ギャラクシーエンジェルⅡ ~失われた英雄と心に傷を負った天使~ 作:ゼクス
3-1
「……様。セルダールは予定通りに支配下に治める事が出来ました」
『そうか。其方は予定通りに進んだようだな』
とある一室の中で妙齢で踊り子のような服装をした女性が、自らが主としている相手に戦果の報告を行なっていた。
通信の相手はミルフィーユとアルモを『セントラルグロウブ』で襲った相手。セルダールを支配下に於き、『セントラルグロウブ』も手中に治めた全ての元凶である首謀者だった。予定通りの戦果を上げられた事に女性は満足していたが、その主である首謀者の顔は不満に満ちていた。
「其方で何か在ったのでしょうか?」
『余計な邪魔が入ってな。『セントラルグロウブ』に居た『
「余計な邪魔とは?」
『『
「では、『ゴースト』が其方に現れたと言うのですか!?」
予想外過ぎる存在が主が行なっていた戦闘に乱入して来た事実に、女性は驚愕した。
『ゴースト』の事は女性も良く知っている。寧ろ『
『奴は突如として現われ、『
首謀者にとって『ゴースト』は自分の計画を邪魔した機体と言うだけではなく、その機体が保有している移動手段も忌々しいとしか思えなかった。
『ゴースト』の持つ移動手段は自らが考える理想とする世界には不要としか言えない手段。計画を邪魔された事だけではなく、『ゴースト』と言う機体そのものを首謀者は嫌悪しているのだ。
自らの主が『ゴースト』を嫌っている事を察した女性は笑みを浮かべる。何故ならば女性は『ゴースト』に関する有益な情報を手に入れているのだ。
「それならばお喜び頂ける情報があります」
『ほう…それは何だ?』
「セルダール付近の『
『なるほど…確かにその情報は有益な代物だ』
女性の言いたい事を察した首謀者の目に喜悦が浮かぶ。
『ゴースト』の厄介な所は、現代の技術では発見出来ないほどに優れたステルス性に在った。最も今回の戦闘で首謀者は『ゴースト』には卓越した操縦技術に加え、卓越した指揮能力も在る事を悟っていた。
一方的に追い込んでいた『
『…すぐにその『ゴースト』から発される電磁波のデータを送れ。我が軍勢にすぐに入力し、次こそは『ゴースト』を必ず破壊してくれる』
「了解しました。それで私はこれから如何すれば?」
『…予定通りルクシオールに在る『紋章機』を全て破壊するのだ。今のところ『
「お任せ下さい。必ずやお喜び頂ける報告を上げて見せます」
『期待しているぞ』
ーーーブゥン!
通信が途切れると共にモニター画面は黒く染まった。
女性は通信が切れたのを確認すると、ゆっくりと立ち上がり、体をほぐすように動かす。
「全く肩が凝るねぇ。とは言っても一応の上司だからある程度礼節をしておかないとうるさいだろうし、あたしの目的の為にも必要な事だからしょうがないか」
先ほどまでと打って変わって女性の口調は変わり、ゆっくりと通信装置に手を伸ばして部下へと連絡を取る。
ーーーブゥン!
「どうだい? ルクシオールの現在位置は判明したのかい?」
『いえ、残念ながら今だ不明です。どうやら止まる事無く動き続けているようでして…捕捉には今しばらく時間が掛かると思います』
「まぁ、相手側も自分達が狙われている事は理解しているだろうからね。でも、そろそろルクシオールは動き出す筈だよ。通信の傍受は念入りに行なっておきな!」
『ハッ! 了解しました! …それとお耳に入れたい別の報告が在るのですが?』
「なんだい?」
『実は、例のルクシオール以外に『紋章機』を所有している『アニス・アジート』の居所が判明しました。どうやら最近『
「『
部下の報告に女性は顎に手をやりながら考え込む。
女性の主にとって『紋章機』は破壊したい代物。それはルクシオールに在る『紋章機』だけではなく、アニスが乗る『紋章機』も同じだった。
現在の状況と今得られた情報を女性は吟味にし、口元を笑みで歪めると同時に部下に指示を出す。
「艦を発進させるよ。向かう先は『紋章機』を操る小娘が居る所だ。それと一つ用意する物が在るから、すぐに準備しな」
『どのような物でしょうか?』
その部下の質問に対して女性は用意する物を告げると、すぐさま通信を切って自らが与えられた艦のブリッジに向かい出すのだった。
先日の戦闘から数日が経過し、ルクシオールはセルダール宙域付近を飛び回っていた。
本格的にセルダール宙域に入り込めば、先ず間違いなく戦闘になるのは目に見えている。元々『
一先ずは物資の補給を優先する事を決めたレスターは余り使いたくは無い手だったが、現在の状況で『
「と言う訳で、補給の為に此方に其方の船を送って貰いたい」
『状況は分かりましたわ。宜しいです。ルクシオールの補給の為に家の商船を向かわせましょう』
「済まんな、ミント」
レスターは通信の相手である元『ムーンエンジェル隊』のメンバーの一人であり、現在は生家であるブラマンシュ商会の一員で『
現在の状況でルクシオールが安全に補給を頼める相手と言えば、同じ『
礼を告げられたミントは柔らかい笑みを浮かべ、すぐにコンソールを操作して送られたルクシオールの位置に一番近い商船を調べる。
『さて、ルクシオールの現在位置に一番近い商船は……あら?』
「ん? 如何した?」
『…いえ、何でも在りませんわ。取り合えずルクシオールに一番近い商船は分かりましたけど、何処で合流されますの? 此方としてもクーデター軍に発見されるような場所で物資のやり取りはしたくないですけれど』
「当然の判断だな。なら、合流地点は…」
レスターはミントに商船とルクシオールが安全に接触出来る地点を告げ、ミントもその場所ならと了承して通信を切った。
これで物資の問題はある程度解決出来ると安堵の息を漏らし、艦長席に座り込む。ミントが支部長を務めるブラマンシュ商会は『
(孤立無援に近いルクシオールの状況で、内部からも離反者が出る事だけは何としても避けねばならん)
そうレスターが考えていると、ブリッジに繋がる直通エレベーターの扉が開き、リコとカズヤを伴ったちとせがブリッジへと入って来た。
「クールダラス司令。此方が現在不足している物資に関するデータです」
「ご苦労……ん? カズヤにリコ? 二人は如何したんだ?」
「二人は私が倉庫に在る物資を調べている時に手伝いに来てくれたんです」
「そうか。二人ともご苦労だったな」
命令していないにちとせの手伝いをしてくれたカズヤとリコに、レスターは労いの言葉を掛けた。
カズヤとリコは照れたように微かに顔を赤らめ、ちとせと、そして様子を窺っていたココは二人の親密さが数日前よりも深まっている事を悟る。最も詮索するような事を二人はしない。
寧ろ初々しい二人の様子にちとせとココは微笑みを浮かべる。最もレスターはカズヤとリコの雰囲気の違いに気づかずに話を続ける。
「それじゃあ、『ムーンエンジェル隊』の先輩の一人が物資を渡してくれるんですね?」
「正確に言えば、後で補給された物資の代金は支払う事になるがな。そう言うところは抜け目が無い相手だ。だから、余り頼りたくは無かったんだが」
「…何か在ったんですか? その先輩と?」
深々と溜め息を吐くレスターの様子にカズヤは疑問を覚えて質問した。
その問いにレスターは無言で頷く。思い出すのはミントにからかわれていた日々の出来事。ミント本人に悪意は無く、ただ本当にからかっているだけに過ぎないのだが、それでもレスターはかなりの心労を受けていた。
正直な話、レスターからすれば借りを作りたくは無い相手だがそうも言っていられない状況。故にレスターは自分の天敵と呼んで良いミントに連絡を取ったのだ。
事情が分かっているココとちとせは苦渋が僅かに滲んでいる顔を浮かべているレスターに苦笑を浮かべ、ミントと多少交流が在るリコも同様に苦笑を浮かべる。唯一ミントの事を知らないカズヤだけが、何時もと違う様子のレスターに首を傾げる。その様子にレスターは気がつくが、何も答えずにココの方に体を向ける。
「ココ。さっきの合流地点に移動だ」
「了解しました。現在の地点からだと『クロノドライブ』すれば一時間程度で着くと思います」
「早めに補給は終わりにしたいからな。すぐに移動を開始してくれ」
「了解しました」
レスターの指示に従ってココはルクシオールを動かし、すぐさまルクシオールは『クロノドライブ』へと移行した。
一時間で合流地点に着くのでその間にちとせは前回の戦闘時の時の合体紋章機の事をカズヤとリコに詳しく質問する。データは取っているが、やはりデータだけでは分からない面が在るのでちとせは事細かにカズヤとリコに乗っている時の合体紋章機の調子を質問して行く。カズヤとリコはちとせの問いに嫌がる事無く、自分達が感じた事を答えて行く。
そして質問している間に合流地点への到着予定時間になり、ルクシオールはドライブアウトして通常空間へと戻る。
「センサーで周囲を確認……近くに『
「間違いないか?」
「はい。間違いなく『
「此方でも確認しました。ココさんの報告に間違い在りません」
ココの報告の念を推すようにちとせがレスターに自身のオペレータ席からの解析結果を告げた。
ーーーピィピィ!
「相手側の船から通信です。物資の輸送の為に接近許可を求めています」
「……商船許可書を持っているか確認しろ。幾ら『EDEN《エデン》』製の船とは言え、現在の状況では敵の偽装も在りえるからな」
「了解しました」
レスターの指示に従ってココは相手の船に確認を取る。
その様子を見ていたカズヤとリコは、険しい顔をしてココからの報告を待っているレスターを見つめる。
「司令…随分と警戒しているね?」
「はい。やっぱり今の状況だとおいそれと乗船許可は出せないんですね」
「実際に敵が偽装の船を送って来る事は在りますから」
カズヤとリコの話を横で聞いていたちとせは、二人に語り掛けた。
「昔、クールダラス司令が副指令を務めていたエルシオールに撃ち込まれたミサイルに偵察ブローブが乗っていた事が在ったそうです。それ以外にも敵側が直々に乗り込んで来た事も在ります」
「ちとせさんもそう言う経験が在るんですか?」
「…はい…在ります。そのせいでちょっと記憶が混乱した時が実は私には在るんです?」
「記憶の混乱って!? だ、大丈夫だったんですか!?」
「えぇ、安心して下さい、カズヤ君。そう言う事も在ってクールダラス司令は確認を取っているんです。『
違法な業者が『
逆に言えば幾ら『
その事を理解したカズヤとリコは頷きながら、相手側の船から送られて来る許可書のデータを注意深く調べているココを見つめる。
ーーーピィーーー!
「チェック完了。間違いなく『
「そうか」
ココの報告にレスターは安堵の息を吐き、カズヤ、リコ、ちとせ、そして他のブリッジメンバーも揃って安堵した。
もしも敵の策略に寄る船だったら自分達が罠に掛かったと言う事になる。その上物資の補給が出来ないとなれば、ルクシオールは追い込まれる。しかし、これで物資が補給出来て今後の行動は取り易くなった。
その事からレスターは乗船許可を相手側の船に出すようにココに指示を出し、ココはすぐさま連絡を取り出す。
「それじゃあ、私は搬入される物資のチェックのお手伝いに行って来ます。
「あっ、なら僕も行くよ。補給の間は他に仕事も無いから手伝うよ」
「ありがとうござます、シラナミさん」
手伝いを買って出てくれたカズヤにリコは笑みを浮かべながら礼を告げ、二人は直通エレベーターに向かって歩き出す。
しかし、二人がブリッジに乗り込む前に突然に警報音がブリッジ内部に響き渡る。
ーーービィビィビィッ!!!
「如何した!?」
「そ、それが侵入者のようです! 場所は先ほど乗船した商船のシャトルからです!」
「何だと!? クッ! すぐにスクリーンに監視映像を映せ!」
「りょ、了解です!!」
レスターの指示に従い、ココは即座にスクリーンに映像を映す。
カズヤとリコも慌ててスクリーンが見える位置まで戻る。すると、スクリーンには警備クルーに蹴りなどを食らわせて昏倒させて行く作業服と帽子を着た人物が映し出されていた。作業服を着た人物の身のこなしには隙が無く、訓練されている筈の警備クルー達が翻弄されるほどの腕前を持っている事はスクリーン越しでも分かるほどだった。
一体何者なのかと誰もがスクリーンに映る監視カメラからの映像を見つめていると、作業服を着た人物が上着と帽子を脱ぎ捨てる。
「あ、あの人は!?」
「アニス・アジート!?」
リコの驚愕と困惑に満ちた叫びに続くように、レスターが作業服を脱いでアラビア風の衣装のような赤い布を胸に着けているアニスの名を叫んだ。
カズヤの赴任初日にルクシオールに襲撃を行ない、所持している『紋章機』の事も在って重要参考人に指定されている人物。その行方知れずになっていた筈のアニスが再びルクシオールに襲撃を行ない、侵入して来た事にブリッジは騒然となる。
スクリーンに映るアニスは監視カメラを見つけるとナイフを取り出し、監視カメラに向かって投げつける。同時にスクリーンの映像が消え、監視カメラが破壊された事をレスター達に知らせた。予想外の事態が起きた事にレスターは呆然とするが、すぐに我に返って指示を出す。
「すぐに警備クルーに連絡して侵入者を捕まえろ! 目的は分からんが、艦内で暴れ回れる訳には行かん! 格納庫と機関室にも連絡を送れ!」
「りょ、了解です!」
「司令! 僕も行きます!!」
「わ、私も行きます!!」
状況が不味い方向に進み始めた事を理解したカズヤとリコは、レスターに進言した。
レスターはカズヤとリコに目を向けて考える。先ほどスクリーンに映し出された映像からアニスの格闘能力はかなり高いと判断出来る。男のカズヤはともかく、小柄なリコでは逆に人質にされてしまう可能性が高い。リコの怪力は相手が男性で無ければ発揮されないので、女性のアニスでは発揮出来ない。
(とは言ったとしても、今は少しでも早く侵入者を捕らえる為に手が必要だ。しかし、リコでは…)
ーーービィビィッ!
「ッ!? 司令大変です! 侵入者が乗って来たシャトルの内部からブローブらしき人形が複数現れたと報告が来ました!!」
「ブローブだと!? チィ! 既に誰かに化けているのか!?」
『ブローブ』。センサーなどで相手の姿を写し撮り、ホログラムを発生させて身に纏う機械兵器。
敵地などに潜入し、破壊工作や撹乱、そして情報を盗み取るが主な目的として使用される。昔、ブローブに重要なデータを盗まれた事が在るレスターは、再びブローブの侵入を赦してしまった事実に苦虫を噛み潰したような顔をする。
「どうやら目撃者の話では、アニス・アジートの姿に化けているようです」
「クッ! 陽動目的か! すぐに各部署の連絡を行なえ!」
「司令! やっぱり僕達も行きます! このままじゃルクシオールが荒らされます!」
「お願いです! 司令!!」
「…クールダラス司令。二人とは私が一緒に行動します」
「ちとせ!?」
オペレータ席から立ち上がり、レーザーガンを取り出したちとせにレスターは驚いた。
幾ら軍人とは言え、今のちとせは昔とは違い、技術者として働いているので四年前よりも腕は落ちている。そのちとせまで向かわせて良いのかとレスターは悩むが、カズヤ、リコ、そしてちとせの決意に満ちた顔を目にして腹を決める。
「…分かった。だが、無茶はするな。特にカズヤとリコは怪我だけはしないようにしろ。お前達に何か在れば、ルクシオールの戦力が落ちるからな」
『はい!』
「…ちとせ。悪いが二人を頼む。それと、お前も無茶はするな」
「分かっています」
「………三人とも頼むぞ!」
『了解(しました)(です)!!』
レスターが発した号令と共にちとせを先頭にカズヤとリコは走り出し、直通エレベータに乗ってアニスが居ると思われる艦艇部に向かうのだった。
三章突入です。
原作を知っている人なら分かると思いますが、今回の話ではちょっと原作と違う変化を加えました
あの伝説の格闘技が次回出ます。