ギャラクシーエンジェルⅡ ~失われた英雄と心に傷を負った天使~   作:ゼクス

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第4章 衛星フェムト
4-1


 様々な機器が置かれている施設内部。

 年代を感じさせないほどに機器関係には劣化が見えず、寧ろ新品に近いとさえ言えるほどだった。その場所に『ABSOLUTE(アブソリュート)』から脱出し、『NEUE(ノイエ)』へと逃れて来た『ゴースト』が停泊していた。

 人の気配が全く無いにも関わらず、『ゴースト』の周りに在る機械の類は忙しく動き回り、次々と損傷箇所を修理して行く。

 

(…この調子なら後数日でフルメンテも終わって万全な状態に戻れるだろうね)

 

《肯定》

 

 『ABSOLUTE(アブソリュート)』での戦闘でも深い損傷を負ったが、それ以外にも見えないダメージが蓄積していた。

 今後の戦闘は寄り激しい戦闘が待っている事は明らか。今ルクシオールに在る『紋章機』と違って、『ゴースト』が整備や修理などを行なえる場所は、『NEUE(ノイエ)』では現在フルメンテを受けて居る場所以外に無い。『紋章機』運用専用のルクシオールならば在る程度は整備は行なえるだろうが、その為にはルクシオールに接触するしかない。加えて言えば、ルクシオールではあくまで“在る程度の整備”までしか行なえないのである。

 後々ではルクシオールに接触する事も考慮しているが、その前に今居る場所で万全な状態に戻る必要が在った。

 

(…あぁ、それと例のペイントの方は消せそうかい?)

 

《……現在成分の解析中…解析結果次第で消去出来るかは判明》

 

(出来る事なら消したいな。これが原因でこの前の時に他の『紋章機』に捕捉されたようだからね…多分敵側はこのペイントに関する情報を得ている筈だ)

 

 思い出すのはアルモを連れ去る時に聞いた一連の件の首謀者の怒りに満ちた叫び。

 確実に『ゴースト』を破壊する為に何かしら行なって来るのは目に見えている。通常ならばステルスを使用すれば発見される事は無いが、残念ながら今『ゴースト』には目印となってしまう電磁波を発生させるペイントが付着している。

 その情報を敵側が入手していれば、無人艦に電磁波を捉える探知機を取り付けている可能性が高い。幾ら戦艦並みの力を持っているとは言え、数の暴力の前では前回と同じ結果しか待っていない。

 

(……まぁ、今はフルメンテが終わるのを待つしか出来ないけどね)

 

《肯定……また、電磁波を感知されたとしても、この補給地の護りは万全》

 

(確かに。此処には“複数の自動砲台”が周りに設置されているから、そう簡単には侵入は出来ないからね。しかし、昔の人達には本当に助けられるなら…この施設のおかげで補給や修理の問題は解消できたからな)

 

《本機の最終目的の為に必要な事。時が来るまで本機が失われる事は何が在っても在ってはならない》

 

(……俺としては別の希望が在って欲しいよ。君が作られた目的は理解しているけど、納得は出来ない)

 

《……それは貴方が消えるからですか?》

 

(違うよ。まぁ、言っても信じられないだろうけど、俺は“君にも消えて欲しくない”。例えそうなるように造られていたとしても、違う方法が在るかも知れないんだ。だから…)

 

《議論を行なう必要性を感じない》

 

(ッ!?)

 

 有無を言わさぬ断言に言葉が出せなくなった。

 既に議論する余地など無いと言う断定。決まった事を実行する機械として在るべき行動。寧ろ造られた目的を反する事こそが、本来ならば赦されない事だと言うほどに無感動さが漂っていた。

 本気で議論する気が無い相手の様子に、嘗て同じような考えを持っていたモノと敵対した事を思い出す。

 

(…………『黒き月』の意志と同じように目的が最優先か…だけど、俺は……いや、先ずはミルフィーを助け出す方を優先するべきか。どっちにしても『セントラルグロウブ』を占拠されたままにはしておけないんだから)

 

《……同意》

 

 今優先すべき事を悟り、自分達が今後どう動くべきなのかを考え出す。

 敵は強大な戦力を持った相手。最終的な目的も大切だが、目の前で起きている脅威も見過ごす事は出来ない。特に『セントラルグロウブ』で好き勝手に何かをされるのは不味い。もしも今、“『セントラルグロウブ』が本来の役割に戻ってしまえば防ぐ事が出来ないのだから”。

 今回の敵は『セントラルグロウブ』の本当の正体を知らないだろうが、楽観視は出来ない。何かが起きて『セントラルグロウブ』が目覚めてしまえば、“全てが終わってしまう(・・・・・・・・・・)”。

 

《本懐……防がなければならない……何よりも優先すべき事項》

 

 その為に気が遠くなるような長い年月を過ごしていた。『アナザースペース』内で偶然にも天才的な戦闘指揮能力を持つ者を得られ、更には『EDEN(エデン)』製の『紋章機』の乗り手と深い仲にまで在る。

 搭乗者になるのに全てを兼ね備えた相応しい存在が居ると言うのに、その搭乗を邪魔するのが寄りにもよって内に宿っている相手。その気になれば如何にでも出来る相手だが、かと言って消すには惜しいどころか悪手でしかないのはこれまでの戦闘で分かり切っている事。冷徹に判断出来る自らが判断し切れない事に、苛立ち(・・・)を感じながら静かに時を待つ。

 “自らに乗る事が出来る全ての資格を持っている搭乗者-『烏丸ちとせ』-が自らの意思で乗り込む時を”。

 

 

 

 

 

 前回の戦闘から二日後。ミントからの補給も終わり、侵入された時に受けた被害も全て修復し終えたルクシオールはセルダールへと進路を取っていた。

 向かう先はクーデター軍に支配された宙域だが、真実を明らかにする為にも向かわなければならない事は変わりない。テキーラからの情報で『NEUE(ノイエ)』の人間もクーデター軍に協力している事が明らかになっただけに、尚更に真実の究明は出来るだけ早くしなければならない。更に言えばレスター達、『EDEN(エデン)』には時間が限られている。

 ミントからの情報で既に『NEUE(ノイエ)』ではクーデター軍の放送以降、『EDEN(エデン)』に対する不審が高まって来ている事が知らされた。その疑いを晴らさなければ今後の『EDEN(エデン)』と『NEUE(ノイエ)』の交流に影響が出る。故にレスターは危険だと分かっていながらも、セルダールに向かう事を決めたのだ。

 だが、それ以外にもレスターを悩ます事が今のルクシオールには在った。前回の戦闘後に捕まえたアニスの事である。アニスはルクシオールの機関室破壊、不法侵入、更にはブローブ侵入の罪が在る。緊急事態では在るが、ルクシオールにアニスが行なった事は赦されない。当然ながらレスターはアニスをルクシオールの独房に入れるつもりだったのだが、其処にミントの横槍が入って来たのだ。

 

「………ミント? お前は今の提案を本気で言っているのか?」

 

「えぇ、本気ですわよ、レスターさん」

 

 艦長室の中は怒りを堪えるように顔を歪ませたレスターと、笑顔を浮かべているミントの姿が在った。

 ミントの後ろには手錠を付けられたアニスが椅子に座っているが、何時もの元気さは無く静かに椅子に座っている。それだけレスターとミントから発する威圧感は部屋に充満していた。

 因みにテキーラは笑顔を浮かべているミントが入って来た時点で危機感を感じ、即座にミントと入れ替わるように艦長室から出て行ったので居ない。一人だけ逃げ去るテキーラをアニスは恨みがましい視線で睨んでいたが、テキーラは引き攣った笑みを浮かべるだけだった。

 そしてテキーラの予感が当たり、今艦長室でレスターとミントの戦いが始まった。

 原因は簡単だった。ミントはレスターに“アニスをルクシオールの戦力として加えないか”と提案したのが発端だった。

 

「…ミント。お前も分かっている筈だぞ? 其処に居るアニス・アジートはブレイブハートの強奪に加えて、不法侵入。機関室破壊。更にはブローブの侵入の手助けまである。以前の時は勘違いで済んだかも知れないが、今回は見逃せん」

 

「確かにアニスさんが赦される事で無い事は承知しております。ですから、アニスさんにはその罪を償って貰う為にルクシオールで無償奉仕をして貰おうと思っていますの」

 

「無償奉仕だ!? ちょっと待って何で俺がそんな事をしねぇといけねぇんだ!?」

 

「あら、アニスさん? このままだと全ての件が解決した後に軍で裁かれる事になりますわ。そうなったらアニスさんの『紋章機』。確かレリックレイダーと言いましたわね? 軍に接収されてしまいますのよ。序でにアニスさんも監獄行きですわ」

 

「んなっ!?」

 

 ミントの告げた事実にアニスは目を見開き、何かを言い返そうとするが口を閉ざした。

 色々と不満は在るが、アニスにとってレリックレイダーは長年共に戦って来た相棒。それが失われるのだけは何としても防がなければならない。無償奉仕に関しては納得は行かないが、レリックレイダーを奪われるぐらいならばマシだと考えたのである。

 黙ったアニスにミントは納得してくれたと思って、改めてレスターに顔を向ける。レスターは苛立ちを堪えるような顔をしながらミントを睨んでいた。

 

「苛立つのは分かりますけど、今ルクシオールには少しでも戦力が必要な状況ですわ。セルダール付近の『EDEN(エデン)』軍の駐留基地はクーデター軍の支配下に置かれ、『NEUE(ノイエ)』では『EDEN(エデン)』に対する不信感が強まって来ています。私も表立って支援は出来ませんし、今回の件で明らかに敵はルクシオールを狙って来ている事は間違い在りません」

 

「…確かにな」

 

 レスターもミントの意見に同感だった。

 今回の件を考えれば、明らかにルクシオールをクーデター軍は敵と見ている事は間違いない。正確に言えば『紋章機』を狙っている。今回の敵側の狙いはルクシオールの戦力低下とアニスの『紋章機』を破壊する事だった。

 今後もクーデター軍がルクシオールを標的として仕掛けて来るのは間違いない。そしてルクシオールがこれから向かう場所はクーデター軍の支配化に在るセルダール宙域。先ず間違いなくクーデター軍は待ち構えている。今のルクシオールには僅かでも戦力が必要。『紋章機』が一機加わってくれるのは確かに助かる。

 ミントの提案はレスターにとって魅力的な話だが、アニスをルクシオールの一員として加えるにはアニスは色々とやり過ぎている。戦力としてレリックレイダーは確かに欲しいが、戦場で何よりも重要なのは信頼出来るかどうかこそが最も重要。残念ながらレスターの中ではアニスは信用も信頼も出来ないのだ。

 その事をミントは察し、真剣な眼差しでレスターを見つめる。

 

「レスターさん。確かにアニスさんがルクシオールにした事を赦せないのは分かりますわ。ですが、此処はアニスさんを推薦した私を信じて下さい」

 

「…………」

 

 無言のままレスターはミントの目を見つめる。

 ミントの目には表立って何も出来ない自身に対する不甲斐無さとフォルテやミルフィーユに対する心配が満ちていた。今ミントには愛機である『トリックマスター』が無い。更に言えば軍属でも無いので、余程の事情が無ければ例え『トリックマスター』が在ったとしても乗る事は出来ない。

 仕方が無い事だが、何も出来ない自分に対してミントは怒りを覚えているのだ。だからこそ、レスターの頼みを聞いてクーデター軍が支配している宙域に近い場所で補給の支援を行なったのだ。

 アニスをレスターに推薦しているのも、少なからずアニスの経歴と実力を知っているからこそ、今のルクシオールには必要だと思っているからだった。

 深々と、それこそ肺に入っている空気を全て吐き出すような深い溜め息をレスターは吐き出す。

 

「ハァ~………分かった。お前の提案を受け入れよう」

 

「ありがとうございますわ♪」

 

「ちょっと待ってぇ!? 何か話がまとまり掛けているけどよぉ! 俺は納得してねぇぞ!?」

 

 二人の威圧感を呑まれていたアニスだが、威圧感が治まり本格的に自分の今後の事が勝手に決まろうとしていたので叫んだ。

 流石に自分の今後の事を勝手に決められるのは我慢ならない。自身の意見も告げようとアニスは口を開く。しかし、アニスが言葉を発する前にミントが服の中から一枚の紙を取り出してヒラヒラと見えるように振るう。

 

「アニスさん。此方は私どもの商会にアニスさんがしている借金の証文書ですけど……もしも此方の提案を受けないと大変な事になりますわよ」

 

「大変な事だぁ?」

 

「はい。先ずアニスさんが軍に捕まっている間、同然ながら支払いが滞って利息がとんでもな膨れ上がって行きます。つまり、自由になる頃には借金地獄が待っているでしょうね」

 

「んなぁ!?」

 

「もちろん私どもは構わずに請求します。そんな生活はアニスさんもお嫌でしょう?」

 

「あたりまえだろうが!?」

 

「でも、私どもとしても商売ですから…ですけど、私の提案を受け入れてくれるのなら、その間借金に利息は増やしません」

 

「なにっ!? 本当か、それ!?」

 

「はい。その上、クーデター軍からセルダールを解放出来た暁にはアニスさんの今まで(・・・)の借金をチャラする事を約束しますわ」

 

「よっしゃ! その話乗ったぜ!」

 

 解決した時に借金が全てチャラになる事が分かったアニスは、満面な笑みを浮かべてミントの提案を了承した。

 何せ買ったばかりの最新鋭の船の借金だけではなく、これまでブラマンシュ商会で買った品々の借金も在る。その全てがチャラになるのだからアニスが喜ぶのは当然だった。喜び椅子から立ち上がって高笑いするアニスと、微笑みながらアニスを見ているミントの姿に、レスターは早まったかもしれないと僅かに後悔を抱いた。

 

 そして自身の商会の仕事が在るミントと別れてから二日が経過し、ルクシオールはクロノドライブを使用してセルダールに向かっていた。

 ドライブ空間内をルクシオールは前進する。そのルクシオールのブリッジに在る艦長席でレスターは二日の間に起きた出来事で頭痛を覚えていた。アニスを加えると決めてから二日の間に、アニスは色々とやってくれたのだ。

 乗員との賭け事から始まった乱闘騒ぎ。レクリエーションルームに置かれているゲーム機の破壊など、アニスは僅か二日だけでレスターが怒る事を何度もやってくれたのだ。無論そう言う悪い面以外にも良い面も在るには在るのだが、レスターにとって頭が痛い事の方が多かった。

 

「……司令? 大丈夫ですか?」

 

「…大丈夫に見えるか? カズヤ」

 

「……いえ…。すいません」

 

 もうすぐセルダールに着くと言う事でブリッジに訪れていたカズヤは、レスターに申し訳なさそうに謝った。

 一目見ただけで今のレスターからはかなりの心労が在ると分かるほどに顔色が悪かった。何せ共に戦った仲間であるフォルテがクーデターを引き起こし、『EDEN(エデン)』軍が関わる場所は殆ど支配下に置かれて孤立無援。更にはクーデター軍に狙われている。普通の司令官ならば当の昔に倒れて、クーデター軍に降伏しても可笑しくは無いほどなのだ。

 それをレスターは耐えていたのだが、アニスと言う更なる心労が加わっただから顔色が悪くなるのも当然だった。寧ろ顔色が悪くなるだけで倒れないレスターにカズヤは尊敬の念さえも抱いていた。

 

(僕なら絶対に倒れているだろうな……司令は本当に凄い人だ)

 

 カズヤがそう考えながらレスターを眺めていると、チーフオペレーターであるココが報告を行なう。

 

「まもなくクロノドライブが終わります」

 

「……そうか」

 

「…遂にセルダールに着くんですね」

 

「あぁ、果たしてどんな状況になっているか」

 

 セルダールが本当にクーデター軍の支配下に置かれているのかどうか。

 それが最も知らなければならない情報。本当に支配下に置かれているならば、何としてもセルダールを解放しなければならない。出なければ時が経つほどにフォルテがクーデター軍のリーダーを名乗っているだけに、『EDEN(エデン)』の信用と信頼が失墜してしまう。

 現状で『NEUE(ノイエ)』で自由に動ける『EDEN(エデン)』軍はルクシオールしかない。危険だと分かっている場所に自ら飛び込むだけあって、ルクシオールに居る誰もが緊迫していた。

 オペレーター席に座っているちとせやココは、ドライブアウト後にすぐさま索敵を行なえるように既に準備している。他のオペレーター達も、各自で自分達が行なえる事をすぐに出来るように準備していた。

 更にレスターから機関室に居るステリーネにもドライブアウト後に、再びクロノドライブする準備を行なうように指示が出されている。時間を置かないでの連続クロノドライブは、クロノ・ストリング・エンジンに負担が掛かるが、そうは言っては居られない。待ち伏せされている可能性は充分に考えられる。

 故に誰もが緊迫した雰囲気を放ち、ブリッジ内部は重い緊張感に包まれていた。

 その雰囲気を感じるカズヤも、険しい顔をして前を見つめながら立っている。

 

「セルダール……無事だと良いんだけど」

 

「そうですね。クーデター軍の支配下に在るようですから、本当に無事で居て欲しいです」

 

「私も同意見ですわ~。セルダールの皆さんが無事だと良いのですけど~」

 

「って!? リコにカルーア!!」

 

 聞こえて来た声にカズヤが振り向いてみると、何時の間にかリコとカルーアが背後に立っていた。

 更に二人に続くように背後に居たアニスとナノナノがカズヤに話し掛ける。

 

「もうすぐセルダールに着くんだろう? 考える事は同じだろうが」

 

「だから此処に居るのだ!」

 

「待て!? 何故アニスが此処に入れる!?」

 

 艦長席に座っていたレスターは、アニスがブリッジに居る事に思わず叫んだ。

 アニスに与えている権限は一般乗務員と同じぐらいの権限まで。ブリッジや機関室などの重要な区間には入る事が出来ないのだ。唯一ブリーフィングルームだけはルーンエンジェル隊の面々と共に戦うと言う事で入室を許可されているが、ブリッジには当然ながら入る事は赦されていない。

 そのアニスが何故ブリッジに居るのかとレスターは質問しようとするが、その前にナノナノが平然と答える。

 

「あっ! 親分ならナノナノと一緒に来たのだ」

 

「だ、駄目だよ! ナノナノ!? 勝手にアニスをブリッジに入れたりしたら!?」

 

 平然と答えるナノナノにカズヤは慌てて注意した。

 流石に一般乗務員までの権限しか与えられていないアニスを、勝手にブリッジに入れるのは不味い。案の上レスターの米神に怒りが浮かび、ナノナノに声を掛けようとする。だが、声を掛ける前にココが報告する。

 

「五秒後にドライブアウトが完了します。五、四、三、二、一、零。ドライブアウト完了です」

 

 ココが言い終えると共に、ルクシオールはドライブ空間から通常空間へと入った。

 怒る機会を逸したレスターは怒りを抑えて前に顔を向けた。今は注意している状況ではない。

 ブリッジに居る誰もが自身の行なうべきことに集中する。

 

「周辺索敵開始……あっ!」

 

ーーービィビィッ!

 

「やはりか」

 

 ブリッジ内部に響いた警報音にレスターは苦い声を出し、ココが索敵結果を報告する。

 

「ルクシオールの前方にクーデター軍と思しき艦影を捉えました。その数凡そ百隻以上です!」

 

「えぇぇぇっ!?」

 

「そんなに敵が!?」

 

「…こりゃ、完全に待ち伏せされていたな」

 

 報告に驚くカズヤとリコと違い、アニスは額から汗を流しながら言葉を発した。

 元々待ち伏せされている可能性は考えられていたが、敵の数が百隻は流石に予想外だった。幾ら支配下に置いているとは言え、『NEUE(ノイエ)』の中心だったセルダールを見張る軍勢も必要な筈。待ち伏せが在ったとしても二、三十隻ぐらいだと考えていたがその倍以上の数が待ち伏せしていた。

 どう考えてもルクシオール一隻が勝てる戦力ではない。ブリッジに居る誰もがそう思うと同時に敵から通信が届く。

 

「あっ! クーデター軍から通信が届いています!」

 

「…繋げ」

 

「了解」

 

ーーーブゥン!

 

『ッ!?』

 

 通信を繋ぐと同時にメインモニターに映った人物にカズヤ達は目を見開いた。

 メインモニターに映ったのは、セルダールを支配下に置いたと『NEUE(ノイエ)』中に放送で宣言した人物。フォルテ・シュトーレンがクーデターを起こしたとは思えないほどに、平然とした顔をしながら立っていた。

 

『……やぁ、レスター。そろそろ来る頃だと思っていたよ』

 

「此方の動きは完全に読まれていたようだな。しかも此処までの大艦隊でお出迎えとは』

 

『皇国の英雄の一人のアンタを出迎えるんだ。これぐらいは必要だろう?』

 

「随分と評価してくれているな……さて、単刀直入に聞くが…“お前は誰だ(・・・・・)”?」

 

『誰って? フォルテ・シュトーレンに決まっているだろう? 一緒に戦った相手を偽者呼ばわりするなんて傷つくね』

 

「お前がフォルテ教官の訳が無い!!」

 

 話を聞いていたカズヤは思わず叫んだ。

 それに続くようにリコ、カルーア、ナノナノのメインモニターに映っているフォルテに向かって叫ぶ。

 

「そうです! フォルテさんがクーデターなんて起こす筈がないです!」

 

「本物のフォルテさんは何処に居るんですか!?」

 

「今すぐにセルダールを解放するのだ!」

 

 思い思いにリコ、カルーア、ナノナノは叫び、良くフォルテの事を知らないアニスは黙って映像を見つめていた。

 

「親分も何か言うのだ!?」

 

「えっ? いや、俺良く知らないし」

 

 叫んで来たナノナノにアニスは戸惑う。

 アニスは全くフォルテの事を知らないのでナノナノ達と違い、敵だと言う人物を観察していたのだ。全く知らない相手に叫ぶ事が出来る訳も無く、言うように詰め寄って来るナノナノをアニスは落ち着かせる。

 その様子をモニター越しで見ていたフォルテはカズヤ達の叫びを気にした様子を見せず、平然としながら話を続ける。

 

『酷いね。人を偽者呼ばわりするなんて……あんなに面倒を見てやったのに?』

 

「お前がしている事は、どう考えてもフォルテがやる事じゃないからな。仮にお前が本物のフォルテだとすれば、何故クーデターを行なった?」

 

『クーデターを行なった理由かい? ……そうだね。何だか面倒になったからかね。チマチマ技術支援なんてやるよりも……一度全部征服した方が手っ取り早く済む。これがクーデターを引き起こした理由だね』

 

 ブリッジ内部は絶句したような雰囲気で包まれた。

 クーデターを引き起こした理由が面倒だったから。そんな理由でクーデターを起こす事が許される筈がない。静かにレスターは目を閉じ、再び目を開けてモニターに映るフォルテを見つめる。

 

「……確かに起こした理由はともかく手っ取り早い方法かも知れんが、俺が知るフォルテはそんな理由でクーデターを起こすとは思えんし、そんな言葉を言う奴ではない」

 

『やれやれ、レスターもあたしを偽者扱いかい? なら、こう言う理由だったらどうだい? “『ゴースト』を手っ取り早く捕まえる為”って言うのは?』

 

『ッ!?』

 

『『ゴースト』はあたしらの希望さ。アレを捕まえる事が出来れば、アイツ(・・・)を『アナザースペース』から救えるかも知れない。もう四年だ。幾らこっちと『アナザースペース』の時間の流れが違うからと言って、無事だと言い切れる保証は無い。アンタもそう思うだろう? ちとせ?」

 

「っ!?」

 

 呼ばれたちとせは顔を上げ、メインモニターに映っているフォルテに顔を向けた。

 

『ちとせ。アンタだって『ゴースト』を表立って捜索したいだろう? だけど、やっこさんは『NEUE(ノイエ)』じゃ、英雄扱いに近いから表立っては追えない。だけど、『NEUE(ノイエ)』を支配出来れば追える様になるよ。どうだい、ちとせ?』

 

「……確かに私は『ゴースト』を求めています。四年前に出会った時からずっと」

 

『ちとせさん』

 

『ちとせ』

 

 ちとせの答えにカズヤ達は不安が募った。

 『ゴースト』を。正確に言えば、その先に在るモノをちとせがどれだけ望んでいるか知っているだけに、フォルテの意見にちとせが同意してしまうかもしれない。その事にカズヤ達は不安になるが、ちとせは毅然とした顔をフォルテに向ける。

 

「ですが! 大勢の人々を支配しての結果で辿り着いた事を、あの人は喜びません! それは四年前の私達の想いを裏切る事です! それはフォルテさんなら良く知っている事の筈です!!」

 

『………従う気は無いって事だね?』

 

「当然だ。ちとせだけじゃない。このルクシオールに居る誰もがお前に従う気は無い」

 

『なら……本気で行かせて貰うよ!』

 

「ルクシオール急上昇! シールド最大出力だ!!」

 

 フォルテの宣言と同時にレスターは指示を発した。

 オペレーター達は即座にコンソールを操作し、ルクシオールは急上昇を行なう。同時に前方の大艦隊から数え切れないほどのレーザー攻撃が発射される。

 直前までルクシオールが居た場所を無数のレーザーが通過した。もしも留まっていたらルクシオールは例えシールドを最大で張っていたとしても撃沈されていただろう。レスターの判断は間違っていなかった。

 しかし、やはり百隻以上もの艦隊からの攻撃は回避し切れず、次々と攻撃が直撃し、ルクシオールは激しく揺れる。

 

ーーードゴォォォォォン!!

 

「グゥッ!! 損傷は!?」

 

「シールドが破られて艦艇部に被弾!! その他の区間にも攻撃が直撃しています!」

 

「流石にこれだけの艦隊の攻撃は防ぎ切れんか! ステリーネに通信を繋げ!」

 

「了解!」

 

 レスターの指示に従い、ココはすぐさま機関室に居るステリーネとの通信を繋ぐ。

 

ーーーブゥン!!

 

「ステリーネ! すぐにクロノドライブの準備だ!」

 

『無茶を言わないで! シールドを最大出力にしているだけじゃなくて 最大船速で移動しているんだよ!? その状況でクロノドライブなんて出来る訳が無いよ!』

 

「無茶でもやってくれ! 出なければルクシオールが沈む!!」

 

『ッ!? 分かったよ!』

 

 緊迫したレスターの声に一切の余裕が無い事を悟ったレスターは、ステリーネはヒステリックに叫びながらも了承して通信を切った。

 

「クロノドライブの準備だ! 急げ!」

 

『了解!!』

 

 指示に従いココを始めとしたオペレーター達は、すぐさまクロノドライブの準備に取り掛かる。

 その間にも艦隊からは苛烈な攻撃が続き、シールドを破られてルクシオールから煙が上がり、損傷を負って行く。艦隊は止めを刺すつもりなのか、攻撃艦が前面に出て来てルクシオールに向かって主砲を向ける。

 だが、その前にルクシオールの前方に緑色の光が生まれ、クロノドライブに移行しようとする。逃がさないと言うように攻撃艦軍の主砲が放たれるが、主砲がルクシオールに届く前にクロノドライブが始まり、ルクシオールは消え去った。

 

「逃げられたか。まぁ、この程度で倒せるとは思って無かったけどね」

 

 旗艦からルクシオールが逃げ去る瞬間を見ていたフォルテは、予想通りの結果に呟いた。

 追う事も出来るが、其処までは許可されて居ない。あくまでフォルテがルクシオールに対して赦されているのは迎撃まで。逃げられた時は別の者が追う事が決まっている。

 複雑そうな気持ちが篭もった瞳でフォルテは、ルクシオールが消え去った空間を見つめるのだった。




今回で出たゴーストが居る場所は、原作をやっている人ならば簡単に分かる場所です。

また、現状でゴーストに乗る資格を有しているのは本当にちとせだけです。
後々ならば他にも出ますが、ちとせ以外のムーンエンジェル隊のメンバーではゴーストに乗ってもリミッターは外れません。

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