IS 深海の探索者   作:雨夜 亜由

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第十一話 疑念

 アリーナには生徒が整列し、ジャージ姿の千冬の授業を受けていた。

 

「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、深水、オルコット。試しに飛んで見せろ」

 

 沙良は、首から提げたペンダントに意識を集中させる。

 

(おいで、カイラ)

 

 0.3秒の展開時間

 その時間に、沙良の体に光の粒子が纏わりつきIS本体として形成される。

 ふわりと体が軽くなり、地面から数十センチ浮遊した形で留まる。

 一度瞬きすると、その景色はハイパーセンサーにより解像度の高いものに変わっていた。

 一夏とセシリアも展開が完了したらしく、その身を宙に浮かばせている。

 

「よし、飛べ」

 

 その声をスタートの銃声のように沙良とセシリアはほぼ同時に急浮上を始める。

 機体の性能差が有るにもかかわらず、第三世代のセシリアの機体と第二世代の沙良の機体はほぼ同じ速度を保っていた。

 少し遅れて一夏も浮上を始めるが、そのスピードは沙良やセシリアと比べ格段に遅い。

 

「何をやっている。スペック上の出力では白式のほうが上だぞ」

 

 昨日、教えを受けたばかりの急浮上を、一日で物にしろというほうが無理があるとは思うが、そこは千冬には関係の無いことなのだろう。出来ないなら出来ないでお叱りを受けなければならないのだ。

 

「一夏、イメージはあくまでもイメージでしかないんだ。自分のやりやすい方法ってのを見つけたほうがいいよ」

 

「そう言われてもなぁ」

 

 そういい、頭をかく一夏。

 

「一夏さんは、自分にあったイメージをまだ作れてないだけですわ。ずっと飛んでいると感覚だけでも掴めるようにはなりますわ」

 

「ちなみに、僕は海を泳ぐイメージだよ」

 

「大体、空を飛ぶ感覚自体がまだあやふやなんだよ。何で浮いているんだ、これ」

 

「説明しても構いませんが、長いですわよ? 反重力力翼と流動波干渉の話になりますもの」

 

「わかった。説明はしてくれなくてもいい」

 

 お手上げとばかりに手を上げる一夏を見て、沙良とセシリアは笑みをこぼす。

 

「今日も訓練手伝ってあげるよ。今日のおさらいだね」

 

「助かる」

 

 沙良は、決闘から一夏によく訓練をつけていた。

 目的は、一夏にIS操縦に慣れさせるため。

 もちろん、沙良にも機体のデータ取りというメリットはあるが、どう考えても、一夏のほうに利がありすぎる。

 しかし、沙良は喜んで一夏の訓練に付き合っていた。

 身内にはとことん甘い。

 この短い期間で一組の生徒が下した評価だ。

 

「あ、あのお二人とも――」

 

『一夏っ! いつまでそんなところにいる! 早く降りて来い!』

 

 セシリアが何か言おうとした瞬間、通信回線から怒声が響く。

 見ると、箒が真耶からインカムを奪ったらしい。

 

「すごいな、ハイパーセンサー。この位置から箒のまつげが見えるぞ」

 

 一夏は少しずれた観点で感心していた。

 

「ちなみに、これでも機能制限がかかっているんだよ」

 

 元々ISは宇宙空間での移動を想定したもの。何万キロと離れた星の光で自分の位置を把握するために必要な為、この程度は見えて当たり前なのだ。

 沙良の機体シークエストシリーズには、それに加えて、光がまったく無いところでも活動できるようパッシブ遠赤外線方式による赤外線捜索追跡システムが導入されている。

 わかりやすく言ってしまうと、ナイトビジョンである。

 元々、戦闘用という概念ではなく、沙良の『深海におけるISの運用』という論文に始まりの基礎を置くシークエストは、深海に対応できるようにという機能が多く含まれている。

 

「織斑、深水、オルコット、急下降と完全停止をやって見せろ。目標は地面から一センチ。合格ラインは、地表から十センチだ」

 

「了解です。ではお二人とも、お先に」

 

 言って、すぐさまセシリアは下降の体制に入る。そのスピードは代表候補生の名に相応しいものだった。

 

「いいお手本だね。やっぱり代表候補生は伊達じゃないね」

 

 下では完全停止も成功したのか、小さい拍手が沸いていた。

 

「沙良、先に行くぜ」

 

 一夏も下降の体制に入る。推進器が物凄いスピードを生み出す。

 生み出した結果が

 

「馬鹿者。誰が地上に激突しろと言った。グラウンドに穴を開けてどうする」

 

「……すみません」

 

 墜落だった。

 その光景を、呆れの目で見ていた沙良だが、下の様子が落ち着いてきたので、下降の準備に入る。

 

「行くよ」

 

 沙良は地面に落ちる。

 そのイメージは、フリーダイバーが海を真下に泳ぐように。

 周りの景色が一瞬で変わる。

 徐々に近づく地面に焦ることは無く、沙良は体制を整えて体を捻るようにして勢いを殺し、スラスターを噴かしその身を宙に止めた。

 

「三センチ……です」

 

 その真耶の一言に、周りの生徒がざわつく。

 先ほどのセシリアで六センチだったのだ。

 それの二分の一。

 それは、沙良の操縦技術がセシリアを上回っていると言ってもいい。

 そのざわつきを千冬は一喝する。

 

「このぐらい出来るようにならねば代表なんて夢のまた夢だ。深水も、これが出来たからと気を抜くなよ」

 

 その千冬の一言に、場の空気は元に戻る。

 なぜか言い争いをしていた二人を除いて。

 

「おい、馬鹿者ども。邪魔だ。端っこでやってろ」

 

 千冬は箒とセシリアの頭をぐいいっと押しのけて、一夏の前に立つ。

 

「織斑、武装を展開しろ。それくらいは自在にできるようになっただろう」

 

「は、はあ」

 

「返事は『はい』だ」

 

「は、はいっ」

 

「よし。では始めろ」

 

 一夏は正面に人がいないことを確認してから、突き出した右腕を左手で握る。

 強く右腕を握り締める左手。

 一夏の集中力が極限に達したとき、手のひらから光が放たれた。それが像を結び、形として握られる。

 

「遅い、〇.五秒で出せるようになれ」

 

 その千冬の一言に、一夏は項垂れる。

 

「オルコット、武装を展開しろ」

 

「はい」

 

 セシリアは左手を肩の高さまで上げ、真横に腕を突き出す。一夏のときのように光は放出することは無く、小さな爆発のように光ると、その手には狙撃銃《スターライトmkⅢ》が握られていた。

 速い。

 それは射撃完了まで一秒もかけることなく展開されている。

 

「さすがだな、代表候補生。――ただし、そのポーズはやめろ。横に向かって銃身を展開させて誰を撃つ気だ。正面に展開できるようにしろ」

 

「で、ですがこれはわたくしのイメージを纏めるために必要な――」

 

「直せ。いいな」

 

「――、……はい」

 

 千冬の前では如何なる反論も許されないのか、一睨みされただけで、口を噤むセシリア。

 

「オルコット、近接用の武装を展開しろ」

 

「えっ。あ、はっ、はいっ」

 

 いきなり振られ、反応が遅れたセシリアだが、代表候補生らしく一瞬で銃器を『収納』する。そして新たに近接用の武装を『展開』

 しかし、手の中の光は中々に像を結ばず、その場で空中を彷徨っている。

 

「くっ……」

 

「まだか?」

 

「す、すぐです。――ああ、もうっ!《インターセプター》!」

 

 武器の名前を叫ぶことにより、その光は収束し、武器として構成される。

 しかし、それはイメージを纏めることの出来ない『初心者』が主に使う手段であり、代表候補生のセシリアが、それを使わねば展開できなかったというのは、かなりの屈辱だったであろう。

 それを千冬は躊躇無く抉る。

 

「……何秒かかっている。お前は、実戦でも相手に待ってもらうのか?」

 

「じ、実戦では近接の間合いに入らせません! ですから、問題ありませんわ!」

 

「ほう。織斑との対戦で初心者に簡単に懐を許していたように見えたが?」

 

「あ、あれは、その……」

 

「まぁいい。深水、次はお前だ。武装を展開しろ」

 

 沙良は集中し、イメージを固め、武装を展開する。

 その自然体で立っていた沙良の右手にはいつの間にかアサルトライフルが握られていた。

 

「……次は右手に接近、左手に、違う銃器を呼び出せ」

 

 沙良は姿勢を動かすことなく、アサルトライフルを『収納』し、右手にブレードを、左手にスナイパーライフルを『展開』する。

 その展開時間は〇.五秒は軽く下回っていた。

 その左右違う系統を『展開』するという技術を見せた沙良。千冬は内心はどう思っていようと、さも当たり前のような態度を見せる。

 

「要はイメージだ。イメージが確立できていればこのような展開が可能になる。これには慣れも関わってくる。訓練あるのみだ」

 

 千冬は、チラッと時計を見ると、手を叩き、注目を集める。

 

「時間だ。今日の授業はここまでとする。織斑、グラウンドを片付けておけよ」

 

 一夏はチラッと箒を見るが顔を逸らされてしまう。セシリアもその姿が見えない。

 ならばと沙良の姿を探すが、先ほどまでいたはずの沙良が見当たらない。

 一夏は諦めて、一人で後片付けをするのであった。

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

「で、何のようだ深水」

 

 千冬は、授業が終わり次第、沙良に声をかけられ、面談室に呼び出されていた。

 この面談室は、政府の人間や、企業のお偉い方などが利用することも多いため、盗聴、盗撮対策がしっかりとしてある。

 そこに千冬を呼び出すということは、ただの相談とは思えない。

 沙良も座ることはせず、入り口付近に立ったままだ。

 千冬も入り口付近に寄りかかり沙良が口を開くのを待つ。

 

「ねえ、千冬姉」

 

「……何だ、沙良」

 

 それは、学園での教師と生徒での話し合いではない。

 姉弟としての意見を求めているのだ。

 

「最近、監視されてる気がするんだけど、千冬姉は何か知ってる?」

 

「……それは、学園の人間を疑ってるというのか?」

 

 千冬は、質問をあえて質問で返すことによって、この件については何も知らないということを示す。

 

「じゃあ……今の生徒会長、信頼できるの?」

 

「なっ……」

 

 それは暗に生徒会長から、監視を受けてるといっているようなものである。

 

「僕も、そこまで気配に聡いわけじゃないから、尻尾を掴んだわけじゃない、けどさ。何の理由かはわかんないけど、生徒会長は僕の動向を監視している。一夏ではなく、僕を」

 

 はっきりと言い切る沙良に、千冬は動揺を隠せない。

 

「……目的は?」

 

「それが、わかんないから千冬姉に相談したんだけどね」

 

 一夏ではなく沙良を監視している。

 それはつまり、沙良のことを少なからず危険視、もしくは利用しようということだ。

 千冬は、現生徒会長、更識楯無が暗部に深く関わっていると知っている。

 だからこそ、安易に信頼できると言う訳にはいかなかった。

 千冬は他の人間よりも沙良の重要さを理解している。

 あの、束からISについての教えを受け、スペインにおいてたった一人でISの雛形を完成させた人間。

 そして、世界でもトップクラスのIS搭乗時間を誇り、卓越した操縦技術を持つ人間。

 技術者としても、操縦者としてもそのレベルは一般人とは比較にならない。

 沙良の身柄一つで必ずスペインという大国は動く。

 利用価値など掃いて捨てるほどある。

 沙良もそれがわかっているからこそ、こうして千冬に相談しに来ているのだろう。

 しかし、千冬には答えることが出来なかった。

 信頼できると言って、更識に取り込まれてしまうかもしれない。

 信頼できないと言って、無駄な不安を植えつけてしまうかもしれない。

 その答えが、どういう結果を招くかわからないから。

 だからこそ、その二択ではなく、別のものを沙良に渡す。

 

「まぁ、ロシアで会った事あるんだけどね。だからこそ、目的が分からないっていうか、なんというか」

 

「……私では、更識が何を以って動いているかはわからない。だから、こう言っておこう。何かあったら迷わず力を行使しろ。それに伴う責任は全て私が背負う」

 

 それは何を行ってもよいとする許可。

 沙良に何かあってからでは遅い。

 しかし、千冬がずっと傍に居られる訳ではない。

 自分で何とかしろと言うしかない。

 だから、行動に制限は付けないと言っているのだ。

 それは千冬の覚悟。

 自分には立場というものがある。それは教師という枠を出ることは無い。

 それでも、千冬は責任は負うと言っているのだ。

 沙良もその意味がわからないような人間ではない。

 だから、ここは大人しく頷くことで場を収めた。

 

「わかった。その時は躊躇しない」

 

「ああ、それでいい。何かあったら私に言え」

 

「うん。わかった」

 

 こうして、相談事を終えた沙良は、面談室から出て行く。

 その時に、周りを探るような素振りを見せていたため、先ほどの会話中も、監視されてないか気を使っていたのだろう。

 会話内容を聞かれていなくても、面談室に、千冬と二人で話しているというだけで、考えられることはある。

 

「まったく、面倒くさいことになったものだ」

 

 千冬は、これからの学園のことを思い、頭が痛くなるのだった。

 

 

 

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

「ふうん、ここがIS学園ね……」

 

 IS学園の正面ゲート前に、小柄な体に不釣合いなボストンバッグを持った少女が佇んでいた。

 金色の髪留めで結ばれた黒髪は、まだ暖かな夜風になびいている。

 

「えーと、受付ってどこにあるんだっけ」

 

 少女は、上着のポケットからくしゃくしゃになった紙を取り出す。

 

「本校舎一階総合事務受付……って、だからそれがどこにあんのよ」

 

 文句を言いながら、紙をポケットにしまう。

 中で、くしゃっと音がしたが、既にくしゃくしゃな物を気にしたって仕方ない。

 

「自分で探せばいいんでしょ、探せばさぁ」

 

 ぶつぶつと文句を言いながらも、その足は歩みを止めない。

 思考より行動という少女のスタンスがよくわかる。

 学園内の敷地をわからないなりに歩く。その視線は人影を探しているのか、きょろきょろと動いている。

 とはいえ、夜になって校内を出歩いている生徒は居ないのだろう。

 歩き続けて既に二十分が経過していた。

 

(あーもー、めんどくさいなー。空飛んで探そうかな……)

 

 しかし、あの、電話帳三冊分はあるであろう学園内重要規約書を思い出し、やめる。

 それからまた歩き続けると、電気のついている建物が見つかった。

 

「あった……ふう、疲れたぁ」

 

 少女はふらふらとその建物に近づいていくが、よく見ると本校舎には見えない。

 しかも、少女が建物をじっと見ていると、

 

「あぁ! 電気がっ!」

 

 電気が消えてしまう。

 やはり、目的の建物ではなかったのだ。

 少女は肩を落とし、来た道を引き返そうとする。

 そのとき、声が聞こえた。

 

「ん? 誰かいるの?」

 

 視線をやると、生徒らしき人影が、先ほどの建物から出てきたところだった。

 

――ちょうどいいや。場所聞こっと。

 

 少女は小走りで生徒に近づき、その姿を目に入れると、大きな声を出した。

 

「すいませーん。ちょっといいで…………さ、沙良!?」

 

「……鈴?」

 

 鈴と呼ばれた少女は、幼馴染である沙良を見て驚きの表情を作る。

 しかし、それは長いこと続かなかった。

 

「鈴、久しぶり」

 

 沙良が抱きついてきたのだ。

 

「あんたも相変わらずね。その挨拶」

 

 えへへと笑う沙良に、鈴はつられて笑顔を見せる。

 

「鈴は何でここにいるの?」

 

「ふふん、あたしはここに転――」

 

「本校舎って正反対だよ?」

 

「……え? そっち?」

 

「だって、ここにいるってことは転入しに来たんでしょ?」

 

「ええ、まぁ」

 

 てっきり、何で生徒じゃないのにIS学園にいるのかと聞かれたと思った鈴だったが、実際聞かれたのは、何で、この場所まで来てるのというものだった。

 相変わらず、一だけで十まで理解して、五ぐらいを聞いてくる男だ。

 

「受付って、正面ゲートからグラウンド迂回してまっすぐだよ? 何で整備棟まで来たの?」

 

「あはは、迷っちゃって……」

 

「ああ、鈴だもんね。いいよ、案内してあげる」

 

 鈴だからという理由に納得いかないものを感じるが、せっかく案内してくれるというのに甘えない手は無い。

 

「沙良もIS学園に来てたのね」

 

「よく言うよ、代表候補生だから知ってたでしょ?」

 

 ギクリといった表情を見せる鈴に、沙良は笑みをこぼす。

 

「表情に出すぎ」

 

「そ、そういう沙良だってよく私が代表候補生って知ってたわね」

 

「中国でモデルみたいなことまでやってたら、そりゃ知ってるよ」

 

「あははー。そうそう、一夏って何組かわかる?」

 

 鈴は、もう一人の幼馴染である少年を気にする。

 

「一組だよ。それでクラス代表」

 

「よくあいつが代表になれたわね」

 

「ふふん、僕が頑張ったからね」

 

「……あんたも相変わらずね」

 

 身内にはとことん甘いが、その分厳しくもある。

 鈴もいままで沙良の厳しさに助けられてきたことは多い。

 

「あれが本校舎だよ。そこまでついていったほうがいい?」

 

「ここで大丈夫。わざわざ、ありがとねー」

 

「あ、そうそう。一夏には黙っといたほうが良いの?」

 

 走りかけた鈴を呼び止め、沙良が声をかける。

 

「もちろん!」

 

 それに笑顔で答えた鈴は、本校舎に走っていくのであった。

 

 


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