ギャラクシーエンジェルⅡ ~失われた英雄と心に傷を負った天使~ 作:ゼクス
ブリーフィングルーム。円の形を描くように机の形に座席がそれぞれ置かれ、中央部分に液晶モニターが映る作戦立案室。
その場所にブリッジから移動して来たレスター、カズヤ、アプリコット、そして艦内放送で呼ばれたテキーラとナノナノが集合していた。全員が集まった事を確認したレスターは頷くと共にコンソールを操作して液晶モニターを展開する。
「作戦を説明する。目標は当艦に接近して来る旧式型の武装艦一隻だ。今のところレーダーに何の反応も見えないところから、敵はこの一隻だけだと推測される」
レスターが説明すると共に液晶モニターにアニスが乗る武装艦が映し出され、カズヤ達はそれぞれ確認する。
「今回の任務は『敵艦拿捕』だ。どんな理由が在れ、相手は軍艦である、ルクシオールに攻撃しようとしている。此れを見逃す訳には行かない。よって、敵艦の武装と推進装置を全て破壊する事に重点をおいてくれ」
『はい!』
「また、この敵艦への攻撃だが、カズヤとリコの二人で頼む。『クロスキャリバー』と『ブレイブハート』を合体させて早急に無力化を行なってくれ」
「分かりました!」
「はい!」
カズヤとアプリコットはレスターの指示に迷う事無く頷き、満足そうにレスターは頷く。
そんな中、呼ばれたにも関わらず具体的な任務を言い渡されていないテキーラとナノナノは困惑し、レスターに視線を向けていた。二人の視線にレスターは気がつき、向き直って二人に指示を出す。
「テキーラとナノナノは、カズヤとリコのバックアップを頼む。ナノナノは敵艦への攻撃は控えてカズヤとリコの支援に集中してくれ」
「了解なのだ!」
「テキーラはルクシオールの護衛を行ないながら、周辺索敵を頼む。伏兵も考えられるからな。僅かな反応も見逃すな」
「ハァーイ! でも、司令官さん。随分を慎重なのね? 相手は旧式の武装艦一隻だけの海賊でしょう? 何でシラナミと桜庭だけの出撃じゃないの? 合体した『紋章機』一機だけで充分だと思うんだけど?」
「……『ゴースト』が近くに居る可能性が在る」
「フェッ!?」
「ちょっ! それマジ!?」
伝えられた事実にナノナノとテキーラは驚愕し、カズヤとアプリコットに視線を向けると、二人は頷く。
その様子に事実なのだと悟ったテキーラは、ゆっくりと顎に手をやりながらレスターに向かって口を開く。
「…なるほどね。確かに『ゴースト』が居るかも知れないなら、この布陣も納得だわ」
「絶対に『ゴースト』を見つけるのだ!」
(何だろう? 今の二人の言葉……まるで最初から『ゴースト』を探していたみたいな言い方だったけれど)
カズヤはテキーラとナノナノの言い方に疑問を覚えて首を傾げた。
『NEUE《ノイエ》』に於いて『ゴースト』は有名な存在。にも関わらず、その姿が殆ど確認されていない事から様々な憶測が飛び交っている。正体不明の有名な存在がすぐ近くに居るかもしれない事は驚くべき事。
現にカズヤ自身も『ゴースト』が近くに居るかもしれないと知らされた時は、僅かに興奮を覚えた。だが、ナノナノとテキーラの様子はカズヤとは違い、まるで探していたモノが見つかったような印象を放っていた。困惑したようにカズヤが視線を彷徨わせていると、レスターがカズヤに説明する。
「カズヤ。赴任初日だから説明は控えていたが、実はこのルクシオールが辺境宙域を航行していたのは試験運行だけではなく……『ゴースト』の捕捉も在ったんだ」
「えぇっ!? ほ、本当ですか!?」
「本当ですよ、シラナミさん」
「最新の目撃と言うか、『ゴースト』らしき存在の情報を集めて、この辺りに居るかもしれないから『
「テキーラの言うとおりだ」
「で、でも!? 『ゴースト』は『
『EDEN《エデン》』軍が『ゴースト』を追いかける理由が分からず、カズヤは困惑に満ちた顔でレスターに質問した。
「詳しい説明をしている暇は無い。だが、俺達が『ゴースト』を追う理由は、“力を借りたい”からだ」
「力を…ですか?」
「そうだ。『
「えっ?」
小声で僅かに聞こえて来たレスターの最後の方の言葉に、カズヤは呆気に取られたような顔をしてレスターの横顔を見つめる。
其処には何かしらの固い決意を持っていると言うような雰囲気が漂っていた。少なくとも『ゴースト』を追い駆けている理由には、途轍もない事情が在る事だけはカズヤは察する事が出来た。
「…分かりました。もし本当に『ゴースト』が現れたら、司令の指示に従います」
「すまない。事情は後で必ず説明する…それでは、『ルーンエンジェル隊』! 出動せよ!!」
『了解(なのだ)!!』
号令が放たれると共に、カズヤ、アプリコット、テキーラ、ナノナノは、自らの愛機が在る格納庫へと走り出すのだった。
(……う~ん。やっぱり、戦闘は避けられそうに無いな)
遠く離れた場所に見えるアニスが乗る旧型の武装艦は、真っ直ぐにルクシオールへと向かっていた。
ルクシオールに接近すると共に武装艦のエネルギー反応も上がっている事から、戦闘が行なわれるのは間違いなかった。
(…やっぱり介入する事も考えた方が良いな、此れは……『紋章機』同士が争うのは不味いんだろう?)
《肯定……既に『
(分かってるさ。だから、俺達は『
意味深な会話を行ないながら、再び武装艦とルクシオールの方にセンサーを向ける。
すると、ルクシオールの上方部分のハッチが開き、白とオレンジ色の色合いをした『RA-001 クロスキャリバー』と、ライトブルーカラーの両翼の双胴部が目立つ『RA-003 ファーストエイダー』、そしてグリーンの色合いに三つの球体が周りに浮かんでいる『ファーストエイダー』に似ている『RA-004 スペルキャスター』がルクシオールから発進した。
それに続くように三機が発進した一から更に上部分のハッチも開き、内部からホワイトカラーの先に発進した『紋章機』三機とは明らかに形状が違う槍の穂先を思わせるような形をした機体-『RA-000 ブレイブハート』-が漆黒の宇宙へと飛び立った。
(ん? 他の三機の『紋章機』はともかく、最後の機体は何だい?)
《データ照合…『
(支援機?)
《『
説明を肯定するように変化が起きた。
先に進んでいたクロスキャリバーを追うようにブレイブハートは後方に移動し、一定の距離に達した瞬間、ブレイブハートは変形を開始した。前に突き出して部分が後方へと移動し、先に進んでいたクロスキャリバーのスラスターの間に挟まり、四本のアームで連結した。
同時にブレイブハートがオレンジ色の光を発し、クロスキャリバーは速度を上げて武装艦へと突き進む。
(うぉっ! 本当に合体した上に変形もした! ロマンを感じるね)
《…理解不能…》
(…まぁ、それはそれとして……三機の『紋章機』の布陣…これは気がつかれているかな? 俺達が居る事に)
戦闘形態に変形して武装艦に攻撃を開始したクロスキャリバーと、残り二機の『紋章機』の配置を確認し、ルクシオールが潜んでいる自分達に気がついている可能性に気がつく。
明らかに武装艦一隻に対して『紋章機』三機同時出撃は過剰戦力過ぎる。武装艦内部に隠れているもう一機の『紋章機』は起動していないのでルクシオールが感知している可能性は低い。他に考えられるとすれば、伏兵を気にしての配置なのか、それとも武装艦を追って来た此方の存在に気がついているかの二つしか無かった。
《本機は現在、完全ステルスモードを起動中。現在の『
(そうとは限らないな。俺達が“最初に現れてからもう四年が経っている”。それに怖い子が『
《……『紋章機』同士の戦闘を回避し、本機が安全に戦闘区域から退却する為の本機のこれからの行動の指示を要求》
(了解。さてさて、どうしたものかな)
センサーで武装艦がクロスキャリバーの攻撃に、そう長くは絶えられない事を確認しながら、自分達がどう動けば穏便に事を済ます事が出来るのか作戦を練り出すのだった。
「ほう……初陣にしては中々やるな、カズヤは」
メインモニターに映る武装艦とブレイブハートとの合体を終えたクロスキャリバーの戦いぶりに、レスターは僅かに感嘆していた。
普通初陣と成れば緊張や興奮で本来の実力が発揮されない事が多い。これまで海賊退治などで何度もクロスキャリバーに乗っているアプリコットはともかく、今回の戦闘が本当の初実戦であるカズヤの実力は発揮されないとレスターは思っていた。だが、レスターの考えに反するようにカズヤは的確にアプリコットの支援を行ない、敵武装艦の武装を破壊していた。
ブレイブハートと合体したクロスキャリバーは万能型の機体。合体した事によって機動力と攻撃の命中精度が増幅したクロスキャリバーは、武装艦を完全に圧倒していた。しかも、エネルギーの消費は僅かと言うデータを示して。
(選ばれ方はともかく、やはりミルフィーユが選んだ奴と言う事か…だが、俺達の本命はこのままでは現れなさそうだな)
レスターはゆっくりとメインモニターから視線を動かして、戦闘が始まってからずっと自らのオペレータ席に備わっているレーダーを凝視しているちとせの様子を伺う。
時々メインモニターに視線は動いているが、ちとせは殆どコンソールの操作を行ないながらレーダーを見ていた。其処には凄まじい気迫が宿っていて、僅かな戦場の変化も見過ごさないと言う意志が見える。ルクシオールの中で最も『ゴースト』の存在を欲しているのはちとせだった。
レスターも『ゴースト』を探しているが、ちとせはそれ以上。寝食を削ってちとせは『ゴースト』を捜索している。今の宙域に『ゴースト』が居るかも知れないと予測したのもちとせだった。その『ゴースト』が近くに潜んでいるかも知れない事実に、ちとせの集中力は増していた。
この分ならば例え伏兵が潜んでいたとしても、ちとせならば発見出来るとレスターが考えている間にクロスキャリバーは武装艦の武装を全て破壊し終えたばかりか、推進装置も破壊して航行不可能な状態にしていた。
『ブレイブハートより、ルクシオールへ! 目標の沈黙に成功しました!』
「そうか…なら、エンジェル隊はそのまま周囲を警戒に行なってくれ。本艦はこのまま武装艦に接近し、首謀者を取り押さえ…」
「司令!!」
レスターの言葉を遮るように、突然のココが叫んだ。
その叫びにレスターの顔がココに向けられると共に、驚愕と困惑に満ちた声でココが報告して来る。
「敵武装艦内部から新たなエネルギー反応が出現! しかも、このエネルギー反応のパターンは、ルクシオールに配備されている『紋章機』と一致する部分が見受けられます!!」
「何だと!?」
ココの報告にレスターが驚愕した瞬間、武装艦の内部からワインレッドカラーのスペルキャスターに似た形状をしている『RA-005 レリックレイダー』が装甲を突き破って宇宙空間へと飛び出したのだった。
「…嘘」
「…ちょっ、これマジなの!?」
「…これって、まさか!?」
「『紋章機』なのだ!?」
武装艦から飛び出したレリックレイダーの姿に、カズヤ達は揃って驚愕した。
モニター画面に映っている機体は、明らかに現在の『NEUE《ノイエ》』が保有している技術から造られた機体ではなく、アプリコット達が乗るクロスキャリバーと同じ『NEUE《ノイエ》製の紋章機』。まさか、海賊行為を行なっている少女が『紋章機』を保有していると思ってなかった。想定外の事態にレリックレイダーから一番近いに居るクロスキャリバーに乗っているアプリコットとカズヤの行動が一瞬完全に
その隙をレリックレイダーに乗っているアニスは見逃さなかった。
『テメエら! 良くも俺様の船をぶち壊してくれたな!! もう手加減はしねぇ! 纏めて吹っ飛ばしてやるぜ!!』
全周囲で通信波がレリックレイダーから発せられると共に、レリックレイダーの双胴部が回転して、真ん中辺りから双胴部が開き、
その意味に気がついたのは同じく『紋章機』に乗るアプリコット、ナノナノ、テキーラだった。
『紋章機』は操縦者のテンションのよって能力が上下する。そして操縦者のテンションが一定レベルに高まると、『紋章機』は強力無比な一撃を放てるようになる。
レリックレイダーの操縦者であるアニスは、自らの船が破壊された事実の怒りによってテンションが一定レベルを超えていた。機体中央下部に備わっている発射管-『グラビティクラスト』-がクロスキャリバーに向けられる。
即座にアプリコットとカズヤは退避しようとするが、一瞬の遅れが仇となり、レリックレイダーのロックから逃れる事は出来なかった。
『ジェノサイド…』
(駄目だ! 間に合わない!)
完全に回避が遅れてしまった事にカズヤは思わず目を瞑ってしまう。
だが、次の瞬間、レリックレイダーとクロスキャリバーの丁度真ん中辺りを一条の閃光が通り過ぎる。
ーーーズキュゥン!!
『んなぁ!?』
『…えっ?』
突然の予想外の介入にアニス、アプリコット、カズヤは驚いた。
助けようとしていたナノナノとテキーラも、突然の何者かの介入に驚いていた。そしてレリックレイダーに乗っているアニスは、備わっているレーダーに目を向けて気がつく。“先ほどまで全く反応が無かったにも関わらず、現れている反応に”。
『まさか!? 『ゴースト』か!?』
アニスの言葉を肯定するように、次の瞬間、レリックレイダーの周りを幾条もの閃光が通り過ぎる。
ーーーズキュゥン! ズキュゥン! ズキュゥン!!
『この野郎!?』
自らに向かって放たれる閃光にアニスは苛立ちながらも、閃光が放たれている方向に機首を向けるが、其処には漆黒の宇宙空間が広がっているだけで、閃光を放っている機影の姿は無かった。
(クソッ! やっぱりさっきと同じで姿が捉えられねぇ! しかもこの攻撃、明らかに手加減してやがる!!)
アニスは熱くなり易いが、相手の技量を見抜けない訳ではない。寧ろ高い洞察力を持っている。
だからこそ、今レリックレイダーに向かって放たれている攻撃が、レリックレイダーを撃墜する為ではなく動きを封じる為のモノだと悟っていた。
(クッ! 見えねぇ『ゴースト』だけじゃなくて、さっきまで戦っていた連中も動揺が治まる頃だ……悔しいが、此処は逃げるしかねぇな!)
自らの圧倒的な不利を悟ったアニスの行動は素早かった。
瞬時にレリックレイダーの機首を反転させて、そのまま全速力で戦場から退避する。
『ちくしょーー!!! 次に会ったらお前ら覚えとけよぉ!! この借りは必ず返すからな!!!』
小物チックな捨て台詞と共に、レリックレイダーは戦場から去って行った。
カズヤ達は呆然とレリックレイダーを見つめるが、すぐにハッとなって先ほどまで攻撃が放たれていた方向に目を向ける。しかし、其処にはやはり漆黒の宇宙空間が広がっているだけで、攻撃の主の姿は無かった。更には一瞬前までは確かに在ったレーダーの反応さえも完全に消えている。
『ゴースト』と言う通称どおり、まるで幽霊にでも在ったかのような印象をカズヤ達が感じていると、ルクシオールから多数のミサイルが一斉に閃光が在った方向に向かって発射される。
ーーードドドドドドドドドドドドドッ!!!
『クロスキャリバー、合体を解除! テキーラ!』
「了解よ!」
通信機から聞こえて来たレスターの指示に、ルクシオールの傍で待機していたスペルキャスターがクロスキャリバーの方へと急発進した。
それに気がついたアプリコットとカズヤはレスターの指示に従って合体を解除する。同時に放たれたミサイルが次々に爆発し、広範囲にピンク色に輝く液体のような物が四散した。その一部が何かに掛かったかのように空間に張り付く。
ーーーペチャッ!
『カズヤ! すぐにスペルキャスターと再合体しろ!!』
「りょ、了解!!」
「行くわよ! シラナミ!!」
ブレイブハートはレスターの指示通りに先ほどスペルキャスターと合体した時と同様に変形し、前方を進んでいるスペルキャスターのブースターの間に入り込んで合体した。
合体を終えて能力が増幅したスペルキャスターをテキーラはすぐさま操作し、周囲の索敵をすぐさま行なう。
「……ッ! 見つけた! 桜葉! プディング! 目標は現在のスペルキャスターの位置から上方。距離2500の位置を移動中よ! すぐさま追うわよ!!」
『了解(なのだ)!!』
テキーラからの情報にクロスキャリバー、ファーストエイダーは動き出し、目標に向かって移動する。
スペルキャスターもそれに続き、カズヤは移動の操作を行ないながら、索敵に集中しているテキーラに質問する。
「テキーラ。どうして『ゴースト』の位置が分かるようになったの? 今もレーダーに『ゴースト』の反応は映ってないのに?」
「さっきルクシオールから発射されたミサイルが在ったでしょう? あのミサイルの中身は『特殊電磁波発生ペイント液』なのよ。その電磁波を合体して能力が増幅したスペルキャスターで捉えたって言う訳よ」
「そんな物が在ったの!?」
「そうよ。ステルス性能が凄い対『ゴースト』用の特殊兵装。因みに作成者は、アンタも良く知っているノアよ」
「ノアさんが!?」
『特殊電磁波発生ペイント液』。現在の『
この為に例え付着したペイントを消す為にステルスを張り直したとしても、ペイントから発せられる電磁波は消える事が無いので捕捉する事が出来る。欠点が在るとすれば、付着した量によって電磁波の強さが決まるので少量の付着では捉え切れない面が在る事である。故に捕捉し切れない事も在るのだが、ブレイブハートと合体して、索敵能力が増したスペルキャスターならば捕捉する事が出来る。
この為にエネルギー消費が激しいと言う欠点を持っているスペルキャスターを、ルクシオールの傍で待機させていたのだと悟ったカズヤは、レスターが敷いた布陣の意味を知って驚嘆する。
(凄い! 流石は歴戦の戦士だ!)
「……ッ! 見えました!!」
カズヤが感心している間に、前方を移動していたクロスキャリバーから発見の報告が届いた。
即座にクロスキャリバーから送られて来る映像に目を向けてみると、不自然に宇宙空間を移動しているピンク色のペイントが映し出されていた。
それはルクシオールでも確認され、即座にレスターから次の指示が飛ぶ。
『良し! ナノナノ! 『チャクラム』を『ゴースト』の前方に向かって撃って!』
「了解なのだ!!」
ナノナノは即座にレスターの指示を実行し、ファーストエイダーの武装である遠距離誘導レーザー『チャクラム』が発射された。
発射された環状のレーザーは『ゴースト』の行く先を塞ぐように曲がり、『ゴースト』のスピードが僅かに落ちた。アプリコットは『ゴースト』に聞こえるように全方位に向かって通信波を発する。
「お願いです、『ゴースト』さん!! 私達の話を聞いて下さい!!」
アプリコットは必死な声で叫ぶが、『ゴースト』からの返答は無かった。
変わりに突如としてピンク色のペイントの周辺が歪み、何かが現れ出す。そしてカズヤ達の目の前に遂にソレは姿を現した。
主翼部分に付着しているペイント以外の機体の色は闇色のダークブルー。形状は『
カズヤ達は現れた『ゴースト』の姿に呆然と成ってしまう。
(此れが『ゴースト』の正体!? でも、これって…『
明らかになった『ゴースト』の正体に、カズヤは内心で驚愕の叫びを上げた。
そしてルクシオールのブリッジでも現れた『ゴースト』の姿にカズヤ同様に大小成れど驚愕が隠せないでいた。明らかに『ゴースト』には『
メインフレームなどは完全に一致しているのだから、『
「(…やはり、『ゴースト』の正体は、
「…四年前に『
『ッ!?』
告げられた『紋章機』で在るならば、絶対に在り得ない報告にブリッジに居るメンバーはレスターとちとせを除いた全員が騒然と成った。
『紋章機』とは、“人間という不確定要素による進化や突然変異を取り入れ、その変動の振れ幅を利用して最大値を引き出すことをコンセプト”の元に作り上げられた大型宇宙戦闘機。故に人間が乗る事を前提に造られている。にも関わらず、『紋章機』である筈の『ゴースト』からは生命反応が感知出来なかった。
では、『ゴースト』は『紋章機』ではなく、ただ『紋章機』に似た形をした紛い物の戦闘機では無いのかとブリッジに居るオペレーター達の脳裏に考えが浮かぶ。艦長席の近くで立っているレスターもまた、自らが持つ知識から『ゴースト』の正体を推測していた。
(嘗て『黒き月』が『紋章機』を模して造り上げられた『ダークエンジェル』と言う機体が在ったが…『ゴースト』はやはりのその類の機体と同じ無人なのか? ……とにかく今は確保を優先だ)
嘗て敵対した機体を思い出しながらも、すぐさま思考を切り替えてレスターは『ルーンエンジェル隊』に指示を飛ばす。
「各機! これより『ゴースト』の確保に移るぞ! ファーストエイダーは先ほど同様に『チャクラム』で『ゴースト』の行く手を塞げ! クロスキャリバーは『ゴースト』のスピードが低下すると共に前方に出て失速! スペルキャスターは『ゴースト』の後方に取り付くんだ!」
『了解!!』
レスターの指示を聞いた『ルーンエンジェル隊』は即座に動き出した。
ステルスを解いた事に寄ってスピードが更に上がった『ゴースト』に追い縋り、ファーストエイダーが『チャクラム』を前方に撃ち出す。
自由自在にレーザーは曲がり、『ゴースト』の行く手を遮る。『ゴースト』は前方を塞ぐように走るレーザーを回避する為に僅かに減速して『ルーンエンジェル隊』との距離が縮まる。
其処を見逃さずに事前にナノナノからレーザーが撃ち出される位置を知らされていたクロスキャリバーが『ゴースト』を追い抜き、前へと躍り出た。そのまま減速し、『ゴースト』との幅が縮まって行く。
『ゴースト』はクロスキャリバーを追い抜こうとするが、それを阻むように『ゴースト』の頭上を取ったファーストエイダーが『チャクラム』の砲身を構えて睨みを効かせていた。これによって横へ移動しようとすれば『チャクラム』が撃ち込まれてしまう。ならば、減速して移動しようにも後方にはスペルキャスターが回り込んでいる。
「もう逃がさないわよ!!」
「お願いですから、止まって下さい!」
「逃げ道は無いのだ!!」
(凄い! 完全に『ゴースト』は包囲されている!)
ブレイブハートの中に乗っているカズヤは、『ルーンエンジェル隊』を指揮して『ゴースト』を包囲したレスターの手腕に興奮していた。
もはや『ゴースト』に逃げ道は無い。例えクロスキャリバーに『ゴースト』が攻撃して来たとしても、今の包囲状況ならばナノナノが迎撃する事が出来る。もはや『ゴースト』は『ルーンエンジェル隊』が敷いた包囲網によって袋の鼠だった。
ルクシオールに乗る者達ももはや『ゴースト』には逃げ場は無いと思っていた。
人間が乗っているならば、意表を付くような無茶な機動を行なって包囲網から脱出する事が出来る可能性が在る。しかし、『ゴースト』からは生命反応が出ておらず、無人である事を示している。
無人機は常に最善に近い行動と人の運用が最小限で済む事が強みだが、その分行動はパターン化されていて如何する事も出来ない状況に成れば何も出来なくなる。言うなれば諦め易いのだ。幾度も無人機や誘導式の艦艇と戦った事が在るレスターは、其処まで見越して『ルーンエンジェル隊』による包囲を完成させた。
『ゴースト』の後方の位置取りを行なっているテキーラは、『ゴースト』を確保する為にコンソールを操作し、牽引用ワイヤーを取り付けようとする。
「捕獲するわ! ワイヤー発…」
ーーーブゥン!!
「なっ!?」
「えっ!?」
スペルキャスターがワイヤーを『ゴースト』に向かって発射しようとした瞬間、突如として『ゴースト』の速度が急低下した。
それによって『ゴースト』とスペルキャスターの距離が一気に縮まり、激突し掛ける。
「ま、不味い!!」
カズヤは瞬時にレバーを操作し、『ゴースト』同様にスペルキャスターの速度をスピードを低下させて激突を防ぐ。
しかし、それによって僅かに包囲網に穴が開き、『ゴースト』は機械のような精密な動作で僅かに開いた包囲網の穴を潜ってファーストエイダーの背後に回りこんだ。自らの背後に移動された事に気がついたナノナノは、慌てて『ゴースト』に目を向けるが、既に『ゴースト』は急カーブを行なってクロスキャリバー、ファーストエイダー、スペルキャスターに背を向けていた。
機械のような精密な操作技術に、人が乗る事で得られる大胆さが合わさった『ゴースト』の動作に、アプリコット、ナノナノ、テキーラ、そしてカズヤは呆気に取られてしまう。その間にも『ゴースト』との距離は離れて行き、慌ててカズヤ達は追い掛ける。まだ、追跡出来る距離に『ゴースト』は居る。
次こそは逃がさないとカズヤ達は『ゴースト』を追い駆ける。だが、クロスキャリバー、ファーストエイダー、スペルキャスターの機首が『ゴースト』に向いた瞬間、突如として『ゴースト』の目の前の宇宙空間が歪み出す。
「何だ…アレ?」
発生した歪みを目撃したカズヤは困惑に満ちた声で呟き、アプリコット、ナノナノ、テキーラも困惑する。
宇宙空間に発生した歪みは徐々に強まり、遂には空間自体に罅が走って黒く輝く穴のようなモノが出現した。先が見通せないほどの黒く輝く穴の中に、迷う事無く『ゴースト』は飛び込む。同時に穴は一瞬の内に消え去り、先ほどまでレーダーに映っていた『ゴースト』の反応も、スペルキャスターが捉えていた電磁波も完全に消失していた。
「……今のは?」
「…『クロノ・ドライブ』じゃないですよね?」
「…ドライブ反応は無かったのだ」
「…全く未知の…移動法って事でしょうね」
カズヤ達は狐に化かされたような気持ちを抱きながら、呆然と『ゴースト』が消え去った漆黒の宇宙空間を見つめるのだった。
「……見つけました…やっぱりそうだったんですね」
ルクシオールに在る自らが座るオペレータ席に座って、『ゴースト』が現れてから消え去る瞬間まで見ていたちとせは、希望に満ち溢れた顔をしながら呟いた。
四年間、ずっと求めていた場所に至る手段。ソレを遂にちとせはハッキリと見つけた。『ゴースト』が消え去る瞬間に出現した黒く輝く穴。その先が何処に繋がっているのか、ちとせは理解したのだ。
「…必ず…必ず…次は逃しません……だから、もう少し待っていて下さい…タクトさん」
即座にちとせは先ほど得られたデータを検証する為に、コンソールを操作し出す。
レスターとココが、その様子を複雑な感情で満ちた顔で見つめるのだった。
(いや~、思っていた以上に厄介な包囲網だったなぁ)
《……………》
(多分あの『
《……………》
(……あの~、もしかしなくても怒ってる?)
《…怒りと言う感情は存在せず…》
(いや、明らかに怒ってるよね? もしかしなくてもピンク色のペイントが付いた事に怒って…)
《本機のこれからの行動の指示を即座に要求》
(……はい)
有無を言わさない雰囲気に屈して、悲しさに満ち溢れながら今後の方針を決める。
(…そうだなぁ。やっぱりセルダール付近に向かってくれるかな。どうにもきな臭い匂いだけじゃなくて、嫌な予感がするんだよ。最悪の場合は、『
《…『
(かも知れない。まぁ、可能性だけどね)
《…了解。本機はこれよりセルダール宙域に向かう》
方針が決まると共に『ゴースト』は通常の宇宙空間へとシフトし、ステルスを起動させて宇宙空間に姿を暗ませながら真っ直ぐにセルダールへと向かうのだった。
『今回登場オリジナル兵器』
名称:『特殊電磁波発生ペイント液』
詳細:『黒き月』の管理者で在るノアが造り上げた対ゴースト用のペイント液。専用の弾頭ミサイルに搭載し、ミサイル爆発と共に液体が四散して物体に取り付く事で効果を発揮する。
効果発揮と共に電磁波が発生し、索敵などで感知する事が出来る様になる。欠点として付着した量が少なかった場合は電磁波が弱くなるので感知出来ない事が在る。因みに色がピンクなのは某『強運の天使』がノアに願った為である。
通称:『ゴースト』
全長 62.4m
全幅 39.5m
全高 24.6m
『武装』
・大口径の大型ロングバレルレールガン
・中型レーザー砲
・ミサイルポット二門
・バルカン砲二門
詳細:『
現在の『
次回で第一章は終わりです。
読んでくれた皆様、ありがとうございました。また、今回の説明はネタバレの部分にも追加します。