ギャラクシーエンジェルⅡ ~失われた英雄と心に傷を負った天使~   作:ゼクス

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「今頃は上手く潜入を成功させている頃だろうかね」

 

 『NEUE(ノイエ)』宇宙に在る惑星アジート付近の宙域で、主から与えられた禍々しい色合いの黒と赤の艦艇-『ディスト・ディータ』-のブリッジに立ちながら踊り子のような衣装を纏った女性は楽しげな笑みを浮かべながら呟いた。

 『ABSOLUTE(アブソリュート)』に居る主の指示に従い、女性はルクシオール及び『紋章機』破壊の為に動き出していた。その先兵と送り込んだのが、新たに『EDEN(エデン)』製の船を購入してお金の工面に困っていたアニスだった。アニスを金で雇い、ルクシオールに潜入する為の工作を女性は行ない、傍受した通信からルクシオールが補給を受ける地点にアニスを配置した。

 現在の状況でルクシオールに補給支援を行なう場所など限られているので、女性は重点的にその場所に通信の傍受を仕掛けた。結果は上手く行った。予想通りルクシオールはブラマンシュ商会に物資の補給を求めた。後は当初の予定通り作戦を進めるだけだった。

 

(先ずはルクシオールの戦力を減らす事が重要だからねぇ。流石に直接やりあうのは危険が大きい。搦め手を使ってジワジワ追い込んでいるよ。そう…あの小娘の『紋章機』もね)

 

 最初から女性はアニスも葬るつもりだった。

 女性の主が脅威として認識しているのは『紋章機』。アニスが乗る『紋章機』も例外ではない。作戦が成功しようと失敗しようと、アニスの抹殺は決定事項だった。その事も知らずにルクシオールで暴れているであろうアニスを女性が嘲笑っていると、部下が話し掛けて来る。

 

「『ディータ』様。アニス・アジートと共に乗せていたブローブの起動反応が出ました」

 

「そうかい。なら、潜入は成功したと言う事だね。頼むよ、小娘。アンタの為に色々と準備してやったんだ。ちゃんとあたしらの作戦どおりに成功させておくれよ」

 

 女性-『ディータ』-は、口元を嗜虐さと邪悪さに満ちた笑みを浮かべながら、自分達の策略どおりに事が進んでくれる事を願うのだった。

 

 

 

 

 

 ブリッジから直通エレベータに乗って艦艇部へと辿り着いたカズヤ、リコ、そしてちとせはエレベータを降りると共に周りを警戒するように見回す。付近に人影が見えない事を確認したちとせは、すぐさまエレベータを動かす為のコンソールに手を伸ばし、素早い指の動きでエレベータにロックを施す。

 

ーーーピィッ!

 

「これでこのエレベータは起動出来なくなりました。クールダラス司令なら既にブリッジ付近への通路は全て封鎖している筈です」

 

「と言う事は、侵入者はブリッジには侵入出来ないって事ですね?」

 

「えぇ。でも、油断は禁物です。相手側の目的が分からない以上、充分に警戒して行動しましょう」

 

「何処に私達は向かうんですか? ちとせさん?」

 

「先ずは機関室です。侵入者が逃げ切る為にも、ルクシオールの足を止める必要があります。急ぎましょう」

 

 ちとせの指示にカズヤとリコは真剣な顔で頷き、辺りを警戒しながら機関室に向かう。

 何時もは緩やかな気配を発している筈のルクシオールの通路も、今は緊張感に満ちていてカズヤとリコは戦場に居るような雰囲気を感じていた。その中でちとせだけは、久々に感じる緊張感に懐かしさを僅かに感じていた。

 一番最初に『ムーンエンジェル隊』をちとせは除隊したとは言え、優秀な軍人であり、『ムーンエンジェル隊』のエースだった。だからこそ雰囲気に戸惑っているカズヤとリコと違って、その行動には淀みは全く無かった。カズヤはその姿を見て頼もしさを感じ、改めてちとせも『ムーンエンジェル隊』の一員だったのだと感じる。

 そして三人は機関室へと辿り着き、すぐさま異常を察知して警戒するように辺りを見回す。

 

「…可笑しいですね」

 

「はい。確かレスターさんが機関室に警備クルーを送った筈なのに」

 

「誰も居ない」

 

 送られた筈の警備クルーが誰一人姿が見られない事実に、ちとせ、カズヤ、リコは危機感を感じ、ゆっくりとちとせが機関室の扉に手をかけて二人に目配せを行なう。

 カズヤとリコは無言で頷き、二人も支給されているレーザーガンを制服から取り出して身構える。ちとせは二人の準備が終わった事を確認すると、意を決して機関室の扉を開けてレーザーガンを構えながら飛び込む。

 

「ムゥーー! ムゥゥゥゥゥゥーーー!!!」

 

「ステリーネさん!?」

 

 ちとせが飛び込むと共に機関室に入り込んだカズヤは、手足を縛られて口元をガムテープで封じられている機関整備員である眼鏡を掛けた作業服を着ている『マリア・ステリーネ』に驚いた。

 慌ててカズヤとリコはステリーネの拘束を解き、ちとせはレーザーガンを構えながら周囲を警戒する。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「大丈夫な訳無いだろう! あの女!? クロノ・ストリング・エンジンを!?」

 

 拘束を外されたステリーネはカズヤに怒鳴ると共に、すぐさま立ち上がりクロノ・ストリング・エンジンが設置されている場所に向かって走り出す。

 

「あぁっ!? コンソールが滅茶苦茶になっているだけじゃなくて、エンジンが一番管から五番管まで停止してる!? うわぁぁぁぁっ!? こっちも停止して、此処までも!?」

 

 多数のクロノ・ストリング・エンジンが設置されている場所から上がるステリーネの悲鳴に、カズヤとリコは機関室がやられてしまった事を理解して苦い顔をする。

 その間にちとせは通信機を用いて、レスターに機関室の状況を知らせていた。

 

「クールダラス司令。機関室がやられました。復旧には時間が掛かると思われます」

 

『あぁ、こっちでも出力の低下が確認出来た。しかし、送った筈の警備クルーは如何したんだ?』

 

「それが…私達が着いた時には誰も来ていませんでした」

 

『何だと!? どう言う事…』

 

「キャッ!?」

 

「リコ!?」

 

 突然上がったリコの悲鳴にカズヤとちとせが目を向けてみると、背後から警備クルーと思わしき男性《・・》に羽交い絞めにされているリコの姿が在った。

 リコが男性に羽交い絞めにされている事実にカズヤは呆然となる。何故ならばリコは男性恐怖症。普通に話す事は出来るが、カズヤ以外がリコに触れれば酷い目に合う。それはルクシオールの男性クルーならば誰もが知っている事実。そして案の定男性に触られたと思い込んだリコは悲鳴を上げる。

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

ーーードオン!!

 

 リコは悲鳴を上げながら自身を羽交い絞めにしていた男性クルーを投げ飛ばした。

 投げ飛ばされた男性クルーは重たい物が落下したような音を上げながら床に激突し、ちとせは迷う事無く男性クルーの頭部に向かってレーザーガンを撃ち込む。

 

ーーードォン!

 

「ち、ちとせさん!? 一体何を!?」

 

「…良く見て下さい、カズヤ君。これはルクシオールの一員じゃありません」

 

「えっ?」

 

 ちとせの言葉に改めてカズヤが男性クルーに目を向けてみると、男性クルーの姿が消え、代わりに人型の機械人形が頭部を破壊されて煙を上げていた。

 

「こ、これは…」

 

「侵入したブローブです。恐らく機関室に来る筈だった警備クルーの姿を写し取ったのでしょう」

 

「でも、確かココさんはブローブはアニスさんの姿になったって言っていましたけど」

 

「それこそが罠だったと考えるべきです。最初にアニス・アジートにブローブは化け、私達がブローブはアニス・アジートになっていると思い込ませたんです。此処に来る筈だった警備クルー達もそれにやられたのかも知れません。状況は私達が考えている以上に不味い方向に進んでいるようです」

 

 そう、ちとせはカズヤとリコに説明すると共にすぐさまレスターに今得られた情報を報告する。

 ブローブがアニス以外にルクシオールのクルーに化けている事を報告されたレスターは苦虫を噛み潰したような声で通信を切り、ちとせはカズヤとリコと共に別の場所へと移動を開始する。

 

「二人とも。とにかく、最初に会った時は相手に話し掛けて反応を見るように。ブローブは相手の姿は写し撮れますが、声は出せません。それと不審な動きが見られれば警戒にして下さい」

 

「はい」

 

 カズヤはちとせの言葉に頷き、続いてリコも同じように頷く。

 ルクシオールで不用意にリコに触れてしまう者は時たま居るが、先ほどのように羽交い絞めにしようとする者など誰一人としていない。だからこそ、ちとせはリコを羽交い絞めにした時点で相手がブローブだと悟り、迷う事無くレーザーガンを相手に撃ち込んだのだ。

 

(それにしても……さっきのリコちゃんの怪力。以前から思っていましたけど、リコちゃんの怪力には男性恐怖症と言う以外に何かが在るですね)

 

 大の大人を小柄なリコが平然と投げ飛ばすだけでも異常な事だが、それ以上の重量が在る筈のブローブをリコは投げ飛ばした。

 以前から男性恐怖症と言うだけでリコが男性を投げ飛ばせていた事にちとせは違和感を感じていたが、先ほどの光景を目にして違和感は更に募った。とは言っても現状で気にしているような事柄で無いので、すぐさま思考からちとせは消す。

 

(今は侵入者の捕縛とブローブの破壊を優先しなければ)

 

 ちとせ、カズヤ、リコの三人は通路を走り、侵入者やブローブが居ないかを調べる。

 しかし、侵入者らしき姿は発見出来ず、三人が訝しげに顔を歪めると、ティーラウンジの方から何かが割れるような音が響く。

 

ーーーバリィン!

 

「今の音は!?」

 

「ティーラウンジの方からでした!」

 

 三人は顔を見合わせると、すぐさまティーラウンジに向かって走り出す。

 そしてティーラウンジに辿り着いてみると、ティーカップや皿などの破片が床に散乱し、倒れたテーブルを挟むように、“二人のメルバ・ブラウニー”が互いを睨みつけるように睨んでいた。

 

「メ、メルバさんが二人!?」

 

「ど、どっちが本物なんでしょうか!?」

 

 無言で互いに睨み合っているので、どちらがブローブなのか分からず、カズヤとリコは困惑したように二人のメルバを交互に睨みつける。

 流石にちとせもただ対峙しているだけではどちらがブローブなのか判別出来ず、何とか正体を見極めようと目を凝らそうとした瞬間、右側に立っていたメルバが動く。

 

「フッ!?」

 

「って!? お盆!?」

 

 動くと同時にメルバが投げつけた物を目にしたカズヤは思わず叫んだ。

 丸く給仕などが注文された物を運ぶ時に使う薄い台。どう考えても武器として使用するべきで無い物を投げつけたメルバ。投げつけられた側のメルバは体を傾ける事で躱し、お盆を投げつけたメルバに接近する。

 そのまま捕らえようと両腕を広げた瞬間、後頭部に衝撃を受けて動きが停止する。

 

ーーードゴッ!

 

 走り出したメルバの後頭部に当たったのは、避けた筈のお盆だった。

 回避されたお盆は空中でブーメランのように動き、戻って来ていたのだ。その事に気がつかずに回避したメルバに化けたブローブは真っ直ぐに前に進み、後頭部にお盆が直撃したのだ。

 そしてお盆を投げつけたメルバがゆっくりと重要な機械部分が破壊されたのか、本来の姿に戻って床に倒れ伏しているブローブに背を向けながら呟く。

 

「『お盆格闘術・ツバメ返し』」

 

(何ですかそれ!?)

 

 訳の分からない格闘術の技名を呟くメルバに、カズヤは思わず内心でツッコミを入れた。

 しかし、メルバがお盆格闘術の免許皆伝者だと知っているちとせとリコは感心したように破壊されたブローブを見つめる。

 

「見事な手際でした、メルバさん」

 

「はい、凄かったですよ!」

 

「いえ、皆の憩いの場でティーラウンジを荒らされた時点で私の負けです。うっかり敵の侵入を赦してしまうなんて…此処のウェイトレスとして恥ずかしいです。次は侵入してくる前に、この銃で破壊して見せます!」

 

ーーードン!

 

(何処からそんな大振りな銃を出したんですか!?)

 

 メルバが軽々と手に持っている大型の銃であるP90の姿に、カズヤは思わず内心で叫んだ。

 明らかに小柄なメルバが扱えるとは思えないほどの銃だが、メルバは軽々と持っていた。ちとせとリコはメルバを頼もしそうに見つめ、ちとせは質問する。

 

「それでメルバさん。此処に侵入して来たのはこのブローブだけでしょうか?」

 

「はい。このブローブだけです。他に侵入者は居ません」

 

「そうですか。なら、此処は頼みます。リコちゃん、カズヤ君、別の場所に向かいましょう」

 

『はい!!』

 

 ちとせの指示に従い、カズヤとリコはティーラウンジを出て別の場所へと向かう。

 通路を三人は真っ直ぐ進んでいると、通路の先に元気一杯なナノナノとヘトヘトで荒い息を吐いているカルーアが走って来た。

 

「あっ! ちとせ! カズヤ! リコたんなのだ!」

 

「ハァ、ハァ、ハァァ~、漸く会えましたわ~」

 

「ナノナノ! それにカルーアまで!?」

 

 カズヤ達はナノナノとカルーアの傍に近寄り、ちとせが代表して二人に質問する。

 

「それでナノナノちゃんとカルーアさんは如何して此処に?」

 

「ナノナノは医務室でモルデン先生と一緒に薬の在庫を調べていたら、いきなり警報がなったから皆を探していたのだ」

 

「わ、私は自分の研究室にミモレットちゃんと一緒に居たのですけど、ナノちゃんが入って来て侵入者の事を教えてくれましたの~」

 

「えっ? 警報が聞こえなかったの?」

 

「私の研究室は防音がなされていますので~、気がつけませんでしたの~」

 

「それでミモレットに研究室の事を頼んで、ナノナノと一緒にカルーアは居たのだ」

 

「だ、だけど~、ナノちゃんの足が速くて息が切れてしまいました~。ハァ~」

 

 カルーアは大きく息を吐き出し、事情が分かったちとせ、カズヤ、リコは納得したように頷く。

 

「それで誰か怪しい人物は見ましたか?」

 

「誰も見ていないのだ」

 

「私も見ていませんわ」

 

「それじゃ、アニスさんは何処に行ったんでしょうか?」

 

ーーーピィピィ!

 

 突然通信音が鳴り響き、カズヤ達の視線がちとせに集まる。

 ちとせがすぐに通信機のオンにすると、焦りに満ちたレスターの声が響く。

 

『ちとせ! すぐに格納庫に向かってくれ! ブレイブハートが発射シーケンスに入っているぞ!』

 

「ブ、ブレイブハートが!? 分かりました! すぐに向かいます!!」

 

 レスターの情報を聞いたちとせはすぐさま格納庫に向かって走り出し、慌ててカズヤ達もちとせの後を追い駆ける。

 

「急ぎましょう! もしもブレイブハートが奪われれば、ルクシオールの戦力が低下してしまう! そうなったら、セルダールに行く事が出来なくなります!」

 

『はい!』

 

「ハァ、ハァ~、分かりましたわ~」

 

 カズヤ達はちとせの後を全速力で追い駆ける。

 しかし、徐々にカルーアが遅くなって行き、次にリコが遅れてカズヤ、ちとせ、ナノナノとの距離が離れて行く。普段ならば遅れるリコとカルーアが心配になるが、そうも言ってられずにちとせ、カズヤ、ナノナノは格納庫へと急ぐ。

 そして格納庫に三人が足を踏み入れると、レスターが言っていた通りブレイブハートが出撃体勢に入っていた。

 

「あっ! カズヤ! ちとせ! あそこを見るのだ!!」

 

 ナノナノが指差す方向にカズヤとちとせが視線を向けてみると、ブレイブハートのコックピットに乗り込んでいるアニスが居た。

 

「アニス・アジート!!」

 

「すぐに発進を止めなさい!」

 

 カズヤとちとせは叫ぶと共に走り出し、ナノナノも二人の後を追い駆ける。

 とにかくブレイブハートの発進を止めなければならないと、三人は急ぐ。しかし、途中で何かにちとせは気がついたように足を止めて格納庫に置かれているコンテナの影に向かってレーザーガンを撃ち込む。

 

ーーーズキュウン!

 

「ちとせさん!? 一体何を!?」

 

「ブローブです!」

 

 カズヤの質問にちとせが険しい声で答えると共に、レーザーガンを撃ち込まれた格納庫の影から重たい音を立てながら頭部を撃ち抜かれたブローブが床に倒れ伏した。

 同時に格納庫の影から次々とアニスに化けているブローブが数体出て来る。

 

「変だと思ったんです。格納庫には整備班の皆さんが居る筈なのに、誰も今は居ません」

 

「あっ!?」

 

「そう言えば、皆居ないのだ!?」

 

 カズヤとナノナノはちとせの指摘に格納庫内を見回し、整備班員の姿が誰一人として見えない事に気がつく。

 迫って来ているブローブを油断無くレーザーガンを構えながらちとせは見回し、カズヤとナノナノに指示を出す。

 

「此処は私に任せて、二人は早くブレイブハートを!?」

 

「でも!?」

 

「ちとせ一人じゃ危な…」

 

ーーーズキュウゥン!

 

 ナノナノの言葉に覆い被さるようにレーザーガンの発射音が響き、ブローブが撃ち抜かれた。

 カズヤとナノナノが呆然と撃ち抜かれて破壊されたブローブとちとせに視線を彷徨わせると、ちとせは二人に話し掛ける。

 

「今は技術者でも、私は元『ムーンエンジェル隊』の一員です。この程度の相手に遅れは取りません。さぁ、早く!」

 

『は、はい(なのだ)!!』

 

 有無を言わさないようなちとせの言葉に、カズヤとナノナノは慌てて走り出した。

 走り出したカズヤとナノナノはブレイブハートの発進コンソールへと辿り着くが、既にブレイブハートは上の方に上がって発進準備を行なっていた。

 それを目撃したナノナノは走るスピードを上げて、勢いよく右手を伸ばしながらジャンプする。

 

「逃がさないのだ!!」

 

「ナノナノ!?」

 

 ジャンプして右手をブレイブハートの装甲を掴んだナノナノに向かってカズヤは心配して叫んだ。

 しかし、カズヤの心配を他所にナノナノは猫のような身軽な動きでブレイブハートの装甲を登り、コックピットが在る場所まで上がって行く。

 

「す、凄い! じゃなくて!? 急いで発進を止めないと!」

 

 ナノナノの俊敏な動きにカズヤは感心していたが、すぐさま我に返って発進コンソールを操作する。

 その間に装甲を登ってコックピットに辿り着いたナノナノは、操作を行なっていたアニスに向かって掴みかかる。

 

「逃がさないのだ!!」

 

「うわっ! テメエ追って来やがったのか!?」

 

「カズヤのヒコーキを返すのだ!?」

 

 驚くアニスにナノナノは掴み掛かり、二人は狭いコックピットで暴れ出す。

 ナノナノは必死にブレイブハートの発進を止めようとアニスに掴み掛かる。だが、狭い場所で操縦席に座っているアニスはともかく、無理やりに入り込んだナノナノはアニスが強く抵抗すると共に足を踏み外してしまう。

 

ーーーズルッ!

 

「あっ?」

 

「ッ!? 危ねぇ!?」

 

ーーーガシッ!

 

 ブレイブハートから落ちそうになっているナノナノを、アニスは慌てて右手でナノナノの腕を掴み、落下を防いだ。

 呆然とナノナノは自身を掴んでいるアニスと遠く見える格納庫の床を見回し、改めてアニスに顔を向ける。

 

「危ねぇだろうが!? 落ちたら死んじまうだろうが!?」

 

「……フェッ! ウワアァァァァァァァン!!」

 

「………しゃあねぇな」

 

 泣き出したナノナノを見たアニスは、左手を伸ばしてブレイブハートのコンソールを操作し、発進装置を元の場所へと戻し出す。

 ゆっくりとブレイブハートのコックピットが床に近づいて来るのをアニスが確認していると、カズヤがコンソールを操作している事に気がつく。

 

「あいつ! コンソールを!? ……もう良いな」

 

 ナノナノと床の距離が近い事をアニスは確認すると共に手を離し、ナノナノは危なげなく床に降り立つ。

 それを確認したアニスはすぐさま操縦席に座り直し、コンソールを操作し出す。同時に開いていたブレイブハートの発射口ハッチの部分が閉じて行く。このままブレイブハートが発進する前にハッチが閉じるかと思われたが、アニスは構わずにブレイブハートを発進させ、縦ではなく横にブレイブハートを傾ける事で狭くなっていたハッチの間を滑り込むように通り過ぎ、アニスはブレイブハートを強奪し、ルクシオールから逃げ延びた。

 

 その後、遅れてきたリコ、カルーア、そしてブローブを破壊し終えたちとせとカズヤ、ナノナノは合流し、ブリッジに戻ってレスターに報告を行なった。

 大切な機体であるブレイブハートをアニスにまんまと強奪された事実に、レスターは苦虫を噛み潰したような顔をし、カズヤ達は申し訳なさそうに顔を伏せていた。

 

「クールダラス司令…ブレイブハートの件に関しては四人に指示を出していた私に責任が在ります。どうか寛大なご処置をお願いします」

 

『ちとせ(さん)!?』

 

「いや、此方からも発進シーケンスの操作が出来なかった。今回はあちらの方が上手だったと言う事だ…しかし、ブレイブハートが強奪されたのは不味い」

 

「はい…アレはルクシオールに在る『紋章機』にとって大事な機体です。何とか取り返さなければ」

 

「とは言っても、今のルクシオールは工作のせいで動けん。それに何処に奴のアジトが在るのかも分からん。どうしたものか?」

 

 現状で打てる手が見つからず、レスターは表情を歪めて悩む。

 ブレイブハートを取り戻す事は決定事項。今後の為にも『紋章機』の性能を増幅させるブレイブハートだけは、何としても取り戻さなければならない。しかし、ブレイブハートを強奪したアニスが居る場所が分からない。

 どうすれば良いのかとレスターが今後について考え込んでいると、ココが報告を行なう。

 

「あっ! 司令! 近くにドライブアウトの反応が出ました。それと通信が来ています」

 

「…繋いでくれ」

 

「了解」

 

 レスターの指示にココはコンソールを操作して通信を繋ぐ。

 すると、メインモニターにレスターが補給を要請した人物であるミントが映し出される。

 

『どうもレスターさん。お待たせいたしましたわ!』

 

「ミント先輩!?」

 

「ミント!? 何故お前が此処に!?」

 

『一番近い船は偶然にも私が乗っていた船でしたの。会った時に驚かせようと思いまして』

 

「……先にその話がされていれば」

 

 告げられた事実にレスターは思わず愚痴を零した。

 補給の為に来る相手がミントだと最初から分かっていれば、アニスが侵入して来るような事態にはならなかった。その事実に思わず愚痴を零したレスターの様子に、ミントは自分が来るまでの間に何か在った事を悟る。

 

『…どうやら私が来るまでの間に何か在ったようですわね』

 

「その件で聞きたい事が在る。済まんがルクシオールに来てくれ」

 

『分かりましたわ。それと頼まれた物資は持って来たので其方にお届けしますわ』

 

「あぁ、待ってるぞ」

 

 そうレスターが言うと共に通信は切れ、メインモニターが黒い画面に戻った。

 レスターはそれを確認すると共に直通エレベータの方に向かって歩きながら、ココに指示を出す。

 

「ココ。俺はミントを出迎えて来る。機関室の修理が終わったら連絡をくれ」

 

「了解です」

 

「ちとせは済まないが機関室の手伝いに向かってくれ」

 

「はい。ミント先輩とは後で話せる機会も在るでしょうから私はステリーネさんの手伝いに向かいます」

 

「頼む。ルーンエンジェル隊は俺と一緒に行動だ」

 

『はい(ですわ~)(なのだ)』

 

 カズヤ達はレスターの指示に従い、レスターと共にミントの出迎えの為に格納庫に向かうのだった。




既に分かる人も居ますが、今作ではカズヤが直接指揮を執るのは大分先になります。

原作はゲームの設定でしたが、今作ではある程度経験を積んでからカズヤは指揮を執ります。
漸くあの格闘術が出せました。

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