「……どういうことだ」
「ん?」
昼休み、一夏を中心にいつものメンバーが屋上の円テーブルでお弁当を広げていた。
本来、教育機関の屋上というものは安全上の問題のため、生徒の立ち入りを禁止しているところが多い。
しかし、IS学園ではそんなことはない。
美しく配置された花壇には季節の花々が咲き誇っている。
欧州を思わせるその石畳は、その花壇に合わさって、見るものの心を落ち着かせてくれる。
晴れているということもあってか、一夏たちのほかにも、多くの生徒が屋上を利用していた。
「天気がいいから屋上で食べるって話だっただろ?」
「そうではなくてだな……!」
箒はチラッと視線を横に向ける。
そこにいるのはセシリアと鈴音。そして沙良にシャルロットだ。
「せっかくなんだし大勢で食ったほうが上手いだろ。前は箒と二人だったわけだしな」
「待て、それは言わないって約束――」
箒は肩を鈴音に掴まれる。
「へぇ、ちょっとお話しようか、箒」
セシリアも、鈴音の後ろから、圧力を放っていた。
箒は、笑顔を作りながらも目が笑っていない二人の追求を受けることになった。
それを横目に、シャルロットは沙良に今朝作っていたお弁当を渡す。
「はい、これ沙良の分」
沙良はそれを、目を輝かせて受け取っていた。
「いいの?」
「うん。一人分も二人分もそう違わないから」
「じゃあ、有り難く頂戴するね」
沙良はお弁当を両手で持つと、満面の笑顔を見せた。
「う、うん……」
シャルロットは俯いてしまう。
よく見ると、頬に少しの朱色を差していた。
一夏はそれを見て、和やかな表情をしている。
「一夏、どうかした? 不思議な顔してるけど」
沙良はそれを見て声をかけた。
「不思議? それはどんな感じだい?」
一夏の口調は、娘が幼馴染の男の子と一緒に遊んでいるのを微笑ましく見ている父親のような口調になる。
「口調まで不思議だぁ。なんかね、娘が幼馴染の男の子と一緒に遊んでいるのを微笑ましく見ているお父さんみたいな顔をしてたよ」
「長いな。でも……」
一夏はチラリとシャルロットに視線を送る。
その視線に気づいたシャルロットは「何?」と首をかしげている。
「あながち間違ってないかもな」
その言葉にシャルロットは顔を紅潮させてしまい、あたふたしている。
「ふーん、変な一夏」
沙良はシャルロットから受け取ったお弁当を膝の上に置く。
どうやら、シャルロットの変化には気づいていないようだ。
今のうちにと、シャルロットは沙良に顔を見られないように手で押さえている。
「はやく食べようよ。僕お腹空いてるんだけど」
沙良はそんなシャルロットよりも食欲が勝ったようだ。
その言葉に、一夏は未だに言い合いをしていた三人に声をかける。
「喋るのはいいけど、そろそろ飯にしようぜ」
一夏は沙良を指差す、そこにはお腹を空かせて、だらーとだれてしまっている沙良の姿があった。
「そ、それもそうだな」
箒は助かったと言わんばかりに胸を撫で下ろした。
後ろでは鈴音が抜け駆けがどうこうと言葉を重ねているが、沙良の冷たい視線を受けてすごすごと引き下がってしまう。
セシリアも納得はしていないようだが、沙良のお腹がなったことで、そのバスケットをテーブルの上に置く。
「はい、一夏。前に食べたいって言ってたでしょ?」
鈴音から酢豚を受け取った一夏は嬉しそうにそれを眺める。
「おお、酢豚だ!」
「一人分も二人分もそう変わらないしね」
鈴音は自分の分だけ買ったのだろうか、食堂で売られているご飯をテーブルに置いた。
「自分だけ、ご飯かよ」
「酢豚が貰えただけでも感謝しなさいよ」
「コホンコホン。――一夏さん、わたくしも今朝はたまたま偶然何の因果か早く目が覚めまして、こういうものを用意してみましたの。よろしければおひとつどうぞ」
バスケットを開くセシリア。そこにはサンドイッチがきれいに並んでいた。
「お、おう。後で貰うよ」
一夏の返事はいささか引いていた。
その横で、鈴音がうわぁ……という表情を作っている。
その理由がわからないのか、沙良とシャルロットは首を傾げていた。
沙良は整備室で別に食べることが多く、シャルロットは転校してきたばかりなため、この料理の凄まじさが分からないのだ。
はっきり言おう。
このイギリス代表候補生、セシリア・オルコット、料理が全く出来ないのだ。
見た目は物凄くきれいに作る。
しかし、その味は見た目に反比例する。
本人曰く、「本と一緒になればいいのでは?」とのことだが、本と一緒なのはその写真だけであって、味は再現できてはいない。
一夏としては、味見の大切さを二時間ぐらい説きたいぐらいだ。
「はっきり言わないからずるずるいっちゃうのよ。バーカ」
しかし、せっかくの手料理を無下に扱うことの出来ない一夏は簡単に「不味い」とは口に出来ないのである。
自分が料理を作ることが多かったため、誰かが作ってくれるということだけで、一夏としては感無量なのだ。
「そうだ。箒、今日は弁当を作ってきてくれたんだろ? そろそろ渡して貰えると嬉しいんだが――」
「…………」
箒は無言で弁当を突き出す。
一夏は返事に困ってしまうが、それでも手作り弁当は嬉しいのか、その顔には喜の表情が浮かんでいる。
「じゃあ、早速。……おお!」
弁当を開けると、鮭の塩焼きに鶏肉のから揚げ、こんにゃくとゴボウの唐辛子炒め、ほうれん草の胡麻和えというなんともバランスの良い献立が敷き詰められていた。
「これは凄いな! どれも手が込んでそうだ」
「つ、ついでだついで。一人分も二人分もそうたいして変わらないからな」
一夏は聞き覚えのあるフレーズが使いまわされている気がした。
「そうだとしても、嬉しいぜ。箒、ありがとう」
「ふ、ふん……」
箒は何でもないように振舞いながらも、その顔には嬉しそうな表情が浮かんでいる。
「じゃあまあ、いただきます」
一夏はとりあえず、から揚げに口をつける。
「……」
「ど、どうだ?」
箒が心配そうにその顔を覗き込む。
一夏はゆっくりと咀嚼し、じっくりと味わう。
「……飲み込むのが勿体無いぐらいに美味い」
その評価に箒の顔が輝くように明るくなる。
「これって、結構仕込みに時間かかってないか? ええと、混ぜてるのは生姜と醤油、それにおろしニンニクか」
「……よくわかるものだな」
「へぇ、美味しそう」
沙良が横から顔を出してくる。
よく見ると、その弁当箱は空になっていた。
シャルロットの弁当を見るとまだ三分の二ぐらいは残っている。
食べるのが早すぎる。
「一個食べるか?」
一夏の提案に、沙良は口を開けることで答えとする。
「あーん」
「ほれ」
一夏は沙良の口にから揚げを放り込んでやる。
「あ、美味しい。下味付けるのに塩コショウした後に酒に浸けたのかな? もしかして、衣に大根おろし混ぜたのかな?」
「ああ、正解だ。全く、どういう舌をしているのだお前らは」
「いや、でも本当に美味いな。箒は、食べなくていいのか? そっちのお弁当には入ってないじゃないか」
「……――……」
箒は小さく何かを呟いたので、一夏には聞き取れなかった。
「ん?」
「あ、ああ、大丈夫だ。まぁ、その、なんだ。美味しかったのならば、いい」
一夏は、から揚げを一口サイズに切ると、それを箸で持ち上げる。
「な、なんだ?」
「ほら、あーん」
「い、いや、その、だな……」
箒は頬を赤く染め、しどろもどろになってしまう。
「ほら、食ってみろって」
「…………」
箒は困ったように自分の弁当と一夏の箸を交互に見ている。
その様子を一夏は首を傾げてみている。
「箒、食べないの?」
沙良が物欲しそうな顔で、一夏を見上げる。
どうやら、お弁当の具材を催促しているようだ。
「あ、あーん……」
「はい、あーん」
その光景に心を決めたのか、箒は差し出されている箸を咥えた。
「い、いいものだな……」
その言葉に、一夏は頷く。
「だろ? 美味いよな、このから揚げ」
「から揚げではないが……うむ、いいものだ」
箒は分かり易い様に機嫌を良くする。
「一夏! はい、酢豚食べなさいよ酢豚!」
「一夏さん! サンドイッチもどうぞ!」
鈴音とセシリアが一夏に押し寄せる。
その差し出された料理は先ほどの箒への対抗心だろうか。
「ま、待て。酢豚は自分のがあるし、サンドイッチは食べ合わせ的に最後にいただき――」
「はむ」
それを沙良が食らった。
「おお、この酢豚美味しい」
鈴音は、面を食らったような表情を作る。
しかし、沙良がべた褒めすると、機嫌を良くしたのか、上機嫌で料理の説明を始める。
沙良はそれを聞きながら勝手に一夏の酢豚を食べていた。
一夏はチラッと横を向くと、シャルロットが沙良と自分のお弁当を交互に見つめていた。
大方、自分も沙良にしたいとでも思っているのだろう。
どうにかして協力してあげられないかと、一夏は考える。
一夏が余所見をしている間に、沙良は差し出されている形となるサンドイッチを受け取り、それを口に運ぶ。
「っ! ……!?」
沙良の眉が顰められた。
その声に一夏は振り向く。
そして一夏は遅かったかと、ため息をつく。
「お味はどう――」
沙良はセシリアがなにか言い終わる前に、その開いた口にサンドイッチを詰め込んだ。
「――――――っ!!」
セシリアは詰め込まれた苦しさと、その味に言葉を呑む。
一夏も、そのサンドイッチを食べて見る。
「おおう、これは……」
甘いのだ。
BLTサンドが甘いのだ。
確実にバニラエッセンスは入っているだろう。
それに、蜂蜜も塗られている。
ベーコンも下味を付ける時点で砂糖を入れてしまっているのだろうか。
とりあえず、沙良が真顔でセシリアにサンドイッチを食べさせているのを見て、なんとなく納得してしまう。
セシリアは既に涙目だ。
「さ、沙良、ほら酢豚あげるから」
流石にセシリアが可哀想になったのか鈴音が助け舟を出す。
沙良はしぶしぶといった具合に口を開ける。
しかし、その手は未だにサンドイッチを掴んでいる。
皆が額に冷や汗をかいていた。
――こいつ、徹底的にやる気だ。
皆が一度視線を集めて、頷き合う。
鈴音はひとまず口に酢豚を放り込むと、沙良の手からサンドイッチを離す。
箒は、沙良が咀嚼して味に気を取られている隙に、セシリアを救出する。
一夏とシャルロットは沙良にお弁当に与え続け、その興味をセシリアから逸らす。
この時、セシリアは誓ったそうだ。
料理が上手くなろうと。
「箒さん……鈴さん……」
「くっ、今は喋るな」
「動いちゃダメよ」
実際はそこまで大したことでもない。
「わたくしに、料理を……教えて、くれませんか?」
「ええ、もちろんよ。次は、沙良に美味しいって言わせてみせましょう」
「ああ、私も出来る限り協力しよう」
三人が固い握手を交わすのが見えた。
一夏は、聞こえてくる会話に、ほっと胸を撫で下ろす。
これで、セシリアの料理が美味くなれば、皆が幸せになるだろう。
一夏は、セシリアたちから意識を沙良たちに向ける。
そこには口を開けて待っている沙良と、嬉し恥ずかしそうに沙良にあーんと料理を運ぶシャルロットの姿があった。
一夏は、シャルロットに右手でサムズアップをすると、シャルロットは顔の朱をより濃くしてしまうのであった。
(シャルルも大変だな。なんせ、沙良は自分に向いた恋愛感情を信じようとしないからなぁ)
自分のことを棚にあげて、一夏は一人考える。
そこで、一夏は気づいた。
見られている。
もちろん、屋上には一夏たち以外の生徒も沢山いるわけで、実際、この時、シャルロットと沙良は写真を取られていた。
「黛先輩?」
一夏はどこから沸いてきたのか、急に姿を現した薫子に恐怖を覚える。
「ふふふ、たれ込みがあってね。中々に面白い状況じゃないの。沙良君の写真は、とある筋に高く売れるからね。ふっふっふ」
薫子は、様々な角度から写真を撮ると、すぐさま走り去ってしまう。
「なんだったんだ?」
一夏は、ただその姿を眺めることしか出来なかった。