「やっぱりハヅキ社製のがいいなぁ」
「え? そう? ハヅキのってデザインだけって感じしない?」
「そのデザインがいいの!」
「私は性能的に見てミューレイのがいいかなぁ。特にスムーズモデル」
「あー、あれねー。モノはいいけど、高いじゃん」
女子がカタログを持ってあれやこれやと意見を交わしている。
その話題は、彼女たちが身に纏うことになるISスーツだ。学校指定のものではなく、自分たちで好きなものを選ぶことが出来るため、盛り上がりも一入だろう。
「そういえば織斑君のISスーツってどこのやつなの? 見たことない型だけど」
「あー、特注品だって。男のスーツがないから、どっかのラボが作ったらしい。えーと、もとはイングリット社のストレートアームモデルって聞いてる」
一夏は時々思い出すような素振りを見せながら答える。
その回答に満足したのか、同じ問いが横に座っていた少年に向けられる。
「深水君のは?」
「僕のはS・Q社のオリジナルモデルだよ。まあ、オリジナルといっても、シークエストシリーズに特化したスーツを男性用に改造しただけなんだけどね」
沙良は自社の製品となるスーツの宣伝を忘れない。
「S・Q社のスーツは、作業のときにも使用され、それだけで潜水も可能という優れもの。それに防弾防刃機能も優れてるんだ。デザインもモニターを募って日々意見を取り入れてるから、きっと満足できる一品が見つかるはずだよ」
沙良はそういって、S・Q社のカタログを取り出し、女子の談笑に混じっていった。
その後ろで、一夏は、真耶にISスーツの説明を受けているようだ。
時折、真耶を褒める声が上がっている。
「諸君、おはよう」
「お、おはようございます!」
千冬の登場で、クラスの雰囲気が一瞬で引き締まる。
皆が言われる前に席に着くと千冬は満足そうに頷く。
「今日からは本格的な実戦訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学校指定のものを使うので忘れないようにな。忘れたものは代わりに学校指定の水着で訓練を受けてもらう。それもないものは、まあ、下着で構わんだろう」
――いや、構うでしょ。
一夏と沙良は顔を見合わせると苦笑いをする。
どうやら同じ意見を持ったようだ。
「では山田先生、ホームルームを」
「は、はいっ」
真耶は千冬からホームルームを促されると、眼鏡を拭いていた手を止め、慌ててかけ直した。
その姿に一度笑いが起こる。
「ええとですね、今日はなんと転校生を紹介します!」
「え……」
「「「「えええええっ!?」」」」
いきなりの転校生発言に一気にクラスが騒がしくなる。
それもそうだ。噂が好きな十代女子が過半数を占めるこのIS学園の情報網をかいくぐってきたのだ。驚きが大きくても仕方ないだろう。
しかし、沙良は、一人別のことを考えていた。
(この時期に転校生? 鈴のことを考えると、それなりの実力があって、専用機持ちの可能性が高い。でもそれなら一組に入れる必要がない。鈴だって違うクラスだし。そう考えると、何かの圧力がかかったのか? 政府か、企業の)
「失礼します」
沙良の思考は、転校生が入ってきたことにより一時中断される。
クラスのざわめきがピタリと止まる。
それもそうだろう。
入ってきた転校生は少女ではなく、少年だったのだから。
◆ ◇ ◆
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れたことも多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします」
その挨拶をする少年に、皆は目を惹かれていた。
「お、男……?」
誰かがそう呟く。
その気持ちは良く分かる。
沙良ですら、驚きに開いた口が塞がらないのだから。
「はい。こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国より転入を――」
沙良は、転校生の事などそっちのけで個人間秘匿通信《プライベート・チャネル》で千冬を問い詰める。
『千冬姉』
「男子! 三人目の男子!」
『おい、沙良。ISを無断で使用す――』
『彼、本当に男性?』
「しかもうちのクラス!」
『…………お前も、そう思うか』
『まず、秘匿なんて出来るわけがないんだよ。僕ですら連合には存在が知られていたんだ。もし彼が男性だったとしたら、僕にそれが伝わってこないわけがないし、僕や一夏が発表された時に発表しないとおかしい。そう考えると、考えられる可能性は少ないよ』
「美形! 深水君もそうだったけど、守ってあげたくなる系の!」
『……どちらにしても厄介だな』
『せめてデータだけが目的であって欲しいけど……物騒なことが起こっているのは確実だね』
『あいつのことは沙良に頼む。一夏では何があるか分からん。お前なら、何かあったときの対処を心得てるだろうからな』
『心得たくは無かったけどね』
「地球に生まれてよかった~~~~!」
元気が有り余っているかのように騒ぐクラス。
他のクラスが覗きに来ないのは、HRの時間だからだろうか。
「あー、騒ぐな。静かにしろ」
面倒くさそうに千冬がぼやく。おそらく、面倒くさいのは先ほどの会話のほうだろう。
沙良は、もう一度転校生をまじまじと見る。
人懐っこそうな顔。
礼儀正しい立ち振る舞いに中性的に整った顔立ち。
背で結ばれた長く繊細な、金色の髪。
華奢に思えるぐらいのスマートな体。
沙良と同じくらいの身長。
一度意識してしまうと
沙良自身、よく女顔だと言われるが、実際に女に間違われたことはない。
性別など、そうそう間違えるものではないのだ。
「ではHRを終わる。各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合。今日は二組と合同でIS模擬戦闘を行う。解散!」
ぱんぱんと手を叩いて千冬が行動を促す。
このままクラスにいると女子と一緒に着替えないといけなくなる。
それは彼、『デュノア君』も困るだろう。
確か、今日は第二アリーナ更衣室が空いてたはずだ。
「深水、デュノアの面倒を見てやってくれ」
了解。
その意を込めて沙良はコクリと頷いた。
「デュノア君、行こ」
「君が深水君? 初めまして。僕は――」
「あぁ、いいから。とにかく移動が先だ。女子が着替え始めるから」
流石に一夏は行動が早かった。
説明と同時に教室を飛び出て走っていく。
「僕たちも行くよ!」
沙良はシャルルの手を取るとそのまま教室を出た。
「とりあえず、男子は毎回空いているアリーナ更衣室で着替えるから、早く移動に慣れてね」
「う、うん……」
どうかしたのか、シャルルの様子がおかしい。
「トイレか?」
「トイ……っ違うよ!」
「一夏、流石にその発言はデリカシーがないと思うな」
「まぁ、違うならそれは良かった。今からトイレに行ってたら間に合わないからな」
とりあえず階段を下って一階へ。
速度を落とすわけにはいかないのだ。
なぜなら――
「ああっ! 転校生発見!」
「しかも織斑君と深水君と一緒!」
そう、HRが終わっているということで、情報先取のための尖兵が動き出したのだ。
捕まったら最後授業には間に合わず、鬼の特別カリキュラムを受けることになる。
「いたっ!」
「者ども出会え、出会えい!」
いつからIS学園は武家屋敷になったのだろう。
「待て、いつからここは武家屋敷になったんだ。……おい、誰だ法螺貝吹いてるやつは!?」
一夏も沙良と同じ思考にたどり着いたようだ。
法螺貝を吹いてる薫子の姿を確認すると、沙良はその場を離れるように、駆け出した。
「ああ、織斑君の黒髪もいいけど、金髪っていうのもいいわね」
「しかも瞳はエメラルド! 沙良君と一緒! お似合い!」
「きゃああっ! 見て見て! ふたり! 手! 手繋いでる!」
「可愛い男の子二人組み……ご馳走様です」
「日本に生まれて良かった! ありがとうお母さん! 来年の母の日はちゃんと形のある物をあげるね!」
母の日ぐらいきちんとしてあげれば良いのにと、こんな時でも暢気に考えてしまう。
「てかみんなは何に興奮してるの?」
「沙良、いいんだお前は知らなくても」
「な、なに? 何でみんな騒いでるの?」
状況が飲み込めないのか、シャルルは困惑顔で聞いてくる。
「そりゃ男子が俺たちだけだからな」
「それもそうだけど、それだけじゃない執念というものを感じる気がするよ」
その顔が仄かに朱を帯びていることから、実際には意味がわかっているのかも知れないが、シャルルはそう意見を述べた。
しかし、会話に夢中になってたら包囲網が完成しつつある。
「一夏、喋ってる場合じゃないよ」
「――っ! そのようだな。沙良、デュノアは任せても大丈夫か?」
「任せて」
一夏は、急に方向を変えると、階段から下に降りていく。
「相手は二手に分かれたぞ! こちらも分散して追い詰めろ!」
「新聞部二人組みを追います!」
「なら私たちは織斑君を!」
その統率力はもっと別の場所で活用して欲しいと沙良は切実に思う。
だが、その追撃部隊に、新聞部を混ぜたのが間違いだ。
なぜならそこには沙良が交渉できる相手、薫子がいるのだ。
「黛先輩!」
沙良は走りながら声を上げる。
「ダメ! どんな条件でも、インタビューはしないといけないの!!」
その記者魂に脱帽する。
ならば、その記者魂を満足させればいいのだ。
「なら、後でデュノア君に個人インタビューを受けさせます!」
「えぇ!? なに言ってるのさ!?」
「……」
薫子は、頭の中でその条件を吟味しているようだ。
「もう一押し!」
そして、もう一声を求めてきた。
「密着取材を三日にしてもいいですよ」
「ここは私に任せて沙良君たちは早く行きなさい!!」
薫子率いる新聞部は振り返り、追撃部隊を食い止める。
「流石、先輩!!」
その切り替えの速さも脱帽物だ。
このままいけば逃げ切れるだろう。
「甘いわ、沙良君」
「くっ二条先輩」
しかし、そこには初音が立ちふさがった。
いつの間にか回り込まれていたみたいだ。
「くっ、そこを退かないとあの事言いますよ!?」
「えっ?」
「整備室で昼寝してたら二条先輩が寝込み襲おうとしてきたって話言いふらしますよ!?」
「待って、言ってる! それ、全部言ってるから!!」
「……目標、二年三組整備科二条初音」
「ひぃ……!」
集団の狙いが、沙良と転校生の身柄から、反逆者へと移り変わった。
「デュノア君、今のうちに逃げるよ! 二条先輩の犠牲を無駄にはしちゃいけない!」
「えぇ!? 犠牲にしたの深水君じゃん!」
その言葉を、軽く聞き流し、目的地に向けて悠々と足を進める。
周りの雑音を無視し、必死に駆け抜けること数分。
「よーし、到着!」
目的地に到着した。
いつも通りの圧縮空気の抜ける音が、心に落ち着きを取り戻してくれる。
「沙良、無事だったのか!」
「一夏こそ」
既に一夏が到着していたようだ。
しかし、ゆったりと会話をしている暇は無い。
「それより、時間がやばいな! すぐに着替えちまおうぜ」
一夏は制服のボタンを一気に外し、それをベンチに投げて一呼吸でTシャツも脱ぎ捨てた。
「わぁっ!?」
「?」
シャルルは一夏の上半身に大きな反応を示す。
「荷物でも忘れたのか? って、何で着替えないんだ? 早く着替えないと遅れるぞ。デュノアは知らないかもしれないが、うちの担任はそりゃあ時間にうるさい人で――」
「う、うんっ? き、着替えるよ? でも、その、あっち向いてて……ね?」
「ん? いやまあ、別に着替えをジロジロ見る気はないが……って、デュノアはジロジロ見てるな」
「み、見てない! 別に見てないよ!?」
両手を突き出し、慌てて顔を床に向けるシャルル。
そのシャルルに、一夏は訝しげな視線を向ける。
しかし、このままでは全員が仲良く遅刻してしまうだろう。
それは沙良の望むことではない。
それに、出来るだけ一夏には感づいて欲しくはない。
「一夏、時間やばいよ!」
故に、助け舟を出す。
「しまった! 先に行ってるぜ!」
「うん。遅れたら、新聞部に捕まりましたって言っておいて」
「了解」
一夏は急ぎ、第二アリーナに向かう。
沙良は、下にISスーツを着ていたので、制服を脱ぐだけですむ。
「デュノア君着替えないの?」
その理由はわかりきっているが、あえて質問として言葉にする。
「す、すぐに着替えるよ!」
「ふーん、先に行ってるね」
「うん」
先に行くという言葉に、わかりやすいぐらいにホッとした表情を浮かべるシャルル。
あとで千冬に報告しておく必要があるだろう。ほぼ間違いなくクロだと。
そう考えると、編入時の身体検査をどうやってパスしたのかが不思議で仕方ない。
――上層部に内通者が居る?
その可能性は考えていた方がいいだろう。
何時までも歩みを進めない沙良に、怪訝な視線が刺さる。
――おっと、考え込んじゃったか。
誤魔化しのために、適当に口を開く。
「デュノア君」
「ん? 何?」
「むっつり」
「な、な、なっ!?」
「急ぎなよ、織斑先生は、怒ると怖いからね」
沙良も急いで、アリーナに向かう。
今日も、大変な一日になりそうだ。