ところで昼食作りを途中から手伝ったのだが、その完成形は豆の塩味スープにザワークラウト、保存用のカチカチパンだったっぽい事が判明した。
出ていた材料がなんとなく少ないな?と思ってそれとなく確認した結果だったのだが、ゼシカさんも姫様もまともにご飯を作った事が無かったのだから仕方がない。
そもそも姫様も私がいなければスープをかき混ぜるぐらいしかどう頑張っても手伝えないので当たり前だと言えば当たり前だった。たぶん、出来る事がなくて手持ち無沙汰になっていた姫様をゼシカさんなりに気に掛けてこういう状況になったんだろうと思われる。
ゼシカさんは最初の頃は姫様が馬の姿をしていたからというのもあるが、会話をするという仲でもなかった。それからしてみるとこうやって気にかけるような関係になったのはなんだか嬉しい。特に姫様は身分的にこういう気兼ねない友人関係なんて早々結べなかったんじゃないかと思う。
なんてしみじみしていると、そのまま豆スープコースになりそうなので、鍋をかき混ぜつつ私の肩に手を置いてもらっていた姫様の手を引いて、ザワークラウトを山盛りにしそうになっていたゼシカさんを止めて、とりあえずゼシカさんには乾燥ソーセージを切ってスープに投入してもらい、私は姫様の後ろから二人羽織のように腕を回して根菜の皮剥きを補助、それを適当に切ってもらってこれもスープに投入した。
姫様は初めての経験に手元はおぼつかなかったが、楽しそうにしていたので今後も余裕があれば誘うのもいいかもしれない。ゼシカさんもチラチラ見ていたから一緒に。
最後に固いパンを薄切りにして濡らした綺麗な布巾で包んでから、バギとメラの合わせ魔法で温めて、それから軽く焼いて完成だ。
船に残っているメンバーに知らせたら、ヤンガスさんは私の手を取って泣いて喜んでゼシカさんに凍らされそうになっていた。
まぁ……昨日の夜のメニューが今作ろうとしていたメニューと同じだったのなら気持ちはわかるが、言っちゃダメなやつだ。ヤンガスさん以外は賢く黙っている。
あの王でさえ何も……いや、姫様が僅かでも関わっているなら王は何も言わないか。なんというか、短所もあるけど王としてではなく人として、そういうところは本当に一貫してお父さんなんだなと純粋に思う。あの姫様の子守唄を聞くと余計にだ。
ご飯を食べた後は片付けをして、夕食の仕込みをしてから錬金釜の様子を確認して、姫様の魔法練習のお手伝い(肩を差し出すだけ)しつつチクチクと縫い物仕事をしていた。
旅生活なのでみんなの服もいろんな理由でほつれたり穴が空いたり、傷んだ原因を考えては胃が痛くなるが……そこにはもう蓋をする。
それより修繕しながら別の事、ウエストポーチの構造を思い浮かべる。沈んでいるより少しでも有益な事を考えている方がマシだ。
ウエストポーチは、イメージ的には色々入れられるというより、回復薬なら回復薬をセット出来る様にあらかじめその形にしてしまって、一箇所に一つを固定するようにしたい。そうすれば互いにぶつかり合って破損することも無いだろう。バックパックのように背後にある方が動きを阻害しないだろうから、腰の後ろにつける前提で作るとして……取り出しやすさも考えると固定は簡単に外れた方が良く……
あーでもないこーでもないと考えながら、翌日には仮の布でサンプルを一つ作る事が出来た。でも素人が作ったのでそのまま使えるようなレベルではない。後でトルネコさんに見てもらって革製品で作れるのか、そもそも実用的なのかどうなのか相談しようと置いておく。
エイトさん達が戻ってきたのはその日の夕方だった。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい」
甲板の掃除をしていたら、エイトさんにククールさん、トルネコさんと船に戻ってきたので駆け寄れば、随分よれっとした様子で……あ。
「魔物、多かったです?」
「そりゃもう大量大量」
「ククール」
「大丈夫です。キラーパンサーのおかげで大半は回避出来ましたよ」
両手で大量だと苦労をアピールするククールさんを嗜めるエイトさんと、苦笑するトルネコさん。
キラーパンサー君達のおかげでパス出来たのなら良かったけど……この影響本当にどうにかならないかな……
〝もう少し欠片があればどうにか出来るかもしれないけれど今は難しいかしら?〟
にゅーちゃん?
〝近くにあったりすると思うんだけれど〟
近く?
って、近くににゅーちゃんの欠片があるって事?
「最初の一日だけだから、言うほどじゃないんです。心配しなくてもいいですからね? まったくもう、ククールは大袈裟だよ」
「冗談だって。リツもわかってるさ」
あ、いえ。わかって無かったですが。
とりあえず目の前に意識を戻して微妙な顔でハハと笑えば、ほら、とエイトさんが腰に手を当てた。
(ちょっと待ってにゅーちゃん、後で詳しく聞かせて)
〝いいわよ〜〟
「魔物の事は全然問題ないので。それより、サザンビークに太陽の鏡を借りれるか交渉をしないといけないんですが、その事でちょっと……」
「ゼシカとリツに来てもらおうと思って」
口籠もるエイトさんに代わるようにククールさんが続けた。が、私とゼシカさんを?
「ゼシカさんは身分的にわかりますけど、私もですか? 私より交渉ごとに長けていそうなトルネコさんにお願いした方がいいんじゃないですか?」
「トルネコのおっさんにも来てもらうけどな、場合によってはこっち方面で攻める手もあるかなと」
こっち方面?
「王族だとか貴族だとか、ほんとは顔を見るのも嫌だが……ま、遊んでた頃に耳に入った話とか? そういうのを集めると有効かもしれなくてな。使わない方がいいだろうけど、最悪盗むよりはマシって程度だ」
「盗むって……」
いや……でもそうか。国の宝をそんな簡単に貸し出すわけが無い……貸し出した国もあったけどな。しかも借りパクしちゃったし。でもアスカンタは恩義を感じて協力してくれたのだから、あれは例外中の例外だと思う。
今回は婚約を結んでる相手国なのだから、正攻法で事情を明かしてトロデーンの窮状を伝えるというのが手っ取り早い気がするが……考えてみればそこのところ、王はどう考えているんだろう。
エイトさんも婚約の事は知っているだろうし、どう考えているのだろうかと見ると、難しい顔をして眉間に皺を寄せ黙り込んでいた。
視線をトルネコさんにずらすと、こちらもなんとも言えない様子で微妙な空気感というか。
「まーまー深く考えるなって。リツは普通にしてたらいいから」
「……何かお役に立つのならいいですが。エイトさん、サザンビークに行く前にちょっと時間もらえますか?」
「あ、はい」
「サザンビークとの交渉の仕方について陛下にも確認をとった方がいいと思うので」
「……そうですね……はい」
「じゃサザンビークに行くのは明日にするか? もうじき城門が閉まる頃合いだろうから」
ドルマゲスの事を考えると早く行った方がいいのだろうが、だがさすがにこの件は確認無しには動けない。
「そうして貰えますか?」
「いいぞ。一日中あれに乗ってたらさすがに疲れたしな。休ませてもらうわ」
ひらりと手を振って早々に船室へ降りていくククールさんと、それではとトルネコさんもそれに続いた。
「……あの、リツさん。ちょっと話を聞いて貰えますか?」
二人が船室に消えて、これから陛下のところへ行くか、それともひと息入れてから行くか聞こうとしたら、思い詰めたような顔のエイトさんに逆に乞われた。
「どうしたんです? もちろん聞きますよ」
ちょっと、とエイトさんが船首の方へと手招くので、ライアンさんとジョーさんが剣を交えているのを横目に着いて行く。
他の人たちから距離を取ったところでエイトさんは振り返った。
「実は……サザンビークの王子とミーティア姫は婚約をしているんです」
「あ、はい。ミーティア姫から聞きました。
なので陛下にもサザンビークと交渉する時にトロデーンの事を伝えるべきか、それとも隠すべきか確認をしようと思っていました」
やっぱりエイトさんも知ってたか。
「その件なんですけど、隠す方向で話をして貰えないですか?」
「ええと……何故か聞いても?」
エイトさんは珍しく疲れたようなため息を吐き出すと、その場に腰を下ろした。
なんだか参っている様子に心配になってこちらも腰を下ろして様子を伺うと、どうしたらいいんでしょうかとエイトさんは呟いた。
「本当は、トロデーンの事を伝えるべきだとは思うんです………リツさんがいれば陛下は元の姿に戻れますから、サザンビーク側も話を聞いてくれると思いますし……太陽の鏡を貸してくれる可能性は高くなると思います」
でも、それはしたくないと?
続く言葉をじっと待っていると、エイトさんは重いため息をついて、やっと口を開いてくれた。
「…………サザンビークの王子は……どうも素行に問題があるようで」
………なに?
「もちろん、ただの噂話という線もあるんですけど、トルネコさんが言うには義務から逃げて遊び回っているという話がサザンビークの城下では当たり前に話されているようで……それからククールが言うにはチャゴス王子は女性に目がないと……口説かれた女性を何人か知っていると言って……」
……………まじですか。
や、ま、まぁ……でも、ほら、王族って子孫残すのが最大の義務だったり………………ないわ。いやいややっぱないわ。血統を考えても余計な争いや揉め事を回避する意味でも婚約者がいる状態で口説くのは無いわ。百歩譲って青春謳歌、若気の至りだとしても、情報ダダ漏れとか無いわ。せめて隠してやってくれよ。いややる事自体どうかと思うけども!
駄目だ。
姫様の婚約者がと思うとショックがでかい。いやいやまてまてまだ噂の段階。しかし火のないところに煙はたたぬと言うし……
「王家の婚姻ですから、そういう事で覆るものではないと思うんですけど……でも、ここでトロデーンの窮状をサザンビークに助けてもらったら、結婚した時ミーティア姫は立場が弱くなって……何をされても文句が言えなくなるかもしれない……
頭ではまずはトロデーンをどうにか救う事の方が先決だとわかっているんですが、でも、このままトロデーンの窮状が続いた方が結婚しようがないからいいかもなんて……思ってしまって………すみません」
馬鹿な事を言いましたと項垂れて謝るエイトさんに、咄嗟に言葉が出てこなかった。
苦いものを飲み込もうとするような、でも出来なくて苦しいような、泣きそうな顔をしていた。
これ、たぶんだけど………エイトさんは自覚はしてないけど、やっぱりそうなんじゃないだろうか……護衛として、自国の姫として、守るべき相手だからと言って、ここまで苦しそうな顔をするとはあまり思えない……というのは、私の考えすぎか?
いや、でもな……そういう様子はちょこちょこ見られるっていうか……
だけど、仮にそうだとしても、エイトさんがそれを自覚したとしても、その気持ちを表に出すことは出来ないだろう。彼らは主従の関係なのだから。
半開きのまま固まった口を閉じて、どうすべきかと悩む気持ちを一旦脇にどける。
「………私も、ミーティア姫が不幸になるのは嫌です。陛下には一旦こちらの身元は明かさない方針で話しましょう」
「リツさん……いいんでしょうか」
弱々しく顔を上げたエイトさんに力強く頷く。
「別に真実を明かさなくても借りられる可能性だってあるんですから。今から気を揉んでも仕方がありません。それに、王子の様子を確認することが出来るかもしれません。王子と接触できれば噂が本当かどうか、ゼシカさんあたりを見る目である程度はわかる…と……」
……まさか。
言いながら気づいたんだけど……
「あの、もしかしてククールさんがゼシカさんと私に来るように言ったのって」
もしやと浮かんだ考えを尋ねれば、エイトさんは眉を下げて非常に情けない顔をした。
「………はい。色仕掛けだそうです」
白状したエイトさんに、思わずその下がった肩を叩く。その手の事に疎そうなのに、ククールさんに押し通されたんだろう。どんまい。
「ゼシカさんを連れていくのはやめましょう」
「あ、その……たぶんチャゴス王子の好みはゼシカの方だとククールが。念のためリツさんもって……ことで……」
「……ほう。念のため」
あれか、私が好みの奴なんてそうそういないけど生物学上女だから当たる可能性がゼロじゃ無いってそんな程度の理由かいククールさんよ。
「あ、いえ、僕はリツさんも綺麗だと思いますよ、ゼシカと違った系統というか、スレンダーというか」
エイトさん、フォローしようとしたのはわかるけど、今の言葉で大体察したですよ。
どいつもこいつも胸に価値を置きやがって。どうせ私はまな板ですよ。
「わかりました。この話はきちんとゼシカさんに通します」
「リツさん……」
「そんな情けない声出さないでくださいよ。別にゼシカさんだってちゃんと話せばわかってくれます。大丈夫ですよ。
むしろ何も知らされずにやらされる事になったら、そっちの方が不味いです」
「えっと……ククールは交渉は自分がするつもりだったみたいで、ゼシカにもリツさんにも気づかせるつもりは無いって言ってました。だから、ククールなりに気を遣ったって言うか……」
なるほど。気を遣った結果なのか。
だけど無理があるだろうに。どう頑張ってもその手の視線ってゼシカさんは敏感だと思うのだ。私はそんな目で見られた事が無いからわからんけどな!
「……まぁ、意図はわかりました」
後でククールさんに声をかけよう。そんな風に一人で貧乏くじを引かなくたっていいのだ。
私だって自前で勝負しなくていいなら偽乳で協力できる。まな板の肉寄せ術を舐めるなよ。寄せまくって下を詰めて締めればそれなりに見れるんだぞ。
「じゃあまぁとりあえず陛下から話をしましょう。それが終わったらエイトさんは休んでください。ゼシカさんにはうまく言っておきますから」
「いいんですか……?」
エイトさんってゼシカさんに弱いところあるよなぁ……気が強い女性に弱いんだろうけど。
「問題ありません。さ、行きましょう」
手を差し出せば、ほんとに助かりますと手が乗せられて引っ張り起こす。
そうして二人で王を探して話をしたところ、こちらが心配する事もなく伏せる方向で決まった。王も姫様に瑕疵をつけたく無い気持ちが強いようで、それでダメなら明かすより他にないと諦める方向となった。
今後のサザンビークとの付き合いも考えているようだったから、姫様に瑕疵をつけたく無いというだけではないのだろうと思う。現在は婚約を結ぶほどの友好関係があるが、何か均衡が崩れるとどうなるかわからないところがあるのかもしれない。国同士の政についてはまったく詳細がわからないので憶測でしかないが。
夕食の後、ゼシカさんに例のことを話せば婚約者がいるのに他の女を口説くってあり得ないと憤慨し、本当かどうか見てやろうじゃないと逆にやる気になってしまった。とりあえずは普通に交渉するからと宥めたが、まぁ私も似たような事は考えていたので人の事は言えない。
片付けを終えて明日の準備をして、ククールさんに色仕掛けの事を聞いたぞと話をして一人でやろうとしないでくれと釘を刺した。まぁ言ったところで聞くような人ではないと思うが、言わないと余計にあれこれ一人で考えるタイプだと思うので言うこと自体に意味がある。と、思う。たぶん。
はいはいと手を振られてあしらわれてしまったが、ちゃんと伝わっているといいが……
自分用に整えた船室に戻りベッドに倒れて、はぁーと息を吐く。
……心配事が増えるばかりだ。
力を抜いてごろりと仰向けに転がると、僅かな波の揺れを身体に感じた。
心配事が増えるばかりだと思いながら、その揺れに身を任せていると眠気が襲ってくるのだから、私の神経も大概だなと思う。
「あ、そうだ……にゅーちゃん」
瞼が降りそうになるのを堪えて起き上がり、眉間をぐりぐりして一旦眠気を誤魔化す。
忘れかけていたが、大事な話があった。
「にゅーちゃん、今話せる?」
〝なぁに?〟
すぐに返答が返ってきたので、話が出来そうだとほっとする。結構重要な内容だったからな。
「魔物が活性化する事なんだけど、欠片を集めればどうにか出来るって認識であってる?」
〝ええ、そうだと思うわ。やれる事が増える筈だもの〟
「了解。それで、その欠片って近くにあるの?」
〝たぶん? そんな気がするのだけれど、はっきりとはわからないわ〟
「じゃあ少なくともこの世界にあるかはわかる?」
〝そうね。次元を超えてはいないと思う。超えていれば今のわたしにはわからないと思うわ〟
「なるほど……」
だったら望みが無いわけではないな。
………いやまぁ、あったとしてもどうやって回収を?って話だけども。
そもそもにゅーちゃんが私に宿っているのも知らなかったからな私。切っ掛けはイシュマウリさん曰く歌っぽいけど、特別何かをした記憶も無い。
かなり困難そうという事だけはわかった。
結局そこは迷惑掛けっぱなしになるのかとため息が出そうになる。
〝そんなに難しく考えなくても大丈夫よ。律ならきっと集められるわ〟
だといいんだけどなぁ……
〝大丈夫。心配要らないわきっと〟
闇に彷徨うような気持ちが、ふわりと背中から暖かなものにつつまれるような気がした。
いつだったか、これと同じ感覚を感じた事が……あぁ、そうか。
「ありがとう。にゅーちゃん」
何でこんなにも不安に苛まれないのか。落ち着いていられるのか。私の神経が図太いだけではなかったのだ。
ずっと、こうやって守ってくれていたのだろう。
閉じた瞼の裏で私の姿で首を振るにゅーちゃんの姿が見えたような気がした。
前回オリジナルを他サイトに上げていると載せたのですが、いくつかお問い合わせをいただきまして……まさかそんなお問い合わせをしていただけるとはと。
設定も適当でノリで書いてる代物ものなので、お目汚しになりそうで恥ずかしいのですが、ご興味あるという奇特な方がもしおられましたらどうぞお暇潰しに。
最近連投(自分なりに)している話です。
『その占い師、不死者です。』
カクヨム https://kakuyomu.jp/works/16816452219748981478
なろうにも載せてはいるのですが、そちらは投稿忘れが多々あるので(汗