ギャラクシーエンジェルⅡ ~失われた英雄と心に傷を負った天使~ 作:ゼクス
今回で『ゴースト』の機体名称が明らかになります。
衛星フェムト内部通路。
飛び出したアニスとナノナノを捜索する為に通路へと出たカズヤ、リコ、カルーア、ミモレット、そしてちとせは、二人が進んだと思わしき方向へと進み、左右に分かれた通路部分で立ち止まっていた。
「道が分かれていますけど、二人はどっちに向かったんだろう?」
「いえ、二人が一緒に同じ方向に進んだとは言えません。もしかしたら此処で二人は別方向に向かった可能性も在ります」
悩むカズヤにちとせは冷静に告げ、カルーア、リコ、ミモレットは同意するように頷く。
ナノナノは身が軽いので猫のような俊敏な動きが出来る。アニスもトレジャーハンターとして活動しているので身体能力は高いが、ナノナノの方が足は速い。
先に追いかけたアニスがナノナノを見失って別方向に進んだ可能性は充分に考えられる。カズヤも納得したように頷き、ちとせに顔を向ける。
「それじゃ僕らも分かれて探しませんか? 二人を見つけたら通信機で連絡すれば大丈夫でしょうし」
「…そうですね。それでは私とカルーアさん、それとミモレットちゃんは右に。カズヤ君とリコちゃんは左の方をお願いします」
『はい』
「分かりましたわ」
「はいですに」
ちとせの指示にカズヤ達は頷き、指定された方向に向かおうとする。
その前にちとせがカズヤとリコに施設内での注意事項を教える。
「それと施設内に居る警備ロボットには出来るだけ発見されないように行動して下さい。頑丈なだけではなく、警備ロボットは他の仲間に報告する機能が在ります。報告されたら警備ロボット達が一斉に向かって来るでしょう。前の時は先輩方もそのせいで苦労しましたから」
「分かりました。気をつけて行動します」
ちとせの忠告にカズヤは真剣に頷き、リコも胸に手をやりながら頷く。
ムーンエンジェル隊の面々でさえも手を焼く警備ロボット。その中にはカズヤ達の教官だったフォルテも当然含まれている。教導の中でフォルテの銃の腕前を知っているカズヤは、ちとせの忠告を真摯に受け止め、リコと共に左の通路に進んで行く。
それを確認したちとせ、カルーア、ミモレットは右側の通路を進み、アニスとナノナノを探す。
分かれたカズヤとリコは前を見ながら通路を進み、何か声が聞こえないか集中する。
ナノナノとアニスは両方とも性格的に騒がしいので、もしも二人が一緒に居れば何かしらの声が聞こえて来る筈なのだ。
「…何も聞こえませんね?」
「うん……やっぱり、さっきの通路で二人とも別々の通路に向かったのかもしれない」
「だとすると、ナノちゃんは何処かの部屋に隠れたかもしれません」
「そうかもね……でも、どうしてナノナノはあんなに変身を嫌がったんだろう?」
カズヤには何故ナノナノがあそこまで変身を嫌がっているのか、その理由が分からなかった。
見た目だけではなく、口調や性格までナノナノのそっくりに変身する能力。寧ろ何故ナノナノが今まで隠していたのかさえカズヤには分からなかった。
しかし、カズヤと違ってナノナノが変身しない事情を知っているリコは顔を暗くする。
「……ナノちゃんが変身を嫌っているのは、ナノちゃんがナノちゃんじゃなくなっちゃうからそうです」
「えっ?」
「さっき、ナノちゃんはヴァニラさんに変身しましたよね? その時どう感じましたか?」
「どうって? ……う~ん? ……まるでヴァニラさんがもう一人増えたように感じたかな?」
それがカズヤの感じた印象だった。
ナノナノの変身は姿だけではなく、服装、口調、性格に至るまでヴァニラそのものになっていた。思えば、雰囲気自体まで完全にヴァニラが居るとさえ思えた。
もし傍に本物のヴァニラが居らず、変身したナノナノだけだったら、ナノナノをヴァニラ本人だと錯覚してしまうほどだった。そしてそれこそがナノナノが変身を最も嫌がっている理由だった。
「ナノちゃんが変身を嫌っている理由は其処なんです。服とか変身させるのは別で、誰かに変身するとナノちゃんの人格自体まで変わってしまう。だから、ナノちゃんは変身を嫌がっているんです」
「……そう言う事だったのか」
カズヤはリコの説明に納得して頷いた。
もしも自分の人格が全く違うモノに変化した時は、確かにゾッとする。ナノナノが嫌がるのも当然だと思いながら、カズヤが前へと足を進めるとピチャっと言う音が足元から鳴る。
「ん?」
「如何しました?」
「…いや、足元を見てよ」
「足元?」
カズヤの指摘にリコが足元に目を向けて見ると、床に濡れた後が続いていた。
「……濡れてますね? …あっ! もしかして!?」
「うん。きっとこの濡れた後はナノナノが進んだ後だよ。ナノナノはカプセルから出たばかりだから、まだ乾いていないからね」
カズヤはそう呟きながら、床に続く濡れた後を目で追って行く。
視線の先には扉が在り、濡れた後はその扉の中に続いていた。カズヤとリコは顔を見合わせて頷く。
「…あそこですね」
「うん。きっとナノナノはあの部屋の中に…」
ソッとカズヤとリコは部屋の入り口に近づく。
二人が近づくと共に部屋の中から途切れ途切れでは在るが、二人が探していた相手の声が聞こえて来る。
「…親分……どいの…だ」
「居るね。良し! ナノナノ!!」
「ッ!?」
扉が開くと共に呼び掛けられたナノナノは、尻尾をビンと伸ばしながら振り向く。
其処に居るのがカズヤとリコだと気がつき、ホッとしながら口を開く。
「…カズヤにリコたん?」
「うん。僕とリコだよ。良かった。無事だったんだね」
「本当に無事で良かったです。もしかしたら警備のロボットに捕まっているんじゃないかと思って」
「……ゴメンなのだ」
安堵したように口を開く二人に、ナノナノは申し訳なさそうに謝罪した。
幾ら元々ナノナノが眠っていた場所とは言え、フェムト内部には警備ロボットが数え切れないほどに配置されている。ナノナノは見つかっても捕まらない可能性は在るが、カズヤ達は別。発見された瞬間に警備ロボットが大挙として襲い掛かって来るのは間違い無い。それでもカズヤ達は自身を探しに来てくれた。
その事に気がついたナノナノは心の底から申し訳なさそうに顔を下に俯かせる。
「とりあえず無事で本当に良かった……それでナノナノ? アニスが何処に行ったのか分かる?」
「…知らないのだ。親分に追い駆けられて、必死に逃げてこの部屋に飛び込んだから」
「それじゃ、アニスさんの事は分からないのね?」
「…そうなのだ」
「……僕やリコが気がついた濡れ後にアニスが見逃すとは思えないから、きっとちとせさんやカルーアが向かった方にアニスは向かったのかも知れない」
「その可能性が高いですね。それじゃ、ちょっと連絡を取って見ます」
リコはちとせ達に連絡を取る為に、服に備わっている通信用のクロノクリスタルに顔を向ける。
「此方桜葉です。ちとせさん、聞こえていますか?」
ナノナノ発見の報を知らせる為にリコは呼び掛ける。
だが、クロノクリスタルは何の反応も示さず、通信は繋がらなかった。
「アレ? 可笑しいですね?」
「どうしたの?」
「ちとせさん達に連絡が繋がらないんです」
「えっ? ちょっと待って?」
カズヤは慌てて自らのクロノクリスタルに顔を近づけ、リコと同じようにちとせ達に呼びかける。
しかし、リコと同じように通信は繋がらず、困惑したようにナノナノとリコに顔を向ける。
「僕の方も駄目だ。繋がらないよ」
「可笑しいですね? 事前の教えられた話だと、施設内での通信は可能って聞いていたんですけど」
「うん。そうだよね……一体どう言う事なんだろう? ……とにかく、急いで戻ってちとせさん達と合流しよう。もしかしたら、何か起きたのかも知れない」
「はい……私も何か嫌な予感がします」
カズヤの指示にリコは同感だと頷いた。
話を聞いていたナノナノも何かしらの異常が起きている事に気がつき、リコと同じように頷くが、何かを迷うように顔を背ける。ちとせとカルーア、ミモレットに合流するのは問題無い。だが、アニスの事が在る。
また、変身を迫られるのでは無いかとナノナノは心配なのだ。ナノナノにとってそれだけ他者に変身するのは嫌な事だった。カズヤはナノナノが迷っている事に気がつき、安心させるようにナノナノに笑みを向ける。
「大丈夫だよ、ナノナノ。もしもアニスがまた変身を迫ったら、今度は僕が止めるから」
「私もです。それにアニスさんもちゃんと事情を説明すれば、分かってくれると思います」
「カズヤ、リコたん…うん! 分かったのだ!」
「良し! それじゃ急ごう!!」
『はい(なのだ)!!』
カズヤ達は部屋から飛び出すと共に来た道を戻り、ちとせ達が向かった方に急ぐ。
そのカズヤ達の前に通路を猛スピードで突き進んで来たミモレットが現れる。
「カズヤァァァァァァァァァッ!!」
「うわっ! ミ、ミモレット!?」
「大変ですに!! テ、テキーラ様達が警備ロボットに連れて行かれたですに!!!」
「な、何だって!?」
告げられた情報にカズヤ達は驚愕と困惑に包まれたのだった。
時間は少し戻り、カズヤ達と別の通路を進んでいたちとせとカルーア、そしてミモレットも通路の先に居たアニスを発見していた。
「…そう言う理由で、ナノちゃんは変身能力を使いたく無いのです」
「ア~……そんな理由が在ったのか…ナノにわりぃ事しっちまったな」
ちとせから何故ナノナノが他人に変身するのを嫌がる理由を聞いたアニスは、ばつ悪そうな顔をしながら納得する。
ただ外見だけ変えるのではなく、人格さえも変わってしまうナノナノの変身能力。自らが自らで無くなるのを嫌がるのは当然の事であり、それを強要してしまった事をアニスは深く反省していた。少し考えれば自らを親分として慕っているナノナノが嫌がる理由に気がつけたのに、物珍しいモノを見て興奮して機がつけなかった事実にアニスは、ナノナノに謝る事を決める。
「分かった。もうナノに変身を強要したりしねぇよ。会ったら必ず謝る」
「そうしてくれると助かりますわ~。私もナノちゃんとアニスさんが喧嘩したままなんて嫌ですから」
カルーアは自らの非を認めたアニスに笑みを向け、アニスは申し訳なさそうに僅かに頷く。
これでアニスの方の問題は解決したと思ったちとせは、カズヤ達と連絡を取る為に服に付けているクロノクリスタルを使用して連絡を取ろうとする。
その間にカルーアは、見つけた時に気になった事をアニスに質問する。
「そう言えば、アニスさん?」
「何だよ?」
「私達がアニスさんを見つけた時に、何かしていらしてましたわよね?」
「そう言えば、何か仕切りに通路の壁を気にしていたようでしたに……何か見つけたんですかに?」
「ア~、アレか? いや、何かこの辺の通路の壁が可笑しく感じたんだよ。特にこの壁がよ」
アニスはそう言いながら突き当たりになっている壁を叩く。
言われたカルーアとミモレットはアニスが叩く壁を見つめるが、二人には何の変哲も無い壁にしか見えず、首を傾げる。
「…普通の壁にしか見えませんけど~?」
「そう見えけっど、ほんの僅かだけ違和感を感じんだよ。まぁ、本当に僅かだけど、何か気になってな。それで周りに仕掛けがねぇか調べてたんだ」
「それで見つかったんですかに?」
「…いや、何も……仕掛けらしい仕掛けも無かった」
「それでは気のせいだったと言う事でしょうか~?」
「その可能性もあっけど…如何にも気になんだよな」
険しい瞳を問題の壁にアニスは向ける。
見つめる壁はどう見てもただの通路の壁にしか見えない。だが、アニスのトレジャーハンターとしての勘は何かを察していた。目の前の壁はただの壁などではない。何かが在るとアニスは感じている。
しかし、仕掛けらしい仕掛けは発見出来ない。アニスは考え込むが、フッとこの施設に詳しい人物がすぐ傍に居る事に思い至り、ちとせに顔を向ける。
「……可笑しいですね?」
「ん? 何がだよ? もしかしてアンタもこの壁の事が気に成ったのか?」
「いえ、私が可笑しいと言ったのは通信が繋がらない事です。以前此処に来た時は確かにクロノクリスタルに寄る通信が出来た筈なのに」
「カズヤさん達と連絡が取れませんの?」
「カズヤ君達だけじゃなく、ヴァニラ先輩とも、ルクシオールとも通信は繋がりません。一体どうして?」
以前は起きなかった異常が起きている事にちとせは困惑し、アニスとカルーアも顔を見合わせる。
宙に浮かぶミモレットも三人の様子に不安を感じ、通路の周囲を見回し、曲がり角から大きな影が近づいて来ているのを目にする。
「危ないですに!!」
『ッ!?』
ミモレットの警告にちとせ、アニス、カルーアが顔を向けて見ると、三メートル以上の大きさを持った警備ロボットが通路の角から姿を現した。
「コイツは!?」
「警備ロボットです!!」
「ミモレットちゃん!」
「はいですに!!」
呼び掛けられたミモレットはカルーアの言いたい事を察し、口からウィスキーボンボンをカルーアの口に向かって放った。
口に入ったウィスキーボンボンをカルーアが飲み込むと共に、その体が光り輝きテキーラに変身した。警備ロボットと戦闘するとなれば、運動音痴で魔法が余り使えないカルーアよりも、自由自在に魔法を使えるテキーラの方が適任。
変身を終えたテキーラは、何時でも魔法が放てるように身構え、アニスもナイフを握り、ちとせもレーザーガンを構える。それに対して警備ロボットはゆっくりとテキーラ、ミモレット、アニス、ちとせの順にセンサーを向ける。
《……データ一致。目標発見。同一機ニ報告》
「やべぇ! 仲間を呼ぶ気だぜ!!」
「そうなる前に破壊してやるわ! 行くわよ、アジート! 烏丸!」
「力が強いので、絶対に掴まらないで下さ……ッ!?」
ちとせが二人に注意を告げている途中で、突然、アニスが気にしていた壁に異変が起きた。
何らかの起動音と思われるガコンと言う音と共に、壁は上へと上がって行き、その先にはちとせも知らない隠し通路が在った。突然起きた事に呆然とちとせ達は固まる。
そして隠し通路の先から、ちとせ達の前に現れた警備ロボットと同一の機体が三機現れる。
「…おい、こりゃやべぇぞ」
「……えぇ、そうね」
汗を流すアニスに同意するように、テキーラも頷いた。
一体だけならばテキーラの魔法を使えば、簡単に警備ロボットは破壊出来る。だが、それが同時に四体となれば話はべつ。此処は牽制で魔法を放ち、その隙に逃げるべきだとテキーラは考える。
だが、そのテキーラの策を破るように背後から重い足音が響く。
《……目標発見》
「…ハハ、来るの速すぎだろう?」
背後の逃げ道を塞ぐように更に現れた警備ロボットに、思わずアニスは乾いた声を漏らした。
逃げ道も塞がれ、幾手も遮られた。ちとせ、アニス、テキーラは背中を合わせ、何とか活路を見つけようと警備ロボット達を見回す。
すると、突然警備ロボットの一体がちとせに近づき、三人は身構える。
《…オマチシテ居リマシタ……『ファントムシューター』ノ搭乗者》
「えっ?」
『ハッ?』
襲い掛かって来ると思った警備ロボットが、肩膝をちとせに向かって着いた事に三人は唖然とする。
その間に次々と集まって来た警備ロボット達が肩膝を着き、ただ静かにちとせを機械で出来た瞳で見つめる。
《ワレワレハ…待ッテイタ……『ファントムシューター』ヲ護ル…盾デアリ…矛デアル…『プディングシリーズ』ト共ニ…選バレシ貴女ヲ》
「『プディングシリーズ』って? プディングの姉妹達の事?」
「おいおい、どうなってんだよ? こりゃ?」
思っても見なかった展開にアニスは、当事者と思われるちとせを見つめる。
だが、ちとせも混乱していた。以前フェムトを訪れた時は今のような出来事は起きず、警備ロボット達にちとせも襲われたのだ。一体どうなっているのかとちとせは警備ロボットに質問しようとするが、その前に警備ロボットは立ち上がる。
《此方ヘ…『ファントムシューター』ガ貴女ヲ待ッテイマス》
警備ロボットは立ち上がると共に、隠されていた通路を示した。
「…おい? どうするよ?」
「行くしか無いでしょう? どの道こいつらに囲まれていたら逃げようが無いし……目的のちとせを逃すとは考えられないしね」
「…行きましょう」
三人は頷くと共に隠し通路に向かって歩き出し、警備ロボット達はその後を逃がさないようにするかのように着いて来る。
明らかに自分達を逃がさないと言うような行動を見たテキーラは、傍に浮かぶミモレットを掴む。
(ミモ…アンタはこの事をシラナミ達に伝えて来なさい)
(分かったですに! テキーラ様。お気をつけて)
(えぇ、分かってるわ。頼んだわよ)
テキーラは空中にミモレットを放した。
ミモレットは心配そうにしながら警備ロボット達の頭上を通過し、カズヤ達の下へと急ぐのだった。
「と言う事が在ったですに」
カズヤ達と合流出来たミモレットは、自分達に起きた出来事を説明した。
聞き終えたカズヤ達は事前に聞いていた警備ロボット達の行動との違いに、困惑したように顔を見合わせる。事前の話では侵入者を発見したら問答無用で警備ロボットは襲い掛かって来る筈。
だが、警備ロボットは襲い掛かる事は無く、寧ろ迎え入れるかのようにちとせ達を何処かに連れて行った。予想外過ぎる事態にカズヤ達は固まる。そんなカズヤ達の耳に何処か慌てているような足音が届き、通路の曲がり角からヴァニラが現れる。
「アッ! ママなのだ!?」
「ナノナノ…無事だったのですね、良かった」
ヴァニラはナノナノの無事な姿に安堵の息を漏らし、次にカズヤ達に顔を向ける。
「あの、ヴァニラさん? 如何して此処に? シャトルの準備に向かったんじゃ?」
「…実は皆さんが部屋を出てから、メッセージが届いたんです。気がついていると思いますが、通信が出来ないので、その事を伝える為に来たのです」
「メッセージですか?」
「はい……そのメッセージに寄れば、ちとせさんが何者かに狙われているようなのです」
「ちとせさんが!? だったら、警備ロボット達の行動は……ヴァニラさん、実は!?」
カズヤはヴァニラにちとせ達に起きた出来事を説明する。
聞き終えたヴァニラは来るのが遅かったと苦い顔をする。最初はクロノクリスタルを使って連絡を取ろうとしたのだが、カズヤ達と同様に通信は繋がらず、急いで追い駆けて来た。だが、結局間に合わずメッセージの相手が警告したとおりにちとせは狙われた。
襲い掛かって来なかった事を考えれば、ちとせの命を狙っている訳では無いだろう。だが、嫌な予感をヴァニラは感じていた。今のフェムトは以前訪れた時とは何かが違う事を感じる。
「…とにかく、三人が連れて行かれた場所に向かいましょう。其処に今のフェムトに起きている事の答えが在る筈です」
「分かりました。ミモレット、案内をお願い!」
「任せるですに!!」
ミモレットは返事を返すと共に先に進みだし、カズヤ達はその後を追い駆けるのだった。
「…なげぇ通路だな?」
「えぇ、そうね。かなり奥の方に在るみたいね」
「フェムトにこんな場所が在ったなんて」
アニス、テキーラ、ちとせは、警備ロボットの案内を受けながら通路を進んでいた。
途中には幾つかの隔壁が在り、警備ロボットが承認しなければ開かない仕組みになっており、如何にこれからちとせ達が案内される場所が重要なのかを示していた。
「こりゃ、かなり重要なもんが隠されているみたいだぜ。どんなお宝が出て来やがるか、楽しみだ!」
「あんまり、楽しめる状況じゃ無いんだけどね」
トレジャーハンターとしての血が騒いでるアニスと違い、テキーラは不安そうに背後に居る警備ロボット達に視線を移す。
少なく見ても背後に居る警備ロボット達は十機以上。これらを突破して逃げ出すのは、流石に難しい。しかも、警備ロボット達の狙いはどう言う訳かちとせ。テキーラやアニスは今のところ襲い掛かって来ないが、状況が変わればちとせへの人質の為に動く事は充分に考えられる。
(警備ロボット達に指示を出している奴が居るわね。ソイツの目的はちとせみたいだけど、何が狙いなのかしら?)
この先に居るであろう警備ロボット達の主の狙いをテキーラは考える。
だが、答えは幾ら考えても出なかった。余りにもテキーラ達には情報が不足している。そもそも今のフェムトには可笑しい出来事が起き過ぎていた。
アニスが見つけた目覚めない筈のナノナノの姉妹が目覚めた痕跡。ただ侵入者を排除するだけの警備ロボット達の予想外の行動。極め付けは以前『
一体何が起きているのかさえも分からない現状にテキーラが頭を悩ませていると、通路の終わりと思われる頑丈な扉が見えて来た。
この先に何が在るのかとちとせ、テキーラ、アニスが息を呑む。そして警備ロボットが信号を送ると共に扉は重たい音を立てながら開き、ちとせ達はその先に在る物を目にする。
「これは!?」
「マジかよ!?」
「予想外過ぎでしょう!?」
扉の先に在ったモノ。それは。
闇色のダークブルーカラーが施された一機の小型の戦艦ぐらいの大きさを持った戦闘機。『
装甲は新品のように輝き、損傷は全く見えず、一部主翼部分がピンク色に染まっている事以外はヴァニラが言っていた状態が本当なのか疑問に思うほどになっている。
ちとせ、アニス、テキーラは、自分達が良く知っているその機体の通称を同時に叫ぶ。
『ゴーストッ!?』
そう叫び、ちとせ達の前には『
「な、何故『ゴースト』がフェムト内部に!?」
《…搭乗者ニ選バレシ者……ドウゾ、此方ヘ》
混乱するちとせ達に構わず、警備ロボットは『ゴースト』-以降『ファントムシューター』-のパイロット席に繋がる階段を示した。
ちとせは開いている『ファントムシューター』のパイロット席に繋がる階段に気がつき、思わず息を呑んで固まる。ずっと、追い求めていた『ファントムシューター』。それの搭乗者に自身が選ばれている。
本来ならば喜ぶべき事。だが、ちとせには喜べない事情が在る。その事情を知っているテキーラは苦い顔をし、警備ロボットに向かって口を開く。
「待ちなさい。いきなり、乗れって言われたってこっちは混乱するわ。出来れば事情を説明して欲しいわね?」
《…説明スル必要ハナイ》
「…何ですって?」
《此方ノ目的ハ、アクマデ搭乗者ノ確保ノミ……邪魔ヲスルナラバ……他ノ『紋章機』ノパイロットトハイエ、排除スル》
「ヘッ! 排除だって? 言ってくれるぜ。俺様達がそう簡単にやられると思ってのか?」
《無駄ナ行動ヲスルノハヤメロ。“本機”ノ目的ハ、資格ヲ有スル搭乗者。烏丸ちとせノ確保ノミ。資格ヲ持タナイ……『紋章機』ノパイロットヲ排除スルノニ……問題ハナイ》
「資格? どう言う事です? テキーラさんやアニスさんに無くて、私に在る“資格”と言うのは何ですか!? 警備ロボット……いえ、『ゴースト』のAI!!」
ちとせは目の前に立つ警備ロボットを操作しているモノの正体を悟り、静かにハンガーデッキに鎮座している『ファントムシューター』に向かって叫んだ。
その問いに反応するかのように『ファントムシューター』の機首部分に在る目の様な部分が光り、四年前に通信でちとせが聞いた男とも女とも言えない合成された電子音声が響く。
《本機の名称は『GA-000 ファントムシューター』》
「『GA-000』ッ!? そんな識別番号が在る筈が在りません!!」
在り得ない事実にちとせは思わず叫んでしまった。
『
四年前にちとせ達の前に『ファントムシューター』が現れた時の後、『
一体どう言う事なのかとちとせは、『ファントムシューター』を睨む。だが、『ファントムシューター』はちとせの困惑になど構わずに警備ロボット達を操作する。
操作を受けた警備ロボット達はちとせに向かって手を伸ばす。それに逸早く気がついたテキーラは、魔法を放つ。
「そうはさせないわよ!! ハァッ!!」
テキーラが放った魔法は警備ロボットに直撃した。
直撃を受けた警備ロボットは床に重たい音を立てながら倒れ伏す。ちとせも瞬時に警備ロボットから離れるように飛び去り、レーザーガンを構える。
アニスは魔法を放つテキーラを護るように蹴りやナイフを使って警備ロボットに攻撃を加える。だが、敵は侵入者撃退用の警備ロボット。頑丈な装甲に加え、十機以上居るのも在り、徐々にちとせ達は追い込まれて行く。
「クッ! 不味いわね!!」
「ゲッ! ナイフが!?」
「エネルギーが!?」
周りを気にしてテキーラは大規模な魔法を使えない。
アニスは斬り付けた時に折れたナイフの刃先を見つめ、ちとせは使っていたレーザーガンのエネルギーが尽きてしまう。
それに比べ警備ロボット達は数機破壊出来ただけで、まだまだ数が居る。このままでは不味いとちとせが思った瞬間、突然警備ロボット達の動きが鈍る。
「えっ?」
動きが鈍った警備ロボット達に、ちとせ、テキーラ、アニスは呆然と見つめる。
ちとせ達が入ったと同時に閉まった筈の扉が開き、カズヤとリコが部屋の中に入って来る。
「ちとせさん! 皆!! 早くこっちに!!」
「ナノちゃんとヴァニラさんが、フェムトのシステムに侵入して警備ロボットに出されている指示を停止するようにしています! だから、早くこっちに!!」
「良し! 急ごうぜ!!」
「えぇっ!」
脱出する機会がやって来たと悟ったアニスとテキーラは頷き合った。
だが、ちとせだけは迷うように『ファントムシューター』を見つめる。逃げなければならないのは分かる。目的も正体も不明であり、強行手段まで行なって来た『ファントムシューター』には何かが在るのは間違い無い。
それでもちとせにとって『ファントムシューター』は、現状で唯一自らの望みを叶える事が可能な機体。このまま逃げて良いのかとちとせは苦悩する。そんなちとせに気がついたテキーラは、力強く手を握る。
「烏丸! アンタの気持ちは少し分かるけど、今は逃げましょう! 例えあの機体が望んだって、アンタは
「ッ!? ……分かりました」
在る事実を思い出した心の底から悔しそうにしながらもちとせは頷き、テキーラと共にカズヤ達が居る扉へと急ぎ走る。
その場に残された『ファントムシューター』は、システムに侵入して警備ロボット達の行動を邪魔をするナノナノとヴァニラに反撃する為に演算を急ぐ。
《プディング031号…余計な邪魔を……本来の役目を忘れている身で在りながら》
(あの子は君が思っているような役目を持っていない筈だ)
《本機の盾であり、矛で在る事がプディングシリーズに課せられた役目。プディング031号は、本機の搭乗者を
(…それは絶対に違う。プディングシリーズの子達を造った人達は、君が思っているような考えは抱いてなかったと俺は思うよ。きっと未来の為に彼女達は遺されたんだ)
《……本機の役割を果たせなければ、未来など消え去る運命に変わりは無い。“
(ッ!? ……それは……)
《何れ搭乗者は必ず本機に乗る。それもまた変えられない》
今回は逃してしまったが、最後に見せたちとせの様子を『ファントムシューター』は見逃していなかった。
無理やり乗せるような行動をすれば、他の者達が邪魔をして来るが、ちとせが自らの意思で乗り込めば話は変わる。今は待つべきなのだと『ファントムシューター』は先ほどの様子から悟った。
どうやらちとせには何かの問題が在る。その問題が解消されるまでは、無理強いは止めるべき。ちとせ以外に現状で乗る資格を有している者は居ないのだから。それに今はちとせだけに構って居られない状況になって居た。
《センサーに敵影を複数確認。『
(…敵が来たか。レスター達に任せてばかりは居られないか)
センサーから届いた情報を検証した結果、今からちとせ達がフェムトから脱出したとしても、ルクシオールに辿り着く前に敵が来てしまう。
ちとせ達がルクシオールに辿り着くまで時間を稼ぐ必要が在る。だからこそ、『ファントムシューター』のAIはちとせを搭乗させるのを急いで居た。しかし、テキーラの発言から、何かちとせには問題が在る事が分かり、見逃したのだ。
今は敵の迎撃を優先しなければならないと、『ファントムシューター』は判断し、自らに掛かっていたロックを全て解除する。同時に前方の隔壁が開き、外へと繋がる発進デッキが現れる。
《『GA-000 ファントムシューター』発進》
発進シーケンスが終わると共に、『ファントムシューター』の二つのブースターが噴き、フェムトから宇宙空間へと飛び出したのだった。
『ゴースト』と事、『ファントムシューター』の名称には意味が在ります。こと
原作の流れが『宇宙全体の意思』に寄って作られた流れならば、『ファントムシューター』は『人の意思』に寄って造られた機体です。
詳細に関しては後ほどに。
また、『ファントムシューター』が現状で無理強いをしなかったのは、テキーラの発言が在ったからです。もしも無かったら、ヴァニラとナノナノの邪魔が在ってもちとせの確保を優先していました。共に居る者の意思を完全に無視して。