風の聖痕 新たなる人生   作:ネコ

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第18話

 依頼のあった場所に到着し、いざ除霊となった段階で、綾乃は早々に和麻へと身を寄せ始めた。その表情には特に変化は見られない。

「何故、俺にくっついてくる? 悪霊と戦うんじゃなかったのか?」

「和麻を守らないといけないんだから、近くにいるのは当然よ!」

 綾乃は力強く言い切ると、近付くだけではなく、まるで和麻が逃げないように、和麻の腕に自分の腕を絡ませた。

「この程度の敵であれば、そのような心配も無いんだが……」

 和麻の呟きを聞き漏らさずに、綾乃は素早く和麻へと顔を向ける。

「もう見つけたの!?」

 それなりの広さがある霊園に、いつもの捜索時間が頭を過り、綾乃は驚きながら和麻に問いかけた。

「この程度ならすぐにわかるだろう? ただ空間の歪みを感じればいいだけだからな。

 ───もしかして、炎術師というのは戦うことだけしかできないのか?」

 和麻の何となく……といった質問に、綾乃はばつが悪そうにそっぽを向くと、話題を本筋へと戻し始める。

「そんなことより、今は除霊を優先すべきよ! その歪みの元に案内して!」

「───まあ、いいがな」

 和麻はそれ以上、話しを掘り下げることなく綾乃を引き連れて歪みの元へと案内する。

 

 そこは、近付いただけで異様と分かった。もしこの場に、一般人がいたとしても感じることができるほどの雰囲気をその場は醸し出している。

 綾乃は和麻から離れて、躊躇いなく近付いていく。和麻はお手並み拝見とばかりに、その場で腕を組んで観察する。

 綾乃はまっすぐに近付いていくが、ここは依頼があった場所である。何も起こらないということはなかった。綾乃がある距離まで近付いた瞬間。突如として綾乃の足元周辺の地面から、囲むようにして槍のような物が数本飛び出してくる。

 綾乃はそれを避けることなくうっすらと身に纏っていた金の炎を周囲に拡大して顕現させることで、自身の身に届く前に全てを焼き尽くす。

 周囲に散らばった炎が晴れると、そこには焼けた後など全く感じさせることのない風景が広がっていた。

 油断すること無くその進む先には、これでもかと言うほど怪しい物があった。この場には相応しく話だけ聞けば違和感はない。

 黒い墓石。標記はない。他に周囲との違いと言えば、その大きさにあった。軽く他の高さはそれほどでもないが、横幅がとてつもなく広いのだ。

 綾乃は少し迷ってから、纏っていた炎をその墓石へと飛ばしていく。その薄い炎は、墓石を通り抜けると、途中で上へと上がっていき、再び綾乃の元に戻ってきた。

 それを幾度も繰り返す綾乃を見て和麻がひと言。

「時間がかかりそうだな」

「墓石ごと燃やしていいならすぐ終わるのに……」

 悔しそうに呟く綾乃に、和麻は冷たく言い放つ。

「依頼の内容を守るかどうはお前次第だ。おれとしては、見ているだけだからな」

「えーっと……手伝って……て言うのはダメ?」

 綾乃は可愛らしく和麻を誘惑するように上目遣いで訊ねる。

 綾乃が早々に諦めたのには理由があった。綾乃は昔と違い完璧に炎を制御している。それも、自身の望んだものだけを燃やす炎を、だ。そのため墓石には、その炎が通った跡が残る。しかし、その跡も数秒後には元に戻ってしまうのだ。今の綾乃では、その炎を操る量がその墓石すべてを覆い尽くすことができない。

 だからこその協力依頼。和麻の協力があればすぐに終わるという確信の元に放たれた言葉だった。

「なぜそこまで俺に懐いているかが不明だな……」

 和麻はそんな綾乃の態度に呟く。ここまで懐かれると言うことは、綾乃とはそれなりの関係だったのだろう。手伝う範囲を考えていると、上空から雨がわずかに降り始める。

 和麻は袖の中から盤を取り出すと、周囲を再度確認してから、何も無いところへと歩いて行き、棒を4本立てると同様にして問題となる墓石の周囲にも棒を立てる。

 

 綾乃の目には和麻が何をしているのか分からなかった。準備を終えたのか、和麻は綾乃の隣に移動してくると何食わぬ顔で言う。

「全力を出せれば、あの程度の範囲は問題ないんだな?」

 和麻は墓石を見て訊ねると、綾乃はそれに対して頷いた。

「もちろんよ!」

 綾乃の返事を確認し、和麻が手を振る。それまで禍々しい気を放っていた墓石は色を失っていった。その代わりと言うべきか───和麻の準備した場所───空間が黒く塗りつぶされていく。

 綾乃は目を見開いてそれを見ていた。

 空間が黒く塗りつぶされたにも関わらず、そこからは禍々しい気は感じない。

「ここまでお膳立てしたんだ。できないとは言わないだろうな」

 和麻の言葉にハッと意識を戻し、改めてその場所を燃やすべく集中する。

 炎は綾乃の意思に従い顕現すると、真っ黒な空間を焼き尽くすべく覆いつくした。

 それを見て、綾乃は和麻を振り返り満足気に話す。

「ありがとう! さすが和麻ね!」

 綾乃の言葉に見向きもせずに、和麻はその場所───綾乃の炎が覆い尽くした場所を見たままだった。

 何か手違いでもあったのかと、綾乃は和麻の視線の先を見ると、そこには未だに健在な黒い空間が存在していた。

「なっ!」

 綾乃はその事に驚愕し、信じられずに見つめてしまう。いつまで経っても分かりそうにないと、そんな綾乃に和麻は声をかけた。

「あれはあそこに見えるだけでその場からは隔離してある。燃やすならその存在───力へ炎を集約させるべきだな。その場を焼くだけなら誰でもできる」

 和麻に言われたことの内容に唖然とするが、失敗してしまった事実から顔を背けること無く、今一度綾乃は対象を見据えた。

 先程の炎はただ焼き尽くすだけの炎。しかし今度の炎は空間を越えた先に届かせなければならない。

 難易度的には、任意の対象のみを燃やすのと変わりはないが、それでは範囲が足りなかった。

 これ以上の手助けはあまりよくないと感じ取った綾乃は、日頃使うことのない物を取り出す。

「炎雷覇を使う機会ないと思ったんだけどなあ……。油断大敵ってことね」

 腰から抜き放つように取り出し、目標へ向けて構える。

「言ってても仕方ないか……。ある物は何でも利用しないとね───はぁぁあああああ」

 綾乃の集中力が増しているのが分かる。炎雷覇は更なる炎を纏い始めるとその輝きも一緒に増し始めた。

「これなら問題ないでしょう!」

 黄金色をしたそれは輝きを増すごとに色が変わっていき、紅色へと変わっていく。その炎は今までの炎とは存在そのものの格が違った。それは見たものを魅了する力がある。それほどの力と美しさを兼ね備えていた。

「いけ! 神炎、紅!」

 神炎の通った後。目標は完全に消え失せていた。それはいっそ清々しいほどに何も残ってはいなかった。空間ごと燃やし尽くされたのは明らかなほどに……。

 今度こそ完全な消滅を確認した綾乃は、褒めてもらおうと和麻へと振り返る。しかし、そこには苦悩する和麻の姿があった。

(神炎……炎雷覇……四隅の陣?)

 和麻の中でいくつもの光景がよぎっていく。そして振り向いた綾乃と視線が交わった時にそれは爆発した。

「─────────継承の儀」

 和麻はその場で膝を付き顔を抑えたまま蹲った。綾乃は和麻へと心配そうに近付いていく。

「和麻……大丈夫?」

 綾乃が和麻へと手を近付けようとしたところで、膨大───では生ぬるいほどの精霊が集い始めた。

 その精霊の量に綾乃は絶句する。

 先ほどまでの自分の神炎が弱弱しく感じるほどの力だった。しかも殺意を含んだ……。

 その殺意が自分に向いていないと分かるだけの認識は持ち合わせていたが、それでも、その余波だけで並みの者であれば、気絶していてもおかしくは無い。術者であれば、その精霊の量を感じただけで身動き取れなくなるほどだった。

「──────あいつか。そうだ。俺はこうならないために力を磨いてきた。それにも関わらず……。しかし、強くなったことには感謝しよう。礼をしなければな……」

 和麻の呟きが所々聞こえたため、自意識があることを確認した綾乃は再度問い質す。

「えっと……。和麻よね? 大丈夫?」

 そこで初めて綾乃の存在に気付いた和麻は立ち上がり綾乃を見る。

「大丈夫だ。感謝している」

 想ったことを口に出しながら、集った精霊たちにも礼を述べる。精霊たち───風の精霊は、和麻が記憶を取り戻したことに喜びを露わにして、和麻と綾乃を包むように吹き荒れた。

 和麻の呼びかけで集っていた莫大な力は消え去った。あれだけの力を意志の力で従えたことに、綾乃は驚きを隠せなかったが、それよりも和麻の態度に違和感を感じる。

「本当に和麻?」

「ああ。本当だ。それよりも───」

 和麻は言葉の途中に、頭を左右へ振って余計な思考を振り払うと改めて言い直す。

「強くなったな」

 和麻のその言葉は綾乃の待ち望んだ言葉だった。

 

 

 

 和麻が記憶を取り戻した。

 この事は、すぐに神凪家の者たちに知れ渡った。

 思い出したことに対して一番不安だったのは、一番心配していた綾乃だった。

 昔の記憶を取り戻したことで、周囲の者を寄せ付けない考えに戻ったのでは……と考えたのだ。

 和麻の過去を知れば、そうなっても仕方がない。しかし、そうならないで欲しいという望み。

 その後どうなったかというと……

 

「…………」

 除霊の仕事から戻ると、綾乃の部屋へ一直線に入っていき、机に向けてカチカチとマウスを操作してパソコンを睨み付けていた。

 しかし、それもすぐに終わると部屋の主───綾乃へと向き直る。そこには、心配して様子を見ている柚葉の姿もあった。

「俺はやることがあるから中国に戻るが───どうする?」

 抽象的な言い方ではあったが、柚葉と綾乃の2人は和麻の言葉に反応する。

 そして、すぐに返事をしたのは綾乃だった。

「私はついていくから! 今度はお父様も関係ない。私の意思でついていく!」

 綾乃は今度は離さないようにと、和麻の腕に抱きついて離れようとしない。そんな綾乃を見て溜め息を吐くと、続けて柚葉を見る。

 柚葉は迷った末に、和麻に確認を取った。

「───和麻は日本に戻ってくるの?」

 柚葉にとって、綾乃のように簡単に日本を離れる決断などできるものではない。ただでさえ両親を心配させた上に、無理をして住まわせてもらっているのだ。ここで和麻が日本に戻る気がないのであれば、恐らくはこの場所を引き払うことになる。そうなれば、折半している家賃が全額かかることになり、今の生活形態では払っていくことは厳しいだろう。その他にも問題は多々出てくる。そのための確認だった。

「戻ってくるかもしれないし、戻らないかもしれない。それははっきりいって分からない」

 それを聞いて柚葉は下を向いて落ち込む。それは聞きたい言葉ではなかった。寧ろ曖昧で、待たせる者に少しの期待を持たせる悪魔的な言葉だ。

 それを感じ取ったのか、和麻は慰めるようにして柚葉に言い含める。

「何らかの形で礼はする」

 柚葉はどこか諦めたように苦笑いを返す。

 和麻の勘違いがここまで来るといっそ清々しい。和麻は柚葉の事を考えてはいても、想ってくれていないのがよくわかる言葉だった。

「私のことは気にしないで、やりたいことをやって来て。───なんたって和麻の人生だしね」

「───分かった」

 和麻は未だに抱きついたままの綾乃へと視線を改めて向ける。

「で? お前はいつまで引っ付いているつもりだ?」

「これで晴れて私が和麻の彼女になったんだから、堪能しとかないと」

「誰が誰の彼女だ」

 既成事実のように語る綾乃を、和麻は引き剥がしにかかる。記憶を取り戻してからも、何故綾乃がここまでなつくのかがよく分からなかった。

 離れながら不満そうにするが、和麻はそれに取り合わず、幾つかの物を持つと玄関に向けて歩き出した。

「まさか、もう行くの!?」

 綾乃は和麻の行動に慌て始める。なんの準備も終えていないのだから当然だろう。

 その言葉に、柚葉も同様に慌て始める。

「少し買い物に行ってくるだけだ。今日中には戻る」

「絶対だからね! 嘘ついたら世界の果てまで追いかけてやるんだから!」

 そのあまりの内容に、このまま行ってしまおうかと本気で悩みながら、和麻は家を出た。

 

 和麻が家を出てすぐに、綾乃は部屋へと戻り旅支度を始める。その様子を羨ましそうに見ながら、柚葉も準備を始めた。

 準備の途中、綾乃は柚葉へと声を掛ける。

「柚葉はなんでついていかないの? あんなに心配していた人と会えたのに」

「───そんなに簡単に決められる事じゃないし、これ以上親に迷惑かけられないの。

 寧ろ、綾乃ちゃんが簡単に決めたことに驚いたよ。親とかに相談しなくてもいいの?」

 あの場では言えなかったことを柚葉は改めて聞いた。

「もう後悔するのはイヤ。特に私が知らない間に起こったことが原因なら尚更かな」

「将来のことは考えないの?」

「なんとかなるわ!!」

 綾乃の考えに唖然として、柚葉は開いた口が閉じれずにしばらく固まってしまう。そんな柚葉へ綾乃は更に続けた。

「ちゃんと考えてるわよ! 和麻の奥さんになるんだから!」

「それは考えてるって言わないよ!」

 あまりの内容に、声を大にして反論してしまう。具体性もあったものではない。将来の事を全く考えてないことが分かった柚葉は、綾乃の説得を始めた。

「今からでも遅くないから考え直した方がいいよ。まだ高等部に上がったばかりだよね? 将来の事を考えるには少し早いと思う」

 柚葉の説得も虚しく、綾乃は首を左右に振る。

「先の事より今が大事だから」

 綾乃の決心が固いことを知った柚葉は、肩を落としてそれ以上説得することを諦めた。

 その柚葉の仕草の意味が分からず、何故そんなに柚葉が落ち込んでいるのかと、綾乃は悩むのだった。

 

 ほんの数時間ほど経ってから、和麻が買い物袋を幾つかぶら下げて戻ってきた。その袋の中には、日常生活に必要そうな物を含め様々な物が入っている。

 購入した理由が分からないからか、綾乃と柚葉は向かい合い、目で訊ねあう。しかし、両方とも分からないため、首を横に振るだけだった。

「そんなものどうするの?」

 分からなければ訊ねる。といった考えに至った綾乃は、早速とばかりに、荷物を置いてテレビを見ながら寛いでいる和麻に聞いた。

「和麻。この荷物は何?」

「それは、向こうで使う物だ」

「?」

 和麻はテレビに向けていた顔を綾乃に向ける。

「知ってるか? ここが如何に恵まれてるかを……もしついてくるなら、相応の覚悟はしておけ」

 感慨深く語りだす和麻に、想像しかできない柚葉は息を飲み込む。

 もうひとりはそのような言い方に屈することなく、逆に何でもないことのように言い返した。

「悪ければ良くしたらいいじゃない」

 ポジティブな考えから離れようとしない綾乃に、それ以上言うことはないと和麻は話を切る。それを見て納得したのだと考えた綾乃は、和麻の隣に座ると一緒にテレビを見始めた。

 柚葉はそんな2人を見て複雑そうな表情をすると、台所へと移動していく。豪華な夕食を作るために。

 

「綾乃様はもうここには居られないそうだ」

「それはどこからの情報だ?」

「飛行機に乗り込むところまで確認したそうだから間違いないだろう」

 和麻が記憶を取り戻して数日後。和麻は綾乃を連れて海外へと旅立ってしまっていた。

 綾乃がついていくと言うことが知らされていなかったために、当日───飛行機に乗り込む時に揉め事が色々と発生した。しかし、結局は綾乃の強引な行動、厳馬の不在、連絡の遅れ等から間に合いはしなかったのだが……

「対象が1人になってしまったからには、あの計画を早めるべきだろう。しかし、残ったのがあちらで助かったと言ったところか」

「そうだな。気を付けるべきはあの男だけだろうからな……。計画を実行するには、時間稼ぎできるものを用意しなければならんだろう」

 そこに集まっていた十数名の者たちの話し合いは進んでいく。関係のない発言を誰もしようとはせず、それを認めるような空気でもなかった。

 皆がどうすればいいのかを考え始めたことで、その場に静寂が訪れる。

 しかし、すぐにその静寂を破った者が居た。

「それならば儂に考えがある」

 そのひと言にその場にいたものは発言者に顔を向ける。どのような案なのか聞き漏らすまいとその表情は真剣そのものだった。

「して、どのようなものなのだ?」

「それは、召喚術よ。生贄を用意することで、強力なものを呼び出し使役する。

 このような日が訪れることを考えて今まで調べておった」

 召喚術───と聞いて周囲の者たちは首を傾げた。そんなもので、時間稼ぎができるのかと不安になったのだ。今から行うことは復讐と言うよりも反逆に近い。その反逆する相手の事は、今まで色々なことに耐えてきた者たちであるからこそ知っていた。生半可なものでは太刀打ちできないことを。

「そんなものが役に立つのか? むしろ我々で工作した方がよほど足止めにはなると思うが……」

 みんなの不安を代弁して訊ねる男に、その者は言い返す。

「何も問題は無い。次の機会にどれほどのものか見せてやろうではないか」

 その者は口の端を釣り上げて暗い笑みを顔に張り付けていた。

 


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