IS 深海の探索者   作:雨夜 亜由

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第二十一話 シャルロット・デュノア

「じゃあ、また明日な」

 

「ああ」

 

「うん、また明日」

 

「一夏、明日はあたしがコーチだからね」

 

「はいはい、わかってるよ」

 

 シャルルは一夏たちと別れると、そのまま自室に入る。

 沙良は未だ帰ってきていない。今日は機体のデータを取ると言っていたから遅くなるだろう。

 ここの所、アリーナの使用許可を取り、部屋に居ないことが多い。

 

「…………はぁっ……」

 

 シャルルは寮の自室に一人になったところで、深いため息をつく。

 先ほどまでは一夏たちと共にいたのだが、一夏が書類を出さねばならないと言って職員室に行ったので、そこで皆が別れる形となった。

 シャルルは沙良の首を絞めようとした日から、ずっと元気がなかった。

 自分が皆を騙しているという自覚がある分、自分に向けられる笑顔が辛かった。

 一夏の純粋なる優しさも、沙良の全てを包み込む優しさも自分には相応しくない。

 

(くよくよしてちゃダメだ)

 

 シャルルはそう自分に言い聞かせるが、一度巡り始めた思考は簡単には止まらない。

 

「シャワーでも浴びよう」

 

 シャルルはクローゼットから着替えを取り出してシャワールームへと向かった。

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 シャルルはシャワーを浴びているとボディーソープがないことに気づいた。

 

(どうしようか、このまま取りに行っても大丈夫だよね?)

 

 沙良はしばらくは帰ってこないはずだ。

 シャルルはそう思って、バスタオルだけを持ってシャワー室を出た。

 ボディソープの替えが置いてある棚を開けて、目的のものを見つける。

 その瞬間、扉がノックされる。

 

「沙良、いるか?」

 

「――っ!?」

 

 シャルルはその身を強張らせる。

 拙い、一夏だ。

 予想もしていなかった状況に慌ててしまう。

 

「いないのか?」

 

 ここで、返事をして待ってもらえば良かったものを、混乱してしまっているシャルルは、ただ突っ立ったままで硬直している。

 

「ん、無用心だな。鍵が開いてるじゃねえか」

 

 そして、一夏は扉を開けた。

 

「……」

 

「……やぁ、一夏」

 

――見られたっ!

 

 シャルルは、計画が崩れる音を聞いた。

 

「……。えーと……」

 

 一夏の視線の漂いに、シャルルは自分がバスタオル一枚と言うことに気づき、すぐさまシャワー室へと逃げ込む。

 誤魔化せない。

 もういい、なるようになる。

 

――口封じするわけにはいかないよね……

 

 流石に、命令も出ていないのに、貴重な男性操縦者に危害を加えることは出来ない。 

 意を決したシャルルは服を着て、脱衣所から出る。

 

「あ、上がったよ……」

 

「ああ……」

 

 そのジャージを着込んでいるシャルルの胸は女性であることを主張する。

 

「……」

 

「……」

 

 沈黙が場を支配しようとしたとき、一夏が声を上げる。

 

「……なんで男のフリなんかしていたんだ?」

 

「それは、その、実家からそうしろって言われて……」

 

「うん? 実家っていうと、デュノア社の?」

 

「そう、僕の父がそこの社長。その人からの直接の命令なんだよ」

 

 シャルルは母親のこと、沙良の暗殺のこと、デュノアの裏の人間であること以外を全てを喋った。

 自分が愛人の子である事。

 自らのIS適応の高さからテストパイロットとして酷使させられていること。

 自分の意志と関係なくIS開発のための道具として扱われてきたこと。

 IS学園へ転入したのも、デュノア社がIS開発の遅れによる経営危機に陥ったため、数少ない男性の操縦者として世間の注目を集めることで会社をアピールするとともに、一夏と沙良に接近して彼らとそのISのデータを盗め、という社長命令だったこと。

 それは今まで抱えていたものを吐き出すかのように苦痛の表情に満ちていた。

 

 良くて無期懲役だろうね。

 そう呟いたシャルルに一夏は言った。それで良いのかと。

 良いも悪いもない。自分には選ぶ権利すら与えられていないのだ。

 絶望すら通り越した諦観。

 母親すら救えない自分の弱さに涙がこぼれる。

 

「……だったら、ここにいろ」

 

「え?」

 

「特記事項二十一、本学園における生徒はその在学中において、ありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意が無い場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする」

 

 その言葉に、シャルルは一夏の言いたいことがわかった。

 

「――つまり、この学園にいれば、少なくとも三年間は大丈夫だろ? それだけ時間があれば、何とかなる方法だって見つけられる。別に急ぐ必要だってないだろう」

 

「一夏」

 

「ん? なんだ?」

 

「よく、覚えられたね。特記事項は五十五個もあるのに」

 

「……勤勉なんだよ、俺は」

 

「そうだね。ふふっ」

 

 一夏の言い回しに少し笑ってしまう。

 

「ま、まあ、とにかく決めるのはシャルルなんだから、考えて見てくれ」

 

「うん。そうするよ」

 

「沙良には黙っていたほうがいいか?」

 

 その言葉に、シャルルは考え込む。

 黙っているも何も、恐らくは感づかれている。

 

「……わかった。とりあえず様子見な。沙良が帰ってくるまでに着替えとけよ?」

 

 それを否定と捉えたのか一夏はそう言い残し、部屋を出て行ってしまう。

 そうして一人部屋に残されたシャルルはベッドに倒れこむ。

 一夏の提案はとても魅力的だった。

 その案に飛びついてしまいたかった。

 たった三年間だが、自由の道を示されたのだから。

 母親の件さえなかったら飛びついていただろう。

 

「君は優しすぎるよ……」

 

 こんな自分でもここにいても良いと言う。

 こんな自分にも居場所を提案してくれる。

 こんな自分を否定しないでいてくれる。

 しかし、その優しさに甘えてる状況ではないのだ。

 平穏な日々はもう終わった。

 一夏は味方になったといえど、学園に気づかれる日もそう遠くないだろう。

 上層部がアクションをかけてくる前に学園を去らなければならない。

 ならばやるしかない。

 日にちが経てば経つほど、ミッションは難しくなる。

 シャルロットは、震える身体を抱きかかえる。

 

(深水君を……やるしかないんだっ!!)

 

 

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 沙良はアリーナで、オルカの実働データを取っていた。

 この絶対防御がないという欠陥を直すために色々な方面からデータを取る必要があった。

 スペインの機密となる情報のため、手伝いを要求できない。

 ゆえに沙良は一人で作業をこなさなければいけない。

 

 そう見せかけていた。

 

「ふう、こんなもので良いかな」

 

 沙良はオルカを解除し、カイラを纏う。

 それは、先ほどから沙良に向けられている殺気に対処するため。

 

「いつまで隠れてるの?」

 

 沙良はその手にライフルを持ち、アリーナの柱の影へと向ける。 

 

「いつから気づいてたの?」

 

 そこから現れたのは、アサルトライフルを手に持ったシャルルの姿。

 

「殺気を放ってれば誰だって気づくよ」

 

「そう」

 

 いつもと違う様子のシャルルにやっぱりかと肩を落とす沙良だが、銃口がこちらを捉えて動かないことから、相手から気を逸らせない。

 

「深水君、君には恨みも何もない。けど、君には――」

 

 シャルルはその身体に光の粒子を纏う。

 ほんの刹那の眩さの後に残ったのは、橙色の機体。

 

「死んでもらう」

 

 撃った。

 

 沙良はその銃弾を最小の動きでかわす。

 

「たいした挨拶だね、シャルロット・デュノア」

 

 その呼ばれた名に、シャルル――シャルロットは身を強張らせる。

 その隙を見逃すような沙良ではない。

 すぐさま銃弾によって、壁を作る。

 

「やっぱり気づいてたんだ!」

 

「そりゃ、業界人だからね。デュノアを名乗った時点で推測できるよ」

 

 シャルロットはすぐさま接近ブレードに持ち替え、沙良に接近戦を挑む。

 これはシャルロットが得意とする、攻防ともに高いレベルが安定した戦闘方法、砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)

 

 斬り合っていたかと思えばいきなり銃に持ち替えての近接射撃、間合いを離せば剣に変更しての接近格闘。押しても引いても一定の距離と攻撃リズムを保ち続ける。それは「求めるほどに遠く、諦めるには近く、その青色に呼ばれた足は疲労を忘れ、綾やかなる褐色の死へと進む」とまで言わせる物だ。

 

 しかし、沙良にはそんなセオリーは通用しない。

 いや、このときは沙良が相手ではなかった。

 狙撃。

 それは目の前の沙良からではなく後方からのもの。

 

「――っ! どこから!?」

 

 しかし、ハイパーセンサーがその狙撃主の姿を捉える前に、右後方から衝撃を受けて前方へと吹き飛ばされてしまう。

 

「なっ!?」

 

 すぐさま起き上がり、攻撃を受けた方向に銃を向ける。

 そこには沙良と似たような機体を纏う見知らぬ生徒が一人いた。

 

「くっ」

 

「動かないで」

 

 すぐさま行動を起こそうとしたシャルロットの首元へ薙刀が突きつけられていた。

 この武装は見たことがある。

 衝撃を装甲に通す『禊』と呼ばれる武装。

 それを首に突きつけられていると言うことは、生殺与奪を握られていることと同意だろう。

 

「――っ!?」

 

 全く以って存在に気づかなかった。

 普通ならISを纏っていれば、ラファールが知らせてくれる。

 それが無かったという事は、シャルロットと同じように、ISを纏うことなく潜伏してたということ。

 

「沙良さんを一人にするわけがないでしょう?」

 

 その『禊』を突き立てている生徒を確認する。

 

「フィオナさん……」

 

 今まで見ていた彼女とは別人のように、その表情は感情を映しては居なかった。

 

 そして、シャルロットを狙撃したISが姿を現した。

 それは青色に輝くボディに銀色のライン。輪状の非固定浮遊部位が特徴的だ。

 その機体は見たことはないが、その搭乗者には見覚えがあった。

 何回か会話したこともある。

 

 ソフィア・アルファーロ・クリエル。

 

 代表に最も近いとまで言われるスペイン代表候補生。

 シャルロットはその表情に恐怖を抱いた。

 完全な無表情。

 ただこちらを始末する対象しか見ていない。

 シャルロットは終わったと、そう思った。

 

「……殺しなよ」

 

 すぐにエネルギーを〇にされて自分は始末される。そう思った。

 すぐに殺すことはないであろうが、彼らならシャルロットの命程度、簡単に始末できるであろう。

 

――終わった……か。

 

 しかし、それは、沙良の一言によって違う道が付けられる。

 

「勝負しよう、シャルロット」

 

「え?」

 

 シャルロットは言われていることが理解できなかった。

 

「僕が勝ったら僕は君を好きにする。君が勝ったら僕を好きにすればいい。殺すなり、モルモットにするなり好きにね」

 

 それは沙良には何もメリットはないだろう。

 ただの傀儡。デュノアの裏の人間。それがシャルロットだ。沙良にとっての利用価値があるとは到底思えない。

 

「セラ!!」

 

「リナは黙ってなさい」

 

「しかし……」

 

 周りではシャルロットを吹き飛ばした少女がソフィアに注意されていた。

 

「フィーナ。武装を下ろして」

 

 シャルロットはこの勝負を受けるしかない。

 

「後悔、しないでね」

 

「大丈夫だよ。君は絶対勝てない」

 

「やってみなくちゃ、わかんないだろ!」

 

 シャルロットは沙良が言い終わる前に沙良に突貫する。

 シャルロットはすぐさまアサルトライフル『ヴェント』を展開し、沙良に照準を向ける。

 それを沙良は避けようとしない。

 

「――っ!? 死にたいの!?」

 

 それを馬鹿にされたと感じたシャルロットは周りの注意が疎かになった。

 シャルロットが地面に足を付けた瞬間、その地面が爆発した。

 

「きゃあああ!!」

 

 その機体は、簡単に宙へと飛ばされてしまう。

 

「君は、誘き出された事に気づいてるかい?」

 

 そして、シャルロットは見た、沙良の機体がその姿を消すのを。

 

「どこにいったの!?」

 

 シャルロットは混乱していた。

 今まで積み重なってきた重荷がシャルロットから冷静さを奪う。

 

 衝撃。

 それは後ろから来た。

 すぐさま体制を立て直したシャルロットはその方向へと銃を向けるがその銃が目標を捕らえることはない。

 肉眼ならともかく、ハイパーセンサーが、その姿を見失うとは考えにくい。

 

 何故?

 

 そう思う時間も許さないといわんばかりに、シャルロットの機体に衝撃が襲い掛かる。

 

「くっ!」

 

 その姿を探していると、沙良の姿がシャルロットのすぐそばに現れた。

 その距離は手を伸ばせば届くほどに近い。

 

「ちぇ、時間切れか」

 

 そう言い、シャルロットのアサルトライフルを掴む。

 武器を奪うつもりなら無駄だ。そうシャルロットは思った。

 使用許諾(アンロック)されてない武装は使うことが出来ない。

 しかし、沙良は全く予想外の方法でシャルロットの武装を奪った。

 

使用拒否(ロック)

 

 沙良の言葉と共に、シャルロットのISに一つのメッセージが出現する。

 

――ヴェント……使用不可。ロックがかかっています。

 

 シャルロットの手から勝手に『ヴェント』が『収納』される。

 

「なっ!?」

 

 シャルロットは驚きを隠せない。

 

「君には見せてあげるよ。これが僕の唯一仕様の特殊能力(ワンオフ・アビリティー)だ」

 

 シャルロットはすぐさま六二口径連装ショットガン『レイン・オブ・サタディ』を両手に『展開』し、沙良から距離を取ろうとする。

 

――敵ISからロックされています。

 

 そのメッセージにシャルロットはすぐにスラスターを逆に噴かし、沙良に接近した。

 ロックされているということは沙良は狙撃銃に持ち直しているということ。

 それならば近距離からの射撃を浴びせてやる。

 シャルロットはそう想い、接近したが、沙良のその手には何も持たれていなかった。

 

「いらっしゃい」

 

 沙良はシャルのショットガンを掴むと先ほどと同じように言葉を発する。

 

使用拒否(ロック)

 

 先ほどと同じように『レイン・オブ・サタディ』が『収納』される。

 すぐにアサルトカノンを『展開』するが、それも同じように強制的に『収納』されてしまう。

 シャルロットは、もうなにが何だかわからなくなっていた。

 自らの主戦力となる武装が片っ端から使用不可になっていく。

 相手がどんな能力かすらわからない。

 今、自らに残されたのは近接ブレードのみ。

 それでも負けられない。

 

「負けられない……ここで負けると、お母さんが、お母さんが死んでしまうんだぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 シャルロットは叫びをあげ、沙良へと斬りかかる。

 

 それはキレも技もない。

 ただの武器の叩きつけ。

 大した攻撃ではない。

 回避して狙撃。

 向かい合って切り伏せる。

 選択肢はいくらでもある。

 しかし沙良は、ブレードで只管に受け止めることを選択した。

 そこからは、ただの斬り合いになる。

 

 シャルロットは叫び続ける。

 ただ溢れる思いをブレードに込めて、叩きつけるだけ。

 それを沙良は淡々と受け止める。

 

「沙良に恨みはない! けど、沙良をやらないと、お母さんが、お母さんが!!」

 

 シャルロットは無意識に『沙良』とそう呼んだ。

 

「病気のお母さんを人質に取られて、治療費を出してやるって、やりたくない仕事をさせられて、それでも、私は助ける機会をずっと窺ってきた!」

 

 シャルロットはブレードを袈裟切りで切り下ろすと、その流れを利用して横蹴りを繰り出す。

 それを、沙良は下段で払うように受け流すと、その勢いで裏拳を放つ。

 

「やっとチャンスが来たんだ! この任務が終われば、母さんを助けてくれるってあいつは言ったんだ! だから僕は、私はやるしかないんだ! どんな手を使っても!」

 

 シャルロットは叫び続ける。

 

「暗殺って言われても、会社が私を切り捨てるつもりって分かっていても! お母さんさえ助かるなら私はどうなっても良い!」

 

 それはまるで自分に言い聞かせるように。

 そうしないと崩れてしまうと言わんばかりに。

 だから沙良は聞いた。

 押し付けられた感情ではなく、シャルロット自身の想いを聞くために。

 

「ここでの生活は、楽しくなかった?」

 

 その問いかけに、辛そうに顔を歪める。

 

「僕だって、皆とずっとここに居たいよ!」

 

 それはシャルロットの本心。

 

「この暖かい空間で皆と過ごしたい! みんなと一緒に笑いあって、一緒にご飯食べて、放課後に訓練して。僕だって、『沙良』って名前で呼んで、皆と一緒に――」

 

「じゃあ、居ればいい」

 

「それが出来たら苦労しないんだ!!」

 

 シャルロットはブレードを強く叩きつける。

 

「データを盗む事、それも任務。だけど暗殺が一番の任務なんだよ!? 四肢を動けなくさせるとか、殺してしまうとかそんな内容なんだよ!? そんなことしてまでここに居れるわけがない! 居て良い訳がないじゃないか!」

 

 シャルロットは壊れかけていた。

 殺さないといけない。

 殺したくない。

 正反対のジレンマ。

 自分の想いと、やらねばならぬ命令に板ばさみになっていた。

 その心はまさに破裂寸前だったのだろう。

 

 シャルロットはブレードを手から離すとその場に膝をついた。

 

「出来ない……私には沙良を傷つける事も、お母さんを見捨てることも選べないよぅ……」

 

 そのままシャルロットはISを解除してしまう。

 シャルロットの精神が憔悴してしまい、ISが展開不可と判断したのだろう。

 

「殺してよ。お母さんを救えなかったのに、僕だけがのうのうと生きて居たくはない」

 

 ISを解除して、シャルロットに近づく沙良。

 その沙良と視線を合わせると、シャルロットは微笑んだ。

 その瞳に映るは絶望の色ではない。

 諦念。

 絶望を受け入れた諦めの眼差し。

 

 沙良は唇を噛む。

 シャルロットにこんな顔をさせる原因に対してどうしようもない怒りを感じているのだろうか。

 シャルロットは沙良が拳銃を構えるのを見て、その目を閉じた。

 

 これで、楽になれる。

 

(お母さん、こんな娘でごめんね)

 

 銃声が鼓膜を揺さぶる。

 

 

 しかし、予想していた衝撃が来ない。

 シャルロットは疑問に思い、その瞳を開いた。

 

「なっ!?」

 

 目に飛び込んできたのは、自らの左腕を打ち抜いた沙良の姿だった。

 

「なにしてるんだよ!!」

 

 シャルロットはすぐさま沙良に近寄り、その傷口から溢れる血液を止めようとする。

 しかし、沙良はそのシャルロットの頬をぶん殴る。

 

「傷つけることが出来ない? 助けることが出来ない!? ふざけるなよ! ならば一言だけでも言えば良いだろ!! 僕たちに助けてって言えば良いだろ!!」

 

 その激昂した沙良にシャルロットは頬を押さえて何も言えなくなる。

 

「事情はなんとなくはわかってたよ。誰かを後ろに取られてるんだと思ってた。だから僕は待ってたんだ! 助けを求めに来るのを! 研究の阻害? 手の一本や二本ぐらいくれてやるよ!! 暗殺? 出来るもんならやってみろよ! 母親を助けたいなら、何でも利用するんだろ!? なら、僕たちを利用しろよ! 外的介入の許されないここなら、助けを求めることだって出来ただろうが!!」

 

「でも、それでも……」

 

「もっと周りを頼りなよ。僕は『スペインの英雄』だよ? 苦しんでいる人間の一人や二人、救えないとでも思ったの?」

 

 確かに彼ならば出来るであろう。

 母親の治療費を出し、その身柄を確保するだけ。ただそれだけで今回の件は解決する。

 シャルロットには、今までそんな事を出来るほどのコネが存在しなかっただけのこと。

 だからこそ、大切な人のため、自分を犠牲にした。

 力なき者は搾取されるのだと、幼いながらに学んだ結果、誰にも頼ることの出来ない傀儡に成り下がってしまった。

 

「君は、僕にそっくりだ。大切なものと自分を天秤にかけることを躊躇しない」

 

「それが、どうしたって言――」

 

「だから、君に辛気臭い顔をして欲しくないんだ。まるで、自分を見てるみたいだから。ただの自己満足だよ」

 

 それは、暗に助けてやる。

 そう言っているのだろう。

 シャルロットの視界がぼやける。

 それはいつもと違う涙。

 

「やってくれるの?」

 

「君が望むのならね」

 

「僕は君に酷いことをしたんだよ?」

 

「これから僕を助けてくれたらいい。過去を見るより、未来を視て生きていたいじゃん」

 

 このお人よしは贖罪の場所すら与えてくれると言っているのだ。

 シャルロットは沙良の胸に顔を埋める。

 もう堪えることは出来ない。

 

「……っ……くっ……うぅ……たすけて、おかあさんを、お母さんを助けてください!!」

 

 そう泣き叫んだシャルロットを片手で強く抱きしめる。

 周りではソフィアたちがISを解除して様子を窺っていた。

 少なくとも危険性は無しと判断されたのだろう。

 

「任せて、必ず助けるから」

 

 沙良はカイラを部分展開する。

 

「なに、するの?」

 

 シャルロットの涙に濡れた瞳に、安心して、と頭を撫でると、沙良はその能力を見せる。

 

「『絶対的管理者』発動」

 

 その言葉を切っ掛けに、空中ディスプレイが物凄い速度で展開されていく。

 

「こ、これは」

 

「あらゆる物へのアクセス許可。それが僕の唯一仕様の特殊能力(ワンオフ・アビリティー)、『神の管理領域』だよ」

 

 それは、まさしく沙良にとっての機密事項であり、今回シャルロットが入手して来いと言われたものでもある。

 それを、シャルロットの目の前で使い、あろうことか簡易的な説明を行なう。

 それは、完全にシャルロットを身内に引き込むということ。

 そのことに気付いたシャルロットは再び涙を滲ませる。

 沙良は空中ディスプレイに投影されている情報から、お目当てのものを探し当てたようだ。

 それは、シャルロットの母親が入院している病院の院内ネットワーク。

 

「フィーナ」

 

 いつの間にか近くまで来ていたフィオナに呼びかけると、フィオナはすぐさま携帯端末で、その情報を何処かに流す。

 

『こちら、フィオナです。直ぐに秘書課を動かしてもらいたいのですが』

 

 沙良に抱かれているシャルロットの頭を撫でるソフィア。

 

「よく頑張ったわね。ここから先は私たちエスパーニャに任せなさい。必ず助けて見せるから」

 

 ソフィアはそのまま携帯端末を三つ出して、慌しく連絡を取り始める。

 沙良は、カルテなどを確認し、その病状を確認する。その際、近くに監視の目がないかの確認も忘れない。

 これならいける、そう会話を繰り広げている周囲に、頭がついていかない。

 見た感じ、ソフィアが、沙良の片腕のような働きを見せている。その信頼関係は、純粋に羨ましいと思えるものだった。

 

 その間、リナは必死に沙良の手当てをしている。

 弾は貫通している。医療用ナノマシンを使えば簡単に直すことが出来るだろう。

 しかし、シャルロットはナノマシンを用いても薄い傷跡が残る事を知っている。

 自分の身体にも同じような傷が残っているのだから。

 

「シャルロット」

 

「はひぃ!」

 

 考え事をしていた。シャルロットは沙良に急に呼ばれて声が裏返ってしまう。

 沙良は優しく笑みを作る。

 

「シャルロットのお母さんにはスペインで最高の治療を約束するよ。だから、安心して? もう、自分を殺さなくてもいいから」

 

 その言葉にシャルロットはまた目頭が熱くなってしまう。

 

「泣きたい時は泣いても良いんだよ。シャルロット。そして明日、いっぱい笑おう?」

 

「深水く――」

 

「沙良」

 

「――っ、ふか」

 

「沙良って呼んで。ね?」

 

「……うっ……ひっ……沙良……沙良ぁ!!」

 

 シャルロットは再び泣き出してしまう。

 それは溜まっていたものを流すかのように、長く、とても激しいものだった。

 


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