメージしながら、引き金を絞っていく。
「ねえ、ちょっとアレ……」
「ウソっ、ドイツの第三世代型だ」
「まだ本国でのトライアル段階だって聞いてたけど……」
急にアリーナがざわつき始める。
一夏はちょうど一マガジン分を撃ち終わったところで注目の的に視線を移した。
「…………」
そこには、転校初日に問題を起こしたドイツの代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒが腕を組み立っていた。
「おい」
「……なんだよ」
無視するわけにもいかず、一夏は言葉を返す。
「貴様も専用機持ちだそうだな。ならば、話が早い。私と戦え」
「嫌だ。理由がねえよ」
「貴様にはなくても私にはある」
一夏は苦い顔を作る。
ドイツ、千冬、軍人、そう考えると考えると、考えられることは一つしかない。
「貴様がいなければ教官が大会二連覇の偉業をなしえただろうことは容易に想像できる。だから、私は貴様を――貴様の存在を認めない」
千冬のその強さに惚れこんでいるのだろう。
ゆえに、その経歴に傷を付けた一夏が憎いのだろう。
そして、あの事件に関わっている事柄なら、もう一つ理由があるだろう。
「そして、貴様の弱さのせいで、あの人までもが傷をおった。だから、私は貴様を――貴様の存在を許さない」
一夏と鈴音以外があの人という発言に首を傾げる。
一夏は、無意識に唇をかみ締める。
それは、一夏が訓練を再開した理由でもある。
弱かった。
そのせいで大切な人が傷を負ってしまった。
大切な人に跡を残した。
それは罪。
一夏は、未だにあの日の無力さを許せていないのだから。
その一夏を近くで見てきた鈴音だけが、その一夏の拳がきつく握られていることに気づいた。
「一夏……」
「大丈夫だ、鈴」
一夏はラウラに視線を合わせる。
「相手はしてやる。だが、また今度な」
「残念だが、あの人のいない今しかチャンスはないのでな――戦わざるを得ないようにしてやる」
言うが早いか、ラウラはその漆黒のISを戦闘状態へとシフトさせる。
刹那、左肩に装備された大型の実弾砲が火を噴いた。
その銃弾は戦闘態勢を取っていない一夏に真っ直ぐに飛んでいく。
当たる。
「……こんな密集地帯でいきなり戦闘を始めようとするなんて、ドイツの人はずいぶん沸点が低いんだね。ビールだけでなく頭もホットなのかな?」
そう思われた銃弾は、シャルロットのシールドによって防がれる。
「貴様……」
シャルロットの右腕には六一口径アサルトライフルが展開させている。
「フランスの
「未だに量産化の目処が立たないドイツの
互いに涼しい顔をした睨み合いが続いている。
しかし、ラウラはその均衡を破ろうとする。
シャルロットが身構えるのが分かる。
ラウラは引き金に添えた指に力を込めようとする。
「何してるのかな、ラウラ?」
しかし、その銃弾は放たれることはなかった。
その声に、一夏はアリーナの入り口に視線を向ける。
その人物を見て、ラウラが、引き金から指を離す。
「……Dr-Ing.Ruiz」
「昔みたいに沙良って呼んでよ」
「いえ、私にそのような資格など……」
そこには制服の上から白衣を着ている沙良が立っていた。
沙良はアリーナの中央まで歩くと、その射線に入る。
その身はISを纏っていないため、銃を向けられるとその命を落としかねない。
「沙良!?」
シャルロットは沙良に抗議しようとするが、一夏はその肩を掴み、止める。
シャルロットは疑念の表情を作るが、一夏はただ首を横に振る。
沙良に任せよう。
そう言いたいのだ。
「もう、一組の専用機持ちが騒ぎ起こしてるって言うから来たけど、何してんのさ。僕だって暇じゃないんだから」
沙良は肩をすくめて見せる。
「しかし、私は――」
「ラウラ」
「……今日は引きます」
ラウラはあっさりと戦闘態勢を解除してアリーナゲートへと去っていく。
その姿を最後まで見届けると、沙良がこちらに近寄ってくる。
「一夏、大丈夫?」
「あ、ああ。助かったよ」
「なんだったんだろうね」
シャルロットもいつもの人懐っこい顔で一夏の顔を覗き込んでいた。
「大丈夫ですの?」
「無事か、一夏?」
セシリアと箒は心配そうにこちらに駆け寄ってくる。
一夏の事情を知っている鈴音は複雑な表情をしている。
「なんでボーデヴィッヒさんは一夏に攻撃してきたの?」
シャルロットはそう尋ねる。
一夏はチラリと沙良を見る。
それは複雑な表情をしていたのだろう。
沙良は安心して、と前を置きする。
「僕は構わないよ」
沙良はそう言って、アリーナを出て行ってしまう。
恐らくは整備室に戻ったのだろう。
「一夏……」
鈴音が一夏の傍までやってくる。
鈴音が、事情を知っているものが居る。
そのことで、一夏は、語る重荷が減った気がした。
「ここでは話せない。部屋に戻ってから話すよ」
◆ ◇ ◆
一夏は、自分のベッドに腰掛ける。
部屋には各自、思い思い腰を下ろす。その中で鈴音だけが一夏のとこに座った。
鈴音も語る側。そういうことだろう。
一夏は呼吸を整えると、少し間を空けてポツリと語りだす。
「第二回IS世界大会『モンド・グロッソ』の決勝戦のことはみんな知っているな?」
皆が頷く。
千冬にとって二連覇がかかった大事な試合。しかし、それを千冬は棄権したのだ。
「千冬姉が、決勝戦を棄権した。それの原因を作ったのは俺なんだ」
「でも、それは――」
「鈴」
「……ごめん」
鈴音は唇をかみ締めている。
皆は、一夏の言葉に驚きを隠せなかった。
「あの日、俺と沙良、そして鈴で決勝戦を見ようと、その会場まで行ってたんだ。千冬姉の、控え室まで行って、三人で応援の言葉を伝えて、そして会場に向かう途中――」
鈴音が顔を伏せる。
「――俺たちは誘拐されたんだ」
◆ ◇ ◆
ふと目を覚ますと、身体の自由が利かないことに気づく。
よく見てみると四肢を拘束され、猿轡を咥えさせられている。
身体の自由を一切奪われていた。
視線を彷徨わせると、そこには大切な家族と幼馴染の姿が。
無事なことに少し安堵を覚えるが、そもそも危険な状態に代わりはない。
千冬の控え室に足を運んだ記憶はある。その後、会場に向かおうとしてからの記憶がない。
――どういう、ことだ……?
耳に届くは、聞き覚えのない言語。
必死に、呻いてその抵抗の意志を示す。それが気に食わないのか、一夏は蹴り飛ばされてしまう。
「……ぅ……」
満足に悲鳴を上げることの出来ないまま、無様に地面をのた打ち回る。
「おい、静かにしてろよ」
ようやく聞こえてくる、自分の母国語。
「お前、自分の立場分ってんのか?」
腹部に衝撃を感じ、身体が跳ねる。
「お前は人質なんだよ、人質。分るか?」
「おい、止めろ。あまりターゲットに危害を加えるなといわれているだろう」
「じゃあ、こっちの二人はいいのか?」
男の視線が沙良と鈴音に向く。
鈴音は明らかに怯えの表情を見せているが、沙良は強く睨みつけていた。
「誰だかしらねえが、余分なものを連れてきよって」
「女も混じってるじゃねえか」
「止めなさいよ。私の前で性質の悪いことしないでくれる?」
「へいへい。……おい、こいつ見てみろよ」
下種な笑い方をする男が、沙良の顔を掴む。
「……本物か?」
「間違いない。ターゲット姉弟と親交があったのは周知の事実のはずじゃねえのか?」
「……これはとんだ大物ね。まさかウィザードが釣れるなんて」
ウィザード。
その単語には聞き覚えがある。
特級整備士の資格を持つものをそう呼ぶはずだ。
先日、沙良がその試験に通ったとメールで報告してきたのを思い出す。
「おい、そいつの猿轡を外せ」
「へいへい」
沙良の、猿轡が外される。
「……何が要求だ」
「話が速いじゃねえか。そうだな……スペインが開発してるISでも貰おうかな?」
「そりゃあ、いいや!」
男達は下品な笑い声を上げる。
「あら、不満かしら? 彼たちがどうなってもいいの?」
女の視線が一夏を捉える。
「……Du alte Drecksau (このおいぼれた薄汚ないメスブタが)」
女は右腕をゆっくり振り上げ、一気に殴りつける。
沙良は受身を取ることも出来ずに地面に叩き付けられる。
「……こいつ、殺してもいいかしら?」
その足は、沙良を何度も踏みつける。
その沙良の苦悶の表情に、耐えられなくなった一夏は、四肢が拘束されている状態で、女の足に身体をぶつけた。
「……目障りな屑が増えてしまったわね」
「おい、止めろ」
「何よ、男の癖に指図する気?」
「スコールの指示を無視するつもりか?」
「……OK.頭を冷やすわ」
一夏を力の限り蹴り飛ばした女は、沙良の胸部を力いっぱい踏みつけた。
「――っか、……」
「これで、勘弁してあげるわ」
「お楽しみのところすまねえな」
いつの間にか、男が一人増えていた。
出入り口が巧妙に隠されているため、どこから来るのかが分らない。しかし、男が入ってきたということは、出て行く姿を確認すればいい。逃げ道を必死に探していた一夏にとって、それは希望の欠片だった。
「あら、何のよう?」
「作戦は終了だ。織斑千冬が此方に向かっているらしい」
「よく嗅ぎつけたわね」
「ドイツ軍が恩を売ったらしい」
「なるほどね。で、後片付けは?」
沙良がビクリと反応する。
意味がわからない一夏はただ戸惑うばかりだ。
だが、ただぼさっとしているわけにもいかない。沙良が一夏に向けて袖口から何か滑らせたのだ。
それはナイフ。
一夏はそれを覆いかぶさるように隠すと、身体を捻りロープを切る。
まだ気づかれていない。
足を拘束していたロープをナイフで切る。
「ああ、好きにしろ。もう生かす意味も無いだろ」
「ああぁぁぁぁぁ!!」
沙良が跳んだ。
何時の間に拘束を抜けたのだろうか、光の粒子を右手に纏った沙良は、手短に居た男をぶん殴る。
どういうからくりか、非力な沙良の一撃は男の意識を刈り取った。
チラリと、一夏と鈴音の姿を確認すると、その光の粒子は消えてなくなってしまう。
一夏は沙良が飛んだ瞬間に駆け出していた。
鈴音の拘束をナイフで切る。
「無事か、鈴!?」
「……いちかぁ」
涙目で一夏に縋り付く鈴音に、ホッと一息つく。
後は、沙良と逃げ出すだけだ。
「沙良!」
「逃げて!!」
振り向いた先には銃口を此方に向けた新手の姿。ふわりとしたロングヘアーの美人の女性。
その表情は、凶悪な笑みを浮かべていた。
身体が凍りつく。
初めて向けられた殺意と言うものに、足が動かない。
――ああ、死ぬのか。
それでも、鈴音は守る。
そう思い、鈴音を強く抱きしめる。
耳を劈く銃声に、悲鳴を上げることもできない。
しかし、構えていた衝撃が襲うことはなかった。
――……あれ?
一夏は、鈴音を背に振り向く。
そこには一夏を庇うように射線に割り込んだ沙良の姿があった。
「……沙良?」
身体で銃弾を受け止めた沙良は、何事もなかったかのように、懐から拳銃を取り出す。
「いいのか? そんな物向けてよ。ええ? リトルラビット?」
口汚い言葉を吐く、新手の女。
「…………企業か」
「はっ、久しぶりって言った方がいいか?」
「……殺すよ」
面識があるのか、沙良はこれまでに見たことのないような殺気を放っていた。
「こっちばかり気にしてていいのか?」
沙良が、ハッと倒したはずの男を見る。
しかし、そこには気絶している男の姿は無かった。
一夏は沙良に銃口を向ける男の存在に気づく。
一夏は考える前に動いた。
「うわぁぁぁぁ!!」
ナイフを男に投げたのだ。
そのナイフは男の気を逸らすことに成功する。
しかし、その結果、男の標的が一夏に移った。
「このガキっ!」
一夏は、抵抗と言う抵抗も出来ず、ただ何もできぬまま殴られる。
「やめてっ! 離して!」
いつの間にか鈴音も捕まっている。
「鈴を離せ!」
一夏は殴られた反動を利用し、男から距離を取ると、鈴音を後ろから羽交い絞めにしている男を殴りつけた。
「っつ……こいつ、死にてえらしいな」
男が銃口を一夏に向ける。
鈴音は、頭をぶつけたのか額から血を流し、気を失っている。
――ごめん。沙良、鈴、千冬姉……ごめん。
銃声。
同時に肩を貫く衝撃。
「いちかぁ!!!!」
沙良の叫び声が耳に残る。
薄れ行く意識の中、沙良の身体が蒼く染まった気がした。
◆ ◇ ◆
「俺が爆音で目を覚ましたときは全てが終わっていた」
今でも思い出せる。
壁を貫いて助けに来た千冬の姿を。
一夏と鈴音の前に立ちはだかるように両手を広げて立つ沙良の姿を。
助けに来た千冬に、ボロボロの体にもかかわらず弾も残っていない拳銃を向けた沙良の真っ赤な身体を。
千冬を認識することすら出来なかった沙良を。
千冬が涙を流しながら、すまないと沙良に抱きつくと、そこでようやく沙良は安心したように意識を落とした。
「あたしが目を覚ましたら、もう病室でベッドの上だったわ。だから、その後は何も語れない」
代わりに、一夏は淡々と言葉を吐き出す。
「その後は大変だった。生死を境を漂う沙良に謝りながら抱きつくソフィアさんに、自分を責め続ける千冬姉。周りには誘拐犯の痕跡がなかったことから、完全に逃げられたらしい。ソフィアさんも、千冬姉も、誘拐犯のISと交戦して取り逃がしたって言ってた」
一夏は辛そうな顔を見せる。
「俺と鈴も怪我人ということで運ばれたんだが、沙良とは面会拒絶で会うことは出来なかった」
誰も言葉を発することが出来ない。
そんな空気ではない。
「あの日、面会拒絶の沙良の病室の前で、自分を責めていた軍服の女の子を見たわ。沙良が話してくれた事がある。ドイツで女の子に懐かれたって。間違いない、それがあいつよ」
「鈴……」
「あいつは千冬姉に指導を受けているんだと思う。だからこそ、その強さに陶酔して、その経歴に傷を付けた俺が憎いんだろう。そして、沙良を傷つけた俺が許せないんだ」
鈴音が一夏の手を握る。
その合わさった拳は、一体どちらの震えなのだろうか。
「沙良、その時から、背が伸びてないんだ。あいつの成長を俺は奪ってしまったんだ。あいつは気にしてないって笑うんだ。でも、沙良はいつでも笑うんだ。それが辛いときでも」
一夏は上を見上げる。
「俺はその日から強くなろうと思って鍛錬を再開した。剣を振り、身体を鍛えた。沙良と家族である為に。だからISに乗れるって知ったとき凄い嬉しかった。守れる力が手に入ったと思ったんだ」
それは人を傷つける兵器。
それでも構わなかった。一夏は力を求めたのだ。
「あいつが殺意を向けている理由はわかった。しかし、そんなもの、お前に何の罪もないではないか!! 悪いのは誘拐した連中であって、お前らは何も悪くない!!」
「箒さんの言うとおりですわ。第一、なんの訓練も積んでいない中学生が銃を向けられて咄嗟に行動できるほうがおかしいですわ」
「そうだよ、一夏に何か思うことがあったにしても、このことがボーデヴィッヒさんに銃口を向けられる理由にはならないよ」
「お前ら……」
「そうだよ。僕は気にしてないってずっと言ってるのに」
一夏は、その声のする方向に視線を向ける。
そこにはドアにもたれるように沙良が立っていた。
「もう、一夏はこの話のときだけ深く考え込むんだから。僕は一夏と鈴を助けたことを後悔してないよ」
「……」
「まだ不満そうだなぁ。よし、ならさ、こうしよ。ラウラを助けてあげて。あの子も同じ罪の意識に囚われてるから。それで贖罪ね」
「沙良……」
「僕はいつまでも過去に囚われるより、未来を見てるほうが好きなんだ」
それはシャルロットにも言った言葉。
「笑おう? 一夏。『笑え、」
「それが幸福の旗印だ』。エルベルトさんの教え、だな」
「勝って。そして笑おう」
沙良はそれだけ言うと、一夏の部屋から出て行ってしまう。
「……はは」
なんて優しいんだ。
その優しさに、一夏は瞳が揺らぐのを感じた。
罪悪感。
それは一夏にずっと纏わりついていた。
それに罰を与えてくれる。それも、誰かを救う形で
「勝つ。絶対に勝つ」
一夏は、その決心を新たにする。
「よし、こうなったら明日から猛特訓だ! 皆、手伝ってもらってもいいか?」
「ああ、もちろんだ」
「そんなこと当たり前ですわ」
「僕でよかったら協力するよ」
「もちろんよ。巻き込まれただけなんか言わせないわ。あたしにも背負わせなさい」
一夏の瞳にはもう暗い感情はなくなっていた。
その頬に流れている、雫に、皆は何も言わない。
一夏は、いつもの明るさを取り戻したのであった。