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「宝物庫が破られてハープが盗まれていたんです」
国宝くれるなんて太っ腹なのかアッパラパーなのかと考えていたら、さらなる衝撃発言を投下され絶句。
国宝って盗めるもんなの? あ、いや、そうか。夜でも入れる城だもんな。警備はザルか。
「アスカンタとしても犯人を捕まえようとはしているのですが、国宝が盗まれたというのは外聞が悪く、初動が遅れそうなんです。逃げた先はある程度わかるので、とりあえず追おうと思うんですけど」
何とか内心の驚愕から立ち直り頭を働かせる。
「そうなると、どの程度時間がかかるか分からないですね」
「はい。それとリツさんにも来てもらいたくて」
「魔物避けですか?」
「それもあるんですけど、掘られた穴を見るとたぶん盗んだ相手というのが人ではない気がしまして」
人ではないって、魔物?
あのスライム達のように喋ったりする魔物なのだろうか?
「了解です。会話になるのかわかりませんが、もしもの時は離脱しますので」
ちょっくら王と姫様に話して了承をもらい、女将さんに一声掛け、今朝から気になっていたものとか出来上がったものとかを引っ掴んで袋に入れエイトさんとアスカンタへと飛んだ。
エイトさんの先導でフリーパス状態の城の中へ入ると、正面の広間の中央にあるレリーフから下にハシゴが伸びており、どうやらここが宝物庫らしかった。
「まったく、どこのどいつよ!
せっかく月影のハープのありかを突き止めたら盗まれてただなんて。
盗賊なんてサイテー! だいたい、人の物を盗んで生計を立てるなんて信じられない!」
「くぅ~っ! 今回ばかりは言い返せねぇでがすよ!」
「と・う・ぜ・ん・でしょ!」
下から元気なお二方の声が聞こえてくるのだが……
降りてみると、案の定というか他のメンバーは宝物庫で待機していた。
いいのかそれでアスカンタ。部外者が我が物顔で城内というか、入っちゃいけないところに居座ってるぞ。
思わず上を見上げ、ハシゴの側に居た兵士さんを思い返してしまう。彼の役目とはいったい……
「お待たせ、じゃあ行こうか」
ハシゴを降りて来たエイトさんがみんなに声を掛け、レミーラを唱えて壁に大きく開けられた穴の中へと進んだ。穴はかなり長く、百メートル以上はあるように思えた。盗みの為に掘った穴にしてはでかいし、壁がしっかり固められてるし、本職の人が作ったようなトンネルだ。どの辺が魔物が掘った穴に見えるのか、私の目ではわからないが。
進んだ先、傾斜を登ると外へと繋がっていた。穴の中の湿った土の匂いを清々しい風が吹き飛ばすようで、思わず深呼吸をしてしまう。
「この先は半島で、船を使わない限りはどこにも行けないはずだから。何かあるとすればこの辺りだと思う」
エイトさんが地図を出しながら北を示し、それに従って歩き出す。速度を増して行くことも考えられたが見落としがあっても面倒なので通常のペースで行くことになった。これは、日が暮れたら一度戻るコースかな?
予定を考えつつ、歩きながら荷物からひっつかんで来たものをゼシカさんに渡す。
「錬金釜で出来たものですが、質は良さそうなのでどうですか?」
「これって」
「ヘビ皮のムチです。いばらのムチよりは良いかと」
「へー」と言いながらゼシカさんは軽くムチを振った。破裂音にも似た音がして地面を軽く抉る威力に、渡しておきながら、ちょっと引いた。
ムチってこんな怖い武器だっけ……?
「これ使えそうね。ありがと」
いい笑顔でお礼を言ってくるゼシカさんにひきつりそうになりながら、いえいえと首を振る。
一番腕力体力共に少ない彼女の身の守りになればと思ったのだが、身の守り以上の成果が出そうだ。
どうしよう。もう一個作成予定のものがあるのだが……いや、あれは杖だから物理的には穏便になるはず。物理的には……
「それと、いくら魔法的に防御力が強化されているといっても風邪をひいてしまいますから」
今朝方、いつの間にやら踊り子の服なる過激な服へとチェンジしたゼシカさん。驚きすぎて出掛ける彼女を見送ってしまったが、彼女に邪魔にならないよう選んだマントを着つける。
「えー? 平気よ」
「ダメです。身体にも悪いですし、年頃の娘さんがやっていい格好ではありません」
こればっかりは譲れないと見つめると、ゼシカさんは諦めたように溜息をついた。
「リツってそういうとこ母親みたいよね。若いのに」
「そこはせめて姉を希望したいです」
肩を落として言ったら笑われた。訂正は無いらしい。こんちきしょー。
ヤケクソ気味に足を早めると、ゼシカさんはトトッと追いかけてきて「ありがと」とかわいらしい笑顔で言ってきた。
くそー。そんな顔見たらおかんと言われても許してしまうではないか。
がっくりしていると、先を歩いていたエイトさんがこちらを見ていた。何だろうと首をかしげる。
「あれ、使いこなしているんですね……」
何とも言えないびみょーな顔に、私は『あぁ』と納得。見た目だけで考えたら得体の知れなさは抜群だからな。
「何だかんだでアレ、かなり凄いものですよ。という事で、はい、これ」
「これ……前に使っていたブーメラン……じゃないですね?」
「練金釜を使った改良版みたいなものです。帰投機能もそのままですから中距離用にどうかと」
今は槍を手にしているので、中距離があれば戦術が広がるかと思ってだ。
「使えそうじゃないか」
横からひょいと覗いてきたククールさん。
「他にも有用そうなものの候補はあるんですけど、材料が無かったり不足してたりでお預けです」
「へー」
見え隠れしている羨ましそうな表情に笑いをかみ殺す。新しい物に対する興味は、男の子が玩具に示す興味に通じるものがある。誰だったか、男は少年の心を持ち続けると言ったのは。
「一応ククールさんのも考えてはいますよ。レイピアと弓を使われていましたよね?」
「あー。リツの前ではその二つしか使って無かったな」
「他にも?」
「魔法を使う関係で杖もな」
「なるほど」
であれば予定している杖はククールさんの方がいいかもしれない。予想が正しければ道具としての機能が高い筈だ。ゼシカさんとシェアしても良いし。
改良ブーメランを試していたエイトさんは使えると判断したようでしっかりと装備していた。
「ありがとうございます」
「いえいえ。お礼は陛下に。それの配合、陛下が当てましたから」
目を丸くするエイトさんに、彼の中での王の立ち位置が判ろうというものだ。
こちらをチラチラと窺がっているヤンガスさんにも、忘れてないからと「鎌と斧ですよね」と言えば恥ずかしそうにそっぽを向いた。でもガッツポーズは見えているので隠した意味は無い。
こういうものがあったら戦闘で助かるとか、不足している材料で思い当たりがあるとか、雑談を交えながら進んでいくと陽が傾き始めた頃に洞窟のようなものが見えてきた。地形を考えるとここに盗んだ犯人がいる可能性が高いという事で早速レミーラを唱え中へと足を踏み入れる。
この穴も自然に出来たものではないようで、エイトさんを先頭にヤンガスさん、次に私とゼシカさんが並び最後をククールさんが殿を務める形で進む。
と、幾ばくも進まない内に声が聞こえてきた。
「ぼ、ぼくはいないぞ。いないんだ。ボスの招集なんて聞こえなかった」
二手に分かれた先、行き止まりのところにしゃがみ込んでいるモグラのような丸っこいものが、ぶるぶると震えていた。
私達は顔を見合わせた。どうも好戦的な様子ではないし、何かに怯えている風でもある。
エイトさんと無言で声を掛けるか確認し、少し前にでる。
「あのー」
「ひゃっ」
声を掛けると、茶色の物体は飛び上がって驚いた。こっちも驚いてちょっと距離を取る。
丸っこいそれは恐る恐るという様子でこちらを振り返ると「あっ」と声を上げて手に持っていたスコップを投げ出してこちらに駆け寄ってきた。
ビビってさらに後退ると、素早く動いたエイトさんに庇われていた。が、エイトさんはこちらを振り返って困った顔をしていた。
見れば、もぐらっぽいのが突っ伏して泣いている。
「助けてよぅテアー。もう無理だよ」
「……どうしたんです?」
そろそろと近づいて聞くと、エグエグと泣きながらこちらを見上げた。
「ボスが新しい楽器を手に入れたら、余計酷くなったんだ。ましになるかと思ったのに、頭がぐるぐるなっておかしくなって……このままじゃみんな倒れちゃうよ」
「新しい楽器……それはハープの事ですか?」
「うん、お城にあったのを何年もかけて盗んだの。凄い楽器だからましになると思ってみんな頑張って穴を掘ったのに、こんなのってないよ」
後ろで「月影のハープはここにありそうだな」とか「本当に魔物が盗んでたのね」とか「魔物が盗んでどうするんでがすかね」とか囁きあっているのが聞こえる。
とりあえず、ここにあるのは確かなようなので、出来ればこのまま道案内をしてもらいたいが……
「酷くなったというのは、何がですか? そもそも何でみんな倒れちゃうんです?」
行った先で何が待ち構えているのか確認しておきたい。子分と思われる魔物がこれだけ怯えているのだ。余程のことだろう。
「ボスは、ボスは……すっごく音痴なんだ!」
余程の……こと……
「本当だよ! 頭、ぐるぐるなっておかしくなっちゃうんだ!」
いやぁ音痴でそこまでなるか? 耳障りだとか不快だとか、その程度で止まるだろう。
そう思ったが必死に言い募る様子に、冷静に突っ込むのも可哀想な気がしてくる。
「とりあえず、案内してもらえませんか?」
そう言うと、ぴたりと動きを止めるもぐら。
「え……どこに?」
「そちらのボスさんのところに」
「………行かないとだめ?」
……そんなにヤバイの?
「私達で探してもいいですけど時間かかりますよ?」
「う………うぅ……わかった。こっちだよ」
放り出したスコップを拾ってトボトボと歩き出すもぐら。
その後をついて行くと「どうだ! この穴の芸術!! 人間なんかにゃ真似出来ないすばらしいテクニックだろう! これがモグラの偉大さだ。おそれいったか!」と、叫んでいるもぐらがいた。前を歩く彼?は「気にしないでいいの」と冷静にスルーしていたので私達も横を素通りした。どうもここのもぐらには個性的な個体が居るようだ。
「ねぇ、テアーって何?」
不意にゼシカさんに尋ねられ、私は首をかしげた。
「以前、船まで案内してくれたスライムが居たじゃないですか。その時にもテアーって呼ばれたんですけど、何かはよくわからないんです」
「ふーん?」
聞いては見たが、さほど興味はないようで視線は前方へと戻る。
下へと降る坂を二つほど進むと、次第に何か音が聞こえて来だした。
一言で言うなら不協和音。ポロンポロンと音自体は綺麗なハープなのに、奏でられる音色は不快の一言につきる。それに野太い掠れた声が合わさるので聞き苦しさも合わさる。
進めば進むほどそれは大きくなり、前を行くもぐらは耳を抑えてぷるぷる震えている。被害が出ているのは彼だけではなく、こちらの面々も顔をしかめたり耳に指を突っ込んだりしている。ヤンガスさんなんか「耳が腐る」とまでいう始末だ。
やがて大きな空洞へと出ると、野太い掠れた大きな声が興奮したように叫んでいた。
「いい! ものすごくいいモグっ!! ワシの芸術性をこのハープがさらに高めているモグっ! 何年も休まず城の地下まで穴を掘り続けた苦労もむくわれたモグっ!! そうかそうか。感動して言葉も出ないモグかっ! かわいいやつらモグっ!」
鍾乳石が垂れ下がる奥の大きな空間に、一際大きなでっぷりとしたもぐら?が居た。相撲取りでもかなりの重量がありそうな体格にもぐらという単語がゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。
その巨大もぐらの周りには、ぐったりと倒れ伏しているもぐらや、立っているのも辛そうなもぐら、頭を抱えているもぐらと、死屍累々たる有様が広がっている。
正直、あの程度の騒音でここまで異様な光景を作れるとは思えない。それに、私を除く面々が一様に眉をしかめ辛そうな顔をしているのが引っかかった。
比較的マシな顔をしていたエイトさんにそんなにキツイのかと聞けば「頭の中で音が反響して目が回るような感じがします」と、真面目に答えてくれた。
逆に平気なのかと聞かれ、ガチのヘビメタに比べれば耳にくる衝撃は大したことはないなと思いつつ、不快だがそれだけだと返す。
あまりにも辛そうなのでエイトさんだけ連れて、巨大もぐらのもとへと向かうと、向こうがこちらに気づいた。
「……ん? おお! そこのお前ら! 見かけない顔モグがワシの歌を聞きにきたモグか?」
「え? いえ。あなたが手にしているものに用があって来ました」
言いながら、そういう事かと納得した。
銀色の繊細な飾りが施されたハープから、音が鳴らされるたびに構築陣が薄っすらと浮かんでは消えていた。
純粋に音の効果というわけではなく、魔力を帯びたハープが引き起こしている事態なのだろう。
「……なに? 違う? ワシの芸術の友、月影のハープを奪いに来たモグか!? モグググググ……ゆるさーん!!」
「奪うというか、そもそも盗んだのはそちらなんですが……」
「うるさーい!! これはワシのだ!」
駄々っ子のような事を言う巨大もぐらに、私はくすくすと笑った。
「それが気に入っちゃったの?」
……ん? ん??
「モグ?」
「でもそれ、あなたのじゃないわ。だってそれ、あの子に作ってあげたんだもの」
そう言った私の脳裏にはイシュマウリさんの姿が浮かんでいた。そして勝手に言葉を紡ぎ出した口と同様、勝手に足が前へと踏み出した。