「何その声」
朝の挨拶の後のククールさんの反応に、私は半笑い。私の声はガッサガサだ。昨日姫様とやり過ぎた。ちなみに姫様は全然平気。なぜだ。
それはともかく、昨日のうちに王とエイトさんには姫様の希望を伝えたところ、王は渋ったのだが、エイトさんは意外にもあっさり了承。どころか、姫様と二人で王から了承をもぎ取った。
但し条件として護衛役を立てるように言われたが、これは通りかかったモリーさんにラーミアチームを推薦され、ジョーさんの鎧の中にチビイカとスラリンを収納する事で認められた。戦闘能力については、エイトさんとジョーさんが手合わせをして引き分けに持ち込んだ結果認められた。何気に引き分けにされたエイトさんはショックを受けていたが。この場合、エイトさんに対し引き分けに持ち込んだジョーさんがすごいのか、バトルロード覇者のジョーさんに対し引き分けに持ち込んだエイトさんがすごいのか、判断に迷う。
「なんかやってんなーとは思ってたけど……とりあえず治せば?」
「な゛お゛ス?」
「回復魔法で」
おお! なるほど!
その発想は無かった。早速ホイミを唱えると幾分痛みが和らぎ声がまともにでるようになった。
「そういや、今日あたり聖地に着くと思うが、どうする?」
「聖地?」
「聖地ゴルド。マイエラ修道院、サヴェッラ大聖堂と並ぶ世界三大聖地の一つで、巨大な女神像があるんだよ」
「女神像……」
にゅーちゃんの姿を模してたりするのだろうか。名前を知らせることも忘れてた女神様だから、怪しい気はするが。
そーいや、にゅーちゃんの事どーするかなぁ。話すにしても眉唾物の内容だしなぁ。実は女神様でしたとか。
「気になるのか?」
「今まで女神像を見たことが無かったですからね。どんなのだろうと思ったんです」
「見たことがない? 一度も?」
「たぶん。少なくとも意識して見たことは。教会はマイエラが初めて訪れたところですし、あの時はそんな事に気を回す余裕はありませんでしたから」
「リツらしいというか……今時目にした事がない奴なんていたのかと驚くわ。泊めてもらった教会にもあっただろ?」
呆れ気味のククールさん。しょうがないじゃないか、興味なかったんだから。
弁明なのか開き直りなのか自分でもどうかという抗議をしようとしたところで、ククールさんは「でも」と続けた。
「見る価値があるとは俺は思えないし、いいんじゃないか」
「はぁ」
「知ってるか? 聖地ゴルドの女神様は平民はお救いにならない。ありがたい神殿に入って、お美しい女神様にじかにお会いできるのは王侯貴族だけ。救いなんか必要じゃないお偉い方々しか神殿には入れてもらえないのさ」
皮肉たっぷりに語るククールさん。
うーん。それって警備の問題から区域を分けてるから……って感じでは無いんだろうなぁ。事実なら嫌うのも自然かと思うが、果たしてにゅーちゃん的にはどうなのだろう……
「まぁ、宗教というものは得てして権力の道具と化す事が多いですから」
人の思想を誘導するため大義名分を掲げるには有効な手段だ。特に一神教を掲げる宗教はその手の事に利用されやすいように思う。多神教だと人間味あふれる神様が多くてその手のことには使いづらい印象だ。
「その口ぶりだと、リツは神の存在を信じてないみたいだな」
「あー。えー……」
信じてないわけではない。おそらく皆さんが言う所のご本人さんがおられるので。そういう意味では存在を認めている。ただ、宗教として信じているのかと問われると、信仰心はないとしか言えない。
「責めてるわけじゃないさ。俺だってこれっぽっちも信じてないからな」
口ごもったらククールさんは肩を竦めて笑った。
「ゴルドには俺たちだけで行ってくるわ。ろくなもんないからな」
なんとも言えずにいると、ひらひらと後ろ手を振って行ってしまった。
私自身は無宗教だが、宗教を否定する気はない。むしろ、心の寄る辺がある分精神的な強さを持っているのではないだろうかと考えている。
彼にとっては、それがマイエラの院長さんであって宗教は付属だったというだけなのだろう。騎士服を着続けるのは教会に帰属している事を示すためではなく、お爺さんとの繋がりを残したいためなのか……実際のところは彼にも分からなかったりして。
朝ごはんの後、簡単に掃除と洗濯をこなし、昨日の続きで姫様に歌を教える。
本日も天気がいいので、個人的には恥ずかしいが、甲板で他の面々が魔法の制御練習だったり剣の稽古だったりしている中でギターを鳴らす。
「あの。リツお姉様、チキュウとは何でしょう? 回る乗り物? のようですけれど」
ふと姫様が歌詞を書き起こしていてそんな質問をした。丁度某有名なアニメ映画の主題歌を歌った時だ。
「えーと……」
この世界の天文学はどこまで進んでいるのだろう? ひょっとしたらこの世界はお盆状の平たい大地が広がっているとか思われていたり? いやいやまてまて、実際その可能性もあるのか?
〝にゅーちゃん、この世界って地球と同じような惑星なの?〟
〝ええ、リツの世界と同じ……だったような?〟
〝……ような?〟
〝同じだったような気がするわ。ちょっといじった気もするけど〟
〝いじった……〟
〝やぁね、昔の話よ。今はそんな事出来ないわ〟
……いや、うん、はい。にゅーちゃんって、まじで女神様なんすね。
ちょっと気が遠くなったが、同じ構造なら説明できると気を取り直す。
「太陽と月が空にありますが、それと同じように地面の事を地球と私の所では呼んでいたんです」
「地面を?」
「はい。球体の地と書いて地球です」
「球体?」
地面が球体という概念が無いのかもしれない。首を傾げる姫様に水平線を指差す。
「水平線が見えると思うのですが、遠くから船がやってくる時に、あの水平線から帆がにょっきっと生えてくるように見えませんか? そのような見え方をする場合、この地面は丸みを帯びているんです」
姫様は目を瞬かせ、戸惑ったような顔をした。そうか、姫様は海を見たことがなかったんだった。当然船なんて今回の旅でしか見てない事になる。
「面白そうな話してるな」
甲板の縁でどこから持ち出したのか釣竿を垂らしていたククールさんがこちらに顔を向ける。さっきまで無言で魔法の制御訓練をしていたように見えたのだが、休憩だろうか?
「確かに船が来る時は上から見えるような気がするが、それがなんで丸いって事になるんだ?」
「仮に平らだった場合、遠くのものは全体像がぼやけて見える状態から、近づくにつれて段々と鮮明になるはずなんです」
言葉だけではちょっと難しいので錬金のメモにしている羊皮紙に、油紙で包んだ炭の棒で丸い地球に棒人間を立たせたものを書く。ちなみにこれはトルネコさんから買った。ボールペンも紙も有限なので。
「これが人だとして、この人の目の高さから周りを見ると、この範囲しか見ることができません。遠くから船が来た場合、この球体にそって移動して来ますから、一番最初に見えるのは――」
「帆の先か」
「はい」
この星が地球と同程度の大きさならば、大体背の高い男性で五キロ、百メートルぐらいの高さに登るなら三十六キロ先までしか見えない計算になる。確か。たぶん。そのぐらいだったような?
富士山とかああいうわかりやすい大きなものがあるともうちょっとイメージしやすいのだが……高い所に登れば遠くても見えるようになるので。
しばらく絵を見て黙り込んでいたククールさんだったが、唐突に「あぁそういうことか」と声を上げた。
「ゴルドに行った奴が、近づくにつれて海から女神が顔を出すって言ってたわ。それってこういう事なわけだ」
「女神というと、聖地ゴルドの女神像の事ですか?」
姫様の問いにククールさんは軽く頷き、
「かなりでかいからよく見えるんだよ。で、それが頭から順番に見えてくるって事は、この下手な絵の通りって事だろ?」
後半、私に向けて聞いてくるが、下手な、は余計だ。絵心なんぞ私に求めないでくれ。
「そうですけど、説明図は簡略化が基本ですからね」
「じゃ簡略化せずに書いてみてくれよ」
「物資の無駄遣いなので拒否します」
くつくつと笑うククールさんに、相変わらずだなぁと流す。
「えっと、地面が丸いというのは、なんとか……でも、これが回ると私たちは転んでしまいませんか?」
どうしよう、姫様の問いが可愛すぎてにやけそう。
「例えば、大きな馬車の中にいると考えてもらって、仮にその馬車は揺れないものとします。動き初めはバランスを崩すかもしれませんが、そのあとは普通に立っていることが出来ると思うんです。
それと同じでこの地面の場合、私達が生まれる前から動いてますから、転ぶようなことはありません」
慣性の法則ってやつだ。実際地球はえらい速度で回ってるからこれがなければ人間は立っているどころじゃないだろう。マッハ超えて回ってた筈だし。
「その前に、回ってるってなんでわかるんだ? 太陽やら月が回ってるってのは見ればわかるが」
ククールさんの問いはなかなか難しい。地動説の説明もしろという事になるので、天文学の説明が必要になってくる。あと万有引力。
公転の説明なし、自転の説明だけなら、でっかい振り子があればかろうじて出来るだろうか? 一日振り続けるやつなら、観測面に対してズレが出てくるはずだ。が、どちらにせよ、口頭で説明するのは難しい。
「すみません、そこは専門家ではないので説明が難しいです。私達のところでは回るというのが共通認識だったので」
「ふーん」
「ただ、船の長距離航行には必要な知識なので、そちら関係の方ならご存知かもしれません」
「船に?」
「この船の場合不要ですけど、大陸から離れて航行する場合、位置の把握に星座を用いませんか?」
「あー……どうだろ? 俺もその辺は知らないからな」
小難しい話になってしまったが、結論として某有名アニメ映画のテーマはお蔵入りとなった。歌詞の意味が伝わらないので。なんとなくドラクエの天空の城繋がりでチョイスしたが、もうちょい考えてチョイスしよう。突っ込まれると説明出来ない。
夕方、夕飯をトルネコさんと用意して済ませた頃、舵当番をしてくれていたライアンさんが甲板から降りてきた。どうやら聖地ゴルドのある島に着いたらしい。
ゴルドまで日帰りできる距離らしいので、今日は船に泊まり明日の朝出掛ける事になった。
私や姫様はお留守番。王も流石に聖地はまずかろうということでお留守番。トルネコさんは市場確認したいということで、エイトさんたちに同行。ライアンさんとモリーさんは護衛も兼ねてのお留守番。グラッドさんは言うまでもなく、お留守番組だ。
甲板から聖地ゴルドの方角を見ると、確かに大きな女性と思しき像がそびえ立っていた。ほんと、でかい。この世界で初めての巨大建造物だ。
何メートルあるんだろう? と考えつつ留守番中はご飯作ったり、姫様と歌を歌ったり、ちいさなメダルでちょっと実験したり。いきなりガルーダがやってきて王が木の棒振り回すのをライアンさんと止めたり。あれやこれやとやっているとあっという間に日が暮れた。
「お帰りなさーい」
ずっと船底では窮屈だろうとローテーションをモリーさんと組んで、魔物たちと甲板で遊んでいたら遠目にエイトさんたちの姿が見えた。
おーいと手を振って声をかけると、エイトさんは一瞬立ち止まってから手を振り返した。それから後ろにいた他の面々も足早に船へと戻ってきた。
「お帰りなさい。夕飯できてますけどすぐに食べます? あ、そういえば魔物は大丈夫でした? 怪我してないです?」
矢継ぎ早に尋ねると、どことなく気が抜けた様子の面々。どうしたのだろう?
「あーほんと、このリツの調子よ。気が抜けるわ。あ、私すぐ食べたいから荷物置いて着替えてくるわ。ちなみに魔物はたくさん出たけど、怪我するようなヘマをしたのはヤンガスぐらいよ」
なんだかやさぐれた様子のゼシカさんが船室へと降りて行った。
どしたの? と、他のメンバーに目を向けると、エイトさんとトルネコさんは苦笑。ククールさんは肩をすくめている。
「聖地だなんだ言ってるでげすが、ロクな奴がいないでがす」
怪我をした事を言われてちょっと恥ずかしそうにしていたヤンガスさんは、切り替えるようにそう言った。
これはひょっとして、ククールさんが言っていた話にぶち当たったという事だろうか。お偉方が優遇されるような何かに。
「ちなみに、ドルマゲスの情報なんかは聞けたりしました?」
「最初にそれ聞くのが普通だと思うけどな。飯やらなんやらが先ってのがリツらしいよ。ドルマゲスについては何も手がかりなし。この先の西の大陸に行ったのかもしれないな」
俺も飯食うからと、ククールさんはグローブを外しながら降りていった。
「いやはや、相変わらずの空気感と物価でした。歴史が長ければ長いほど、有難がるものはいますからね。憤りもわかりますが、反発したところで仕方ありません」
とりなすようにトルネコさんが教えてくれたが、なるほど。その手のことか。
「ゼシカさんは素直ですからねぇ」
「トロデーンではそういう風潮は少なかったんだけど。マイエラもそうだったし、やっぱり場所によるのかな」
さして気にしてなさそうなエイトさんに、トルネコさんが考えるように首を傾げた。
「そうですねぇ、トロデーンの歴代の国主は民と交流する傾向にあるそうですから、自然と周りの方々もそれに倣われたのかもしれません」
へー。流石商人のトルネコさん。情報収集能力が高い。
内心賞賛していると、ヤンガスさんの腹から盛大な音が鳴った。本人はそっぽを向いて鼻を掻いているが、こちらの会話を邪魔しないよう待っていてくれたのだろう。
三人でそっと笑みを交わし、ご飯食べに行きますかと船室へと降りた。
恐ろしい程更新期間開いているのにお言葉いただきましてありがとうございます。
とてもびっくりしました。
実は時間が取れなかった理由が二人目が生まれていたからという・・・
子供二人のエネルギーってやばいですね、、背骨がへし折られそうです。。
続きは書いているのですが、プロットとの整合性やプロット自体の見直しをしておりまして、もう少々お時間をいただければありがたく思います。