IS 深海の探索者   作:雨夜 亜由

12 / 62
第十二話 パーティー

「というわけでっ! 織斑くんクラス代表決定おめでとう!」

 

「おめでと~!」

 

「ついでに深水くん副代表おめでとー!」

 

 誰かの掛け声とともにクラッカーが乱射される。

 クラッカーは沙良と一夏に降りかかる。

 集まった生徒は皆、楽しそうな顔をしている。

 一夏と沙良を除いて、だが。

 

「いやー、これでクラス対抗戦も盛り上がるねえ」

 

「ほんとほんと」

 

「ラッキーだったよねー。同じクラスになれて」

 

「ほんとほんと」

 

 先ほど、相槌を打っていたのは二組の生徒だ。しかし、この場にそんな些細なことを気にするようなものは居ない。ここには既に一組の人数を超えて人が集まっている。

 

「人気者だな、一夏」

 

「……本当にそう思うか?」

 

「ふん」

 

 箒は機嫌悪そうに、お茶を飲む。

 一夏は箒が機嫌の悪い理由がわからず、首を傾げるばかりである。

 

「はいはーい、新聞部でーす。話題の新入生の織斑一夏君と深水沙良君に特別インタビューをしに来ました~!」

 

 新聞部と名乗る女生徒が食堂に入ると、周りの生徒のテンションはまた一段と上がっていく。

 

「あ、私は二年の黛薫子。よろしくね。新聞部副部長やってまーす。はいこれ名刺」

 

「あ、どうも」

 

 沙良は丁寧に名刺を受取り、自らも名刺を出そうとした。

 しかし、ここでは学生として過ごしている沙良が仕事先の名刺を出すのは少し違う気がしたため、慌てて手を引っ込めた。

 その動作に気づき、何か言おうとした薫子だったが、沙良の苦笑いに感じることがあったのか、ターゲットを一夏に移す。

 

「ではではずばり織斑君! クラス代表になった感想を、どうぞ!」

 

 ボイスレコーダーを一夏に向け、薫子は無邪気な子供のように瞳を輝かせる。

 一夏は乗り気ではないものも、その無邪気な瞳の期待は裏切れなかった。

 

「えーと……まぁ、なんというか、がんばります」

 

「えー。もっといいコメントちょうだいよ~。俺に触るとヤケドするぜ、とか」

 

 一夏のコメントは、薫子のお気に召さなかったようだ。

 

「自分、不器用ですから」

 

「うわ、前時代的!」

 

 薫子の反応に周りの生徒はうんうんと頷く。

 

「じゃあまあ、適当に捏造しておくからいいとして、次は深水君。インタビューしても良いかな?」

 

「ええ、大丈夫ですよ」

 

 沙良は、テーブルに用意されているお菓子を食べる手を止めて、薫子に向かい合う。

 

「副代表になったきっかけとも言える、あの決闘。あれについてのコメントがいっぱい届いてるから何個か答えてもらっても良いかな?」

 

「答えれる範囲なら」

 

「まず、『あの機体はなんと言う機体ですか?』」

 

「この子は、スペインの第二世代機シークエストのカスタムです。強固な装甲と莫大なエネルギーが特徴です」

 

「ほほう、シークエストのカスタムと」

 

 薫子はメモに会話の内容を書き込む。

 

「じゃあ、次ね。『代表候補生のオルコットさんに勝利を納めたわけですけど、IS学園に来るまでに何らかの訓練はされたんですか?』」

 

「そうですね。機密も入っちゃうので詳しくは言えないですけど、回答としては『YES』です」

 

「ふむふむ、では次の質問。『彼女は居ますか?』」

 

「残念ながら、今まで研究者としても活動してたので、良い出会いが無くて」

 

 この発言には、スペインの代表候補生たちが憤慨するかも知れないが、沙良の感覚では、そういう出会いなどは無かったようである。

 

「はい、次の質問、『好きな人は居ますか?』」

 

「まだ、素敵な人は見つかってないです。さっきから質問がプライベートなことに変わってきていません? ていうか、一夏のときと比べて質問が多い気が」

 

「気のせい気のせい。では、最後の質問です。『二年三組の二条初音です。あの決闘を見てから貴方のことが頭から離れません。可愛い顔立ちなのに、凛々しくISを操る貴方に胸がときめいてしまいました。好きです。一目惚れです。お付き合いしていただけませんか?』……ってなんだこりゃ!? 誰、こんな抜け駆けしてるの!?」

 

「お気持ちはうれしいですが、ごめんなさい」

 

「答えるんかい!!」

 

「キレのある突っ込みですね」

 

「深水君、インタビュー慣れしてるよね。こちらの欲しい事言ってくれるし、対応も慣れた感じだし」

 

 薫子は口でペンを咥え、ぷらぷらさせる。

 

「まぁ、向こうではいっぱいインタビューを受けてきましたから」

 

「有名人だもんね」

 

「僕のことを知ってるんですか?」

 

 沙良は、少しだけ驚きを顕わにする。

 

「そりゃ、整備課の人間にとってサラ・ルイス・フカミの名前を知らない人間はモグリだよ。なんせ、今後破られることのないとまで言われる特級整備士(ウィザード)の最年少記録を樹立! あの完成に最も近いと言われた第三世代機ケートゥスシリーズの生みの親! この道を進む者にとっては憧れの的なんだから!」

 

「あぁ、だから質問が多かったんですね」

 

「まぁ、そういうこともあるかな。あ、握手してもらっても良い?」

 

「ええ、良いですよ」

 

「ど、どうも。よし、今日は手を洗わずに過ごさないと」

 

「それは洗ってください。ばっちぃです」

 

 インタビューが始まってから、初めて笑顔を見せる。

 それに釣られるように、薫子も笑みを浮かべた。

 

「じゃあ、最後に、クラス副代表になった感想をどうぞ!」

 

「自分、不器用ですから」

 

「被せてきた!?」 

 

 薫子はけらけら笑うと、カバンからカメラを取り出した。

 

「とりあえず、ピンで写真良いかな?」

 

「ええ、大丈夫ですよ」

 

「それじゃあ取るよー。『uno dos tres』」

 

 スペインでよく使われるフレーズに合わせてシャッターが切られる。

 

「ほんと、気を利かせますね。本当、記者の鏡ですよ」

 

「えへへ、それほどでもないよ。そういえば、さっき名刺出そうとしたよね?」

 

「見られてましたか」

 

「良かったら、名刺を貰えたりなんかは……」

 

 沙良は、懐に入れていた財布から、予備の名刺を出す。

 

「変なことに使わないでくださいね?」

 

「もう、家宝にします」

 

「充分変だよ」

 

 沙良は、けらけらと笑う。

 段々と口調が砕けてくる沙良に、薫子も喜色をみせる。

 

「あ、差し出がましい事を言うんだけど、記念にツーショット写真を……」

 

「んー今回だけだよ?」

 

「ありがとう深水君!! ちょっと、そこの貴女撮ってもらって良い?」

 

 薫子はカメラをそこら辺に立っていた生徒に押し付けると、沙良の横に並んだ。

 

「え、じゃあ、取りますよ? はいチーズ」

 

 急にカメラを押し付けられた生徒は、困惑しながらも、シャッターを切る。

 そのカメラを奪い取るように強奪すると、写真を確認して、満足げに頷いた。

 

「ありがとー!! じゃあ、次は織斑君との写真もいいかな? おーい織斑君」

 

 そんなに嬉しかったのだろうか、沙良は返事をする前に一夏を呼び出す薫子の姿を見て、笑みをこぼす。

 既に薫子に対しての警戒心は薄れてきていた。

 

「呼ばれましたか?」

 

 一夏が両側に箒とセシリアを連れてやってきた。

 

「深水君と織斑君のツーショット貰えるかな?」

 

「ああ、いいですよ」

 

 一夏は沙良の横に立つ。

 小柄な沙良と大きくは無いが平均よりはある一夏が並ぶと周りの女子が騒ぎ出した。

 しかし、沙良と一夏は意識からその声をシャットダウンした。

 聞いてはいけない気がしたのだ。

 案の定、横では周囲の盛り上がりを聞いてしまったセシリアが「非生産的ですわ!?」とうろたえている。

 

「いっくよー。はいチーズ」

 

 カメラのシャッター音が響き、一瞬だけ固まった空気が穏やかになる。

 沙良は、その場を動き、セシリアに近づくと、耳元でこう囁いた。

 

「一夏と二人で取ってもらいなよ。専用機持ちのツーショットだからたぶん断られないと思うよ。一夏のこと、気になってるんでしょ?」

 

 セシリアにとってそれは天使の囁き。

 セシリアに親指を突き出し、お菓子の山に向かう沙良に、親指を同じように突き出す。

 今、セシリアには沙良が天使のように見えているだろう。

 勿論、沙良もセシリアが純粋に一夏に恋慕の情を抱いているのなら手助けはしなかっただろう。知っている限りでも二人は一夏のことを好いているのだ。その二人の邪魔はしたくない。

 ただ、セシリアは一夏に好意を持ちつつも、その情が憧憬に偏っていると判断した。精々、ちょっと気になる男の子止まりだろう。

 今まで、男性と仲良くなるという経験が乏しいセシリア。今の想いが、一時の熱だと直ぐに気付くはずだ。そんなセシリアの背中を押すことぐらい、あの二人も許してくれるはずだ。

 その背中を押されたセシリアは早速、薫子に話しかけようとする。

 

「あの、おねが――」

 

「ああ、セシリアちゃんもコメントちょうだい」

 

 お願いを途中で遮られてしまったが、薫子が小声で、「ちゃんと聞いてたから」と囁くと、セシリアは意気揚々としゃべりだした。

 

「コホン、ではまず、わたくしが一夏さんにクラスだ――」

 

「ああ、長くなりそうだからいいや。写真だけ貰おう」

 

「さ、最後まで聞きなさい!」

 

「いいよ、適当に捏造しておくから。よし、織斑君に惚れたってことにしておこうかな」

 

「なっ、な、ななっ……」

 

 そうニヤニヤしながら言う薫子に、セシリアは顔を赤くする。

 

「はいはい、とりあえず二人で並んでもらえるかな。写真取るから」

 

 セシリアは来たとばかりに一夏の横にスタンバイする。

 

「注目の専用機持ちだからねー。ツーショットもらうよ。あ。握手とかしてるといいかも」

 

「そ、そうですか……。そう、ですわね」

 

 セシリアはチャンス到来とばかりに自分の手を見つめるが、自分から握手を求めることが出来ない。

 

「あの、撮った写真は当然いただけますわよね?」

 

「そりゃもちろん」

 

「でしたら今すぐ着替えて――」

 

「時間かかるからダメ。はい、さっさと並ぶ」

 

 薫子は、一夏とセシリアの手をとって、強引に握手の形を作る。

 赤面したセシリアは、薫子がウィンクしたのを確かに見た。

 そのとき、セシリアは新聞部を今後も贔屓にしようと決めたのである。

 もちろん、薫子も親切心でやっているわけでもない。

 沙良から「セシリアは払いが良さそうだよね。顧客につけられたら美味しい思いが出来そうだと思うなぁ。がっぽがっぽだね」とわざわざ聞こえるように呟かれたのだ。

 それを実行に移しただけのこと。

 薫子の頭の中では、利益の試算がすでに始まっていた。

 

「それじゃあ撮るよー。35×51×24は~?」

 

「え? えっと……2?」

 

「ぶー、74.375でしたー」

 

 カメラのシャッターが切られる。

 

「……なんでみんな入ってるんだ?」

 

 恐るべき行動力で一組の半分近くの生徒が一夏とセシリアの周りに集結していた。

 残りの半分は、お菓子を食べている沙良の周りで餌付けのような状態になっていた。

 

「あ、あなたたちねえっ!」

 

「まーまーまー」

 

「セシリアだけ抜け駆けはないでしょー」

 

「クラスの思い出になっていいじゃん」

 

「ねー」

 

 クラスメイトはセシリアを丸め込んでいた。

 

「う、ぐ……せっかく沙良さんにいただいたチャンスを……」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をしているセシリアを、クラスメイトはにやにやとした顔で眺めていた。

 こうして『クラス代表副代表就任パーティー』は十時過ぎまで続いたのだった。

 

 そして、沙良にとってのパーティはまだ終わることは無かった。 

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 沙良はあの後パーティーの後片付けを申し出たのだが、「主役は大人しくしてなって」の一言で大人しく自室へと向かっていた。

「まぁみんなの気持ちは嬉しいし、今日は空気を読んだのか、監視の視線も無いし、部屋でゆっくりしよう」

 沙良は、一人部屋の自室でゆったりと休むことを考え、途中の自動販売機で炭酸飲料などを入手して、ご機嫌で鼻歌を歌っていた。

 片手には、先ほどのパーティーで余ったお菓子が大量に詰め込まれている。

 一夏がセシリアとが二人で写真を撮ろうとしているときに、沙良はひたすらお菓子を食べていた。そこで、余ったお菓子を沙良に渡してあげようとクラスメイトが結託し、一夏との写真に入らなかったグループは、沙良をお菓子で餌付けしながら、お菓子をかき集めていたのだ。

 そんなことは露にも思わない沙良は、お菓子の袋と、ジュースの入った袋を嬉しそうにギュッっと抱きかかえて寮の廊下を歩いていく。

 自室の前に着き、いつものように扉を開け、電気をつけようとした。しかし、なぜか電気は元々ついており、ベッドのほうから話し声が聞こえてきた。

 

――監視がついていないと思ったら、大胆な真似に。

 

 沙良は物音を立てぬよう、細心の注意を払って気づかれないように様子を伺う。

 

「ちょっと待って、この写真は私持ってないよ!?」

 

「ふふん、いくらソフィアさんとはいえど、この写真だけは譲りませんよ。わたしがネガも持ってるから入手は不可能です」

 

「いいな、フィオナ。じゃあ、こっちの寝ぼけてる写真と、そっちの抱き枕抱いてるやつトレードしない?」

 

「うーん。まぁいいよ。はい、抱き枕」

 

「じゃあ、私は最終兵器出すから、そっちの写真をくれない?」

 

「ソフィア先輩の最終兵器ですって!? それってまさか!?」

 

「そう、あの伝説のうさ耳をここに出すわ」

 

「ゴクリ」

 

「うさ耳って言うと、あれですよね。着衣ポーカーなる遊戯の」

 

「そうよフィーナ。これは貴女といえども持ってないでしょう?」

 

「私が入社したのはその後ですからね……」

 

「さぁ、どうかしらリナ。この写真とそのネコミミ付けて猫とお昼寝してる写真をトレードしない?」

 

「くっ……! この写真は猫とお昼寝してたところにネコミミを付けてまで撮影した海軍の努力の結晶。訓練をサボってまで撮った私たちの渾身の一枚。そうそう渡すわけには……。でも、うさ耳は研究所の門外不出の逸品。研究所に入れる人間しか手に入れることは出来ない。く、私はどうしたらいいんだ」

 

「海軍も馬鹿ばっかね。ちゃんと訓練しなさいよ。で、どうなの?」

 

「先輩に言われたくないです。後もう一声」

 

「なら、これも付けるというならどう?」

 

「こ、これは今は伝説となったミドルスクールの写真! しかも水泳の授業!」

 

「ふふふ、これはその時に一緒に居た私しか持ってない写真よ? これ、欲しくない?」

 

「先輩」

 

「何?」

 

「私、あなたと出会えてよかったです」

 

「私もよ」

 

「…………」

 

 沙良は、今まで浮かべていた笑顔を能面に切り替える。

 ベッドの上に寝転び、写真をトレードしている少女が三人。

 その中でも、このようなことに対しての前科持ちである一人の少女の肩を叩いた。

 

「へー、その写真をどこで手に入れたか、じっくりと話し合う必要がありそうだね、ソフィ?」

 

 沙良は、出来るだけ低い声を出した。

 

「へ? え、……セ、セラ?」

 

「あ、セラ……あはは」

 

 ソフィアと、リナは写真を後ろ手に隠し、ごまかし笑いを浮かべる。

 

「ソフィ? IS学園に居て、どうやって写真を手に入れたかは今は置いておくとして、とりあえず、そこの写真は全部燃やせ僕の目の前で」

 

「そんな御無体な!?」

 

「そ、そうよセラ。写真ぐらい良いじゃない」

 

 真っ白になるソフィアを庇うため、リナがフォローに入る。

 

「リナも、写真燃やすんだよ?」

 

「御無体な!?」

 

 しかしそれは、被害者を増やすだけに終わってしまった。

 

「まぁまぁ、沙良さん、落ち着いて。ね?」

 

「フィーナ、君もここにいる時点で同罪ってわかってるよね?」

 

 フィーナと呼ばれた少女は、ギクリとして、動きを止めた。

 その動きに、思うことがあったのか、沙良は追及しようとする。

 

「ねえ、フィーナ、もしかして、君も――」

 

「待って、フィオナは何も関わってないわ! 全てはわたしが悪いの!」

 

「リナ……」

 

 友をかばう少女。一見素晴らしい光景だが、やってることはコレクションの秘匿だ。実に見苦しい。

 

「もう、いいよ。写真は各自燃やしといて。僕は疲れてるの。休ませてよ」

 

 沙良はそう言って、持ってきたお菓子とジュースを見せる。

 それを見た三人は、沙良が言いたいことを理解した。

 出ていけと。

 そして、理解したが、行動には移さなかった。

 

「邪魔しなかったらいいんでしょ?」

 

 ソフィアがいけしゃあしゃあと言い放ったので、沙良は諦めて、ベッドにダイブする。

 お菓子とジュースはもちろん机の上に置いている。

 

「もう、どっから入ったのさ」

 

 それは、今更過ぎる発言。

 タイミング的には、最初に言うべきことだろう。

 

「堂々と正面から」

 

 沙良はこの発言に頭を抱える。

 

「鍵掛かってたでしょ?」

 

「あ、わたし合鍵持ってます」

 

「私も持ってる」

 

「私は持ってない」

 

 フィオナとソフィアはどこから合鍵を入手したのだろうか。

 

「渡しなさい」

 

「「ええー」」

 

「どこから入手したのさ」

 

「なんか会社から言われたらしく、面倒見てやれって、織斑先生から」

 

「わたしも同じくです」

 

「千冬姉……」

 

 犯人は身内だった。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

「で、何しに来たの?」

 

「一応、セラが副代表に就任って聞いたからお祝いもかねてデータの提出に来たのよ。この子達はただの連れ添い」

 

 いかにも堂々としたソフィアの回答に、沙良はため息を吐く。

 

「はぁ、僕は今から会社に送るデータを纏めるよ。リナとフィオナは遅くなる前に部屋に戻りなよ」

 

「あれ? ソフィ先輩は?」

 

「なんでわたしたちだけ?」

 

 視線がソフィアに集まる。

 

「さっきデータの提出するんだって言ってたじゃん」

 

「なるほど、じゃあ、終わるまで待ってるわ」

 

「わたしもー」

 

「消灯過ぎちゃうけど、手続き取ってるの?」

 

「それを言うならソフィ先輩だって」

 

「あら、私は取ってるわよ?」

 

「……え?」

 

 ソフィアの何気ない一言に固まる二人。

 

「もともとデータ出しに来る気なら外泊許可も取ってきてるんでしょ?」

 

 沙良が一言添える。

 

「正解」

 

「わ、私も外泊とって来る!」

 

「待って、リナ。わたしも」

 

「一年の寮長は織斑先生だよ?」

 

「「そろそろ、部屋に戻ります」」

 

 そのリナとフィオナの変わり身の早さに、千冬の影響力の強さを改めて実感する。

 

「じゃあね。Buenas noches」

 

「Buenas noches Sara」

 

「おやすみなさい沙良さん」

 

 リナとフィオナが名残惜しそうに出て行くのを見届けた後、沙良はソフィに視線を向けた。

 

「最初から泊まる気で来てたでしょ?」

 

「あれ? やっぱりバレてた?」

 

 ソフィアのその口調はさっきまでと違い、砕けたものとなる。

 沙良の視線は、巧妙に隠されていたソフィアの荷物に向いていた。

 

「パジャマ持ってきといてよく言うよ。まぁいいけどね、ソフィだし」

 

 その言葉に嬉しくもあり、異性として認識されてないことに悲しくもあり複雑な気持ちのソフィである。

 

「とりあえず、データを出して」

 

 ソフィアは待機状態となっているジュゴンを取り外し、沙良に渡す。それはコンピューターとケーブルで繋がれる。

 沙良はソフィアの専用機、シークエストケートゥスシリーズ【ジュゴン】のデータを閲覧していく。

 沙良の前にはどんどん空中ディスプレイが展開され、その数は二桁にまで上っている。

 キーボードを叩く沙良の指は、残像すら見える。

 

「前、見たときとそう変わりは無いね」

 

「前から五時間ぐらいしか使ってないからね」

 

「じゃあ、後五時間稼動したらデータを出しに来て」

 

 沙良は、S・Q社に送るための資料をまとめ始める。

 

「ソフィ、そっちのデータの報告書は自分で作って」

 

「はーい」

 

 ソフィは、先ほど渡したデータをまとめる。

 それは、かなりの量があるが、あらかじめ沙良がデータごとにまとめてくれていた為、幾分かスムーズに終わらすことが出来た。

 ちらと横を見ると、沙良がコンピューターと向かい合って戦っていたため、ソフィアはまとめたデータを、先に自分名義で送っておく。

 ふと手持ち無沙汰になったソフィアは、テーブルに放置されたお菓子を一つだけ取り出し、沙良の前においておく。余ったお菓子は、棚にしまい、ドリンクも冷蔵庫にしまっておく。

 沙良のほうを見ると、早速お菓子に手を付けたようだ。

 相変わらずの食い意地にふと笑みがこぼれてしまう。

 

「んー、終わったー!」

 

「お疲れさま」

 

 沙良はジュゴンをソフィアに返す。

 それをソフィアが受け取ると、沙良がのそのそと寝巻きに着替える。

 沙良は上着をハンガーにかけている際に、ソフィアが顔を赤めていることに気付いたようだ。

 

「私がいるんだから恥じらいを持とうよ」

 

「ソフィだから大丈夫」

 

 ソフィアは何か言おうとしたが、沙良がそのままベッドに倒れこむようにして飛び込んだので、何も言えなくなる。

 

「セラ、寝ちゃうの?」

 

「すること無くなったしね」

 

 時間を見てみればすでに消灯から一時間は過ぎている。

 

「そういえば、ベッド一つしかなかったんだっけ」

 

 沙良はどうでもいいことのように呟く。

 

「そうね。いいよ、私が床で寝るから」

 

「何言ってんの?」

 

 その発言にソフィアが「何言ってんの?」という顔になる。

 沙良はそんなことも気にせず、ベッドに潜り込むと、ベッドの横をぽんぽんと叩いた。

 

「一緒に寝ればいいじゃん。ベッド大きいんだし」

 

「……へ?」

 

 その言葉に、一瞬フリーズするソフィ。

 

「えええぇぇぇぇぇ!?」

 

「うるさいなぁ……何に驚いてるのさ? 早く寝巻きに着替えなよ」

 

 その全く動揺しない沙良にソフィは悔しくもあるが、今は逃してはならないチャンスが到来してるのだ。嬉しすぎてニヤニヤが止まらない。

 すぐさま、洗面所に向かい、一瞬で着替えを済まし、沙良の下に帰ると、沙良は端によって眠る体制に入っていた。

 

「横、失礼しまーす」

 

 恐る恐るベッドに身を潜らせる。

 

「どうぞー」

 

 沙良の眠たそうな声が耳元で聞こえ、急に意識してしまう。

 

(あああぁぁぁぁぁ恥ずかしいよ!! 今更だけど恥ずかしいよ!!)

 

 悶々とする思考を追い払って、煩悩の滅却に精神を傾ける。

 すると、横から、寝息が聞こえてきた。

 もう寝たのかと、何気なくそちらを向いたのが失敗だった。

 

(――! 落ち着け私。ここで襲ってしまったら今まで築いてきた、セラとの信頼関係がっ!!)

 

 その寝顔に、ノックアウト寸前のソフィア。

 しかし、試練はまだ終わってなかった。

 

「んぅ」

 

「っ!!」

 

 普段から抱きつき癖のある沙良が、寝るときに抱き枕を愛用していたとしても何も問題ではないだろう。

 ただ、今回は、抱き枕が普段ある位置にソフィアがいたと言うだけ。

 つまりは、ソフィアは、沙良に抱きつかれていた。

 

(くっ! 神は私にどうしろって言うんだ!? この状態で眠れるわけが無いじゃん!)

 

 ソフィアはいろいろといっぱいいっぱいだった。

 前回、似たような状況で鼻血を出してしまったため、今回はそのあふれる愛を抑えなければならない。

 

(普通、逆じゃん! 私がセラに抱きついて、セラがドキドキするのがテンプレートじゃないの!? 男女逆でしょ!?)

 

 しかし、その叫びは届くことは無い。

 沙良は女だけの環境に長いこといたから、女性に耐性が出来ているので、たいしたことでは恥ずかしがらなくなっていた。

 本人曰く、幼い頃から束に引っ付かれ、スペインではその研究職と言う特殊な環境から女性と触れ合う機会が多く、その際に大胆な行動を取られる事が多かったため、女性の裸を見ても特に何も思わないようにしている。実際は恥ずかしいのだが、慣れと諦めと呆れが勝っているというのが大きいとのことだ

 

(裸見られたときも、「風邪引いちゃうよ?」って言われたっけなぁ)

 

 本当に女性として見られているのかが不安になってきた。

 

(むしろ、あの人たちを普通だと認識してるのかな。日常茶飯事的にセクハラしたり、一緒にお風呂に入ろうとしたり、やりたい放題だったからなぁ。あそこの人間は)

 

 そう思うと、沙良がこうなってしまったのも理解できるような気がする。

 それでも、もう少し女というものを意識してもらえたらと切実に思う。

 

 これでも告白して(・・・・)返事待ち(・・・・)なのだ。

 

『……ありがとう。でも、僕は好意の違いが分からないんだ……だから……』

 

 あの時は、本当に辛そうな顔をさせてしまった。

 その後に聞いた話だが、沙良は、その立場上、様々な思惑に巻き込まれることが多い。

 ハニートラップも日常茶飯事。故に、今のような社交的な仮面をつけるようにしたらしい。

 

 沙良は親しい人間を増やそうとしない。

 仲良くなるには多くの段階を踏む必要がある。

 クラスメートから知り合いになり、友人を経て友達になる。そこで信頼を勝ち取っていけば、親友となり、身内に数えられる。

 今の沙良は、知り合いまでは比較的友好的な態度を取っているように思われる。だが、フィオナやリナの話を聞く限りでは、友人認定した人間は未だに居ないらしい。学園に入る前から知り合っていた人間は除いてだが。

 

 ソフィアはミドルスクールでの沙良を知っている。

 全てを拒絶するような態度を取る沙良を。

 他人との距離を出来るだけ取ろうとする沙良を。

 束の関係者と聞いて、納得するほどの人嫌いだった。

 

 ソフィアとアントーニョが沙良と交友を始めることができたのも、最初は激しい喧嘩からだった。

 それが、今では一緒に寝ることを許してもらえるぐらいまでは信用されている。

 一度、「ソフィには何をされてもいい」と言われたことがあり、自分でも当時の思考が分からないが夜這いをかけに行った事がある。その際に沙良は一切の抵抗を見せることなく、されるがままとなっていた。尤も、興奮したソフィアが鼻血を出して倒れてしまったため、何事もなかったのだが。

 

(そう考えると、信頼されているなぁ)

 

 ソフィアは思考に余裕が出来たのか、沙良のほっぺをつんつんとつついた。

 

「むぅ」

 

 すると、その腕が取られて。

 

「……」

 

「むー」

 

 頬摺りされる。

 ソフィアは必死に深呼吸していた。

 ソフィアは結局眠れることなく、朝を迎えたのだった。

 




今日から研究室の合宿なのでもしかしたら三日間更新できないかもしれません。
合宿先に無線LANが飛んでいれば更新しますので、いつもどおり朝六時辺りにチェックお願いします。
もし無線LANが飛んでいない場合、向こうで書き溜めておくので、帰ってきてからまとめて投稿します。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。