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出発前にエイトさんと荷物を点検してから、事前に役割を決めるため出来る事を話した。
私が魔法を使えるようになったのはアミダさん経由で聞いていたようで、だから私がメラとか使っても驚いてはいなかったらしい。
初級ではあるが攻撃から回復まで使えることに心強いとまで言われたが、頼むからあてにしないで欲しいと懇願した。年下に情けないとは思っても、私は一度としてこの目で魔物を見ていないのだ。足がすくめばそれだけで戦列は乱れ邪魔以外のなにものでもなくなる。
真剣にお願いした私に、エイトさんは少しだけばつの悪そうな顔で大丈夫と言った。どうやら単なるリップサービスだったみたいで、真に受けた私は非常に恥ずかしい。紛らわすように戦闘以外は頑張りますと言えば純粋スマイルでお願いしますと言われた。ほんと、好青年だ。何とかお荷物になることだけは避けねば。
内緒話を終えて王と姫様のところへ戻り、いざ出発。先頭はエイトさんで御者は小柄な王。姫様は馬車をひき、殿は私。エイトさんは兵士姿ではなく出会った時の服装で、私も城から拝借したマントを普段着の上に羽織っている。装備としては『たびびとのふく』だろうか? 普段着だから『ぬののふく』程度である可能性も否定できない。武器になりそうなものも持った方がいいのだろうかと悩み、その辺にあった脱穀用と思われる木の棒を持ってきた。刃物が付いているものだと間違って王や姫様、エイトさんに当てた時が怖い。エイトさんはいつもの剣。名前をつけるとすると『兵士の剣』だろう。見事に攻撃力に格差が現れている。まぁ木の棒を手にしたものの魔物を殴れるとも思えないので攻撃力に格差があろうとあんまり関係はない。びくびくしながら握りしめるという用途ぐらいしか思いつかないし。
お城を出てからおっかなびっくり歩いていたが、せいすいを撒きまくったおかげか魔物が出てくる事はなく、お昼には行き先のトラペッタという街に繋がる橋が見えてきた。
「止まれぃっ!」
いきなり野太い声がして馬車が止まったのでなんだなんだと思ったら、見るからに柄の悪そうな男が橋の中程で道を塞いでいた。頭にはとげとげした帽子? 兜? を装着し、毛皮で作ったベスト? のようなものの下には腹巻、じゃなくて腰帯? をしており、だぼっとしたズボンをはいた風体はこの世界に疎い私でも十分危険人物と判別できる。
「やいやいお前ら! 誰の許しを得てこの橋をわたってんだ?」
手にしているでっかい斧をドンと居座っている橋に叩きつける男は、行動から察するに追剥とか山賊とかそういう類のような気がする。びびりまくって馬車の影からそっとエイトさんを窺ってみるが、エイトさんは平然としている。
あ、王が御者台に居る。姫様も。避難させた方が良くは無いか? それともエイトさんに近い方が安全? どっちだ??
「許しもへったくれもあるか!! この辺りはまだ、わがトロデーン国の領地じゃわい!」
考えてたら王が啖呵切った。なんだかトロデーンで話していた時とは、ちょっと雰囲気が違う。短絡的というか攻撃性が上がっているというか。少なくとも城下を見ていたあの姿とは違うし、私の食事を文句もなく食べてくれていた姿とも違う。ここへ来るまで姫様同様ヒステリーを起こす事も、私やエイトさんに八つ当たりをする事もなく落ち着いているように見えたが、実際はかなりのストレスがあるんじゃないだろうか。考えてみれば人があんな姿にされたら混乱して喚き散らしても不思議じゃない。
「はあー? なんだと? おいおいおっさん。お前気色悪い姿して王様気取りか? 笑わせらあ」
王の変わりように悩んでいたら男が突っかかってきた。突っかかってきたのにはヒヤリとするが、しかしこの男の人すごいな。王を見てナメック星人と言わずおっさんと表するというのは、なかなか許容量が大きい。
「うぬぬぬ……ええいっ! 痛いところを遠慮なしに突きよって! そういうお前こそ何ものじゃっ!!」
痛いところって、意外と王も冷静だ。苛々していそうではあるけど、自分を客観的に見てそれを受け入れられているところはすごい。
「……オレか? 聞かれて名乗るもおこがましいが、この名を聞いて震え上がるなよ」
じゃあ言わないでください。という私の願いも虚しく男は斧をぶんぶん振り回してそれっぽい口上を言い立てた。
「天下にとどろく山賊ヤンガスさまの名はこの辺りにもちったあ知れわたってるだろう!!」
「な…なにっ!? ヤンガス……じゃと!?」
驚愕する王に、慌ててエイトさんを見たらきょとんとしていた。さっきから黙っているのは王の言葉を遮らないためだろうか?
「へっ! 観念したらおとなしく通行料を置いていきな。命だけは助けてやるぜ」
たぶん恰好良く決めたところなのだろう。男はドヤ顏をしていた。
それを崩したのは王の爆笑。そりゃもう見事にぶわはははとお笑いになった。
「おろか者め! そんな名前、聞いたこともないわい! さんざんかっこつけよってアホウか?」
見事にこき下ろす言葉に男の顏が凄い事になっていった。これはまずい。
「てめえっ! 人がおとなしくしてりゃあ調子に乗りやがって!! そういうことならこのオレさまの実力をその目に刻み付けてやるぜっ!!」
ものすごい跳躍を見せ、男は王ではなくエイトさんに斧を振り下ろす。
「っ!」
反射的に飛び出したが、エイトさんはあっさりとかわして近づいた私に大丈夫と小さく囁いた。
口を挟まなかったのはどうにかする自信があったからなのだと、ようやく気付いた。見た目優しそうだから無意識に荒事に慣れていないのではないかという考えを持っていたようだ。あなどっていたのが恥ずかしいやら申し訳ないやら。
「どふぉうっ!!」
ほっとしていたら、橋に斧を深く差して取れないでいた男が変な声を上げた。見れば橋板が壊れて男が落ち掛けている。
「エイト今じゃ! 一気に橋をわたってしまうぞ!!」
王の声に一番に反応したのは姫様で次にエイトさん。私は引っ張られなければ板が抜けている部分を飛び越えるなんて真似出来なかった。
走って渡り終えるとエイトさんはすぐに振り向き臨戦態勢を取った。ちゃんと兵士なんだなと感じていると橋が耐えきれずロープが切れた。
「あ」
「のわあああっ!!!」
橋板にぶら下がっていた男が叫びながら落ちた。かなりの高さがあったから無事ではないだろう。想像してぞっとした。
「自業自得というやつじゃな。世に悪の栄えたためしはなしとは、昔の人はうまいこと言ったもんじゃわい。さあ先を急ごうエイト。おうおうミーティアや、怖い思いをさせてすまなかったね」
後ろで王が言うが、ちょっとその言葉も私には怖かった。悪人だろうと善人だろうと、目の前で起きた事は私には事故に分類される。助けるべきだったかどうかは別として、事故を見た衝撃があって直ぐには動けなかった。だけど王はお構いなしに先に行こうとしているし、姫様は少し気にしながらも王に従っていた。
「エイトさん?」
エイトさんはおもむろにしゃがみ込むと、垂れているロープを引っ張り始めた。
そろそろと崖に近づいて下を覗くと、あの男がロープにしがみついていた。
「な…何をしとるんじゃエイト!! お前、まさか……! あやつめはわしらを襲った相手じゃぞ! それを助けるというのか!?」
私達が動かない事に気づいたらしい王が御者台から降りて駆け寄ってきた。私も王の意見に半分同意で、半分は迷っていた。
「特に何かをされたわけではありませんから」
エイトさんはそう言って、絶対であるはずの王の言葉をやんわりと拒絶した。その言葉に私はなるほどと納得。
「バイキルト。スカラ」
こっそり補助魔法をエイトさんに掛けて姫様のそばへ下がる。
「このまま気付かなかった振りで通過してもきっと神さまもお許しくださる……ああっ!!」
とうとうエイトさんは男を引き上げた。さすがに横幅のある男を引き上げるのは大変だったのか肩で息をしているが、男の方も転がって息をしていた。
「た…助かった……。ぜ…絶対…死んだと思ったぜ……」
心底といった様子でこぼす男に王がゆっくりと近づいた。
「やれやれ、なんたることじゃ。ヤンガスとか言ったな。エイトの慈悲をありがたく受け入れさっさとわしらの前から消えるんじゃ」
暴言や刃物を向けた事を無かったことにする。そういう意味の事を王は言った。普通、国主ともなれば先程のような狼藉を働いた者は問答無用で牢屋行きだと思う。この世界の価値観なら、余計にそうだろう。捕まえる兵士がエイトさんしかいない現状ではその手間も惜しいのかもしれないが、それでも咎めなしに見逃すというのは緩い。
この王は、王としてよりも個人としてトロデーンの人に慕われていたのかもしれない。
「じょ…じょーだんじゃねえぜっ!!」
恩情を知ってか知らずか、男はいきり立った。
「むっ? まだ怖い思いが足りんらしいな。よかろう。かくなる上はわしが相手じゃっ!」
は?
自ら構えを見せる王に、さっきまですごい人だなーと思っていた感情がすぽんとどっかいった。
駄目でしょ上の人が前にでちゃと思ったが、エイトさんが傍にいるのでとりあえず傍観。胸の前で手を組みハラハラしている姫様の首を撫でるとこちらを向いたので、大丈夫ですという意味で小さく笑っておく。
聡い姫様はそれで通じたようで、心配そうな顔をしていたが小さく笑い返してくれた。
「エイトさん! いやっ! エイトの兄貴っ!! アッシは兄貴の寛大な心に心底感服いたしやしたでげすっ!! 今日から兄貴と呼ばせてくだせえっ!」
姫様といちゃいちゃしていたら男がエイトさんに土下座していた。
何でその流れになったんだろう。あれだろうか。私はぐだぐだ考えてしまったが、ここの人はもっとこう感性で突発的に動く人が多いのだろうか。
「こ…こりゃ、待たんかっ!!」
王が二人の間に割り込む。それはまるで無視されて憤慨する子供のようだ。先程の相手をしよう発言も合わせて考えると、偉い人だからという理由で私は変なフィルターをかけていたらしい。
「エイトはわしの家臣じゃぞ! わしらの子分になりたいのなら頼む相手がちがうじゃろーがっ!」
そういう問題なのか。というか、そのなりの男を家臣にしてもいいと思っているのか。
「うるせえぞおっさんっ!! お前になんか頼んでねえ! アッシはエイトの兄貴の子分になるんでえっ!!」
エイトさん、平然としているようで微妙に顔が引き攣っている。
「な…なんじゃとっ! お前だって見た目は相当おっさんじゃろうがっ!! お前にだけは言われたくないわいっ!!」
………。
私は姫様を見た。姫様は困ったように笑っていた。もはやそこに心配という名の儚げなエッセンスは存在していなかった。
そうか。王はこんな感じの人なのか。
「ちょっと待ってくれますか?」
王と男の本格的ないがみ合いが発生しようとしたところをエイトさんがようやく止めた。
「ヤンガスさん」
「ヤンガスでいいでげす! いや、ヤンガスと呼んでくだせえ!」
熱い男、ヤンガス。そう呼ぼう。エイトさんの子分になりたいという言葉にどんな思惑があるかは知らないが、とりあえず見ている分には熱い男だ。
「……ヤンガス、僕らは目的があって移動しているんだ」
心なしかエイトさん、引いている。
「そうでげすか? どこへ行くんでげす?」
「どこと場所が決まっているわけじゃなくて、ドルマゲスという道化師を追っているんだ。だから僕の子分になりたいと言われても困るんだ」
「それならアッシも兄貴についていきやす!」
「……」
いや、こっちを見られても無理ですから。
無理無理と手を振ったら『だよね』という顔で王に視線を移すエイトさん。王は即行で却下した。
「ヤンガス、とにかく僕らは先に行かなくちゃいけないから」
「わかっているでげす! さあいきやしょう!」
「いや、あの」
「こっちでげすか!? こっちでげすね!?」
「えっと、そうだけど」
「さあいくでげす!」
「……」
えーと……どんまい。