ギャラクシーエンジェルⅡ ~失われた英雄と心に傷を負った天使~ 作:ゼクス
エルシオールのブリッジ内部は暗い雰囲気に包まれていた。
『アナザースペース』から無事に帰還すると思われていたタクト・マイヤーズと烏丸ちとせの二人。しかし、帰還を果たした二人が乗っていた『紋章機』シャープシューターは大破し、パイロットであるちとせは医務室で眠り続け、タクトは生死不明。誰もが無事に二人は帰還すると思っていたのに、無残な結果になってしまった事実の言葉が出せなかった。
何時もは元気なブリッジのオペレーターである『ココ・ナッツミルク』と『アルモ・ブルーベリー』の二人も、暗く沈んだ顔をしながら作業を続けていた。
現状エルシオールは『白き月』内部の港に停泊し、回収したシャープシューターの調査が行なわれていた。ちとせの意識が戻らない今、手掛かりが在るとすればシャープシューターだけだった。ノアを陣頭にして『白き月』の技術者達が急ピッチで調査している。その場にはレスター・クールダラスとシヴァ女皇陛下も同席している。二人とも少しでも情報を早く手に入れたいのだ。
ブリッジに居る誰もが早く調査結果が出て欲しいと願っていると、ブリッジの扉が開きフォルテが足を踏み入れる。
ーーーブゥン!
「失礼するよ」
「あっ! フォルテさん!」
「もしかしてちとせさんの意識が戻ったんですか!?」
他のエンジェル隊のメンバーと共に医務室でちとせに付き添っていたフォルテの来訪に、ココとアルモは問い掛けた。
しかし、フォルテは首を横に振ってゆっくりと艦長席に近づく。
「いや、まだだよ。此処に来たのは少しでも調査結果が出てないか聞く為さ。他の子達はちとせが心配で付き添っているから、あたしが来ただけさ」
「…そうですか…残念ですけど、まだ、クールダラス司令やノアさんから連絡は届いていません」
「……そうかい…まぁ、そんなに早く結果は出ない事は分かってたけどね」
フォルテとて調査結果が出てない事は分かっていた。
ブリッジに訪れたのは少しでも気を紛らわせる為。医務室もブリッジ同様に暗い雰囲気に包まれているのだ。何時もほのぼのとして天真爛漫なミルフィーユも、明るく元気なランファも悲しみで暗く沈んでいる。冷静沈着なミントも悲しみを隠せずに俯き、ヴァニラはケーラが止めるまでナノマシン治療をちとせに施して疲労していた。
エルシオールに居る誰もが予想外の事態に困惑しているのが現状だった。此処に居ても仕方が無いと考えたフォルテは、ブリッジから出て行こうと入り口に足を向ける。
ーーービィビィッ!
「あっ!」
通信を知らせる音にアルモは慌てて、メインモニターのスイッチを押す。
すると、メインモニターに険しい表情を浮かべたレスターが映し出された。
「クールダラス艦長!」
『……アルモ…ココ……すぐに、エンジェル隊をブリッジに集合させてくれ。まだ、完全では無いが、ある程度の調査結果が出た。その報告行なう』
「はい! 分かりました!」
アルモがレスターに返事を返すと共にメインモニターが消える。
すぐさま指示に従ってエンジェル隊を呼び出そうとするが、その前に背後からフォルテの声が聞こえて来る。
「エンジェル隊は至急ブリッジに集合しな! 調査結果が出たらしいよ!」
その様子を見ていたアルモとココは五分と掛からずに集まるであろうエンジェル隊を思って、苦笑を浮かべあうのだった。
三十分後のエルシオールブリッジ内部。
其処には既にエンジェル隊のメンバー全員が集まり、調査結果を持って来たレスター、ノア、シヴァを見つめていた。代表としてノアが前に一歩踏み出す。
「全員集まったわね。それじゃまだ調査途中だけど、結論から言うわ。信じ難い事だけど、タクトとちとせは『アナザースペース』内で何者かに襲われたのは間違い無いわ」
告げられた結論に予測していたとは言え、ブリッジ内部に居る誰もが騒然する。
そんな中、ヴァニラが気絶する前のちとせが残した言葉を思い出してノアに報告する。
「ちとせさんは『ウィル』に襲われたと言っていました」
「『ウィル』ね…個人の名前なのか、組織名なのかは分からないけれど、『ウィル』がタクトとちとせを襲ってシャープシューターを大破させたのは間違い無いわ」
「でも、ちとせが負けるなんて!?」
ちとせの実力を知っているランファは思わず叫んだ。
エンジェル隊の中ではちとせは新米だが、その実力はエンジェル隊の他のメンバーを上回るエースの座についている。中でも長距離精密射撃の腕はエンジェル隊では随一なのだ。そのちとせが天才的な指揮能力を持っているタクトも居て敗北した事実が、ランファには信じられなかった。
だが、それはあくまでシャープシューターが万全な状態だからこその話だった。
「普通なら確かにタクトとちとせが負けるとは思えないわね。だけど、忘れたの? シャープシューターは『クロノ・クェイク・ボム』のエネルギーを全て『アナザースペース』に送っていたのよ。つまり、シャープシューターのエネルギー残量は殆ど無かった」
「それじゃ、二人は抵抗らしい抵抗も行なえなかったって言うのかい?」
「えぇ、そうよ」
「…そんな」
ミルフィーユは悲しげな声を上げ、他のメンバーもそれぞれ悲しげに顔を歪める。
場の雰囲気が悪くなった事をノアは察するが、まだ話は途中なので続ける。
「それと相手は多分タクトとちとせを捕獲する目的で動いたんでしょうね、シャープシューターの破損はコックピット周辺は余り酷くなかったから……抵抗されないように武装を破壊したと見て間違い無いわ」
「調査班の報告でも同様の結果が出ている。また、ちとせの両腕の怪我についてだが……どうやら、あの怪我はちとせ自身が自ら傷つけた傷の可能性が高い事が判明した」
「どう言う事ですの?」
「これを見て」
ーーーブゥン!
ミントの質問に、ノアはコンソールを操作してメインモニターにシャープシューターのコックピット内部の映像を映し出した。
ちとせを運び出す時には気がつかなかったが、コックピット内部の出入り口のハッチには血が付いていて、何度も打ち付けたような後が残っていた。
「…これは…もしかして、ちとせは…」
「今フォルテが思い浮かべた通りだろう。恐らくちとせはコックピットの外に出ようと、何度もハッチを両手で殴ったんだ……腕が折れてもな」
「ちょっと待ってよ。ハッチの開け閉めなんて普通に出来るんじゃ?」
「通常ならな。だが、シャープシューターのハッチは外側のコンソール部分が破壊され、開け閉めが出来ない状態になっていたんだ」
「敵からの攻撃のせいですか?」
「いいえ、違うわ、ミルフィーユ……恐らくだけど、コンソールを破壊したのは
『えっ?』
ノアの言葉にエンジェル隊は驚き、ノアも同感だと言うように頷きながらコンソールを操作する。
すると、今度は外側のハッチ部分がメインモニターに映り、外側に付いているハッチの開閉コンソールが何かに撃ち抜かれていた。逸早く何で撃ち抜かれたのか気がついたのは、エンジェル隊の中で銃器の扱いに最も長けているフォルテだった。
「…レーザーガンで撃ち抜かれているね」
「えぇ、そうよ。多分タクトはちとせをコックピット内に入れた後に、外部の開閉用のコンソールを破壊したんだと思うわ。理由は言うまでも無く、ちとせを護る為でしょうね」
『……………』
「敵に捕縛された後、タクトはちとせだけでも助けようとシャープシューターの中に閉じ込めた。私達が此方側の世界に連れ戻そうとしていると信じて…賭けに出た。その賭けにタクトは勝ったけれど……タクトは『アナザースペース』に取り残されてしまった。生きているのか死んでいるのかも分からないわ」
「クッ! あの馬鹿が…」
「…クールダラス艦長」
苛立たしげに言葉を漏らしたレスターだったが、その顔は悲しみで溢れていた。
常日頃不真面目なタクトに対して気苦労が絶えないレスターだったが、タクトの事は心の底から信頼し、
ノアはその様子に僅かに顔を悲しげに染めるが、すぐに首を横に振って何時もの冷静沈着な顔に戻る。
「…ヴァニラ。ちとせの制服に付いていた血のDNA検査は終わっているんでしょう? 結果はどうだったの?」
「……エルシオール内部に登録されているデータベースから……調査した結果……タクトさんのDNAと一致しました」
「……そう……これでタクトが死亡している可能性が増えたわね」
「ノアよ」
静かに話して聞いていたシヴァがノアに声を掛けた。
その顔は他のメンバー同様に悲しさに染まっており、年相応の表情が滲み出ていた。女皇に即位してからは皇族として責務を背負っていたが、今はその仮面が僅かに綻んでいた。
「単刀直入に聞くが……マイヤーズは……タクトは此方に帰還出来るのか?」
「………ハッキリ言って良いの?」
「構わん。気休めでこの場に居る全員が納得する訳が無いからな」
「…………そう、ならハッキリと言うけど……『アナザースペース』からのタクトの帰還は……不可能よ」
『ッ!?』
残酷な事実に一同は言葉を失うが、告げたノアには不可能だと頭に浮かんだ理論によって分かっていた。
「先ず不可能だと言った理由だけど、『紋章機』のような大型戦闘機レベルならともかく、タクト個人レベルでの『アナザースペース』への干渉は不可能なのよ。更に言えば今回シャープシューターを此方側に戻せたのは、同じ『紋章機』の存在が在ったからよ。装備は違ってもメインフレーム自体には大きな差は無いから、可能だったの…だけど、タクト個人を連れ戻すのは技術的にも不可能なの」
「だったら、こっちから『アナザースペース』には迎えないの!?」
「それも無理よ。『アナザースペース』への入り口を開けたのはちとせとタクトが乗ったシャープシューターだけ。タクトも居なくて、シャープシューターも大破してしまった今、ちとせには『アナザースペース』への扉はもう開けない。更に言えば開く為には『クロノ・クェイク・ボム』のエネルギーまでも必要になるわ」
「……一歩間違えれば、『クロノ・クェイク』が起きるって事かい?」
「そう。流石にタクト個人を助ける為に、宇宙全体を巻き込む事は出来ない。更に言えば、例え運よく扉が開いたとしても、『アナザースペース』に行けるのはエネルギーが枯渇した『紋章機』が一機だけ。『ウィル』が何者なのか分からないけれど、もしも大艦隊レベルの組織だった場合、自殺に行くようなモノでしか無いわ」
「それでは……マイヤーズの事は…」
「……酷な言い方かもしれないけれど、タクト個人の為だけに宇宙全体を危機に晒す訳には行かないわ」
ノアは冷酷にシヴァの願いを不可能だと断じる言葉を告げた。
シヴァもノアの言葉の意味を理解している。個人としてはタクトの救出を願っても、為政者としてはタクトの帰還を諦めるしか無かった。シヴァは既にトランスバール皇国を背負う女皇。その顔は悔しげに染まり、唇を強く噛み締めていた。
エンジェル隊のメンバーはそのシヴァの様子から、どれほどまでにシヴァが苦しんでいるのか察し、フォルテは目元が見えないぐらいまで軍帽で顔を隠し、ミルフィーユ、ランファ、ミント、ヴァニラは目じりに涙を浮かべながら悲しげに顔を俯かせる。すると、ブリッジ内部に緊急の通信を告げるアラームが鳴り響く。
ーーービィビィッ!
「医務室から緊急連絡です!!」
「医務室だと? すぐに繋げ!」
「りょ、了解!」
レスターの指示にココはすぐに返答し、医務室との回線を繋ぐ。
同時にメインモニターに焦っているケーラが映し出される。
『大変よ! 少し目を離した隙にちとせがベットから消えたの!』
「何だと!?」
『えぇ、すぐに探して欲しいの! 今あの子は酷く精神状態が不安定だから、何か大変な事をするかも知れないわ!』
「クッ! すぐに警備班に連絡しろ! エンジェル隊もちとせを捜索するんだ!」
『了解!!』
レスターの指示にブリッジ内部は忙しく動き出し、エンジェル隊のメンバーはブリッジから出てちとせの捜索に乗り出した。
「ちとせ! 何処に行ったのかな、ランファ!?」
「そんなの私にも分かんないわよ、ミルフィー!」
「…いや、分かるかもしれないよ、二人とも」
『えっ?』
横を走っているフォルテの言葉にミルフィーユとランファが顔を向ける。
すると、テレパスでフォルテの考えを読み取ったミントが走りながら説明する。
「ちとせさんは多分タクトさんを救おうとしている筈ですわ。そして救う為には『アナザースペース』に向かう必要が在ります。その扉を開く為に必要なのは第一に…」
『紋章機!!』
ちとせが向かった場所を察したメンバーは、『紋章機』が収容されている格納庫へと急ぐ。
その最中にヴァニラが疑問に思った事を前を走るフォルテに向かって質問する。
「ですが、フォルテさん……ちとせさんの専用機であるシャープシューターは大破し、『白き月』に運ばれています。他の『紋章機』は私達それぞれに調整されていますから、格納庫に向かったとは言い切れないのでは?」
皇国最強の戦闘機である『紋章機』だが、それぞれ専用機としてカスタマイズされている。
これは『紋章機』に搭載されている『
それはエンジェル隊の中でも最も勉強熱心なちとせが知らない筈が無い事実。だが、今のちとせは確実に格納庫に向かっているとフォルテは確信していた。
「ケーラ先生が言っていただろう? ちとせの精神状態は不安定だって?」
「何時ものちとせさんならともかく、今のちとせさんでは冷静に物事を判断出来ませんわ。だからこそ、格納庫に向かって居ると見て間違いありません」
ミントは断言するように呟いた。
二人の説明にミルフィーユ、ランファ、ヴァニラは納得しように頷き格納庫へと急ぐ。
そして辿り着いた格納庫では、フォルテ同様にちとせの行動を先読みしたレスターが警備班を複数配置し、クレータ班長を筆頭に整備班の面々も周囲を警戒していた。
まだ、ちとせはやって来ていないとフォルテ達は安堵しながらクレータに状況を聞こうとする。だが、その前にフォルテの耳に僅かながらも何かの音が響く。
ーーーギィッ!
「ん?」
「どうしたんですか、フォルテさん?」
「シッ! 静かに…」
口の前に指を翳し、フォルテは神経を研ぎ澄ませて格納庫内を見回す。
ーーーギィッ……ギィッ!
(聞こえる。擦るような音が…聞こえて来る場所は!?)
フォルテの目は真っ直ぐにラッキースターが置かれている場所に向き、次の瞬間、ラッキースターの傍の通風孔から這い出るように病院着を着たちとせが出て来た。
「ハァ、ハァ、ハァ」
『ちとせ!!』
『ちとせさん!!』
荒い息を吐くちとせに向かってフォルテ達は叫ぶが、ちとせは構わずにラッキースターに向かって歩き出す。
その様子に自分達の声が届いていないと分かったフォルテ達は、急いでちとせを止めようと走り出す。
「クレータ!! ロックの方はしてあるのかい!」
「はい! クールダラス艦長の指示で既に全『紋章機』はロックして在ります!」
「良し! 皆! ちとせを止めるよ!」
『はい!!』
フォルテの指示に全員が頷き、ちとせを止める為に走り出す。
そしてラッキースターの傍に近寄ると、既にちとせはラッキースターのコックピット内部に入ろうとしていた。プログラミングにも優秀な成績を残しているちとせならば、クレータが掛けたロックも解けるとフォルテは悟っていたが、既に取り押さえるには充分だった。
何よりもちとせが乗ろうとしている『紋章機』がラッキースターで在る事が助かった。一番機ラッキースターは、他の『紋章機』以上に扱いが難しい機体。強運の持ち主で在るミルフィーユしか乗る事が出来ない機体なのだ。その分性能や出力は他の機体よりも秀でている。ちとせも其処に目をつけた。現状で『アナザースペース』を開くほどの可能性は最も高い機体が在るとすれば、それはラッキースターしか無かった。
そしてちとせはラッキースターのコックピット内部に入り込み、フォルテ達は取り押さえようと走り出した瞬間、ラッキースター内部から悲鳴が響く。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「どうしたんだい!? ちとせ!!」
『ちとせ!』
『ちとせさん!!』
聞こえて来た悲鳴にフォルテ達がラッキースターコックピット内部を覗いて見ると、両手で体を抱き締めて怯えるように体を震わせているちとせが居た。
「あぁ、アァ……タクトさん…タクトさん」
「……ちとせ」
「………ケーラ先生が言っていました」
何かに怯えているちとせを目にしたヴァニラは、ケーラが危惧していた事態がちとせに起きている事を悟って悲しげに呟いた。
そのヴァニラの様子に気がついたミルフィーユ、ランファ、ミント、フォルテが目を向けると、ヴァニラは悲しさと憂いに満ちた声でちとせに起きている事を告げる。
「『
「……そうかい」
ヴァニラの言いたい事が分かったフォルテは、憂いを覚えるように瞳を悲しげに染めながらちとせに手を伸ばす。
「ほら、ちとせ……医務室に戻ろう」
「……フォルテさん…私…私…ウワァァァァァァァァァァン! ア、アァァァァァァァァァ!!」
「…今は泣きな」
自身の胸の中で泣き続けるちとせを優しくフォルテは抱き、その頭を撫でるのだった。
この数日後。『皇国の英雄』タクト・マイヤーズの殉職がシヴァ女皇から発表されると共にタクトは2階級昇進。
その葬儀はトランスバール皇国と『
時間や空間の概念が通じない特殊な空間。
其処はノア達が『アナザースペース』と呼ぶ場所。本来ならば誰も存在していないとされていた場所に存在しているモノが居た。
「……逃げられたわね」
「あぁ、そうだね」
「何を嬉しそうにしているの?」
「嬉しいさ。どうやら今回の文明は、僕らが居る場所に辿り着いただけじゃなく、再び扉を開ける事も出来たんだから…長い時を待っていたかいが在ったと言う事さ」
「…そうね。今回の世界は当たりかもしれないわ」
意味深な会話を少年のような声と、少女の声で交わされる。
其処に在る感情は歓喜。遂に待ち望んだ時が訪れたと言うように喜びに二人は溢れていた。
「でも、もう少し待ちましょう。本当に今回が当たりなのか、詳しく見極める必要が在るわ」
「分かっているさ。それに偶然だけど、“器”を一つ手に入れる事が出来た」
「だけど、もう一つの……私の“器”には逃げられたわ」
「怒らないでくれよ。あの“器”は何れ手に入れるからさ」
「そう……なら暫らくは待つわ………そう言えば、手に入れた“器”の中身は如何したの?」
「あぁ、アレかい。もう一つの“器”を逃した責任を取って貰って、『無限回廊』に放逐したよ。死ぬ事も無く、誰にも見えず、誰にも触れられず、誰にも気づかれない。もう一つの、君の“器”を逃がした罰としては充分だろう?」
「……まぁね。それじゃ暫らくは観察しましょう。本当に今回の世界が当たりなのかどうかをね、ヘレア」
「そうだね、セレナ」
二つの存在はこれからの方針を決めると共に、その存在は希薄になっていった。
上下左右。ありとあらゆる感覚が失われたソレは、ただ空間を漂っていた。
前に進んでいるのか、後ろに進んでいるのか、それとも上がっているのか、下がっているのかさえもソレは感じられず果ても見通せない空間を漂っていた。
(……ハハハハハッ……連中が言っていた罰ってこれの事か……確かにこれは辛いな)
自らに起きた事を悟ったソレは乾いた笑い声を上げた。
自身がした事には後悔は無い。最も大切な者を、自身の今の状態にした連中から護り切る事が出来たのだから。
(……シャープシューターは俺の目の前で消えた……きっと皆がやってくれたんだ……きっと泣いてるだろうな……会えたら流石に叩かれるだろうなぁ………何言っているんだろうなぁ俺……もう皆には会えないし、触れる事も出来ないのにさ)
触れる事も話す事も、そして認識さえされる事をソレは剥奪された。
もはやその手は何も掴めず、愛しい者を抱き締める事さえ出来なくなっていた。それは何よりも辛い罰。時間の概念が無い空間に永劫に漂い続ける事が、ソレに与えられた罰。このまま自らが崩壊するまで漂い続けるのかと諦めと絶望が心を支配して行く。
しかし、誰にも認識されない筈のソレに近づく影が在った。その影は全長四十メートル以上の大きさを持った巨大な何かだった。自らに近づく影に気がついたソレは、何処と無く見覚えが在る影の姿に目を見開く。
(『紋章機』ッ!?)
《適合精神発見》
次回からⅡの舞台に移行します。
オリジナルの紋章機は何れ本格的に登場した時に詳細は書きます。
チート性能とかではなく、シャープシューターを改良して幾つかの対ウィル用の機能が備わっている程度にする予定です。