ギャラクシーエンジェルⅡ ~失われた英雄と心に傷を負った天使~   作:ゼクス

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 アプリコット・桜庭にルクシオール艦内を案内されているカズヤ・シラナミは、内心で案内された場所の数々に驚いていた。

 トレーニングルームやシミュレータールーム、ブリーフィングルームなどはともかく、明らかに軍艦には在ると思えないゲーム機器が置かれているレクリエーションラウンジから始まり、宇宙コンビニや銀河展望公園と言った施設がルクシオール内部には配置されていたのだ。

 

「艦の中に公園まで在るなんて…」

 

「普通驚きますよね。私も最初に見た時は驚きました」

 

 銀河展望公園へと案内されたカズヤは、噴水やベンチまでも置かれている施設に驚き、青空が浮かんでいる天井を見つめる。青空自体は液晶パネルで造られた人工的なモノだが、それ以外に関しては地上に在るような公園と大差なかった。

 

「シラナミさんが驚くのは当然ですけど、この艦の元になった『エルシオール』には宇宙クジラが住んでいるクジラルームって言う人工的な海が造られている施設も在るんですよ」

 

「す、すごいな、それは」

 

 自分が考えていた軍艦のイメージが次々と崩れていく事に内心狼狽しながらも、アプリコットの案内で次は食堂へと向かう。

 

「此処が食堂です」

 

「うわぁ~、広いなぁ~」

 

「艦内の殆どの人が食事をしますから……例外が在るとすれば艦長職で忙しくて出前を頼むレスターさんと………ちとせさんぐらいです」

 

「えっ? ちとせさんは此処で食事をしないの?」

 

「……はい……シラナミさんも何れ知る事だから教えておきますけれど……ちとせさんはルクシオールに配属されてからは、ずっと自室で食事を取っているんです」

 

「そうなんだ……何か理由でも在るの?」

 

「…すいません。其処からはプライベートの事になりますから……あっ! 料理が美味しくないとかじゃないですよ! 此処の食堂の料理は本当に美味しいんです! 今コックさんを紹介しますね! ランティさん!!」

 

(ランティだって!?)

 

 聞き覚えの在る名前にカズヤが驚いていると、調理場の方から背が高い緑色の髪の二十歳前後の男性が出て来た。

 

「おう、リコ。一体どうしたって!? お前は!?」

 

「ランティ! ランティじゃないか!?」

 

「カズヤ!? 何でお前が此処に居るんだ!?」

 

 カズヤとランティは思っても見なかった再会に驚いた。

 その様子にアプリコットはカズヤとランティを見回す。

 

「あの? お二人ともお知り合いなんですか?」

 

「うん! 料理学校時代の同期でね! そっか、ランティが料理を作っているなら桜庭さんの言葉には納得出来るよ! ランティは料理学校をトップで卒業したからね」

 

「お菓子部門じゃお前には負けたがな」

 

「えっ? シラナミさんって、お菓子を作るんですか?」

 

「あぁ、そうだぜ、リコ。実際俺もコイツにはお菓子じゃ勝てない。しかし、今日新入隊員が来るって聞いていたが、まさかお前だったとは……いや、ちょっと待てよ? 確かリコや他のエンジェル隊のメンバーは新しいエンジェル隊員が来るって言っていたが」

 

「あっ、それ僕の事だよ。今日からエンジェル隊の一員なんだ」

 

「何ィィィィィィィィッ!?」

 

 知らされた事実にランティは驚愕した。

 ランティの驚愕の意味が分からないアプリコットとカズヤは首を傾げるが、次の瞬間にランティから度肝を抜くような問いが放たれる。

 

「お、お前……料理学校時代から女顔だとは思っていたが……本当に女だったのか!?」

 

「そ、そんな訳無いだろう! 僕は男だよ!」

 

「ほ、本当か?」

 

「本当だよ! 僕が乗る予定の機体はエンジェル隊が乗る『紋章機』の支援機だからエンジェル隊の所属になったんだよ!」

 

「そ、そうか…そう言う事だったのか……いや、済まねぇ。何せ『エンジェル隊』だからなぁ。今まで女性隊員しか居なかったのに、男のお前が隊員だって聞いたから驚いちまった」

 

「…まぁ、ランティの言いたい事も分かるよ」

 

 旧エンジェル隊である『ムーンエンジェル隊』も、現在の『ルーンエンジェル隊』も隊員は全て女性だった。其処にカズヤと言う初の男性隊員が入隊するのだから、ランティは驚きは当然の事だとカズヤも納得出来る。

 すると、ランティは何か別の事に気がついたのか表情を変えてカズヤに接近する。

 

「あっ! エンジェル隊で初の男性隊員って事は!? ハーレムじゃねぇか!?」

 

「えっ?」

 

「ちくしょう! 俺は食堂で仕事しないと行けないのに、お前はリコやカルーアさん、それにナノナノと楽しくお喋り出来るって事だよな! こんな風に触れ合う事だって…」

 

ーーーガシッ!

 

「ッ!?」

 

「あっ!」

 

 興奮して思わずアプリコットの肩に手を置いたランティは、すぐさま何かに気がついたように目を見開く。

 しかし、既に時遅く、次の瞬間、ランティは明らかに自らよりも小柄な筈のアプリコットに悲鳴を上げながら投げ飛ばされてしまう。

 

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

ーーードゴォ!!

 

「グエフゥ!?」

 

 投げ飛ばされたランティは床へと激突して苦痛の声を漏らした。

 突然の事態にカズヤがポカンと口を開けていると、我に帰ったアプリコットが慌ててランティに駆け寄る。

 

「ご、ごめんなさい! ランティさん!!」

 

「い、いや……今のは急に触った俺が……悪いから気にしないでくれ」

 

「……え~と? 今のは一体?」

 

 目の前で起きた光景の処理が追いつかないのか、カズヤは困惑しながらアプリコットとランティに質問する。

 すると、僅かに顔を暗くしたアプリコットが顔を俯かせながらカズヤに事情を説明する。

 

「そ、その……実は私、男性恐怖症なんです」

 

「えっ? でも、レスターさんや僕、それにランティとは普通に接していたよね」

 

「……はい、会話をする事は出来るんですけど」

 

「今の俺みたいに触れたりしたら、投げ飛ばされるって訳だ。リコ、急に触って悪かった」

 

「い、いえ、此方こそ投げてしまってすいません」

 

「……さて、そろそろ仕込みの時間だ……あぁ、それとカズヤ」

 

「ん? 何だい?」

 

「暇な時で良いから、デザートを作るの手伝ってくれ」

 

「? ……それぐらいなら構わないよ。僕もお菓子は作りたいし」

 

 突然のランティの申し出に驚きながらも、カズヤは了承した。

 それに対してランティは何時に無く真剣な顔をしながらカズヤを見つめ、すぐにその顔のまま厨房の方へと歩いて行く。

 

「そうか…なら、暇な時は頼むぞ……お前のお菓子なら、もしかしたらちとせさんも食べてくれるかもしれないからな」

 

「えっ?」

 

 最後にランティが小声で呟いた言葉が聞き取れず、カズヤは疑問の声を上げるが、ランティは厨房の中に入って行った。

 困惑したようにカズヤはアプリコットに視線を向けるが、向けられたアプリコットは悲しげに俯いて食堂の出入り口の方に足を向けていた。

 

「まだ、案内していない場所がありますから、行きましょう。次は医務室を案内しますね」

 

「あっ、うん……(何だろう? さっき少し見えたランティの顔…何か悔しそうに見えた…それに桜庭さんも悲しそうに見えるし……一体何なんだろう?)」

 

 自分が分からない艦内事情に疑問を覚えながらも、カズヤはアプリコットの案内で艦内を歩いて行く。

 そして次の行き先の医務室に辿り着く。医務室の中には丸い眼鏡を掛けたレスターよりも年上の落ち着いた雰囲気を放っている白衣を着た男性と、その男性の手伝いをしていると思わしき、腰から白くて長い尻尾のようなモノを伸ばし、猫のように細長い瞳孔の瞳を持った水色の髪の少女が居た。

 二人は入って来たアプリコットとカズヤに気がついて顔を向ける。

 

「あっ! リコたん!」

 

「おやおや、これは桜葉さん。何か御用でしょうか?」

 

「こんにちはナノちゃんにモルデン先生。今は今日からエンジェル隊に入隊する事になるカズヤ・シラナミさんの案内しているんです。シラナミさん、此方の男性の方がルクシオールの医務官の『モルデン・ベーグル』先生です」

 

「初めまして、『モルデン・ベーグル』と言います」

 

「ど、どうも…カズヤ・シラナミです。宜しくお願いします!」

 

「元気があって良いですね」

 

 カズヤの元気な自己紹介にモルデンは微笑んだ。

 次にリコはモルデンの横に居る少女を手で示し、カズヤに紹介する。

 

「そして此方の女の子が、私と同じ『ルーンエンジェル隊』所属で『RA-003 ファーストエイダー』のパイロットを務めている」

 

「『ナノナノ・プディング』と言うのだ! “RA-003 ファーストエイダー”のパイロットなのだ」

 

「僕の名前はカズヤ・シラナミ。今日から宜しくね」

 

「宜しくなのだ! ……カズヤって呼んでいいのだ?」

 

「うん。構わないよ」

 

「それじゃ、ナノナノの事はナノナノって呼んで良いのだ!」

 

「ありがとう、ナノナノ」

 

 ナノナノの言葉にカズヤは微笑みながら頷き、モルデンとアプリコットはその様子を微笑ましそうに見つめていた。

 

「早くも打ち解けたようですね」

 

「見たいですね……そう言えばナノちゃんはどうして此処に?」

 

「少し医務室の備品のチェックを手伝って貰っていたんです……少々栄養剤が不足がちになってきましてね」

 

「あっ! それじゃ後で倉庫から出しておきますね」

 

「お願いします」

 

 アプリコットの申し出にモルデンは笑みを浮かべながら頷いた。

 その間にナノナノはカズヤに質問を繰り返し行なっていた。

 

「カズヤは、一人で此処に来たのだ?」

 

「いや、一人じゃないよ。フォルテ教官と一緒に来たんだ」

 

「フォルテ先生が来ているのだ!?」

 

 カズヤの報告にナノナノは嬉しそうに微笑んだ。

 フォルテはカズヤだけではなく、アプリコットやナノナノ、そしてこの場には居ないもう一人の隊員もフォルテの教導を受けて慕っている。その相手が居る事実にナノナノは目を輝かせる。

 

「うん。まだ、ルクシオールに居ると思うよ。“ちとせさんを引っ張っていったから”」

 

ーーーゾクッ!

 

「……そうですか、フォルテさんがちとせさんを」

 

(えっ? 何この雰囲気?)

 

 ちとせの名前が出ると同時に変わった医務室の雰囲気にカズヤは困惑した。

 先ほどまで和やかにアプリコットと話していたモルデンは真剣な顔になり、ナノナノも何処と無く雰囲気を変えていた。

 

「……ちとせ…これで少しは無茶を止めてくれると良いのだ」

 

「そうですね。もう少し自分の体を気遣って欲しいものです。事情は分かっていますが、それでも無茶は体にはいけません」

 

「……え~と? もしかしてちとせさんって、問題児か何か何でしょうか?」

 

「…シラナミ君もすぐに分かるでしょうから言っておきますが、彼女の事は注意深く見ていて欲しいのです」

 

「……この前も廊下に倒れていたのだ。ココがすぐに見つけてくれたから良かったけれど……もう何度もちとせは倒れているのだ」

 

「えぇっ!? 何度もちとせさんは倒れているんですか!? もしかしてちとせさんって何かの病気を持っているんですか!?」

 

「病気と言えば病気です。ただ彼女の場合は…精神的なものでして…治療法が無いのです」

 

「精神的?」

 

「そうです。だから、シラナミ君」

 

「は、はい!」

 

「ちとせさんには注意を払っていて下さい。彼女は今、本当にギリギリの瀬戸際に居るんです…いえ、自ら其処に立っていると言うべきでしょう」

 

 モルデンは沈痛な顔をしながらカズヤに告げた。

 其処には何も出来ない自分に対する苛立ちも宿っている。カズヤは困惑しながらも頷き、アプリコットとナノナノと共に医務室から退出した。

 

「それじゃあ、最後にティーラウンジに行きましょう」

 

「ティーラウンジって……まさか?」

 

「はい、喫茶店の事です」

 

「可愛いウェイトレスさんも居るのだ!」

 

「……もう何がこの艦の中に在っても驚けない」

 

 自らが持つ軍艦のイメージが完全に破壊された事に項垂れながら、カズヤはアプリコットとナノナノと共にティーラウンジへと向かい出す。

 すると、ティーラウンジに辿り着く前の少し離れた通路の場所で困ったように立ち止まっているエンジェル隊の制服を着た金髪の女性が、すぐ傍の空中に猫の頭部のような形をした生物を浮かばせながらティーラウンジの方を覗いていた。その後ろ姿を見たリコは女性に声を掛ける。

 

「あっ! カルーアさん!!」

 

「カルーアなのだ!」

 

「ッ!? …リコちゃんにナノちゃん…いきなり背後から声を掛けられて驚きましたわ」

 

 金髪の女性-『カルーア・マジョラム』-は知っている二人の姿に安堵の息を漏らした。

 何か何時もと違う様子のカルーアにアプリコットとナノナノは疑問を覚えながらも、カルーアにカズヤを紹介する。

 

「カルーアさん。此方の男性の方が今日からエンジェル隊に入隊する事になった」

 

「カズヤ・シラナミです。宜しくお願いします」

 

「ご丁寧にどうも…私は『カルーア・マジョラム』と申します。“RA-004 スペルキャスター”のパイロットを務めています。それでこっちが…」

 

「あちしの名前は『ミモレット』と言うですに!」

 

「うわっ! ぬいぐるみが喋った!?」

 

 カルーアの横に浮かんでいた猫の頭部の様なぬいぐるみだと思っていた物が喋った事に、カズヤは驚愕した。

 その様子にミモレットは怒りで顔を染めて、カズヤに食って掛かる。

 

「ぬいぐるみじゃないですに! あちしは魔女であるカルーア様の使い魔ですに!」

 

「えぇっ! カルーアさんって魔女なの!?」

 

「私の事はカルーアと呼んで構いませんわ~。代わりに私はカズヤさんって呼ばせて貰います~」

 

「あっ、はい……それでカルーアが魔女って言うのは?」

 

「本当の事ですわ~」

 

「しかも、カルーア様は『魔法惑星マジーク』で12人しかいない公認A級魔女なのですに!」

 

 『魔法惑星マジーク』。『NEUE(ノイエ)』に於いてセルダールと並ぶ惑星の一つであり、『魔法』と言う『科学』とは違う文明が発達している。カルーアはそのマジークに於いても惑星内で12人しかいない公認A級魔女だった。

 カズヤも魔女の存在は知っていたが、まさか目の前に居るカルーアが魔女だと知り、驚きと興奮を覚えた。そのままカズヤはカルーアと話しようとするが、その前にアプリコットが疑問に覚えた事をカルーアに質問する。

 

「そう言えばカルーアさん? どうしてこんな所に居るんですか? ティーラウンジの方を見ていましたけれど」

 

「そ、それは…」

 

「見ればわかるですに……今ティーラウンジでは大変な事が起きているんですに」

 

「大変な事?」

 

 ミモレットの言葉にカズヤ、アプリコット、ナノナノはティーラウンジの方を覗く。

 其処にはティーラウンジの中で互いに向かい合うように座りながら、ちとせに説教を行なっているフォルテの姿が在った。離れている事とピロティの入り口の扉が閉まっているおかげで聞こえずに済んでいるが、フォルテの説教は見ているだけで凄まじいと分かった。現に説教されているちとせは体を縮こまらせ、自らが説教されていないにも関わらずウェイトレスらしき少女は涙目だった。

 カズヤ、アプリコット、ナノナノはフォルテの姿に思わず体を震わせ、カルーアとミモレットは同感だと言うように頷く。

 

「先ほどからずっとあの様子ですの~」

 

「カルーア様とお茶をしに来た時には、あの状況でしたに」

 

「ってことは、僕らと別れてから教官はティーラウンジにちとせさんを連れて来たのか」

 

「其処からずっとちとせさんに説教しているようですね」

 

「フォルテ先生が怖いのだ~」

 

 それぞれちとせに説教しているフォルテに怯えて顔を見合わせていると、ティーラウンジの入り口が開きちとせが出て来た。

 余程フォルテの説教がきつかったのか、ちとせはフラフラと体を揺らしながらコンビニが在る方向へと歩いて行く。カズヤ達はそのちとせの姿に合掌すると共に、ティーラウンジの中へと入る。

 

「い、いらっしゃいませ!」

 

 入って来たカズヤ達に涙目のウェイトレスが挨拶して来た。

 その姿にアプリコットは哀れみも覚えながらもウェイトレスに話し掛ける。

 

「こ、こんにちは『メルバ』さん。た、大変だったみたいですね」

 

「えぇ、まぁ…本当に凄い怒りようでしたから」

 

 ウェイトレスの少女-『メルバ・ブラウニー』は憔悴した顔で頷いた。

 その様子にカズヤ達が哀れみを覚えていると、フォルテがカズヤ達に気がつく。

 

「カズヤ達じゃ無いか。ルクシオールの案内は終わったのかい?」

 

「此処で最後ですよ、教官。後はブリッジに行くだけです」

 

「そうかい……まぁ、あんた等も座りなよ。カズヤの『エンジェル隊』入隊祝いだ。好きなもん頼みな。あたしの奢りだよ」

 

「ありがとうございます! 教官!」

 

「フォルテさん! ありがとうございます!」

 

「ありがとうなのだ! フォルテ先生!」

 

「どうも、頂かせていただきます~」

 

 カズヤ達はそれぞれフォルテに感謝を告げながら椅子に座り、注文をメルバに頼んだ。

 フォルテも追加のコーヒーを頼むと、ゆっくりとカズヤ達の顔を見回す。

 

「カズヤ。どうだったい、ルクシオールは?」

 

「……軍艦だとは思えない施設が沢山あって驚きっぱなしでしたよ」

 

「ハハハハハッ、まぁ、確かにそうだね……それで他の『ルーンエンジェル隊』のメンバーには全員会ったのかい?」

 

「えっ? まだ、他にも居るんですか? てっきり、此処に居る桜庭さん、ナノナノ、それにカルーアだけだと思っていたんですけど?」

 

「あぁ、もう一人居るんだよ。カルーア」

 

「はい~」

 

「紹介してやりなよ」

 

「分かりました~。ミモレットちゃん。お願いします~」

 

「任せるでしに!」

 

 カルーアの呼びかけにミモレットは力み出す。

 カズヤは一体何が起こるのかと見つめていると、ミモレットの口から茶色いものを吐き出された。出て来たのが市販されているチョコレートボンボンだとカズヤが認識すると同時に、慣れた様子でカルーアは口に含む。

 次の瞬間、カルーアの体が緑色の光に包まれ、下からまるで風が吹いているように髪と洋服が風になびいた。すると、きちんと着ていた制服の上着の前のボタンがすべて外れ、羽織るような格好になり、服の上からでもわかった豊満な胸元の谷間が見えるように強調される。更に変化は続き、カルーアの輝くの様な金髪が紫色に変わって行き、目が若干つり上がる。

 明らかにカルーアが別人へと変わった事にカズヤが唖然としていると、カルーアだった人物がフレンドリーに話し掛けて来る。

 

「ハァーイ、シラナミ。アンタの事はあの娘を通じて見ていたわ。アタシはテキーラ。『テキーラ・マジョラム』よ。宜しくね」

 

「え、えぇー!!」

 

 魔法については常識的な知識しかないカズヤは、先ほどまでカルーアだったテキーラと名乗る女性に動揺を禁じ得なかった。

 その様子にアプリコットは苦笑しながら、狼狽しているカズヤに事情を説明する。

 

「シラナミさん、カルーアさんとテキーラさんは二重人格なんです。意識と同時に体も入れ替わっちゃうんですよ」

 

「そう言う事。カルーアは魔法の実験を中心にやっているけど、私は実践、使う方をメインにしているわ。ついでに荒事もアタシ担当。『紋章機』で戦う時はアタシだから、合体する時は宜しくね」

 

「そ、そうなんだ。よろしくね。テキーラ」

 

 いきなり目の前で起きた超常現象に思考が追いつかないながらも、カズヤは挨拶を返した。

 その姿にテキーラは何か悪戯を思いついたような顔をしながらカズヤに接近して、手袋越しにカズヤの顎を触る。

 

「ふーん……シラナミ、アンタ結構可愛い顔してるじゃない?」

 

「え、えぇっ!?」

 

 美しい美女に迫られたカズヤは更に狼狽し、近くに在るテキーラの胸元の谷間や白い肌に視線が移ってしまう。すると、アプリコットがテキーラとカズヤの間に割り込んで来る。

 

「だ、ダメですテキーラさん!! シラナミさんが困っています!! 離れて下さい!」

 

「あら、そうかしら? 私の胸元に視線が向いていたし、案外こういうのが好きだったりして?」

 

「シラナミさんはそんな人じゃありません!!」

 

 確実にからかっているテキーラに対してリコは力強く宣言した。

 からかわれた本人であるカズヤはどうすれば良いのかと視線を彷徨わせる。その様子を見咎めたフォルテがテキーラに注意する。

 

「その辺にしておきな、テキーラ」

 

「は~い。お久しぶりですね、フォルテ先生」

 

「そうだね。直接会うのは確かに久しぶりだ」

 

「それで、烏丸の方はどうなんです?」

 

「しっかり叱ってやったよ。出て行った時にコンビニの方に歩いて行っただろう? あれは食事を買いに行ったんだよ。何事も無ければ、そのまま自室に戻って食事を食べ終えると共に寝っちまうだろうさ」

 

「流石フォルテ先生! あの烏丸を休ませるなんて並大抵の事じゃ出来ませんよ!」

 

 フォルテの手腕をテキーラは笑みを浮かべながら絶賛した。

 ただ叱っていただけではなく、フォルテは叱り終わった後のちとせの行動を誘導したのだ。ただでさえ疲弊しているところにフォルテの大説教でちとせの精神は更に疲弊した。其処で自室で食事を取れば、ちとせは深い眠りにつく。

 其処まで見越して説教を行なったフォルテに、アプリコット、テキーラ、ナノナノは尊敬の眼差しを向ける。

 

「……あの~」

 

「ん? 何だい、カズヤ?」

 

「…艦内を見回っている時から気になったんですけど、ちとせさんには何か在るんですか?」

 

「……あの子はね。無くしたんだよ。自分を支えてくれた翼を」

 

「えっ?」

 

 フォルテの言葉にカズヤが意味が分からないと言うような声を上げるが、他の面々は僅かに顔を暗くした。先ほどまでカズヤやアプリコットをからかっていたテキーラも静かになり、フォルテはゆっくりと真剣な眼差しをカズヤに向ける。

 

「……ちとせが元『ムーンエンジェル隊』の一員だってのは教えたね」

 

「はい」

 

「入隊した頃のちとせは今のアンタよりも『エンジェル隊』の雰囲気に困惑していたんだよ。『トランスバール皇国最強の部隊ムーンエンジェル隊』。あの子は憧れながら『ムーンエンジェル隊』に入った。だけど、自分の理想と現実の違いに悩んでいた。当時のちとせは真面目で柔軟さがあんまりなかったからね。それを良い方向に向かわせたのが、当時のあたしらの司令官『タクト・マイヤーズ』だ」

 

「あっ! 知ってますよ! 確か『トランスバール皇国の英雄』って呼ばれている人ですよね?」

 

「……まぁね。タクトはちとせを支えて『エンジェル隊』に溶け込ませた。おかげでちとせはあたしらと馴染んで『ムーンエンジェル隊』のエースにまでなった」

 

「エース!? ちとせさんが!?」

 

「そう。だけどね。今のちとせは『エンジェル隊』に入隊した頃のちとせに戻っている。いや、もしかしたらもっと悪いかもしれない。自分を支えてくれた翼が無くなった事は、其処まで響いて居るんだよ」

 

(支えてくれた翼? あっ! そう言えば『タクト・マイヤーズ』さんって……殉職したって話が)

 

 『EDEN(エデン)』での出来事を少なからず知っているカズヤは、フォルテが言いたい事をおぼろげに理解した。

 

「……暗い話をしたね。さて、私はそろそろセルダールに戻らないと行けないから失礼するよ」

 

「フォルテ先生。帰っちゃうのだ?」

 

「悪いね、ナノナノ。今度会った時に遊んでやるからさ」

 

「約束なのだ!」

 

「あぁ、約束だ。んじゃ、会計はしておくから。またね」

 

 フォルテは右手を上げながら別れの挨拶を終えると、会計を済ませてピロティから出て行った。

 残された四人とミモレットは暗い雰囲気を晴らそうとするかのようにそれぞれの身の上話を行いながら、注文した品々を食べたり飲んだりして談笑した。

 

 三十分後、カズヤとアプリコットは、ピロティでテキーラとナノナノと分かれた後、ブリッジを目指していた。『エルシオール』と違い、『ルクシオール』には直通エレベーターが存在しているので移動は簡単だった。

 カズヤがブリッジ内部に足を踏み入れてみると、其処には10名ほどのクルーがそれぞれ仕事を行なっていた。そして中心に在る艦長席にレスターが座っており、モニター画面に映っている人物と通信を行なっていた。

 

『それじゃ、今の任務を終えた後に『セントラルグロウブ』に帰還して頂戴。“アレ”の微調整の為の試運転をしたいから』

 

「了解した。本艦は任務終了後に『セントラルグロウブ』に帰還する」

 

『宜しくね』

 

ーーーブゥン!

 

(今のはノアさん?)

 

 通信が切れる前にモニターに映っていた見覚えの在る人物の姿に、カズヤは僅かに驚きながらもアプリコットと共にレスターに近寄る。

 

「カズヤ・シラナミ! 只今参りました!」

 

「おお、シラナミか。リコ、艦の案内は終わったのか?」

 

「はい、レスターさん」

 

 カズヤとアプリコットが来た事に気がついたレスターは二人に体を向けた。

 

「シラナミ。此処がブリッジだ。何か在れば此処かブリーフィングルームに呼ぶから、良く覚えておけよ」

 

「はい!」

 

「それと渡す物だが……ココ。頼んでおいた物を持って来てくれ!」

 

「はい、司令」

 

 レスターの呼びかけに茶色の髪を結んだ眼鏡を掛けた女性がオペレータ席から立ち上がり、レスターの横に移動した。

 

「彼女はルクシオールでのチーフオペレーターを務めている女性だ」

 

「『ココ・ナッツミルク』よ。階級は大尉でこのブリッジのチーフオペレーターをしているの。宜しくね、カズヤ君!」

 

「はい、此方こそ宜しくお願いします!」

 

「元気な返事ね。それに真面目そうだし」

 

「あぁ、『エンジェル隊』にしては珍しいまともな奴だ。心が洗われるようだ」

 

(えぇーー!!)

 

 ココとレスターの評価に内心でカズヤは叫ぶが、横に居るアプリコットは苦笑を浮かべていた。

 何せ『エンジェル隊』は昔も今も破天荒なメンバーが多い。昔の『エンジェル隊』に苦労させられたレスターからすれば、カズヤの真面目さは嬉しい事だった。

 

「その真面目さを貫けよ、カズヤ」

 

「は、はぁ」

 

「フッ、さてココ」

 

「はい……カズヤ君。これを渡しておくわね。貴方の部屋のカードキーよ」

 

 ココはカズヤに手に持っていたカードキーを手渡した。

 渡されたカズヤはカードキーを両手で持ちながら見つめ、ココが説明する。

 

「まだ、暗号は登録していないから、決まったら連絡して頂戴。それと無くさないようにね」

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

「それじゃ、此処での用は終わりだ。一度自分の部屋を確認して来い」

 

「分かりました」

 

「リコも案内ご苦労だったな」

 

「いえ、シラナミさんとお話出来て楽しかったですから」

 

 レスターの労いにアプリコットは平然としながら答えた。

 その様子にレスターの横に居たココは僅かに目を丸くするが、すぐさま表情を戻して自身のオペレーター席に戻ろうとする。レスターも艦長席に座り直し、カズヤとアプリコットは退出しようとする。

 だが、二人の退出を遮るようにブリッジ内部に警報音が鳴り響く。

 

ーーービィィィィッ! ビィィィィッ!

 

 突然の警報音にブリッジ内部は騒然となり、退出しようとしていたカズヤとアプリコットは慌てて振り返る。

 

「何事だ!?」

 

「所属不明の艦が一隻、本艦に接近して来ます!」

 

「所属不明だと? モニターに映せるか?」

 

「はい。メインモニターに映します」

 

ーーーブゥン!

 

 レスターの指示に従って男性オペレーターが操作すると共にメインモニターにルクシオールに接近する艦影が映し出された。メインモニターに映る艦をレスターは注意深く観察する。

 

「……旧式の『NEUE(ノイエ)』製の武装艦だな」

 

「はい。幾つか武装が追加されていますが、データの照合の結果、間違いなく『NEUE(ノイエ)』製の武装艦です。スキャンの方でもこれと言った違いは見受けられません」

 

「こんな辺境に武装艦……海賊の可能性が高いか」

 

 顎に手をやりながらレスターは武装艦の正体を推測する。

 セルダールを中心に『EDEN(エデン)』軍が介入するようになってからは、来訪前に『NEUE(ノイエ)』の宇宙中に居た海賊達は次々と捕縛された。しかし、なかには辺境に運よく逃げ延びる事が出来た海賊も居る。

 今接近している武装艦はその類だとレスターは推測すると共に、すぐさまブリッジ内部に指示を出す。

 

「総員! 第二戦闘配備だ!」

 

「了解! ブリッジより各施設に通達! 本艦はこれより第二戦闘配備に入ります! これは訓練ではありません! 繰り返します。本艦は第二戦闘配備に入ります!」

 

 ココはレスターの指示に従って警報を発しながら艦内放送を行なった。

 カズヤとアプリコットは戦闘になるかもしれないと考えてレスターの傍に近寄る。

 

「司令! 僕達は如何すれば良いんですか!?」

 

「まぁ、待て。先ずは相手と通信出来るかどうかを確かめてからだ。お前達は此処で暫らく待機していてくれ」

 

『はい!』

 

 慎重論を告げるレスターにカズヤとアプリコットは頷いた。

 レスターは通信士に接近して来る武装艦との通信が行なえるかどうか確かめるように指示を出す。同時にブリッジの扉が開き、慌てた様子のちとせが入って来た。

 

ーーーブゥン!

 

「烏丸ちとせ! 只今到着しました! 一体何が在ったんですか!?」

 

「ちとせか……今所属不明の武装艦がルクシオールに接近して来ている。見たところ海賊の可能性が高い。戦闘になるかもしれないから、お前も席に着け」

 

「はい! クールダラス司令!」

 

 ちとせはレスターに返答すると共に、開いていたオペレーター席に座ってコンソールを操作し出す。

 カズヤがそのちとせの背を見つめていると、横に立っていたアプリコットが説明する。

 

「ちとせさんはブリッジでは解析や探索を行なうのが仕事なんです」

 

「そうなんだ」

 

「顔色も良さそうですし、きっとフォルテ先生の言葉が効いたんですよ」

 

 アプリコットは安堵の息を漏らしながら、流れるような動きでコンソールを操作しているちとせの横顔を見つめる。

 すると、接近して来ている武装艦と通信を試みていた通信士がレスターに慌てて顔を向ける。

 

「武装艦と通信繋がりました! メインモニターに映します!」

 

ーーーブン!

 

 レスター達の視線がメインモニターに移ると共に、モニターに気の強そうな雰囲気を発している赤い髪の少女-『アニス・アジート』-が映し出された。

 

『おっ! 漸く通信が通じる距離になったみてぇだな! やい、お前ら! すぐに降伏して積んでいる荷物を渡しやがれ! そうすりゃ、痛い目をみずに済むぜ!」

 

「……此方は『EDEN(エデン)』軍所属の艦、ルクシオールだ」

 

 アニスの物言いに内心で苛立ちを感じながらも、それを億尾にも出さずにレスターは自らの所属を教えた。

 軍の艦艇だと分かればアニスの物言いも変わるだろうとレスターは考えたのだ。泡行く場は戦闘にならずに投降するかもしれない。しかし、レスターの考えを否定するようにアニスがモニター内で叫ぶ。

 

『へっ! 嘘つくならもっとマシな嘘をつくんだな! こんな辺境に『EDEN(エデン)』軍が出張って来るかよ!』

 

「当艦は試験運行と『NEUE(ノイエ)』の調査任務を行なっているのだ」

 

『あぁ、はいはい。最もらしい話はもう良いぜ……それよりも、さっさと降伏してくれよぉ。こっちも遊んでいる暇はねぇんだから』

 

(ん?)

 

 アニスの言い方に引っ掛かりを感じたレスターは、左目を細めてアニスを観察する。

 平然とした顔をしているが、良く見ればアニスの頬には僅かに汗が流れていた。更に良く見てみれば、通信を繋いでいるレスター達以外にも気になる事が在るのか、視線を何度も横に彷徨わせている。

 

「(……何かを焦っている? 一体何をだ?)……聞くが、何を怯えているんだ? 今更俺達に喧嘩を仕掛けた事を後悔しているのか?」

 

『ば、馬鹿! テメエら何かに怯えかっよ! 『ゴースト』じゃ在るまいし、見えているお前ら何かに怯え…』

 

「『ゴースト』だと!?」

 

(えぇっ! 『ゴースト』だって!?)

 

 聞き覚えの在る通称にレスターとカズヤは驚き、アプリコット、ココ、そして他のブリッジメンバーも驚愕した。

 アニスから詳しい話を聞こうとレスターは口を開けようとするが、その前にオペレーター席に座っていたちとせがコンソールに両手を叩きつけながら叫ぶ。

 

ーーーバン!!

 

「何処で『ゴースト』に出会ったの!? 今すぐ答えて!?」

 

(ちとせさん!?)

 

 何らかの執念が篭もっているような叫びと、必死さに溢れたちとせの形相にカズヤは目を瞬かせた。

 メインモニターに映っているアニスもちとせの気迫に圧されて体を震わせていた。しかし、すぐさまアニスは我に返って、自らが圧された事実に怒りを覚えたのか、顔を赤くしながら叫ぶ。

 

『うっせぇ! 何で俺がテメエらの質問に答えねぇと行けねぇんだ! ……もう良い! 力尽くで荷物は頂くから、覚悟しやがれ!』

 

「待って! まだ話が!?」

 

ーーーブゥン!

 

 質問に答えて貰おうとちとせは言い募ろうとしたが、無情にもメインモニターの画面は消えた。

 その事実にちとせは顔を俯かせ、訳が分からないカズヤは視線を彷徨わせる。レスターは悔しそうにしているちとせの背に視線を向けながらも、ブリッジ全体に指示を出す。

 

「武装艦が攻撃して来るぞ! シールドを張れ! ココ! 『エンジェル隊』全員を至急ブリーフィングルームに集合させろ!」

 

「分かりました!」

 

「ちとせ! お前は周辺の索敵に入念にやるんだ! 僅かな反応も見過ごすな!」

 

「……了解しました」

 

 レスターの指示にちとせは顔を俯かせながら険しい声で答えると共に、オペレーター席に座り直す。

 そのままちとせはコンソールを操作して自らの周りに展開されているモニターを注意深く見つめる。其処には、ほんの僅かな反応も見過ごさないと言う気迫が宿っていた。

 ちとせの気迫を感じながら、レスターはカズヤとアプリコットの傍に駆け寄る。

 

「カズヤ、リコ! すぐにブリーフィングルームに移動だ! 敵の有効射程までまだ距離が在るとは言え、ボサッとしている暇は無いぞ!」

 

『りょ、了解!!』

 

 先ほどのちとせの気迫の篭もった叫びに負けないぐらいの歴戦の戦士の風格を宿しているレスターに、カズヤとアプリコットは返事を返し、三人はブリーフィングルームへと急ぐのだった。




次回は戦闘です。

原作とは違った布陣が展開されます。

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