IS 深海の探索者   作:雨夜 亜由

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第二話 若い覚悟

 沙良は机に突っ伏してダウンしていた。

 なんせ先程の授業は、苦手なスペイン史だったのだ。人生の殆どを日本で暮らしていた沙良にとっては、全く分からないと言っても過言でもない。

 そして、昨日はシークエストのテスト起動を行っていたため、疲れがたまっている。

 

「セラ? 大丈夫?」

 

「ああ、ソフィ。もうお手上げだよ。数学なら得意なんだけど、どうしてもスペイン史はわからないよ」

 

「もう、普通は逆なんだけどね」

 

 そい言い、沙良の横に陣取った少女、ソフィアは笑った。

 

「飛び級したせいで覚える範囲が異常だよ……」

 

「セラは暗記物が苦手だよね」

 

「計算は得意なんだけどなぁ。誰か、スペイン史教えてくれないかなぁ」

 

「そ、それなら私――」

 

「数学教えてくれるならいいぜ」

 

「ちょっと、トニー!」

 

「やぁ、トニー。いつも通り元気そうだね。僕にもその元気を分けてくれよ」

 

 ソフィアの言葉を遮って表れたのは、クラスでも少ない男子の一人、短い茶髪が特徴のアントーニョである。アントーニョは沙良の前の席に座り、ニヤニヤと笑っている。

 

「ちょっと、トニー! セラには私が教えるの!」

 

「どうしたソフィ? そんなに必死になっちゃって? もしかしてセラのことが」

 

「な、な、な、なに言ってんのよ!! ただ、セラが困ってたから助けてあげようとしただけよ!!」

 

「じゃあ、俺が教えといてやるよ。俺のほうがスペイン史は成績良いもんな。ほら、セラ。これがスペイン史のノート。どうせ、寝てて取ってないんだろ?」

 

 アントーニョはUSBメモリーを投げよこした。

 

「御明察。僕がノート取るわけないよ」

 

「威張ってんんじゃねえよ」

 

「痛」

 

 軽くデコピンされて、二人で笑い出す。

 ISの誕生による仮想ハードウェアの発達により、授業風景は目に見えて変わった。生徒一人一人にコンピューターが支給され、同じ教室でも違う授業を受けることすら可能である。席は決まっておらず、生徒は学生証でもあるICカードをパソコンに読み込ませることで、学校のパソコンから自分用のアカウントでログインするのだ。そんな中でも、授業ではコンピューターとは別にノートはしっかりと取られている。それは、手で書いたほうが覚えがいいという昔からの習慣が残っているのだろう。しかし、それも紙という媒体ではなく、電子データに移り変わっているが。

 

「ちょっと、ほったらかしにしないでよ!」

 

 ソフィがトーニョに食い付くのを、沙良は、仲が良いなぁといった目で見ている。

 

「おいおい、良いのか? 確実にセラが勘違いしてるぞ?」

 

「え? いや、セラ?」

 

 アントーニョの胸倉を掴んだまま、視線だけが沙良の方に向かう。

 

「二人は相変わらず仲がいいね」

 

「ち、違」

 

「二人のジャマにならないようにちょっと席を外そうか?」

 

「待って! 違う。セラは勘違いしてるよ!?」

 

 明らかな好意を見せられても全く気付く素振りの見せない沙良を見て、アントーニョは自分の幼馴染に心から同情するのであった。

 ソフィアとアントーニョは幼馴染である。

 故に昔から一緒につるんで来たし、付き合ってるのではないかと冷やかされたことも少なくはない。

 アントーニョは恋愛感情を向けては居ない。それはソフィアも同じだ。だからこそ、この長い期間男女間で友情を築けたのだ。

 その大切な幼馴染が、今では親友とも言える少年に恋心を抱いていると知った時は驚いたが、同時に応援しようと思ったものだ。しかし、生憎親友を好いている人間は多すぎた。

 

「ルイス君いる?」

 

 教室の扉に近い生徒が沙良の名前を呼んだ。

 

「ちっ」

 

「居ますよー」

 

 生徒が扉の外を指で示すと、誰かに呼び出されたのかと察した沙良が会釈を返し、席を立った。

 

「おい、あからさまに態度に出すなよ」

 

「あん? 何よ、トニーは心配じゃないの?」

 

「まぁ俺としてはお前とくっついてくれた方が安心するというのが本心だが、誰を選ぶかはセラしだいだからな」

 

「何、その余裕ムカつく」

 

「それだけ、あいつが鈍感ってことだよ」

 

 IS業界に若くから関わる沙良は、スペインでは有名人であり、その活躍は多岐に渡る。最近ではスポンサーを得るためにモデル活動を始めたことも記憶に新しい。

 それゆえ周りには女子が常に群がり、ロッカーには手紙や小包が山のように積み重なる。

 それを沙良は、「僕も有名になったんだね。研究費用が増えるといいなぁ」と何処かズレタ回答をするのだ。

 告白もストレートに言わないと伝わらず、仮に「好きです」と伝えても「ん? 何が?」と返すような人間である。

 

 今もまた告白が上手く伝わらなかったのか、出歯亀に出ていた生徒が苦笑と共に席に戻っていく。

 

「ほらな? 心配するだけ無駄だって。それに、セラは信頼したやつにしか靡かないのは知ってるだろ?」

 

「……そうね」

 

「ただいまー」

 

「お帰り」

 

「おかえり」

 

「何話してたの?」

 

 アントーニョとソフィアは顔を合わせてくすりと笑った。

 

「内緒だよ」

 

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 スペイン第二世代機【シークエスト】

 その開発とテストパイロットに携わっている沙良の存在は、シークエストを発表していない外国とは違い、国内では隠し通せるわけがなかった。

 まさしく英雄である。

 IS技術後進国であるスペインに、いち早く第二世代機をもたらした立役者。

 その代表的な論文、『深海におけるISの運用の可能性』は世界中で評価されている。

 その姓である『ルイス』は英雄という意味が付加され、その『サラ』と言う名はその年の赤ん坊の名に多く採用された。

 沙良が、S・Q社に出入りしている事を多くの人が知っている。

 それは、沙良が通う学校でも同じことだ。むしろ、より多感にISに興味を向ける若い世代の方が、沙良への憧れの意識は強くなる傾向があった。

 沙良自身が考えている以上に、学園では注目を集めている。

 沙良は、その仕事の性質上、学校を休まなければいけない時が多々ある。

 既に全国民が知っていることだが、沙良は信頼できる友人にのみ、自分がスペイン唯一の国産モデルIS【シークエスト】を開発していると自らの口で伝えてある。

 だから、沙良に好意を持つソフィアがあんなことを言い出してもおかしくはないのだった。

 

 

「もう直ぐミドルも卒業かぁ。結局七年しか飛び級できなかったなぁ」

 

「七年飛び級できるだけおかしいだろ。セラが来るまで学年一位の俺でさえ一年飛び級が精一杯だぞ?」

 

 実際には沙良はこのミドルスクールでは二年しか飛び級していないのだが、沙良は既に高校卒業同等の学力があると認められて大学の入学が認められている。その単位数も順調に二年分取得しているため、結果として七年飛び級していることになる。

 

「そうかな?」

 

「そうなんだよ」

 

「トニーはどこのハイスクール行くの?」

 

「まぁ持ち上がりでこのままかな。ここらでは一番の進学校だしな。セラは?」

 

「僕も同じ。ハイスクールに通いつつカレッジに通うことになるかな」

 

「あんたたちは気楽でいいわね。卒業考査が先にあるでしょ」

 

「あんなの落ちる人いるの?」

 

 沙良はまたまたーと手をひらひらさせて笑う。

 

「おいセラ、止めろ、ソフィの去年度の期末考査日本語の成績を思い出せ」

 

「はっ、確か落第ギリギリ」

 

「止めろ、哀れになる」

 

「あんた達ねぇ……!!」

 

 明らかにからかう気満々のアントーニョはともかく、無自覚の沙良が一番性質が悪い。

 

「おい、待て冗談だ、止めろ」

 

「もう許さない!!」

 

「はい、もう怒らないで、ご飯食べよ?」

 

 何時までもじゃれてないでさ、とお弁当を開きだした沙良に、お前も原因だと鋭い視線が突き刺さる。

 

「ソフィはどこのハイスクール行くの?」

 

 色とりどりの具材が挟まったサンドイッチを口に運びながら沙良が聞く。

 

「日本に、IS学園に行くわ」

 

 沙良は飲んでいた紅茶を噴出してしまい、目の前のアントーニョに迷惑そうな顔をされる。

 そのときに自分のお弁当に少し紅茶がかかってしまったが、今はそんなこと言っている場合じゃない。

 

「ゴホッゴホッ! ソフィ、本気で言ってるの?」

 

「もちろん本気よ。これを見て」

 

 渡されたのは、先日行われたIS適性テストの結果だろう。

 そこには、Aの文字が。

 

「私、ISを動かせると判明したわ」

 

 沙良は、驚きを隠せずにソフィアの顔を見つめる。

 アントーニョは予め話を聞いていたのだろう。驚いている素振りが全く見えない。

 

「来月、シークエストが量産機として世界に発表されるのよね?」

 

 シークエストはついに世界にその姿を見せるときが来た。

 それは、世界が、既に第三世代機の研究に乗り出していて、後進国であるスペインが第二世代機を量産してもおかしくないと政府が判断したためである。

 もちろん、中学生である沙良の存在はあまり表に立たない。

 その開発代表者は所長であるロサの名前になり、テストパイロットは架空の人物で発表されることとなっている。

 

「そうだね。三週間後の世界会議でエスパーニャは開発戦争に足を踏み入れることになる」

 

 それは沙良にとって、より世界と関わっていくこととなる。

 

「既に、IS学園には先進国が、そのISを送り込んで競い合っているんでしょ? ならエスパーニャも負けていられない。私が、セラの機体の実力を、エスパーニャの技術力を証明して見せる」

 

 沙良はその真摯な瞳に何も言えなくなる。

 

「私は、卒業後、ISに乗るために一年間訓練を受ける。そして、代表候補生になって専用機としてシークエストを手に入れてIS学園に行くわ」

 

 アントーニョを見ると、首を横に振る。

 止めても無駄だ。

 そう言っているのだろう。

 その真っ直ぐすぎる思いに、沙良はある決意を固める。

 

「代表候補生になるための条件は知ってるの?」

 

「政府による訓練施設に入り、ある一定の成績を収めることよね?」

 

「そう。じゃあ、その訓練施設に入る条件も知ってるよね?」

 

「……一般試験を受けて合格したら」

 

「エスパーニャでは一般人に対しての試験は行われていないって知ってるでしょ? なんせ、世界から見たらまだISの開発後進国だと思われてるんだから」

 

「……現在の代表か代表候補生に推薦してもらうか、企業などにテストパイロットとして配属され、ある一定の結果を出せたら試験を受けれる」

 

「ここで、聞くけど、当てはあるの?」

 

「う、」

 

「もしかして、これから代表と代表候補生に接触するなんて、非効率な方法を取ろうとしてたんじゃないだろうね?」

 

「……」

 

 目が泳ぎだしたソフィアに、今まで黙っていたアントーニョがため息を吐きながら話しかける。

 

「だから、もう少し計画を煮詰めてから話をしたほうが良いと言っただろ」

 

「だって……」

 

 そのショボンと落ち込むソフィアに、沙良は真剣に問いかける。

 

「ソフィア」

 

「な、なに?」

 

 急に名前で呼ばれたことで、背筋をピンと伸ばしたソフィアに、沙良はゆっくりと話し出す。

 

「ただ、IS乗りとしてではなくて、代表候補生となり、あろうことか専用機を手に入れる。それは汚いことにも少なからず、触れていくことになるとは分かってるね」

 

 ソフィアは力強く頷く。

 

「代表候補生は、その国に何かがあった場合、そのISを持ってして事態に当たらないといけない。それは、自分の命に関わることにもなる。ソフィアのその意志は、命を賭ける程の価値があるんだね?」

 

 ソフィアは迷うことなく頷く。

 

「そう、決意は本物なんだね。……で、その意志は、僕のため?」

 

 そう沙良が問いかけるとソフィアは顔を真っ赤にして頷いた。

 

「ソフィアのその気持ちは友達として? それともまた別の気持ちとして?」

 

 沙良は自分より一つだけ年上のソフィアにそう聞いた。

 ソフィアは言いづらそうにもじもじしている。

 

「その、えっと……全部」

 

 その答えを聞いて、沙良は決意を確かなものにした。

 このときにソフィアは別な気持ち、つまり恋心もあるといった意味で、全部と言ったのだが、沙良はそのことには全く気付いていなかった。

 その事に気づいたアントーニョは、こっそりとため息を吐いていた。

 

「分かった。もうこれ以上聞かない。放課後、予定を空けておいて。僕がコネになるよ」

 

 そういい、沙良は携帯端末を取り出し、耳に当てた。

 

『もしもし、ロサ? うん、僕。ちょっといいかな。うん、カルラさんそこにいる?』

 

「何語?」

 

「日本語だろ? てか、ISに乗りたいなら日本語も勉強しとけよ」

 

「英語すらまともに話せない私が出来るとでも?」

 

「胸張っていうことか」

 

「えへへ」

 

「本当にね」

 

「あ、終わった?」

 

 いつの間にか通話を終えていた沙良が残りのサンドイッチに口をつける。

 

「とりあえずは日本語からだね」

 

「あう……」

 

 ソフィアはガクッと額を机にぶつけるのだった。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 放課後、ソフィアは沙良と共にSQ社の本社を歩いていた。

 綺麗なオフィスを肩身を狭く感じながら歩いていく。

 廊下を歩き、透明な仕切りに分けられたオフィスでは多くの人間が忙しそうに動き回っている。

 会議室らしき部屋からは、言い争う声が聞こえてくるし、そこかしこから怒鳴り声が聞こえてくる。

 そして、通りすがる社員は、必ずといっていいほど、沙良に挨拶をしていく。

 周りの視線がやけに自分に向いていると感じるのは、恐らくは自意識過剰ではないだろう。

 沙良と歩く自分がその噂話の種になっているのは想像できる。

 そのひそひそと漏れる会話は、エスパーニャだというのにどれも理解できない。

 

「ここだよ」

 

 通された部屋には髪を結い上げた若い女性が座っていた。

 恐らくだが二十代の前半だろう。だが、その若さの中に落ち着いた大人っぽさが内在している。不思議な雰囲気を持つ美女だ。

 

『あら、この子がセラの言ってた子?』

 

『うん、そう、ソフィア・アルファーロ・クリエル。僕の大切な友達。あと、日本語が話せないから』

 

『それは大きな減点ポイントよ?』

 

『僕の顔を立てると思ってさ、ね?』

 

『調子のいいときだけ可愛い顔して……貸し一だから』

 

『ありがとう、カルラさん大好き』

 

『せめて棒読みだけは止めなさい』

 

 日本語と思われる会話に、居心地の悪さを覚えていると、ようやく美女の視線がこちらの姿を捉えた。

 

「こんにちは、あなたがセラの言っていた子ね。私はカルラ・ファリーノス・イエロよ。気軽にカルラお姉さまと呼んでくれて構わないわ」

 

 お姉さまという単語が出た瞬間、沙良がカルラの足を踏みつけた。

 軽い冗談だったのだろうが、それよりもようやく聞こえてきたスペイン語にソフィアはほっと息をつく。

 

「は、はい。ソフィア・アルファーロ・クリエルです。よろしくお願いします!!」

 

 深々と頭を下げる。

 

「あの子から話は聞いているわ。でも、こちらもそう簡単に頷くことは出来ないから、軽いテストを受けてもらうわね」

 

 テストと聞いて身体が強張るが、これはチャンスだと自分に言い聞かせ、鼓舞するように声を上げる。

 

「はい!!」

 

「ついてきなさい」

 

 後ろを確認することもなく先々と進むその背中を、慌てて追いかけていく。

 

「頑張って」

 

 後ろから掛けられる声に、振り向くことはせずに、片手を挙げることで応対とし、先行く背中を追い続けるのだった。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 多くの実験機が並ぶ整備室兼ハンガー。

 そこには多くの研究者や技術者が、自分の担当の仕事に熱を入れている。

 翠瞳の少年も、周りの大人たちに負けじと、額に汗を浮かべながら手を動かしていた。

 

「どうだった?」

 

 外部装甲をパージし、片腕を突っ込んで内部配線を弄っているその少年は、一人の人間に声を掛ける。

 その主語も目的語もない問いかけに答えるのは、スーツという整備室には浮いた姿の女性。

 

「まぁ、やる気は充分ね。落第ギリギリと聞いてたけど、平均よりは頭もいいみたいだし。何よりもあの適正は捨てがたいわね」

 

「ふーん」

 

「自分で推薦しといて乗り気じゃないわね」

 

「そりゃ、友達が危険な仕事をしようとしてるのに、諸手を挙げて喜ぶなんて出来ないさ」

 

「でも、危険だけど、自分の手の届かないところよりはって事でしょ? 本当にあの子が大切なのね。嫉妬しちゃいそ」

 

「はいはい、カルラさんも大切ですよ」

 

「投げやりね」

 

 カルラは懐から煙草を取り出すと、慣れた手つきで火をつけた。

 

「煙草臭い」

 

「それは煙草を吸っていれば臭いでしょうね」

 

「吸うなって言ってんの」

 

「ケチね」

 

 はぁと沙良は深くため息をつく。

 

「で、ソフィはどうすんの?」

 

「あら、愛称で呼んでるのね」

 

「ぶっ飛ばすよ?」

 

「あら怖い怖い。まぁあの子はやる気あるみたいだし、何よりもセラに対して不利となることはしないでしょう? なら歓迎よ。この会社はセラの味方にはとことん優しいつもりよ?」

 

「全く過保護なことで。で、ソフィは?」

 

「大量の書類と睨めっこ中よ。誓約書とかも多いから時間が掛かると思うわ。それに引越しの手続きもしないといけないしね」

 

「引越し?」

 

「そりゃそうよ、わざわざ実家から通うなんて無駄の極みじゃない。情報もそういうところから漏れるのよ? まぁ言い方は悪いけど、しばらくは隔離と監視を兼ねて寮生活ね。あの子もそっちの方が楽でしょう」

 

 ふーんと興味なさそうに反応する少年は、機体弄りに意識の大半を向ける。

 たまに飛んでくる火花に、カルラは顔を顰めるが、沙良はお構い無しに甲高い金属音を鳴らす。

 

「興味なさそうにしてるけど、あの子の部屋が準備できるまでは、セラと一緒の部屋に入ってもらうから」

 

「はぁ!?」

 

 今まで何処吹く風と聞き流していた沙良が、一番大きな反応を示した。

 

「だって知らない人と同部屋より、セラと一緒の方が落ち着くでしょう? それに寮の室割を弄ることもなくて、管理課の仕事も少なくて、私の仕事も減って、面倒はセラに押し付けられる。良いこと尽くめじゃない」

 

「後半が大半を占めてるんじゃないだろうね……」

 

「そりゃそうよ。個人的な理由を優先するほど、会社は甘くないわよ。まぁ精々間違いを犯さないように健全な生活をしなさいね。まぁ起こるとしたら貴方が襲われる立場だと思うけど」

 

「はは、僕が襲われる? それはないよ」

 

「……あの子も大変ね」

 

「何か言った?」

 

 機械音が鳴り響く室内ではカルラの呟きは拾われることはなかったようだ。

 

「何でもないわ。じゃあお仕事頑張って」

 

「うん、お疲れ様」

 

 片手を挙げる沙良に、同じように片手を挙げて応える。

 

「ええ、お疲れ様」

 

 カルラはゆっくりと紫煙をふかしながら、ハンガーを後にするのだった。

 


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